『凍てつく街角』(ミケール・カッツ・クレフェルト/ハヤカワポケットミステリ)


*ネタバレ、結末まで触れています。


『凍てつく街角』(ミケール・カッツ・クレフェルト/ハヤカワポケットミステリ)


2013年。ストックホルム。屑鉄置き場で死体が見つかった。真っ白な彫像の
ように加工され廃棄物の山に突き刺すように遺棄された死体。白い天使と呼ばれる
死体は連続していて、5人目だった。

2010年。コペンハーゲン。マーシャはイゴールと付き合っている。だが、
ギャンブルで多額の借金を作ったイゴールは、マーシャを売り渡した。マーシャは
スラヴロスという恐ろしい男に売り物にされ絶望的な借金返済に酷使される。

2013年。クリスチャンスハウン。トマス・ラウンスホルトは酒に溺れている。
休職中の警官。妻を殺された事件のショックから動けずにいる。だがバーテンダー
のジョンソンに頼まれて、ジョンソンの知人の娘が行方不明になっていることを
調べてみることになった。

時代と場所の異なるエピソードが交互に描かれていて、マーシャがどんどん悲惨な
目にあっていくのが辛い中、早く~早く、トマスってば~早くマーシャを見つけて
くれよ~~とハラハラしながら読みました。
連続殺人犯の子ども時代からの話もあり。
とにかくトマス、ラウンがなかなかしっかりしなくて、悲劇的な事件で、辛いね
とは思うものの、でもしっかりしてくれよ、と思う。

<ラウン捜査官>シリーズってことで本国では続刊出てるそうなので、日本での
続き翻訳出してくれるかなあ。続き出れば読みたい。妻が殺された事件とか後々
またなんかあるんじゃないかな。
この作品が2013年刊で、14年、15年、16年と出てるらしい。
私が読んだこれが2017年2月刊なわけで。でもドイツ語の本を底本とした、
ってことらしく、どーなんでしょうか。ドイツ語にも順次翻訳出てるのかな?
それをまた日本語に? 翻訳大変ですよねえとは思うものの、よくわからない。
デンマーク語とか読めるようになるといいけど、私にはそれは夢すぎる。。。

で、マーシャの時間も進んで2013年に近づいてくるわけだけども、ああでも、
ラウンは間に合うのか、って、こう、時間軸が重なってくる瞬間がぞくぞく
くるタイプのやつですね。

結局犯人はストックホルム警察の中にいるってことでラウンは孤軍奮闘する
ことになる。でも、そうするまでの、頼まれて、やだな、って感じで一応調べて
みて、わかったのはこれだけだから、ってすぐやめようとしちゃったりして。
でもやっぱり力なく泣くマーシャの母を前にすると無下にもできない、っていう、
ほろっとなる加減がよかったな。

犯人像としては、父が剥製づくりが趣味の人で子どもの頃に魅せられた。両親の
不仲から出ていく母を殺してしまう。そして女性不審という感じは、うーん、
ベタかもなあ。悲惨な目にあう娼婦とかも。
なんとか大変な目にあいつつ、ひとまずマーシャを保護して連れて帰ることが
できて、やれやれほっとしたと、残りページわずかの所でまだもうひと騒ぎ
あったりして、あ~こういうの、映画化ドラマ化になってわっとなる感じが
する~と思う。映画化するのかなあ。
著者はデンマークのプロデューサーでテレビドラマの脚本家であるそうで。
なるほどという気がする。

しかし北欧のミステリ読むようになって、ステキデザインのおしゃれ都市、
みたいなイメージばかりではなくて、まあ当たり前ですが複雑な社会情勢、国家
地域による違いや感情のせめぎ合い、みたいなことも、まあ、あるよねえと
思えるようになった。勿論ミステリはフィクションで、でも人が暮らす都市には
いろんな面があるのだ、という当たり前のこと。いつか観光旅行にでも行けると
いいなあ。

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『エイリアニスト―精神科医―』上下(ケイレブ・カー/ハヤカワ文庫)

