横浜美術館、イサム・ノグチと長谷川三郎、最果タヒ

 3月6日水曜日、昨日横浜美術館に行ってきました。

「イサム・ノグチと長谷川三郎―変わるものと変わらざるもの」
 1950年代、日本美再発見。 (2019年1/12~3/24)

「最果タヒ 詩の展示」 (2019年2/23~3/24)

 正直私はイサム・ノグチも長谷川三郎も知らない方々でした。長谷川三郎は絵画、イサム・ノグチは彫像、かな、すごくざっくり言うと。神奈川にゆかりがあったりして、あのー、でっかい丸とか、横浜美術館にいつもあるよね見てる、うん、それでなんとなく名前に親しみがある気がしてた。認識がクリアになりました。
 
 入口はいってのロビーにかなりでっかいイサム・ノグチの石のオブジェ(?)が。庭の要素。玉砂利の四角の中にそびえたつ石。ん~。こういうのは、どうなの。庭っぽい、と思いながら見るのか。なんて思ったり。展示の先に進むと、あ~雪舟だとかなんとかの影響みたいなのがあって、山口の、あれか。瑠璃光寺とか。石庭みたいな感じの所のインスパイアみたいな感じな感じ~? と、うにゃうにゃ曖昧に連想しつつ、ずずーっと眺めました。

 長谷川三郎のほうも、抽象的。絵画、というか、ハンコ? ある時かまぼこ板を素材につかってぺたぺた押してみた、という屏風画とか。かまぼこ板からのひらめきと言うのもあるものかあ、と、内心すごく面白くなってきて眺めました。いろいろな形、の集まりとか広がりとか空白とか。リズムが画面の中にあると思う。

 イサム・ノグチの鳥とか、身ごもる鳥とか、書、なんていうのは可愛いしわかるなあという感じ。鳥、好きだった。鳥とは嘴なのかと思ったり。この形が鳥なのだと思ったり。

 二人は40代半ばでなんだかイベント?かなんかで出会い、日本美術に詳しい長谷川がノグチを京都奈良等案内してまわったりと交際を深めていったらしい。長谷川も渡米したりして。そういう芸術家同士の付き合いの深まりとか交流とか、何か勝手に妄想しちゃってもえる。楽しかった。

 そしてやはり、老子だとか荘子だとか。胡蝶の夢、強いな~と思う。結局そういう方向にいっちゃうのか。まあそうかなと納得するんだけど。


 「最果タヒ 詩の展示」は、詩、が言葉の断片になってモビールになってつるされている中を、わけいって見るような、面白い展示だった。
 言葉の断片がプリントしてある多角形な小さなボードがモビールにつるされている。ゆらゆらするしくるりと回るし、順路があるわけでもないから、そこで読む言葉の繋がりはかなりの偶然性のもの。そうして一人一人が読み取るフレーズが毎回新たな詩として一人一人にあらわれるのだ、というものなのだと思う。
 最果タヒのことも、なんとなくこの頃人気に若い詩人? という感じにしか知らなくて、今回読んだ言葉の数々の詩、は、なるほど若い感じ、と思う。
 情報センターという方で、iPhoneで詩つくってるのが、あれは、えっと、何?録画?そのiPhoneまんま展示されてて言葉が画面にあらわれたり消したり直したりしているのを見たのも面白かった。スマホで創作します、っていうのももう全然ありだよねーというのを目の当たりにできて。
 そこに本もあったのでパラパラと見る。
 モニタ画面まんまのように四角いみっしりした詩だった。
 私の勝手な思い込みですが、詩って、もっと改行とか余白が多いものだと思ってた~。まあそうだよね詩に決まりはないから好きなようでいいんだし。みっしりしてる詩もあるわ、読んだこともあるし、うんうん。ソネットとか形式あるものでなければ、詩人の好きなように書くのだよねえ。

 美術館のカフェにも、テーブルに小さなモビールがあって、可愛かった。壁にも映し出されたりしていた。詩を読む、というのではなく詩の展示、って、こういうのなのかと、体験したの、よかったです。
 で、カフェでお喋り。お店かえて晩ごはん。の、いい一日になりました。美術館でゆったりできるとほんと気持ちいい。楽しかった^^


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笹井宏之賞授賞式とシンポジウム「わたしたちのニューウェーブ」

 3月3日(日)、中野サンプラザで行われた、笹井宏之賞授賞式と、シンポジウム「わたしたちのニューウェーブ」を見に行きました。以下、あくまで単なる観客、一個人の主観的覚書メモです。発言とか意図を勝手に私が思い込んでいることが多分あって正確なものではないだろうなという、個人的メモです。

 書肆侃侃房の「ねむらない樹」というムック本企画かな。あんまりよく知らなくて申し訳ないのですが。書肆侃侃房は、笹井さんの歌集出したことをきっかけに、というかなんというかわかりませんが、歌集、短歌関係の出版事業に力を入れてらっしゃるところ、という感じ。
 笹井さんの名をつけたこの賞は50首、ウェブからの応募のみ、らしい。大賞ひとつと、審査員それぞれの名前での賞がありました。選ぶ側も受ける側も、どのスピーチも真摯な思いがあるんだなあと思って、面白く聞きました。皆様おめでとうございます。

 で、休憩挟んでのシンポジウム。「わたしたちのニューウェーブ」は、去年6月の名古屋で行われたニューウェーブを振り返るってイベントに続いての企画、かと思います。名古屋見に行ったよー。あの場でニューウェーブは荻原、加藤、穂村、西田の四人の活動です、と言いきっていたのが、ざわざわ、って感じだったのね。他にも同じ流れ、似た活動というか一緒にやってた歌人っているんじゃないの??? という疑問。いません、という断言がきたからなあ。

 登壇者は、東直子、水原紫苑、江戸雪(司会)。タイトルは東さんが、なんかタイトルつけろと言われたので一応つけました、というものらしい。
 レジュメにはそれぞれが選んだ10首。わたしたちのニューウェーブ、というので思った歌、とのこと。6月の時の四人の歌を入れてないのは、シンプルに、あの四人のはあの時たっぷりやったからいいでしょうという感じ。あげられているのは女性歌人の歌に限ったものではなく男性歌人もあり。江戸さんがあげてますね、大辻隆弘、大塚寅彦、山田富士郎、正岡豊。複数入ってるのが紀野恵、大滝和子、早坂類、山崎郁子あたり。

