「表に出ろいっ! One Green Bottle」


*ネタバレ、結末まで触れています。


「表に出ろいっ! One Green Bottle」

15日(水)、14時開演の舞台を見に行きました。@東京芸術劇場シアターイースト
これは、2010年に、中村勘三郎と野田秀樹夫妻、娘は黒木華?での初演だったもの、
を、英語台本に書き直して? このたびの公演、ってこと、かな。
勘三郎さんとの舞台、見たかったなあ。。。

で、その当時のものを見たことはなく、内容も知らず、今回もどういうものか
全然知らずにただ見に行ってしまいました。英語らしいよ、日本語イヤホンガイド
あるから大丈夫じゃないかな、ってことしか知らずに。なので前回との比較とか、
何もわからない。
イヤホンガイド使うのも始めて~。なんか、勝手にちっさい機械から音声が
流れてくるのね? どうやって使うんだろう?って心配だったけど、イヤホン
つけるだけで何にも操作しなくていいんだよかったよかった。
でも実際には目の前の舞台見て聞いてのほうに集中しちゃうので、一人が長めの
セリフ喋る時くらいしか聞かなかった。目も耳も、舞台ならではのいっぱいの
情報量受けるので精いっぱい。たまにアドリブ?わかんないけど日本語ちらっと
喋ったりもするしさー。二度三度見に行ったりすると、日本語ガイドもしっかり
聞いてもっとよくわかるようになるのかもしれない。日本語吹替えも、
父・大竹しのぶ、娘・阿部サダヲ、母・野田秀樹(本人っすね)って豪華なので
ちゃんと聞いてない私は勿体ない。

さて舞台は。
能舞台のスタイル。能舞台の橋、だっけ、あれがあって、正方形的な舞台があって、
でもそこは三角、だったかな、奥行き仕切られていて、その奥が二階とか別の部屋
ってこと。
基本的には、普通の日本のおうち、って感じでいいんだよな。
父は伝統芸能を受け継ぐもの、狂言師、だよね多分。
始まりにはテレビ画像にニュースやお相撲が映ったり。
この、最初に映るニュースですでに結末は伝えられている。
不自然に鎖で繋がれた一家が自宅で死亡していた、ということ。

いかに彼らはそんな状況に陥ったのか?

っていうことか、というのは見ている途中で気付くので、あ、って気づいた瞬間、
う、って、すっとそれまでのドタバタで何やってんのあんたたち?というふわふわ
した気分が冷えるのが、たまらなかった。

最初はね、三人家族が、今夜出かけるんで、ってことなんだけど、おうちに
大事なプリンセスちゃんがいるから、誰かは家に残ってその面倒をみなくちゃ
駄目、ってことらしい。でも父も母も娘も自分の予定を変えたくない。家から
出かけようとするそれぞれを、それぞれが、なんか無茶苦茶に邪魔していく。

プリンセスちゃんっていうのが、犬なのか~って、あ~ワンちゃん妊娠中で
もう今夜にも赤ちゃんが生まれそうって感じなのか~ってわかる。犬のぬぐるみ
をそれなりにふりふり尻尾動かしたりしてるのがとても可愛い。

家から出さないぞ、っていうのが過激化して、ついには三人とも足に鎖つけて
そのカギはぽいっと捨ててしまって、逃げられなくなる。
なんでそんな足枷と鎖が?? そこまでする?? そんなバカな? の連続。
何やってんだーと思うと同時に、あ、みんな死ぬ、と、ぎゅっと心が凍る。

娘はなんかカルトっぽいのに嵌ってるみたい、とかで、なにやら未来をうたう
よくわからない教義とか語りはじめたり。コンピューターの、バグ?

イヤホンガイドを時々聞きながらの、英語劇なわけで、もっとちゃんとわかる
ことが出来る人は出来るんだろうけども、まあ、私としてはすごくざっくりした
感じの目の前の出来事の把握。

ワンちゃんは出産したものの、家族は鎖に繋がれていてちゃんとケアも出来ない。
ワンちゃんと赤ちゃんが真っ先に死んで。
解決方法を見つけられないまま、父も母も娘も弱っていく。

これ、さあ。何? 
表に、出られない。

折り本っていうか、あの、携帯地図みたいにびらびらーって開くでっかい紙の
ご挨拶みたいな冊子? に野田秀樹の挨拶みたいなのがあり。
演劇って、役者が舞台が間違えるかも、というドキドキが醍醐味なのではないか、
というような言葉があり。英語で、三人の性別も逆で、より一層、間違ってる!
という感じ満々の本作は、ドキドキ満載ですよ、という、ことなのかな。
そんなバカな、そんな? 何? という、ドキドキ。
ザラザラ。
そう、演劇では、ザラザラ、ですね。
スタイリッシュなきちんと筋の通ったお話とは全然違って、何を見せられている
のかしばらく混乱してしまう。
とてもわかったとは言えない、何見てきたんだろう私、って思ったけど、すごく
体験した気分だった。楽しんだ。頭悪くてすまぬ。

衣装、すごく可愛かった~。
父は、着物袴。黒で、渋め。だが禿げ頭。母は、レトロモダンみたいな、
おっきな水玉模様、黄色とか小物はピンクとかカラフルで可愛い。ヘアスタイルも
派手めサザエさんみたいな。可愛い。娘はロリ系、かな。紫のお姫様カットの
さらさらロングヘア。アニメキャラみたい、って感じ。可愛かった。

