映画 「天気の子」

*ネタバレしてます。

 

 

映画 「天気の子」

 

 IMAXで見てきました。せっかくなら色鮮やかに見たい。
 
 とはいえ、正直あまり思い入れもなく。「君の名は。」がすっごく流行った時につられて見に行った。けど、まあ、そりゃあ綺麗だと思ったけれども、大好きってわけでもないなあ、と思った、そのくらいのテンションのままで今作も見に行きました。予告やCMにつられまくって。
 タイアップCM、すごく多いよね? 特にカップヌードルは耳につくので、本編で出てきた時笑っちゃって困る。まあいろいろ、商品名とかなんだかんだ、出てくるのは、んー、いっぱいタイアップできてよかったねと思うんだけど、んー。ああいうのを見て、現実の自分が手にしてるものたちがアニメの中に!って感動するのがよい見方なのだろうか。ん~。
 まあ私も好きな作品見てる時に目についたものとか現実のものであると喜んで買っちゃったりするかなあと思うので、まあ、うん。たくさん物品があるのもリアルな小道具と思うかな。

 そして梅雨が長くて雨降りの多い関東地方。今年の天気でこの映画公開になったの、すごく重なって感じられる。運だなあ。

 

 少年のモノローグで始まる。あの時、と彼は語る。僕たちは世界の在り方を変えてしまった、と。
 女の子が、病室で誰かの手をとっている。雨続きの外を眺めると、一筋の晴れ間が、ビルの屋上の鳥居を照らしているのが見えた。その光を目指して外へ出る女の子。そこは廃ビル。屋上の小さな神社。強く、強く願いながらその鳥居をくぐって、彼女は、願えば晴れになる力を得たのだ。

 

 フェリーに乗って東京へ家出してきた少年、帆高。16歳。大雨の注意を聞かず甲板に出ていた所、大きく船が揺れて、危うく転落しそうだった所をくたびれた感じの男に助けられた。命の恩人、といって子供に飯をたかるダメ男、須賀圭介。胡散臭げな名刺を渡して少年とは別れる。
 家出してきたものの、身元不明の16歳を簡単に雇ってくれる所はない。マックで飲み物一杯で夜を過ごす帆高に、ハンバーガーを一つくれた店員。そのバイト店員が、陽菜、晴れ女の力を持つ女の子。
 
 街をさまよい、野宿の場所も見つけられず、ごみ箱から銃を拾ってしまったりしながら帆高は捨ててなかった名刺の場所を訪ねる。結局バイトは見つからず、圭介の編集事務所、とは名ばかりの半地下の部屋へ、住み込み、雑用、記事書きの手伝いとして落ち着いた。ムーだとか、オカルト系雑誌の記事のネタを集めたり。そこには、夏美さんというきれいなお姉さんもいて、一緒に仕事をする。

 

 そんなこんなで人物は出そろい。あ。陽菜の弟、凪も。小学生なのにモテモテで彼女っぽい子が二人もいて仲良くしてる。恋愛の先輩、と帆高は呼ぶことになる。

 

 雨が降り続く中、晴れ女の力でお金かせげるんじゃない? とネットで売り込んでみたら、依頼がきて、稼げるようになって。大きなイベントにも呼ばれちゃったりして。
 帆高と陽菜と凪。街の片隅で身を寄せ合う子どもたち。

 

 しかし、天気の子、巫女の定めとして、天気をあやつる代償にいずれ消えることになるとか。そんな占い師や言い伝えの注意がありながら、晴れ女として自分の役割、人を笑顔にできてうれしい、と陽菜は言う。

 

 で、まあ幸せな時間は長くは続かず。家出少年として、また、うっかり銃を発砲しちゃったことで、帆高は警察に追われる身。誘拐犯になりたくない圭介には首にされる。姉弟、未成年二人だけで暮らしていた陽菜たちも、いよいよ保護されるかも、そしたら引き離されちゃう、嫌だ。というわけで三人で逃げ出す。
 子どもたち。
 子どもだけでもなんとかやっていける! とか、大人の助言が全部自分たちの邪魔にしか思えないとか。ああ~子どもだ。理屈も正論もない。ただただ、自分たちの感情の爆発に自分が振り回されていく。

 

 まあ、大人たちの方も素敵な良い人ってことじゃないけれども、まあ一応、それなりに大人のふるまい、でもある。職務とか立場とか、大人ってというか人ってやっぱ自分が大事でしょ、というのは当然。
 それでも、つまらない日常の中、ピュアな帆高や陽菜たちの姿は眩しくて、つい、力を貸してしまうのも、ほろ苦いぜ。正論はわかる。けど、それより大事なものと信じる方へ、走り出せ、と見送ってしまう。
 圭介さんが、実にダメな大人で、ダメさがかっこいい、というやさぐれ感ステキだったよー。小栗旬が声やってました。かっこいい。
 圭介さんもかつて、東京へ家出、かなんかで出てきて、妻となる人と出会い大恋愛、娘がいる、けど、妻は死んでしまった、喘息のある娘はあちらの実家に引き取られていて、父である自分は疎外されている。という、ヨワヨワな感じで、ほろっといっちゃうんだよねえ。

 

 晴れの巫女のように願えば天気を変えられる。少しの時間、狭い範囲だけど。そんなファンタジー。ボーイミーツガールの王道のキラキラな恋。貧しくて、食事はカップラーメンでも。ポテトチップスで味付け? で、チャーハン作るとか、豆苗を水につけてて二回目の収穫してんなーとか。そんな節約生活みたいな中、けれど、心から美味しい~、いただきまーす、ってする。若くて、恋、の自覚の一歩手前の何よりもだれよりも仲間だ、という嬉しさいっぱいの二人。
 青春が眩しいぜ……。

 

 ファンタジーだけれども新宿あたり、東京の街はリアルに描きこまれていて、あーあの辺、ってすぐわかるような背景。ただただ雨が降り続け、水が跳ね、晴れが広がる瞬間は最高に輝く。水の塊の中に魚がいるとか、謎は、天には別の世界がある、という証だろうか。

 

 相変わらず少年がお姉さんの胸の谷間みてドキドキ、とかやってますが。その感じで繰り返された「どこ見てんのよ」が、終盤の、陽菜の体が透明になりかけてる、という所で言われると、どうしようもなく切ない言葉で。これはうまかった。
 東京に降り続く雨。異常気象。けれど、陽菜が人柱として天にめされれば、きっといつもの夏がくるよ、と、いう。そして陽菜が消えたあと、確かに晴れて夏がきて。
 
 けれど、帆高はあきらめない。本当は陽菜のほうが年下で、今月18歳っていうのは嘘で。帆高と陽菜と凪と、三人でいるだけで幸せだった時にも、本当は自分が一番年上だったんだ、って知る。そして無茶苦茶をしまくって、天の陽菜を迎えにいった。天気なんかどうでもいい、晴れなくてもいい、と、陽菜と共に地上へ戻る。帆高の方が竜神的なものなんじゃないのか―? とちょっと思った。冒頭、わざわざ大雨になるっていう時に大喜びで甲板に出て行ったじゃん。あれなんで。特に説明なかったような。ん~。

 

 三年後、ってことで、帆高は実家に戻って高校卒業で、進学のために東京へ。あの日から、雨はやまず、東京は水没している地域がいくつも。それでもなんとか、人々は暮らしているし、大昔は海だったりしたし、天気なんてもともと狂っていたんだ、お前たちのせいじゃない、と、行ってくれる圭介。会社が結構まともにちょっと大きくなっていた。猫ちゃんも大きくなっていた。
 三年、保護観察の身だった帆高は、あれから陽菜に会ってなくて。でも、やっとまた、会いに行って。坂道の上で陽菜は小さく祈っていた。駆け寄る帆高。僕たちは、大丈夫だ!