 で、まあ、話を聞けたのは面白かったですが、話していくうちに、ライトヴァ―ス(都会的とか浮遊感とかドラマ性、口語)、という大きな流れの中での自称ニューウェーブ、みたいな所なのかなあという感じ。口語や記号使っての表現を広め習熟させていく、みたいなテクニック的な所がニューウェーブの特徴だったのかなあ。そういう表現をしていた人はたくさんいて、でも僕たちニューウェーブ、って張り切って自称するのはあの四人、ってことでいいのかな~という気がした。80年代終り、90年代に、ニューウェーブ的な表現は流行ったけれども、それは流れ広がって一時代の一つの特徴、とはいえるけれども、多分ライトヴァ―スの方が大きなくくりであって、ニューウェーブは僕たち四人です、と言い切るならそれはそれでどうぞ、というくらいなのかなあと、短歌を知ったのはその時代より後である観客の私としては思いました。去年6月のイベントで言い切ったことによって、ニューウェーブって、ぼんやり流れというか広い波みたいに思っていたものが、ぎゅっと限定されて、矮小化されたような気がするなあ。
 今回登壇のみなさんも、ニューウェーブの一員に、入ろうと入らなかろうと、別にまああんまりどっちでも、みたいな感じかな、と。ただ、他にはいません、というような切り捨てられ方をした感じが、え? という感じなのかなあ、と。
 というかだいたいライトヴァ―スなんじゃないの? まあ、私はライトヴァ―スもちゃんと認識してるわけじゃないけど。

 やはりバブル期、という、景気いいねーって時代の空気みたいなのがすごくあって、伝統的しがらみみたいな所から自由に、都会でおっしゃれーでお金つかっちゃうぞ、銀行にあずけたら利子が増えて預金増えちゃうぞ、僕たちは永遠の子ども、死なないんじゃないか、老いないんじゃないか、みたいな空気があった時代、の、歌、って感じかなあ。永遠の青二才とか言われてたのは島田雅彦だっけ。
 やはり今の50代くらいのバブルな空気体験してたってのは、実際本人がお金バンバン使ってよかったわとかじゃなくても、まーその空気感みたいな中にいたことっていうのは、なんだかな~。
 と、バブルのハシゴが目前で崩れた世代である私は、憎しみを持っていて信用できないわ~と思う。

 ま、そんなこんなで。ニューウェーブとかはまあそういう時代がありましたね、という感じで今はまだ、あの頃は~という思い出話なのだろうというのがよくわかった気がする。
 当事者が現役で、当事者が30年前を振り返って、というのは。やっぱ思い出話になるしかないかねえ。あの頃若かったね、みたいな感じ。多分評価みたいなことを言うにはまだ早いのか、な。30年って随分時間がたっているような気はするけど、でも全然普通にちょっと前の若い頃、みたいな感覚なのだろうと思う。私も30年前かあ、と単にちょっと前な気分で思い出せることあるからなー。
 
 てことで、なんかニューウェーブがどうこうって結局みんなそれぞれに思う事が違うみたいだなあということがわかった、かな。そして統一見解みたいなのは出せない、出すとしたら多分あと30年先とかそういう感じなんじゃないかなあ。で、たぶん、ライトヴァースというほうが用語としては使える、気がする。記憶や記録は大事と思うけど、評価ってなかなか難しいなーと思った。時代の変化も広がりも凄く関わるものねえ。面白かったです。


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2018年まとめ

2018年、まとめ


 この日記で数えて見た所、去年、映画館へ見に行った映画、69本、読んだ本、46冊でした。

 去年は本を読むように復活した気分だったけれども、改めて振り返るとあんまり沢山読んでないのね、と、反省。
 けどもまあ、別に読む冊数増やしたいわけでもなく、読みたいなと思ったものを淡々と読んでいきたい。好きな物だけ読めばいーじゃん。面白かった! と思える本を読んだなという気持ちがあるので、満足です。
あと歌集もせっかく手元にありながら読めていないのが沢山あるので、今月また頑張って読むつもりです。

 映画は、映画館へ複数回見に行ったものがあるなあ、君の名前とかです。去年の夏はすっかり北イタリアに心を奪われていた……。そして12月に「ゴッズ・オウン・カントリー」見られたのもよかった。去年この二つを見ることが出来て、いろいろ思う事ができてよかったな。

 映画、テレビとか配信で見てるのも沢山なんだけれども、(円盤買ったままのとか)それもメモったほうがいいのかなあ。どんどん記憶力がなくなってるし。ちょっと悩む。
 ともあれ、今年も、本も映画もたっぷり楽しみたい。好きなものを好きに愛でたい。良い一年でありますように。

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11月30日(金)に、東京コミコン2018 行ってきました

11月30日(金)に、東京コミコン2018 行ってきました。

 個人的覚書メモ。
 2017にはマッツがゲストで、チケットとれなくて死にそうって思いながらもなんとか、撮影はとれて、サインは譲っていただけて、二日間参加。めちゃめちゃ幸せで最高すぎたのだけれども、やはり、すごい人だし並ぶし、人が多いのこわいって思うので、今回は行くつもりではなかった。
 ゲスト発表があって、トムヒが!??あああ~~~、とぐらぐらきたけど、やはりさすがチケットもお高い。(28000円だっけ)それに、うん、いや、まて自分、と思って、やはり行かないと思ってた。

 しかし、エズラ・ミラーが来る、と、いうのが発表されたのが11/18だか19、19日だったかなあ。んでチケット発売が21日だと。21日、水曜日の昼からって。そ、そんな急に!???? ええええ……。と、無茶苦茶動揺したけれども、でもダメ元でチケットとれるかどうかチャレンジしようと思いました。
 なんか、マッツの時のチケットとれない、という精神ぐらんぐらんになるキツさがもう厭で辛くて、チケットゲットにチャレンジするのさえなんか辛い、って思いながらだったんだけど、なんかわりとあっさりゲットできてしまった。30日に、撮影とサイン各一枚。各17000円。+手数料的なものとかで、トータル35020円のお会計ですねー。
 個人的には物凄く大金。だけどエズラ・ミラーくんに、こ、これで合法的に接近できるわですね……。海外旅行にチャレンジする気はない自分にとっては残りの人生一度あるかないかとチャンス、と、思う。すごい。わああああ。

 とはいえ、発表されたゲストがわりと直前でキャンセルみたいなこともありえるので、当日まで信じられない思いと緊張で時々意味なく胸が苦しい、とかなったり。はー。現実こわい。

 で、無事当日。
 グッズ販売みたいなので欲しいものはないので、最低限撮影の14時までに入ればいいんだ、と思っていたけれども、なんとなくそわそわ。ツイッターで入場待ち大行列みたいなのを眺めてしまい、うう~ん~どうしよう。と思いつつもまあ焦っても仕方ないだろ、と、当日になるとむしろ虚無の気持ちで、家を出る。
 幕張メッセに到着は10時半すぎ。ハリコンサイトでチケット買ったので、ウィルコールという所で注文ナンバー伝えて実物を手にしました。入場券はぴあで買っておいてもっていきました。

