『歳月の庭』(加藤ミユキ/ながらみ書房)
『歳月の庭』(加藤ミユキ/ながらみ書房)
第七歌集。2020年9月刊。2007年~2019年まで、目次がある。その期間の作品からまとめた歌。「年齢では、七十九歳から九十一歳に当たります」とあとがきにありました。すごい。
日々の出来事が丁寧に描かれていて、いろいろなことをおっとり教えてもらっているような気持ちで読みました。自転車で転んじゃったりしたんだな、そういえばうちの母もこの前自転車で転んで、車輪ちょっと小さめの電動アシスト自転車に変えたっていってたなあ。なんて、歌を拝読しながら、自分のこともあれこれ思うのでした。
お子さんのこと、お孫さんのこと、何より夫のこと。家族を大事に暮らしてらっしゃるのだということがよく伝わってきます。季節の移り変わりがあり、庭の様子なども一緒に見ているかのように感じられました。
いくつか、好きな歌。
剪定をせし中庭は明るくて蟬の居場所をふとも危ぶむ (p29)
剪定して明るくなった、と見る庭に、蝉のことをちょっと心配している。お、そういうことを気にかける作者なのだなあと、優しさが伝わってきて、いいなあと思いました。
吾が編みし小さき布団に眠る猫陶製なれば起きることなし (p33)
するすると読んでいて、え、陶器の猫なんだ、と小さな裏切りにあった気持ちがして面白かったです。そして陶器の猫に小さい布団編んでおいてるんだという風情に可愛いなあ、優しいなあと、びっくりからにっこりの気持ちになりました。
三人子の齢かぞへる誕生日私の生命たうたうと在る (p59)
子どもが三人いる、そのことを、その子がいる今を、「私の生命」と感じるのですね。私は子どもがいなくてまるで思ったことのない感慨なので、ああこんな豊かさがあるんだなあと、不思議で新鮮な思いがしました。
つれだちて秋色の森見ずなりてはや幾年ぞいよよ夫老ゆ (p75)
山車にのり笛吹く息子眺めゐる老いさらばへし夫の眼は父 (p89)
老いと病とある夫との日々、でしょうか。常に寄り添って、夫を思い、夫を見つめている作者の視線があります。息子を晴れがましく眺め、それを見ている夫を見て、その眼をやっぱり父親だなあと思って。家族のつながりを大切になさっているんだなあと伝わってきました。
『うたびとの日々』に顔出す母われの名古屋弁丸出しのページはとばす (p98)
くすっと笑ってしまった一首。息子に描かれる母である自分の姿がいまいち気に入らなかったのかなあと思いました。いやあるいは嬉しくて照れくさくて読めないわ~ととばすのかな。何にせよ、息子の本に登場する母、も、書かれた母である作者からの歌もあるのってすごいです。
「ミユキです」夫の耳にもの言へど応答もなきに再び三度 (p125)
言葉なく暗闇の道ひた走る車の内に吐息は満ちる (p126)
まだ温みある手を握り夫をよぶ生涯に二度となきわが声音 (p127)
「夫」という一連。最期にあうところ。すごく臨場感ある歌が並んで、切実な思いがとてもよくわかります。こんな風に描くことができるんだな。歌人だなと思いました。「生涯に二度となきわが声音」という表現が凄くて、そのかけがえのなさ。逝ってしまった夫を呼ぶ、生涯だた一度の自分の声。凄いです。
生前の夫の食事の時間帯今もくづさず夜の盃も (p130)
傍らに人居るごとき手のかたち夫はまさしくわが横にゐる (p143)
体としての夫は亡くなっても、夫とずっと暮らしているのは同じ、という気持ちが伝わってきます。歌集ずっと、夫といるという作者の気持ち、暮らし、姿があって、長く連れ添い、心ひとつということなのだなと、胸をうたれる思いでした。
店の前坂ありいつも「がんばれ」の歌口ずさみ吾を励ます (p177)
よいしょっという気持ちがすごくわかる~って思いました。がんばれの歌を口ずさむというのが素敵です。こう、日常の中でちょっとずつ何かのたびに自分を励ましながら、なんか無理矢理ではなくてちょっと楽しむように、というのがいいなあと思います。私もそうしようって思う。
なきがらの蟬をひろひて葉の上へ昨日置きし蟬も安らぎてゐる (p186)
蝉のなきがらを葉の上に置く。きのうも。今日も。正直、私は蝉が転がっているの毎年すごく恐怖で、何もできず遠巻きに通り過ぎるのみなのです。作者のこうした姿、尊敬します。でもやっぱり怖い。すごく印象に残った一首でした。
美しく夜が明けたりととのへて枕辺に置きし衣に手を通す (p198)
きちんとした暮らしの姿がとてもうつくしく感じられました。静かな夜明けの気配。美しく、夜が明けるのですね。
ずっしり重い一冊でした。ありがとうございました。
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