『悲しみのイレーヌ』(ピエール・ルメートル/文春文庫)

*ネタバレ、結末まで触れています。


『悲しみのイレーヌ』(ピエール・ルメートル/文春文庫)


 なんだか評判よくて名前は見たことあるって思うルメートル。初読み。この作品がデビュー作で、カミーユ・ヴェルーヴェン警部シリーズって3作出てるみたい。でも翻訳では『その女アレックス』というのが先に出たみたい。んん? ともあれ、まずはこれを読んでみようかなと、手に取りました。


 カミーユ・ヴェルーヴァン警部。パリ警視庁にオフィス、自分のチームを持つ警部。40代なのかな。愛する妻、イレーヌは妊娠中。
 ある朝、ルイという部下から電話が入る。優秀な部下。だがその彼がこんなのは見たことがない、と、いう残酷な事件が起きる。若い女性二人が殺され、死体はバラバラ、血みどろの現場には不可解なことばかりだった。

 そんなこんなで、事件は連続猟奇殺人だとわかり、警察が捜査を進め。という王道なミステリ。
 カミーユは、母が画家、その母の妊娠中の煙草の不摂生の影響で、身長が145センチほどしかない、ちょっと特徴的な外見ながら、優秀な成果をあげてチームを指揮している。
 ルイは、由緒ある資産家の出で、ブロンドでエレガントでスリムでデリケート。自分の産まれに甘んじるよりは「つらい仕事」をするべきなのではとある時思い立って警官になった、というキャラ。驕らず、忍耐強く、優秀。カミーユの部下の中で一番に信頼されている。
 これは惚れる~。こんなハンサムキャラがいるとは。ってことで、ルイくんに注目~なんて甘い気分で読み始めたのだけれども。

 タイトルが『悲しみのイレーヌ』なわけで。カミーユ警部の妻が、愛する妻が、イレーヌで。妊娠している。と、くると、もう序盤からこれは、悲しいことになるってことは……と思いつつ読むことになるわけで。このタイトルでいいのかよ……。辛かった……。まあ、イレーヌとの結婚をいかに大事に思ってるかとか、イレーヌがどんなに美しく素晴らしい女性かとか、描写される旅に、でもでも彼女はどうなってしまうのか……と怯える。そして、終盤には怒涛の勢いで、イレーヌが犯人に攫われ、となって。ああああ……。

 そして、第一部、第二部という構成なんだけど、やたら第一部の方が長いんだなあと思ってると、実は、この第一部って、犯人が書いた手記というか小説で、過去のミステリ作になぞられて殺人事件を起こし、それはでも実は自分の小説として描き出す事件で、そして最後に自分の小説になぞらえてイレーヌを殺す、という、そういう仕掛けだったのかと、わかる。

 あんまりじゃないか。と、茫然とした。
 イレーヌがやっぱりそんな目に、という残酷さと、今まで私が読んできたものは何だったんだ、という手酷い裏切り。愚弄された気分。これまでのカミーユや、部下たちや、事件、人物描写、それって犯人の、ゲスい新聞記者の、小説を、今まで私は読んできたのかよ。
 じゃあ本当のカミーユは? 本当のルイは? いや、本当って。何が。何が。何が。
 そんなこんなのショックがたまんなかった。こんな風に騙されるなんて。めちゃめちゃ面白かった……。凄い。

 で、これ、シリーズってことで。この、こんな、事件のあとに、カミーユはどうなってんだよ。どう描かれていくんだろう、この次には??? ってすっごい気になる。読みたい。すぐ読みたい。
 でもこれ、本国では2006年刊、そして次作は2011年に出てるみたい。5年も間があいてたのかあ。まあでも、これここで終りってことでもいいというか、すごいこの、突き放された感が物凄くたまらないわけで、これ読んだあと5年後に、続きというか、シリーズとなって出た衝撃みたいなのも思って、いやあ。面白かっただろうなあ。今、その気になれば一気読み出来るっていうしあわせもあるけれど。

 この文庫は2015年刊行。二作目の方が先に翻訳出たんだね。そしてすごく面白いって賞というかベストにやたら選ばれてたのは知ってる。読むの楽しみ。どーなってるんだろうカミーユ警部……。


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『人魚と十六夜の魔法』(白鷺あおい/創元推理文庫)

 8月はいろいろなことが色々とあり過ぎて日記もすっかりご無沙汰してるな。
一応一段落はして、合間に映画も見てて、感想メモもおいおい書くとして。まずは先日読み終えたこれメモっておく。


*ネタバレ、結末まで触れています。


『人魚と十六夜の魔法』(白鷺あおい/創元推理文庫)


 ぬばたまおろち、しらたまおろち の第二作目ですね。待ってました~。8月の色々を乗り越えたら読もうとお楽しみにしてた。

 ディア―ヌ学院の春。新入生が入学してくる春で始まる。中等部、高等部がある学院。中学一年生の桜子たちに、高等部一年である綾乃たちがオリエンテーションをする所から始まる。
今回、視点が、綾乃だけではなく、その中学一年生たち、景山桜子たちと、前回から引き続き主役ってことかな、「わたし」である綾乃と、変わりながら話が進んでいく。

 登場人物も増えるし話の筋もあちこちいくし、ロシアからの転校生がやってくるしで、すごくたくさんたくさん盛り沢山の要素がもりもりなのに、すいすい読めて凄い。章変わりにお花❁と蛇🐍にょろ~なマークが入ってて、それで区別もつけられる。けど普通に読んでても読みやすいです。楽しい。

 今回はすっかり基本的に学園もの、という感じ。で、日常系ミステリで、妖魅、ファンタジーで、民族学的なこともあり、ロシアや吸血鬼なんて遠い国の妖魅も登場、人魚は小川未明の「赤い蝋燭と人魚」で、でもその解釈を巡ってのあれこれ考察とか、んで、ちょっとほんのり恋とか嫉妬とか、ええと、今こうして書き出していても、そんなに要素いっぱいでいいのかって感じだ。けれども、ちゃんと出来上がりは美味しくいただける一皿でございますという、ほんと、作者の力技なのか。。。面白いです。面白かったです。