劇場も小さ目。時間も80分?90分くらいで、だーっといく。すごい。
舞台って生なのに異世界で、すごく、不思議で面白い。
これ、勘三郎さんとやった時にはどうだったんだ。見たいなあ。
ともあれ久しぶりに生舞台、見に行けてよかった。

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「日本とデンマーク―文書でたどる交流の歴史」


平成29年秋の特別展 日本・デンマーク外交関係樹立150周年記念
「日本とデンマーク―文書でたどる交流の歴史」

という、国立公文書館の企画を10/28(土)見に行きました。
イベントで、「コーヒーなしには語れないデンマークの暮らし~ヒュッゲな
デンマークコーヒーの楽しみ方~」というのに応募したら行けたので、まずは
展示を見ようかなと早めに行って見たのでした。

マッツ・ミケルセンlove(。・ω・。)ノ♡になってからというもの、必然的に北欧、
デンマークにもなんとなく興味がいくようになってるとはいえ、国交の歴史とか
そんなの考えたことなかったな。

デンマークのことは丁抹って表記してた。丁抹國かあ。最初に通商条約を結んだのは
幕末だったようで。徳川慶喜、最後の将軍が最後に結んだのがデンマークとの条約
だったんだって~。そうなのか。
幕末好きだけど、あーこういう、政府としての仕事、みたいなことをあまり実感
持ったことはなかった。そっかそっか岩倉使節団の一部はデンマークにも行ったのか。
条約改正とか、国交とか、文書がこうしてあって、交流があるんだな。
思えば当たり前なのだけれども、通商航海条約だとか、なんだかんだの条約が
なければ国交ないんだよねえ。
徳川じゃなくて、源慶喜 と署名してた。源性なのか。へえ~~~。
明治天皇のサイン、玉璽とか。すごい。
文書は分厚く、百科事典みたいな本になってて、デンマーク側の書面も素晴らしく
綺麗な飾り文字で書いてあって、なんか、すごい、さすが、重要な条約ですね
国家間のことですよね、って、びかーっとかっこよくって、錦の袋に入れて
渡してたとか、歴史を目の当たりにできてすっごくわくわくした。

伊東博文だの井上馨だの、西郷従道だとか西園寺公望とかなんか、明治の元勲
みたいな人の名前があったりして。文書にサインしてる。おお。そうかそうだよね
普通にお仕事してサインしてたりしてたんだよね。ほー。って、まあ当然なんだけど
目の当たりにすると感動する。
思いがけず幕末もえを実感できて、これまでとはまた違うリアルな歴史の実感が
あってとても面白い。

共同事業で海底ケーブルひいて通信網が出来たとか、アンデルセンの評価が
むしろ日本からの再評価があったのかとか。
皇室と王室との交流とか。
ちょうどデンマークの皇太子いらしてて、ここも見学にきてました、とか。
悪いけどとくにあんまり期待もなくさらっと見ようかなって見た企画展でしたが、
めっちゃめちゃ楽しくてもえもえで堪能しました。ありがとうありがとう。

日本国憲法の複製の展示もあり。これは常設なのかな? この、通常では
修正とか書き直しとかありえないのにやってるまま、みたいなのを見ると、
ほんと、いろいろ思う事ある。公文書館って初めて行ったけれども、こういう、
歴史の現物がある所なんだなあ。文書、かっこいい。


そして、デンマークコーヒーのお話。
デンマークの暮らしとか、ヒュッゲって、特に決まりがあるものじゃなくて、
家族や友人と心地よい時間を過ごすことだよ、ってふんわりしてるのがすごく
好きだなあと思う。
お話の後に実際コーヒーを淹れてもらって、クッキー付きで、美味しかった。
そのコーヒーを淹れ始めるととってもとっても香りがよくて、すごく、ああ~
心地いい空間、時間、って思えて。
デンマークコーヒーって、浅煎りって感じかな。苦味は少なくてあっさりめ、
お茶みたい。あーこの感じは、井の頭公園のブルースカイコーヒーの感じと
似てる、と思ったんだけど。ブルースカイコーヒーも随分行ってないからもう
わかんないけど。
淹れてるのを見るのもステキだった。
雨の日で出かけるのちょっとおっくうだったけれども、行ってよかった。
とてもいい時間を過ごして、ひゅっげな一日、って思えました。

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穂村弘と米倉誠一郎の対談。言葉の力


8/5日(土)にトークセッションというか、なんていうかイベントに行きました。

もうだいぶ時間がたっちゃったけど、なんとなくの自分のための覚書メモ。
発言を私の勝手な主観で勘違いとかしてるかもしれません。

穂村弘と米倉誠一郎の対談。言葉の力について考える。


30名ほどの参加。事前に短歌を提出してもよし。テーマは「夏」。
私は歌は出せなかった。

始めに穂村さんの短歌トーク。提出された20首ほどの歌の中からいくつか、
あるいは歌人の歌からいくつかひいて、改悪例をつけて、もとの歌のポイントを
解説。
短歌の言葉、詩の言葉って、意味内容が明確にフラットに伝わるものとは
位相が違う。言葉の語順だとか遠回りな表現とか、単純なひとつではない含みの
ある言葉、詩になっていく、って感じかな。
実例を見ながらの解説は毎度の事ほんととってもよくわかって面白かった。

