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上野の森美術館「ゴッホ展」に行きました。

 28日木曜日の日記。

 上野の森美術館へ「ゴッホ展」を見に行きました。

 (会期2019.10.112020.1.13

 

 この日も小雨降る寒い中、どのくらい混んでいるのだろうかと思いながら美術館へ到着。今まで行ったことない所で、無事到着出来て一安心。ま、駅出てわりとすぐなんだけど。

 

 チケット買って傘を置いて入り口へ。入場まではすぐでしたが、中に入ると、さすがに人混み。私はあまり順番にはこだわらずに、じわ~~と歩いていって、比較的見やすい所から見ていきました。思ってたより小さい美術館なのね。あれ、もう出口だ、と思ってさらにもう一回、二回ほど周回して、じわじわとゆっくりじっくり見ました。

 

 Part1 ハーグ派に導かれて

    独学からの一歩/ハーグ派の画家たち/農民画家としての夢

 Part2 印象派に学ぶ

    パリでの出会い/印象派の画家たち/アルルでの開花/さらなる探求

 

 ハーグ派の画家とか、印象派の画家とか、ゴッホがこのような画家たちと同時代、近い時代、影響受けた、等がすごくわかりやすく見て取れる。パート1のころは画面が暗く、重く、こういう感じだったのかなあと思う。わかりやすく選んで見せてるということもあるのだろうけれども。

 やっぱり、パリに出て、そしてアルルで以降のが好きだった。ひかりと色彩がぱーっとひらけていく感じ。

 

 先日見た「永遠の門」の映画はまさにパリ、アルル移行の晩年のゴッホで、アルルの景色の中でひかりを浴びているゴッホの姿がとても印象的だった。今回、ゴッホの絵を見て、あああの映画はほんとうにほんとうに、ゴッホの絵の世界をスクリーンの中に見せていたんだなあと腑に落ちる。

 

 「サン=レミ療養院の庭」って、この、この柱の方が廊下で、ここでマッツ演じる神父と語り合ったあのシーンじゃないの~って思ってもえる。

 人物や、ゴッホの自画像も、映画の中にある顔だった気がするとか、ウィリアム・デフォーの自画像、って見てしまう。すごく楽しかった。

 

 「糸杉」がやっぱりすごく素敵で、見られてよかった。輪郭もひかりもうねる。筆遣いや絵の具の盛り上がりをまじまじと見てきた。

 印象派との出会い、で、こんなにも作風変わったんだなあとか、そしてさらにゴッホオリジナルの世界描いていったんだなあというのがとてもわかりやすく見せらた展示だった。

 ひまわり なかったなあ。黄色い部屋 もなかったなー。見たかった。ゴーギャンの絵は一枚だけあった。ゴーギャンだな~。

 

 グッズ売り場を眺め、ポストカード数枚、療養院の庭が蓋に描かれてるスペシャル缶のアップルティーを買いました。満足。

 

 出口。まだ小雨。すっごく寒かった。

 ハイテク顔ハメパネル的な、猫のニャッホフレームで、ゴッホの麦わら帽子とパイプが顔に装着される自撮り? つか、記念写真? とれるのがあったけれども、んんん~~。寒いしよくわからないしでパス。

 猫のニャッホ はスマホで私もそーとー毎日遊んでるパズルゲームで、それ見たのはちょっと嬉しかった。

 

 

 疲れたし寒いしで、へろへろと駅へ戻る。公園散歩は出来なかった。ランチにパスタプレートをいただいて、コーヒーも飲んで一休み。よかったよかった。

 

 そして渋谷へ移動。

 友達と約束してて、かねてより行ってみたかった、デンマークのクラフトビール屋さん、かな? ミッケラートウキョウというお店に行きました。

 ミッケラーのだけでなく、20種類もクラフトビールがありました。全然詳しくないしわからないので、お店の人に聞きながら頼む。自家製ポテチやピクルス等の軽いおつまみもいただきました。

 美味しかった~!

 お喋りもたっぷりして、大満足!なんという充実の一日、寒かったけどとってもいい一日でした。

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ドラマ「ブレイキング・バッド」とその映画「エルカミーノ」を見た。

*ネタバレしてます。

 

 ドラマ「ブレイキング・バッド」とその後の映画「エルカミーノ」を見ました。

 

 「ブレイキング・バッド」は2008年から2013年まで全5シーズンのドラマですね。すっごく面白いと評判になってたのは知ってましたが、見たことなかったです。そのうち見たい、とは思ってた。そして、今年の10月に、Netflixで配信になるとのことで、この機会に見るべし、と思って見ました。
 S1を見たら、7話だったので、よし頑張って一気見だと思ったら、S2からは13話だった。しかもS5は16話だった。さすが長い……。

 

 冴えない高校の化学教師が、癌になってしまい、高すぎる医療費をなんとかするためにドラッグを作り始め、こだわりの高品質のおかげでマフィアから引っ張りだこになる話。みたいなうっすらしたイメージで見始めたのです。

 

 しかし、始まりの頃には、まあ確かに50歳の誕生日を迎えたおじさん教師ウォルター・ホワイトが、ドラッグ作っちゃいましたが。とにかく金がない。癌でショック。妻スカイラーは妊娠中。今いる一人息子ウォルターjrは脚が不自由でいつも杖ついてる。ちょっと言葉も不自由。妻の妹であるマリーは窃盗壁の問題を抱えてる。マリーの夫、ハンクはDEA、麻薬取り締まり捜査官。この、ウォルターの家族問題が中心なんだよね。
 
 ジェシー・ピンクマンは元ウォルターの教え子。ひょろっとした若者。ドラック作って売ってる。ハンクの捜査についていったウォルターがその逃亡を見逃したことから付き合いが始まる。付き合いというか、ウォルターの相棒になるというか、ならされるというか。俺が最高のドラッグ作ってやる、と決意したウォルターの手下にならされちゃうジェシー。ほんっと、彼はウォルターに振り回され奪われ続け、酷い目にあっちゃうよなあ。

 

 家族の問題、医療の問題、ドラッグ商売が横行していて、暴力が隣り合わせの街。様々な要素が次々絡み合って、ウォルターとジェシーに次々ピンチがやってきて。ドラッグ作った~売れた~金儲かるぞ~って、全っ然、簡単なことじゃない。
 中でもやっぱり家族問題が一番大きな割合で、あれ、なんか、ドラッグとマフィアでド派手なドラマかと思ってたけど、そうでもない? と思いつつ。むしろ家族問題とかあんまり見たくない、なんて思ってたんだけども。

 

 ウォルターのキャラクターがほんっと絶妙で。周りからどっちかというと軽く見られる小心者のお人よし、授業でも生徒に馬鹿にされてるような、そういうさえないおっさんとしてあるんだけど。徐々に、道を踏み外し、その踏み外した道を立ち止まらずにむしろガンガン突っ走っていくその変化がじわじわと物凄くてびびる。

 

 見てる私も最初はおっさん何おっぱじめちゃってんの、危ないよやめときなよー。家族のためって言いながらそれってダメじゃーん、とまるで生徒たちみたいに、このおっさん何やってんの、って感じで見てたのに、話が進むにつれて、いや、なんか、ウォルター酷くない? そこは越えちゃダメな一線じゃない? いやまあ最初から越えちゃダメな一線、ドラッグ作って売っちゃうぞってのが最初からダメっちゃダメなんだけど。

 

 邪魔者を殺す。死体を硫酸だかなんだかで溶かして消す、みたいなとこへ、行くか??? え? ウォルター、小心者だけど科学的知識はある秀才で、癌になってブチ切れ、みたいな、けど、たんなる冴えないおっさんなのでは?? 違う? おっさん、おっさん……ウォルター、怖い。酷い。
 と、どんどんウォルターの進む道にドン引きして怖くなってくる。

 

 それでも家族を守るとか、愛してるとか、それはホントの気持ちで。だけど。でも、でももうそれ家族壊れてるよね? 壊したのは自分だよね? 
 家族とは……家族を愛してるとは?????

 

 癌患者とは。患者と家族とは。そんな問題もすごく深くて、難しい所なんだよなあ。
 シーズン進むと、ウォルターの癌はいったん緩解するんだけれども、ハンクが怪我しちゃったり、スカイラーが職場で不正にかかわっててとか、何かと金がいる、金さえあれば。みたいなことで、ずーっととんでもなく金がいる事態が起きてって、ますますウォルターは金に執着していく。

 

 けれど、最初は自分が死んだあとにも家族を守るために金を残さなくては、って始めた事だったのに、本当に欲しいのは、これまで自分が馬鹿にされ不当に扱われてきたことへの復讐のようなことだったんだ。復讐というか。俺には誰にも出来ないもっと凄いことができる、やってやる、という。
 終わりの方では、ジェシーに、帝国を作るんだ、とか言ってた。自分の帝国。ドラッグ界の帝国。それが不正であろうとなんでもいい。誰からも畏れられて仰ぎ見られる存在になりたいんだ。

 

 それでも最後まで、家族のためとか守るためとかいう口実にしがみついていたのに。最後の最後では、「自分のためにやった」とスカイラーに静かにぽつりと言うの。

 

 ウォルターが極悪人になっていくほど、すごくすごくすごく物凄く引き込まれる面白さで、ほんっとこいつ極悪人で泣いた。家族を愛してる、守りたい、というのは本当だろう。だけど自分の次に。自分の思いの暴走を止められなかった。止めるのをやめてしまった。本当に酷い男。

 

 ジェシーは、最初はS1で死ぬ予定のキャラだったらしい。けど、パートナーとして、ウォルターと対称的に、ただのダメヤンキージャンキーだったのが、とてもまっとうな心を持ってる、愛情を持ってるキャラクターとして描かれていく。ウォルターの暴走についていけず、耐え切れず、弱い普通の男の子って感じだったりする。泣いちゃうし。ほんっと可哀相で可愛いの。

 

 ウォルターがなんだかんだジェシーをパートナーとして手放さないのは、なんだろうなあ。便利な手下が必要ってことでもあり。けど、自分の支配下に取り戻すために、随分手の込んだやり方をしたりしてて、ほんっと、なんでジェシーをそんなひどい目に遭わせるのーって泣いちゃうよ。結構マジで相棒、腐れ縁、初めての時から一緒だったからみたいな感傷的な所も実際あったとは思うけどねえ。ほんと、関係性が複雑というか単純に割り切れないのが凄く好きだ。

 