*ネタバレ、結末まで触れています。


『エイリアニスト―精神科医―』上下(ケイレブ・カー/ハヤカワ文庫)


 「二十世紀に入る以前には、心の病気に苦しむ人は、
 社会全体から「疎外」(エイリアネイト)されているばかりか、
 自分の本性からも疎外されているものと考えられていた。
 そこで、心の病理を研究する専門家たちまでが
 「エイリアニスト」と呼ばれていた。」

ってことだそうで、タイトルはそういう意味なんですね。

舞台は1919年、セオドア・ルーズヴェルトが亡くなった所から始まり、彼を知る
わたし―ムーアの回想が始まる。精神病医ラズロー・クライズラー博士と友に
恐ろしい連続殺人の犯人を突き止めた頃のことが。

ルーズヴェルトって警察にいた時期があったんですかね。ウィキみるとNY市警の
腐敗と戦って名声を得るみたいなことがあったらしく、これは事実なのかなあ。
まあそれはともかく、女装した少年男娼が連続して無惨に殺されるという事件が
続けて起こり、でもそういう社会の下層の人間が殺される事件はまともに捜査
されなかったりという時代だったらしく、それはいけない、と立上がる特捜班、
って感じ。1800年代のNYとか、社会がこんなにも雑然と大変、秩序が守られるのは
ごく一部、って感じだったのかどうか、よくわからないけれども。
ロンドンでは切り裂きジャックが、みたいな時代らしい。
ハイソな世界では芸術だなんだと素敵文化が発展する一方、街は汚く道を歩くのも
危ないみたいな区域もある、という感じか。
まあたぶん現代であってもそういう区域の差みたいなのはあるんだろうけれど、
昔はもっと激しく極端だったのだろう。
街の描写とか、うへえ、こわ、って感じの所がいっぱいだった。

これは1994年の作品だそうで(私が読んだ文庫は1999年刊)90年代って、
あれか。プロファイルだとか猟奇ものだとかが流行ったころかな。
小説の舞台そのものが昔、という設定なのもあって、科学捜査っぽいことの
はしりとか、心理分析みたいなのの走り、とか。そういう感じの描写が、ん~
どうなのかな~という気はした。
あと文章が、なんかこう、もったいぶってる感じが私の好みからいうとどうにも
テンポ悪く思ってメンドクサイ感じがした。読みにくい。

でもキャラクターは面白くて、微妙にハイテンションになりがちなクライズラー
先生とか、ちゃらいんだか真面目なんだかな記者ムーアくんは可愛いなあと思う。
一緒にチーム組むサラ、警察のマーカスとルシアスのアイザックサン兄弟。
昔だから、連絡取り合うのも電報くらいしかないし、とりあえず馬車だし、鉄道は
あるけど時間かかるし、って、そういうじれったさも面白かった。

犯人は、子どもの頃虐待を受けた男、ってことで、犯行から犯人像を推理して
それに該当する人物を探す、というもので。そんなにすっきりぴったり当てはまる
ものだろうか、と、思ってしまうけれどもまあ、小説だからな。
実際の事件をモチーフにしてる所があるらしい。あんまり私はわからないので
単純にフィクションとして楽しみました。

これ、ドラマ化されるというのを知って、クライズラーがダニエル・ブリュール
ムーアがルーク・エヴァンスだそうで、えええ~~~って思って読んでみました。
女装少年男娼が殺されていくという、この感じをどのくらい忠実にドラマに
なるのか、大幅アレンジとかしていくのか、気になるところです。死体残虐さ、
忠実に映像にするとかなり、きつい、テレビドラマ的には無理なのでは。
まあほどよく写さない感じにするんだろうけれども。
何よりクライズラーとムーアがその二人で演じられてる所すごく見たい。
日本で見られるのかなあ。どーなるのかなあ。見たいなあ。

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『鳥類学者無謀にも恐竜を語る』(川上和人/技術評論社)


『鳥類学者無謀にも恐竜を語る』(川上和人/技術評論社)

