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映画 「影裏」

*ネタバレしてます。

 

 

映画 「影裏」

 

 昨日17日(月)見てきました。タイトル、えいり と読むのですね。

 

 今野は先月埼玉から盛岡に転勤してきたばかり。会社で禁煙の場所で、のんびりタバコを吸っている男に思わず注意するが男はまるでとりあってくれない。

 男は日浅。同い年じゃん、ということで仲良くなる。不意に今野の家にやってきて、酒を酌み交わす。釣りに行こうよと誘ってくれる。次第にうちとけ、親しくなっていく二人。

 だが、日浅は突然会社をやめてしまう。今野は何も知らされていなかった。

 やがてまたふらっと、今野のうちにやってくる。今は営業、葬儀や結婚資金のための互助会契約を飛込みで回っているという。また付き合いが復活して。けれどある時、どうしても今月中にもう一件契約が必要とたのまれて、今野も一口のることにする。

 それからしばらく。夜釣りに誘われたのになんだかぎくしゃくしてしまい、ふっつりと連絡もなくなった。

 そして、311日がすぎる。震災で大変な中、今野は日浅が死んだのかもしれないと聞かされる。日浅はどうなったのか。彼の捜索願を出さない家族に会いにいき、自分の知らなかった彼の姿を聞かされて、今野は戸惑った。

 

 

 芥川賞受賞の短編(?)が原作だそう。どういう話なのかよく知らずに見に行きました。知らずに見に行けてよかった。どう展開するのかドキドキしまくり。

 けれど、冒頭、狭いアパートで植木鉢にパンツひとつで水やりをする今野、綾野剛を、寝ているところ、足からなめるように体撮っていってて、しゃがんだ時のパンツ、股間のふくらみもあらわにとっていく、綺麗な朝のしどけない色気を見せつけられた時から、あーこれはゲイムービーかな? って思った。自分の直感を信じて正解。とても切ない恋と喪失の映画だった。

 

 松田龍平が演じる日浅。ふらふらしてて気負いがなくて、つかみどころがなくて、するっと人と仲良くなれる、けどするっと消えてしまう男。そういうのすっごく似合うよなあ。

 おばちゃんたちとも気安く喋って、人気者になれる。転勤してぽつんとしてた今野の初めての親友になれる。

 日浅にとっても、今野との友情はやっぱり本当だったんじゃないかなあと思う。いろいろ彼の裏の顔、裏の顔っつっても、人殺し的なものではなかったけど、わりと平然と人を裏切って金だまし取るみたいなこと、親からも絶縁されて仕方ないみたいな男。あのおばちゃんからも多分金無心してたり。なんなら不倫つーかセックスもてきとーにあの人とか会社とかあちこちでやってたりしたんだろうなあみたいな、だらしなさみたいな所。

 それでも、今野とただ喋ったり飲んだり、一緒にふらふら散歩したり、渓流釣りをしたり。その時間はホントに友達として楽しんでいた、日浅にとっても大事な時間だったんじゃないかなあ。

 今野に契約頼んだ時、すぐ行けなくて、部屋の前で今野が出てくるまでタバコ吸って待ってた感じ。あの吸い殻の時間分、日浅は迷ったんだよねえ。会社の」おばちゃんには躊躇なくいったと思うんだ。けど、今野と友達、という気持ちは本物で。契約頼むとかかっこ悪いし友情にひびいれたくないし、みたいな思いが、あったんだと。思う。

 

 今野綾野剛が、ほんとうに儚く寂しい顔をして現れてさー。もう、ほんっと、この、今野くんをカメラ通して見つめて、彼のぎこちなさとか緊張とか、日浅とだんだん距離が近づいて笑うようになっていくのを見てる時間がたまんなかった。切ない。きゅんきゅん。

 二人が仲良くなっていく、その時間を丁寧にうつしだしてる映画だったから。30歳の男子二人はこんな風に仲良くなるのかあと思う。

 そして、あー好きになっちゃうんだなあっていうのが今野の姿を見てるだけでひしひしと伝わってくる。好きになっちゃうな。好きだろう。水筒を回し飲みするとか、ザクロを一緒に食べるとか。ヤダ、間接キッスじゃん!って心の中の乙女がドキドキしちゃってんのがすっごい、すっごい見えて、観客である私もドッキドキしちゃうし。ドキドキときめき、だけじゃなくて、あ、こんな気安く接してくれるんだ、という友達の距離感の嬉しさみたいなのもすごく、わかる。

 

 二人でいつもみたいに飲んだくれた夜、夜中にむくっと目を覚ました日浅が、今野の胸元に小さな蛇がいるのを見つける。それを見つけてあんまり動じるでもなく、ぽいっと窓から捨てるんだけど。どっから入り込んだかなあ、なんてのんきな日浅と見つめあって、しばらく固まってしまってた今野は、日浅にキスしてしまう。びっくりする日浅を押し倒してしまう。けど、やめろって、と、跳ね飛ばされてしまう。「ごめん」と、言うしかない今野。

