『パールグレイの瞑想』(岡田衣代/書肆侃侃房)
『パールグレイの瞑想』(岡田衣代/書肆侃侃房)
第四歌集。2020年7月刊。2012年から2020年の歌から351首を選んでの一冊だそうです。
瞑想、というタイトルのように、ゆっくりとひとり自分の中から紡ぎ出している歌があつまった歌集だと思いました。空白をいう歌があったの、余白や空白、記さないことのほうがたくさんあるような一冊。
あとがきを読むと、声紋の癌の手術で声を失ったとのこと。そういう中でいっそう短歌が大事になったと。私にはその辛さを推し量ることしかできません。この歌集の中で、自在に歌をいろいろに試して楽しんで作ってみせてくれているのだなあと思います。
正直言えば私の個人的好みとしてはどうかなーと思ったりする歌も多々ありました。でもこのきれいな歌集がただ綺麗なだけでなく、作者の世界の強さを広げるものであることを、読んで味わうことができてよかったです。
いくつか好きな歌。
心地よく白身にいつも庇われて夢見る黄身よ 殻割ってやる (p36)
卵のことですね。ふむふむと読んでいたら不意に意地悪しちゃうみたいな結句でびっくりして、しばらく手がとまってしまいました。。黄身を夢見るお嬢様みたいに捉えているのも面白かったし、そういう見立てをしてる卵だなあと思いながらコンッと殻をぶつけて割っちゃう。白い卵ってピュアな印象あるかなあ。それを割って食べるって、なんか考えるほどにひどい、みたいな気がしてしまう、ってなるような、インパクトがある。ただ卵を割る、なんでもない日常の行為がちょっと複雑なユーモアな世界に変わってしまった。面白かったです。
ひかりとは旋律に似て静けさの極まるかたち 春がきている (p56)
ひかりには形はなくて。旋律だって静けさだって形はなくて。それを「かたち」と歌いとめていてとても綺麗だと思いました。あかるくなる春がきているという感じってそういう感じ、と、素直に同意します。
どこからかこそっと逃げ来たネジの子よ、なぞなぞなんぞを仕掛けてくるな (p64)
あれ? と、どこかの何かのネジが落ちているのに気づく、って、あるなあと思いました。え、何のネジだろう? どうして? いいのかなよくないのでは? どうしよう。って、小さなネジに語りかけているユーモア、面白かったです。下句の「なぞなぞなんぞ」の響きも楽しい。
新聞の分厚き手ごたえ昨日とはこんなに確かなものであるのか (p71)
何か大きな事件があったのか、何か特集版だったりするのか、新聞の分厚い手ごたえを改めて感じた時に、それを「昨日」のたしかな手ごたえと表現している感動がありました。なんとなく不穏な出来事、って思ってしまうのは私の問題かな。あんまりいいニュースにこの頃思いがいたらないなあ。
どうしても摑めなかった春風の羽根のようなるそのひとり言 (p83)
ふわふわな気分で読んでいって結句が「ひとり言」と着地したのが面白かったです。掴めなかった誰かのそのひとり言は何を言ってたのでしょう。春の気分を思いました。
足元に小さな螺子が転がってガクッガクッと私がずれる (p144)
ちょっと前のネジの歌とは違って、こちらはシリアス。私の螺子なのだろう。私の大切な。ずれて不安定になっても、倒れずにいるのだ、と思った。全体、喩としての歌だけど、深い実感、思いが伝わってくる一首。「ロープ」というタイトルの本の最後の章は、重く感じられる歌が多く、いっそう深く味わわせてもらいました。
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