この夏の終りに

   この夏の終りに
                              千坂麻緒


                ふるさとの沼のにほひや蛇苺  水原秋桜子

ふり落とされた数多の緑 洗はれたひかりのなかに軽き足音

る、こるびゅじえ ル・コルビュジエぇ?声にして だけど覚える自信のない る

さよならを歌ふ歌声澄み渡り始まつたことはいつかは終る

とほくから「いいね」「いいね」と優しさのつもりで何度も言ふのはやめて。

濃厚な香りカップの花模様英国紅茶専門店はも

沼がある こどものころの怖かつた捕らへたねずみを沈めた記憶

喉からの風邪ですわたしにちやうどいいあまいくすりをわけてください

似てゐると思つた(声が) 丁寧なせいめいほけんのせつめいを聞く

仄暗い階段をゆく三階は誰も住まなくなつて久しい

東へと旅の終りに帰るのは間違つてゐるやうで 目を閉づ

山羊の目の中の三日月横たはり(いのちに素手で触りたくない)

蛇の衣みつけてしまふ今はもうここにはいない蛇みづみづし

苺味のアイスクリームこの夏の終りを告げた台風一過

                             (2013/09/25)

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アクロスティックの宿題でつくったやつ。歌の頭の文字を縦に読むと、
「ふるさとの沼のにほひや蛇苺」  水原秋桜子の俳句になります。
上手に作れる人はもっと上手に、一連と、浮かび上がるものと関連づけるとか、
不自然さがないとかさらに一連にテーマやドラマこめるとかやれるんだけど、
私にはこれが精一杯。。。
一応今年の夏の思い出的なまとめと、一応湿気というか陰の雰囲気を多少は
心がけました。
当然ながら、夏の思い出といったって全部ホントではないし全部嘘でもない。
13首という曖昧な歌数で、どっかに出すあてもなく、ブログでおいておきます。

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永井祐 第一歌集『日本の中でたのしく暮らす』

永井祐 第一歌集『日本の中でたのしく暮らす』批評会 12月16日(日)

に、昨日行ってきました。
以下あくまで個人的覚書メモ。発言をきちんと把握できてなくて間違っ
てること書いちゃうかも。私の個人的主観でのメモです。

人数多かったです。130名くらいってことらしい。会場にも有名人が
いっぱいだわ、と思って怯む。時間がなくてというのはよくわかるけど
すごくわかるんだけど、でもせっかくいるのにー、会場からの発言が
あればいいのにー、と残念に思う。意見聞きたかった。二次会に参加
すれば聞けたのか、うーんでもやっぱりそれはそれで聞けない気がするし。
(参加できないし)
 
第一部パネリスト。
今井恵子、大辻隆弘、澤村斉美、瀬戸夏子  司会、斉藤斎藤

今井さんは一字空けに注目しての一首一首の丁寧な読み。近代短歌と
比較しながら。近代の短歌では凸の部分へ集約させていく感じだけど
永井さんのはあくまで相対化、流れてゆくものを歌っている、という
ようなお話だったと思う。

大辻さんはよくわかる親切丁寧な授業のようだった。さすが。時間
定点の多元化。近代短歌は過去、現在という時間を整序して歌うが、
永井さんの歌の時間は多元的、「現在」という定点がスライドして
一首できている、てなお話。日常的なナマな口語が新鮮、とか。
沢山の歌の引用と丁寧な指摘がとてもわかりやすかった。
  
澤村さん。永井さんの巻頭の歌の初出からの変化を紹介。「まぶたに
当たって」というのは始めは「まぶたを包んで」だったという。歌が
より即物的表現になっているという指摘。生活の細部、テレビ、文体
などについて。口語だけど定型との格闘のあとが見える、とか。
短歌的叙情を強烈に排除しているが、それゆえにアンチの叙情がある
というのに納得した。

瀬戸さん。文学の言語とは、というところから入って、なんか壮大。
舞城の引用があって、舞城好きなのでちょっとにやっとなったりしながら
聞く。<永井祐受容史>、だとかいう、永井祐現象みたいな話。
穂村さんの「棒立ちの歌」なんかのところは読んだことあるけど、他には
あんまり私は永井さんがどう読まれてるのか知らないので、へー、と
思いながら聞く。