 妖魅についての解釈が、ちゃんと今現代の、綾乃とかの目を通じて語られるので、とっても今の普通にわかる感覚としてはこういう解釈かも、という感じが面白い。
 アロウと雪之丞も単に一つになったわけではなく、二重人格的な感じなのかな? その辺とかまた続きが出て読ませて欲しいし~。成長していくにつれて、自分の中の自分に嫉妬とかすっごいややこしそうで気になる。いつまでもプラトニックではいられないのでは、とか、あ~これはよしこまな人間であるワタシが腐ってるせいですごめんなさい。

 ロシアからの転校生を追って、吸血鬼が、とかで、対決というか戦いもあって、それも上手くて面白かった。でも個人的好みだけど、アクションシーンが!もっと欲しい!なんかクライマックスな戦いの肝心な決着の所で光に包まれて場面転換みたいな、低予算映画で本格アクションはCG厳しいのでいい感じにフェイドアウトしました、みたいな肩透かしをくらった気分。
 でもまーこれは私が戦いとか好きだから、そこは殺せ、とか思ってしまうから、な。このお話としては、ここでより優しいというか、まあほんとは優しいわけじゃなくて、生き続けていくのそーとー辛い厳しいことになるよなとは思いつつ、まあ、一応は、生きていく、という道になるというのはわかる。
 そこで殺せよ、っていうのは一時のカタルシスかなあ。ともあれ学園もので彼女らは未成年で、って思うとこっちになって、でも厳しくて、というのもわかる。
 しかしそこ、ハリポタなら対決して死だろ~と思う、と、ハリポタの容赦ない加減もなかなか凄く思える。まあ帯で煽られるけど作品としては全然テイストは違うと思う。

 まだ続くかなあ。続いて欲しいなあ。綾乃がちゃんと成長して学院を出ていく、雪と、という感じで卒業まで描いて欲しいなあ。
 まだ今の所、学院の中の彼女たち生徒たちは勿論子どもで、子どもだからこその、あーもーそこは、自分らが、自分が、一人で勝手になんとかしたいとかじゃなくて、とツッコミたいこと山盛りで、あ~10代の子たちときたら、という感じでそのハラハラがドキドキです。成長していく姿が見たいかなあ。

 ともあれお楽しみを読み終わってしまった。8月が終わる。長い8月だった。暑過ぎる夏がまだ続くかなあ。秋が待ち遠しい。


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『サイモンvs人類平等化計画』(ベッキー・アルバータリ/岩波書店)

*ネタバレ、結末まで触れています。


『サイモンvs人類平等化計画』(ベッキー・アルバータリ/岩波書店)


 サイモンはごく普通の高校生。16歳だっけ、17かな。友達のニック、リアとつるんでる。アビーという転校生とも仲良くなってる4人グループ。他にもランチの時同じテーブルになる仲間もいる。
 ある日とんでもないヘマをやらかしてしまった。図書館のパソコンでメールチェックしたあと、ログアウトしてなかったのだ。マーティンはそのメールを見てしまったという。それはお互い匿名でやりとりしてる、ブルーとのメール。ブルーに恋し始めているサイモン。サイモンとブルーはゲイという秘密を共有しているのが、マーティンにバレた。そして、アビーと仲良くなりたいから協力してくれないか、と。それって脅迫されてるんだよな? サイモンは仕方なくマーティンをアビーたちとの遊びに誘うようになる。

 2017年刊。
 これ、映画になってて、その映画「Love, Simon」が今年アメリカ公開になってて、とても評判よさそう。すごく見たい。と思ってた所、この原作がちゃんと翻訳されていることを知って読んでみた。
 
 タイトルの「人類平等化計画」というのは、サイモンが、なんでゲイばっかカミングアウトするかどうか悩まなきゃいけないわけ? 異性愛の人もみんな、自分のセクシャリティ平等に宣言するとかならいいのにね、みたいに言ってた感じ。そうだよな~。ゲイだ、と自覚して、それから、カミングアウトするかどうか、って、またもう一段悩まなくちゃいけないの、たいへん。カミングアウトするかどうかって悩みなくなるといいのに。

 で。これ、も~~~~すっごい!胸きゅん青春物語!
 友達グループが、恋をする年齢になってきてちょっとバランス壊れそうとか、新たな人間関係とか、学校という場とか。
 家族。友達。恋。そんなこんなの青春はそこにゲイであることの悩みが+されてもやっぱ普遍的なんだなあと思う。それでも、やはり今、2017年だとかだからこその描かれ方で、ずっとサイモンのモノローグなんだけど、その喋るような口調の感じとか、タンブラーとかテキストのやりとりとか、ハリーポッターは全員必修みたいな感じとか、ゲイであることそのものは別に珍しくもないけど、でもやっぱ実際カミングアウトってなるとそれぞれ個人としては大問題なわけで、とか。すごく今なんだなあと思う。
 そして今、であってもやっぱり、ゲイ差別というか、からかうバカはいるし、そう、やんわりとした脅迫に使っちゃうマーティンとかなー。ゲイだからっていうか、恋愛ネタって感じくらいに思ってたのかマーティン、って感じだけど、でもやっぱり、勿論まだ完全にフラットなわけにはいかないんだよなあ。

 カミングアウトをするか、しないか。それは極めて個人的な問題で、マーティンがしたことは絶対に酷い悪い最悪なこと。学校裏掲示板的、なんだろうね、タンブラーへ勝手な暴露書き込みして。妹がそれを見て教えてくれるとか、そのせいで、サイモンは家族や友達にもう自分から言うしかないってことに追い込まれる。マーティンがしたことを勿論許せない。でもマーティンにも極悪人ってことじゃなくてやっぱ若くて自分の恋の問題でヤケにもなって、兄がゲイだってことで家族の中でもまあたぶんいろいろあって、な、なんだかんだの面白くないムカつく秘密バラしちゃえ、っていう、その、その、そうしちゃった感じっていうのはわかるんだよなあ。でもそんなの、わかるよって許せることじゃない。
 幸い、サイモンはラブラブを手に入れて両親や兄弟や友達には恵まれてて。いつか、遠いいつかにはマーティンを許せるのかもしれない。