雑談的な所で、年をとってきてヤキが回ったな、って話を面白く聞く。
ステンレスに桃のしずくがこぼれる、のは、今はいいな、って思うけど、でも
なんかもうちょっと循環、生命の循環に入りたくなってしまうから、縁側とか
庭の土とかにこぼれて欲しくなっちゃうかも、って。
木って綺麗だな、と思ってしまった30代。
このごろは猫が好きになってしまって、絶望してしまう、って~。

ヤキがまわったな、っていうのはすごくわかる。けど、私はもっと前から猫大好き
だし、自然を綺麗だなと思ったりもしてて、あはーすまんねーと思う。
でもまだ、観光旅行に行って名物を食べねばとかは、あんまり、は、思わないな。
まあ、行ったらそれなりにそういうの食べたいとか思うけど、あんまり下調べとか
してないぞー。まあ、どこがどのように、ヤキがまわって年寄りになっていくか、
いろいろと個人差なのだろう。

米倉穂村対談は、どういう話するんだろう?? と、興味津々でした。
米倉先生という方は、いかにもパワフル。ポジティブ。がっつり経営、
ビジネス系の方のようなんだけれども、やっぱトップクラスだと逆に詩歌の
言葉通じちゃうのか、という感じが面白かったなあ。さすが。
穂村さん解説の短歌にとても感心してらして、提出の歌をこれは? これは?
って全部聞き出していってた。すごい。
怖いものとか聞かれても、ん~?って感じで、あ~そんな考えないと思いつかない
ほどに怖いものないんだなあと。すごい。

会場からの質問で、CMのコピーでいいのってありますか? とか。おお。さすが
ビジネス系。
あと一番インパクトがあったのが、公務員の方でお役所文書しか書けなくて、
文章を書くときには意味がわかりやすく、でも言質をとられないように書く、
みたいな感じのことをおっしゃったこと。
言質をとられないように、か~~~~。これはすごい。そういうリアル線な世界
なんだなあ。面白かった。

私は懇親会には参加せず。一体その二人の対談でどういう話の場になるのか、
すごく不思議だったのだけれども聞きにいけてよかった。ありがとうございました。

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「ジャコメッティ展」


「ジャコメッティ展」
2017.6.14|水|-9.4|月| 国立新美術館


昨日、26日(月)見に行ってきた。

1.初期・キュビスム・シュルレアリスム
2.小像
3.女性立像
4.群像
5.書物のための下絵
6.モデルを前にした製作
7.マーグ家との交流
8.矢内原伊作
9.パリの街とアトリエ
10.犬と猫
11.スタンパ
12.静物
13.ヴェネツィアの女
14.チェース・マンハッタン銀行のプロジェクト
15.ジャコメッティと同時代の詩人たち
16.終わりなきパリ

14の所は写真撮影可能エリア。女性立像でっかくて巨人~。歩く男好き~。
ってことでスマホでだけど写真とれて嬉しかった。
国立新美術館へ出かけるのは久しぶり。帰りにちょっとミッドタウン辺りの
公園寄ってポケGOのジム回してジムメダルゲットしてみた。滅多に行かないし。
ほんっとあの辺ぴかぴか綺麗だよなあ。


1.初期・キュビスム・シュルレアリスム

1920年あたりのから、1940年代のもあった。最初にあった「ディエゴの肖像」。
小さめの油彩なんかは、ごく普通に綺麗な人物画ですねえ。
キュビズムの、というのか、人体を図形的にブロック的に作ってるのか、
なるほど、と思う。何がなるほどなのかはわかんないけど、なるほどキュビズム、
って感じ。
「鼻」は、ブロンズ。頭部を吊るしてあって、鼻がにょーーーーんと長く突き出て
いる。なんかの影響、って書いてあったけど、まあともかく。正面からその鼻に
相対してみると、まさに3Dって感じに見えて(実際モノがあるんだから3Dに
決まってるんだけと)おお~鼻がくる~~って感じが面白い。
見えるものを見えるままに描きたい、と言ってたのってこういう感じを絵画で
表現したいという感じなのかなあ。

小像は、ほんっとちっちゃい。小さい。可愛い。ひょろり。一度に全体だ、と
いう主張ってこうなってしまう感じなのかなあ。

4.群像

ここの、「3人の男のグループⅠ」の像がとても好き。三人の歩く男たち。
スクランブル交差点ですれ違う瞬間みたいなの。ひょろ~りな歩く男たちが
三角錐みたいになってる。ぐるりぐるりと何回も回って見た。面白い。
群像のあれこれは、リズムを感じる。ひょろ~りを並べてる、その位置関係とか
高低差とか。面白かった。

6.モデルを前にした製作

ディエゴの胸像など。「タートルネックを北ディエゴの頭部」好き。タートルネック
着てるのかあ、って、なんかふふって思ってじっくり眺めてきた。
彫像が一列に並べてあって、ひとつひとつ正面から見て、それから横から、こう、
ずらっと一列になってるのを見て、後ろから、ほほう後頭部って眺めて、また
横からずらっと奥行眺めて、楽しい。彫像のぐるりを自分で好きなだけ眺められるの
楽しい。