  あの青い電車にもしもぶつかればはね飛ばされたりするんだろうな
  わたしは別におしゃれではなく写メールで地元を撮ったりして暮らしてる

有名ですねー。山田航さんの評論(?)の引用など。抵抗。抵抗になって
ないんじゃないの、と斉藤さん。

あと<新しい><男歌>? ということで、無意識の暴力、ずるいと
思うことがある、魅力と危険さ、などという発言は時間切れで残念。
短歌の世界ってジェンダーバイアスが強い、というのはまったくそうだと
思うので、このへんからの話をもっと聞きたかった。瀬戸さんにあと30分、
瀬戸さんと斉藤さんの対談でそこんところをあと45分、とか思ったよ。
それ聞きたいし面白そうなのに。

休憩のあと第二部。永井祐と二〇〇〇年代の短歌。
パネリスト、五島論、土岐友浩  司会、西之原一貴

ぞれぞれが、二〇〇〇年代に出た歌集のうち、一首永井さんの一首と
つがいに選んだ歌をレジュメにしていて、それを比較しながら話す。
盛田志保子、斉藤斎藤、澤村斉美、光森裕樹、雪舟えま、内山晶太、
瀬戸夏子の歌ひいて、永井さんの歌とつがいにしている。
なんか。
ゆるゆるとぎこちなくでも丁寧に細かくしゃべってる三人の感じが
よかったなあ。歌の共通項、違い、とかよくわかる。けどなんなんだ、
という気もした(笑)。これも、その話の行き着く先はどうなんだ、と
いうのをもっと、飲みながらあと3時間聞きたいよと思う。
それぞれの選んだ永井祐名歌三首。
先行世代とは違う、生きる空間の作り方とか、言葉の差異、価値への
敏感さとか、なるほどでした。
 
永井さんから挨拶。短歌を作り続ける動機は、短歌の不思議さ。
写メールで、という言葉はきっと死語になると思って、じゃあ「携帯」
(ケイタイ、かな)に変えてみると、歌が死んじゃう。動かなくなる。
音数は変わらないのにこの違いって、不思議。というような話を聞いて
面白かった。
短歌って不思議ですね。

そんなこんなでああもっと時間があればいいのにと思いつつ終わり。
ほんとに大注目歌人なのだなあ。

歌集読んでみて、うんほんとに口語だなあと思う。この淡々と直接と
歌に書いている感覚は共感もするしわかりやすくもあるし、でももちろん
そうぽいぽいやってるわけじゃないし、厳密に選んでいるし、なのだろう
なあと思う。ふわっと淡く、でも強い意志をもって歌にしてるのだろう。
この読みやすさわかりやすさ。うーん。でもトーンが同じになってて
どうなんだろう、とも思う。んー。不思議ですね。

いくつか、私が好きだった歌。
 
  月を見つけて月いいよねと君が言う ぼくはこっちだからじゃあまたね
  
  アスファルトの感じがよくて撮ってみる もう一度  つま先を入れてみる
 
  次はあの日付を楽しみに生きる そのほかの日の空気の匂い
 
  本当に最悪なのは何だろう 君がわたしをあだ名で呼んだ


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春の水

       春の水

                                      千坂麻緒


  花筏崩して鯉がうねりゆく私の中の黒い魚も

  古は谷底スクランブル交差点 天仰ぐ渋谷ヒカリエ (古←ルビ いにしへ)

  からつぽになるためにだけ行列に並ぶいつかは名前を呼ばれる

  街が変はる季節が変はる体温がうまく変はらぬ 黒く溺れる

  晴れた春の色を撮り溜む花蘇芳桜山吹蒲公英苺

  水底の影から浮いてゐる魚ゆゆゆ離れてしまひはせぬか

  区役所の手紙はいつもみどりいろさういえばきみの手紙がこない

  九州は遠くてたぶん暖かい気持ちがたぶん色褪せ 溺れる


                            (2012年 未来8月号)

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八月がやっと終わる。長い一ヶ月だったような気がします。
これは5月提出の歌。ヒカリエにはオープンしてまもなくいってみたら
案の定ものすごい人で参った。そろそろ落ち着いているのかなあ。
また行ってみよう。特別珍しいものがあるという気はしないけれども、
きらきらはしているねえ。