 最後にはウォルターはジェシーを助けたし。自分がしでかしたことすべてにケリをつけて自分も死ぬ。でも、それは解決ではないんだよなあ。本当に、極悪人が極悪人として死んだって感じ。マジで悪人が主人公でバッドだった。凄い。

 

 そんなこんなで、シーズン5まで、一か月半近くかかって見終わった。途中疲れちゃうので見るのやめたり。他にもいろいろあるしー。一気見はやはり無理だった。

 

 

 そしてそして。映画「エルカミーノ」

 

 ドラマが終了してから6年たって。どうして? どういうの? と気になって、これを見るためのドラマを見たのだ。まあいい機会になった。すごく面白くてよかったし。
 実際の時間は経っていても、映画の時間は、ドラマ終了時直後からだった。

 

 ジェシーに、友達がいてよかったし。マイクとの会話はうるっときちゃう。マイクがアラスカおすすめだったんだねえ。
 ジェシーは、マイクや、ウォルターにも、ちょっと庇護欲かきたてるとこあって、お前ちゃんとしろよまっとうになれよみたいなこと言われたりするんだよな。
 だけど、また利用されて奪われてしまうんだよなあ。自業自得なんだけどな。でもなー。ツライ。

 

 ジャックたちの所から脱出できて、けれどまた金がなくて大変だし。ジェシーもまた、必要なら、相手が悪い奴、邪魔な奴ってなったら、殺す、という選択をする人間になってる。まっとうさを持ち合わせながら、だと思うけど。

 

 回想というかフラッシュバック、トラウマみたいに、ジャックたちの所で檻に入れられていたぶられていた事とか、トッドに連れ出されたと思ったら、死体処理を手伝わされてとか、ドラマで描かれてなかったところもあり。
 トッドが、マジでサイコパス。かっこいいタイプじゃなくて、マジで、心が欠如してる。ほんのちょっとでも邪魔ならすぐにパンって人殺す。本気で人命尊重のためらいとか一切ない。ドラマの中でもヤバイやつってのはあったけど、マジもんでマジ酷い。一見普通で、一見控えめそうで、大人しい青年って風で、そのテンションのままで人殺す。怖い;;
 
 ジェシーが連れ出されて、トッドの自宅だって所に連れ込まれて、えっ、えろいことやられちゃう? とドキドキしたけど、そんなもんじゃなかった。もっとひどくジェシーの気持ち壊すんだよなあ。酷い。
 トラウマっぽくなってたの当然だ。ジェシー、逃げ延びてちゃんと生きていけるのか。トラウマ、忘れることができるのかなあ。

 

 ウォルターとの回想もあった。最初のころの、キャンピングカーでメス作ってた時だね。ウォルターが大学へ行くとかすればどうだ。なんて勧める会話。ウォルターは「お前はラッキーだな」って言う。「何か特別なことをやってのけるのに一生待たなくていい」って、ジェシーをちょっと眩しそうに見るの。
 ウォルターは50過ぎてようやく、メス作ってようやく、スペシャルな自分になれた、って実感し始めてた所なんだろうか。こんなスペシャルなこと、その若さでやってよかったな、という感じ。
 でも、ジェシーにとって人生めちゃめちゃにされる所なのに。まだあの時はかなり平和っつーか朴訥とした頃だったとはいえ。ほんと、ウォルター自己中……。

 

 それでも、あの時先生はああ言ってたな。って感じにジェシーは思い出すんだなあ。
 
 なんとか金集めることが出来て、ジェシーは別人になってアラスカへゆく。
 私、ジェシーがなんとか生き延びて、別の暮らしをしてる所、みたいな映画なのかなあと思ってたけど、その前の段階だった。アラスカで、ジェシーは本当にまっとうに生きていけるのかな。今度こそ、日の当たる世界に暮らせるのか……。

 

 いろいろ仕方ないとか身を守るためとかあったにせよ、ジェシーは人殺し側の人間になっている。生まれ変わることが、できるのかなあ……。また何かすごく邪魔、ってことが起きたら、人を殺してしまいそうで心配だけど。
 けど、真っ白な雪道を走る車で終わったから。
 これからは厳しくても清らかな世界へ向かったのだ、と、思いたい……。

 

 これ、何なら数年後、数十年後、地味な暮らしをしてるおっさんかと思ったらめちゃめちゃ肝の据わったジジイで舐めてかかったチンピラがボコボコにされてしまうみたいなことになるのでは~。そんなそれはそれで別の話、みたいな妄想もできてしまうわ。

 

 凄いドラマを見て、凄い続きの映画も見て、大満足。面白かった。映画作ってくれてありがとう。おかげで全部見ることができました。考えてみればウォルターが50歳から52歳になるくらいまでだから、作中時間としては2年程度。なんて濃厚な時間。その彼らの人生にがっつり付き合った気分。面白くて疲れる。見てよかったー。

 

 

 

 

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東京コミコン2019の三日目に行ってきました!


 11/24(日曜日)東京コミコン2019の三日目に行ってきました!

(テキスト日記もおいておこう)

 今年はもう行くつもりではない。と思っていたのに、ゲスト発表でジュード・ロウが来る~~!!??? ってことで、でもどうせチケット取れないでもでもでも。とひとしきり自分の中で悩むふりはしたものの、とにかくチケットゲットチャレンジはしたのでした。
 
 嗚呼。ジュード・ロウ……。私はいつから好きなんだろう。20年前くらい? もっとか?
 「オスカー・ワイルド」で若く美しく愛されていることに高慢な貴族の姿にやられたり。「ガダカ」や「リプリー」とか。スカイキャプテンだとか何か不思議なのもあったな。近年だとやっぱダウニーシャーロックとのコンビ、ワトソンくん最高ですし。いつも最高にかっこいい美形。ああああ~~~リアル英国男子。英国男子、最高。大好き。マジか。会えるのか???



 今年、予定ゲストの発表が去年よりもさらにぐだぐだで、というか、ゲストが来るとかやっぱキャンセルとかけどやっぱ来たとか(オーランド・ブルーム~まあ、やっぱきてくれてそれはもちろんとっても有難い)発表から発売、当日までの間が短くて、いっそうドキドキでした。もう、ドキドキしたくない;; けどスターのスケジュール都合だろうから仕方ないのかなあ。けどなあ。
 で。24日の撮影のチケットが買えた。発売の瞬間にはいったん全部だめっぽかったのが、後から復活とかあり、もう、ほんと、チケット買えるかどうかってゆーのが、すごく、心の負担が大きいです;;
 ほんとは22日の金曜日狙いのつもりだったのだけど、ダメだ買えない、と、日曜日の撮影のみゲット。サインチケットは取れなかった。そしてその後やっぱ金曜日撮影も買えるようになってたりで、もうほんと、わからない。ああいう時に慌てず騒がずベストな選択をできる自分でありたい……。無理だが。


 私は、ちけっとぴあとかではなく東京コミコンのサイト、ハリコンサイト? の方で買いました。事前の発券などはなく、当日、会場のWILL CALLという場所でオーダーナンバーなどを伝えて紙のチケットをもらいます。入場には注文コードやQRコードではなく紙のチケットが必要でーす、と案内される。チケット貰う時にも別に活用されたわけではないQRコードはなんのために出てくるのか不思議。まあ、今後なんか変わるのかなあ。わからない。
 入場料+撮影一枚さらに手数料。3万円越える。私にとっては大金ですが。ですがっ。


 当日朝。私は4時に起床。幕張メッセまで2時間かかる、と見込んで。
 22日に開幕してから、ツイッターで参加した人のあれこれを見ていると、なんかもう、入場するだけでめちゃめちゃ大変そうで、ものすごく不安になってさー。
 ホントは、撮影が11:15~なので、とにかくそれに間に合えばいいか? 開場10時の予定だから入場待機列がはける頃に行けばいいんじゃない? と思っていたけど、入場だけで1時間くらいかかるのでは?? と、ものすごく不安に煽られてしまいました。やはりなるべく早く行っておくべきなのではーと。
 それに天気が悪い。特に金曜日は雨で冷え込んで、真冬っぽかった。待機列が屋根のない所までとかだったらしく、それ、辛いが過ぎるんじゃないですか、と、怖かった~。
 土曜日も雨。やっぱ傘もって外で並ぶの大変だよねえ。それに朝いちの撮影サイン待ちだと、通常の入場待機に並んでしまって開始時間に間に合わないかも、とか。ツイッター見ては不安にかられる。
 こわい。何もかも最悪の場合撮影できない、と想像してしまってこわい。それでもコミコン参加!って楽しそうなツイッターやステージの様子とかもあって、また盛り上がっているんだ~。すごく、人が、多そう、ってまた不安になる。人が多いのこわい;;


 それで5時過ぎに家を出て、海浜幕張駅到着が7:15。一応駅でトイレに行っておく。少し並ぶ。この、人が多いイベントとは女子トイレは並ぶものだ問題はなくならないんだよなあ。
 日曜日は朝だけ雨で晴れてくるかも、という予報だった。到着の頃にはやんでてくれないかなと思ったけど、まだ小雨。けれど、気温はだいぶ上がってて、寒くて震えるってことはなくてよかったー。


 8時前のWILL CALLは余裕のガラガラ。番号伝えて名前言ってすんなり引換。10時、10:30~の撮影はこちら、と一般とは別の待機列の案内も出ていた。一般に並んでいる時にも、撮影、サインが早い人は~とスタッフが時々声かけて回っていて、前二日の混乱から改善されたんだろうなあと思う。


 私は撮影、11:15、一般に並ぶんだな~。うーん。どうしよう。と思ったけれども、土曜日は9:30オープンしたから、多分三日目も早くに開場する、はず。と、並びに行く。
 すでにたくさんの人~~~。二番目の折り返し列くらいに並びました。屋根がある所。しかし朝一撮影待機って、外の撮影待機場所だったのかなあ。んー。ツライ。ううう~ん。何がいいのかわからないな。
 列に並ぶとただひたすら待つだけなので持参の本を立ち読みしながら静かにしてた。友達ときゃっきゃ言ってる人たちはもうこの時間から楽しいと思う~いいねえ。
 そして、やはり早めの開場になるとお知らせがあって、9時すぎに座ってる人も立って待つ。ツイッターに9:20オープンしますって案内が出た。しかしまあ、まもなく~と言われてからが長いんだよねえ。そしてじわじわと動いて、荷物検査でバッグの中見せて、チケットちぎってもらって、なんかもらったりして入場! まだ10時になってなーい。私は列に並んで一時間あまり待ち、列が動き出してから多分15分くらいで入れたかな。