 さて。オープニングセレモニーのステージが12時から。しかし開場時間も12時なんだよね。そしてすでに入場待機の列がずら~~~~~~~っとできている。オープニングは見られないかなあと諦めモードで、一応並ぶかな、と列に入ったのが11時すぎ。ぼっち参加なので黙々とスマホ見たりゲームしたり。去年の時は、隣に並んだ人がフレンドリーでお喋りできて、楽しく待っていたなあ、と思ったり。でも自分から隣の人に話しかけてみるとかは出来ないよ……。
 開場時間が少し早まって、多分11時40分ぐらいに開いたのではないか。ゆっくり列が動いて、12時くらいに入場できました。
 先にトイレいってきた。それから無理かな~と思いつつステージへ。正面は到底無理だったけれども、かなり端っこのほうから、一応はステージ目視できる、ってところで眺められました。
 大きいスクリーンがあるから目視する実物ゲスト、スクリーンに映る表情って、遠目からでも十分楽しめた。
 エズラくんも~いる~~~!!!真っ赤なお洋服。マントっぽいような?ああああ~~。ヤバ~い、って言ってた。そういう日本語覚えてるわけですか。可愛い。トムヒとか~~。トムヒの挨拶の日本語は丁寧で、すごいさすが~と納得。なんてゴージャスな。遠くから拝む気持ち。すごい。実物。本物がいる。
 で、ステージは最後にプレスへの記念写真みたいなのばしばしとって終り。前の方の席に入れていたら、写真撮り放題ですごいいいと思う。私は間に合わず見られないだろうと思っていたので、遠目からでも大満足した~~~。

 撮影時間まで会場のいろんなブースを、一応、ざっくり回る。けど、なんかもうとにかく全然落ち着かない目がすべる。14時からの撮影待機列に早めに並びに行きました。
 大体開始時間の30分前くらいから待ち列いけるみたい。誘導されてブースの方へ。荷物は並ぶカゴの中へ置いて、貴重品とチケットのみ持って行く。去年マッツに並んだ時、えっとえっと貴重品だけ持つってどうすれば、とパニックったので、今回は財布は小さいもの、ポケットある服で行った。手にはチケットのみ。ドキドキで待機。心臓吐く気分。

 始まれば早い~。とはいえ、エズラくんは、すごくすごくすごく優しくて、一人一人迎えるたびにハグして、撮影、そして握手、って感じで、にこやかでソフトな声で、英語が出来る人なら会話とかポーズお願いとかいける感じだった。ブースに入って待ってるだけで昇天しそうだった。
 自分の番になって、も、やっぱりすごく優しく迎えてくれてハグしてくれて、マントってわけじゃないけどその、真っ赤なお洋服と腕に包まれて、ほわああああああああいい匂いとか昇天する。当然なんもお願いとか言えない。しっかり両手で抱いてくれてて私もめいっぱい抱きついて、なんとかカメラの方をむいた、ら、パシャッと終りで、thank youとあいらぶゆーーーーー、は、言った、言ったと思う、言えた気がする。わからない。エズラくんはにこにこしてくれて優しくて光り輝いてた。光に包まれていたとしか思えない。

 ふ、震える死ぬ、と思いながら自分の荷物をとる。ようやく深呼吸~~あああ~~。
 去年、マッツの時にはとにかく早く早く早く、ってぐいぐい流された気がするけれど、それでもやっぱりマッツはあったかくて光り輝いていて昇天ものだったけれども、今回は近づいたらエズラくんからハグしてくれて声かけてくれて、体感時間としてはものすごくゆったり、って気分だった。まあそれでも一瞬の出来事で、でもでもこんなに丁寧に優しくされていいんだろうかと、物凄く有難くてわけがわからなかった。
 で、写真とりに行く。真っ赤な顔してテンパって超笑ってる自分はともかく、エズラくんが私の頭に頬を乗せてる感じでにこってしてて、両手でしっかり抱いてくれてて、あああ~~光に包まれている証拠写真、と、自分のフォトを直視できない尊さ。ヤバい。

 次はサイン。2時間くらい間があるので、なんか、ちょっとなんか食べるか? と思ったけどとてもそんな気にもならず、でも何か飲み物を飲まないとやばいのではないかと思って、屋外のフードエリアへ行ってみた。美味しそうなものもたくさんあったけど、お茶だけかった。ごめん。
 そこに、パトレイバーの実物大機? があり、ちょうど、ジャッキアップします!という所だったので眺める。かっこい~~~すごい^^ 私は写真だけばしゃばしゃ撮った。

 中に戻ってまたひとしきりいろんなブースを巡る。ファンタビのファンコほしい、とか思ったりだったけれども、うーん。お買い物はしなかった。ごめん。
 グッズを求める行列なんかも多々あり。うーん。私、もう無理。

 サブステージかな、バンザイステージって方で落語をやってるのに気づいて終りの方を少し聞きました。
 「カメラを止めるな!」の監督と女優さんがいらして、「ナポリタン」という短編のお話と上映があり、それを聞いて見た。座れたのが嬉しい。可愛い。「ナポリタン」人の言葉が全部ナポリタンとしか聞こえなくなった男の混乱、みたいなコメディで、ふふって面白かった。

 そんなこんなでまたサインの待機列に並びに行きました。
 16時半~だったけれども、時間押して、45分くらいから始まったかなあ。前の撮影が終わってなくてという感じらしい。そりゃあねえ、あんなにみんなに優しく丁寧にしてくれてるんだものなあと思う。あとツイッターに沢山流れてたの見たら、いろいろポーズとかとってくれてるのもいっぱいあった。凄いなあ。エズラくんほんっとにちゃんと一人一人にいろんな顔してくれてるの。ブースで待ってる時にも前の人それぞれと写るとき表情変わってたもの。すごい。どんだけ表情動くんだか。すごい。