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青空珈琲店

     青空珈琲店

                                 千坂麻緒


  一斉に色のあふるる公園ゆ徒歩三分の青空珈琲

  「よく吠える犬お断り」(大丈夫)よく吠えないし犬ではないし

  珈琲を淹れてくれるのを待つ間だけ座つてもいい椅子がある

  「雨なので閉店します」ちひさくて雨ニモマケロ風ニモマケロ

  珈琲を淹れてもらふのを諦めるうちの椅子には座り放題

  「晴れを祈ります」さうだね土曜日の天気予報のハズレを祈る

  一斉に花はひかりになりて消ゆみどりのかげの青空珈琲


                           (2012年 未来7月号)

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 7月がもう終わってしまう。というわけで短歌書いておく。毎日暑くて
すでにバテバテです。この歌つくった頃は春で、あったかくなって嬉しいなあと
思っていたなあ。常春の国マリネラでマジで暮らしたい。


 

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  ◇

       ◇

                                   千坂麻緒


  そんなことしたい気分ぢやないんだよ 図書館からくる督促葉書

  スーパーの野菜売り場に春がきてカタカナで読む知らない名前

  「重要」とみどりの文字が記されて十年経過を知らせる手紙

  東京はなんでもあつてさみしい、と 知らない人の日記を読んだ

  水仙の緑の茎が伸びてゐる地面の雪をまるく融かして

  新しいノートを買ひに行く日とす手帳の白き四角を埋めぬ

  私の今日のお仕事干してゐる布団が飛ばぬやう見張ること

                           (未来 2012年6月号)


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今月もタイトルはなし。パタリロの口じゃなくて、タマネギの口、といった
方が正確でした。
『パタリロ!』88巻出たね。きのうようやく買って読んだ。忍タマか。
バンコランやヒューイットや、氷のミハイルがまた出てきてほしい。
パタ版ジョン・ル・カレを妄想しているこのごろです。


3月ごろにつくった歌です。図書館の本は延滞してません、念のため。


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『汀暮抄』(大辻隆弘/砂子屋書房)

『汀暮抄』(大辻隆弘/砂子屋書房)

著者第7歌集。
2006年から2010年までから選ばれた350首、だそうです。
著者40代後半というところでしょうか。

あとがきにあるように、身近ないくつかの悲しみがあり、とのことで
家族や親しくしていた人の死の歌が多い。
身近な家族の死、というのは私にも経験あり、あるいは家族でなくとも
知る突然の訃報、というのも経験もあり、そういう出来事を著者は実に
誠実に丁寧に細やかに歌にしている。
たぶん百万回言われていることだろうけど、自然描写、細部を見る目、
それを歌にする言葉の巧みさ、本当に沁みてくるうつくしさだ。
自然や旅の景色などなどの歌はどれもうまくて好き、って選びきれない。

ところで私は、あまりひとの最期のこと、それにまつわる歌を読みたく
ない。歌、凄いなあと思いながらもでもでもでも私は読みたくない、と
思う。家族の死とかねー、私、言葉にできないんだ。もう時間は随分
たっているんだけれどね。
読むとやっぱりいいなあすごいなあと思うけど好きとは思えない。これは
完全に私の側の個人的問題だな。

先日『ルーノ』を読んだから勢いでっとこっちも読んでみた。
やはり年齢を重ねているせいか、そして題材的なせいか、変化している
のだなあと思う。
『ルーノ』の頃はどうしたってやっぱり自分自分のことが多かったと思う。
こちらは、人のこと、自然のこと生徒のこと、だったりしている。
若さって自分のことで精一杯かなーと思う。年をとるって、人に責任を
持つってことかなーと思う。

ロマンチックで甘い歌は減ったものの、自然描写の歌のやさしさに
愛しさがにじむようで、こういうやわらかさはほんと大人で素敵だ。
んでも時々、社会詠的なというか、鋭いところもあって、ドキッとする。
たまにあやうい気持ちにもさせらられるけど、そういうのもいいな。