 オープニングステージに間に合わないかもと思っていたので、いける! と嬉しかった。ジュード・ロウがきっと出るはず~と思ってました。この日の最初の撮影がジュードだけ11時すぎなわけで。けど、交通事情で開始遅れます、10:30からの予定ですとのアナウンス。ん~~~どうしよう、ってすっごく迷ったけれども、ステージ前からは離れました。すでに人のだいぶ後ろにしかいられなかったし。


 会場を見て回る。マッツが、ムービープラスの番組でお習字した「極」の文字が飾ってあるらしいので! それは絶対見よう~と思っててぐるぐる探す。ウォッチメン推ししてるスカパーのブースの一角の壁にありました! なかなかわからなくてすごく探しちゃったよ。毛筆って初めて~というような感じの文字、「マッツ」のカタカナサインも可愛い。しかし「極」。画数多くて大変なのでは。これは、ハリコンで来日の時「残された者」のプロモ来日でもあったので、映画の原題「Arctic」北極、だからってことなんだろうか。「北」では簡単すぎてダメなの? わかんないけどすごいなあ。私は番組見られないんだけど、お裾分け見に行けて嬉しい。こんな素敵に飾ってくれてありがとう~。


 他にもひとしきり会場内をぐるぐるして、展示やフィギュアの写真撮ったりして一人静かに心の中でテンションあがる。かっこいい~~~。
 しかしマーベルやスタウォーズの物販はもうなかなかの人の列。並ぶのもう嫌で私は眺めただけ。可愛いのかっこいいのいっぱいある、けど、けど~。それはまあやっぱりそれなりに当然にお値段しますし~~。あー。


 撮影待機列はいったん会場の外の方なので、10:40すぎくらいに出てみました。もう雨はやんでいて、寒くもなくてよかった。誰の撮影、サイン列なのか、ちゃんと時間ありの看板持ってるスタッフがいてくれて、確認して並ぶ。この辺の案内も初日や土曜日はひどかったとか見てたので、改善されたんだなーと思う。たぶん。
 それからずいずいと会場の中へ、入って並ぶ。ステージにはやっぱりジュード・ロウが登壇してるー!というのが場内の大きいスクリーンで見えて、ああ~~~かっこいい~~ああああ~~~もうじき、あの人の間近に。と震えて待つ。うう。


 ほぼ時間通りにスタート。荷物をブース近くの籠に入れて、貴重品、財布スマホはポケットに入れて、チケットのみ持つ感じでブースに近づきます。初めて行った時はこういうのわからなかったので、普通にいつもの長財布だったのであわあわしちゃった。ちゃんと小さい財布に変えていったぜ。がんばって落ち着いて、荷物を置く。チケット持つ。ブースに入る。


 中でどんどん撮影されていくのをしばらく眺められるので、ああああ~~~うっそ~~かっこいいいいいい~~~~っ、と、待ってる時間にジュード・ロウ等身大を眺めます。
 本当に本当にかっこいい。ほっそりしてるぅ~。8頭身? 9頭身? スタイル抜群。当たり前か。スターだもの。ああああ~。ちょっとゆるっとだぶついてるパンツの裾がかっこいい~。なんか、私には全然わかんないけど柔らかく光沢ある生地のようでなんかわかんないけどすごい素敵って思ったよ。
 ちゃんと一人一人に顔見て挨拶して微笑んで声かけて。私のちょっと前が赤ちゃん抱いたファミリーだったの、その赤ちゃんにすごくにこにことハロウ~とか言ってたの、ジュード。可愛いねとかいう感じだった。ベイビーかわいいよね。それをあやすジュードも天使。あああああ。いいもの見ましたありがとう~~~。


 けどまあ速い。一人あたり3秒? 5秒? 10秒あるか? ないだろうな。ほんっとはやい。
 自分の番の一つ前、スタッフにここに立って、と立たされて。前の人がパシャって撮って。ハイっと私の番で。
 ジュードは「こんにちは」と言ってすっと抱き寄せてくれて、私は多分ハロウは言った。あわあわしてサンキューも多分いった。パシャって、撮った。カメラ向いた記憶ないけど、できた写真みたらちゃんとカメラ向いてた。てんぱっためっちゃ笑顔。ハイ終わり、の去り際に、ジュードはまた「エンジョイ、コミコン」と私を見つめて囁いてくれました。あああああ~~。アイラブユーは言ったか、言えたのか自分記憶ない。けど、ジュード・ロウと見つめあってあの素敵な声で「エンジョイ」と囁かれたの、ああああ~すごい、魅惑の低音ボイス。うあああああ。すごい。とける。


 スタッフに引きはがされますね。軽くですが腕を引かれて送り出されます。私の永遠の数秒。いい匂いがした、のか、どうか、記憶ないね……。ブースの外で深呼吸。息忘れてたのか自分。そんで荷物をとって写真プリントの方へ。私、ジュードに近づきましたの証明写真。
 くっついたの。肩を抱いてもらって、ものすごくジェントル。あったかかった。ジュード・ロウの体温を感じた永遠の数秒よ……。


 なんていうかほんと、スターに会うと、人間のポテンシャルとか感じますね……。人間、神様がうまくつくった人間はかくもうつくしいものなのですね。人類の可能性……。勿論、ご本人の努力、研鑽、心がけ、なんかものすごく多分いっぱい沢山の日々の上にある、姿なんだとは思う。けれども、ほんっと、マジで骨格とか~パーツの配置とか~~~。神様の本気はこうなんですか。美のイデア。生きている人間が体現してる奇跡;; 俳優になって、さらにファンサービスまでしてくれて、ありがとうございます;; 生きてるって素晴らしい。


 撮影の後はもういっぱいいっぱい。人もさらに増えてきてて、もう、私、無理。と出ることにしました。12時くらい。フードエリアでなんか食べて帰ろうかなあとも思ったけれど、どう考えても落ち着けない。帰ろっと。


 コスプレしてる人もいっぱいいるし、ステージではいろいろイベントあるし、で、多分アメコミ映画好き、洋画好き、で、お祭り好き人数いっぱいの方が盛り上がる~! とか、友達とわいわいきゃっきゃってなれると、最高に楽しい場だと思う。けど私は人が多い、うう、ツライとなってしまうタイプなのでほんとあんまこういうの向いてない。それでも、会場ひとめぐり~とかすると、映画~わ~~好き~~楽しい、って気分になれるので、ほんと、イベント凄い。
 それに同じ会場に、クリス・ヘムズワースが。マーク・ラファロが。オーランド・ブルームが。あとあとあといっぱい、スターが。いるんだよねえああわああ~スゴイ。空気吸っておこう。という気持ちになってしまうからね。すごい。


 駅に向かうとまだどんどんぞくぞく大量の人がきていた。土日、東京コミコンだけではなく、他のコンサートもあるようで、いろんなファンが集まってたんだねえ。
 とにかく人が多い所から離れたい。と、東京駅でもただ乗り換えだけして、横浜でなんか食べて帰るかなーというつもりだったけど、やっぱり飲食店は並ばなくちゃいけなくて、もう、もう並ぶの嫌。で、お弁当買って帰宅。14時すぎだったかなー。
 半日のお出かけ。基本立って並んで待つ時間が大半。だけど最高の数秒を得た一日でした。疲れ果てた~~~。


 


 

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映画 「レオン 完全版」

 *ネタバレします。

映画 「レオン 完全版」


 午前十時の映画祭でやってたのを見に行きました。1994年の映画。公開当時より22分長いようです。

 舞台はニューヨークのリトル・イタリー。小さな店をやっているトニーの下で、凄腕の殺し屋、掃除人をしているレオン。飲むのはいつも牛乳。英語の読み書きはいまだにできない。銃の手入れや腹筋、唯一の友達の観葉植物の手入れが日課。寡黙で、仕事は素早く完璧にこなす。レオンが住むアパートの隣人、まあ、お隣ではないけど、同じフロアのに住んでいるどうしようもない家族の中の娘が、所在なく廊下に座っている時にちょっとした言葉を交わした。
 ある日、その家の父は組織から薬をごまかしたと締め上げられ、ついには殺される。その時買い物に出ていた少女は殺人現場の自分の部屋を通り過ぎ、レオンの部屋のドアの前に立った。助けて。少女を見捨てられず、レオンはドアを開いた。
 少女、マチルダの哀しみはまだたった4歳の可愛い弟を殺されたこと。レオンが殺し屋と知って、マチルダは復讐を頼む。あるいは自分が殺し屋になるからやり方を教えて、と。彼女を放り出せないレオンは、マチルダを守り、助けるうちに生きる喜びを感じていく。


 未公開だったのは、マチルダの殺し屋基礎訓練とか、シャンパン飲んでるシーンとか、レオンに私は大事に初体験したい、ってせまるシーンらしい。そうだっけ。何回も見てるけど、最初の劇場で見た以外はテレビ放送だったりなので、私がシーン忘れてるのか、これが初見なのか、よくわからない残念な自分の記憶力。完全版もなんかどっかで見たことあるのかなあ。お酒ぐい飲みしちゃって馬鹿笑いするマチルダ見たことある気がするけど。

 けど、レオンが自分の初めての殺し、過去を語るのは本当に初めて見た気がする。19歳の時、高根の花の女性と恋をした。しかし彼女の父は激怒、認めず、何と娘を撃ち殺してしまったという。なんでなのお父さん~~~。殺すならレオンなのでは?? よくわからないけど、それで、レオンは一度捕まったもののすぐ保釈されたその父を待ち伏せて殺した、と。そのままアメリカに渡り、トニーの下で殺し屋になっていった、らしい。
 一度人を殺したらすべて変わってしまう。そしてそれから恋はしない、と。マチルダがあなたに恋をしたの。初めてをあなたとしたい、と語るところで自分はもう恋しないんだって言ってた。
 