 

 ってことでめでたしめでたし。ですかねえ。
 本当に綺麗な映画で、汚いところさえ綺麗で、ダメなことも綺麗で、素晴らしくきれいに作り上げられていた。若者の無鉄砲さや閉塞感、その中での希望、絶望、未来。大人のやるせなさやつまんなさも責任も、あった。世界を変えてしまうけれど、恋にひたむきな爽やかさの力がすべてを突破していく。
 感動的だし面白かった。けど、ん~。私はやっぱまあ、あんまり好きにはならない。若者たちの素直な恋が眩しすぎるよ……。
 というかまあ、私が、ヘテロな恋バナに根本的に興味が持てないので、ああそうね、よかったね、と、100歩下がって見てしまうからなー。そうじゃなかったら好きになって感動するだろうか。わからない……。

 

 世界より君が大事!っていうのは、とてもよくって、子どもに運命背負わせるんじゃねーよ、と思うので、帆高くんたちのせいではないよ、っていうのはその通りで、そういってあげてよかった。

 

 しかしまあ子どもだからこそ、陽菜ちゃんちに警察とか児童相談所かなんかの人? 状況把握してたっぽいのに、母が亡くなってから何か月? 二人だけのままにしてたんだか。実は15歳とかって、義務教育のうちってわかってるのに、何故。登校拒否とか扱い? 父がかえってきますとかなんとか嘘ついてたりしたのかなあ。
 子どもだけの世界のキラキラは、とっても良いんだけれども、なまじ現実的背景みっしりだったりするので、そんな根本的なとこが気になったよ……。
 東京、あんなに水没してタイヘンすぎるだろ、とか。まあ、勿論天気のせいなんで、人為で気候を変えることはできないでしょーから、仕方ない、仕方ない、かねえ。けどハリウッド映画ばかり見て地球がしょっちゅう滅亡しそうな世界観に慣れてる私は、まあすごいタイヘンだ、と考えちゃうけど、同時に、ま、関東地方だけのことなら規模は小さい、とか思っちゃったり。いやいやタイヘンなことだよ。

 

 あと「君の名は。」キャラが出てた? ちょっと、ん? と思ったけどまあ、それはまあいっか。他にも多分なんかオタク的サービスがあるのかな? よくわからない。
 映画始まる前のCMで、白い犬お父さんが出てるぞ、探してね、みたいなのが流れたのも笑った。探さなかったけどw
 ともかくあの「君の名は。」の新海監督の新作です!!!みたいな世の中の期待があるんだろうなあと思った。大変ですね監督。けどほんとよくきれいに作り上げてるなあと。見に行ってよかったです。見たぞ、と安心できるから。
 

 

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映画 「アダムズ・アップル」(カリコレ2019にて)

*ネタバレしてます。


映画 「アダムズ・アップル」

 15日(月・祝)に、カリコレ2019で先行プレミアだという上映に行きました。ノーザンライツ・フェスティバルで見てる。2017年かあ。(その時の日記↓)
映画「アダムズ・アップル」
 二回目なので少しは落ち着いて。と思ったけど、やっぱりすごく混乱するし、最後にはやっぱ泣いたわ。話しの展開はわかってるのに。わかっているからよけいに早めに心配だし、やっぱなんか嘘やろお~アホか~~~みたいなのも、すごく。

 仮出所してきたアダムを預かって、更生するよう手助けするイヴァン。教会の仕事を手伝う、そして自分で目標をみつけて。ってことで、アダムはすごく適当に、庭のリンゴでケーキを焼くのが俺の目標だ、と決める。

 ブラック・コメディというか、やはりなんだか、きちんとしてるとはいいがたい映画って感じなんだけど、その無茶苦茶さを最後には愛さずにはいられないってなるの、ほんとうにすごい。なんなんだろうこの、奇跡。

 マッツ・ミケルセンが大好きなので。マッツの半ズボン~ってもう何もかも好きなわけですが。イヴァンの、クレイジーなポジティブと、それに苛立ち、追い詰めてぼこぼこにしちゃうアダムとの関係が、本当にたまらなく好きだ~。
 人生の困難を、悪魔の試練だ、として、まともに考え直さず、ただただ退けることしかしないイヴァン。神を信じ、神の愛を信じてる。
 
 アダムがやってこなかったら、イヴァンはあの現実逃避のポジティブさのまま、脳腫瘍だかで突然死亡する、みたいなことになっていたんだろうか。アダムが現れたのは、神の愛?
 いやその前に、イヴァンにそんな過酷な人生背負わせてんじゃねーよ神様、と思うけどな~。けどアダムとってもあそこへいってイヴァンとやりあう、やり直す、のが、必要だったのか。うーん。神の御心ははかり知れない……。

 イヴァンがアダムと車に乗るシーンが何度かあり、「How Deep Is Your Love」のテープ(かな)をかけるんだけど。ラブソングだよねえ。アダムに何度も途中で切られてしまう。それが最後にはちゃんと歌詞も出て聞く、と、ほんっとラブソングだよねえ。神の愛って思うべきなのか。けど、隣にいる二人の、愛、と、思うよねえ。明るく爽やかに、ちょっと切なく。
 過激で過酷なテーマを抱えながら、なんか変な人ばっかりひどい、おかしい、わけわからん、という映画で。どうしようもなく素敵で大好き。愛の映画だ。うつくしい。

 上映後にトークショーというのがちょこっとありました。デンマークの人はこれでげらげら笑えるらしく、あ~デンマーク語がわかって、そういうナチュラルな笑いの感覚がわかったらいいのにな~~~と思う。私は、変なの~ってちょいちょい笑わせてもらったけど、デンマーク語のなまりとかまあそもそもデンマーク語わかりませんし。げらげらは笑えなーい。全然わからない言語でしゃべってる映画、素敵だよ(*ノωノ)

 10月に公開になるとのこと。すごいよなあ。2005年の映画が今公開。また見に行く。公開規模がどのくらいなのか、近くでやってくれーと思うけど。そして、ぜひぜひ、円盤出して。お待ちしてます……。

 

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映画 「ジョナサン ふたつの顔の男」

*ネタバレしてます。


映画 「ジョナサン ふたつの顔の男」

 15日(月・祝)に見ました。6/21公開だったのだけど、近くではやってなくて。まだやっててくれてよかった!

 ジョナサンはパートタイムで建築士として働いている。規則正しい毎日。昼間の出来事はビデオメッセージに残す。夜、ジョンという別の人格に入れ替わるから。

 ということで、二つの顔。二重人格が、首に埋め込んだタイマーで時間区切って入れ替わっている、んだね? ちょっとだけSFチック?? そういうことでもないのか。彼らの認識としては同じ体を二人が共有しているのだ、ということ。二重人格、って言い方もしてなかった。もう一人いた、とちらっと言ってたのでもとは三重人格だったのかなあ。赤ちゃんの時からだったみたいで、親に捨てられて、医師が、彼らの問題をつきとめ、育て、今もケアしている、ということみたい。
 多重人格といえば虐待!トラウマ! みたいな、かつて流行った感じとはトーンが違うかなあ。淡々と淡い映画だった。精神病としてセンセーショナルにとかいうのではなく、一つの体に二人で生きている日常生活をなんとかうまくやっていく、なんとかストイックに、仕事して眠って入れ替わって別の仕事して。それぞれの人生を交互に生きていくのだ、という所から描かれていた。
 けれど、恋人はつくらないルールを夜のジョンが破って、うまくやってたはずのルーティーンが崩れ出す。

 アンセル・エルゴートが主演。ほとんど一人芝居。基本的に昼のジョナサンの視点。ジョンはビデオの中にいるだけ。けれど、さすが、すっかり別人だし。ジョナサンの、ストイックに生きる、ぎりぎり張り詰めた緊張感の中、静かになんとか普通に、生きる感じ、とても綺麗でよかった。
 そしてジョンの恋人と自分がつきあうようになっちゃうとか。
 複雑な兄弟もえ~しちゃうなあ。ジョンがビデオメッセージ残さなくなって、ジョンがいなくちゃ駄目なんだ、みたいになっちゃうんだ。ジョナサンのほうが主人格、と思わせておいて、そうじゃなかった。
 医師であり母替わりでもある先生はジョンを可愛がってる、ってひそかに苦悩してたのも可愛い。エレナと付き合ったのもジョンの彼女だったから、みたいな屈折。ジョナサンのほうが、ついには消えてしまう。
 ジョンは、悲しみながらも旅立つ。

 これ、物心ついた頃には医師のもとで観察されてて、なんか、うーん。どうなんだろう。問題があった、のかもしれないし、あの医師はちゃんとまともに信用できる人なのか、ちょっとだけ疑っちゃう。面白い症例で論文書きたいみたいなことあったりしないか? まあわかんないけどな。ジョナサンがあまりにも素直で真面目だから、騙されているんじゃないのかと心配しちゃうよ。夜のジョンもへらっと陽気なようでいて、メンタルのダメージに弱いみたいだし。けれど、一人になって一人だちして、生きていってくれるのだろう。

