現代短歌シンポジウム ニューウェーブ30年   「ニューウェーブは何を企てたか」 に行ってきた。

 6月2日(土)名古屋へ行ってきました。

 現代短歌シンポジウム ニューウェーブ30年 
 「ニューウェーブは何を企てたか」
https://wave20180602.wixsite.com/wave20180602

 というイベントへ。
 これは私の個人的主観的メモ、覚書日記で、私の勘違いや思い込みがきっとあって、間違いが多いかもしれない、ただの感想です。

 朝、新横浜から名古屋へ向かう。ランチに味噌煮込みうどんを食べて満足。迷子になる~と思いつつも一応迷子ってほどにはならずに会場到着。

 受付が13:10~ということだったけれども、到着したらもう開場されていた。160名?もっとかな? とにかく沢山の参加者がいるらしい。受付してもらって、なるべく前の方へ、っと端っこながらも席を確保。机がある所に座れてよかった。後ろ半分くらいは椅子のみのようで、すごい、大盛況ですね。企画、スタッフの皆さまさぞ大変だったでしょう。お疲れ様です。ありがとうございます。

 で。
 上記のサイトであらかじめ資料、参考資料をプリントしていきました。行きの新幹線でざっくり読んでにわか勉強。2001年の「未来」の特集?「場のニューウェーブ」という、荻原裕幸さんと加藤治郎さんのメール対談、面白かった。この時点での、現代短歌、80年代90年代振り返りですね。オンデマンド出版への夢と希望、「電脳短歌」だとかの言葉がすごい懐かしい感いっぱい。今これを読むと、ああ、まだインターネットの世界が自由で希望と可能性に満ちている感じだなあ、って感慨深い。オンデマンド出版も別に絶版なしの永遠なものではないし、「電脳」ってあっという間にレトロワードになったし、インターネットは小宇宙化の一途で広がりよりは今気の合う限られた人達同士のミニマムに閉じる方向になってる、と、思う。
 「レ・パピエ・シアン」2003年の大辻隆弘さんの「ニューウェーブ、やや回顧的に」という文章も面白かった。やっぱ大辻さんの言ってることはよくわかる。気がする。多分私には。(いやわかってないかもだけど)大辻さんは同時代で、近い所で「ニューウェーブ」を見てきた、けど当事者ってわけではないかなという感じかな。同時代わかってる感と一歩ひいた観察者感と両方あってわかりやすい、気がする。


 前には四人。加藤治郎、穂村弘、西田政史、荻原裕幸。
 追加資料、「ニューウェーブ関連年表」。荻原さん作。これはこの企画のためのざっくりしたものです、とのこと。1984年~現在まで。

 「ニューウェーブの30年」て、同人誌フォルテから数えるとちょうどそのくらいですね、みたいな感じで始まる。ふぉるて??何それ、という感じで、当事者が語る、自分は全然知らないその頃、という話を聞けたのは面白かったなあ。「ニューウェーブ」を語るイベントだと思ってたけど、始まりの加藤治郎sなんのお話から、ほんとにニューウェーブは存在したのか、という根本的疑問からだったので、えっ? という風に聞き入りました。

 でもそれは参考資料なんかでのにわか勉強でも感じたことで、なんかニューウェーブだとかいって、近代短歌的主体というものからのずれ、口語、記号多用の短歌、みたいなざっくりしたのが、主に加藤、荻原、穂村の一時の短歌の感じをさして言われたりしてるなあ、そういえば、みたいな感触なんですね。

 荻原さんが1991年に新聞のコラムのタイトルとして「現代短歌のニューウェーブ」としたのが、名称としての始まり、ということらしいです。が。それは特に意図的な我々の短歌革新運動を名付けるってものでもなくて、この頃の短歌はこんなのがありますよ、という紹介みたいなんですね。岩波の現代短歌辞典には「ニューウェーブ」の項目があるけれど、三省堂の現代短歌大事典にはその項目はない、と。1999年、2000年と、ほぼ同時期に出てるものでも違う、と。編集委員の考えの違いとからしい。辞典作るの大変そう~。編集委員でもめたよね、みたいな話もちらっと聞けて面白かった。

 登壇者それぞれの話、それからみんなで対談、という感じだけど、まあ、みなさん付き合い長い友人たちということなんですね、雑談風な感じで、このメンバーでこういう場ならではの空気が面白かったです。
 「ニューウェーブ」がもてはやされた、というか話題にされたのって、前衛短歌への二重写しの期待の評価、という話もなるほどと思った。みんな前衛短歌に憧れたんだよねえ、それで、その後の世代でもなんか面白いことないかなっていう期待感の俎上にのせられたのがニューウェーブの三人、という感じか。

 「ライトヴァ―ス」っていう言葉の方が当時強かったね、という話。口語で、都市部の感じとか、軽やかに、とかいう感じ、かな。俵万智さんがな~もう圧倒的にそこは強い感じ。「ライトヴァース」の方がその、80年代90年代の現代短歌としては包括的に示す言葉で、「ニューウェーブ」っていうのは、加藤、荻原、穂村、西田と、この3、4人のことなのです、という定義づけ。
 「ニューウェーブ」みたいに成功するには三つの条件があって、と加藤治郎さんが教授してました。
 ・人がはっきりしていること。人数があんまり多くても駄目で、3,4人がちょうどいい。
 ・作品に明確な共通性、文体があること。これは記号短歌、みたいなことかな。他と識別性があること。
 ・共通の場があること。出発点に「フォルテ」があり、S2プロジェクトやラエティティア(メーリングリスト)という場を作っていた。

 これはこれで、後から会場発言とか参加者的にも、ニューウェーブってそんな、3人だけ、4人だけのことかよ~という驚きがあがってた感じ。
 でもまあ、それはそういう風にしか語られてこなかった、という事実、事実かな、私はちゃんと知らないのだけれども、まあ、ニューウェーブを語る時にはその3、4人の名前で語られてきたのでしょうねっていうのはわかる。だから、女性歌人とか他の人は入らないのですか? という質問に、入らないですねという返しでおしまいになったのもわかる。