 で、サイン始まったらこれもさっくり早い。私は、ファンタビのブルーレイにしてもらうか2のポストカードブックでクリーデンスくんのにしてもらうか、迷いつつ持っていってたのだけれども、やっぱり今日という日の、記念、この、フォトにしてもらうことに決めました。今度はテーブル越し。撮影よりは落ち着いて眺められ、る、って落ち着けるわけもなく。あああほんっとに綺麗な顔。色白い。鼻高い。髪つやつや。にこやかにうなずいてくれながらサラっとサイン。ううううう嬉しい。一応今度もあいらぶゆーーっとさんきゅーっは言えた、と、思う。多分。わからない。
 あまりに好きな人とあうその光り輝く瞬間の記憶って、記憶になってないんだよね……。もったいない;;残念な自分の脳よ;;
 だけどほんと、マッツの時も、エズラくんの時も、こう、終わってから思い出そうって思ってみて結局、ひかりだった……としか思えない。かみさまありがとうとしか思えない……。すごいよ……。
 ほんとにほんとに、地球に生きててくれてありがとう。きてくれてありがとう。こんなにも幸せな気持ちをくれてありがとう;;;; あなたが幸せでありますように;;

 で、もう、ふらふら。帰ることにしました。17時すぎくらい。
 一人でいっていろいろこわいな~とか思ってたけど何もかもふっとんでただただ幸せをもらってきた気分。会場はお祭り気分で楽しいし、サインや撮影したみんなのうきうきが満ちている気がしたし、あ~人混み辛い、と思いながらもやっぱり行けてよかった。

 その夜にはディオールのショーに参加したらしく、そのニュースも流れてきて参る。ディオールの春のお洋服なんでしょ~それ~。白くて花模様きれい~春の妖精だった。シャンパンペン??? グラスの軸がペンになってるよーなオモシログッズもってて、ボードになにか書き込み中、みたいな。ショーマネージャーが何かチェックしてるって感じだったのか。すごい。コミコンの時とか違う雰囲気のスタイルになってて美形っぷりがまた格段に上がってて、ほんっとすごい。あんなにもみんなにサービスしまくったあとにまたこんな麗しい姿になってお仕事できる。スターってすっごい。すっごい大変で、凄い素晴らしい。

 コミコンは三日間続く。今日もエズラくんは大サービス中みたい。みんなの幸せが流れてくる~。すごい。昼のステージでDCのコスプレの人たちとはしゃいだりしてたっぽい~すごい。そして演説っていうか、コミコンのみんな、単なるファンダムじゃない、ファミリーだ、って。コミックやゲームに夢中になる僕等、現実で退屈してるなんてうんざりだ、僕等をみくびるなよ!みたいな話しててそれもまた~素敵すぎる。かっこいいよぉ~。はー。すごい。

 三日間参加できたら凄いだろうなあと思うけど、自分にとっては一日だけでも消耗が、つらい、お年頃なので。一日だけでもすっごくよかったしほんっと感謝。
 でも本当に、心臓に悪いので。チケットとか。ゲストがキャンセルになるとか。ほんと、この、ドキドキさせられまくるよね東京コミコン。ほんとわからない。こわい。すごいねー。
 ここしばらく、コミコン行くと決めてからの、ずーっと上の空だった感じから、なんとか復帰しなくてはと、思う。

 ファンタビ、公開初日に行き、エズラくんのチケットとったあとにも行き、30日にはテレビで1をやってたのを見て、ああ~~この~~~クリーデンスくんに、中の人エズラくんに、会ったんだよな私~~ってなって、昨日、1日にもまた見に行ってきた。好き。ほんっと好き。こんな、映画大好きで、中の人に会えて、また映画見てってできるだなんて。凄いな。げんじつこわい……。
 これからも、退屈したくないし!楽しいフィクションに没頭するし! そして、エズラくんにあんなに優しくされたことを大事にして生きていけるなあ。ありがとう夢の世界よ。私もできるだけ、優しくなりたい。みんなしあわせになるといいのにね。


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「前衛短歌が忘れたもの」永田和宏×三枝昂之

今更の日記。10/29日(月曜日)に、日本歌人クラブ創立70周年 記念シンポジウム―歌の力を次の地平へ というのに行ってきました。@中野サンプラザ。13時~17時。+懇親会。
 お話聞いてすごく面白かった。自分の覚書メモ。でももうだいぶ忘れてるかもだしそもそも個人的主観メモなので、発言等勝手に思い違いしているかもしれません。ごめん。

 日本歌人クラブ、東京ブロック優良歌集表彰式、というのが第一の目的。本多真弓さんの『猫は踏まずに』が受賞されたののお祝いに。おめでとうございます^^

 そして 対談「前衛短歌が忘れたもの」永田和宏×三枝昂之 

 まずはこのお二人が、長年の友である、というお話など。永田さんは京都、三枝さんは関東で学生時代から同人誌等で短歌活動していてそれぞれに主張があって、対決しよう!みたいなこともあったらしい。別に対決はしなかったようだけれども。
 戦後、短歌俳句は第二芸術論にいかに対抗するか、で試行錯誤していた。戦後の、伝統否定な政策の中、短歌は生き延びられるのか。あの時、滅びてもよかったかもしれない、短歌。

 ちょうど前衛短歌が勢いあった頃、お二人もそんなこんなをやってたけれども、それはやがて勢いを失い。なんか、短歌の総合誌が前衛一色みたいな頃から、編集長が変わったりしたりかなんかで、ぱたっと紙面の様子が変わったりしたらしい。
 前衛短歌は、虚構、というか、生活のリアルをおいといて、思想運動だったような感じかなあ。
 そして歳月は流れ、今、お二人はそれぞれに、家族や生活を歌ったりしている。
 歌集が編年体で出ることとか、そういうのに、いろんな背景の意味があるんだなあと思う。編年体もいいものですよ、みたいに言うようになってる感じがふふって面白かった。

 前衛短歌流行りのリアルタイムに直面していた人のお話を聞けて面白かったし。お二人の話で聞く塚本や岡井隆の様子って、なんだか新鮮なような気がする。
 私はあんまり短歌の会とか不勉強で出かけていったりしてなくて、未来じゃない人の、もちろん本人でもない人の語る、岡井隆の感じとか、新鮮~へ~~、ってすごく面白かったなあ。岡井さんはばりばり社会詠の左翼っぽいばかりじゃなくて、不意に自分の中の右翼みたいな歌も出して、なんだこれこいつ!?みたいに思ったりだとか。偏らないバランスというか俯瞰的なものあった感じか。
 そして、ずっとずっと長く友である相手がいるっていうの、すごく素敵だ。お互い、あいつが俺の歌を読むだろう、と、信頼している感じ、とてもいい。羨ましいし。お二人の本をもっと読んでみよう。こんな機会に行けてよかった。ありがとうございました。

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特別展「寺山修司展 ひとりぼっちのあなたに」

今更の日記。11/3日(土曜日)に、神奈川近代文学館行ってきました。

「特別展「寺山修司展 ひとりぼっちのあなたに」」(2018/9/29~2018/11/25)