 ジョナサンが、フランス語(だったっけ?)の勉強みたいなのしてたのを、一人になったジョンが飛行機乗った時、なんだかフランス語がわかるかも、みたいな雰囲気だったのか切なかった。ジョナサンは消えたけど、消えてないよね。

 夜のジョンが自分に隠し事しているのではないか。と疑ったジョナサンが私立探偵頼んで、自分を監視させる。その探偵役をマット・ボマーがやってた^^ 出番ほんの少しだったけど、すーっごいかっこよくって大満足! ちょっと髭で、ちょっとやさぐれ、あ~私立探偵ってこういう感じだね~と納得しちゃう。ハンサム。最高ハンサムでした。ステキ。
 
 思ってたよりずっと物静かな映画で、じっくりアンセル・エルゴートくんを堪能しました。

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映画 「ミュウツーの逆襲 EVOLUTION」

*ネタバレしてます。


映画 「ミュウツーの逆襲 EVOLUTION」


 14日(日)に見に行きました。
 1998年の劇場版ポケモン映画一作目をフルCGでリメイク、ということらしい。
 私は、その一作目は勿論、テレビアニメとか本来のゲームとかほとんど知らずに生きてきた人間。今、スマホで毎日ポケモンGOはやっている。先日のハリウッドの「名探偵ピカチュウ」はすっごく楽しんだ! という感じの人間。中高年。なので、本来のこの映画のターゲット、は、多分小学生くらい? そしてかつてポケモンに夢中になって今ちびっこ連れてまたミュウツーの映画を見ちゃう!という親、とか、その辺の人向けなのであろう作品を、見ても、お、なんか、わかんない。そもそも人間のキャラが全然、わかんない。まあうっすらと、主人公くんたちの仲間、と、なんか、ずっこけ的な敵役組が、いるねー、というくらい。で。ほんと何の予習もしてなくてすまない、と思った……。

 ミュウツーかっこいい~! とか、ポケモンたち可愛い^^ とか。ピカチュウの優しさ!可愛い!!! とか、そこそこには楽しみましたが。

 テーマとしては、人工的にクローンとして生み出されたミュウツーの命、を、ミュウツー本人(?)が懐疑し、勝手にうみだした人間に怒り、けれどサトシたちとともに戦う、ともに仲良く生きるポケモンたちを見て、自らも生きる場所を求めてさっていく、みたいな所ですかね。
 1998年、て約20年前。クローンとかが話題騒然だったりする頃だっけかなあ。ちょっとぐぐってみたところ、クローン羊のドリー誕生が発表されたのが1997年らしい。その辺の感じが、クローンとは。命とは、という命題が新鮮で深い話だったのかなあ。

 けどまあ。もちろん子供たちのための作品なので、親切設計。セリフはわかりやすく繰り返され、一つ一つの出来事の進行がゆっくりだなあと感じる。ミュウツーがいきなり根城にしてるあの設備とかいつの間に? 誰が?? とかよくわからなかったし。アニメとかポケモンとかちゃんと知ってたら背景みたいなことがちゃんとわかるのだろうか。ん~。
 サトシ以外のポケモントレーナーたちとか? ボンクラすぎか??? というか全然ほんとキャラを覚えられなかった。ごめん……。
 
 クローンとオリジナル、同じポケモン同士の戦いはヤメテ! ってピカチュウは優しいし。ミュウとミュウツーの激突を止めようとしたサトシが石のようになってしまうのを、ポケモンたちの涙で復活、とか。て、天使? ピカチュウ可愛い。
 まあ~。ん~。これは完全に全然本来のポケモンに思い入れもってない私が見に行ったのが悪かった、ってことだなあ。ポケモンいっぱいいたのは楽しかったです。

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映画 「Girl ガール」

*ネタバレしてます。


映画 「Girl ガール」

 昨日10日(水曜日)に見てきた。

 ララは16歳。バレリーナを目指す少女。トランスジェンダー。肉体的には男性だが、カウンセリングや医者の助けを借りて、ホルモン治療やいずれは手術するよう準備している。
 父と、6歳になる弟と暮らす。名門バレエ学校に編入を認められ、レッスンに必死でついていく。トゥシューズの中の足には血が滲み、股間はテープで固定して隠し、学校が終わるまでは水もろくにのまずに、ひたむきにレッスン、学校生活を送る。
 ようやくホルモン治療の薬を飲み始めたが、女性としての二次性徴を起こすはずの薬の効き目が思うようになく、ララの焦燥感はつのる。クラスの女子たちの意地悪にあったり。
 そして思いつめたララは、自分で決断を下す。


 バレエの世界って、過酷。バレエ学校のシーンがたくさんあって、大変そうすぎる、と辛くなる。けれど踊る彼女たちの姿は素晴らしく美しい。その足の、体の、悲鳴を飲み込んで優雅に、激しく、飛んで、回って、爪先立って背筋を伸ばす。ただでさえ、学校のみんなが本当はライバルなんでしょう。仲良くもする、けど、嫉妬も当然。ましてララは、転校生で、そして、違う、から。

 女子更衣室を使うんだけども、その事で女子たちに戸惑いがあるんだろうなあっていうのも、それはそうか、とも思う。けれど、ララは女の子なんだから、と、見てる観客としては思う。ララの努力が認められて、発表会みたいなものかなんかで、役を得るのを、多分嫉妬される。誕生日会ではしゃぐ女子グループの中で、ちょっとした意地悪、けれどとてつもなく残酷に、ララ、あなただって私達の裸を見るじゃない、あなたも見せてよ、と詰め寄られる。女の子同士だったらいいでしょ? 女の子扱いしてほしいんでしょ? と。勢いに負けてララは体を見せる。けれど、それがどんなに辛く傷つくことなのか、何も言わなくても彼女の姿から物凄く伝わってきた。

 カメラは近すぎるほどの距離で、踊る彼女たちの姿にせまる。水着の女の子たちの体にせまる。自室で、トイレで、鏡に向かうララの体にせまる。
 肉体はうつくしい。肉体は残酷……。

 ララは言葉少なく。控えめに微笑みを見せる。父は、ララの気持ちになんとかできる限りより沿って、彼女の希望を叶えてやりたいと頑張っている。一緒に医者の話を聞き、ララの願いを第一に考えている。引っ越しをして学校を変わった。それってはっきり言われてなかったけど、多分ララにとって辛い何か、いじめとか? 何かあって生活を変えたって感じなんだろうなあと思う。ララに幸せに生きて欲しい。父の願いはそれが一番。母のことは何もなかった。離婚なのか死別なのかわからないけれど。父に恋人ができれもいい、って思ってるみたいなんだけれども。ララはやっぱり、自分のことでいっぱいいっぱいになっちゃう。

 いつも、迷惑をかけないようにとか、話しても仕方ないという風に、自分の中に悩みも苦しみも抱え込んで、父には「大丈夫」としか言わない。医者やカウンセラーにも言わない。
 ララ自身にも、どうしたらいいのか、なんていったらいいのか、言葉にならないんじゃないかなあと思う。彼女だって、父や医師が、彼女の健康や希望や幸せを最大限大事にしようとしてくれていることはわかっているんだよね。だから「大丈夫」っていう。学校とか友達とかは難しいけど、家族とか、近しい人はみんなララを大事にしてくれている。わかっているのに、それでも、ララのどうしようもない気持ちは、落ち着かない。
 思春期だものなあ。
 ただでさえ不安定で苦しくてわけものなくイライラもするし泣いたりもしてしまう。人の思いやりに素直になれなかったり。
 体と心の不釣り合い。不安定。それは誰にもあることで、けれどララにとっての違和感や苦しみは深く。
 痛みって、ひとそれぞれだから。トランスジェンダーだから普通より酷い、って簡単に言えることではないと思う。ララの苦しみも痛みも彼女のもの。彼女の悩みに、落ち着いて、我慢して、時間をかけて、というのは正論なのだけれども。それで待つことができるかどうかも、また、簡単なことではないよねえ。

 ララは、救急車を呼んだあと、自分でペニスをハサミで切る。死にたいわけじゃない。ただこの間違った体をなんとかしたいだけ。ペニスなんかいらない。男じゃない。自分じゃない。自分の体なのに自分じゃない。
 見ながら痛そうすぎて、心も痛くなりすぎて、本当に辛かった。