 マチルダが、レオンに恋した気持ちは、まあ子どもながらに本物だと思う。性愛込みの恋愛ってのも本当だと思う。友達はいい加減な初体験しちゃう、私はそうじゃなくて好きな人としたい、っていう、それは本気で本物の恋。だけど、性愛だとか初体験だとか、そのもの自体がわかってはいないよねえ実際子どもだから。
 ということで、レオンがまっとうでよかった;; うかつに手を出したりしないレオンのまっとうさ。
 マチルダが、レオンが買ってくれたドレスで、精一杯のおめかししてせまるの、ほんっとうに綺麗で可愛くて、まさにあの少女期ならではのピュアさと妖艶さのバランスが奇跡的に完璧で。ナタリー・ポートマンよくぞ映画デビューしてくれたと思う。フィルムの中の永遠の完璧な少女だ。
 んで、じゃあでも一緒にベッドで寝よう、って、寝るのね。マチルダは安心感、レオンはベッドで寝る戸惑いの感じ、よかった。

 レオンはいつも、椅子に座ってサングラスで片目を開けて寝るんだ、という日々だった。多分殺し屋になってから初めてくらいの感じでベッドで眠ったんだろうって感じ。
 朝、マチルダが起きて買い物いってくるね、って出たあと、ベッドに改めて一人でのびのび手足伸ばして寝てみて、ああ、って思ったんだなー。ベッドで眠る暮らしがあるんだということを。もちろん知ってる、ベッドは眠るためにあることを。でもそれをずうっとしてなかった、考えてなかった、普通の人の暮らしを、物凄く久しぶりに実感したんだろう。
 
 マチルダと暮らしたことで、人と一緒にいて。なんでもない言葉を交わしたり、笑ったり、愛情むけられたり、この子を守るって思ったり。レオンの生活は一変して、人として生きる日々、を、取り戻したんだ。
 観葉植物は無口だし鉢植えでどこにも根付かないのがよい、って言ってたレオン。それはそれで、そういう生き方だったけれども。殺し屋になってからとまっていた人間の部分が動き出したんだなあと思う。

 マチルダの恋に最初は引きずられるように、けれどレオン自身も、恋、でもたぶん性愛的なわけではなく、生きる、未来、みたいなかたまりとしてマチルダを自分の人生のかけがえのない一部、奇跡、のように抱きしめたんじゃないか。愛してる、は、愛。恋愛で、愛の部分が多い感じ。
 まあそりゃ本当にもしも、もしももしももしも本当に、二人で逃げ延びることができたら。マチルダがちゃんと本当に成長して大人になったら、性愛もあり~ってなるかなあとも思えるけど、あのレオンの最後の「愛してる」は、命や未来や希望の言葉なんだよね。レオンは生きようとしたんだ。あと少しで、本当に生きるひかりの下へ出ていけるはずだった。

 未公開部分の長い分、レオンの日々とか人生みたいなところ、二人になってからの日々が、わかりやすくなってて、もっと好きになった。
 年だけはとってるけど、心は多分19の頃から成長してないって感じのレオンと、年は子どもだけど、中身は家族殺され大人に傷つけられてしたたかに一気に大人びるしかないマチルダ。そんな二人の、二人だからこその絆。かけがえのない相手。世界に二人きりのひと時。
 
 マチルダ、同い年くらいの不良キッズに絡まれた時、完全にはるか年上の迫力あるお姉さんになってたもんなー。そして、考えて、自分一人でスタンフィールド殺しに行くんだもんなー。あとは年をとるだけ、って言ったセリフすごい効いてた。辛い。

 ナタリー・ポートマン、ほんっと天才子役で、これがデビュー作って本当に凄い。泣く時、怯えて泣く時には完全に子どもでくしゃくしゃになるし、一筋涙を流すみたいな顔のときには子どもじゃない。誘惑したり迫る迫力あったり、おつかい頼まれたら嬉しくてスキップしちゃうってのも可愛いし、ほんっとにいろんな顔を見せる。レオンと対峙して対等、フラットな様子も、レオンにかばわれたらすっぽりと完全に腕の中に納まっちゃうちびっこな子どもなのも、最高のバランス。女優になってくれてありがとう;;素晴らしいよ。

 ジャン・レノがたくましいけれどもやっぱなんかひょろっとしてる風なのもすごい。レオンの根無し草感な~。殺しの現場では最高にクール。最後の換気扇の壁を壊す迫力ったらもー最高。強い、こわい、凄い、悲しい、怒り、見てて全部の感情掻き立てられて泣くしかないんだよ。
 銃撃戦のバリエーションも豊富ですっごいかっこいいよなあ。丸いサングラス、黒いロングコート。ニット帽子。いっときちらっと真似してたー。
 レオンとマチルダ、並んだ時のビジュアルが最高ベストバランスで、ほんと、ほんっと絵になるよねえ。どのショットも最高すぎる。

 トニーもね、あ~このリトルイタリーって街で顔役的な感じなんだな~レオンのことちゃんと心配してるし大事にも思ってるんだろう。まあ素直に素朴にいい人ってわけにはいかないなりに、って、すごく思った。レオンに、女で苦労しただろ、ってさとしてたりしてたな。レオンの過去聞いたあとだと、アメリカに来た後の若者をちゃんと守り鍛えていったんだろうなあって思う。まあ殺し屋に育てちゃうのはどうよ、とも思うけど、レオンも19や20で、自分の意思もそこそこあってのことだろうし。一度殺してしまったらもう、って、若者的な自暴自棄みたいなのもあったりしたのかなあとか、いろいろ想像できるな……。
 スタンフィールドがやってきたあと、レオンの居場所言え、って相当な拷問があったんだろう。最後マチルダがきたときにかなりボロボロに怪我のあとがあったよなあ。トニーなりに、苦しみも悲しみも抱えて、あの街でしたたかに生きてるんだろう。

 マチルダに、ゲームイズオーバーって怒ったのも、レオンは死んだんだ、って怒鳴ったのも。うわーん酷い、って思うけど、トニー的には、マチルダのせいでレオンが死んだ、俺もぼろぼろだ、って怒り哀しみがあるだろうなあって思うし。

 笑っちゃうシーンもあるし、殺しの訓練がユーモラスだったりなのもすごい。けど、ぐっとシリアスに危険もある。途中、リングトラップ、だとかいって、手榴弾使っちゃうとこあって、あ、これはラストの伏線、とかわかったのも面白かった。完全版見ると、わりとちゃんといろいろ丁寧に描写重ねてきてるなあって思ったし、登場人物がほんとうまくよく出来てると思った。

 スタンフィールド ゲイリー・オールドマンは、ほんっと。ほんっとにクレイジーで怖くてすっげーよなあ。何度見ても最高。嫌だー。匂いを嗅ぐ変態は無茶苦茶怖くて嫌で変態だ。ハンニバルのレクター博士も匂いに敏感で変態で素晴らしいんだけど、スタンフィールドも大概すごいな~~~。何度見ても見るたびにつくづくこいつ怖い酷い嫌だと思う。死んでくれてよかった……。レオン;; ほんと、こいつを殺してくれてよかった;; あまりに犠牲が大きかったけれど;;

 始まりには、ものっすごくドアップでトニーの顔とかうつす。レオンの仕事っぷりは暗闇から迫るレオンの恐怖がすごい。ひかりと影。使い方がわかりやすく上手くてドキドキする。
 人の顔の陰影とか渋い。どの場面も絵になるかっこよさが凄い。

 1994年の映画ってもう古い映画、ではあるけど、それにしても、ニューヨークでリトルイタリーで、っていう街の様子、暮らしはあるけれども映し出される世界が、どこでもあってどこでもない感じを強く感じる。ニューヨークなんだなってわかってるけど、どこでもない場所だ、って異国情緒みたいに思うし、どうしようもなく別世界な感じ。まあフィクションですし映画なんだからそうなんだけど。

 街はニューヨークだけどホテルやアパートの中とかはフランスで撮影、らしい。そいうい感じも不思議なバランスなのかなあ。お部屋どこもステキだものねえ。古びて決して高級ではないのに、素敵なんだよ。すごい。
 どこでもない場所で、どこにも根付かない殺し屋だった男と、すべてを奪われた少女が、生きてこうする物語。

 最後にはマチルダは更生施設をかねたような学校へ戻る。一度は逃げ出した所らしい。あのクソ両親の唯一のよかった所は、厄介払いのつもりなんだろうけれども、それでも一応、マチルダを学校っていう場所へ預けようとした所だなあ。学費前払いしてたようだし。
 そこが嫌で逃げ出したけれども、もう一度、もうそこしかなくて学校へ戻ったマチルダ。鉢植えから地面へ植物を植えたマチルダ。彼女は、優しい大人が、彼女を守ろうとした大人がいることをちゃんとわかって、これから生きていくことができるだろう。できると信じたい。トニーも、また少しずつちゃんと彼女にお金を渡してくれるはず。生きてくれ;;


 そして今だからというか、ロリコンで気持ち悪いみたいなのとか、撮影当時リアルに11歳だか12歳だかのナタリーポートマンにそんなことさせられない、って親が反対するようなシーンがあったとかなんだとかをちらっと見かけたこともあったりで。監督、たのむよ監督、という気持ちなんかもあって複雑な気持ちもある。
 ナタリー本人も周りもしっかりしててこれはダメとか断ったらしいとかよかった。ほんとのことはわからないけれども、何はともあれ子どもは守られてて欲しい;;

 で、なんかそいう背景みたいなことは実際私にはわからないんだ。監督の性癖なんだなってゆーかまあ、なんかほんと好きなんだね、女の子、泣いちゃうような女の子が実は凄腕の殺し屋になって、男が支えたり守ったり振り回されたりする感じが。監督の好みはまあしょうがない。いいです別にそれは。というか作品としては私もそういうの好きだ。好みがあってしまうの、仕方ない。あくまであくまで作品の中では。作品の中だけで頼む……。


 で、「レオン」て、子どもが守られて未来へ送り出される物語なんだよ。レオンは危機に陥ってる女の子にドアを開いたし、その代償は求めなかった。マチルダの恋にうかつにのったりしなかったし、ともに生きる未来を二人で夢見た。彼女の未来を脅かすものを殺して、本当に本当に、彼女の希望になったと思う。
 マチルダは酷い家庭にいた時よりも、たぶん、自分を命がけで守ってくれたレオンのことを力にして彼が守ってくれた命だということを忘れずに生きていけるだろうって思える。あのラストは希望で未来だった。
 
 この映画最高に完璧にかっこよくって切なくて最高で大好きって思えるのは、本当に夢とロマンと苦さと希望、見栄えの良さ物語の良さ、いろんな要素が物凄い奇跡のバランスで成立してるから。完全版をスクリーンで見ることができてよかった。ありがとう午前十時の映画祭。映画ってほんとうに素晴らしいです。