2013年刊行。
この著者の新刊が今出てるらしく、すごく面白そうな評判。そっちの前にこれを
読んでみようかなと。

生物ミステリーだとかのシリーズ?
著者は鳥類学者。「普段は小笠原諸島にくらす鳥類を中心に研究している」そうです。
鳥類は恐竜の子孫なので、恐竜のことをいろいろ考えちゃいます、って感じ。
まあものすごくざっくり言うと(^^;

ちょいちょいふざけた感じでゆるーく軽~く読み易くて面白い。
けど、まずは恐竜とは、とか、鳥とは、みたいな言葉の認識を共通させていく
ようにしてたり、鳥類はこう、というきちんとしたことと、恐竜に関しては
わからないことがこう、わかってることはこう、と、丁寧に線引きしつつの
妄想語り(笑)で、そういう考え方をするのかあ、というのがわかってとても
面白かった。

恐竜学って、ほんと不思議だし大変すぎるよね。
発掘された化石は、元がなんなのかわからない。それがどの一部なのかも
確実なわけではない。当初は別物と考えられていたものが、後に同じ種のもの
とわかったり、いややっぱり違うとなったり。
絶滅、というドラマチックな出来事。
いやでもその子孫が鳥類なんだったら絶滅ってわけではないのでは。
そんなこんな、ほんと、化石にベースを置くしかない恐竜学って、凄いな。
ロマンの塊と見るか、曖昧すぎて妄想じゃねーか、と見るか。

ものすごく端的に言えば、すべて妄想かもしれない。でも化石という事物から
出来得る限り科学的に妄想を働かせて事実を推察していく、って、ほんと、
タイヘン。。。

恐竜にも羽毛があった、とか、色はそんなカラフルか? とか。
そういう推察を経てそーいうのかあ、という過程を読ませてくれて面白かった。
イラストも可愛かった。

恐竜たちの時代、っていうのはどういうものだったのか。
今とは遙か遠い時代、遠い時間というものをちゃんと認識して考えていくこと。
当たり前だけど、時間、時代って、それもやっぱり今のところからは想像し、
読み取れる事実からできるだけ科学的に推察し、ということしかないわけで。
絶滅、というか、今はいないものを骨格から組たててるって、ほんと凄いなあ。
そういうことを、しばしばなんでやねん、とツッコミたいようなボケをかましつつ
ちゃんと書いてる面白さでした。
新刊のほうもそのうち読みたい。


 はじめに
 序章  恐竜が世界に産声をあげる
 第1章 恐竜はやがて鳥になった
 第2章 鳥は大空の覇者となった
 第3章 無謀にも鳥から恐竜を考える
 第4章 恐竜は無邪気に生態系を構築する
 あとがき


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『子規と漱石』(小森陽一/集英社新書)


『子規と漱石』(小森陽一/集英社新書)

友情が育んだ写実の近代

2016年10月刊。
先日「正岡子規展」に行ってきて改めて子規と漱石いいよな~と思ってたところ、
まさにぴったりな本だ思って読みました。こういうの出てたの知らなかった。

二人の友情、という焦点で、手紙のやりとりを主に、いろいろな文章をとても
丁寧に読み解いている。
子規の書いた文章に込められている重層的な時間や漱石に想起して欲しいこと
みたいなことを、いちいちこうなっているこう読める、と細々と言語化して
みせてくれていて、なるほど、こんなにもたくさんのことがこの短い文章の
中に織り込まれていて、それを読む方は感じいるんだなあと思う。

一応私は、二人の友情についてとか、子規さんの本とかそれなりに読んでて
二人の友情もえる~って思いながらなので、ふむふむと納得、確認だった。
二人の友情とかについてあまり知らないという人にもきっとよくわかる丁寧な
本だと思う。
二人の手紙や雑誌でのやりとりが、そのまま近代文学の始まりの、描写とか
写実の実験実践になってるのが凄い。なんなんだよこの二人。

と、後世の今となっては、巨人二人が仲良しですげーってなるけど、二人に
とってはお互い学生時代からの付き合い。まだ何者でもなかった頃に認め合って
仲良くなって、励まし合い、それぞれに仕事頑張ってきたって所なんだよなあ。
二人とも生きてるうちからそれなりに偉くなっちゃったから、余計に、
なんでもないただの男二人っていう気楽気さくな関係でいられるのって、
貴重な存在なんだよなあ。うるる。