8.矢内原伊作

きゃ~~!ヤハイハラ~!ってことでこのコーナーでは本で読んだなあってことを
思い出し心の中できゃあきゃあ悶えながら、静かにのんびりじっくりたっぷり
堪能させてもらいました。
カフェだとかのナプキンにらくがきしたのとか新聞にぐるぐる描いてるのとか
ヤナイハラをとことん見つめつづけているジャコメッティを感じられて幸せ。
「眠るヤナイハラ」て。ジャコメッティの前でうたたねしたりしたことが
あるんですかあったんですかきゃああああ~~は~~。すごい。もえころげる。
そして、こういう小さなスケッチ、なんでもないらくがきした紙を、矢内原が
ちょーだいっていったのか、あげるよって言われたのか、ともあれ、大事にして
持って帰って、今こうして見ることができるという奇跡ね。素晴らしい。
ヤナイハラの顔を、鼻を、とらえるためにいかに苦難していたかを読んできた
ことを思って、ただただうっとり眺めてきました。新聞のらくがきとかさー、
なんかこう手遊び的にぐるぐるしながら、アネットとか他の友人とか、パリの
カフェでジャコメッティと矢内原とみんなと、いろんなお喋りしてたんだろうなあ
というリアルが感じられてさいこうにもえる。たまらん。好き。
よかったです。

10.犬と猫

ひょろ~~~りとして猫と犬。
猫は、ディエゴのところに住み着いた野良猫ちゃんなのかな。ジャコメッティが
寝てるとやってきて、ということらしく。
あのねえ、寝てたら猫がのしのしと自分の上歩いてこっちの顔に近づいてくる
感じってすごいこれわかる!!! 猫の顔だけ丸みつけてる彫像なのね。この
猫の正面、自分がしゃがむくらいの感じで見ると、ほんっと、ああ猫がこう
来たよなーって思う。すごい好きだった。横から見ると身体は線だけって感じの
異様さも、なんかほんとすごいバランスで、惹かれる。
犬は、夢の中で見た犬、という感じだったかな。しょんぼりうなだれる犬の
姿は、ほんと雨の夜の街かどで見るのはこうかもしれないと思う。
なんだろう。いわゆる写実とは違うものだと思うんだけど、これはとてもリアル、
って思えて、この犬と猫、実物見ることができてすごくよかった。

11.スタンパ

スイスの、母の所へよく帰る、ということを思い出しながら眺めた。母の姿を
スケッチしてる。
弟ディエゴくんも芸術家ってことなんだっけ。そしてずっと兄の助けになって
いて。兄弟二人ともがパリにいて、仲良くやってるって、母としては安心だった
のかさみしかったのか。ともあれジャコメッティは母を大事に思ってるのは確かな
ようだと思って、好きだった。

13.ヴェネツィアの女

これは9体の「ヴェネツィアの女」ブロンズ像が三角形に展示されていて面白かった。
似ているけれどもそれぞれ違う。製作しながら途中途中でブロンズつくって
いったらしい。なんか私にはよくわかんないけど。型とるんだっけ。
静謐な空間にならぶひょろ~~りとした立像は、でもとても強くて魅力的。
ひょろ~としてるけれどもすっと垂直方向の力を感じて弱さがないのかなあ。
とてもかっこよくて、ここの展示コーナーとても好きだった。

14.チェース・マンハッタン銀行のプロジェクト

女性立像が、デカい。展示室の天井に頭部が近い。かっこいい~。
歩く男をちゃんと正面から見たりできて楽しい。ほんとに歩いてこっち来そう、
って感じなんだよなあ。面白い。
写真オッケーなので撮ってみる。とても素敵にはとれないけれども、でも
彫像そのものがかっこいいので、なんか素敵、と、自分なりの満足感いっぱい。


途中、ジャコメッティの映像、アトリエとか映した短い映像とかもあり。
カラー映像残ってる、近年の作家なんだよねえ。
矢内原伊作の本、一冊とはいえ読んで行ってよかった。めちゃめちゃ楽しかった。
本の中で読んだやつがこれか、とか思えるのって凄い、いい体験した。
7/19からの後半、少し展示替えがあるみたいで、うーん。ヤナイハラあたりのが
変わるのか。また見に行こうかなあ。悩ましい。9月まで、悩んでおこう。


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「ファッションとアート 麗しき東西交流展」


「ファッションとアート 麗しき東西交流展」


昨日、横浜美術館へ行ってきた。
とても綺麗で印象的なポスターに惹かれて始まる前から気になっていたもの。

19世紀終盤、から20世紀始め頃の、ドレスやガウン。日本からの輸出で、
着物がドレスにアレンジされていたり、ジャポニズムの流行だとかで、和風な
植物柄のテキスタイルが作られてドレスになっていたり。
実際マネキンが着て展示されていて、コーナーめぐるたびに、わ~~ステキ~!と、
パッと目に華やぎが飛び込んできてとても楽しかった。

もちろんドレスだけでなく、大正モダンな着物とか。工芸品のとっても繊細な
模様のある家具やら飾りやら。
アクセサリー、帯留め、指輪とかもほんとステキで、すごい~欲しい~~って
なる。まあもちろん手の届くようなものじゃないわけですが。

ダウントン・アビーの世界だわ。ドレスは一人で着るものじゃないわ。室内着の
場合にはコルセットなしでいけたのねえ。メアリーたちというよりもう少し前、
ヴァイオレット様の若き日々の時代ものかな~。いいなあいいなあ。と、妄想も
楽しかった。

着物が斬新なファッションとして取り入れられたり、大正乙女が着物の中に
チェックシャツみたいなの着てる? という絵があったりで、そっかあ、着物も
こんなに自由にアレンジして楽しく心地よくカジュアルに着ていいんじゃないの、
と思う。今でももっとカジュアルにてきとーに着て許されればいいのにな~。
ガウンとして羽織りものとして着たりしてもいいのでは~。