 カミングアウトを受けた両親というものの描写も、なるほど今ってこういう感じ、か。こういう感じが理想というか、望ましいというか、こういう感じならあり、ってことかなあと思いながら読んだ。
 サイモンの家族はかなり仲良し。両親も姉、妹とも。家族だけでのくだらない遊びに一緒に夢中になったりする。でも姉は大学生で家を出てる。両親は子どもたちの成長を喜び見守り、親しみやすい良い親であろうとしている。カミングアウト前には、父親はゲイ絡みでジョークを言ったりしてて。それは悪気ないつもりのもので、サイモンも殊更ひどくそれで傷ついてるわけではないけれども、カミングアウト受けて、父は、悪かったって謝罪する。
物凄く完璧な幸せな家庭というわけではないにせよ、ごくありきたりに、こういうおうち、こういう家族、こういう子どもたち、いそうな感じがするなあという世界なんだよね。
 そういう、ドラマとしては平凡なような、普通っぽさ、の中で、でもとても丁寧に、真摯に、よりよくあるといいなと思える理想が描かれていると思った。

 ブルーとのメールのやりとりの中で、サイモンがどんどんブルーに夢中になって恋しちゃって、もしかしてブルーはカルなんじゃないかなとかドキドキしていくのにつれて読んでるこっちもすっごいドキドキが高まっていく。ああ~~恋~~。恋だねえ。いいねえ。
 ブルーが誰なのか、というのはかなり引っ張られる。私はわかんなかったなあ。ランチ友達でサッカーやってるブラムくんね。途中では全然ひっかからないキャラだったよ。そういう、ブルーは誰か、というちょっとミステリ要素っていう雰囲気も楽しかった。
 そして、無事お互い顔を合わせて。キスをして。ってゆ~~~~おしまいのほうの~~~胸きゅんときめき~~~すっごく可愛くてよかった。幸せになってくれ。10代バカップル誕生素晴らしいよ。
 
 ヤングアダルト分類なので、実際10代の子がこういう本を読んでときめいたり考えたりできるといいよねえ。映画も見たいなあ。日本にも来ないかなあ。見せてくれ~。
 アメリカの高校生たちってこんななのか? というのを読むのも楽しかった。基本的にはコメディというか、サイモンはあんまり悲観的じゃなくて、ちゃんと楽しむしちゃんといい子だし適度にダメっぽかったりもして。すごく好きになれた。いいもの読みました。

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『泥濘』(黒川博行/文藝春秋)

*ネタバレ、結末まで触れています。


『泥濘』(黒川博行/文藝春秋)


疫病神シリーズ、第7弾、らしい。「ぬかるみ」ね。
たぶん全部読んできてる。けどまあこのシリーズは大体一応の決着はつくので大丈夫と思う。

 建築コンサルタントの二宮企画で、だがほとんど仕事もなくオカメインコのマキちゃんとぼんやりしている二宮の所へ、桑原がやってきた。以前、二宮がサバキを頼んだことがある伝手で、白姚会に案内を頼むという。
 歯医者の診療報酬詐欺、不正受給の新聞記事。老人ホーム。桑原がシノギのネタを嗅ぎつけた所に二宮はまた巻き込まれていく。関わりがあるのはヤクザだけじゃない、警察OBやオレオレ詐欺等、事態はどんどん泥沼に。

 てことで、最初はただ紹介する案内するだけだった白姚会と、桑原はいきなりガツンとやり合い始め二宮くんはとばっちりで怪我、ふらふら。それでも成り行き上、桑原のあがりの一割をもらう、と、とことん付き合う羽目に。
 ってもー、またもう、だから桑原と付き合うのはやめておけと、みんなに散々言われてるのにやっぱりついていっちゃう。桑原さんも、嶋田さんまで担ぎ出して手打ちにするはずが、どんどんイケイケでしつこい。こんとこのコンビの腐れ縁の突っ走りっぷり最高!
 二宮くんと桑原さんさあ、すごい嫌い嫌い言いながら大好きなんだろ、という、この、これ、この感じはどこまで作者の思惑なのかどうか、わかんない。すごいよなあ。キャラの魅力が完全に出来上がってて、この二人の掛け合いってもう作者もなんも考えなくても二人が勝手に喋り出す、みたいな所なんじゃないのかなあ。ほんと二人見てると飽きない。二人だけじゃなくてレギュラーキャラたちもね。中川とか嶋田さんとかユキとかももうそれぞれキャラが勝手に喋ってるんじゃないかって思う。
 あちこち美味しいもの食べに行くのも相変わらずで。これホントにあるお店たちなんだろうか。グルメ案内~。こんなにあちこちでガンガンぶつかって怪我もしまくりなのによく食べるしどんどん動く。すごい面白い。

 表紙ひらいた内側の所に、桑原が心肺停止、ってな文字があっていきなりびっくりしながら読んだ。もしかしてほんとに? シリーズ終りにしようとしてる?? とドキドキしながら読みました。実施桑原さんがどんどん行くので、これ、殺されるやろ……と思うには十分。終りのほうで跳ねっ帰りに勢いで撃たれてしまった。
 危ないところだったけれどもなんとか、一命はとりとめたようでよかった。二宮くんとはまたしばらく会わないみたいだけれども。シリーズは続くのか、どうなるんだろう。
 
 桑原に付き合って、金の収支損得勘定しまくってる二宮くん。なんだかんだボロボロになっちゃうのに呼ばれてついていっちゃう二宮くん。カタギだけれどもヤクザにどうにも惚れちゃってる二宮くん。この、自分はまともなつもりなのに破滅的な感じが桑原さんと相性ええんやろなあ。すごいそそる。二宮くんに最低最悪大嫌い疫病神扱いの、あとは行動と会話のみの、文字の中だけの人物なのに桑原さんにめっちゃめちゃ凄まじい色気感じる。

 この話どこまで広がるんや。桑原さんどこまでいくんやー。と思ってたけどさすがで、これも一応話は一段落ついた。広げた風呂敷強引にでも畳んで見せるのほんと上手い。さすがベテラン。面白かった。桑原さん元気になってね。また続き出るといいなあ。

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『僕が殺した人と僕を殺した人』(東山彰良/文藝春秋)

*ネタバレ、結末まで触れています。


『僕が殺した人と僕を殺した人』(東山彰良/文藝春秋)