「僕ハモーダメニナッテシマッタ」のことも丁寧に書いてて、でももうほんと
この手紙だけで泣いてしまって。

読みやすく面白くて、手紙の引用いっぱいで、とてもよかった。好きだなあ。


 はじめに
 第一章 子規、漱石に出会う
 第二章 俳句と若の革新へ
 第三章 従軍体験と俳句の「写実」
 第四章 『歌よみに与ふる書』と「デモクラティック」な言説空間
 第五章 「写生文」における空間と時間
 第六章 「写生文」としての『叙事文』
 第七章 病床生活を写生する『明治三十三年十月十五日記事』
 第八章 生き抜くための「活字メディア」
 終章  僕ハモーダメニナッテシマッタ
 おわりに

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『猫に知られるなかれ』(深町秋生/角川春樹事務所)


『猫に知られるなかれ』(深町秋生/角川春樹事務所)


戦後の日本が舞台の短編集。あ、一章二章ってなってるから短編集とは言わない
のかな。共通する登場人物、組織が関わる一話完結もの、っていうか。
四章で一冊になっている。

元軍人、そして諜報活動をしていた永倉一馬、藤江忠吾がメインキャストって
感じ。敗戦国日本の中で、GHQと密かに手を結びつつ、いつか復興する日本の
為に、武力を捨てた日本はどの国よりも情報を握って身を守る術を持たねば
ならない、という大儀を持ってCATと名づけた組織が作られた。そこに誘われた
永倉。始めは断ろうとしたが、やはり、大儀を持って戦うことに生きる場所を
求めて、加わることになる。

諜報戦とかわくわく~と思って読んでみた。
それぞれにキャラ造形されてて、これはテレビドラマ化とか映画化を狙っての
感じなのかなあ。それともアニメ化? 動の永倉、静の藤江、秘めた情熱持つ
大物の緒方竹虎、一見無害なおじいちゃんに見えて凄腕運転手、狙撃も得意だよ、
って感じ。

それぞれ面白く読んだ。
けどちょっと私の好みとしては、この、序盤って感じの一冊では惚れ込むほど
には至らなかった。重苦しい長編のがこういうのだと好きなんだよ。
でも序盤だからこそ一話完結って感じで読みやすく整えているのかな。

舞台が戦後日本ということで、なんか、こう、微妙に辛い。フィクションとして
割り切るにはなんか、考えてしまうことが多すぎる。うーん。
あと懐メロというか歌謡曲のタイトルが、なんかこう時代を表すものとしてだか
イメージを誘うためだか、歌詞とともに書いてあるんだけど、私にはなんだか
それがすごい雑音に思えてしまって嫌だった。うーん。

藤江くんの方がハンサムらしいけれども、あんまりピンと来ないし。これは
もしかして映像化になってすごい好みの顔!ってなったらハマるのかもしれない。
ということで、面白さ満足感、私にはほどほどでした。


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『オデッサ・ファイル』(フレデリック・フォーサイス/角川文庫)

*ネタバレ、結末まで触れています

『オデッサ・ファイル』(フレデリック・フォーサイス/角川文庫)


「「オデッサ」とはナチス親衛隊、SSのメンバーの救済を目的とする秘密組織の
ことである」
1963年、西ドイツ。フリーのライターであるペーター・ミラーは偶然、死亡した
老人の日記を手に入れる。それはユダヤ人としてかつてナチに収容所で酷い目に
合わされた記録であり、いまだ生き延びてのうのうとしている戦犯を告発する
ものだった。
ミラーは自国の歴史と改めて向き合い、ロシュマンというかつてリガの収容所
所長であった男を追いつめてゆく。

『ジャッカルの日』がとっても面白かったのでもう一つ読んでみようと思って。
これも1974年に映画になってるけれど私は見たことないと思う。見たいなあ。
私が読んだこの文庫は1980年初版、39版発行。実際出たのは1972年なのかな?