 イベント企画など遅ればせながら知って、ああ~~見たかった聞きたかった、というのがありつつ、ともあれ展示を見ておこうと思って。
 展示の見せ方、というか、会場が面白かったです。パネル、フラッグ? 舞台や映画写真プリントした布が吊り下げられていて、寺山修司がつくった世界をめくっていくような感じ。ことばもあちこちちりばめられていて、言葉だけではない、映像だけではない、そんな雰囲気を満喫できた。

 最初に、寺山のパスポートやコート、スーツの展示があり、ああ、現実に、リアルに、生きていた人なのか、という生々しさと、でもそれもすべて良く出来た小道具なのではという感じもして、眺めても眺めても、嘘みたい、という気持ちがする。

 最初はまだ中学生くらい? 離れている母へのハガキがある。学生の頃作った俳句同人誌がある。もちろん全て手書き。寺山の文字って一文字ずつきちんと、それがもうフォントみたいだよねえ。もちろん当時パソコンもワープロもなく、手書き当たり前なんだけれども、こういう、これ、手書きかあ、と感慨がある。
 手紙やハガキ、出したのも送られてきたのも、親密さがあってすごくいい。素敵。見せてもらってごめん、ありがとうと思う。寺山の手紙とかってすごく甘え上手というかお願い上手というか、なんか、すごく、甘えて見せる感じが、なんだろう~~~この、この子、この人、人たらしなんだろうなあと、思う。わからないけど。
 塚本のお見舞いハガキや、岡井隆の名前出ることにもえもえ。好き。すごい、ほんとこういう繋がり最高ステキ。

 演劇にも進出してって、ポスターやなんかもう凄い、あの辺のあの時代の感じの一端を見る。舞台って消えていくもので、ナマものってその場その時でならでは、なので。何が起きていたんだろうなあこの頃、って、いろいろ見聞きしてはうっすらと想像する。なんかとてつもなくエネルギーはあったんだなと思う。そんな舞台の観客に私はなりたくないな~と思うし、けどこれ体験したらすごいんだろうなとも思う。うーん。わからない……。

 寺山修司(1935~1983)、47歳で没。早すぎる、若すぎると思う。私今彼の享年と同い年かあ。彼の残した世界、言葉は圧倒的で、今読んでも強い魅力がある。私が親しみを持つのは短歌を通じてという所が大きいけれど、なんか、ほんと、こういう人がいて、あんなこんないろんなこと、やってたんだなって、とても不思議。

 しばらく前に世田谷文学館でも寺山修司の、あったよね。それを見に行った時に、寺山の手紙の魅力に撃ち抜かれて激モエして、展示ケースにはりついて眺めて読んで興奮のあまり手帳に書き写したりしたけど。今回の展示はあの時ほどではないかなあ。けど、やっぱりとってもよくって、見に行っておいてよかった。

 場所が港の見える丘公園続きで、文学館の外にもことばのオブジェがあるとのことでした。私はちょっとあんまり元気がなくなってた時なので、全部探すほどの気力はないまでも、一応、ローズガーデンで3つ、発見。最初全然わからなくて、ん~~?? まあ薔薇綺麗だしそれでいっか、とひとしきり歩いだのだけど、見つけた時に、あっ!ってすごく嬉しくなった。野外演劇みたいな雰囲気をほんのすこ~~~し、ささやか~~に感じた気がする。いい場所だな、と、改めて感じました。

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 桂文珍独演会 一期一笑

 
 桂文珍独演会 一期一笑
 関内ホール 3:00p.m

 聞きに行ってきました。落語は、これまで一回、か、二回、生で聞きに行ったことあるけど、こんなにじっくりと独演会っていうのは初めて。上方落語、も初めてかな。以前見たことがあるのは何人かが噺を一つずつという感じだった。

 前座、桂文五郎さん。途中で三味線、おんな道楽というの? をやっている内海英華さん。それぞれ面白かったです。都都逸うたってるの聞けたの面白かったなあ。話す言葉のリズムもなんともいえない色気、華やかさがあってなんだかさすがって思う。

 桂文珍さん、テレビで見たことある~くらいのミーハー気分で聞きに行きましたが、すっごいすっごく面白くて笑った笑った~。あ~なんだかこのライブな場でこその笑いの体験って感じ、すごい。ほんとに客席との掛け合いみたいな感じなんだなあ。客席からは笑いという反応返すだけなんだけれども、舞台から本当に客席の空気というか反応、客の心の動きまでくみ取ってくすぐって笑わせてくれる。落語完全に初心者でなんもわからない私でもわかる、すっごいこの場を転がす上手さ。
 噺の枕っていうの? 雑談みたいに時事ネタをバンバンガンガンどんどんバシバシ繰り広げてくるのね~~。まさに今朝みたテレビで見た話がネタになってる。ジュリーのコンサートドタキャンだとかダンパー改ざんだとか。すごい。こんなに~?こんなに鮮度キレキレ~??? 文珍さんだからこそなのかどうか、私は他の経験がなくてわからないけど、ほんっと、「今」の話がめちゃめちゃ取り入れられてるのね。舞台ごとに変ってくのかなあ。勿論全部が全部ではないんだろうけど、それにしても凄い。

 噺は「持参金」か。(ぐぐった)急に20円を返すよう催促された男が、わけありの女の持参金がちょうど20円という縁談に飛びついたら、その女と20円と言うのは実は。って感じ。ちょっといい話というか、お前なあ、番頭さん? あんたダメ男だな~ってのを思いつつ、面白かった。
 それから「地獄八景」、長い噺らしいけれど、ダイジェストというか、おいしいとこぎゅっとコンパクトにして、の噺でした。サバに当たった男が三途の川いく途中でご隠居? この前葬式に出た相手に会って一緒に旅していく、と。あと金持ちの若旦那が遊び飽きてちょっと死んでみるか、ってフグの肝食べて賑やかに一同引き連れて三途の川渡るとか。噺の中にも今の時事ネタ入るんだね~。すごい面白かった!
 私は全然落語知らないけど、ふら~っといってこんなにも笑わせてもらって、いい時間過ごしたな~といい気分で、とってもよかった。楽しかった~!