 2017年刊。

 1984年。わたしたちは13歳だった。
 過去と、今、2015年ふたつの時間。台湾での少年時代と、少年を7人殺した連続殺人事件。
 犯人は。あの頃は。今、わたしは。

 ツイッターで、これは素晴らしいメリバBL小説!という紹介ツイートが流れてきて、記事はバレがこわくて読まなかったけれども、なんだか興味をとってもそそられる~と思って読んでみました。東山彰良、初めて読む。

 サックマン、と呼ばれる、少年を狙った連続殺人犯の、8番目の犠牲者になりかけたデューイ・コナーはたまたま近くにいた警官に助けられ、犯人は捕まるとあっさり犯行を自白した。2015年。
 1984年。兄が事故というか事件で亡くなってしまい、精神のバランスが壊れてしまった母を、父はしばらくアメリカへ連れて行ってみることにした。ユンは、近所のアホンさんのうちへ預けられることになった。アホンさんの牛麺屋をよく手伝いにいっていた。その家のアガンとは友達。その頃、ご近所づきあいとはそういう、みんなが助け合う大きな家族のようなものだった。

 少年時代の主人公はユン。というか、全体通して主に、ユンの物語かなあ。少年時代の、友達。仲間。喧嘩して競い合って、バカげた遊びに熱中して、大人に叱られる悪い事もして。親がいなくなり、不安で、でもアガンやジェイとつるんで最高の夏休みを過ごした時間。

 途中まで、少年殺害の犯人はジェイだろうと思わされる。それが違った、とわかった瞬間の鮮やかにああ騙されていた、という快感凄かった。
 人形劇を子どもを誘う手口の一つとして使っていたり、二人きりでビデオを見ていた時、唐突にユンにキスをしたりするジェイ。少年愛というか同性愛の傾向? というミスリード。それが、実は犯人はユンの方で、国際弁護士となっているジェイが、アガンに頼まれたこともあってユンのもとを訪ね、弁護してやろうとする。
 かつて、ジェイを殴る義父を3人で殺そうという計画をたてた仲間だった。毒蛇を使って、事故にみせかけて。だが、思いがけず毒蛇はアガンの父、ホアンを死なせてしまう。計画は狂い、3人の仲も壊れる。

 その時、その頃、何があったのか。現在の時間から振り返るように小出しにいろんな展開がにおわされて、そして過去を読む。すごくひきが上手くて面白くて、一気読みしてしまった。少年たちよ……。
 まだ子ども扱いされる。けれどもう子供ではない。大人の支配下にいなくてはならないことにどうしようもなく怒り渦巻き、なんとかしようとする考えはあまりにも視野が狭く愚かだ。でも、大事な友達のため。大事な自分たちのため。計画は現実へとうつされる。
 ユンは、だが、仲間割れの報いで酷い怪我を負って二年、意識不明の状態だったようだ。

 大人になったジェイは、弁護士となり、パートナーも得ている。同性愛者であることの苦悩は乗り越えて、よきパートナーを得て、そう、今、時代としても、同性愛者であることは、まだ勿論平等ってわけではないが、30年前に比べればずっとマシになっている。何よりジェイはもう大人になっている。

 ユンは。
 意識不明で寝たきりになった2年のせいなのか。激しい損傷で脳のダメージが暴力的な方向へ振れ切ったのか。ユンが何故その犯行に踏み切ったのかは、本当にはわからない。
 ジェイに憧れていたらしいユン。ジェイとの不意のキスが嫌だったのかそうではなかったのか。あの頃、の自分たちである、12歳13歳あたりの少年たちを攫って殺す。それは、あの頃の何か、あの頃の自分、あの頃の世界を取り戻したかったのか。あの頃、で、時間が止まったまま、なのか。ユンが漫画を描こうとしていた、ヒーローたち、悪役たち。それが全てユンの中の人格として犯行し続けたのか。
 ユンとジェイ。二人が初めてあった少年だったころ。始まりを思い出し語り直す物語。


 メリバ、の意味が私、ちゃんとわかっているわけではないのです。メリーバッドエンド。末永く幸せに暮らしましためでたしめでたし、という風なハッピーエンドではなくて不幸な、悲しいエンディングだけれども、その二人にとっては幸せだから、メリー、というか、世界に二人だけの二人にとっては幸せみたいなエンディング、って感じかなあ、と、思ってる。
 ユンは少年を殺し続けた最悪の人間だ。
 でも、ジェイと、ユンと、アガンと。少年のころ、確かに仲間だったことを、この物語は描く。もしもユンが怪我をすることなく普通に成長して大人になっていれば。もしもジェイの義父殺害計画がただの空想の計画のままだったら。もしも不慮の事故でアガンの父が亡くなったりしなければ。同性愛者であることがあれほどの嫌悪や憎悪の対象でなかったら。もしも。もしも。もしも。もうどうしようもないもしもの話をいくら思っても仕方ない。
 ユンは死刑にならなくてはならない。
 ジェイには今は理解ある大事なパートナーがいる。
 もしも。
 ユンとジェイが互いの初恋を初恋として育てられていたら。
 ありえなかった世界。でも、最後に二人はたっぷり語り合ったのだろう。その、物語。

 子ども時代と、最悪の現在と。何より子ども時代のやるせなさ切なさ、でも貧しくて不安だけど最高に眩しい夏休みの事と。とてもとてもよかった。『スタンド・バイ・ミー』的な世界であり。もっともっと物狂おしい世界であり。
すごく面白かった。よかった。読んでよかった。よかったです。


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『IQ』(ジョー・イデ/ハヤカワ文庫)

*ネタバレ、結末まで触れています。


『IQ』(ジョー・イデ/ハヤカワ文庫)


 最初はツイッターで流れてきた紹介で、相棒ものが好きな方、疫病神シリーズとか、と、いくつか挙げられていた中で疫病神シリーズがあって、そういう感じ? と興味をそそられてしまいました。で、他にもさらに評判よさそうで、読んでみよう~と。