ナチのユダヤ人大虐殺みたいなことが、ちゃんと広く知れ渡るのは時間が
かかっていた、ってことなのかなあ。それを認めたくない、かつて隣人だった人、
かつて自分がかかわったこと、というのに目をそむけていなくては生きていけない
ということも、確かにあるんだろう。
ミラーがあちこちへ話を聞きに行ってもそっけなくされたり、わかりませんねと
あしらわれたり。それでもきちんと手ががりを追っていけたり。

生き延びていった元SSはちっとも反省なんかしてなかったり。エジプトでさらに
イスラエル殲滅を企んでいるとか、それを阻止しようとするモサドだとか。
モサド!イスラエル諜報部!なんかすっごい凄腕揃いってイメージの!

ミラーをオデッサに潜入させようと訓練があったり、スパイものなわくわく要素
もいっぱいでやっぱり面白かった。
前半はかなり、ドイツ、ナチのことが丁寧に描かれていて、辛い感じもあったり。

ミラーがそんなにもこの日記の告発に深い入りしていく動機は、というのが、
実は父を殺したのもロシュマンだったと気付いたからなの、かーというのが
最後の方であかされて、ああ~と思ったり。

ドイツ中をかっこいいジャガーで駆けまわったり、オデッサが差し向ける殺し屋
とかモサドとかいろいろ凄くて、映画だとこういう後半のあたりがかっこよく
描かれているのかなあ。見てみたい。

偶然も重なってのオデッサファイル入手。でも結局ロシュマンは取り逃がして
しまったし、単なるフリーライターであるミラーはそれ以上の追求はできなくて
あとは恋人と平和に暮らしました、というのはしみじみとよかった。
007じゃないものね。

オデッサファイルがある日突然匿名でボン司法局に届いて元SSを見つけ出すのに
役だった、ということは事実なのかなあ。フォーサイスの小説通りな事が
いくつかは事実だった、とか。ほんと凄いわ。なんで、そう、こう、ルポで
ありフィクションであり、という、こんなのがエンタテイメントに仕上げられる
のか。ほんと。英国。。。こわ。凄い。面白かった。

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『見て学ぶアメリカ文化とイギリス文化』(藤枝善之編著/近代映画社 スクリーン新書)


『見て学ぶアメリカ文化とイギリス文化』(藤枝善之編著/近代映画社 スクリーン新書)

「映画で教養をみがく」というサブタイトル。


「本書は、映画(洋画)ファンの教養書として、また英米文化を学ぶ学生の
授業用教材として企画されました」

とのことで、アメリカとイギリスとの映画の中からその文化の紹介が簡単に
わかりやすく紹介されてました。

第一章 愛と欲望のアメリカ
第二章 祈りと暴力のアメリカ
第三章 女王陛下とパブのイギリス

てことで、アメリカのほうが多いですね。教材に使ってくださいねってことで
それぞれの映画紹介のあとに参考文献もあり。映画見てざっくりお話して、
参考文献も紹介して一般教養のテキストとしてどうぞって感じかなあ。
紹介されている映画も古典的なのもあればわりと最近だなーというのもあり。
30本の映画。私は見たことあるのもそれなりにあって、なるほどと思う。
まーでもさらっと短くまとめてるので、ん~そうですね、という感じ。
知ってることというか、ほんと、入門的にさらっとしてる。映画評ってわけで
なくて、文化紹介、ね。

アメリカのほうが若さ信仰があからさまに根深い、とか、ホモフォビアの
マッチョ志向は新大陸へ渡ってきてどんどん西部開拓していって、という
強くたくましい男じゃなきゃ役立たずみたいなところから、とか。
なるほどそっかなーとか。
まあもちろんこれはざっくり短くまとめてるわけで、ここからさらに興味持った
ことを追及していきましょうねって感じかなあ。

イギリス、ヴィクトリア朝に「清潔」の概念が強くなった、っていうのは
そっかーそういえばそういう頃なのかと知った。伝染病とか疫病との戦いで
あったんだな。家庭を清潔に保つ、という家庭崇拝の理念がもっぱら女性に
押し付けられていた、女性を家庭に閉じ込め行動の自由を奪うことの正当化
でもあった、という。あ~そういう一面もあるのか。