いくつか好きな歌。

  くさかげの雫にふるふミカエルは天使第九階梯の第八 (P12)
  大天使ミカエルその他もろもろの跳梁したる秋のなかばは (P12)

何故いきなりミカエルなんだろう。でもきれい好き。跳梁って、悪霊跋扈
みたいなイメージが私にはある言葉なんだけど、面白い。

  白墨といへば初冬の匂ひしてやさしく曲げてみる文字の肩 (P47)
  やや遅き梅のひらきを寂しみて父は昨日のことばかり言ふ (P53)
  やや遠くなりたる耳をわが声にかたぶけ寄せて聴きたまひきに (P156)
  山鳩が中途半端に鳴きやみてそののち深き昼は続きぬ (P180)
  青古たる柘榴といへる比喩ひとつ思いつきたれど使ふすべなし (P184)
  トゥイントゥインと音の卵を産み落とす警報機あり夜の草はらに (P190)
  暗黒に脚を浸してゆくことのときめきに似て階をくだりつ (P191)
  いつせいに解答用紙ひらかれて風ふく朝の野をおもひたり (P193)

「柘榴」の一連は、柘榴のことをひたすら歌って13首かな。凄い。
そして「使うすべなし」っていいながら歌にしてますやん、とつっこみたい。
比喩に使えなかったってことなんでしょうけど。
「音の卵」というのがとても好きです。

  腋に触らるるやうにくすぐつたからうよ月の光を感じて竹は (P66、
  触 ルビ、ふ)

これはとても可愛い。とても美しい景色なのにとても可愛くできていて
好きです。
面白く読ませていただきました。


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  ◇

        ◇

                                     千坂麻緒

  まだ熱が冷めないあんなに泣いたのにあんなに夜の蜘蛛とゐたのに

  華やかなイルミネーション少しづつ蒼ざめてゆくあなたの肌は

  真つ暗にしないと今は眠れない頭の中の影を消したい

  唇の血の味真冬一篇のシェイクスピアのソネットを恋ふ

  この目には涙が足りなくなつたのでもう青空を見るのはやめる

  珈琲をハンドドリップで淹れてみる満たされるつて錯覚したい

  夕食を一緒にとる日を重ねゆくこころはなくとも相槌くらゐ

  先に死ぬ方が幸せ冬日さす窓の汚れが白く輝く


                            (未来 2012年5月号)

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今月はタイトルつけなかったので◇。
パタリロの口、と思うことは内緒。

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つなぐ

     つなぐ

                                  千坂麻緒

 
  集団は竜の如くに長く伸び箱根駅伝往路の一区

  つなぐ、つて言葉の重み殊更に この初春の震度四なり

  中継は感動を映さうとする選手の速さに追ひつけぬまま

  CMもなんだかとてもよいものに思ふ騙されやすきわたくし

  一日中パジャマのままのわたくしは走り出すには言ひ訳が要る

  襷を渡す目の前にきて倒れ込む スタートラインは遡れない

  蒼天に竜を見てゐるかも知れず走り続ける青年の目は

  眩しくて 襷をつなぐその輪へと入れる時がくるのだらうか

                          (未来 2012年 4月号)

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未来掲載は三ヵ月後、というわけで、今新年の歌です。
新年早々地震がありましたね。けっこう大きく感じてこわかったのでした。
箱根駅伝見たなあ。あんまり熱心なファンというわけではないのだけれど、
見てるとやっぱりなんだかドラマチックだし、若者がんばれ!と見入っちゃう。
私の歌じゃ実際見るのにまったくかなわないのでした。
 
 


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三月

      三月
                                 千坂麻緒


  あたりまえの午後だったその瞬間があたり前ではなくなった溝

  あの日ぼくらは別々の場所別々の恐怖をひとりひとりで抱いた

  繋がらぬ電話をもっていることがそれでも大事 きっと繋がる

  とりちゃんは三時間半歩いたと 寒いそれから抱きしめあった

  ゆれる、のが、続く ぼくらは何回も大丈夫って囁きあった

  いつもとは違うダイヤの満員の通勤電車平気なふりで

  平気ではなくなっていたとりちゃんは眠りが浅く夜水を飲む

  日常と非日常の境界が曖昧になるゆらゆら生きる

                              (未来 2012年3月号)