 アイゼイア・クインターベイ。通称「IQ」という、名前がタイトルなのかとまず納得。ふざけた呼び名だぜ、みたいな。まだ若い私立探偵。2013年の舞台で20代終りくらいなのかな。ロサンゼルスの黒人社会。ラッパーとかなんだかんだいろいろ。
 プロローグとして、少女誘拐の常習犯の男、それをたまたま見かけたアイゼイアが助ける、という派手めなオープニングがあって、あ~なんかこういう感じ、映画だな。映画化されるかなされるといいな見たいなと思う。

 で、本筋の事件は、超売れっ子大物ラッパー、だった、カル・ライトが命を狙われているらしい。きっと犯人は元妻だ。なんとかしてくれ、という依頼。
 ドッドソンは、レコード関係の実業家、かな。なんかよくわからない胡散臭さ。アイゼイアとは高校生の頃に知り合った。かつてはルームシェアをしていた。ドッドソンは知り合った時から下っ端の薬の売人でいろいろヤバいことにアイゼイアを誘い込んでいった。
 アイゼイアは、兄と暮らしていたのだけれど、たった一人の家族、大好きな兄マーカスが交通事故で目の前で死亡。それから、まだ高校生のアイゼイアはなんとか一人で生きていかざるをえない、と思いこむ。

 時間軸として2013年の今、と、2005年の過去とがある。街の人々のためにタダ同然で便利屋的な探偵をやってるアイゼイア。まだ高校生のアイゼイア。天才少年。
 
 無茶苦茶になってる大物ラッパーカルを狙っているのは誰か。雇われた殺し屋、巨大な犬を使うその男をどう追いつめるか。アイゼイアの天才性、推理。過去の出来事と、いろいろと複雑でよくわからないまま読み進めていって、結末できれいにまとまって感動した。
 ロサンゼルスのシャーロックホームズ、みたいな宣伝文句も見かけた気がするけど、そういう、小さなことから推理を積み重ねて真相にたどり着くみたいな所かなあ。化け物みたいな巨大な犬が出てきたりするから? 私は別にそんなシャーロックホームズっぽいって感じは思わなかったけれども。

 何より、青春小説じゃん、と、読み終わった時には感動した。ドッドソンは実に困ったやつで、悪いんだけど、子どもの頃犬に襲われたトラウマがあって、今も犬が怖くてないちゃうとか、ちょろちょろ金目当てだけみたいにしてるけど本当の根っからの悪人ではないという、魅力。
 兄を失って、ほとんど狂気の域で思いつめているアイゼイアと、てきとーにふらふらしてるだけな感じのドッドソン。そんな10代の少年たちの泥棒稼業が、ついには取り返しのつかない事態を引き起こしてしまう。
 泥棒だけではすまなくなったドッドソンが薬の売人の上の方から金を奪おうとして、人が死ぬ事態になって。子どもも犠牲になった。
 
 アイゼイアとドッドソンで、少しの間はなんだか上手く暮らしていけそうだったんだよね。ドッドソンは部屋をきちんと綺麗に使って掃除をして、素晴らしく料理の才能があってアイゼイアにガンボというご飯作ってふるまったりする。
 ガンボって私は知らなかったんだけれども、アメリカ南部の料理みたい。ピリ辛スープ的な感じで、ライスにかけて食べる感じ? レシピぐぐったらいろいろあった。多分家庭料理とか郷土料理みたい。ともあれ、ドッドソンはそれをちゃんと丁寧に作って、揚げたオクラをそえて、というのすごくおいしそうでよかったなあ。最初の時、アイゼイアは兄を亡くしたショックの中、味はわからない、って感じだったりして、それがまた切ない。二回目食べさせてあげる時にはうまい、って言ったけど、でも、最初の時のことを覚えてないみたいなのがドッドソンはショック、みたいな。
 ドッドソンは昔付き合った相手に料理習ったってことで、テレビで料理の鉄人を見るのが大好きだったり。すごく魅力あるキャラだった。アイゼイアももちろん、ナイーヴな天才で。このコンビの魅力っていうのがまず大成功だと思う。すごく好きになった。
 
 どっちかというと私は、カルの事件より、過去の二人の出会いとか最悪に転がっていってしまうとかの方を熱心に読んだ。こんなことやってられない、って感じでアイゼイアはドッドソンとは距離置いて、高校中退しちゃって、いろんなバイトしまくって知識技術を増やしていって、大人になってこんな風なのかあとわかる。
 ドッドソンの方がまだあんまりわからないかな。ちょっとは語られてたけど、基本アイゼイア主人公なので。でもいっぺんに何もかもって書かれても読む方も困る。次作もあるみたいだからシリーズになっていってくれるといいなあ。で、ドッドソンのことももっといろいろ描かれるといいな。
 ドッドソンは自分が引き起こしたことのとばっちりで関係ない人が死ぬことになって子供が犠牲になって、ってことをまるで気にしてないように忘れてるかのようにしてるのに、最後の最後、その巻き添えで怪我した子、フラーコが、もうじき18歳になるから、ということで、グループホームを出なくちゃいけなくて、その彼の暮らしを支えたいってアイゼイアがお金必要ってことでこのカルの事件を引き受けたのがそもそもなんだけど。ドッドソンが、ほんとはフラーコのこと忘れてなんかなくて、彼のために資金ためて増やして、ってやってきてて、それを、アイゼイアにさり気なく差し出すんだよ。
 泣かされた。

 全体的にぶっきらぼうな文体で、そっけなくて、私はとても好きな文だった。それで、ほんと、この締め方には参った。

 アイゼイアは本当に兄、マーカスが大好きで、彼を目の前で失って、傷付いたなんてもんじゃなくて、どうしようもなくて。めちゃくちゃだった時期の最後に、フラーコのために何か、助けられないか、としたことで、自分自身も意図せず癒していったんだよなあ。苦しくて苦しくてどうしようもなくて、酷いことして酷いことになって。フラーコにとってもとてつもなく酷い事なんだけど。それでも生きる。うっかりすればあまりにも陳腐なお淚頂戴になることだけど、それをこんな風に読ませる作品凄い。とても深く私には刺さってきた。読んでよかった。

 エピローグでは、アイゼイアが一時マーカスをひき逃げした車として探そうとしていた車が廃車になって置かれてるのに気が付いた所で終わってた。これ、アイゼイアはまた犯人探ししちゃうのか、この廃車のようにただ葬るしかないという感じなのか、ちょっと、わからない。次作あるらしい。続きなのかなあ? 読みたい~~翻訳早く欲しい~。お願いしますお待ちしてます。