展示は三章に分かれていた。

 第一章 東西文化の交差点
 第二章 日本 洋装の受容と広がり
 第三章 西洋 ジャポニズムの流行

第二章の最初の方の展示に 昭憲皇太后着用大礼服(マントー・ド・クール)
があった。明治天皇、皇后も洋装して率先して洋服を広めたって感じか。
このマントがねえ、ほんっっっっと~にすっごい綺麗。豪華。緑のベースに
丁寧に華やかに繊細に菊とかいろいろたっぷり刺繍がほどこされ、長く長く
広がって、素晴らしい。まあやっぱ一国の威信をかけての装いは尋常じゃないね。
別格。素晴らしい。

たっぷりじっくり見て満喫満足。
それからコレクション展と写真展も見た。かなり疲れてしまっていて、こっちも
たっぷり見応えあったけどもまあ、ざっくりと。
いくつか気になったものだけはじっくりと。松井冬子さんのでっかいのがあった。
迫力すごい。
そんなこんなの沢山の美しいものを間近に見られてとてもよかった。

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鎌倉文学館「漱石からの手紙 漱石への手紙」

鎌倉文学館「漱石からの手紙 漱石への手紙」


5月18日(木)に行きました。

今年も薔薇を見に行かなくちゃ、と、思い立って朝から出かけた。
バラまつりの間は休館日なしなのがとてもありがたい。ふらっと行ける。
開館は9時から。あまり人がいないうちに薔薇園をゆっくり眺めたいと思って
行ったけれども、到着したのが9時20分すぎくらいだったかな、もうそこそこ
人はいましたね。なるほど。とはいえ、混み合うってほどではなくて、ちゃんと
じっくり眺めてきました。
まだ満開までもう少し、といったところかなあ。蕾も沢山、でももちろん
綺麗に咲いているのもたくさん。
快晴というわけではなく曇りがちだったけれども時折は陽もさして、くっきり
鮮やかな写真も撮れました。
写真とるっていっても私はiPhoneでささっとパシャッと。それでも薔薇が綺麗で
文学館もステキで、絵になる~。うっとり。全然素敵な構図とかわかんないけど
一人満足しました。

ひとしきり薔薇を堪能してから文学館へ。

今の企画展は「漱石からの手紙 漱石への手紙」ということで、18歳の頃、
友人へあてた手紙、って、英文なんですけど。予備門の頃かな。帝大生め。。。
こう、普通に英作文するよ、ってのと、漢文で子規の同人誌への感想書くよ、
ってのと、もちろん家族への普通のお手紙とか、まーあらゆる文章表現が凄い。
まあそれはやっぱり漱石先生だからだしスーパーエリートなわけで、ほんと凄い。

それでも、俳句を始めたとか小説書いてみただとかを、どうかな、ちょっとは
褒めたまへ、みたいにお手紙書いててとっても可愛い。
物書きの心情なんて普遍的に同じなのかねえ。わかる。わかるよ、と、勝手に
共感しまくって楽しかったです。

妻への手紙は可愛いし初々しい感じあるし、いいよねえ。子どもへの手紙も
丁寧な言葉で書いていてとってもいいよねえ。好き。海水浴いいねとか。
若い頃の手紙は率直というか、友人や家族あてなので生身っぽさがあるなあと
思う。だんだん小説家として売れて、弟子なんかへの手紙だと、やっぱり
友人への気安さみたいなのは減って、小説よかったよとかがんばりなさいとか
立場みたいなことがあるんだよねえ。当然なんだけど。

あまり大きな企画ではないけれども、手紙に焦点しぼって漱石の変遷を見る
ことができてとてもよかった。じっくり堪能しました。やっぱ好きだなあ。

で、それから神奈川近代文学館にも言った。「正岡子規展」二回目。
漱石、子規とハシゴしちゃお~っと移動。

元町へついて、港の見える丘公園でも沢山の薔薇が、素晴らしく綺麗に咲き匂い、
いくつもの薔薇のアーチでほんっと夢の世界だった。
4月に行った時には桜散りつつある頃で、その時にもいろいろお花も綺麗だった
けれども、今の薔薇も素晴らしい。ちょっとにわか雨にあってしまったけれど、
こちらでも薔薇たっぷりでしあわせだった。

二回目なので何があるか大体わかってたし前回ほど展示の前で立ち止まっては
泣きそう、ってほどにはならなかったけれども、やっぱり読みふけってしまう。
ここでも、漱石子規のやりとりは最高にステキで可愛くて。何度見ても
どう考えても、友達っていいよね、ってうるっとしてしまう。子規の奔放さと
漱石が真面目に心配してる感じ、とてもいい。もー。お互いいい友達だなあ。
大好きだ。

そんなこんなで薔薇と文学をめぐる一日、しあわせでした。

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「特別展 生誕150年 正岡子規展―病床六尺の宇宙」

13日の木曜日に、神奈川近代文学館へ行きました。
桜は散り始めていて、その降る桜がまたとてもうつくしかった。
港のみえる丘公園にも花の庭きれいに作られていて、たくさんの花花とても
綺麗だった。春だねえ。