 東直子さんが観客(?)でいらしてて、会場質問で話してたの面白かった。
 今後の見直しとか、語りなおしで、いや東直子さんだってそうだろう、みたいになるのかもしれないし、わかんないけども、それは今後の話で、これまでは結局その目立って活動活躍してた三人がニューウェーブ、って感じなんだろう。今回の企画としてこの4人の活動中心に年表ざっくりと作ってみました、というのもわかる。そもそも「ニューウェーブ」なんてあるのか? という話になるんだなーというのも、なるほどと思った。
 ニューウェーブって、今回前に出てた3、4人が、短歌面白いよ、なんかもっと面白いのやろうよ、やってみようよって感じでいろいろ活動したことが、目立って人気出て、そんでまた彼らが何かときちんと記録したり発表したり、今回だってこうして企画して人集めて、ってやってきてる、そういうことなのかなあと思う。同調したりしなかったり、同時代のいろいろな人のそれぞれの活躍はあるのだろうけれども、まあ、表立って仲間って目立ってやってきた3人、みたいなことでまとめてなんとなく呼ばれる、他の人はなんか個々に、かなあ。

 それから主体の話とか。近代的主体、「私」とは違う感じになってる、けど。これはちょっと全然語りきれない感じだった。この対談とかは記録でまとめられて本?ムック? が書肆侃侃房から出るみたいだし、その時に全対談が読める、のかな。違うかな。まあいろいろまとめられてくでしょう。

 インターネットという場が始まって広まったの、が、ニューウェーブなのだろうなあという感じ。記号使ってみたとか、加藤さんがデジタル化で文字が動く、カット&ペーストとかおっしゃってたけど、そういう、手書きとは違う遊びみたいな変化で短歌つくってみたとかもあるのかなあと。荻原さんはワープロで、画面とか二行くらいしかなくて、かな、そう言ってたのもすごいわかるw。ワープロ、表示画面ちっさかったねーと、思う。別にモニター上で作ったわけではない、と。
 まあ、それでも、自宅ですぐに活字、プリントを出せるという感じは、原稿用紙に手書きとはちょっと違う、のではないかな、と、思う。コンピューターとかインターネットとかがきらきらしい未来と夢と希望、ロマンな感じなー。その過渡期の実感みたいな所もあるんじゃないか。

 あと、時代はバブルで、なんか浮かれてお金あって、みたいに言われるけれども、それがすごく嘘なんじゃないか、っていう違和感はすごくあって、という風なお話とか。
そーはいってもあんたらバブルじゃん、って思うけどね。もちろん、その、嘘っぽさを感じてというの、すごくそうなんだろうなあって思うけど。
 私はバブルが目の前で弾けて放り出された感の世代なので(ロスジェネとか? 今はひきこもり高齢化問題とかいわれる、40代後半さ)なんだかんだちょっと上の人々のいやバブルっていっても恩恵なんかなかったよ的言説には超ムカつく、ぼんやりと怨恨抱くよ、個人的にw

 あと、穂村さんがちょっと愚痴めいた感じで言った本音っぽいようなこととか。短歌は他ジャンルの人には知られてないとか、フィクション、ノンフィクションのこと、差異、異化とか圧倒的散文的社会には通じないしあっちにはどうでもいいんだよ、という苛立ちとか絶望めいたこととか。若い人が正しいと思ってるけど、苦しい、とか。
与謝野晶子がいればいいんじゃない、とか俵万智一人でいいんじゃない、とか。

 いろいろな質問に答えてたり、加藤治郎さんが岡井隆らぶなんだなーっ、岡井隆の存在感、と思ったり。
 この30年を振り返る、かなり誠実に簡単にまとめずに、なんか面白いことやりたいっていろいろやってたらなんとなくニューウェーブって言われてて、でもその実態とか特にはない、みたいな感触を語ってるなあ、と、眺められて面白かった。

 今後は、でも、男友達同士で内輪でやるよ~って時に、そこで女性を無視するのか? という視点がくるよね、と、思う。ほんとは理想は、性別がどうこうっていう話をしなくてよくなることなんだけれども、まだまだ、女性は、ということを指摘しないと悪意なく自然に無視されがち、ということがあるかなあ。それは自分自身でもあって、私個人的には女性がいることが苦手で、勿論これは完全に個人的問題。女性として声を出すことが苦手、というか。うーん。まあ、いろいろ、自分自身の内面の問題も考えたりでちょっとしんどい。


 パーティへ場所移動。そこもかなりの人数でほんと大賑わいでした。ポエトリーリーディングがあったり。四人へのプレゼントがあったり。私は飲んで食べて、多少はお喋りもできて、楽しい一日でした。このイベントの話を知った時、名古屋か~と思ってたけど、行けてよかった。皆様ありがとうございました。
 そして私はホテルへ戻り、部屋でもうちょっと飲んで、「おっさんずラブ」の最終回に一人盛り上がり、いやあ、よかった。
 翌日はもう観光とかの気力もなく、ホテルでだらけて、だらだらして後片付けを気にしなくていいって最高~とのんびりした~。コメダ行ってコーヒー。名古屋駅へ戻って自分お土産買って帰りました。新幹線あっという間だよ。いい週末でした。


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鈴木美紀子歌集『風のアンダースタディ』を語る会


14日の土曜日、行きました。

鈴木美紀子歌集『風のアンダースタディ』を語る会 @中野サンプラザ。

(あくまで単なる参加者の個人的主観の日記感想メモです。私が発言や様子を
勘違いしているかも)

受付後会場に入ると、資料が置いてありました。レジュメだけでなく、
「風のアンダースタディ以降のわたし」という、印象的な赤いスカートや靴の
ちょっとこわい写真の小冊子「迷宮へ」があって、短歌だけでなく、詩もあり。
ますます表現の世界を広げてらっしゃるんですねえ。


第一部:対談 穂村弘×文月悠光

穂村さんは鈴木さんの歌を早くから天才と見出して推してる、という感じ、
文月さんは詩人で、鈴木さんは文月さんの詩の講座に参加されてるそうです。
そんなお二人の対談楽しみでした。

レジュメに歌集からの10首選があり、それにそったりそわなかったりで
対談が進む。二人が選んでるので重なってるのは2首かな。評価受けて
代表歌っていえそうなのがちゃんとある歌集って素晴らしいなあと思う。