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「世界と<私>の関係を言葉にする」


 昨日、夕学五十講 というのに行ってきました。丸ビル入るの初めてだったー。

講師、穂村弘さん。「世界と<私>の関係を言葉にする」 講義90分、質疑応答30分かな。18:30~20:30でした。
 久しぶりに穂村さんのお話聞きにいって面白かった~という個人的覚書メモ。私個人の主観思い込みの感想で発言など勘違いがあるかもです。記録ではありません。

 最初は「●言葉からわかること」 で、ご自身のお話で、結婚した後、それまで居なかった自分の妻という存在を人に紹介なり話なりするときに、その人をどう呼ぶか、ということに戸惑ったお話。「妻、女房、奥さん、嫁、家内、家人、パートナー、つれあい、細君、相方、ワイフ、うちのやつ、配偶者、山の神、大蔵省、敵」等、妻を表す言葉が列記されており、どれを選んで言ったとしても、自分はそれを選んで言う人だ、と相手に認識される、自分の中の何かをさらけ出すことになる。その言葉の中で、多分一番ニュートラルであろう「妻」という風に言うけれど、それもつまり「妻」が意味合いニュートラルだと思ってその言葉を使う人、ということをさらけ出している。女性が夫を呼ぶ言葉としてもいろいろあって、その中から何かを使う人、になる。
自分の一人称に、「小生」って使っちゃう場合とか、言葉には、人それぞれに、その言葉がイメージさせる人物像や物の在り方のイメージの蓄積がある。
 「小生」って自分のこと書いちゃうおじさん、まあ、おじさんに限ったものではないけれども、それを使って書いちゃうこと自体が発するメッセージというか、イメージ力って。強いよね。私は無理~って思うけど、まあ、うん。そう使いたい人がいるんだなあというのは、まあ、なるほど。

 電車や商品、物のネーミング、ラベリングの変化の話。特急「つばめ」かつては実体のある、速そうなかっこよさそうなネーミング。→「こだま」「ひかり」という夢の超特急には、目には見えない、触れない、けれど聞こえる、見える(光のあるなしはわかる)ものになり。その次はどうなるんだ? と不安に思っていたら→「のぞみ」。これはもうすっかりイメージ。思念だとかの世界になる。
 昭和的、実体→イメージ、限界がないものへの変化。イメージ化しやすいのは、生活必需品よりは嗜好品、レベルがちょっと違うもの。

 言葉の含むイメージ自体の変化。「科学」って、かつては良いもの、未来への希望、憧れだった。万能感。ユートピアのイメージ。電気、電子、原子、等「ピカピカギラギラ 憧れだ」というもの。けれど、近年だとむしろディストピア。
 
 特にもう今の日本だと震災、原発事故を経ているからなあ。原子力だとか無邪気に凄いパワーだとか言えないよな、と思う。アトムがラララ科学の子で、妹だとかがウランちゃんとかコバルトとか、そのネーミング、今、ちょっともう以前みたいには見られない。世界は変わるよね……。

 短歌の紹介。子供、青春、中年、老年が見える短歌。
 子供の短歌は世界への知識の蓄積が少なくて、ガードも緩くて遠慮少なくて、新鮮な驚きや発見がぐっとくる。
 青春の恋はほんの些細なことにも集中度が高くて眩しい。童貞感だとかいい変態の歌とか面白かった。短歌ってもう一度プリミティブに、一言で言える名前がついているような物事を解体して表現をするもの。
 中年期ってぼんやりしている。
 老年の歌は、いつか自分がそういう所へ行くのか、と思う。そこで愛の歌がある、精神レベルの高い歌をうたうひとがいる。それって、憧れられるからいいなあと思う。

 夫が妻を歌った歌、妻が夫を歌った歌の温度差みたいな話。
 夫の方が概ねロマンチストなままだったりするのねえ。妻の側の冷え冷え具合は、何故そうなったか、みたいなわけが垣間見えるのも引用があったりして、ねー。わかる。
 でも多分今後、本当にちゃんと家事育児分担をするとか、夫側がリアルな毎日の生活や暮らしに本当に関わる人が増えてくる、きてる? そうなってきたとしたら、温度差も傾向として捉えられるほどにはなくなるのかもしれないなあ。どうなんだろうね。

 イメージ化の方が私も好きだし、実体のリアルからは私も逃げたい、現に今も逃げている。フリスク食べることを選ぶ方でありたい。けどまあ、そっちへばかり逃げ切れるかどうか、わからない。
 私はバブル期のスタイリッシュな幻想を学生の頃に垣間見た気はするけれどもその場にはいなかったしその幻想は目の前で暗転した気がするし社会は景気悪くなってくばかりな気がするし、その後、これから、日本が持ち直して行ける気は、あんまりしない。
 逃げたい。逃げ切りたい。
 けど、そういうわけにはいかないのか、なあ。どうかなあ。けど逃げたい……。
 ここんとこ毎年、新年の抱負というかなんというかで、全力で現実逃避、と自分の中で掲げている。実際今自分は社会的に何か責任ある立場とか重要な仕事があるわけではなく、つるっと何もない毎日をぼんやり生きている。
 言葉に耽溺して世界と私の関係を言葉の中だけで築いていたいな。どんな言葉を使うか、選ぶか、出来る限り繊細でありたい。

 いろんな認識を考えることが出来て面白かったです。なんかあの「場」も面白かったな~。

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舞台 「贋作 桜の森の満開の下」 NODA MAP 第22回公演

9月に見たもののこと全然書いてなかった。遅ればせながら順次メモっとく。

*ネタバレ、結末まで触れています。


舞台 「贋作 桜の森の満開の下」 NODA MAP 第22回公演

9/12(水)に見に行った。東京芸術劇場。

耳男 妻夫木聡
夜長姫 深津絵里
オオアマ 天海祐希
マナコ 古田新太
ヒダの王 野田秀樹

最初の東京公演終りの日だった。どうりで平日の昼間なのに当日券にもすごく人が並んでいると思った。豪華キャストだし、名作という評判、は、なんか聞いたことがあると思いつつ、見たことはない。坂口安吾の本はあまり沢山読んでなくて、「桜の森の満開の下」は大好き、「夜長姫と耳男」は知らなかったので、舞台見終わってから読みました。知らなかったもので、夜長姫と早寝姫って、岩長姫と木花咲耶姫ってことか? なんて思いながら見てました。無知ですまん……。いやでもほら古事記だとかその辺の感じ混ぜてる舞台みたいだから。

 つまり「桜の森の満開の下」のイメージ以外には何も知らずに見に行きました。
 相変わらず言葉の応酬が凄い。遊びも。動きも。舞台の縦横無尽さも。大きな桜の木。うつくしい花の世界。消えそうな記憶。巧みの技。鬼の世界。
 国を作るお話。

 なんか全然、きちんとした説明も感想も書けないなあ。見てからかなり時間たってしまったし。かといって見てすぐには全然何にも何を見てきたのか書く気にもなれず、落ち着いたら書こう、と思って、時間たちすぎちゃった。