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『パリ警視庁迷宮捜査班』 (ソフィー・エナフ/ハヤカワポケットミステリ)

 *ネタバレします。

『パリ警視庁迷宮捜査班』 (ソフィー・エナフ/ハヤカワポケットミステリ)

 フランスの「特捜部Q」ってな宣伝文句につられて読んでみました。

 アンヌ・カペスタンは女性警官として出世頭、将来を期待された警視正。だが、捜査上の過剰防衛とみなされた発砲により、停職中。ついに呼び出しがきて、復帰が言い渡される。一つの班を任せるという。訳アリ、問題アリの警察の中の厄介者を集めた特別班。そこで、資料整理、未解決事件を分類する仕事。
 警視庁の本庁からも離れてあてがわれたアパルトマンがオフィス。ほとんど不用品扱いの備品しかない部屋で、それでも集まってきた問題児たちは、二つの未解決事件に手をつけた。

 てことで、いかにもシリーズの始まりって感じ。本の厚さもさほどないし軽く読める。問題児が古い事件扱ってそれがやがて現在にもつながって、というのは確かに「特捜部Q」と似たスタイルだけど、読んでる感触は全然違う。こっちのほうが軽やか~ですねえ。パリ。いいな~パリ。
 集められたメンバー、名目上は40名近くいるらしいけれども、実際出勤してきたのは数名。そういう勤務でいいんですかパリの警察。よくわからない。けれどもなんか、生きづらさ抱えたみんなが、それでも警官やってて、はみ出し者同士少しずつ協力し、仲間になっていく、って、すごく優しくていいねえ。

 で、今回はそのメンバー紹介もしつつ、って感じ。個性的なキャラ、だけども、それでも人数多いよ私のポンコツ記憶では把握したかどうか曖昧……。

 とはいえ、主人公、リーダーのアンヌ・カペスタンは覚えた。正義感というか怒りを抑えきれず、行動が衝動的だったりもする。
 コンビを組むのは、トレズ。死神のように警察内部でおそれられている。トレズとコンビを組むと、トレズのせいとは言えないのだけれども、事故や怪我、不幸にみまわれてしまうので、トレズはもう誰とも組まないでいた。けど、アンヌは平気よ、って組むことにする。
 ロジエール。ピルーという犬をつれてるおばちゃんって感じ。警察を一時休職して、作家になって、売れっ子になってドラマ化もされて、っていう経歴。休職あけにしてまた警察に戻ってきたけど、彼女の作品のネタにされるのはちょっと、って警察内部から追い払われたっぽい。
 ルブルトン。厳格生真面目に、警察内部調査とかする部署の有能な人物、だけど、ゲイであることを話した途端、すーっと追い払われちゃったみたい。パリでもそういう偏見差別はあるのかあ。警察とか殊更に保守的ってことかな。長く連れ添ったパートナーを亡くして今は一人。
 あと、えーと、内部情報リークしまくりのおじさんとか、ギャンブルにはまりすぎガールとか、スピード狂な子やギーク、ハッキングばしばしできるけど、いまいち的外れ、意思疎通に問題アリな子、とか。けどそのずれっぷりが功を奏するとかもあり。
 名前、覚えきれない。他にもいたかな。ん~。

 まあ。そんなこんなのみんなが、いろいろドタバタしながら事件を捜査。
 この話自体の舞台は2012年8月に始まるけど、途中、1991年だとか古いエピソードが入る。これが実は犯人の動機、背景だったのね。

 海難事故が発端。最初は別々に思えた船員が殺された事件と、老女が強盗に殺された事件とがつながっていき、特捜班が作られた思惑、みたいなのも明らかになっていき。
 上司が、不審に思ってて、だけど自分じゃ捜査しきれなかった事件を、ダメもとで厄介者集団にあたらせてみた、ってことなのねー。
 警察内部に犯人がいたら、未解決事件になっちゃうか。

 メンバーの過去とかここにいるいきさつみたいなの、語られたのはまだ少しだから、これからシリーズ続いていくと、だんだんみんなのことがわかってくるのか。一応一読の感じでは、ルブルトンが好きかなあ。シリーズ続きが出たら、読みたいかなあ。ほどほどに面白く楽しく読めました。

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映画 「ターミネーター ニュー・フェイト」

 *ネタバレします。

映画 「ターミネーター ニュー・フェイト」

 2からの正統な続編! という宣伝文句で、期待高まって昨日17日(日)に見に行きました。

 始まりはまさに、2からほんの少し後。ジョンがまだ子どもの姿のままで登場してびっくりした。サラも。サラは若返り、ジョンはCGらしい、多分。
 で、これで運命は変えられたはず、と、南の島かなんかで静かに隠れ暮らしていた所に、突然またしてもT800の姿をしたターミネーターが現れて、ジョンを撃ち殺します。
 そして、それから22年。と。

 えええええ~~~~っ、ジョンーーッツ!!!! うっそ。と、私はまず衝撃、ショックの冒頭でした。いきなりもう終了の気持ち……。見る前から今度は女性を守りに未来からターミネーターくるみたいで、ジョンはどうなってるのか? ってことではあったけど、冒頭いきなり殺されちゃうとは……。まあ、衝撃の幕開けでした。あー。美少年のまま亡くなったのかジョン……。人類の希望……。

 とはいえ、ダイソンさんや、あのT800の尊い犠牲で、審判の日は回避され、サラたちがあの2の時人類の未来を救ったのだ、ということではあるらしい。
 だけど、AIによる人類への反乱は起きたらしく、スカイネットではなくリージョンだったかなんだかの、機械による人類撲滅は始まってしまうらしく。
 あれから22年。メキシコシティで暮らしている普通の女の子、女の子っていってももう工場勤務の社会人で、ダメ弟や父の面倒見るタイプのしっかり者お姉ちゃんのダニエラ、ダニーの所へ、未来からターミネーターと、彼女を守る強化人間のグレースがやってきた。

 全裸でターミネーターおっこちてきて登場、とか、悪い奴は液体金属系で、二体に分裂したりもしてめっちゃ厄介。基本的には2と同じようなストーリーラインだなあって思った。
 今度はダニーが人類の希望、未来の指導者を生むのか。と、サラ自身も、彼女がかつての自分と同じだから守る、助ける、という風に言うし。
 
 サラは、ジョンを殺された後に一層強くなったみたいで、最強の老戦士って感じ。ターミネーターは2の時の一体だけじゃなかった、ってことらしく、その後2体倒したらしいぞ。強すぎるでしょサラ。凄い。

 そして、謎のメッセージを受け取って、ダニーのピンチに駆けつけたと。そのメッセージを送ってたのは、ジョンを殺したあと人間社会に身を隠したターミネーター、シュワなのね。カールという名前を持って、なんかなりゆきでDV夫から助けた母息子と一緒に20年暮らしている。カーテン屋さんやってる。そして人間の感情を学んで理解してる、って感じ。
 未来からの干渉がくるとなんか感知して、サラに危険を知らせるってことにしてたみたい。老けた見た目になってるのは、人間社会に隠れるために地道に見た目変化させるようなことできたのかなあ。あんまよくわかんないけど。まあ、そもそもターミネーターのシリーズってあんまりガチめなSF的説明とかしてくれないよね。ざっくり察してくれって感じだ。

 ともかく。今はダニーが狙われている。弟くんも父もさっさと殺されてしまって。ダニーを守るグレースは、強化人間てことで、サイボーグ化とかもされてるけど、力使うとクールダウンというか薬とかもいろいろ必要、生身なんだねえ。サラが助けにきてくれなかったら、ダニーを守れなかったのでは、と思う。彼女しか守るために送れないって未来の人類の危機ヤバイ。
 
 とか思ってたら、実はグレースは未来にダニーに救われたから今度は自分がどんな犠牲になってもいいって感じで守りにきた、のね。
 ダニーは未来の人類の指導者を産むわけじゃない。ダニー自身が、リーダーになる。彼女そのものが、人類の希望。
 てことで、サラ、グレース、ダニーと、今度の物語は女性が女性のまま強く生きるって感じで、なるほどこれが2019年に描かれるってことかと思う。

 グレース、マッケンジー・デイビスが、ほんっとかっこよくって、アクションもスタイルもめっちゃよくって、これは、惚れるってなるしかない。
 サラ、リンダ・ハミルトンも強い強い、鍛えてるんだ~って見栄え最高ですし。ダニーは、最初は本当に普通の、車の運転もできないよーっていってた女の子だけど、メキシコでしっかり者として生きてる感じのしなやかさはあって、混乱し、哀しみながらも、必死で強くなろうとしていく。
 そして、一応この時代、世界では最強であろうT800シュワターミネーター、カール。サラに、あとで殺すとか言われて、理解した、と答えちゃう、人としての暮らしをしてきたマシンが、ダニーを守る仲間に加わる。
 
 2を、前日にテレビでやってたのを見て行ったので、「理解した」の返事がねえ。ジョンがターミネーターにそんな言い方じゃなダメだよ、ノープロブレムとかいうんだよ、って教えたりしてたシーンがあったりして。ほんと、2を踏まえての今作なんだなあと思う所が沢山あった。というかほんと、これ基本的に2のリメイクだなーって思う。というか、まあ、未来からターミネーターが殺しにくる、それ守るのもくる、って、ターミネーターのシリーズってそういう風に作られてきたんだなってことを改めて思う。
 1と2が奇跡の最高の面白さで、やっぽりさらにその続編っていうのは、もうそれを超えられないんだなあって思う。無理なんだ、あれ以上の面白さ、完璧さは。

 ダニーを守るために、グレースは最後の武器として自分の動力源で電磁ショック起こしてやっつけられる、と、ダニーに言う。彼女を死なせられない、ダニーは泣くけど、でも、ボロボロになった彼女の最期の願い、最後の希望のために、その武器を使う。
 シュワターミネーターもまたともに落ちていって、敵と共に燃え尽きて、終わり。

 人類の希望、未来のグレースとの再会は守られた、ってことね。ダニーが生き延びることこそが希望への道、か。
 サラがダニーと一緒にまた旅をしていくようなラストだったから、マシンとの戦いや、諦めない強さとかなんかこう、人類のリーダーになるよう鍛えていくんだろうなあ。
 ターミネーターの物語の主人公って、結局サラだったんだな。強い。