一首で成立してる歌が多い、というのも納得。、新聞とか雑誌に投稿してる
からかなあと思う。そこで勝負して勝ってきてるんですよね鈴木さん。凄いな。

「成仏できない魂」というフレーズで語られてた。タイトルの「アンダースタディ」
のように、今ここ、ではないどこか、「あなた」は決して手の届かない人、
身近にいる「あなた」はこれじゃない感が凄い、みたいなこと。
無力感がとてもあるけれども諦念ではないバランス、アンバランス。
強烈な相聞のようにも、相聞と限らず、パラレルワールド的な、ありえた
かもしれない別世界への希求のようにも、とれる「あなた」。

この歌集を読んで、うんうんわかる気がする、と思っていた感じ、でも
私はさらっと読んでいた歌の奥の奥底の怖さみたいなことを、お二人の
対談で深く広くひらいてもらったなあと思いました。面白かったです。


休憩後、パネルディスカッション。

天野慶、伊波真人、岡崎裕美子、司会:朽木祐

最初に伊波さん。
・メタ視点 ・「役者」である作中主体 ・夢というモチーフ 
・生活の中で目にするフレーズの引用 ・句読点の多用
と歌をひいてきてのコメント。私、個人的にはそのメタ視点って把握は
なんかチガウんじゃないのかと思ったけれども、他はまあなるほどと
聞きました。

次、岡崎さん。(だったと思う)
自己愛、という点からの読み解き、だったと思う。自己愛、がある、自分を
愛したい、けれども否定してる、でも、という、せめぎ合いのバランスが
歌をよくしているという感じ。
「アンダースタディ」というと、裏方っぽいようでもあるけれど、でも、
出番がある方なんだ、というのは、あ~そうだなってとってもはっとした
指摘でした。

天野さん。
演劇経験があるそうで、そういう面からもこの歌集の関心ポイントを見て
読まれたようです。「本当の私」はまるでもうこの世にいないみたい、な
魂の距離感。「切ない」ことの距離感が独特な歌集だと。死との断絶が
ないみたいな。

一通りそれぞれの発表のあとディスカッション。
ちょっとなかなかかみ合わない感じが見ててハラハラしたけど、まあそれぞれ
いろいろに、歌を読んでいる感じが面白かったです。上手い、こわい、
言葉や距離感のバランスのよさなど改めて確認できた感じでした。


それから会場発言。
みなさまのあれこれ、なるほどと聞きました。

やっぱり批評会に行くと、自分の読みは全然浅かったなあとか、そういう
読み方があるのか、するのか、とか。自分とは違うなあとか、いろんな
見方を知ることができて面白いです。
参加させてもらってよかった。
鈴木さんこれからもますますのご活躍を。
スタッフ皆様ありがとうございました。


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「ヌード NUDE-英国テート・コレクションより」 「談ス/NUDE」


*ネタバレしてます。


4/5日(木)横浜美術館「ヌード NUDE-英国テート・コレクションより」

「談ス/NUDE」19:00開演

見に行ってきました。
「ヌード展」は、始まるよって予告の時から、ロダンの「接吻」のポスター
がすごくきれいでそそられてた所、このダンスパフォーマンス? が、
ある、と知りまして。

それは何? って、ほんとこの企画で初めて知って見たのでした。
大植真太郎、森山未來、平原慎太郎の三人。ダンサー、と、いう枠のみならぬ
ご活躍、なんだろうか。森山未來は知ってる、ドラマや映画見た。
けど、何があるのかわからないなあって、そんなぼんやりで見に行ったら。

横浜美術館は木曜日が休館日。なのでこの企画のための特別な日なんですね。
入場開始は17:30から。並ぶのは17時以降にしてください、とのことで、
私は17:15すぎくらいに美術館到着。並ぶのかな? どのくらい? って
わからなかったんだけど、まあ、ほどほどに、並んでて、大体時間通りの
開場でした。

まずは展示見に行きました。ほんとは場所取りとかするべき?とちょっと
迷ったけれども、ステージ、ほぼ正方形で、ロビーにあって、四面全部
囲んでの立ち見、って感じ。一人で行ったしやっぱまずは展示見たいので、
まっさきにロダンの「接吻」見に行った。

人がまだほとんどいない中で、真っ白な像を舐めるように眺めたおす。
綺麗。
うっとり。
等身大よりだいぶ大きい。大きな、足。手。背中。滑らかな肌。キス。
最高。
うつくしい。
ものすごく触ってみたい滑らかさに見える。けどもちろん触ってはダメ。
フラッシュなしなら写真オッケーなのか、ってことでスマホでとりました。
どの角度でもどんな風でも、素晴らしく美しい。すごい。ううあ~、と
何度も何度も眺めまくって、人も増えてきたので、改めて、他の展示も
見に回りました。

ジャコメッティのブロンズ一つあった。
フランシス・ベーコンのスケッチ、大き目の油彩二点。楽しい。
メイプルソープの写真いくつか。ベルメールの人形もあったわ。楽しい。
でもいろいろと、じっくり、落ち着いて、という気分にはなれなくて、
この後の談スってなんだろうどんなのだろうと気もそぞろ。
展示はまたもう一回見に行きたいなあ。
ひとしきり眺めて二周くらい、ロダンは3,4回見に行って、ロビーへ
降りました。あ、グッズ売り場も素敵で、英国土産的なのもあって、
あれまた買いにいきたいわ。マーマレード買いたい。昨日は重いと思って
見送った。

で。
18時半すぎくらいからステージの側で立ち尽くす。すでに人が取り囲んで
いるので、その隙間から見られる、二列目くらいな感じの所に立つ。
ステージといっても、高さは50センチもないくらいかな?
床に、ここから入らないでね的なラインはあるものの、ほんと、近い。
この間近で見られるのか、と、ドキドキする。
真っ白な場。丸い、高さのあるテーブル。それと、床にも何か、丸いもの。
あれ、最初わからなかったけれど、なんか、スライム? ぺろーん、
べちょーって、伸びてくっついて流れてでもくっつかない。金色のスライム?