まあ時代は違ってくるけどこの前見たサフラジェットでも、ダウントン・アビー
なんかでも、女性もがっつりしっかり働いてるけど、でも、閉じ込められてる感は
すごくあるよなあ。
社会の平等って、難しい。

さっくり読めて面白かったけど、やっぱりもうちょっと物足りない、と思うので
やっぱりいろいろと、もっと映画も本も見たり読んだりしないとな。

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『ジャッカルの日』(フレデリック・フォーサイス/角川文庫)

*ネタバレ、結末まで触れています。


『ジャッカルの日』(フレデリック・フォーサイス/角川文庫)


フランス。ドゴール大統領は何度も暗殺の危機にあっていた。OASという組織は
フランスがアルジェリアを放棄することに憤り、ドゴールを独裁者とみなして
革命を行おうとしていた。
だが、6回もの暗殺計画の失敗、続出する逮捕者によってOASは弱体化する。
ロダンは極秘密裏に最後の手段を考え出す。組織の内部には裏切り者も多い。
誰も知らない凄腕の暗殺者を雇うのだ。


映画の「ジャッカルの日」をちょっと前に見たらびっくりするほど面白かった。
午後ローだったのでカットや細切れだったのだろうと思うけどそれでもすっごい
面白い何だこれ、と感動したので、本も読んでみようと思って読みました。

映画を見た後なのでもう内容をおおまかに知っているのに、読んでもめっちゃ
面白かった! 凄い!

1971年だとか、この文庫も1979年の訳かな、それから41版とかになってる。
名前程度は知っていて面白い傑作らしいなーとはいえ、自分が実際読んでちゃんと
面白いと思えるかどうかは別なんだけれども、ほんっとこれ面白かった~。

ジャッカルも慎重緻密綿密周到なな準備するプロ。パスポートの偽造や特別あつらえ
の銃を準備するのとかも面白い。依頼される方もプロだけど、悪なりに脅しを
かけようものならさっくり殺されちゃう。きゃー。
そしてフランスの、警察側も、OASを見張る中で不審な動きに気づき、情報を
得て絶対暗殺阻止せねば。でも大統領は警戒に協力的じゃないし。タイヘン。
そんな中で極秘捜査を命じられるルベル警視。
んも~。ルベルが出てきてからの、ジャッカルを追う、追われるのドキドキが
すっごい最高面白くて、読みながらハアハア(*´Д`)興奮しっぱなしだった。
地道な捜査の中から情報見つけ出していくんだけど、上の方に報告するたびに
情報がもれてジャッカルはすり抜けていく。
追うほうも追われるほうもどっちも凄くて、どっちもがんばれ~って思うし
どっちもかっこいいし~~~っ。
有能なプロたちの駆け引きって最高面白い。
バカなのは情報だだ漏れさせちゃう傲慢なサンクレア大佐くらいかな~。
英国も問い合わせ受けて慎重に調べて情報を得て、っていうそんなこんなも
たまらん。面白い。
フィルビー事件のごたごたがあってさーみたいな話もちらっと出てきて、
あああああ~それな!キム・フィルビーでしょ!きゃーっ、みたいな。
興奮するわあ。今読めて楽しかった。

著者はもともとジャーナリストだったそうで、この小説デビュー作、ドキュメント風
で、実際に起きた事件も混ぜ込まれているらしい。私は社会情勢とか事件とか
詳しくないしわかんないんだけれども、これ発表当時とか実際の事件とかフランス
に詳しいとかだったら興奮度はもっともっとすっごいんだろうなあ。

大統領暗殺の日はパリ解放記念日。その日、ドゴールは絶対に式典を行うと
確信をもって、ジャッカルは計算し動き、それに気づいたルベル達も最善の
警備をしく。
それでも、ささやかなヒューマンエラーは起こるし、ちょっとした偶然で運命は
変わる。
大統領が儀式的なキスのために少し身をかがめたことで銃弾を免れる。
そんな。
そんなーっ