「特別展 生誕150年 正岡子規展―病床六尺の宇宙」

病床のショウは今私出せない字だけど。

正岡子規の生涯をじっくり展示で見せてくれていて、手紙や原稿等々たっぷり
あって、ざっくり見るつもりがじっくりたっぷり見てしまうことになって、
二時間半あまり見入ってしまいました。

私は松山出身なこともあって、子規さんには親しみがあり、子規記念博物館や
子規庵にも何度か行ったことはあり、まあその生涯については大体知っているの
だけれども、それでも、何度見ても何度読んでも、子規さんの手紙魅力的。
手紙よりは原稿なんかはわりと読めるので、開いてあるページを見てしまう。
可愛い。
これも何度も言ってるけど、ほんと子規さんのリアルな言葉は、今であれば
ブログ、毎日更新って感じだし、実際新聞へ毎日連載掲載ってことはそういう
もので、今回展示の始めとかに長谷川櫂さんがちょっとした解説みたいなのを
よせているのが、子規さんの病状が日々実況されているようなものだ、みたいに
書いてあったのがとても納得いく。
ほんとそーなんだよ。

漱石先生との交流も丁寧に取り上げられていてもえる。
漱石が子規へ自分の写真送ってるの~。裏書があって、思わず手帳にメモる。
 「御粗末ながら呈上/正岡常規様/夏目金之助/明治廿五年六月十四日」
ですってよー。
写真をさあ、わざわざ贈って。持っててねってことでしょう? 仲良し。。。
ほんともえる。たまんね~。

あづま菊の、手紙とか絵とかの軸ね、あれもねえ。何度見てもあの前では
マジ泣きしそうになって困る。今回も涙が出そうになるのを必死に我慢。
「僕ハモーダメニナッテシマッタ」の手紙たまらん。泣く。

そんなこんなのメモをとりつつ堪能しました。
やっぱ子規さんは愛されキャラだし、その命が短かったこと、その病が苦し
かったこと、それをあんなにも率直に言葉に書き記し、残していったこと、
全てが物凄くて、わかっていてもいつもびっくりするし感動する。大好き。
その命の中で出来る限りの仕事をして成果を残していったこと。
面白かったです。

講演会にもできれば行きたいけどどーかな。都合つけば行かねば。

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洞田明子歌集『洞田』批評会

洞田明子歌集『洞田』批評会

   2月25日(土)@中野サンプラザ研修室13:30~

先日土曜日行ってきました。
単なる私個人の主観よる覚書メモ。発言や内容に勘違いがあるかもしれません。

司会:斉藤斎藤 パネリスト 大辻隆弘、花山周子、阿波野巧也

最初に阿波野さん。
章立てそれぞれについて読み解き。「駅」という題選びのよかったこと。
発言のわりと最初から、この「歌集」をどう読むのか迷う、悩むということが
あった。批評のレベル。太朗というユニットが「洞田明子」をつくり、洞田明子が
歌集「洞田」を作りその中に「戸綿」の歌があり、戸綿を作ったのは洞田明子
なのか太朗なのか、どのレベルへ話をするのかわからない。
ストーリーよりはプロットが大事で、一首一首についてやっても意味がない。
「洞田明子」という人物像は見えるけれどもはりぼて的である。

次に大辻さん。
全体的な印象としては近代短歌の「私」への検証、挑戦か。生々しい「洞田明子」
のイメージは感じとれない。読みやすく、生々しさを感じたのはⅢ章。
一人の人物というよりは、トポス、場所が重要な感じ。「ドキュメント72時間」
みたいなとおっしゃってましたが、なるほど。
「私性」を編集で作り上げようとすればするほどはりぼてめいている。
個人データの集積が「私」ではなく、修辞や文体から「私性」を感じるのでは
ないか。

手紙魔まみみたいなコンセプトかなとおっしゃっていて、まみを私も連想してた
ので、うむ、そーだなーと思ったり。

三番目に花山さん。
洞田明子はいないと思った。どこに向かって批評するのかわからない気持ち悪さ。
いい歌がない。洞田明子、この歌集といえばこの歌、というのが挙げられない。
Ⅲ章「富士」になると読みやすくなった。短歌らしい短歌の章。
「私性」は個性ではなく、「短歌的私」という共有されているものなのではないか。
それは共犯的なのではないか。

司会の斎藤さんから。一人の人間ぽくない。歌のうまさがバラバラで、一人の人
としてのバラつきの滑らかさを超えてるほどのバラバラさ。Ⅲ章が読みやすいのは
バラつきが比較的なだらか、おおむね揃ってみえるので一人の人間ぽい。

とかなんとか、その後もいろいろ話は出つつ、やっぱり架空の一人の人物として
洞田明子があり「洞田」というこの歌集があり、というのを批評するって
どうすればいいのか、という迷い、気持ち悪さみたいな所がありました。
「駅」というアンソロジーであるなら、一首一首のいい歌とか見つけたりして
いくけど、この場合は洞田明子の歌集、ということで見る、と、すると、歌が
まとまりなさすぎて一首のよさを殺すようになっていて、いい歌が見つけ出せ
ない。
この実験、「私性」への挑戦なのか実験なのか、この歌集が何なのか見えて
こない。沢山の作者の沢山の歌を集めてるのに多様性がない。ステレオタイプに
落としこんでいるのが残念。
等々。