ちょっと楽しい開始アナウンスがあって、始まり。
すーっと始まるのね。三人入ってきて、上がって、最初はポーズきめて
みたりウォーミングアップ的に体くきくきしたり。

音楽も何もない。

ただそこに三人がいて、距離が近づいたり離れたり。なんかちょっと喋ったり
ただ呼吸あわせたり。
二人で、一人で、三人で、動いて、絡み合って、組み合わさってもたれあって
動いて動いて動いて動いて。
すごい。
なんだかわからない。
けっこう笑わせてくれる。
でも物凄い圧倒される。

スライム使って、というか、置いたり持ったりちぎったり。あの流れ、あの
感じに一体化して動いたりしてる、のか。

にんげんの身体、って思う。
人の身体ってこんなにも動くのか。
人が三人。別々の人だけどひとつになったり。
信頼してあずけて、受け止めて、という、その、わかんないけどその感じに
感動してしまう。そんなにできるものなのか。

私はでも物語が欲しいしないとわかんないって思うしない中に無理にでも
見出そうとしてしまうなあ。
けども、そこにあるのは断片、って感じ。
でも絡み合う三人の身体、という圧倒的な力がすごくて。
ヌード、ヌード展。
にんげんのからだ。

最後の終りで、ヌードになるかな~ってところでならずにおしまい。
面白かったなあ。
スライムがテーブルから流れるのものすごく綺麗だった。

何が行われてるのかわからない~と思いながらひたすらひたすら見つめた。
すごいよなあ。
あんなに三人絡み合えるものなのか。にんげん……。
うー。全然言葉に出来ない。
見に行けてよかった。
なんか、公演(?)はまだあちこちであるようで、これから、というか、
たぶん毎度変化するんだろうなあ。大まかな流れはあるにしても。不思議。

茫然として帰りの電車の前にコーヒーを飲む。絵を見て回り、ステージ、
大体60分、だけどそれよりもうちょっと長かったな。じっと立ち尽くして
いたので、足痛い。腰も。さっきまで見ていた身体とは全然違って私の
身体は動かない。やれやれ。ふー。って、少し別世界から戻る感じに休んで、
帰宅。
すごかったなあ。

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横浜美術館 「石内 都 肌理と写真」


2/28(水)映画のあと、横浜美術館にも行きました。
3/4で終わっちゃうからあわてて。

「石内 都 肌理と写真」

正直私は全然知らず。でも美術館のお知らせとかポスターでひかれるものを
感じて、見ようかなあと思って。
写真、写真作家一人の作品をじっくりと眺めるのって私、初めてかもなあ。

最初はモノクロの、横須賀の街とか、廃墟だとか。
古くなった建物。塗装のひび割れ、剥がれ落ちていく鱗のような壁を撮って
いたり。
人物のヌード。老人の肌のたるみ、皺、しみ、女性の体の傷痕。ゆがみ。

「絹の夢」というコーナーでは鮮やかな着物の写真やカイコの繭だとか。

「遺されたもの」ではフリーダ・カーロ、えーとメキシコの女性画家、ね、
の、遺品や母の遺品の写真。着ている人を失った色鮮やかな洋服もまた
「肌」であるということ。
アクセサリーや、滑らかさを失った口紅とか、印象的だった。

「ひろしま」の洋服たちは、それを着ていた人が、誰なのかどう、亡くなった
のか、ということはわからなくて。でも、その虚ろを思うと、どうにも言葉が
ない。私には言葉が見つけられない。汚れ、破れ、でも可愛い模様のワンピース
があったりして、その、そう、こうして、服が残っているということは、
一瞬で影になってしまったのとは違う、その、こう……。

「肌理」という企画展のタイトルを思う。
こういう言葉を与えられて、こういう企画で年代追って見て行くと、
写真家のテーマの変遷、展開みたいなのが見えてわかりやすい気がするなあ。
私は写真とか全然わかるとは言えないんだけれども、こういう流れがある、
という企画は面白く見させてもらった。

コレクション展の方にもこの人の写真あって、「横須賀ストーリー」って
1976-1977の、街の写真があった。モノクロ。
これも、私は横須賀の街とかほとんど知らないしわからないんだけれども、
なんか、わかるって気にさせられる感じがあった。横須賀な~。米軍基地が
ある感じなあ。

コレクション展は「全部みせます!シュールな作品 シュルレアリスムの
美術と写真」というもの。
シュルレアリスム、面白いよね。見たことあるのいっぱいだけど何度見ても
楽しい。ベルメールの写真とかなあ。ほんと、なんか、うまく言えないけど
この人芸術家になってくれてよかった、と思う。
こっちも見応えたっぷり十分~~~で堪能して、すごいいろいろじっくり
見て、ものすごく疲れた。芸術と向き合うのはほんとこっちも気力がいる。


[特別展示]旅する根付 高円宮妃殿下写真展と現代根付コレクション
というのもあった。
これはミニコーナーって感じかな。
根付を、あちこちの景色の中において、根付くんたちが旅してる感じの
写真たくさん。で、本物の根付も。根付だから、ちっちゃくて可愛い~のが、
写真はおっきくて旅してる感じで、面白かった。
これって、お気に入りフィギュア連れて旅してお人形だけで写真とる、って
そういうのと同じ、と、思っていいのかしら。可愛いもの持ち歩きたいよね。
写真も撮りたいよね。
これも楽しかった。

たっぷり見てぐったり。でも見に行ってよかった。
次は「ヌード展」があるよね。すごく楽しみ。

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岡崎裕美子×せきしろ 「短歌と俳句、言葉の魅力」 『わたくしが樹木であれば』刊行記念


昨日、久しぶりに下北沢まで出かけました。

「2018/02/25 Sun

岡崎裕美子×せきしろ
「短歌と俳句、言葉の魅力」
『わたくしが樹木であれば』刊行記念

15:00~17:00 (14:30開場)場所 _ 本屋B&B」

というイベントがあるとのことで。
本屋B&Bという所は、毎日のように何かしらのイベントをやってて、ビールも
あるよ、って感じでこだわりおしゃれ本屋さんらしい、と気になる所でした。
井の頭線沿線住みだったころならもっと早くに行っただろうな。でも
イベントは大体夜みたいだし無理~って思ってました。でも岡崎さんの
歌集刊行記念とか、どんなイベント?と興味をそそられて、行ってみた。

下北沢、駅の工事まだ全然途中なんですねえ。都会の駅の工事っていつ
終わるのか果てがないような気がする。
で、早めに到着してなんとか空いてるお店に入ってランチしてコーヒー。
あまりぶらぶらしても迷子になっちゃうよな~と思いつつちょっと歩く。
しかし、下北沢な街の感じっていうか。ごちゃっとしたおしゃれ感って
いうか。うう。私にはついていく素養が足りない。。。