 ラストシーンでは、少し時間がたっているのだろう。セミロングの髪になった彼女がしっかり顔をあげ、靴音を響かせながら歩いていた。彼女は生きていく。

 まだ6歳の弟くんの面倒をみたりして、仲良しなんだけど、弟くんもそれなりに、多分転校したところでなじめなかったりでぐずってて。辛いねえ。ララにちゃんと学校へいくように言われて、嫌だ嫌だで、ララじゃなくて本名? 男の子の名前で呼んだりして、一気に空気が冷えたり。弟くん、天使みたいに可愛くてなー。そのぐずって意地悪なこといっちゃったり、けど仲直りして。すごく細やかなところをすっと見せてくる。
 同じアパートに住む男の子のことがちょっと気になって、部屋を訪ねてみて、フェラしてみたり。あれは、恋、というか、興味? ほかの男の子のあれはどうなるんだ、って感じかー。そしてやっぱり、こんなの嫌、違う、って感じかなあ。そんな混乱の様子も、見ていてとても辛い。
 トランスジェンダーだからということと、思春期の女の子、ということが重なり合って複雑。

 バレエをやるって、それだけでもう過酷な世界って感じだし。
 ホルモン治療がうまくいって、手術がうまくいったとしても、うーん。女の子ならなんでもいいわけじゃないし、女の子になれば万事解決ってことでもないよねえ。
 けれど、ララにとっては、自分だと思えない体をなんとかすることができない限り、スタートラインに立てない、ってことなんだろう。多分。
 手術しなくても、見た感じララは女の子だし。手術なしでも女の子の自分として、やっていける場合もあるかもしれない。
 けど、ララにとっては、体を変えることでしか、生きることを始められないくらいなんだろうなあ。
 バレエダンサーだもの。体、己の体、人の体、その美しさ、動き、何度も何度も鏡の前にたって、自分を、他人を見て。他人から見られて、見せて、いく体。その体が自分じゃないっていう感じ。どれほどの深い悩みだろう。言い表わせないものを、ララの全身から感じた。

 主演のビクトール・ポルスターって、現役バレエダンサーらしい。映画初出演で主演なのねえ。ほんとうに綺麗で、ダンスシーンもとってもとってもよくて。ララだーと思う。よくぞこういう人が現れて演じてくれた。映画の中で永遠になってくれた。とてもとてもよかった。綺麗な映画だった。

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映画 「スパイダーマン ファー・フロム・ホーム」(二回目)

*ネタバレしてます。

 

 

映画 「スパイダーマン ファー・フロム・ホーム」

 

 二回目。今日は3D字幕、IMAXで見てきた。

 

 昨日の金曜ロードショーで「スパイダーマン ホームカミング」をやっていた。昼には午後ローでトビー・マグワイアが演じる最初のスパイダーマンのシリーズの2をやっていました。ちょっと見た。
 そんなこんなで、スパイダーマンって、街の身近なヒーロー。地球を救うとかじゃなく、街の悪い奴をやっつける、というものなんだよなあと思ったりで。アンドリュー・ガーフィールドのでもやっぱり身近な街のトラブル対処だったよね、多分。アベンジャーズ入りした今のトム・ホランド演じるスパイダーマンがニュースタイルってことかなあと思う。
 それでも、まだ「ホームカミング」では、アベンジャーズにゲスト参加のあと、スタークさんにアピールしたい!ってのもありつつ、まあ、ご近所で頑張るしかない。だって子どもだもの。
 
 「スパイダーマン2」で、改めて印象的だったのは、電車止めなくちゃってボロボロになったピーターのマスクがとれて人々に顔を見られてしまうシーンです。まだ子供だわ、って言われるの。うちの息子と同じくらいだ、って。この時ピーターは大学生かな。それでもまあ子どもだよねえ。そして気絶してる彼を街のみんなが、助けよう守ろうと、悪役の前に立ちふさがる。すごくよかった。今改めて見て本当によかった。
 ピーターはその後気がついてまた戦いに行くんだけど。街のみんなに愛されてるよなーってすっごく伝わって、泣きそうになる。

 

 トム・ホランド演じるピーターは、本当に本当に高校生に見えるんだよなーっ。トムホはちゃんと二十歳越えてるけど。1996年生まれ? 今23かな。実際アベンジャーズに最初に参加したころってほんとに10代だったくらいかな~。若い。ほんっと子どもじゃん。
 そりゃあスタークさんに叱られちゃうわけだ。スカウトされたけど叱られて。けどそれは守られてることでもあって。
 インフィニティー・ウォーでもエンドゲームでも、まだ子どもの彼を巻き込んだ、失ったということがどんなにトニー・スタークの心を傷めたかと思うと。辛い。そして、スタークさんに憧れて認められたくて大好きで大好きで大好きで一生懸命だったピーターが、目の前であんなことを経験しなくちゃいけなかったなんて。

 

 まだ子どものピーターは守られなくちゃいけない。
 けれど、ピーターはスパイダーマンだ。ヒーローだ。ヒーローになれる力がある。

 

 今作ではもう地球を救いたいとかでっかいことやりたいってことはなくて、ただ友達と旅行を楽しみたいし、MJに告白したい、って、ほんとにただの高校生の願いでいっぱい。

 

 改めてきのう「ホームカミング」を見た時にも、あー、ピーターは友達が楽しんでいる所を見て、ただ遠くから見て、そこに入れない、入らない、戦いに行く、っていう風に走りだしているんだなって切なかった……。
 それでも、前作の時にはスタークさんがいて、叱ってくれたり見守ってくれたりしてた。

 

 彼がいなくて寂しい。と、ハッピーに話すピーター。今作では、何度もピーターの目元が赤くなってて、傷ついて涙目になってて、ほんっと胸が痛い。
 どこにいっても彼を思い出す。彼の姿は地球を救ったヒーローとしてみんなに追悼されている。
 だけど、本当の彼を知っている人はいて、彼は遠いヒーローじゃなくて実際に生きていたただの一人の人で。誰もアイアンマンの代わりにはなれない。トニー自身でさえね、といってくれるハッピーがいて本当によかった;;
 だからピーターは友達のために、目の前にある危機のために戦いに行く。アイアンマンの代わりじゃない。スパイダーマンだ。

 

 ジェイク・ギレンホール演じるミステリオ、いくらトニー・スタークに恨み持ってたといっても、あんなことして、もし本当にうまくいって、もし本当にあの時あのまま騙しきったとして、どうしたかったんだ。アイアンマンに成り代わって、自分こそがヒーローとして人々に熱狂されたかったのかなあ。世界を変えた、世界を救った男になりたかったのか。まあもっと単純に金と権力みたいなのが欲しいってのもあったんだろうけど。けど長続きなんかできなかっただろー。気づかれる前になんか地球を制圧できちゃう?? できないよなあ。もしキャプテン・マーベル呼ばれたらすぐ終わっちゃうだろう。
 トニー・スタークのことを、金とハイテクに身を包んだ奴、みたいに言ってて、それが結局うらやましいの、か? 自分もそうしてみたかった、って感じかなあ。
 人は信じたいものを信じる。嘘だろうとなんだろうと。見たいものを見る。そんな表層の熱狂をあやつってみたかったのかな。

 

 最後、ピーターにやられた、スパイダーマンこそが悪役、という芝居を残し。ピーターの正体を暴くよう促して。
 途中、結構しんみりと、人を信じやすい馬鹿な子って感じにピーターを見くびっていた感じは、やっぱり相手は子どもだから、という甘さがちょっとはあったのになあ。ピーターにバレずにいれば、危害を加えるつもりではなかったはず。わざわざあんな舞台用意して、イーディス眼鏡手に入れたわけだし。まあイーディスの使用許可みたいなのをピーターが命じなくてはいけないから、かなあ。ん~。それにしても。

 

 つくづく、スタークさんがいてくれればと;; スタークさんがいないから起きたことなんだけど。スタークさん、ピーターをもっと守ってやってよ;;
 この次はどうなるんだろう。
 ほんっとニック・フューリー、あんた何やってんの~~。あの、スクラブ人たちの船だか星だかで、何か計画進行中? ただ単にニック・フューリーも夏休みだったのかなあ。もお~~。タロスをパシリにしてんじゃねーぞ~~。
 
 3Dで見て、ミステリオに騙されまくるあの幻覚シーンいっそう迫力あったし面白かった。怖い~。ちょっとホラーじみている。墓から出てくるボロボロのアイアンマンはターミネーターっぽい~。映像もどんどん進化して面白くなってきてるよなあ。