私はこの歌集の名前程度は聞いたことあるものの、この歌集が何なのかはよく
知らず、批評会の参加も直前に申し込んで歌集読んだのもその場でだったりで、
ほんとに何にも知らずよくわからずで参加しちゃったので、ほんとなんだか
よくわからないなあ、と思いました。そんななのに参加してごめんなさい。
わからないのは自分が悪いんですが。
なんだか豪華なパネリストだし、「私性」の話とかいろいろされるだろうなと
いうのに期待して参加しました。

この歌集はTwitterで募集した短歌を太朗というユニットが一冊にまとめたと
いうもの、らしい。集まった短歌全てを収録、短歌そのものには手を加えて
ません、というものらしい。
詞書は編集がつけたのかな?
奥付の編集には「土岐友浩」の名前もあるけどどういう関わりなのか。
なんかこう、全体がもやっとしてわからず、説明もなく。
歌集は歌集の体裁をとってるけども、成り立ちはこういうものですとか
はっきりしたことがわからないままで、わかんなかったなあ。

これは、Twitterで短歌な仲間たちが参加してつくったお祭り文集ですよー、
みたいな、強烈な内輪ノリなものっていう感じがして、参加してない私には
いやあ、なんか、わからないのに批評会きちゃってごめんなさいという気がして
しょうがなかった。
Twitterでちらほら見かけた「私も洞田明子なのです」みたいなツイートも
なんかわからないので気持ち悪く思ってたりして。内輪の中に入れないからさー。

「私性」をつくってみる実験作品なのかなあ。批評会するとしたら、編集に
対してのレベルしかないだろうなと思ってたけど、編集も太朗というユニット
ですとかだし、ほんと、批評したとして誰に向かって語るのかわからないぐにゃ
ぐにゃ感が。
「私性」についてのことも、まあ、なんか、さほど斬新で印象に残るような話に
なるでもなくてわりとこう、まあそうですねみたいな感じだったような。
前で話すみなさんが、誰を殴っていいのかわからないとか、貴族の遊びか?
みたいなこと言ったりだったのがなかなか、ああ、大変だなあと思いました。
このパネリストや司会引き受けて凄いなあと思いました。

いい歌がない、というのも、多分、たぶんですが、やっぱり参加者の人が、
へー、そういう企画があるのかあ、一首出してみるか、くらいなノリで出した
歌が多かったのでは、という気がする。まあそれは私の勝手な想像なので違う
かもしれないけど、でも、すごく考えて頑張ってすっごくいい歌が出来たら、
こういう企画に出すんじゃなくて自分の名前つけて自分の作品として出すんじゃ
ないのかなあ。
そういうそれぞれのほどほどないい感じの歌が集まって、編集は歌に手を加える
ことなく、ほどほどいい感じになんとかまとめて、となると。たぶん、いい歌集
になるのは厳しいんじゃないかなあ。
そこそこ理解しやすいように男女の物語にしたり。
参加者に女性が多かったんだろうけれども、まあ、それでかどうかわざわざ
「明子」という概ね「女性」と認識されそうな名前つけて。その中でまた別に
「男性」作って。
性別曖昧にさせるような名前つけるんじゃ駄目だったんだろうか。

まあ、Twitterで歌募って、予想以上にいっぱい集まってしまって、でもその歌
には手を加えずに全部使って一冊、一個人風にまとめるって、そりゃあもう
すっごく大変だったろうと思うし、まとめ上げただけでも凄いなあと思うけど。

なんでこんなガチめなパネリストメンツ揃えて批評会やったんだろう?
私みたいに「洞田」をよく知らないわかってない人でも参加オッケーな批評会
やったんだろう?
この企画に参加したみんなで打ち上げ~ってやったり、内輪で読書会やったり
するんじゃなくて、歌集批評会、というのをやったのはなんでだろう。
この「歌集」というのについて真面目に考えようとすればするほどはぐらか
されてこっちがバカをみるような気になるばかり。
参加して実験してみた人達にとっては面白い企画だったのかなあと思う。
でも開いた批評会やるんだったら、この歌集の成り立ちとか編集の経緯とかを
丁寧に説明するペーパーでも配って欲しかったなあ。
まあ、この歌集やTwitterの短歌界隈のことをなにも知らないのに行ってしまった
私がダメなんだよな。

パネリストの困惑とか、会場発言のいろいろとか、沢山話を聞けたのはよかったし
面白かったです。
最後の挨拶のところで、太朗のユニットのお二人が、言い訳になるので何も
言えませんみたいな感じだったんだけど、いやそこはたっぷり言い訳して
なんもわかんないこっちに説明してくれ、と思ったけど。
もっと、怒られるかと。叱って下さい、みたいなこと言ったのもね。なんだか。
かまってちゃんの甘えんぼ中学生かよ。
その後の懇親会でもっと、いやあぶっちゃけ、みたいな話したりしてたのかなあ。
まあでも懇親会に参加しないのでやっぱり全くわからないのでした。
こういうのやってるのかあ、というのは面白かった。