ってことでついにルベルは間に合ってジャッカルのほうが銃弾に倒れる。
本当の名前も、どの国の人間なのかも不明のまま、ひっそりと葬られる。
その時いた男というのはこれはやっぱりルベルなんだろうなあ。ついに対面して
互いを認めあった瞬間、互いの名前だけを呟いたプロ同士な二人。
ジャッカルの準備は数カ月かかったけど、ルベルにとっては一か月足らずの
攻防劇。その、時間が一日一日過ぎていくのが描かれてヒリヒリする思いで
読みおえた。面白かった。はー。

映画ももう一回ちゃんと見直したい。ルベルの助手くん、カルロも有能でさ~。
映画だとちょっと変わってる所あったよなと思う。見直したい。
しあわせな映画+読書でした。

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『臨床の詩学』(春日武彦/医学書院)

『臨床の詩学』(春日武彦/医学書院)


医療当事者として、患者との面接の時のなんでもないように思える会話、言葉の
エピソード交えての、言葉が詩の力を持つ不思議、みたいなことを書いてる、
エッセイ、かなあ。

こんなにも沢山の本を読んでいて覚えていて適切にというかなんというか、
エピソードと作品の引用と、書けるんだなあ、と感心。そんなにちゃんと沢山の
本の内容を、覚えてるんだなあ。
私、記憶力が、ないから。。。
まあ、自分と比べても仕方ないわ頭の出来が違いすぎるわ。

精神が大変になっちゃう人達とこんなやり取りしてて大変だなあと思ったり、
人はなんだかいろんな、ほんっといろんな風になっちゃったりするんだなあと
思ったり、でもそれでも回復したり、折り合いつける方法を見つけたり、
単純に年をとってパワーがなくなるとか、あ~狂気に陥るにもパワーがいる、
と思ったり。
ほんとにいろんなことがあるなあって思う。
なんかもう、いろいろあって仕方ないんだなって思う。

言葉の力というか、詩的な力というのはあると思う。
でもそれって簡単には操れなくて、まあ、だから素晴らしいでもなり尊いでもなり。
たくさんの言葉とか、たくさんの在り様を、知って自分の中でふっとした時に
力にできるといいな。

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『運のいい日』(バリー・ライガ/創元推理文庫)

*ネタバレ、かな? ネタバレどうのこうのって本じゃないと思うけど。

『運のいい日』(バリー・ライガ/創元推理文庫)


『さよなら、シリアルキラー』に始まる三部作、大好きだった。その前日譚な
短編集が出たので嬉しい~!と読む。日本オリジナル短編集、だそうで、
本国じゃ一冊にまとまってないものってことなのかな? 有難い。

ジャズは高校生。ハウイーはジャズの唯一の友達。コニ―はジャズの恋人。
それぞれ視点の短編三つと、保安官がビリー・デントを捕まえる「運のいい日」
という中編、って感じの4つのお話が入ってる。

これまでのを読んでいるので、ああ、こういうことが、こんな日が、あったのか
と感慨にふけりながら読んだ。いきなりこの短編集だけ読むっていうのは、
どーなんだろ。「運のいい日」は問題ないと思うけど、まあ、ジャズたちの
お話も青春高校生の断片として読めて大丈夫な気がする。
私個人的には、ああ、ああ、ああ~こんな日があって。そしてああなって、って
うるる感慨にふけりまくって、という楽しみができてよかった。

ジャズの運命はあまりにも過酷で、サイコパスシリアルキラーな父に丁重に
育てられて、そして、というのがほんともう大変すぎるだろ、と、この設定を
思えば思うほど本当に辛い気持ちになる。
でも、ジャズにはこんな友達と恋人がいるんだ、っていうの、すごく、いい。
ほんっと、青春小説だなあ。
保安官の話はくたびれた大人小説だけどさ。

三部作は、ちょっと終盤失速した気が私はしたような覚えがあるけど、でも
このシリーズ読んだのは物凄くよかった。この短編集も出てくれてほんと嬉しい。
大好き。

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