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『ジューンベリー』(小川佳世子/砂子屋書房)


『ジューンベリー』(小川佳世子/砂子屋書房)


 2020年7月刊。第三歌集。2016年からの約400首をほぼ編年順に集めました、という一冊。

 薄紙に包まれた表紙で、わ、歌集っぽい、と思います。この紙を破ってしまいそうと思って、こういう本を手にするときにはいつもかすかに緊張する。

 病や怪我、怪我? 検査や入院、骨折の日々があまた綴られていて、小川さん大丈夫かなとまた改めてハラハラしながら読みました。
 父と母との関係や、思い。生きる事、子どもがいないこと、実感を感じて共感したりはるばると想像したり。
 鬱屈や悲しみは確かにあるけれど、きれいな軽やかさもあって、作者の力であり、短歌の力であるのかなと思う。定型で一首、すっとたつ言葉は確実な一歩一歩だと思う。一首のかたちにいれた思い、出来事はあとをひく湿っぽさではなくて、一滴一滴ひかる雫みたい。歌に寄り添う気持ちで読めました。


 いくつか好きな歌。

  思ったより寒い紫陽花の角を曲がる だれかの日かげはだれかの日なた (p19)

 寒い/でちょっと切れる風に読んだ。意外と寒くて。紫陽花の花の色をみて。角を曲がって。そんな風にぽつぽつ途切れながらにいるような感触。下句の感慨はとてもわかる。日向も日陰もただ単純にそう、ではない。かすかに諦め、やわらかく許し、みたいな印象があった。


  「気がめいる」と言ってもいいよそのほかに「西日がイヤ」と言ってもいいよ (p46)

 いいよ、いいよのやさしい肯定が好きです。ちょっとした愚痴、西日がイヤっていうささやかな、でもわかる~と思うとりあわせ。この歌がある一連は、姪御さんとのラインとかあるんだな、と、父との苦い思い出とがあって、家族って、と思う。家族ってねえ。


  痛い場所もなくて阪神戦を見るこれは確かにいつもより楽 (p62)

 「検査入院」という一連にある歌。検査だけなのでちょっと気楽、なのかな。阪神ファンなんですよね。能見さんが登板あった時なのかな、と勝手に想像して、ちょっとふふって思った歌。でも、「痛い場所」がよくあるんだな、という背後も感じて、単純に笑えはしないのだけれど。ふっと軽みのある歌で、好きです。


  賞状より歩ける方がいいのにと一瞬思った 一瞬だけです (p72)

 ながらみの賞をとった授賞式の時の一連だと思います。私もお会いできて嬉しかった。旅のようす、思いが伝わってきて、うんうんって思いながら読みました。一瞬思った願いの切実さ、でもすぐ「一瞬だけです」って打ち消すのもほんとなのだろう。両方だったらいいのに。


  あなたには書いてほしいと思います誰も知らないわたしの昔を (p103)

 誰も知らないわたしの昔、を知っている「あなた」がいるのがいいなあと思った。語順がうねうねしてますが、それが屈折の感じかなと思う。あなたは書く人なんだな、というのも、いいなあと思います。


  大泣きをしそうになるやん 踊り場で元気そうやと言われてしまい (p127)

 これより前にも元気そうと言われたって歌があり、多分言った相手は励ますつもりの善意であるのは言われた方もわかっているんだけれど。元気そうに見えるのはいいけど、元気じゃないんですよね。踊り場で、だから、階段でちょっとすれ違いざまに、という場面だと思います。多分その場は明るく挨拶してすれ違って、心の中で泣きそうに、大泣きをしそうになってしまう。「なるやん」という軽やかな言いぶりで作られた歌だけど切なくて私も泣きそうになった。大泣き、そう簡単にはできなくなってるけど、泣いていいよね。


  もうもとのからだのかたちに戻れない 夏が雨滴にかわって落ちた (p144)

 「からだのかたち」という表現にひかれました。少しひいて客体化した自分を繊細に見ている感じ。下句の夏という大きな形のないものが、雨滴という小さな水、天からの水、目の前に落ちてくるもの、にぎゅっとなる感じも、腑に落ちる。この飛躍を私は説明できないなあ。でも、詩だと思いました。


  青空にジューンベリーの花の白 今までのすべてに号泣したい (p159)

 ジューンベリーがどういう花なのか私は知らなくてちょっとぐぐりました。木で白い小さな花が、春?初夏?に咲くのですね。果実は6月に収穫、ジャムにしたりできる。6月のベリーか。青空の白い花を見上げて深呼吸する気持ち。あかるい景色の中で、下句の言葉の切なさがぐっときました。歌集のタイトルにされている歌ですね。青空、ひかり、花を見上げて、泣きたい気持ち。でも泣いてない気持ち。強く印象が残る一首で好きです。


  日日ままは耳から遠くなってゆく絶叫しているひまわり畑 (p167)

 母との二人の暮らしも多く描かれていました。耳が遠くなる母の姿、ひまわり、この歌はゴッホの絵を連想させますね。「まま」という表記、呼び方、はかり知れない屈折があるように思いました。淡い水彩ではなくごつく塗り重ねた油絵みたいなのかな、と、想像しました。なんか迫力ある一首。


  新しい年の日記は黄色くて「かなしい」が書かれませんように (p187)

 黄色は明るい色。暖かい色。かなしい、が書かれないように私も願う。普遍的な願いだと思う。たのしい、が、たくさんありますように。


 とはいえ、今年の夏、岡井隆の死があったのだったと思ってしまった。私もまだまったくのみこめていないのです。でもこの歌集はちゃんと届いていると思う。空を見上げていきましょう、って思った。青空を。白い花を。読めてよかったです。

 

 

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