『土のいろ草のいろ』(飯沼鮎子/北冬舎)
『土のいろ草のいろ』(飯沼鮎子/北冬舎)
第五歌集だそうです。2019年12月刊。2011年~2018年に作った歌からの一冊。
父母と老いと死と、成長した子どもとの日々が感じられる歌がたくさんあって、私自身の実感を思ったり、そういう風なのかと想像したりしながら読みました。
旅の歌、海外のことを思わせてくれたり。
単純な明るさではなくて、かすかに陰る暗さから目をそらさず、ちゃんと見つめているような姿勢が見えます。原発問題とか、原爆のこととか、国とか差別とか。私自身はそういうことができてない、と我が身を振り返ったりして。読みながら、凄く自分自身と向き合う気持ちになった。ので、あー短歌って、人生、生きる、いのち、自分、だなあと思ったのでした。
作者と私は全然別なのに、歌の実感、手ごたえを渡される。それが私には、重い、って逃げたかったりしたのでした。別に何も押し付けてくるものじゃなくて、読んでる自分の問題を自分が考えちゃう、あー、歌集を読むって自分と向き合うことだと、改めて思う。それだけしっかりした素敵な歌集だと思いました。
いくつか、好きな歌。
なんて重たい父母だろうベッドごと芝に出したき梅雨の晴れ間を (p12)
「父母」に「ちちはは」のルビ。梅雨時期のじっとりした重い空気に重なって、老いた両親、気持ちの重さ、ふさぎ込み、でも晴れ間であるひと時の解放感の願い、みたいな、すっごく今の私に実感伝わる気がしました。ちょっと布団を干すとか日光浴とかじゃなくて、ベッドごと全部! 丸ごと! な感じの勢いの強さもいい。
助けを呼ぶメールそのまま閉じながらわたしがわたしでなくなるを待つ (p18)
ちょっと状況は私にはちゃんと読み取れない歌なのだけれども、ひどく切実な思いが刺さってくる一首。わたしのままでいたら、そのメールに応えてすぐさま助けに走り出してしまうのだろうか。どんな助けが求められているのかわからないのだけれども。でも、「わたしがわたしでなくなるを待つ」というのは、感情のままに動きだすのではなくていったん冷静になろう、ということなのだと思う。閉じたメールを胸に抱えてると思う。「待つ」のも結構大変でしょう。しばしうずくまるような感じ、孤独を感じました。
旋律はかくやわらかくもの憂げに子の島ことば聞こえくるなり (p54)
娘さんが奄美大島に永住してる、そこへ行った時の歌だそうです。自分のもとにいた頃とは違う、娘のその話すことば、を聞くのは、驚きであり寂しさであり、なのだろうなあと思います。ことばを「旋律」ととらえ、それは「やわらかくもの憂げ」である、そういう響きの伝わり方が気持ちなんだなあと。好きな歌です。
わが夢に匂いのありて裏庭に母は三つ葉を膝つきて摘む (p72)
匂いのある夢って不思議です。私は夢をほとんど覚えていないし、色とかまして匂いとか、あるってあんまり思ったこともなくて。ま、実際そういう夢見たのかどうかはともかく、匂いのある夢、それは母の夢で、多分その匂いは三つ葉の匂いだったのかなと思って、膝をついて母が三つ葉を摘んでいた、という情景もよくて。何気ない、けど、ほろっとくる歌だと思います。
生き物を食べないでね 子に言われつくづくと見るシラスの目玉 (p105)
この「子」はヴィーガンであるようで。ヴィーガンてベジタリアンよりもっと完全菜食主義者、ということらしい。そういわれてしまうと……。一文字空けで一つ息を飲む感じ、ぴったり。シラス、って、私食べますけれど。丼だったら何百ものしらすがいて目玉がある。あるね。たっくさんの生き物をパクっと一口で私は食べるね。食べます。食べますが。この一首はしずかでやわらかい、特に主張の強いわけではない歌ですが、深くため息ついたのでした。そういう「子」の切実さみたいなのも伝わってきて。これは、なんていうの、言葉の動かない、完成した一首だと思います。
ヴィーガンの子はひたすらに光りゆく草であるらし夜更けの庭に (p107)
その子を光り、草と見る親の気持ち、を想像しました。わからないのだけれども。ひかりなんだなあ。
指先に五匹の豚が笑ってるソックスを履き会いにゆくなり (p112)
入院中の母に面会に行くときの歌のようです。これ、つま先が五本指に分かれている靴下だろうと思います。その指ひとつひとうに豚のイラストが笑ってるんでしょう。楽しいお出かけではないけど、このソックス履いて、ちょっとふふってして、という自分の励まし方がわかるなあ、いいなあと思って好きでした。
別れ方が難しいのだ冷たすぎず温かすぎず雲のようにも (p181)
ホームにいる父と面会した後の「別れ方」。難しいだろうなあ。最後、「雲のようにも」に飛躍したのが、読んでいてあっと思ってよかった。ふわっと広がって。空に飛んで。
お父様は亡くなられたようでその挽歌もしっとり美しかったです。音楽がお好きな方だったのかな。教師だったのか。文化教養の高い方のようで、そういう姿を歌から感じられて、歌に書き留めている作者の思い、視線を感じられて、よかったです。
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