 

 映画はどこまでいくんだろう。見れば見るほど面白くて、凄い。そして今後のMCUはどーなっていくんだ~。できるだけ見続けたいな。

 

 

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映画 「スパイダーマン ファー・フロム・ホーム」

*ネタバレしてます。


映画 「スパイダーマン ファー・フロム・ホーム」

 2D、字幕で見てきた。

 エンドゲームの後の世界。ヒーローたちの追悼番組、ん? なんか変……と思ったら高校の校内放送ですね。あれから8か月っていってたっけ。(記憶曖昧)
 ピーターたちは学校へ戻り、夏休みを迎えていた。科学部でヨーロッパツアーに参加。スパイダーマンスーツは荷物に入れない。休みだもん。MJにパリで告白する計画!
 しかし、メイおばさんはしっかりスーツを入れていた。
 ベニスでは謎の水の妖怪みたいなものが暴れて、丸いヘルメットかぶってるようなヒーローが撃退した。ニュースではミステリオと呼ばれるようになった。
 旅先に現れたニック・フューリーにヒーローとして助けてくれと言われる。次元の壁がひらき、異世界の怪物がこっちの地球にきたので、あっちの地球の最後のヒーローが退治しにきれくれたというのだ。だが、こっちでスバイダーマンになっては正体がバレるから困る、ピーター。わかった、とあっさり引き下がったかと思ったニュック・フューリーだが、旅行そのものに手をまわして、ピーターの次の行き先はプラハ。そして、ミステリオと共に、黒いスーツで戦うことになる。

 で、まあ、そんなこんな、展開早い! ミステリオを演じるのはジェイク・ギレンホール。で、なんか異世界のヒーローってことなんだけど、予告の時からなんだあの丸いヘルメット。ヒーロースーツも微妙に変。異世界のセンス? って思ってたら、なんと!というかやっぱり!ヴィランだったね~。
 かつてトニー・スタークに開発したVR技術?ホログラム?なんかそれカス扱いされて首になったとかで、逆恨み。スタークさんに追いやられた人々集めて、ホログラムとかドローンとか、なんかすごいとりあえずハイテクっすね? そういうので幻覚を見せてダメージも与えて、異世界からの敵を無理矢理信じ込ませたのだった。

 これさー。
 世の中、スタークさんがヒーロー。尊い犠牲、みたいになってるのを恨みに思い、今なら、人々は新たなヒーローを求めて何でも信じるぞ、という隙をついたヴィランなんだね……。
 トニー・スタークは、誰よりもヒーローとなって散ったけれど。彼の暴君っぷりっていうのも一面にはあった。トニー・スタークが聖人ではなくて、どっちかっていうとある意味結構嫌な奴、という側面。恨みをかったりしてるということ。それはそうで、理解されにくい人物であったことも魅力なんだもんね。だから。
 私は、トニーを聖人君子として祭り上げるだけじゃない感じはいいなーと思う。トニーは聖人君子じゃない。最高に魅力的な一人の男。嫌なところもだめなところも弱いところもある一人の男。だけどヒーローとして戦った男。最高なんだよスタークさんは(泣)

 スタークを継ぐ人に贈る、みたいな、イーディスっていう凄い眼鏡をもらったピーター。スターク社の通信網、テクノロジー、武器を使うことができる魔法の眼鏡。でもピーターは、その重みに耐えきれない。
 ちゃんとした経験豊富な、大人のヒーローが使うべきだ、って、ミステリオ、ベックさんに眼鏡を渡してしまう。
 その眼鏡かけてみてよ、って渡した時に、ちょっとだけ、トニー・スタークに似てるんだよね、ベック。大人だし。髭だし。
 ピーターは、まだ高校生なんだよ。ご近所、よき隣人のヒーロー。それでがんばろうってなってる。アベンジャーズに参加し、宇宙にも行ったけど。高校生じゃん。次のアイアンマンに、って期待されても、困るよね。困るでしょ。未成年だよ。お酒も飲んじゃいけないよ。スタークさんはちゃんとピーターの保護者してくれてたじゃん。なんで今みんな彼を利用しようとするんだよ~~~;;

 今回、本当に、本当に本当に、トニー・スターク、アイアンマンが生きていた世界から、彼がいなくなってしまった世界に、なったんだなあって、つくづく感じた。
 エンドゲームの戦いの後。
 世界の半分が消えて、そしれ五年後よみがえって。そして、という世界。

 一応、作中では8か月だっけか、過ぎていて、日常を取り戻しつつある感じ。けど私がエンドゲーム見たのは二か月ほど前で。スタークさんを失った悲しみはまだ落ち着かなくて。これ見に行くのも、早く見たいというよりは、でもちょっと見たくない、スタークさんを失った世界……という複雑な気持ちがあった。キャプテン・アメリカも失った世界になってるんだよねえ。

 で、ほんっと、ピーターくんが保護者を失って、傷ついてて。見てて辛くて泣いちゃった。
 ハッピーがいてくれてよかった。
 ピーターが、やっと助けを求められたのがハッピーで。トニー・スターク、アイアンマン登場の時からそばにいた人。「アイアンマン」の監督なんだねー。ピーターに、アイアンマンの代わりなんていない。誰もトニー・スタークにはなれないよ、って言ってくれるんだ。
 どこへ行く? って聞いてくれる。
 ピーターが、どこにいても彼を思う、みたいなこと言うの。世界中にトニーの姿はまだあふれてる。アイアンマンを追悼する人々はたくさんいる。トニーの最期に立ちあったピーターが辛くて寂しくないわけないのに、次のアイアンマンは? なんて聞かれまくる。
 ハッピーの前で泣きそうになる彼を、ちゃんとそのまだ子どもな所もそのまんまに、うなずいてくれるハッピーがいてよかった。

 ピーターは、世界を救わなくては、じゃなくて友達が危ないから!って新しいスーツを選ぶんだよ~~。泣いちゃう。
 スタークさんの残したファイルを開いて、自分なりのカスタマイズ? して、スーツ作っていく姿は、トニーにそっくり。ハッピーがちょっとうるっときてる。私もまた泣くだろそんなん。アイアンマンの代わりなんて無理。だけど、トニーがピーターを選んだ、信頼したのは、間違ってないよ~~;;

 がんばってがんばって、騙されてもがんばって、ピーターは第六感みたいなやつ? スパイダー・センスっていうのか? ピータームズムズって言われてたけど、それを得る。

 ミステリオのホログラムっつーか幻覚で惑わされまくるのが凄くて、何が、どう、どこまで?? 現実?? というのがぐるぐるきてすごく面白かった!
 CG技術がすっごくて、映画ってどんどんスーパーリアルになっていってると思うんだけど、このミステリオのパワーってメタ的って気がする。映画、見てる、中でさらに幻覚、が、幻覚でリアル? そういうぐるぐるが、観客としてはピーターよりさらに別次元で混乱させられるんだよねえ。面白い。凄い。

 で、まあ、ドタバタに紛れてMJに、うん、僕がスパイダーマン、って白状しちゃうし。友達巻き込んじゃうことになってタイヘン~~とか、MJを狙ってるやつが他にもいてタイヘンとか。青春ムービーもしっかりしてましたね。可愛かった。MJもホントはピーターのことが気になってました、とかさ~~。甘酸っぱいぜw

 最後のバトルの所では、なんかこう、盾もったり即席ハンマーみたいなの工夫したりして戦ってて、ああああああ~~~~アベンジャーーーーーズ!!! ってなるよね~。
 ハッピーたちも避難してく途中で、盾を投げようとして全然飛ばなくって、やっぱキャプテンすごい、みたいに言ったりしてて、あああああああ~~~~~ってなるねーっ。

 優しくて、まだヒーローの責任負うって覚悟もなくて、優しくてお人よしで騙されて、そんなピーターが傷ついてボロボロになって、それでもめちゃめちゃ頑張って、立ち向かっていく。成長物語だ。まだそんなに傷つかなくてもいいじゃん!って、トムホ見て泣いちゃう観客になったけど、でも、世界は不安で、悪い奴はいて、ヒーローが、欲しい。