でもまあ、ちょっとおやつを買ってみたりして多少の気分は味わった。
グーグルマップを頼りに無事到着。

イベント内容のこと、すべて私個人の主観的覚書メモで、発言等不正確
だったり勘違いだったりあるかもしれない、勝手な個人の日記です。

イベントスペース、本当に本屋さんの一角に丸椅子を並べて、という感じで、
ふらっとカジュアルに話聞くという感じで、近かったなあ。
売り場でもあるので本棚の前に座ってて、本を買いたい、という人には
お邪魔してしまう感じ。ごめん。けど、こういう「場」って感じなんですね。
とても素敵です。

ではお時間となりました。
とのことで、岡崎さん、せきしろさん登場。岡崎さんが司会兼、って感じで、
せきしろさんのプロフィール紹介等から始まる。
岡崎さん、ほんと、さすがの司会力ですよねえ。

私は不勉強にしてせきしろさんのことをお名前くらいしか知らず、著書も
読んだことないのです。なんかともかく岡崎さんはせきしろさんファンなの
だな、というのはすごく伝わってきたね。私も何か読んでみようと思った。
せきしろさんのほうがふわっと自由めな感じ。
岡崎さんとどう知り合ってこのイベントになったか、とかのお話。

プリントがあって、せきしろさんが選んだ『わたくしが樹木であれば』の
好きな歌10首。岡崎さんを褒めようってことで、好きな歌の一つ一つを
選んだポイント等の話。
強い単語に惹かれちゃうんですよ、とのこと。せきしろさん、単語フェチな
所があるんですかね、という風に岡崎さんつっこんでましたが、でもほんと、
選んだ歌の強い単語、それ選んでこう歌になる感じ、というの、いいなあって
私もとても共感しました。
父の挽歌に、せきしろさんとってもやられた、という風にも言われてた。
うんうん。
手芸用品店が大好きなんですよ。いいですよねえ。とか、遮光カーテンて
一番好き、とか。遮光カーテンしてると何時かわかんないんですよ、最高、
みたいなせきしろさんのこだわりポイントを聞いて面白かった。

岡崎裕美子が短歌を始めた頃に、すげー!と思って影響受けた歌、という
プリントもあり。岡井さんの歌、最初NHKの番組で見てインパクト受けた
のが、歌集では変わってて、というの、私は知らなかったので聴けて
よかった。私も変える前のほうが好き~。かっこいい。さすが。
それから、「貝の短歌たち」という、貝を詠み込んでる歌の実例。
これも岡崎さんセレクトがかっこいいね。

休憩挟んで、歌会。
事前に「貝」という題で短歌募集してました。私は出さなかったごめん。
一つ俳句も入ってたよ。
始まる前に3首選で投票したのを結果発表。人気高いのいくつか、と、
あとはばらばらとした感じ。全部に岡崎さんコメントしていってて、
なるほど~と思ったり、せきしろさんが好きだったポイントを聞いたり。

せきしろ賞がなかなか決まらなかったりだけどそれも面白かったな。
歌集批評会みたいなのとは全然違って、ゆったりなごやかに雑談風で、
でもそれぞれのこだわりが垣間見られて、楽しかった。

終りに本多さん企画の『わたくしが樹木であれば』を読むネットプリント、
未来の幾人かとゲストで一首選して+ミニエッセイというペーパーを配布。
岡崎さんへのサプライズ企画でした。私も参加させてもらった。
で、約二時間、楽しい時間でした。行ってよかった。

私はそれから横浜まで戻り、ご飯食べて帰宅。合間に好きな本読んで、
好きなもの食べて、いい日曜日だった~。

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2017年まとめ


2017年まとめというか覚書。

この日記ブログに書いてたものを数えてみたところ、本は50冊、映画は63本
でした。映画は映画館で見たぶんだけかな。複数回行ったのもあったなあ。
テレビで見たり海外ドラマもちょっとは見たり、と、映像作品についてももっと
ちゃんとメモっといたほうがいいかなあ。記憶が。。。

もう全然本を読めていない、と思ってたけど、50に届いてた。もっと少ないかと
思ってた。それでもほんっと読んでなくて愕然とするね。
6月に歌集をどんどん読んでましたね。他は月に3冊前後だった。
そーいやフォーサイス読んだんだったな。あと「混沌の叫び」読んでよかった。
映画待ち遠しい。

映画は、そっかードクターストレンジだ、とか、コンサルタントも去年だったのね
とか。いい映画いっぱい見たな~。楽しい。
いろいろと、見たことは覚えているけど、それがいつだったか、というのがもう
ほんと記憶できてない。
日記ブログ、ちゃんと真面目に書いていこう。ブログ書き続けてきてよかった。
ホント何より自分のために役立つ~。

今年もいろいろと楽しみます。

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「表に出ろいっ! One Green Bottle」


*ネタバレ、結末まで触れています。


「表に出ろいっ! One Green Bottle」

15日(水)、14時開演の舞台を見に行きました。@東京芸術劇場シアターイースト
これは、2010年に、中村勘三郎と野田秀樹夫妻、娘は黒木華?での初演だったもの、
を、英語台本に書き直して? このたびの公演、ってこと、かな。
勘三郎さんとの舞台、見たかったなあ。。。

で、その当時のものを見たことはなく、内容も知らず、今回もどういうものか
全然知らずにただ見に行ってしまいました。英語らしいよ、日本語イヤホンガイド
あるから大丈夫じゃないかな、ってことしか知らずに。なので前回との比較とか、
何もわからない。
イヤホンガイド使うのも始めて~。なんか、勝手にちっさい機械から音声が
流れてくるのね? どうやって使うんだろう?って心配だったけど、イヤホン
つけるだけで何にも操作しなくていいんだよかったよかった。
でも実際には目の前の舞台見て聞いてのほうに集中しちゃうので、一人が長めの
セリフ喋る時くらいしか聞かなかった。目も耳も、舞台ならではのいっぱいの
情報量受けるので精いっぱい。たまにアドリブ?わかんないけど日本語ちらっと
喋ったりもするしさー。二度三度見に行ったりすると、日本語ガイドもしっかり
聞いてもっとよくわかるようになるのかもしれない。日本語吹替えも、
父・大竹しのぶ、娘・阿部サダヲ、母・野田秀樹(本人っすね)って豪華なので
ちゃんと聞いてない私は勿体ない。

