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「中島敦展――魅せられた旅人の短い生涯」

 そういえば。11/10(日曜日)のことですが、神奈川近代文学館へ、「中島敦展――魅せられた旅人の短い生涯」という特別展見に行きましたメモ。
 
 天気が良くてお散歩~と、がんばって港の見える丘公園を上り。薔薇を眺めて文学館へたどり着く。
 展示に入るところにバケモノの子の立体とか(?)あったけれども、なんだ。よくわからない。
 
 まずは、神童だったのね中島敦。生みの母とは離婚で離れ、その後の義母とかとは折り合いが悪かったらしい。父について子どもの頃朝鮮にいたとか。知識人の家庭で育つって感じ。小さい晴れ着や袴があって、こういうの大事にとっておかれたの、大事な息子だったんだろうなあと思う。病弱であったらしく、それも心配されまくったんだろうなあと思う。

 早熟の天才くんは恋にもひたむき。その若い二人の熱烈恋文が展示されていて、マジか~~と、もえる。反対されたらしいけれども思いを貫いて結婚したのねえ。子どもも生まれ。南洋からの子どもたちそれぞれへのハガキもあって、かわいい。やさしく書いている、いいお父さんな感じが本当に素敵だった。こういう家族への親密な愛情、素直で無防備な言葉を今こうして読ませてもらってすみません、ありがとう~と思う。私も親密な思いをわけてもらった感じ。好きになる。

 教師として女学校で人気があったらしく、生徒さんの言葉もあったりして。学生の頃もだけど、学校の文集とか校内誌とかがしっかり残っているんだなあ。そういうものが盛んに作られてて、若き日の文章が残ってるの、すごくいいなーと思う。

 教師の仕事の後、寒いのがよくないだとか病気療養的意味もあってなのか、南洋での仕事に行く。パラオだとか? 現地での日本人学校だか日本語教育だかの教科書づくりをしてたみたい。けど、家族と離れてるのはつらいーみたいな。
 そこで、現地の文化に触れていったりしたのね。

 作家になりたくて作品書いては推敲し、書き直し、同じ素材やテーマを仕立てなおし、とかしていたようだ。文章を預けて読んでもらった人がいたり。そういう縁もあって、世に出たのが30過ぎてから。作家として活躍、となったのが本当に死の年の直前で、惜しまれる存在だったんだなあ。

 私は、教科書の「山月記」は大好きー。他の作品も読んだことある、けれども、あまりちゃんと生涯についてとか知らなかった。教師として人気あったみたいだなあとか、家庭を持っていて、子どもへの優しい感じのハガキを読めたりして、なんとなく病弱神経質気難しいそう、ってイメージを勝手に持っていたけれども、そうでもない感じと思えてとてもよかった。南洋庁で仕事してたとか、そういうのも知らなかった。小さな旅行鞄。旅をした人だったのも知らなかった。神童だったというのはなるほどって思う。作者という記号的な名前ではなく、人としての中島敦にほんの少しだけだけど触れられる気がして、よかった。満足。

 展示の終りのほうには、文豪ストレイドッグス(?)のコミック原画(かな?)も少しあったりして。キャラになってんだっけーと思う。私はあれ見てないからなあ。文豪好きならはまれて楽しいのだろうか。ん~。わからない。

 そんなこんなをじっくりたっぷり見て、疲れ果てたね。それでもまた晴れた公園を散歩して帰って、あれはいい日曜日でした。

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