 ベックとか、その仲間になってた人たちって、サノスのあれのとき消えてた方の人たちなのかなあ。首になった時から恨み持ってて、そんで、なんかわけわからないうちに、世界の危機があってトニーはいなくなってて。アイアンマンがヒーローとして祭り上げられてて、一層恨みつのらせて、今なら、ってこんなことしたのかな、と。
 人々の不安につけこむ。地球の危機がくる。ヒーローが欲しい。今なら人は信じたがってる、なんでも信じるさ、みたいに言ってたのは、フェイクニュースがはびこる昨今の状況、って感じなんだろう。人は、信じたいものを信じる。ミステリオの仕掛けた罠は、単純じゃなかった。

 エンドロール後に、MJと、スパイダーマンとして街中飛び回るデートして、ひゃっほー!って感じだったのに。スクープニュース! みたいな感じでスパイダーマンがミステリオを殺したんだ!って映像が街角のスクリーンに流れる。最後のバトルの時の状況をドローンにカメラついてて録画してたんだね? そして、殺される、みたいなのも、実際スパイダーマンがくるより前に録画しておいたのか。まさに編集によるフェイクニュース。ミステリオの仲間だった、なんかデータダウンロードしてたおっさん、あいつか。
 そして、スパイダーマンの正体は! ってスクープ流すのが、あれ、は、えっと、前のスパイダーマンの時に新聞社の編集長やってた人、だよね、あの強引でヤな感じのあのおっさんだ。ピーター・パーカーだ!って写真付きで出てしまう。
 ううあ~酷いじゃん! まだ高校生ですよ!ダメでしょーーーっ。ニュース流すほうもどうかしてる! けどなんかまあ、そうだあの中は映画の中の世界、ヒーローに関する大スキャンダルみたいなことで、う~~ん、にしても酷いぞー。

 あ~スタークさんがいれば;; こんなニュースとかなんだかんだにピーターが矢面に立たされることはなかったのに;; というかこの事件そのものを、きっとあっというまに叩き潰してくれる。というか、イーディスとか他人に渡すわけないし。ああああ;;
 トニー・スタークのいない世界が辛い。そんな中でヒーローとして戦わなくちゃいけないのが辛い;; ピーターに、もっと、誰か、仲間を;; 味方を;;

 かなりコミカルにユーモアもアクションもたっぷり~で、楽しさもあったけど、でもやっぱ、トニー・スタークがいない、ということをつくづく辛く思った作品でした……。ピーターくんが傷つくのが可哀相すぎる;;
 でも、彼はもっと成長していくだろうし。未来が、ある。酷い邪魔がきたところで終わってしまって、次回作? どうなるの? 作るんだろうね!?? って待ち遠しいような、怖いような。MJどうなっちゃうんだとか思うと、もう、辛すぎる。今のシリーズでは大丈夫なのかなあ。どうなの。あーもー。どうか、ピーターにもっと、味方を;; 保護者を;;

 で、最後の最後に、ニック・フューリー、実はスクラブ人だった、って明らかになって。タロス、だったよね? あれ、ベン・メンデルソーンがあそこだけやったの?????? 何やってんだよニック・フューリー、てめええ~~~。どっか宇宙で休憩中って感じ。あれは、何? どこ? スクラブ人のとこ? キャプテン・マーベルとこ?? それも次回作だか何かでわかるのかなあ。うーむ。ニック・フューリーめ……。

 エンドゲームの後を生きる、世界。私たち。そんな風にちゃんと思える作品でよかったし。面白かったし。ピータートムホをもっともっと好きになったよ~。どうか健やかに育ってくれ。マーベルからまだまだ離れられないかな。はあ。面白かった。

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映画 「神と共に 第二章 因と縁」

*ネタバレしてます。


映画 「神と共に 第二章 因と縁」

 昨日、初日に見てきました!

 第一章の終わり、えっと、なんか、冥界でバトルおっぱじめるぞ!って所だったな。で、なんだか大軍に立ち向かっていくカンニムとヘウォンメク! って派手に始まりました!
 戦いの中で、過去、生きていたころの断片を思い出したりするカンニム。
 だが争いは止められ、カンニムたちは、一度は怨霊となったスホン(弟くん)が、たんなる誤射事故の死ではなく、無念の死であることを明らかにして、生まれ変わりの道を得られるよう、裁判を求める。そんなのダメダメ、という判官たち。でも裁判で負けたら自分たちの生まれ変わりを諦めるとまで言い切るカンニム。
 裁判をひらく条件の一つとして、地上で寿命が尽きているのに、屋敷神ソンジュ神が使者を追い返して守っているせいで生き続けている老人をつれてこい、と命じられる。ヘウォンメクとドクチュンは地上へその老人を迎えに。カンニムはスホンを守って地獄裁判めぐり(でも4つまではとばす)をする。期限は49日間。

 地上で、ソンジュ神と対決にいったヘウォンメクたち。だがその老人は孫を育てていて、せめてその孫が小学校へいくまでは、という願いを屋敷神はかなえようとしているのだった。入学式まで40日。裁判の期限には間に合うから、と、ヘウォンメクたちも地上にとどまる。
ソンジュ神は実はヘウォンメクたちが死んだ時に迎えにきた使者だった。記憶を取り戻したい二人に、過去を話して聞かせる。かつて、高麗の武人だったヘウォンメク。戦乱に巻き込まれた村で子供たちを守っていたドクチュン。
 地獄では、別に生まれ変わりたくなんかないというスホンに、カンニムは自分の過去を話す。カンニムは記憶を失っていなかったのだ。

 そんなこんなで、スホンの無念の死を明らかにする、使者三人の過去とは? おじいちゃんと孫とソンジュ神、その三本立ての話がくるくると少しずつ描かれていく。話の筋が一本道じゃないよーって感じは、今の映画だなあって感じ。めまぐるしい、けど、ちゃんと切り替わる展開はわかりやすいので、混乱はしない。まったく飽きる暇がない、すごいサービス満点のエンタメだった~! 面白かった! 第一章でいまいちとか思ったけども、第二章の予告がステキで、期待して見て、期待よりずっとずっと面白かった!

 まずやっぱ気になる三人の使者の過去。カンニムはかっこいい武人だったみたいだな~というのはちらっとあったんだけど、語られるのは、立派な将軍の父の一人息子としてがんばってきたのに、父が保護した孤児がだんだん優秀さを発揮し、父の教育もあって自分を負かすようになってくる脅威に苦悩するただの男の物語なんですよ。まさかの兄弟もえ話だったー! 多分すっごく父を尊敬して、自分も父に認められるよう立派になるぞってすっごくがんばってきたと思うんだよ~。なのに目をかけられる孤児の弟に、追いつかれる、追い越される、という恐怖。でもそんなの自分で認められるわけはなく。誰にも相談もできなかったんだろうな。自分が一番強く立派であらなくては、って、弟に負けるなんて自分自身が一番認められない。弟は、静かに強くなっていく。
 そして、兄は道を踏み外す。
 戦いに弟を連れて行った父は命を落とす。そしてその責任を、兄は弟にかぶせて北方へ追い落とすのだった。

 ヘウォンメクはかつて「白い山猫」と呼ばれ敵に恐れられていた凄腕の持ち主。だが、身寄りをなくした子供たちには優しくできる男。
 ってな感じで、ヘウォンメクが、自分の過去の話を聞かされて、おっと~俺むかしから超強くてめっちゃかっこいいな、フッ、みたいにしてるのがめちゃめちゃおかしくてかわいくてたまんなかった~。ドクチュンは子どもを守る優しい子。
 そんなこんなの二人と、カンニムの過去が。カンニムの排除したかった弟がヘウォンメクだったんだよ。彼がひそかに敵の子どもたちを助けていた事は軍への裏切りだ、と、粛清しにきたカンニム。そして三人ともに命を落とす……。

 この、カンニムの名前が、悪い上司の名前として語られていた所から、逆に読むんだよってわかった時の感じが、あ~ハングル文字が読めればな~~って自分が残念だった。
 
 三人の使者として。カンニムをリーダーとして、千年一緒にやってきたチームなのに。自分を殺した相手こそがカンニムだったとわかった、ヘウォンメクとドクチュン。
 ショック……。
 それなのに。
 地獄で、スホンの裁判をしているカンニムが語ることに耳を傾け。カンニムは実は記憶を失っていなくて、この千年、自分が殺した相手とわかっていながら。一人苦悩を抱え続けてきたこと。許しを言い出すことができない孤独と苦しみを、ヘウォンメクとドクチュンはわかってあげるんだなあ。凄い。