 グレースとダニーが百合的にステキ、みたいな評判がいっぱいあった。まあそうですね。ほんとグレースめっちゃかっこいい。でも私はあんまり百合的もえにははまらないので、うーんどうしたって2が最高、で、今作はまあ、まあ、まあねなるほどね、という感じ。
 
 アクションはもうほんっと最初っからずっとすっごいすっごい凄い!の連続で、派手さも格闘のバリエーションやかっこよさも最高だとは思う。
 工場やトラックとのカーチェイスや飛行機でのバトル、クライマックス今度はダムか~、ってのも面白かった。ド迫力に満足はしました。でももうターミネーターはこれで終わり、でいいと思うね。シュワちゃんも「もう戻らない」ってセリフ言いましたしね。1と2が永遠の名作ということで、私の中では満足です。


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「中島敦展――魅せられた旅人の短い生涯」

 そういえば。11/10(日曜日)のことですが、神奈川近代文学館へ、「中島敦展――魅せられた旅人の短い生涯」という特別展見に行きましたメモ。
 
 天気が良くてお散歩~と、がんばって港の見える丘公園を上り。薔薇を眺めて文学館へたどり着く。
 展示に入るところにバケモノの子の立体とか(?)あったけれども、なんだ。よくわからない。
 
 まずは、神童だったのね中島敦。生みの母とは離婚で離れ、その後の義母とかとは折り合いが悪かったらしい。父について子どもの頃朝鮮にいたとか。知識人の家庭で育つって感じ。小さい晴れ着や袴があって、こういうの大事にとっておかれたの、大事な息子だったんだろうなあと思う。病弱であったらしく、それも心配されまくったんだろうなあと思う。

 早熟の天才くんは恋にもひたむき。その若い二人の熱烈恋文が展示されていて、マジか~~と、もえる。反対されたらしいけれども思いを貫いて結婚したのねえ。子どもも生まれ。南洋からの子どもたちそれぞれへのハガキもあって、かわいい。やさしく書いている、いいお父さんな感じが本当に素敵だった。こういう家族への親密な愛情、素直で無防備な言葉を今こうして読ませてもらってすみません、ありがとう~と思う。私も親密な思いをわけてもらった感じ。好きになる。

 教師として女学校で人気があったらしく、生徒さんの言葉もあったりして。学生の頃もだけど、学校の文集とか校内誌とかがしっかり残っているんだなあ。そういうものが盛んに作られてて、若き日の文章が残ってるの、すごくいいなーと思う。

 教師の仕事の後、寒いのがよくないだとか病気療養的意味もあってなのか、南洋での仕事に行く。パラオだとか? 現地での日本人学校だか日本語教育だかの教科書づくりをしてたみたい。けど、家族と離れてるのはつらいーみたいな。
 そこで、現地の文化に触れていったりしたのね。

 作家になりたくて作品書いては推敲し、書き直し、同じ素材やテーマを仕立てなおし、とかしていたようだ。文章を預けて読んでもらった人がいたり。そういう縁もあって、世に出たのが30過ぎてから。作家として活躍、となったのが本当に死の年の直前で、惜しまれる存在だったんだなあ。

 私は、教科書の「山月記」は大好きー。他の作品も読んだことある、けれども、あまりちゃんと生涯についてとか知らなかった。教師として人気あったみたいだなあとか、家庭を持っていて、子どもへの優しい感じのハガキを読めたりして、なんとなく病弱神経質気難しいそう、ってイメージを勝手に持っていたけれども、そうでもない感じと思えてとてもよかった。南洋庁で仕事してたとか、そういうのも知らなかった。小さな旅行鞄。旅をした人だったのも知らなかった。神童だったというのはなるほどって思う。作者という記号的な名前ではなく、人としての中島敦にほんの少しだけだけど触れられる気がして、よかった。満足。

 展示の終りのほうには、文豪ストレイドッグス(?)のコミック原画(かな?)も少しあったりして。キャラになってんだっけーと思う。私はあれ見てないからなあ。文豪好きならはまれて楽しいのだろうか。ん~。わからない。

 そんなこんなをじっくりたっぷり見て、疲れ果てたね。それでもまた晴れた公園を散歩して帰って、あれはいい日曜日でした。

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NODA-MAP 第23回公演 『Q』


*ネタバレしてます。


 11/13(水曜日)の14時開演を見に行ってきました。
 14時開演で、休憩挟んで17時終了予定。少しオーバーしたかな。終わった時感激のあまり時計みてなかった。
 
NODA-MAP 第23回公演 『Q』:A Night At The Kabuki @東京芸術劇場プレイハウス

 それからの愁里愛(じゅりえ)松たか子、それからの瑯壬生(ろうみお)上川隆也
 源の愁里愛(じゅりえ)/愁里愛の面影 広瀬すず、平の瑯壬生(ろうみお)/瑯壬生の面影 志尊淳
 源の乳母 野田秀樹、平清盛/平の凡太郎 竹中直人

 等々、豪華キャスト~。広瀬すず、朝ドラの後にこんな大舞台。すごいなあ。初舞台らしいです。すごくよかったよー。

 作・演出 野田秀樹。で、音楽QUEENって。「オペラ座の夜」の楽曲いっぱいで、そこから作り上げたお話、なのかな。ベースは「ロミオとジュリエット」、源平合戦、そして歌舞伎風味。「尼寺へ行け!」も何度か叫ばれてたりして、洋の東西問わずあれこれごっちゃにまとめ上げられ、毎度ながら野田秀樹の頭の中はどうなってんだ、と思う。よくこんな、こんっなにもいっぱいあれこれ取り込んで舞台作れるなあ。凄い。

 「四人のロミオとジュリエット」ってことで、シェイクスピアの話に近い、ヤングなロミジュリと、その後のロミジュリが登場します。燃え上がったわずか数日の恋。そして悲劇の死。けれど、死んでいなくて、生き残って、かつての自分たちのもとへ戻り運命を変えようとあがくロミジュリ。
 
 笑いもいっぱいで、やっぱ言葉の応酬凄いし、話のテンポもよく、舞台転換が一枚の大きな布でふわりと変わっていく美しさに感動。舞台セットは壁だけ。動く病院のベッドみたいなのが何にでも変わるし。シンプルだからこそ舞台の上が何にでも変化する見事さを堪能。
 その壁に足場になるでっぱりがある。役者たちは上がったり飛び降りたり入れ替わったり、ほんっとさすがの身体能力~~~。身軽~~~。かっこいいいいい~~~~~!!!
 凄いねえ。いやまあ当然凄いんだけど。ほんっと凄いねえ。よくあんなに動き回りながら感情もっていくなあ。すっごいな。

 笑いもいっぱいだけれど、ぐっと辛い、切ない、悲しさで引き締まる。やっぱボヘミアンラプソディなんだよなあ。Too late, なんだよなあ~~~。あー。
 彼らの悲劇を変えようと、駆け回ったそれからのろみおとじゅりえ。だけど、肝心な所で間に合わない。肝心の所で、タイミングが最悪。
 生き延びることは出来た。けれど、運命は変えられなかった。二人は離ればなれになってしまう。手紙は白紙。届けられたメッセージは30年もすぎてから。それでも、その言葉は、愛さなければよかったいう言葉は、大切な愛の思い。
 やっぱり悲劇だった。それでも、深い重い時をへて、ますます増した愛の物語だった。
 
 ロミオの名前を捨てて、というセリフが、第二部、名前を捨てたロミオの悲劇になるの、すごいアンサーだと思った。
 第二部、源平合戦に重ねて、日本の戦争の悲劇、シベリア抑留とかになったんだと思うけど、そうして届かない手紙、仲間の死を生き延びた戦友が伝えるというモチーフになったんんだと思うけれど、そこを描くのに、「名前」でつなぐ、のね。凄い。名もなき兵士の悲劇、ではない。本当は誰にも、一人一人に名前はあり、一人一人に物語があり、生があったのに。
 名前を奪わないでくれ。誰でもない人にしないでくれ。

 若いロミジュリのピュアピュアで可愛い綺麗うつくしいみずみずしい、って感じの表現もすっごくよかったし、それからのロミジュリのちょっとやさぐれ入ってる感じもすっごいよくって、重みがまして、若さの勢いだけじゃない恋愛模様があるのすごくよかった。
 当然とはいえみんな本当にうまくて凄くて、私の席は近いわけじゃなかったけど、それでも生身のエネルギーガンガン浴びて、圧倒されまくってすっごく掴まれた。揺さぶられた。
 しかもクイーンの音楽ガンガンくるわけで。そりゃ泣くわ。

 カーテンコールの時には、やはりもう大号泣。一つの舞台、世界、物語を共に感じ味わい叩きこまれた感激があふれてしまう。最後に野田秀樹一人のお辞儀、でまたもっとぶわっと。泣いてしまう。
 愛と運命の物語。見に行けてよかった。

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映画 「永遠の門 ゴッホの見た未来」


*ネタバレしてます。


映画 「永遠の門 ゴッホの見た未来」

 ジュリアン・シュナーベル監督は画家でもあるそうで、劇中のゴッホの絵は監督が描いたものだそう。ゴッホの評伝的な映画ではなくて、画家ゴッホ、彼が生きている姿、風景、ひかりの中を歩き回り、絵を描いてゆく姿をひったり寄り添ってうつしだす映画だった。

 パリで、芸術家たちが集まり、カフェで議論を交わす中、ゴッホはそんな空気に馴染めずにいた。画商をしている弟、テオの仕送りを頼りに、田舎暮らしをする。意気投合したはずのゴーギャンとの共同生活。だがゴーギャンはかねてより憧れの、島へ旅立ってしまう。
 取り残され、周りの人々とはうまくやっていけないゴッホ。絵は評価されたものの売れない。わけのわからない絵と言われたりもする。精神が不安定で、自分の行動を自分で覚えていられなかったりする。
 カフェで出会った人を描いたりもするが、何より自然の風景の中で木々を草を花を、描いていくゴッホ。心を開き甘えられて、認めてくれるのは弟のテオだけ。
 入院したり退院したり、そしてまたトラブルを起こしたり巻き込まれたりしながら、絵を描き続ける。

 私は、ゴッホの絵を見たことはあるし、ゴーギャンと一時一緒にくらしていたとか、黄色い部屋とか、耳を切ったとか精神が不安定とかいう感じはなんとなく知っているものの、あまり生涯については知らない。この映画を見ても、何かわかりやすく勉強になったってことはない。
 カメラは人物にぐぐっと寄っていくし、手持ち撮影なのか、歩みのたびにぐらぐらと揺れる。それに、ゴッホは目にも病があったのだっけか、画面の半分くらいぼやけたりもして、ゴッホ視線?? というシーンも多くて、ふらふらする。
 