さて舞台は。
能舞台のスタイル。能舞台の橋、だっけ、あれがあって、正方形的な舞台があって、
でもそこは三角、だったかな、奥行き仕切られていて、その奥が二階とか別の部屋
ってこと。
基本的には、普通の日本のおうち、って感じでいいんだよな。
父は伝統芸能を受け継ぐもの、狂言師、だよね多分。
始まりにはテレビ画像にニュースやお相撲が映ったり。
この、最初に映るニュースですでに結末は伝えられている。
不自然に鎖で繋がれた一家が自宅で死亡していた、ということ。

いかに彼らはそんな状況に陥ったのか?

っていうことか、というのは見ている途中で気付くので、あ、って気づいた瞬間、
う、って、すっとそれまでのドタバタで何やってんのあんたたち?というふわふわ
した気分が冷えるのが、たまらなかった。

最初はね、三人家族が、今夜出かけるんで、ってことなんだけど、おうちに
大事なプリンセスちゃんがいるから、誰かは家に残ってその面倒をみなくちゃ
駄目、ってことらしい。でも父も母も娘も自分の予定を変えたくない。家から
出かけようとするそれぞれを、それぞれが、なんか無茶苦茶に邪魔していく。

プリンセスちゃんっていうのが、犬なのか~って、あ~ワンちゃん妊娠中で
もう今夜にも赤ちゃんが生まれそうって感じなのか~ってわかる。犬のぬぐるみ
をそれなりにふりふり尻尾動かしたりしてるのがとても可愛い。

家から出さないぞ、っていうのが過激化して、ついには三人とも足に鎖つけて
そのカギはぽいっと捨ててしまって、逃げられなくなる。
なんでそんな足枷と鎖が?? そこまでする?? そんなバカな? の連続。
何やってんだーと思うと同時に、あ、みんな死ぬ、と、ぎゅっと心が凍る。

娘はなんかカルトっぽいのに嵌ってるみたい、とかで、なにやら未来をうたう
よくわからない教義とか語りはじめたり。コンピューターの、バグ?

イヤホンガイドを時々聞きながらの、英語劇なわけで、もっとちゃんとわかる
ことが出来る人は出来るんだろうけども、まあ、私としてはすごくざっくりした
感じの目の前の出来事の把握。

ワンちゃんは出産したものの、家族は鎖に繋がれていてちゃんとケアも出来ない。
ワンちゃんと赤ちゃんが真っ先に死んで。
解決方法を見つけられないまま、父も母も娘も弱っていく。

これ、さあ。何? 
表に、出られない。

折り本っていうか、あの、携帯地図みたいにびらびらーって開くでっかい紙の
ご挨拶みたいな冊子? に野田秀樹の挨拶みたいなのがあり。
演劇って、役者が舞台が間違えるかも、というドキドキが醍醐味なのではないか、
というような言葉があり。英語で、三人の性別も逆で、より一層、間違ってる!
という感じ満々の本作は、ドキドキ満載ですよ、という、ことなのかな。
そんなバカな、そんな? 何? という、ドキドキ。
ザラザラ。
そう、演劇では、ザラザラ、ですね。
スタイリッシュなきちんと筋の通ったお話とは全然違って、何を見せられている
のかしばらく混乱してしまう。
とてもわかったとは言えない、何見てきたんだろう私、って思ったけど、すごく
体験した気分だった。楽しんだ。頭悪くてすまぬ。

衣装、すごく可愛かった~。
父は、着物袴。黒で、渋め。だが禿げ頭。母は、レトロモダンみたいな、
おっきな水玉模様、黄色とか小物はピンクとかカラフルで可愛い。ヘアスタイルも
派手めサザエさんみたいな。可愛い。娘はロリ系、かな。紫のお姫様カットの
さらさらロングヘア。アニメキャラみたい、って感じ。可愛かった。

劇場も小さ目。時間も80分?90分くらいで、だーっといく。すごい。
舞台って生なのに異世界で、すごく、不思議で面白い。
これ、勘三郎さんとやった時にはどうだったんだ。見たいなあ。
ともあれ久しぶりに生舞台、見に行けてよかった。

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「日本とデンマーク―文書でたどる交流の歴史」


平成29年秋の特別展 日本・デンマーク外交関係樹立150周年記念
「日本とデンマーク―文書でたどる交流の歴史」

という、国立公文書館の企画を10/28(土)見に行きました。
イベントで、「コーヒーなしには語れないデンマークの暮らし~ヒュッゲな
デンマークコーヒーの楽しみ方~」というのに応募したら行けたので、まずは
展示を見ようかなと早めに行って見たのでした。

マッツ・ミケルセンlove(。・ω・。)ノ♡になってからというもの、必然的に北欧、
デンマークにもなんとなく興味がいくようになってるとはいえ、国交の歴史とか
そんなの考えたことなかったな。

デンマークのことは丁抹って表記してた。丁抹國かあ。最初に通商条約を結んだのは
幕末だったようで。徳川慶喜、最後の将軍が最後に結んだのがデンマークとの条約
だったんだって~。そうなのか。
幕末好きだけど、あーこういう、政府としての仕事、みたいなことをあまり実感
持ったことはなかった。そっかそっか岩倉使節団の一部はデンマークにも行ったのか。
条約改正とか、国交とか、文書がこうしてあって、交流があるんだな。
思えば当たり前なのだけれども、通商航海条約だとか、なんだかんだの条約が
なければ国交ないんだよねえ。
徳川じゃなくて、源慶喜 と署名してた。源性なのか。へえ~~~。
明治天皇のサイン、玉璽とか。すごい。
文書は分厚く、百科事典みたいな本になってて、デンマーク側の書面も素晴らしく
綺麗な飾り文字で書いてあって、なんか、すごい、さすが、重要な条約ですね
国家間のことですよね、って、びかーっとかっこよくって、錦の袋に入れて
渡してたとか、歴史を目の当たりにできてすっごくわくわくした。