 当然キャストみんな、みーんなすっごく凄くて、舞台からエネルギー浴びて終わった時には滂沱の涙。本当に、ナマの舞台を見るって凄い。キャストの、別世界のエネルギーを浴びる感覚は他にない。生身の迫力を感じられるしあわせ。

 可愛い女の子~って感じで始まる、早寝姫の門脇麦と夜長姫の深津絵里。きゃっきゃした女の子~の感じが舞台が進むにつれて物凄い迫力に。途中で儚く死んでしまう早寝姫の無垢さがむしろこわいし。無邪気なままに、でも同時に邪悪さを滴らせて人が死ぬのを楽しむ夜長姫の異様さ、うつくしさ。最高だった……。
 オオアマ天海祐希は、男役、とはいえ、あんまりそれがどうこうってわけじゃないんだけれども、二幕目になって王となる迫力も見栄えも最高すぎて、かっこよくってかっこよくってかっこよくてかっこよくって~~~~たまんねえ。さすがすぎた。素晴らしい……。
 当然舞台での古田新太のセクシーさったらもう痺れるしかないし、野田秀樹もまだまだ全然軽やかで凄い。みんなどういうことなんだ……。

 巨大な桜の樹が、大仏になって、そしてまた桜になって。舞台セットとしてはその巨大な一つで、あとは紐、ゴム紐? でどんどん空間が生まれて開いていくの、すごく面白かった。どういうアイデアなんだ。凄い。
 圧倒され、うつくしくて。だめだ私はああいう生身の迫力になんか言葉を書くことができないんだなあ。見にいけてよかった。ただただ溺れてきました。

 で、カーテンコールもいっぱいあった。いっぱいあるな、と思って、帰ってみたら、あ、今日が一旦最終日だったのか、と納得。ほんとにほんとに、見に行けてよかった。

「シネマ歌舞伎最新作、『野田版 桜の森の満開の下 』を2019年4月5日(金)に全国公開することが決定致しました!」てなニュースもあった。中村勘九郎さんが耳男の。2017年の上演作らしい。これもぜひ見に行きたいな。


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現代短歌シンポジウム ニューウェーブ30年   「ニューウェーブは何を企てたか」 に行ってきた。

 6月2日(土)名古屋へ行ってきました。

 現代短歌シンポジウム ニューウェーブ30年 
 「ニューウェーブは何を企てたか」
https://wave20180602.wixsite.com/wave20180602

 というイベントへ。
 これは私の個人的主観的メモ、覚書日記で、私の勘違いや思い込みがきっとあって、間違いが多いかもしれない、ただの感想です。

 朝、新横浜から名古屋へ向かう。ランチに味噌煮込みうどんを食べて満足。迷子になる~と思いつつも一応迷子ってほどにはならずに会場到着。

 受付が13:10~ということだったけれども、到着したらもう開場されていた。160名?もっとかな? とにかく沢山の参加者がいるらしい。受付してもらって、なるべく前の方へ、っと端っこながらも席を確保。机がある所に座れてよかった。後ろ半分くらいは椅子のみのようで、すごい、大盛況ですね。企画、スタッフの皆さまさぞ大変だったでしょう。お疲れ様です。ありがとうございます。

 で。
 上記のサイトであらかじめ資料、参考資料をプリントしていきました。行きの新幹線でざっくり読んでにわか勉強。2001年の「未来」の特集?「場のニューウェーブ」という、荻原裕幸さんと加藤治郎さんのメール対談、面白かった。この時点での、現代短歌、80年代90年代振り返りですね。オンデマンド出版への夢と希望、「電脳短歌」だとかの言葉がすごい懐かしい感いっぱい。今これを読むと、ああ、まだインターネットの世界が自由で希望と可能性に満ちている感じだなあ、って感慨深い。オンデマンド出版も別に絶版なしの永遠なものではないし、「電脳」ってあっという間にレトロワードになったし、インターネットは小宇宙化の一途で広がりよりは今気の合う限られた人達同士のミニマムに閉じる方向になってる、と、思う。
 「レ・パピエ・シアン」2003年の大辻隆弘さんの「ニューウェーブ、やや回顧的に」という文章も面白かった。やっぱ大辻さんの言ってることはよくわかる。気がする。多分私には。(いやわかってないかもだけど)大辻さんは同時代で、近い所で「ニューウェーブ」を見てきた、けど当事者ってわけではないかなという感じかな。同時代わかってる感と一歩ひいた観察者感と両方あってわかりやすい、気がする。


 前には四人。加藤治郎、穂村弘、西田政史、荻原裕幸。
 追加資料、「ニューウェーブ関連年表」。荻原さん作。これはこの企画のためのざっくりしたものです、とのこと。1984年~現在まで。

 「ニューウェーブの30年」て、同人誌フォルテから数えるとちょうどそのくらいですね、みたいな感じで始まる。ふぉるて??何それ、という感じで、当事者が語る、自分は全然知らないその頃、という話を聞けたのは面白かったなあ。「ニューウェーブ」を語るイベントだと思ってたけど、始まりの加藤治郎sなんのお話から、ほんとにニューウェーブは存在したのか、という根本的疑問からだったので、えっ? という風に聞き入りました。

 でもそれは参考資料なんかでのにわか勉強でも感じたことで、なんかニューウェーブだとかいって、近代短歌的主体というものからのずれ、口語、記号多用の短歌、みたいなざっくりしたのが、主に加藤、荻原、穂村の一時の短歌の感じをさして言われたりしてるなあ、そういえば、みたいな感触なんですね。

 荻原さんが1991年に新聞のコラムのタイトルとして「現代短歌のニューウェーブ」としたのが、名称としての始まり、ということらしいです。が。それは特に意図的な我々の短歌革新運動を名付けるってものでもなくて、この頃の短歌はこんなのがありますよ、という紹介みたいなんですね。岩波の現代短歌辞典には「ニューウェーブ」の項目があるけれど、三省堂の現代短歌大事典にはその項目はない、と。1999年、2000年と、ほぼ同時期に出てるものでも違う、と。編集委員の考えの違いとからしい。辞典作るの大変そう~。編集委員でもめたよね、みたいな話もちらっと聞けて面白かった。

 登壇者それぞれの話、それからみんなで対談、という感じだけど、まあ、みなさん付き合い長い友人たちということなんですね、雑談風な感じで、このメンバーでこういう場ならではの空気が面白かったです。
 「ニューウェーブ」がもてはやされた、というか話題にされたのって、前衛短歌への二重写しの期待の評価、という話もなるほどと思った。みんな前衛短歌に憧れたんだよねえ、それで、その後の世代でもなんか面白いことないかなっていう期待感の俎上にのせられたのがニューウェーブの三人、という感じか。