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『ドクター・スリープ』 (スティーヴン・キング/文藝春秋)

*ネタバレ、結末まで触れています。


『ドクター・スリープ』 (スティーヴン・キング/文藝春秋)


 ダン・トランスは“かがやき”を持つ少年だった。閉ざされた冬のホテルでの恐ろしい出来事から30年。大人になったダニーは放浪していた。だが小さな町でようやく落ち着く。自身のアルコール中毒に向き合い、ホスピスで眠りにつく人の助けをしていた。
 アブラ・ストーンもまた“かがやき”を持つ少女だった。しかもとびっきり強い力を。ダンと実際に出会う前、アブラが赤ん坊の頃から、ダンとの心の接触はあった。
 <真結族(トゥルーノット)>は“かがやき”を持つ人間の「命気(スチーム」」生命力のようなもの?を吸ってはるばるとした長寿を得ている者たち。そのリーダーであるローズは、衰えゆく<真結族>のためにも強い「命気」を持つアブラを知り、狙う。ダンはアブラのよき教師となり守ることができるのか。


 ユアン・マクレガー主演で映画化になるらしい、というのを知って、え、『シャイニング』の続編か、というのを知って、読んでみた。2015年刊ですね。
 『シャイニング』多分映画を見たことが、ある、多分。で、本を読んだ。読んだな、かなり昔に、と思う。キングも一時すごくハマって読んでいたけれども、だいぶ遠ざかっていて、物凄く久しぶりに読んでみた。キングの世界観は実は繋がっていてとか、なんかそういうのはうっすら聞いたことはあるけど、あんまりもう、そういうのおっかけたりは私は出来ない。最近映画で「IT」や「ダーク・タワー」見たけど、ん~、まあ、もう私はあんまりそこを求めないというか。
 で。ともあれ、久しぶりに読んでみた。

 あんまり、ホラーではないですね。そもそもホラーではないんだっけ、シャイニング。。。わからない。。。最初の頃の、ダンがまだ子どもで、あのホテルのお化けが追ってくる、って感じはホラーっぽい感じだけれども、それを金庫に封じる、という方法を教わってなんとか対処。生き延びていく。
 でもアルコールでボロボロになり、“かがやき”もかつてほどはなくなり。それはいいことかもしれないけど。普通にまっとうに、生きるということが難しい中年となったダンが、まだ幼い少女を守って、<真結族>と戦い、滅ぼす、という。冒険活劇?
 
 二段組上下巻でたっぷりなんだけれども、さすが面白くて読み易くて、なんかいろいろ荒唐無稽な超能力な感じと、現実感と、うまいよなあと思う。
 まだ子どものアブラを守ろうとするまともな大人、の話でよかった。アブラは誰よりも強い力を持っているけれども、12歳くらいなので、あぶなっかしい。親とか助けになってくれる同僚なんかが普通に良い人で助け合って、という感じの中での超能力戦っていう、すごいバランス。
 <真結族>はでも全滅したわけじゃなくて、ローズから離れてひっそり逃げた面々もいるわけで、こう、世界の展開の余地も残している感じはさすがベテランなのかなあ。書きたくなったら書くのかな。そもそも『シャイニング』からはるばる時間がたって、続編書いたのも凄いことで。

 あ、ル・カレもだったな。
 作家生命を長く長く続けているという、凄味、強み、かなあ。

 面白く読んだ、けれども、まあ、そりゃ最後にはローズに勝つだろう、勝ってくれなきゃ困る、という安心の結末で。アブラも成長し。ダンも心の重荷をなんとかおろし、断酒の積み重ねは続く。めでたしめでたしな所かな。
 気が向けばまたアブラの物語も書けるだろうし、世界は広がっていく。

 私個人の好みでいうと、まー、面白かったけど、面白さ、そこそこ。正直あまりアブラやローズたちに興味持てず。ダンがぼろぼろだったところからなんとか立ち直り、働き、というのを一番面白く読んだ。それにしても、実はアブラの母ルーシーと腹違いの兄妹ですよとか、実際アブラのおじさんなんだよとか、それ、そういう設定はいるのか?? “かがやき”は必ずしも遺伝ではないってことだと思うんだけど。殊更強い力の二人だから、実は、ってことにしたのかなあ。でもなー。それはどうかと私は思った。
ダンを脳内キャスティング、ユアンくんで読めてすごくよかったけど。映画で見るの楽しみだなあ。どんな映画になるのかなあ。多分、映画では派手めになるのではないかな~。映画にほんとになって、日本で公開、公開になるよねきっと。その頃には多分いい塩梅に忘れてるかなあ。楽しみです。

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『寒い国から帰ってきたスパイ』(ジョン・ル・カレ/ハヤカワ文庫)

*ネタバレ、結末まで触れています。


『寒い国から帰ってきたスパイ』(ジョン・ル・カレ/ハヤカワ文庫)


 先日、『スパイたちの遺産』を読んで、寒い国かよーって思って再読してみました。気になるもん、やっぱり。
 「訳者あとがき」によると、1963年末にロンドン、1964年にアメリカで出版、たちまち世界規模でベストセラーのトップに躍り出た、ようです。この文庫翻訳は1978年だ。
 で、ちょうど昨日、「ジャコメッティ 最後の肖像」のブルーレイ見てたら、ディエゴが読んでる本としてタイトル出てたんだよね。そうだよ映画見に行った時にも、あっ、って思ってた。1964年の頃らしいので、まさにベストセラーになってる本ってことなんだな。
 本出した三作目のこの作品で作家一本になったらしいル・カレ。本人にとっても大事な作品だったのだね。そして、この、これ、に、ある決着をつける、『スパイたちの遺産』を今書いたのか、と、感慨深い。最初世に出てから50年あまり? そんで続編というか、その後、が、新作で出るって、物凄いよなあ。