 スホンの無念の死を明らかに、っていうの、どんな秘密が!? と思ってたら、あ、あの二人が埋めた時、スホンにまだ息があることを知っていたんだということを、認めさせるということだったんだなあ。なんだ。なんかもっとすごいことがあるのかと。でも、そうして、罪を隠して抱えることがどれほど酷い苦しみか、カンニムはわかっていて、スホンのためというか、加害者の方のため、許しを得る機会を作ってあげたんだよねえ。それはほんの少しだけ自分の救いでもあるんだろう。

 スホンくんの、なんかカラッと明るい弟キャラなのも救いだった。裏切られたとか、本当は見殺しにされたとか、多分うっすらわかっていたのに、いいって、最初から許すって感じなってるのなー。生まれ変わりたくない、っていうのも、現世が苦しかったんだな、とちょっとしみじみしちゃう。けど、また一からやり直しとかめんどくせ~~~って感じなのも、本音って感じが面白い。

 あと、怖いものを思い出しちゃう時、「ジュラシックパーク」の、恐竜……しかもラプトルだ! っていうの可笑しかった。わかる~~!嫌だよね~ラプトルの群れに襲われるとか一番嫌だよね~~~っw あの辺のジュラシックネタはおっけーなんでしょうか。笑っちゃった。
 最後の最後には閻魔さまにスカウトされてた。一応弁護士目指してたから、使者に向いてるのかね~。がんばれ~。

 おじいちゃんちで居座るソンジュ神。おじいちゃんちは立ち退きせまられて、立ち退き料もらっちゃってるのに、ソンジュ神てばファンドにつぎこんで70%も損失出したらしいぞ。アホかw 投資は無茶やってー。そんなこんなの、地上でのドタバタはかなり笑っちゃう感じ。けど、生活保護もままならない、孤児になったらこの子は。海外養子縁組の提案おとかされちゃって、そんなのダメだとか、けど最悪を避けるにはそれしなかないだろ、とか。貧困の悩ましさとか笑いごとじゃないんだけどさ。

 ソンジュ神が、マ・ドンソクなのです。その辺の俳優に詳しくない私でもわかる。彼はごつい。がっつり筋肉アクション強い強い人だと。ソンジュ神が強すぎて使者たちが追い返されまくっておじいちゃんを冥界につれていけないんだから、ってヘウォンメクとドクチュンが来たはずなのに、なんかもういきなり弱い! 
 神様、現身してるんだけど、人間には手出しできないお約束なんですね。だから金貸しの取り立てとか来ても、あっスイマセン待ってください待ってください、って感じでまったく弱い!全然なんもできずつっころばされて弱い! ヘウォンメクが助けるはめになる。
 あのごっついマ・ドンソクがヨワヨワなだけでもうすでにすごくおもしろい。笑ってしまう~。ファンドで失敗してるし。借金つくったのお前のせいじゃーん。ダメダメ。そんなこんなの三人でのやりとりがおかしかった。笑わせてもらった。

 そしてだんだん孫ちゃんに情はうつるわけで。
 ソンジュの壺というのが、神様の本体ってことなのかな? 地上げ屋たちが三人が留守の時にやってきて暴れていったせいで、壺が壊れ、ソンジュ神は消えてしまう。
 いよいよ、おじいちゃんを冥界へつれていく、ということでカンニムたち三人で、その名前を呼ぶ、という時に。
 場面が転換すると、孫ちゃんは小学校へ。おじいちゃんは生きてる。そしてついに株があがったらしいぞ!よかったね。
 あれ、カンニムが、ぎりぎりで、保留ってしたんだろう。子どもを助けなくては。守らなくては。すっかり情がうつってるヘウォンメクとドクチュンを思って。
 
 それで、おじいちゃん、孫が卒業するまでは猶予だってしたから、三人での使者をまだ続けるということになって。ついに、カンニムが、実は、と告白しようとしたときに、ヘウォンメクとドクチュンは顔を見合わせて、みなまで言わせずにいいから次の死者を迎えにいくよーって明るく流す。
 私、ヘウォンメクとドクチュンはカンニムが孫ちゃんのために、と猶予を選んだことでもう許す、っていう気持ちになったんだと思う。千年前のことはすんだこと。千年前死んだ自分は今の自分ではない、と。
 カンニムとやってきた千年はなんだかんだうまくやってきたんだろう。
 カンニムはまた言えなかった、って悩んじゃうだろうけど、二人がもっともっと仲良く一緒に笑っていけるようにするんだろう。

 カンニムが本当にどうしても許しを得ることができない、と思っているのは父のこともあって、父が戦死、と思ったけど、その死体の山の中で、本当はまだ息がある、というのをわかっていながら、見殺しにしてしまった、ということなんだよね。
 だから、生き埋めにされたスホンの事件を見過ごせなかった。

 そしてなんと、終わりかあと思った所で、父が亡くなった時、閻魔様が迎えにいってて、次の千年、閻魔の役職引き継いでくれないか、とスカウトにきてたんだよー。なんてこった。
 閻魔様が、なにかとカンニムを気にしてる風だったのは。カンニムだけに記憶を残すという過酷な罰を与えていたのは。父よあなたなのかーっ。
 父もまた、自分がカンニムと弟とにしてきたことのせいで、多分よかれと思って教育し育ててきたのに、兄にばかり我慢を強いていたということを悔いて。生まれ変わりの道を捨てて閻魔を引き受けます、ということにした、のかなあ。

 それにしてもカンニムの千年を思うと。辛いでしょ。ひどいでしょ父よ~~。でも、なんか、育ちをなくして何者でもない三人でいて、なんか仲良しでやってるなっていうことも間違いなくあったんだろうから。ヘウォンメクが、過去の過酷さがなければ、強いけどへろっとしたおバカなチャラ男で、かわいいなーみたいなのも、よかったんじゃないかなあ。

 そして、カンニムは、苦しみながらも、結局大事な時にはヘウォンメクを呼んじゃうとか。第二章のあとに、第一章のあれこれを思い返すと、すごい、あああああ~~~っと感慨深い。エモい。エモい、っていうんでしょうこんな時。という気持ち。

 面白かった。すっごいサービス満点のエンタメ大作だ。楽しかった。かっこよかった。ドクチュンちゃん、過去の三つ編み姿のほうが可愛いよ~と思ったりで、好きになった。全部見終わるとみんなのこと好きになれた。よかったなあ。見逃さなくてよかった。ありがとう~!


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映画 「パピヨン」

*ネタバレしてます。


映画 「パピヨン」

 パピと呼ばれる金庫破り。犯罪組織のボスの怒りをかったのか、殺人の濡れ衣を着せられる。南米、ギアナの流刑地へ送られむなしい強制労働。輸送される時に、金を隠し持っているというルイ・ドガを守ってやることにした。脱獄するにも金がいる。
 刑務所は厳しく、囚人同士の争いも激しい。脱獄者は独房へ。監視人を死亡させればギロチン。パピは衝動的に逃亡をはかり、捕まる。
 二年の独房暮らしを乗り越え、普通の刑務所に戻ると、次の脱獄を計画。ドガも生き延びていて、仲間を引き入れ4人で脱獄する。船で海へ出たものの、嵐で遭難。連れ戻されると、今度は5年の独房入り。そして生き延びたものの、悪魔の島と呼ばれる孤島へ送られるパピ。そこには先に送られていたドガがいた。
 今度こそ。と、パピはドガと、潮流に乗ればいいんだと海へ向かう。だが、土壇場でドガは島に残るといった。パピは一人海へ飛び込む。


 実話ベースだそうで、パピヨンが回顧録的に小説を出したのが1969年? 1973年に映画「パピヨン」。スティーブ・マックイーンとダスティン・ホフマンなんですね。なんとなく、タイトル程度は知ってるけど見たことはなくて、本も読んだことはないので、脱獄、どうなるの。ど、どうなるのっ。まあ主人公は脱出できて生き延びるんだろうけど、(冒頭に実話に基づく、ってなテロップ出たので)誰か死んじゃう? ドガは無事? どうなの~~~。と、すごくドキドキハラハラしながら見た。

 チャーリー・ハナムとラミ・マレックのペアで。よわっちく繊細そうなドガ、ラミ・マレックを、守ってやるよ、っていう強いパピヨン、チャーリー・ハナムがかっこよかった~。