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NODA・MAP「足跡姫」

*ネタバレ、結末まで触れています。

NODA・MAP 第21回公演
「足跡姫」~時代錯誤冬幽霊(ときあやまってふゆのゆうれい)~

東京芸術劇場。15日(水)の昼を見に行きました。

今回の舞台は江戸。中村勘三郎へのオマージュ、とのこと。

キャストは宮沢りえ、妻夫木聡、古田新太、佐藤隆太、鈴木杏、池田のぶえ、
中村扇雀、野田秀樹。

女歌舞伎は取り締まり厳しい中、お役人がやってくると、男ですよ~と誤魔化して
いる旅一座。いずこのお国、三、四代目が看板踊り子をつとめている。
穴を掘るのが趣味、というかやめられないお国の弟。その穴から出てくる志士。
こっそり腑分けを試みようとしていた蘭学医の下へ届けられた死体。
彼らがそれぞれに入り乱れていく。
新作歌舞伎、「足跡姫」という筋を弟君と生き返った死体とがかき上げて評判を
呼び、お城の殿さまに呼ばれそこで演じることを夢見る。
さて死体は由比正雪であるらしい。お国にはタタラ場の足跡姫がとりついたらしい。
舞台の中の舞台。
舞台からはみ出すリアル。
死体は生きているのか死んでいるのか。
舞台にあく穴。
舞台から伸びる花道。
はだけて肌を見せるだけでない、舞台を演じたい熱。

これは、歌舞伎のはじまり? 舞台のはじまり。

生の舞台をみるのは前の「逆鱗」以来になる。やっぱりやっぱり生のエネルギー
は物凄くて圧倒される。正直、衝撃とか物語の見えてきた時の打ちのめされっぷり
とかは「逆鱗」が私にはあまりにも凄くて、今回は前よりはまあ比較的冷静に
見た。まあもちろん全然違う舞台なわけですし。
それでもやっぱりカーテンコールの時にはぼろぼろ泣く。
これを書いて演じる野田秀樹を想う。

私は中村勘三郎は、勘九郎の頃に2回くらいは見に行ったかなあ。地方にきて
くれたことあったんだよね。あとはテレビの番組を多少見た程度。ファンで
あるとは言えない。それでも好きはもちろん好きで。早すぎる死に驚いた思いは
はっきりある。
野田秀樹がこうも、オマージュですと言葉にして舞台作ったのか、と思う。
その、盟友の死を見送った思いを思う。

一応自分も中高年となった今、生きるとは、生き残るとは、先に逝く大事な人の
死を見ることだな、と、実感を持ってくる。
表現者は、それを表現するのだな、と思う。

宮沢りえ熱演~。
はだけるセクシー。
そして演じているのを演じる、さらに途中からは足跡姫にもなる、がっつり
ずっと舞台引っ張ってって、凄い。
妻夫木くんは微妙に情けないまさに弟で、でも体しっかりしてて、かっこいい。
見られてしあわせだったなあ
そして古田新太~~~っ。へにゃっとした笑わせはもちろん達者だし。びっと
決める時の姿のかっこよさったらもうううう~~。かっこいい。ほんとに
舞台で決め姿の古田新太は最高かっこいい。堪能しました。
中村扇雀はちょこまかちょこまか出たり入ったり、役もいーーーっぱいやる。
あれはなんだろうなあ。あの個人としての存在感凄いわ。面白かった。
野田秀樹はまあもうもちろん、よく動く。緩急の、ちょっとゆったりめの方が
多かったかなあ。相変わらずすごい。

相変わらずの沢山たっくさんの言葉遊びの連なりから話が入り乱れ繋がってく
アクロバットすごい。
タタラ場の、ってあたりは、もうちょっとなんかあるのかと思ったけど、そこは
わりとあっさりで、勝手におお?と勘繰ろうとした私の勘違いだったか。

舞台って、生身のエネルギーだから。死んじゃうと消えてしまう。
一回一回、終わるたびに消えてしまう。
でも、その儚さもうつくしい。でも、それはどうしようもなく悔しい。哀しい。
見えない姫の足跡だけが、残り、消える。
ラスト、鮮やかな一面の桜。とてつもなく美しかった。

見に行けてよかったです。

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2016年まとめ

2016年まとめ

ざっくりと去年の日記見直してまとめ。

本は33冊でした。
映画は77本でした。

2016年はほんっとに本を読んでなくて、ああそれでも30冊はいったのか、
と思ったくらい。
『さよなら、シリアルキラー』(バリー・ライガ/創元推理文庫)
のシリーズ3部読んだのがよかったな。短編集も12月に出てるらしいので
それも読んでみようと思う。

『百番目の男』(ジャック・カーリィ/文春文庫)
のシリーズも出てる所までは読めてよかった。
いまいち好きになれない、と思いつつも読んだんだから、やっぱそれなりに
面白かったのだ。ジェレミーお兄ちゃん気になるし。

と、つまりシリアルキラー大好きすぎますね私。
もうすっかりどっぷりハンニバル・レクター博士大好きすぎるあまりですね。
去年も今年も、多分ずっとずっと、レクター博士にハマりまくりです。
マッツ・ミケルセンをあいしてます。

新刊をあまり読めてないけどまあ仕方ないか。
今年はもうちょっと本も読む。積ん読減らす。
そしてちゃんと読書日記メモメモ書く。


映画にはよく行った。多分自分史上最高。こんなに映画館行ったんだなあ。
劇場へ行った分しか書いてないけど、日々午後ローつけてたりBSプレミア
だとかDVDだとかも見てて、そういうのもメモしたほうがいいかなあ。
でも多すぎるかな。
あまりにも自分の記憶力がダメダメすぎるので、何かしら少しでもメモって
おくと、多少は思い出す助けになるはずだから。
去年は複数回見に行ってもえたぎったのもあって、しあわせな映画との出会い
だったと思う。
今年もたくさんいい映画見に行きたいな~。
新年さっそくはまた「ローグ・ワン」を見に行くつもりだ。好き。

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