伊東博文だの井上馨だの、西郷従道だとか西園寺公望とかなんか、明治の元勲
みたいな人の名前があったりして。文書にサインしてる。おお。そうかそうだよね
普通にお仕事してサインしてたりしてたんだよね。ほー。って、まあ当然なんだけど
目の当たりにすると感動する。
思いがけず幕末もえを実感できて、これまでとはまた違うリアルな歴史の実感が
あってとても面白い。

共同事業で海底ケーブルひいて通信網が出来たとか、アンデルセンの評価が
むしろ日本からの再評価があったのかとか。
皇室と王室との交流とか。
ちょうどデンマークの皇太子いらしてて、ここも見学にきてました、とか。
悪いけどとくにあんまり期待もなくさらっと見ようかなって見た企画展でしたが、
めっちゃめちゃ楽しくてもえもえで堪能しました。ありがとうありがとう。

日本国憲法の複製の展示もあり。これは常設なのかな? この、通常では
修正とか書き直しとかありえないのにやってるまま、みたいなのを見ると、
ほんと、いろいろ思う事ある。公文書館って初めて行ったけれども、こういう、
歴史の現物がある所なんだなあ。文書、かっこいい。


そして、デンマークコーヒーのお話。
デンマークの暮らしとか、ヒュッゲって、特に決まりがあるものじゃなくて、
家族や友人と心地よい時間を過ごすことだよ、ってふんわりしてるのがすごく
好きだなあと思う。
お話の後に実際コーヒーを淹れてもらって、クッキー付きで、美味しかった。
そのコーヒーを淹れ始めるととってもとっても香りがよくて、すごく、ああ~
心地いい空間、時間、って思えて。
デンマークコーヒーって、浅煎りって感じかな。苦味は少なくてあっさりめ、
お茶みたい。あーこの感じは、井の頭公園のブルースカイコーヒーの感じと
似てる、と思ったんだけど。ブルースカイコーヒーも随分行ってないからもう
わかんないけど。
淹れてるのを見るのもステキだった。
雨の日で出かけるのちょっとおっくうだったけれども、行ってよかった。
とてもいい時間を過ごして、ひゅっげな一日、って思えました。

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穂村弘と米倉誠一郎の対談。言葉の力


8/5日(土)にトークセッションというか、なんていうかイベントに行きました。

もうだいぶ時間がたっちゃったけど、なんとなくの自分のための覚書メモ。
発言を私の勝手な主観で勘違いとかしてるかもしれません。

穂村弘と米倉誠一郎の対談。言葉の力について考える。


30名ほどの参加。事前に短歌を提出してもよし。テーマは「夏」。
私は歌は出せなかった。

始めに穂村さんの短歌トーク。提出された20首ほどの歌の中からいくつか、
あるいは歌人の歌からいくつかひいて、改悪例をつけて、もとの歌のポイントを
解説。
短歌の言葉、詩の言葉って、意味内容が明確にフラットに伝わるものとは
位相が違う。言葉の語順だとか遠回りな表現とか、単純なひとつではない含みの
ある言葉、詩になっていく、って感じかな。
実例を見ながらの解説は毎度の事ほんととってもよくわかって面白かった。

雑談的な所で、年をとってきてヤキが回ったな、って話を面白く聞く。
ステンレスに桃のしずくがこぼれる、のは、今はいいな、って思うけど、でも
なんかもうちょっと循環、生命の循環に入りたくなってしまうから、縁側とか
庭の土とかにこぼれて欲しくなっちゃうかも、って。
木って綺麗だな、と思ってしまった30代。
このごろは猫が好きになってしまって、絶望してしまう、って~。

ヤキがまわったな、っていうのはすごくわかる。けど、私はもっと前から猫大好き
だし、自然を綺麗だなと思ったりもしてて、あはーすまんねーと思う。
でもまだ、観光旅行に行って名物を食べねばとかは、あんまり、は、思わないな。
まあ、行ったらそれなりにそういうの食べたいとか思うけど、あんまり下調べとか
してないぞー。まあ、どこがどのように、ヤキがまわって年寄りになっていくか、
いろいろと個人差なのだろう。

米倉穂村対談は、どういう話するんだろう?? と、興味津々でした。
米倉先生という方は、いかにもパワフル。ポジティブ。がっつり経営、
ビジネス系の方のようなんだけれども、やっぱトップクラスだと逆に詩歌の
言葉通じちゃうのか、という感じが面白かったなあ。さすが。
穂村さん解説の短歌にとても感心してらして、提出の歌をこれは? これは?
って全部聞き出していってた。すごい。
怖いものとか聞かれても、ん~?って感じで、あ~そんな考えないと思いつかない
ほどに怖いものないんだなあと。すごい。

会場からの質問で、CMのコピーでいいのってありますか? とか。おお。さすが
ビジネス系。
あと一番インパクトがあったのが、公務員の方でお役所文書しか書けなくて、
文章を書くときには意味がわかりやすく、でも言質をとられないように書く、
みたいな感じのことをおっしゃったこと。
言質をとられないように、か~~~~。これはすごい。そういうリアル線な世界
なんだなあ。面白かった。

私は懇親会には参加せず。一体その二人の対談でどういう話の場になるのか、
すごく不思議だったのだけれども聞きにいけてよかった。ありがとうございました。

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「ジャコメッティ展」


「ジャコメッティ展」
2017.6.14|水|-9.4|月| 国立新美術館


昨日、26日(月)見に行ってきた。

1.初期・キュビスム・シュルレアリスム
2.小像
3.女性立像
4.群像
5.書物のための下絵
6.モデルを前にした製作
7.マーグ家との交流
8.矢内原伊作
9.パリの街とアトリエ
10.犬と猫
11.スタンパ
12.静物
13.ヴェネツィアの女
14.チェース・マンハッタン銀行のプロジェクト
15.ジャコメッティと同時代の詩人たち
16.終わりなきパリ

14の所は写真撮影可能エリア。女性立像でっかくて巨人~。歩く男好き~。
ってことでスマホでだけど写真とれて嬉しかった。
国立新美術館へ出かけるのは久しぶり。帰りにちょっとミッドタウン辺りの
公園寄ってポケGOのジム回してジムメダルゲットしてみた。滅多に行かないし。
ほんっとあの辺ぴかぴか綺麗だよなあ。