めっちゃくちゃ久しぶりに自分の短歌。
軽いというかゆるいというか。ちゃんと歌がつくれたという気はしてないけど、
自分がつくるとこうなる。フィクションをかりてつくる。
3・11を歌につくるかどうするか。
直後には一首か二首くらいか、それを思いながら、でもあんまり見えないように
つくった。歌をつくるってどうなのかなあ。
自分なりに、まだもうちょっとは続けていきたい、か。

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合同歌集『間奏曲』批評会 2011年10月23日(日)

合同歌集『間奏曲』批評会 2011年10月23日(日)於日本出版クラブ会館

『間奏曲』は四人の合同歌集。それぞれ100首とエッセイ。淡くテーマとして
それぞれの住んでいる土地を思わせる歌がまとめられている感じ。
参加しての私個人の覚書なので、発言のメモも私の個人的主観でのメモです。
間違っていることもあるかも。

最初にパネリストの方からの発表。
紺野万里さん。河野泰子「雨・雨」(レイン・レイン)について。
これまでの歌集、歌とは、歌が変わったなあということ。これまでとは
違う生活をしていることが歌にも現れているのか。見ていた、というのが
これまでの歌だとしたら今は自分が動く、という違いがあるようだ。

釜田初音さん。山本照子「羽衣」について。
表現のテクニックの上手さ。歴史や古典文学とのクロス。京都に住むという
ことを歌っている。近藤さんからの影響を思わせる日付のある歌。
京都に住み始めてから、京都に慣れていく作者の姿がよく見える。

中原千絵子さん。寒野紗也「雲を踏む」について。
江戸の小粋さ。「はは」が三人いるということ。幼児の作者が失われた母を
探しているような歌。ここではないどこか、芝居を愛すること。人懐っこい孤独
というような。大切なものに深入りしない照れのある歌。

田中槐さん。糸永知子「草苑」について。
小さいものへの呼びかけ。まなざしのやさしさ。日常の季節感を五感を通して
感じる歌たち。きりっと清浄な歌い口の潔さ。歳月を自然体で受け入れている歌。
さいとうなおこさんもいくつかふれていて、静かだけれど動きのある、
きっぱりとした歌のよさをお話されていた。

『間奏曲』という歌集の成立の成功はメンバーの四人のハーモニー。それぞれ
の歌人の、これまでとこれからの間にある歌として、まとめられた歌集。
パネリストの方は作者の背景にも踏み込んで、この歌集だけでなく、それぞれ
の歌人の流れのようなところも話してくださって、あまりよく知らない私と
しては面白かった。そういうのが少し見えるとまた違う発見もあるなあと。
でも、もちろん作者を知らなくても歌で見えることが十分にあって。
後で作者さんたちが、歌はこわいわ、見抜かれているということをおっしゃったり
したのも印象的。
こう、とばかりでなく、いろんな読み方があるのを聞いて面白かった。

会場からも、と、まずはゲストな日高さんから、小野澤さん、宇田川さんと
話を聞き、次々にみんなの発言。
四人いっぺんの感想は大変だろうということで二人分ずつ、とあるていど
わりふりのお願いをしていて、ずいずいとみんなにマイクが回り、みんなが
話す。それぞれが丁寧に読み込んでいて、とりあげる歌も様々で凄い聞き応え。
ほぼ全員がパネリストなのでは、という感じで凄かった。
なんですかこれ。未来の実力?
面白かったです。
私も発言の機会いただいたのですが、小心者なので緊張してあわあわ。一応
読んで考えていったけどうまくは話せず。嗚呼。精進しなくては。。。

麻生さんからノートを始めたころのお話を聞けたり。
糸永さんが、80になってもまだ自分の歌に自信がなくて、というような
ことおっしゃってた。あーそっか。私なんが自信なくて当たり前だなあと
思った。自信もって努力やめたらオシマイなんだろう。
四人でノートを回して厳しく批評しあう。その姿勢におそれいる。
一人でがんばらなくちゃいけないのはもちろんなんだけど。仲間がいるって
素敵なことね、と素直に感動した。
面白かったなー。
参加できてよかった。ありがとうございました。

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