 この中にもちろんスマイリーは出てくるし、ピーター・ギラムの名前も何度が出てくる。『スパイたちの遺産』と突きあわせてって思うと、なんかちょっと違う感じかなと思うんだけど。リズにギラムさんがあらかじめ会ってたとは思えないけど。まあ、別に突きあわせて考えなくてもいいか。。。スマイリーやギラム、管理官のシーンは本当にごくわずかで、アレックス・リーマスの物語。
 リズもただ巻き込まれてしまった女。
 二重スパイを取り込むために極秘任務を追って東ドイツへ潜入、というはずが、実は二重スパイ、ムントと守るために、リーマス本人も騙した上での二重の複雑な計画が描かれていた、と。
 再読なんだけれども、ほんとうに、終盤まで何がおこなわれているのか、もやもやと疑いと不安の中にずーっと引きずり回されて、ほんっと、毎度、ル・カレの作品を読むって何が何だかわからない。そして、あ、あ、あ、……終盤になって事の真相、というか、終りが来た所で、一気に盛り上がりの頂点、で、その頂点で放り出される。登ってきた梯子がぽいっと外されて消えて、なんかもう重力も半減して、ゆっくり理解というか、結末が自分の中に沁み込んできながら落ちていく感じ。辛い……。

 アレックスを、スマイリーたちは迎えに来ていたし、脱出させる計画はあった。あと一歩でできるはずだった。けれど、リーマスはリズを見殺しにはできず、壁をこえずに戻ってしまう。組織の、国家の、捨て駒に使われたことを自覚して、それでもそういうものだと呑みこもうとしていたスパイ。でもリズにそんなのおかしい、そんなの悪い、と、責められた後に、死んだ彼女から離れられなかったスパイ。
 寒い国から、帰ってこられるはずだった。けれど、帰れなかった。帰らなかった。あの壁の上で、自国の方へ飛び降りれば、逃げられたはず。けれど、生きられないって思ったのかな。もう、生きられない、のか。スパイの心って。
 
 再読してよかった。めちゃくちゃよかった。ル・カレを追い続けてきてよかった。本当によかった。時を経るということをこんな風に噛みしめることができるなんて凄い。
 生きてるって凄い。


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『スパイたちの遺産』(ジョン・ル/早川書房)

*ネタバレ、結末まで触れています。


『スパイたちの遺産』(ジョン・ル・カレ/早川書房)


 今はフランスで引退生活をしているピーター・ギラム。ある日、呼び出しを受けた。かつての職場、英国の秘密情報部からの手紙。

 てことで、今になって、新刊(出たのは去年だけど。2017年11月刊)しかもギラムさんが主役!? って買ってドキドキしてて、ゆっくりじっくり読もう、と置いてたのをようやく読みました。
 老人になってるギラムさんか~。補聴器をつけてたりするよ。老人なのかあ。スマイリーは? と読み進める。スマイリーがほんっと最後の最後まで出てこないの。じらされる。死んでるのかと思ったけど生きてたわ。

 過去の作戦、<ウィンドフォール>で命を落としたスパイ、の、遺族が訴えるという。その作戦とはどういうものだったのか。何故失敗したのか。ギラムは弁護士たちに話を聞き出されるが、極めて限られたものしか知らない極秘作戦のことを、今もどの程度話すべきか、隠すべきか、悩んだ。

 基本的に「わたし」ギラムさんが語り手というか手記、ってスタイルだね。その過去の作戦の頃のギラムさんたちの回想と記録、弁護士たちの追求。次第に明らかになってくる<ウィンドフォール>。
 と、読み進めながら、あれ、これって『寒い国から帰ってきたスパイ』なんじゃないかな? と思う。読んだことはある。けど、名前とか詳細はもう覚えてないなあ。訳者あとがきを読むとやっぱり『寒い国から帰ってきたスパイ』のことなんだな。あー。
 
 すごく、はるばるした気持ちになる。
 私はル・カレ読んで日は浅くて、2012年か、映画の「裏切りのサーカス」を最初見て、あんまりよくわからなくて、でもすっごい好きではあって、それから本を順に一通り読んで、二回目見に行って、感激感動、そしてその後もいくつか作品読んで、という感じ。まだ全部読破しているわけではない。けれど、ギラムさんや特にスマイリーには、彼の半生に付き合ったような気分でいる。

 そして今、新刊が出るのか、と感慨深く、それがこういう、過去の作戦を別角度から描くという、こんな話になるのかと。コントロールやビル・ヘイドンたちもいた頃だよ。そして、ジム・ブリトーが今も、いるよ。学校の先生やってるよ。偏屈な先生を。ジム、生きてる。それだけで泣いちゃう。
そしてスマイリー。最後の最後に登場のスマイリー。生きてた。相変わらず穏やかで、紳士的で。ギラムとの再会を懐かしんで。そして静かに怒る。
 ギラムさんがあんなに極秘をどうするかって悩んでたのに、スマイリーはあっさり資料全部出すっていうんだよねえ。嗚呼。スマイリーかっこいい。

 この頃の翻訳は随分読みやすくわかり易くなってるなあと思うのだけれども、これも随分読みやすいなと思ったけれど、やっぱり、地味、地道で、終盤までは、なんだろうなんなんだろうとわからなくて、心がしーんとして。でもやっぱり読み終わるとじわっと目の奥に涙が熱い、という感じ。別に泣かせる感じではないのにね。でもやっぱ、うるっとくる。実際泣くまでには至らないほどの、じわじわと、沁みてくる感じ。好き。

 スマイリーは、ギラムさんは、ほんっとに作者に愛されてるキャラなんだなあ。スマイリーは作者の投影が大きいんだっけ。ル・カレの回想録『地下道の鳩』、買ってるけどこれも読みかけだ。読もう。ル・カレ伝も出るんじゃなかったっけ。どうしよう。それは、うーん、それはちょっと読むかどうかわからないけど。
 でもそれよりまずは『寒い国から帰ってきたスパイ』をもう一回読もう。
 ほんと、まんまと、ル・カレに惑わされる感じ。ほんと好き。読もう。

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『ずっとやりたかったことを、やりなさい。』(ジュリア・キャメロン/サンマーク出版)

『ずっとやりたかったことを、やりなさい。』(ジュリア・キャメロン/サンマーク出版)