1.初期・キュビスム・シュルレアリスム

1920年あたりのから、1940年代のもあった。最初にあった「ディエゴの肖像」。
小さめの油彩なんかは、ごく普通に綺麗な人物画ですねえ。
キュビズムの、というのか、人体を図形的にブロック的に作ってるのか、
なるほど、と思う。何がなるほどなのかはわかんないけど、なるほどキュビズム、
って感じ。
「鼻」は、ブロンズ。頭部を吊るしてあって、鼻がにょーーーーんと長く突き出て
いる。なんかの影響、って書いてあったけど、まあともかく。正面からその鼻に
相対してみると、まさに3Dって感じに見えて(実際モノがあるんだから3Dに
決まってるんだけと)おお~鼻がくる~~って感じが面白い。
見えるものを見えるままに描きたい、と言ってたのってこういう感じを絵画で
表現したいという感じなのかなあ。

小像は、ほんっとちっちゃい。小さい。可愛い。ひょろり。一度に全体だ、と
いう主張ってこうなってしまう感じなのかなあ。

4.群像

ここの、「3人の男のグループⅠ」の像がとても好き。三人の歩く男たち。
スクランブル交差点ですれ違う瞬間みたいなの。ひょろ~りな歩く男たちが
三角錐みたいになってる。ぐるりぐるりと何回も回って見た。面白い。
群像のあれこれは、リズムを感じる。ひょろ~りを並べてる、その位置関係とか
高低差とか。面白かった。

6.モデルを前にした製作

ディエゴの胸像など。「タートルネックを北ディエゴの頭部」好き。タートルネック
着てるのかあ、って、なんかふふって思ってじっくり眺めてきた。
彫像が一列に並べてあって、ひとつひとつ正面から見て、それから横から、こう、
ずらっと一列になってるのを見て、後ろから、ほほう後頭部って眺めて、また
横からずらっと奥行眺めて、楽しい。彫像のぐるりを自分で好きなだけ眺められるの
楽しい。

8.矢内原伊作

きゃ~~!ヤハイハラ~!ってことでこのコーナーでは本で読んだなあってことを
思い出し心の中できゃあきゃあ悶えながら、静かにのんびりじっくりたっぷり
堪能させてもらいました。
カフェだとかのナプキンにらくがきしたのとか新聞にぐるぐる描いてるのとか
ヤナイハラをとことん見つめつづけているジャコメッティを感じられて幸せ。
「眠るヤナイハラ」て。ジャコメッティの前でうたたねしたりしたことが
あるんですかあったんですかきゃああああ~~は~~。すごい。もえころげる。
そして、こういう小さなスケッチ、なんでもないらくがきした紙を、矢内原が
ちょーだいっていったのか、あげるよって言われたのか、ともあれ、大事にして
持って帰って、今こうして見ることができるという奇跡ね。素晴らしい。
ヤナイハラの顔を、鼻を、とらえるためにいかに苦難していたかを読んできた
ことを思って、ただただうっとり眺めてきました。新聞のらくがきとかさー、
なんかこう手遊び的にぐるぐるしながら、アネットとか他の友人とか、パリの
カフェでジャコメッティと矢内原とみんなと、いろんなお喋りしてたんだろうなあ
というリアルが感じられてさいこうにもえる。たまらん。好き。
よかったです。

10.犬と猫

ひょろ~~~りとして猫と犬。
猫は、ディエゴのところに住み着いた野良猫ちゃんなのかな。ジャコメッティが
寝てるとやってきて、ということらしく。
あのねえ、寝てたら猫がのしのしと自分の上歩いてこっちの顔に近づいてくる
感じってすごいこれわかる!!! 猫の顔だけ丸みつけてる彫像なのね。この
猫の正面、自分がしゃがむくらいの感じで見ると、ほんっと、ああ猫がこう
来たよなーって思う。すごい好きだった。横から見ると身体は線だけって感じの
異様さも、なんかほんとすごいバランスで、惹かれる。
犬は、夢の中で見た犬、という感じだったかな。しょんぼりうなだれる犬の
姿は、ほんと雨の夜の街かどで見るのはこうかもしれないと思う。
なんだろう。いわゆる写実とは違うものだと思うんだけど、これはとてもリアル、
って思えて、この犬と猫、実物見ることができてすごくよかった。

11.スタンパ

スイスの、母の所へよく帰る、ということを思い出しながら眺めた。母の姿を
スケッチしてる。
弟ディエゴくんも芸術家ってことなんだっけ。そしてずっと兄の助けになって
いて。兄弟二人ともがパリにいて、仲良くやってるって、母としては安心だった
のかさみしかったのか。ともあれジャコメッティは母を大事に思ってるのは確かな
ようだと思って、好きだった。

13.ヴェネツィアの女

これは9体の「ヴェネツィアの女」ブロンズ像が三角形に展示されていて面白かった。
似ているけれどもそれぞれ違う。製作しながら途中途中でブロンズつくって
いったらしい。なんか私にはよくわかんないけど。型とるんだっけ。
静謐な空間にならぶひょろ~~りとした立像は、でもとても強くて魅力的。
ひょろ~としてるけれどもすっと垂直方向の力を感じて弱さがないのかなあ。
とてもかっこよくて、ここの展示コーナーとても好きだった。

14.チェース・マンハッタン銀行のプロジェクト

女性立像が、デカい。展示室の天井に頭部が近い。かっこいい~。
歩く男をちゃんと正面から見たりできて楽しい。ほんとに歩いてこっち来そう、
って感じなんだよなあ。面白い。
写真オッケーなので撮ってみる。とても素敵にはとれないけれども、でも
彫像そのものがかっこいいので、なんか素敵、と、自分なりの満足感いっぱい。


途中、ジャコメッティの映像、アトリエとか映した短い映像とかもあり。
カラー映像残ってる、近年の作家なんだよねえ。
矢内原伊作の本、一冊とはいえ読んで行ってよかった。めちゃめちゃ楽しかった。
本の中で読んだやつがこれか、とか思えるのって凄い、いい体験した。
7/19からの後半、少し展示替えがあるみたいで、うーん。ヤナイハラあたりのが
変わるのか。また見に行こうかなあ。悩ましい。9月まで、悩んでおこう。


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