 こういう、世界の曖昧さ、何があったのかはっきりしない、という感じ。ゴッホを見るのではなくてゴッホの側に立つような映画なんだ。ゴッホのすぐそばで、ゴッホが見て感じている風やひかりを受ける映画。静かで、うつくしい。

 テオがいい弟で、最高の弟で、ゴッホに優しい弟で、すごくよかった。というかそれしか救いがないよー。入院したゴッホの所へかけつけてくれたテオを見て、ゴッホがここに、ってベッドの脇へ寄ってぽんぽんして、小さい病院ベッドに一緒に寝るシーン、すごくよかった。完全にテオに甘えるお兄ちゃん。ゴッホにとって、世界の拠り所はテオだけなんだよなあ。人物像は描いてるけど、人間社会は苦手というか、ルールに馴染めないゴッホ。人の気持ちとか他人への気遣いとか、あんまりできない感じ。自分の思いで回りがみえなくなる感じかな。

 羊飼いの女の子? に、きみをスケッチしたい、といって強引にせまっていった感じは、あれは乱暴したのかなあ。辛い。ゴッホに寄り添って見ちゃうけど、周りの人間からしたら、行動が理解できない男がふらふらと黙々とよくわからない絵を描いていて、とか、なんなら寄って乱暴したりするかも? な感じは、すごく怖いし嫌だろうし無理―っていうのもわかる。
 野原で絵を描いてたら、散歩だか遠足だかの子どもたちがわーわーやってきて、教師もなんか酷いじゃん、ってのもあったけど、あれもなー。子どもたちも酷いし、うまくかわすこともできないゴッホもひどいし、辛い。

 辛いけれど、ひかりの景色の中で絵を描くゴッホはひたむきで美しさの中に一体になっているようで、それは幸せな時を過ごしていたのかなあと思える。
 ゴッホが残した絵の美しさっていうのは間違いなくあるわけだから。

 醜い、なんて言われても、絵を描くしかない。自分にはそれしかないという、信念? 諦め? それでもそれが天から与えられた才能と言い。神様は間違えたんだ、時代を間違えたんだ、未来のために描く、というセリフがあった。そう信じていて欲しいな。

 病院からの退院を見定める神父、を、マッツが演じていた。出番は本当に少しだけど、ゴッホと対話して、そういうゴッホの内面を聞き出す感じは、ちょっとレクター博士めいた診断っぽくて、ひんやりした姿がとってもとっても素敵だったよー。

 ウィリアム・デフォーは、すっかりゴッホで。陰影のある顔をめっちゃアップで見まくることになるんだけど、見れば見るほどいい顔だなあってなる。ゴッホの顔って自画像でしか知らないしわからないけれども、この顔なんじゃないかなと思う。無言で、真顔で、たたずむ顔、姿、ひかりの中のシルエット、全部よかった。ちょっと怖いってなるくらいだったりするのもよかった。

 なんでさあ、子どもが石投げたり、ついには銃で撃ったりしてしまうんだ、って辛かったけど。そんな風な空気が大人たちの中にあったってことかなあ。殺しちゃえって本気で言うほどでないにせよ、あの人はおかしい、とか、あの画家にいなくなってほしいとか。ゴッホを滞在させてくれた医者も変わり者扱いされていたんだろうか。わかんないけどなあ。
 
 そしてカフェだかのお店の帳簿ノートをくれて、そこにスケッチたっぷり残していたのにおかみさんにちゃんと伝わらなくて、無造作にさし込まれた棚に、ずーーーーっと、100年以上放置されて発見された、ってことなのかー。まず残っていたのかっていうのが凄すぎるし。
 それでも、ゴッホは今はとても大事に愛されている画家なんだよ、と、あのゴッホに伝えられたらいいのに。そんな祈りの映画なんだと思う。ゴッホが見て描いて残してくれた美は、ちゃんと伝わっているよ。
 好きな映画でした。

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映画 「残された者 北の極地」


*ネタバレしてます。


映画 「残された者 北の極地」


 11/8(金曜日)に見てきました。11/8はマッツの日、とファンの間で記念日だったの。「残された者」と「永遠の門」というマッツ出演の映画が二つ同日に公開。ゲームの「デス・ストランディング」にもマッツ出演、出演? で、発売日。
 ゲームも予約してたの受け取ってきたし、映画も一つ見に行ったのだ。

 荒涼たる雪原の中、一人の男が歩く。雪を掘って何か地面の様子をチェック。ひとしきり作業した男の腕時計から小さくアラームがなる。上空からの映像に変わると、歪な文字で「SOS」と描かれている。男は、遭難者なのだ。

 マッツ演じるオボァガード一人が、延々と遭難し救助を待つシーンが続く。一人きりなのでほぼ無言。歩き、魚釣りの仕掛けを確認したり、少し小高い場所へ行って救難信号を手回しして電源起こして? なのかな? で、一定期間発し続ける。時計の小さなアラーム。ストイックにもくもくと、自分が決めた作業をこなして、眠る。
 たった一人の遭難者。何の説明もなくセリフもないままに、彼の姿、行動でその場の状況を理解させてくる。細かいことははっきりわからないけれども、この過酷な状況はひしひしとわかる。見てるこっちも辛い。寒い。怖い。

 ある時、ヘリがやってきた! しかし悪天候の中、風に煽られたヘリは墜落。束の間の希望が絶望に。そしてヘリへ駆け寄るオボァガード。二人の乗務員、だが、一人は投げ出されて死んでいた。もう一人、女性パイロット(?)はまだ息がある。けれど怪我をしていて、喋れる状態ではない。それに、言葉も通じないかも。アジア系なのかな。
 ヘリにあったメディカルキッドで応急手当はするものの、他にどうしようもなく、ひとまず自分がねぐらにしてる、自分の方の墜落した小型飛行機に彼女をつれていくオボァガード。ヘリから地図や使えそうなものを持ってきて。じっと助けを待つ。

 しかし彼女は衰弱していく。地図を見れば、北に観測基地があるようだ。うまくいけば、数日で歩いていけるかも。しかし動けない彼女を引いて。荒地、山を越えることができるのか。天候は? それでも、ただ彼女が衰弱していくのを見ているだけよりは、少しでも助けられるかもしれない行動を起こすべきなのでは。
 静かに決意を固め、オボァガードは出発することにした。

 で、歩き出してからも困難につぐ困難。北極は人間には向いてない場所だよね。過酷。装備とかなんとかいろいろ工夫していってるけど、厳しい。
 途中、旗の場所、ってのがあって、あー多分ここまでは助けを求めようと歩いたことがあるんだろうなあと思う。けれど、挫折して戻ったんだろう。一人じっとしていた彼が、もう一人の人間と出会って、行動を起こす。

 「生きる」ということ。ただ生存しているだけだった男が、人間らしさを取り戻していくこと。そういう映画なんだ、とマッツのインタビューなどでもあり。
 本当に、ただそう、じっと助けを待つだけのルーティーンの中から、危険に立ち向かっていく姿への変化が鮮やかで。でもぎゅっと心苦しくて。辛い。

 言葉が通じてるかどうかわからない彼女に、大丈夫だ、と言う。彼女がまだ生きていると確かめるために、手を握って、と促し、眠る彼女の呼吸に耳を寄せる。しかし、動けない彼女を引いてゆく雪原は厳しく。地図で見た以上に山は厳しく。どうしても彼女を引いて山を越えることができない。一人だけならよじ登っていける崖に近いような坂、そこを超えれば、道はもうあまり険しくなさそうだ。けれど、どうしても彼女をひっぱりあげることができない。結局当初の予定より大幅な回り道をしていくことにするんだけど。
 あーここで彼女を置いていけば。とか思っちゃったりして私の心が苦しい。

 吹雪をさけてうずくまったり。岩穴で休んでいたら白くまに襲われかけたり。貴重な発煙筒を一つ使って難を逃れる。
 どんどんぼろぼろになっていく。彼女が重い。衰弱していく彼女はもう死体になってしまうのでは。彼女を置いて行けば、自分だけは助かるかもしれない。

 一人で歩きだしたオボァガードは、隠れていたクレバスに落ちてしまい、足に怪我を負う。必死にあがいて脱出はできた。そして、彼女の所へ戻る。「ハロー」と、彼女はかすれた声で言った。
 「ハロウ」と、彼も答えた。ごめん、と、心から悔いて泣き崩れるオボァガード。そしてもう一度、彼女を引いて、歩き出す。

 この中で、マッツは何度か涙を見せる。一人雪原を眺める時、じっと遠くを見つめる目に涙が浮かぶ。彼女を見捨て、また戻った時涙を流す。その涙の、なんてうつくしい。こんなに追い詰められて、それでも人間らしく生きる行動を起こす姿。うつくしい。
 超人的パワーがあるわけでなく、特殊な訓練積んでるエリート軍人みたいなわけでもなく。パイロットらしいので、多分、多少は緊急時の訓練みたいなのはしてるんだろうけれども、普通の男でしかないんだよなあ。苦しいし、弱い。それでも、彼女を助けようと、頑張っていくんだよ。凄い。

 数日進んでいって。ある時、遠くにヘリ、多分なんか調査をしている人がいる。発煙筒をたき、上着まで燃やして注意をひこうとするが、ヘリに声が届かない。ここにいるんだ!ここに! と、初めて大声をあげるのに。その声はかすれているし、もうボロボロすぎる。
 ほんっとに見てて苦しかった。辛い。見えるところに希望が。しかし絶望になってしまう。
 ヘリが飛び去ったあとに、それでもまた彼女に、大丈夫だ、といってまた手を握るオボァガード。ぐったりと地に倒れる彼。
 大丈夫、君は一人じゃない。そういうけれど、それはつまり自分への言葉でもある。一人じゃなくて、二人だから、歩き出すことができた。一人じゃない。一人じゃないから。握った手がある。ここにいる。

 そしてその背後にヘリがまたきて着陸してくる! という所で終わったーーー。

 あれ、は。結果どうなの。二人はちゃんと助かった?? 私は、助かったんだと、思いたい。きっと間に合ったんだって、思いたい。助かったんだと思う。だって、神様。オボァガードはあんなに頑張った。あんなに、あんなに、あんなに大変な苦しい辛い中、彼女を助けようとした。助かったんだって、私は信じるよ。