 「ライトヴァ―ス」っていう言葉の方が当時強かったね、という話。口語で、都市部の感じとか、軽やかに、とかいう感じ、かな。俵万智さんがな~もう圧倒的にそこは強い感じ。「ライトヴァース」の方がその、80年代90年代の現代短歌としては包括的に示す言葉で、「ニューウェーブ」っていうのは、加藤、荻原、穂村、西田と、この3、4人のことなのです、という定義づけ。
 「ニューウェーブ」みたいに成功するには三つの条件があって、と加藤治郎さんが教授してました。
 ・人がはっきりしていること。人数があんまり多くても駄目で、3,4人がちょうどいい。
 ・作品に明確な共通性、文体があること。これは記号短歌、みたいなことかな。他と識別性があること。
 ・共通の場があること。出発点に「フォルテ」があり、S2プロジェクトやラエティティア(メーリングリスト)という場を作っていた。

 これはこれで、後から会場発言とか参加者的にも、ニューウェーブってそんな、3人だけ、4人だけのことかよ~という驚きがあがってた感じ。
 でもまあ、それはそういう風にしか語られてこなかった、という事実、事実かな、私はちゃんと知らないのだけれども、まあ、ニューウェーブを語る時にはその3、4人の名前で語られてきたのでしょうねっていうのはわかる。だから、女性歌人とか他の人は入らないのですか? という質問に、入らないですねという返しでおしまいになったのもわかる。

 東直子さんが観客(?)でいらしてて、会場質問で話してたの面白かった。
 今後の見直しとか、語りなおしで、いや東直子さんだってそうだろう、みたいになるのかもしれないし、わかんないけども、それは今後の話で、これまでは結局その目立って活動活躍してた三人がニューウェーブ、って感じなんだろう。今回の企画としてこの4人の活動中心に年表ざっくりと作ってみました、というのもわかる。そもそも「ニューウェーブ」なんてあるのか? という話になるんだなーというのも、なるほどと思った。
 ニューウェーブって、今回前に出てた3、4人が、短歌面白いよ、なんかもっと面白いのやろうよ、やってみようよって感じでいろいろ活動したことが、目立って人気出て、そんでまた彼らが何かときちんと記録したり発表したり、今回だってこうして企画して人集めて、ってやってきてる、そういうことなのかなあと思う。同調したりしなかったり、同時代のいろいろな人のそれぞれの活躍はあるのだろうけれども、まあ、表立って仲間って目立ってやってきた3人、みたいなことでまとめてなんとなく呼ばれる、他の人はなんか個々に、かなあ。

 それから主体の話とか。近代的主体、「私」とは違う感じになってる、けど。これはちょっと全然語りきれない感じだった。この対談とかは記録でまとめられて本?ムック? が書肆侃侃房から出るみたいだし、その時に全対談が読める、のかな。違うかな。まあいろいろまとめられてくでしょう。

 インターネットという場が始まって広まったの、が、ニューウェーブなのだろうなあという感じ。記号使ってみたとか、加藤さんがデジタル化で文字が動く、カット&ペーストとかおっしゃってたけど、そういう、手書きとは違う遊びみたいな変化で短歌つくってみたとかもあるのかなあと。荻原さんはワープロで、画面とか二行くらいしかなくて、かな、そう言ってたのもすごいわかるw。ワープロ、表示画面ちっさかったねーと、思う。別にモニター上で作ったわけではない、と。
 まあ、それでも、自宅ですぐに活字、プリントを出せるという感じは、原稿用紙に手書きとはちょっと違う、のではないかな、と、思う。コンピューターとかインターネットとかがきらきらしい未来と夢と希望、ロマンな感じなー。その過渡期の実感みたいな所もあるんじゃないか。

 あと、時代はバブルで、なんか浮かれてお金あって、みたいに言われるけれども、それがすごく嘘なんじゃないか、っていう違和感はすごくあって、という風なお話とか。
そーはいってもあんたらバブルじゃん、って思うけどね。もちろん、その、嘘っぽさを感じてというの、すごくそうなんだろうなあって思うけど。
 私はバブルが目の前で弾けて放り出された感の世代なので(ロスジェネとか? 今はひきこもり高齢化問題とかいわれる、40代後半さ)なんだかんだちょっと上の人々のいやバブルっていっても恩恵なんかなかったよ的言説には超ムカつく、ぼんやりと怨恨抱くよ、個人的にw

 あと、穂村さんがちょっと愚痴めいた感じで言った本音っぽいようなこととか。短歌は他ジャンルの人には知られてないとか、フィクション、ノンフィクションのこと、差異、異化とか圧倒的散文的社会には通じないしあっちにはどうでもいいんだよ、という苛立ちとか絶望めいたこととか。若い人が正しいと思ってるけど、苦しい、とか。
与謝野晶子がいればいいんじゃない、とか俵万智一人でいいんじゃない、とか。

 いろいろな質問に答えてたり、加藤治郎さんが岡井隆らぶなんだなーっ、岡井隆の存在感、と思ったり。
 この30年を振り返る、かなり誠実に簡単にまとめずに、なんか面白いことやりたいっていろいろやってたらなんとなくニューウェーブって言われてて、でもその実態とか特にはない、みたいな感触を語ってるなあ、と、眺められて面白かった。

 今後は、でも、男友達同士で内輪でやるよ~って時に、そこで女性を無視するのか? という視点がくるよね、と、思う。ほんとは理想は、性別がどうこうっていう話をしなくてよくなることなんだけれども、まだまだ、女性は、ということを指摘しないと悪意なく自然に無視されがち、ということがあるかなあ。それは自分自身でもあって、私個人的には女性がいることが苦手で、勿論これは完全に個人的問題。女性として声を出すことが苦手、というか。うーん。まあ、いろいろ、自分自身の内面の問題も考えたりでちょっとしんどい。


 パーティへ場所移動。そこもかなりの人数でほんと大賑わいでした。ポエトリーリーディングがあったり。四人へのプレゼントがあったり。私は飲んで食べて、多少はお喋りもできて、楽しい一日でした。このイベントの話を知った時、名古屋か~と思ってたけど、行けてよかった。皆様ありがとうございました。
 そして私はホテルへ戻り、部屋でもうちょっと飲んで、「おっさんずラブ」の最終回に一人盛り上がり、いやあ、よかった。
 翌日はもう観光とかの気力もなく、ホテルでだらけて、だらだらして後片付けを気にしなくていいって最高~とのんびりした~。コメダ行ってコーヒー。名古屋駅へ戻って自分お土産買って帰りました。新幹線あっという間だよ。いい週末でした。


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