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『Ange-Mensonge 天使―嘘』 (守中章子/角川書店)

 

『Ange-Mensonge 天使―嘘』 (守中章子/角川書店)

 

 

 2014年の『一花衣』に続く第二歌集。2019年10月刊。

 

 短歌というのはこんなにもうつくしいものだなあ。と、つくづく実感させてくれる歌集でした。白い表紙に細やかなきらめきをまとう本そのものも綺麗だし、一冊におさめられた歌、言葉でひろげられる世界はやわらかく美しく敬虔で、清らかなものだと思える。

 

 歌は調べだ、と、よく言われるなあと思い返した。大会や批評会で岡井さんはよくそういっていた。この歌集を読んで、一首の調べのうつくしさ、言葉のひびきあいを味わって、歌っていいなあと憧れをまた深くしました。

 

 パリで学生生活をした一年半の歌があり、その期間に母を亡くすということがあったのかな。また、テロだとかの事件があった頃か、不穏な世界を肌で感じる歌もあった。

 私は異国に暮らしたことがないので、実感をわかるってことはできないと思うのだけれども、そういう歌を読んで疑似体験をした気持ちになる。遠い世界。大切なひとの喪失。ひととき漂う暮らしでありながら旅である時間。

 いろんな言葉が混ざって使ってみている感じは、どうなのかなあ。私としてはあんまりわかんないなとひいてしまうけれど、作者の実感としてはこういう感じ、という言葉遣いなのだろう。

 私が街並みを思い浮かべられるようであったら、もっと楽しめたのかもしれない。社会詠というか時事詠のところも、私がもっと世界のニュースに関心を持って記憶してればいいんだけれども。よい読者にはなれなかった。

 

 いくつか、好きな歌。

 

  しづもれる枝より落つるひかりはも会はざるままに迎ふる転生 (p12

 

 冬晴れの日かなあ。むき出しの枝にあたる淡いひかり。それを見ながら「転生」という言葉にとぶ。これは、輪廻転生というか、前世の約束があって会いましょう、という人がいた、という風に読みました。けれど、会ってない。そして今生を儚く思い、転生の約束を思い、という風な時と命のようなものを思いました。私は相聞のようにとったけれども、何か、親子だとかいろいろ、「会はざるまま」の相手とは、と、想像が広がります。綺麗で切なくて素敵な歌。うっとりです。

 

 

  姿なきものを主にてこれいじやう従ふべしや春泥に立ち (ルビ:主-ぬし)(p18

 

 「姿なきもの」とは何か、茫としてわからないんだけれども、私は、神とか運命、という感じかなと思った。妖怪のようなもの、かも。「春泥」という語が強くて、そこにひかれてしまう。主とする姿なきものに従いながら、これ以上は、という苦悩がある。従うのをやめる、とも続けるとも心をきめられず、立ち尽くしている感じが好きです。足元を汚す春泥。春泥っていいなあ。

 

 

  聖なるかなわれらの口に運ばるる屠りの儀式なき赤き肉 (p47

 

 日々の食卓にのぼる肉は、「屠りの儀式」をされることもなく淡々と生き物から肉塊に変えられたものだよな、と、改めて思えた一首。それを「聖なるかな」と讃えているのが印象的だった。いただきますの気持ちを新たにしようと思う。

 あとまったくもって個人的な好みの問題なんですが、私は「ハンニバル」が大好きで、レクター博士の華麗な料理を連想してしまって、この歌本来の読みではないですよねごめんなさいと思いつつ、あの料理、食事する絢爛たるシーンにもこの歌は似合う、と、思って大好き。

 

 

  声たてて笑ひし夢のさめぎはに死はまたたけりとほき火のごと (p148

 

  鳴きて朝を告げくる鳥ようつうつと此の世の白湯をくちにふふめば (p148

 

 声をたてて笑うような夢だったのに、そのさめ際には死の感触がある。鳥の鳴き声の朝、ぼんやりとしたまま白湯を飲む。その熱さあたたかさ潤いは「此の世」のものだということ。死の夢と目覚めきっていないあわいがしっくり伝わってくる歌だった。

 

 

  されど雨は降りやまざりき言の葉を送りしのちの長き夏の日 (p168

 

 「されど」といういきなりの始まり方が好き。長雨だったのかな。やみそうで、けれどやまなくて。手紙を出した、ということかと思う。なんでもない情景でなんでもない歌のようなんだけれども、なんでもない感じがなんともいえずとても良いと感じられました。

 

 

  われはいま危ふいばしよに膝をつきさいごの種を蒔かうとしてゐる (p184

 

 危うい場所とか最後の種とか膝をついて種まきをしようとしているとか具体的なようでいて、全体が喩である歌なんだろうなと思って正直よくわからない感じなんだけれども、そのあやうさが確かに伝わってくるような気がして目がとまった歌。なんの種なのか。それはちゃんと芽吹いて育ってゆくだろうか。自分のいる危うい場所から、ちゃんと安全な場所にうつれるのだろうか。世界が崩壊しそうな中で生きているという感じを思わせて、ささやかな行為のようでありながら壮大さを含む一首だと思う。

 

 きれいな歌集をありがとうございました。

 

 

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