 日浅は、なかったことにするように、また寝る。

 翌朝、日浅がいない、と思ったら、窓の外にいて、また釣りに行こうみたいに誘ってきて。あーなかったことにされるんだ。

 

 この、友情を超えて好きになってしまう、今野くんはゲイなんだなって所と、嫌悪とか示すわけじゃないけども、ありえないとして友達のままでいようとする日浅。今野くんとしては、辛いのでは。辛い、けれども、友達でいられるのはよかった、なのか。うー。辛い。わからない。でもそれでなんとなく、今野くんとしては複雑さが増してしまうし、日浅はなんか今野を利用しちゃうんじゃないかとか、関係のあやうさがすごくて、引き込まれる。

 好きで。けどどうにもならなくて。

 

 今野は日浅があの日、亡くなったとは信じられなくて、信じたくなくて、かな。日浅が言ってた、お前が見てるのなんて人のほんのわずかな表面だ、人間見るなら一番暗い影を見ろ、みたいな言葉をかみしめてしまう。

 日浅は今野が好きになった男ではない部分がいっぱいあったみたい。それでも。

 

 日浅が生きているのか死んでしまったのか、わからない。けど、今野はもう追いかけないし追いかけられないし。日浅が残したただの契約書の名前を見て涙を流す。

 とても綺麗だった。あれ、どうなんだか私には明確にはわからなかったけれども、日浅と友達だった自分の時間は確かにあって、けれどそれはもうどうにもならない、という、ひとつの諦めの時だったのかなあと思う。泣ける、って、一つの浄化だと思うから。

 

 それからまた時は流れて、今野くんは、出向から本社に戻れるとか言われてた3年をすぎてるんだと思うけど、まだ盛岡にいて、釣りをしてる。仕事、同じとこなのか、やめて転職とかしたのかわからないけれども。かつてはそんな先輩の話を、自分は真似できないなあって言ってたけどさ。

 あ、そもそも転勤してきた時に、多分何か辛い別れかなんかあったんだろうなあというのもあった。昔の友達? 知り合い? もしかしてつきあってた? 相手が、トランスして、というのか、性別を女性に変えたかなんかで、一度会いにきてて。何もかも捨てるみたいに引っ越しちゃったという風な感じに話してた。

 ゲイとしてのアイデンティティに悩んで苦しんできたのかなあと思う。それを捨ててきて、けれど盛岡で日浅と出会って、やっぱり恋をしてしまうんだなあ。

 人が人を思う心は、自分でもままならない。

 そして今また、恋人ができて、多分今度は両親に会うみたいな会話があったから、一緒に暮らそうとかパートナーシップとかそういう風に進んでいこうとしてる所なのかな、と、思わせる感じで終わった。

 

 そんな中でも、日浅の幻を見てしまうけれど。今野くん。幸せになってくれ;;

 

 松田龍平と綾野剛がほんっとよくって。二人を見なくてはと思って見に行ったわけですが、二人にも大満足だし、物語として映画として、余白が多いゆったりした感じと、闇の深さとか切なさも愛しさも、全部、見に行ってよかったなあと思った。

 他のキャストもさっすが渋いうまい素敵だったし。

 盛岡の自然とかですか、ひかりも水も緑もとても綺麗だった。

 

 震災が一つ大きな出来事なんだけど、それを殊更に大仰に言うのではなく、たいへんなことがあってたいへんなんだけど、日々は続いていくという感じ。繊細な描かれ方だったと思う。東北、みたいな大きなくくりではなくて、それぞれの場所で、それぞれの人に、それぞれの出来事があること。

 

 夜釣りに行ったシーン。今野くんが、なんかたぶん浮かれてミニキャンプみたいにいろいろ買って持っていっちゃうのに、日浅は、なんもいらないっていったろ、みたいな感じでそれを小バカにするんだよ。川のそばで車とか置かせてもらってる地主さんのおじいちゃんに、こいつはダメですよ、みたいに、今野と喋る時とは違って結構訛り使って喋るのね。今野くんもイライラしちゃうし。

 こういう、あー、いやだー日浅酷い奴、って感じの見せられ方、苦しかったし、あー、こんなだったりするんだ~~~ってずるかったし。

 見せられるシーンすべてがセリフ以上に豊かで見応えあった。説明がほとんどなくて、なんとなく察するんだけど、わかんない。わかんないけど、わかんないままでいいか、って、思える。たっぷり豊かに二人の世界を見せてもらったから。

 

 原作本も読んでみようと思った。もう少しわかりやすいのかな。もっと違う感じでわかんないのかなあ。でもこの二人の姿を思いながら読むことができるんだな。楽しみ。

 

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