 2001年初版。
 これは、自己啓発本、ということになるのかなあ。クリエイティブ、創造的なことをやりたいのにやれない、自分には無理、という人に向けての本。
とはいえ、クリエイティブというか、自己肯定とか人生を豊かに、というためにも読んでみてよかったなあと思った。

 ちょっと、その、用語というか霊的、スピリチュアル的要素を信じられる、という感じはちょっと、自分はあんまり、と思うけれども、シンクロニシティっていうか、なんか繋がりができて運が繋がって続きて、みたいなことがあったりすることあるよね、という感じはわかる。人生の波っていうか、運気みたいなの引き寄せる感じかなあ。
 かなり前に、「掃除力」みたいなのが流行った時に、なんか、鬱々としてた時期に掃除しようとかちょっとだけハマったことあったかなあ。それはまあ別に、本当に単純に、それまでよりはもうちょっとマメに掃除をした、ってことで、それはそれで、単純に部屋が綺麗になって気分がいい、みたいなことからよかったなあと思う。今はまた怠惰な生活で、掃除もほどほどですが。いかんね。掃除、もっとしようか。。。

 この本を読んでみようかなと思ったのは、去年の秋に引っ越しをして、その時、断捨離とかおうちの片付けとか、シンプルライフに憧れて、で、いろいろなブログを読んでみたりしまくったことがあって。シンプルライフとか、気持ちいい暮らしの感じの中に、モーニング・ページということがあったのに興味を持ったことがきっかけ。
 手帳術とかそういう流れかな。書くことで暮らしをきちんとしよう、ということをしようと思ったのかな。クリエイティブになりたいという欲望もあり。
 で、この本のことを知って、そのうち読んでみようと思ったのでした。

 著者は脚本書いたりとか映画製作等、そういう世界に身を置いた経験とか自分の人生とかから、創造的になるためのヒント、エクササイズを教える講座を持つようになり、それを本に書きました、ということらしい。
 なので、まあやっぱ生活に役立てるというよりは、何か自分でも創造してみたい、というためのエクササイズですね。誰にでも創造性はある。自分が自分で自分の可能性を阻んでいるだけなのですよ、という。

 基本的にはモーニング・ノートとアーティスト・デート。
 朝起きて、何かごちゃごちゃと仕事を始める前に、ノートを開いてただただ何でもいいから3ページ書きましょう、ということ。内容は本当にただどうでもいいことでもなんでもいい、って。何にも書くこと思いつかないよ~とだらだら書いてもいいらしい。ただ、書く。毎朝書き続けていると、自分の中が見えてくる、という感じ。読みかえしたり反省したりするのはずっと書き続けたあと、少なくとも二か月くらいは読み返さない。

 これ、私も始めてみてて、まーなんかもう毎日めんどくさいとかそういう、自分の言い訳みたいなことをだらだらと書いてる。まだ読み返さない時期だけど。ノート術というか、言霊的なことでポジティブな言葉しかあんまり書かない方がいいのでは、という気もしてたけど、まー愚痴吐きもしなくちゃねって感じでだらだら、ポジティブネガティブ関係なく、ぐにゃぐにゃと書いてみている。それでとことんダウナーになった翌日ふっとポジティブになったりもして。でもまたメンドクサイのやだーとか。そんなこんなの、ぐにゃぐにゃでも、なんか、いい。私はもともと書くの好きだし、ほんとに飽きるまでは多分続けると思う。

 アーティスト・デートというのは、自分の中のアーティストチャイルドとの時間、デート、だそうで。創造性の子どもが自分の中にいるのだ、その自分の中の声を解放するように、ちょっとした気晴らしのように、ゆっくり散歩をしたり好きな音楽にひたったり、という時間を持つこと。
 毎日、何かやらなきゃ、って追い立てられることからちょっとだけ一息つく、という感じかなあと思う。これは、まあ、私は無職だし、まあ、いろいろ雑事はあるけれども、好きな事する時間は持ってる、かなと、思う。ちょっと意識して、アーティスト・デートだぞ、って思うと、散歩する気分もよくなるかもね、と思って、そう思うようにした。

 本来は三カ月、毎週行う講座、エクササイズなので、一章ごとに、今週のチェックがある。けど、数日で読んで、紹介されてるエクササイズも、いやあ、それメンドクサイ~と思って多分今後もやらないかなあ。でもやってみたいと思ったことは、ちょこっとやってみようかなって思えた。
 ネット依存でツイッターばっかり見てるとか、テレビを意味なくだらだらつけっぱなしにしてるとか、ほんと私の生活超ダメダメじゃーん、って、自分でも思うんだよね。それ、もうちょっと、そういう自分に大事じゃないことをもう少しやめる。自分が好きなこと、やりたいことの方に、心をむける。

 どうせダメだから。どうせ私には才能がない。何かを始めるにはもう年寄りすぎる。そういう自分の中の言い訳、「どうせ」って、すっごく思うんだよねー。それ、その言葉よくない、って思って、思わないようにしようって思ってるのに、っていう、この、この、自分で自分を疎外する、自分のやりたいことに自分でブレーキをかける、それな、っていうことの指摘がされていて、ああ~そうですね~って思いました。本という形で読んでみてよかった。
 これで明日からポジティブに! やりたかったことが全部できる! 成功する! というわけではないんだけれども。
 エクササイズも全部やるのはめんどくさすぎる。。。と、ほんっと私って、と思うけれども、まあ、でも、やってみたいところもあって、この通りには出来ないけれども、自分が楽しくなるように考えてみるといいよな、と、思う。時間はかかる。「どうせ私なんかダメ。無理」って思わないようになりたいけどなかなか、ねー。時間かけていこう。


 序文 私自身の旅
 基本ツール モーニング・ページ アーティスト・デート
 第一週 安心感を取り戻す
 第二週 アイデンティティを取り戻す
 第三週 パワーの感覚を取り戻す
 第四週 本来の自分を取り戻す
 第五週 できるという感覚を取り戻す
 第六週 豊かさの感覚を取り戻す
 第七週 つながりの感覚を取り戻す
 第八週 芯の強さを取り戻す
 第九週 思いやりの心を取り戻す
 第十週 守られているという感覚を取り戻す
 第十一週 自立の感覚を取り戻す
 第十二週 信じる心を取り戻す

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