 非常に言葉少なく。始まってあっというまに捕まって、本当にひたすら流刑地からの脱獄ばっかりの映画だった。潔い。
 しかしあの刑務所の所長も、所長だぞって威張ってるけど、あんな所でずっと暮らしてるっていうのも、それはそれで病んでる感じだよねえ。酷い。
 流刑地、監視はいるけど、目の前で囚人同士がやりあっててもよほどにならないと無視。というか死人もガンガン出る。脱獄しないと死ぬ、という気持ちになるのはわかる……。
 パピの諦めない気持ちの強さすごいなあ。

 パピヨンとドガとが、最初は妥協で協力するようになったけれども、信頼を抱くようになる。
 パピが、最初に二年の独房暮らしになった時、ドガがココナッツをこっそり差し入れするよう看守に手をまわしたんだね? ココナッツを手にして、ドガの名前つぶやいて感動したパピヨンの万感迫る感じ、すごくよかった。

 それにしても、ケツの穴に、そう隠したり入れだり出したりできるものですか?? まあ、その金せしめてやろう、って看守たちの方も思ってるんだろうかね。それで、ケツの穴は見逃されてるの? わからない……。
 人権もなにもあったもんじゃなくて、さっさと死ね、みたいな感じで、本当に、生き延びるの至難だな。時代って恐ろしい。まあ映画ですし脚色は大いにされているんだろうけれども。もっとひどかったりもするかもしれない。うーん。

 ゲイっぽさみたいなのはあんまりない、かなあ。二度目の脱獄の時に仲間になる男の子が看守に迫られててまあ、みたいなのはあったけど。
パピヨンとドガの絆は、かけがえのないもの。けど、別にそれはそういうものだねえ。

 古い方は名作と名高いみたいなので、そっちも見てみたい。なんにせよ過酷すぎる。生きるって、タイヘン。

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映画 「ゴールデン・リバー」

*ネタバレしてます。

 

 

映画 「ゴールデン・リバー」
 21日(金)に、フランス映画祭 2019横浜 というので見てきました。公開は7/5~。
 映画祭での上映とはいえ、この回は、トークだとかゲストだとかもなく、普通に先行上映で見られるわーい、って感じ。公開館が少なめみたいなのでそこそこ近いとこで見られてラッキー。

 

 原題は「The Sisters Brothers」。原作の本も『シスターズ・ブラザーズ』で出てるのに、邦題タイトルもまんまにしてほしかったなあ。まあ、ゴールド・ラッシュの頃が舞台ってことで、こうしたのかしら。けど、あんまり別にわかりやすくなったという気はしないけれどな。まあいっか。

 

 原作を、この映画化のニュースを知ってから読みました。兄弟、兄と弟っていうのが逆になっててちょっと戸惑う。キャスティングの関係なのかな。まあ、そこは本を気にしないようにして見る。

 

 シスターズ兄弟は殺し屋。提督の指示で殺しをこなしていく。今度のターゲットは、ウォームという山師。モリスという案内役が、その男を見つけ出しす。そして兄弟が殺す。
 イーライは、殺し屋から引退したいと考えていた。いつまでも若くはない。だが、チャーリーの方は殺し屋稼業でもっと上を目指そうとしていた。どこか素朴で気のいい感じのイーライ。酒におぼれがちなチャーリー。二人は先をゆくモリスのあとを追って西部の町から町へ馬にのって野宿を重ねながら旅をする。
 モリスは、教養ある男という感じ。気取った手紙や日記を書いている。だが本当は自由を求めていた。ウォームは科学者。川に沈む黄金を見つけだせる薬品を作り出していた。その秘密を提督は狙っているのだ。ウォームを追って、警戒心をといてともに旅するようになったモリスは、ウォームの理想の社会を作りたいという夢に共感する。
 金を見つけ出す川。そこで一緒になって別の敵との戦いをした四人は、黄金を見つけて山分けにするという話をつける。そして薬品を川に流すと、沈んだ黄金が輝きだす。

 

 

 お話は、本で読んでいたのとほぼ同じく。本の方が寄り道とかなんかこう、それぞれの人物の境遇とか丁寧。映画でさっくり進む、実際景色が広がり、目に見えるっていうのはとっても素晴らしい。馬の旅のかっこよさもある。暗闇の中の銃撃のスパーク。焚火。
 馬ちゃんのことは、映画だけ見てるとあんまり、どうなんだろう。私は心の中で、あああ~馬ちゃん、辛いよねとか感情移入しまくりで見たけど。

 

 イーライが歯磨きを知って、なんか不慣れな感じで歯磨きするのを見てやっぱり可愛かった。本で読んだ時から、歯磨きにこんなに描写が。となんだかステキだったので。モリスと出会った時に、モリスも歯磨きしてて、なんとなく、うん、って通じ合う感じだったのもすごくよかった。別に実にさりげないシーンだったけど、好き、ってなったところ。

 

 基本的には兄弟の物語で、なんかこう男兄弟だなー、ふざけあったり無口だったりお互い無愛想だけど、兄弟だもんな、って感じ。イーライの方が兄、ということになってて、父を殺したのが弟チャーリーで。自分がやらなきゃいけなかった、お兄ちゃんなのにな、ってぼそっと言う感じすごくよかった。
 イーライが素朴で不器用で善良そうだったりもするんだけど、躊躇なく撃ち殺したりもするんだよなあ。チャーリーはマッチョイムズって感じ。けど、酒におぼれて弱い感じ。殺し屋引退したいイーライと、じゃあもういい別の相棒探す、とか言ってたけど、他にいい相棒なんていないんだよ。チャーリーが右腕切断になって、結局、イーライが彼を守る。
 提督はあっさり勝手に死亡してて、そっかーと思ったのも面白かった。ケレン味の少ない映画だ。不思議な上品さだった。ワイルド西部なのに。

 

 モリスとウォームの、ちょっと浮世離れした、理想目指しちゃう初めての仲間、みたいな関係もよかった。ウォームを演じてるのがリズ・アーメットで、なんかすごくよかった。タイヘンな人生やってきたはずなのに、理想を見る綺麗な目をしている感じ。そういうふわっとした感じがすごく、よかった。モリスを演じてるのがジェイク・ギレンホールで、なんだろうな~、心のうちになんかありそうだけど何にも言わないわからない感じの男、よかったなあ。
 兄弟、仲間の四人。無口で粗野で無骨で不器用な、なんもスマートじゃない西部開拓時代の男って感じ。馬が大事で、野宿当たり前で。


 西部劇的なのを見るたびに、自分の身を守るには自分だけが頼り、銃を持つべき、という過酷さがすごくて、生きるだけでハードモード。今、一応法秩序のある時代、場所に生まれてよかったと思ってしまう。タイヘンすぎるでしょ。ラスト、兄弟が母親のいる自分たちの家に帰るんだけど、まず母は銃を構えて出てくるし、追手から逃げてるんだったらうちには入れない、という構えなんだよねー。違うよ、ただ疲れて帰ってきただけだよ、っていうと、やっと受け入れてくれる。実の息子だろ~と甘くないんだな~~。すごい。でも迎えたあとは、実はちゃんと部屋がきれいに用意されてたり、ご飯お食べとかお風呂入れとかいう感じで、それはまったく普通に親子なのだった。ほっとする。

 

 黄金を見つける薬品は劇薬で、川で薄まるから大丈夫かと思った、のに、結局その薬のせいでモリスとウォームは命を落とす。まー、欲出したチャーリーのバカのせいなんだけど。チャーリーもそれで右腕なくすことになるんだけど。
 その薬品とかってファンタジーでしょ~?と思ってて、映画でどうするのかと思ってたけど、なんか、まあそういうものだ、と、さらっとしてて、その塩梅もよかったなあ。

 

 不思議と、本当に、リアリティ重いけどファンタジーな感じがする映画だった。ガンガン人殺すし死ぬけど、湿っぽさはない。過酷だけど優しい。
 シスターズ兄弟、イーライがジョン・C・ライリー、チャーリーがホアキン・フェニックス。お互い髪切ってあげたりの日常の感じよかった。
 こういう男たちが生きてる。おかしかったり、切なかったり。大満足でした。

 

 なんでフランス映画祭でやるんだろう? 舞台はアメリカ、言語も英語。と思ったら、監督ジャック・オーディアールって、フランスの巨匠って感じですか。無知でごめんなさい。これまでの作品名みると、いくつか、あーこれちょっと見たいとか思ったことあるな~というのがあったり。これからは名前覚えておきましょう、自分。

 

 

 

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