 見てて、もう早々に、辛すぎる。こんな、過酷すぎる。もう、見てるだけなのにツライ、結末教えてもう終わって。って願ってしまった。ほんとうに側についてる気持ちになってしまう。大丈夫、って私も彼らに言ってあげたい。あー。苦しいってなる。
 上映時間は97分なのに、ものすごく、ぐったり疲れたよ。すごい。引き込まれまくり。本当に、その場の状況に限ってて、余計な言葉も説明も回想も何もなし。潔いつくりの映画。
 マッツが素敵でずっと見ていたいけれども、こんな過酷なの見てられないという、心が引き裂かれることになる映画。うつくしかった。

 ツイッターでマッツ情報を追いかけてるので、この映画の撮影始まったよーとか、仕上げてるよーとか。カンヌで売り込みしてるとか、公開する国が決まっていってたり、そういう映画ができていく過程、状況をお知らせされるごとに見続けてきた。やっと日本でも公開ですかと、感慨深い。ハリコンこみでの日本でのプロモーションで、雑誌やインタビュー記事がたくさん今見られるのも凄い。嬉しい。すごい。
 状況は過酷すぎるんだけれど、雪原に青空だったりで、画面が眩しく明るかったりもして、マッツの表情がすごくよく見えて。涙も綺麗なんだー。うっとり。でも辛い。ほぼずうっとマッツの一人芝居。ほんっと見応えある。ほんと上手いんだよなあ。セリフなくても、わずかな視線とか動きだけで物凄く伝わってくるものがある。佇まいだけで魅せるんだよねえ。かっこいい。素晴らしい。見られてよかった。大好きだー。
 

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映画 「IT イット THE END “それ”が見えたら、終わり。」


*ネタバレしてます。


映画 「IT イット THE END “それ”が見えたら、終わり。」

 これは今日見てきた。

 かつて“それ”と対決した時から27年。デリーの町で子どもが消え、弱いものが襲われる事件が起きはじめた。ルーザーズのメンバーで一人町に残っていたマイクは、仲間に戻ってくるよう呼びかける。町から離れた仲間は、何故か27年前のその頃の記憶が曖昧になっていた。けれど、町に戻って懐かしくはしゃぐうちに、“それ”とのことを思い出す。誓い合ったことも。
今度こそ奴を葬り去るために、マイクは町の歴史や文献を調べて、悪を滅ぼす儀式を行う方法を見つけていた。ルーザーズはそれぞれの思い出を探り、持ち寄り、もう一度、ペニーワイズの棲む地下へ向かう。


 前作も、怖いの嫌だ~と思いつつやっぱり赤い風船とピエロに釣られて見に行ったんだけど、ええと、誰が誰だっけ、とかちゃんと覚えてないので、最初のころは、ええと~大人になった彼らは~やっぱり誰が誰だよ、と、わかんないんだけど。ベバリーは女の子一人だからわかる。多分主人公のビルもわかる。あとは~誰~? と思いつつ見てると、ちょいちょい子役の子も出て来るし(思い出探しが最初のミッションだから)、今だから思い出すそれぞれのあれこれで誰が誰、ってわかってくるように作られていた。親切設計ありがとう。

 大人になった彼らは、結構成功者っぽい。けれども問題を抱えてたりもする。町から離れてるほどに、昔のことは忘れてるらしいので、それなりに成長していってるんだなあという感じ。ただのサラリーマンみたいな人はいないみたいだった。
 
 怖くて、弱くて、マイクの呼びかけに答えられなかったスタンリー。それでも、彼の意思も届いた。
 
 結局はペニーワイズという恐怖に、心が負けるか、勝てる!と信じて戦い抜けるか、精神力の問題なのですかー。最終的には言葉攻めで、ペニーワイズちゃん、縮んであっけなく心臓握りつぶされてしまった。
 言葉攻めで勝てるのならばっ、あんな多くの犠牲を、友をなくさなくてもすんだのでは。と辛いけれども、負けない、勝つ!!! と心から信じて戦うための修行~みたいなことかなあ。恐怖に勝つには怒りも必要なのか。

 儀式のための思い出探しをする過程で、子どもの頃のトラウマを自分で克服、していくのも必要だったんだろうなあ。ルーザーズの他にいっぱい殺されていった子供たちがほんとこわい辛いけれども、ジョージィーを亡くしたのは本当に辛いけど、そのことの責めを負うのは、お兄ちゃんじゃないよ。悪いのはペニーワイズだよ;;

 ルーザーズそれぞれの成長とかも丁寧に描かれてた。
 で、やっぱホラーなのでというかなんというか。音楽怖い怖い怖い。ぎょっ、ひっ、ってびっくりするシーンもいっぱい。ペニーワイズちゃんもどばーんと出てくる。
 けど、ドーン! バーン! ダーッ! って勢いある方向のホラーなので、ひいいっ、ってびっくりしつつも、面白かった。怖いど。血とかのグロテスクは私はわりと大丈夫。
 やっぱ怖いのは心霊系の、じわじわじりじりひりひり忍び寄り絡みつかれる恐怖だなあ。モンスター的なのはいける。ペニーワイズちゃん、赤い風船ピエロモンスターは、もうかないりネタキャラにされてしまってるからねえ。怖可愛い^^

 始まりの所、ホモフォビアに襲われるゲイカップルがいて、ボコられた挙句に一人、川に投げ込まれちゃって。あああーー酷い、って思ってたら、ペニーワイズが現れて、流されてく彼を救い上げたの。お? もしかして助ける? で、ホモフォビアの奴らを喰う? と一瞬思っちゃったんだけどそんなことなかった。食い殺されたのはほっといても死んじゃうゲイの彼。あああああーー。酷い。そーだなーペニーワイズはダークヒーローとかでもなんでもなくて、単に「悪」だものなあ。そもそも子どもとって喰うんだった。容赦ねえわ。
 
 予想外だったけど、ゲイのこととかクローゼットゲイの悩みとかも、恐怖とか苦悩として扱われていた感じ。ルーザーズの中でも一人悩んでたし。現代とはいえ、ホモフォビアとかいろんな問題、苦しみ悩みあるよなあ。この映画でこういうとこもあるんだって、ほんと予想してなかった。原作にはあることなのかな。うーん~。けど、まあ、多分読まないかな。ん~。

 怖かったりびっくりだったり、ほろりとさせられたり。面白かった。ペニーワイズ、ビル・スカルスガルド今回も熱演でよかった。楽しかった。

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映画 「マシュー・ボーン IN CINEMA 白鳥の湖」


*ネタバレしています。


映画 「マシュー・ボーン IN CINEMA 白鳥の湖」


 10/30に見に行った。近くではなかったので久しぶりに恵比寿ガーデンシネマまで。
 バレエなので、生舞台観るのが一番だけど、見られなかったし。うーんうーん、どうしようかなあとすごく迷ったけれども、やっぱり見に行っておいてよかった!

 白鳥が男性ダンサー! ってなんかすごいらしいという評判は前々からあるのは知りつつ、まともに全部見るのは初めて。
 古典的な「白鳥の湖」も、多分すごく大昔に、なんか多分ロシアのバレエ団のを、見に行ったことがあるような気がする……。曖昧すぎる私の記憶力……。どうなんだろう。とはいえつまりぼんやりと、なんか王子様と白鳥と恋するけど邪魔が入って悲恋なんですね、みたいなうっすらしか認識です。なので、普通にクラシカルな舞台と比べてどうこうとか、初演のころから随分時間がたってて今回のシネマ舞台がどうなのかとか、全然批評はできない。

 「新演出版で、2019年にロンドン・サドラーズウェルズ劇場で上演した公演をスクリーン上映。」というものだったそうです。王子が母との愛に葛藤し、素晴らしくセクシーハンサムな白鳥に恋するものの、パーティではつれなくされて、けれどあのパーティでの白鳥は黒鳥、ですね。また母を奪われそうで苦悩する王子、って感じ。

 舞台現代、現代というか、現代? で、同性愛の苦悩、って所。それに王子、母の愛が欲しい、が、たいぶいきすぎで、近親愛的な所までいってる感じ? だよね?
 若くて可愛い娼婦的な女の子ともつきあってみようとするけどそれは母、女王に反対されるし。まあそれはそうか。で。夜の公園の池、池かなあ。湖。で、白鳥の踊りに魅せられて、初めで心から自分を解放できて恋をして、って感じ。

 王子~苦悩しまくりすぎの王子~~~。ヘタレ王子。ピュアピュア可愛い王子。逆上しちゃう王子。王子はクラシカルに綺麗に美しく舞うって感じのさすが王子、上品な踊りで、素敵だった~。

 そして白鳥は! セクシーーーー!!!!! はあ。すごい。ハアハアしちゃう。かっこいい。色気が滴る。あれは王子参っちゃうわ当然だわ。すっごいのねえ。
 白鳥たちの群舞も男性ダンサーばかりなわけで。強い。それにとっても動物っぽいというか、獣の強さ美しさ、人ならざるもの、って感じが凄くして、迫力だったー。凄い。

 最後のシーンでは、王子のベッドの下から白鳥たちが現れたりして、ううわすっげー悪夢こわいこわいこわい、って思いながら見ました。獣だった……。

 白鳥も、王子も。儚くなって、結ばれるのは天上で、という感じ。これ、初演は1995年だそうなので、あ~同性愛の結末としてはそうなるかっていう気がする。というかまあ、もともと「白鳥の湖」が悲恋なわけだ。というか人と人ならざる者だから、なあ。

 けれど、幸せになって。今なら。幸せになる結末を;; と願ってしまう。
 でももちろん悲劇の恋も最高ですよね。あああ~。

 バレエなのでずーっと音楽の中で。踊ってて。セリフはなし。だけど、踊りが、体全体が、饒舌なんだよなあ。バレエダンサーって、ほんっと、重力が違うんじゃないのっていう、あの、素晴らしさ。
 ずっとずっと一瞬たりとも目が離せない、素晴らしい肉体。美しい。あの優美な動きにはどれほどの努力が秘められているのか。微塵も思わせない軽やかさ美しさ。ほんっと、バレエって凄い。綺麗。それにこの舞台のセクシーさ、たまらん。

 もう、全然、なんも私言葉が追いつかない。見に行けてよかった。いいなあ。ほんと、うつくしいって強いなあ。最高でした。大好き。

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