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『空ふたたび』 (原佳子/ながらみ書房)

『空ふたたび』 (原佳子/ながらみ書房)

 

 歌集。
 「空」という一連に始まり、タイトルにも空があるし、空を見上げるのがお好きな著者なのだなあとふんわり読んでいた。空を見上げ、祈ること。この著者のそのわけがわかるのはすぐだった。息子さんが事故にあい、入院、看護、介護と、懸命に寄り添いながら、儚くなってしまった。おそらく小学一年生で事故にあい、瀕死の状態から数年後、亡くなられたとのこと。
 その哀しみの日々を歌の中に読み共にたどる思いでした。

 

 短歌を始めたのはその頃からだいぶ時が過ぎてのことだそうで、大声で泣き叫ぶような哀しみではなく、深く深く静かに、時を経たからこその歌であり、しかし時を経ても全く色あせることのない思いを感じました。
 ブルー。青空の色を配してるのも、悲しみの鮮やかさであり、祈りであり、そしてひかりと癒しでもあるように思います。
 こうして届けられた歌集を読めてとてもよかった。
 人のこころ、いのち、時、勿論私は同じ経験があるわけではないのだけれども、いろいろなことを心底から思う歌集でした。

 

 いくつか、好きな歌。

 

  雲ひとつなき冬空に朝の陽はあたたくありわれのすべてに (p13)

 

 「われのすべてに」という言葉に、何か朝のひかりの許し、癒しを感じているように思った。穏やかにシンプルに朝、という歌だけれど、伝わってくるものがとても大きな許しに見える。

 

  地下鉄の扉のガラスにうつりいる吾の姿に頭あらざり  (p16)

 

 息子さんの事故からすぐの頃の思いだろう。地下鉄の扉、というのがすごくいい。そこにうつる姿って、現実にあるのに、心の中を反映しているようだ。「頭あらざり」と静かに言い切っているのが刺さります。

 

  木の葉には表がありて裏があり返さずにおく人の言の葉  (p25)
  吾がこぼす言の葉なべて降り積もるそのまま朽ちてゆく哀しみと (p26)

 

 言葉に敏感である作者。木の葉言の葉と重なるイメージ。多分傷つく言葉とかそんな事言われたくない言葉もたくさんあったのだろうなと思う。けれど、裏は見ないことにしてる、そう決めているのがいい。
 そして、話しかけても反応のない子への言葉、きっと聞こえてますよ大事なことですよって、そうは思っても朽ちてゆくばかりのような、むなしさを覚えることもあったんだろうなあと思う。さらりと表現されているけれどもとても深く伝わってきた。

 

  窓の辺に風船蔓の苗植えてわたしの空に夢を浮かべむ  (p35)

 

 「風船蔓」の名前に惹かれてふわりと風船を浮かべるような想像を持って植える、小さな心の浮きたちが感じられて好きだった。

 

  いちめんの向日葵とれもこちら向き目を逸らしたき思いにかられ (p38)

 

 あ~なんか向日葵の黄色の鮮やかさと夏って感じと、すごく素敵なんだけど、こちらが弱っているときにはその強さが眩しすぎる気持ち。共感しました。

 

  パリッシュブルーの空が裂けたり冬のあさ息子の息は止まりていたり (p47)

 

 青空だったのか、と思う。「息子の息は止まりていたり」のむき出しの出来事が深く刺さってくる一首。この一連、とてもとても凄くて胸が詰まる思いで読みました。

 

  ひさかたの春のひかりに取り出す闘病日記三十六冊  (p53)

 

 三十六冊の重み。それがもっと増えてもよかったのに、とも思う。あるいは「闘病日記」なんてなくて、「成長日記」だったらよかったのに。ふわりとした初句からの結句の重みのバランスがぐっときました。

 

  アスファルトの小さき割れ目につゆくさは咲きたり車が通れば揺れて (p71)
  吾子が渡りきること叶わざりし道きょうもわたしは歩むほかなし  (p71)

 

 お子さんが事故に遭った時のつゆくさ。その道。作者にとっては決定的に変わってしまったそれらが、まるで変わりなくあること。一人一人に、一瞬に、景色は変わってしまうし、変わらずにある、ということを思いました。それを見つめる作者の目の確かさ、秘めた哀しみを思います。

 

  スロバキアの公園のベンチにおばあさんと英語で話す日本のこと (p83)
  ひら仮名で日本語を話す韓国の女性と村上春樹を語る  (p100)

 

 旅行詠もあり。作者は異国で、一期一会で、話をするんだなあと眩しく思いました。丁寧に互いを尊重している趣が感じられていいなあと思った。

 

  これまでに見たことのない鮮やかな紅をさしたる吾子のくちびる (p123)

 

 兄を亡くした妹。多分息子の方へ心囚われすぎていたこともあったのだろう。我慢をさせてしまったとかもあった。その娘が成長し、小さな妹、ではなく一人の女性として、これは踊り? かなにか、舞台に立つ姿ですね。改めて目を見張る、家族でありながらまた別の顔を見せるちゃんと立派な一人の女の子である姿が印象的。こういう感慨、あるんだろうなあと想像できました。

 

  いやだった雨の日がいやでなくなって雨が好きという君に近づく (p135)

 

 これは夫とのことだろう。夫との関係も、時間をかけて寄り添っていくんだなあという感じ。家族の関係って、一定じゃないし、良くも悪くも変わっていくし、ゆっくり時間をかけるということ、大事かなあと思う。「雨」を挟んで表現されているのがいいなあと思った。

 

  肩の力抜いてごらんと木は立てり椎の実ぽーんと目の前に落つ  (p142)

 

 これは多分下の句が先で。目の前に椎の実が落ちてきて、ちょっとびっくりして立ち止まる、目をあげる、そして見つめたその木に「肩の力抜いてごらん」と言われたように思えた、という感じだと思う。「ぽーん」というのがよくって、ぽーんとその一瞬、ほわっと力が抜けた気がする。「ぽーん」っていう実感があったのではないかなあと思う。読んでいて私もふっと力が抜けた。歌集終盤のこの一首、印象的でした。
 
 どんな歌集にも、いやどんな本でもエンタメでも、作り手の思いは深くこめられていて、いいものなんだけど、これは本当にとても、大事な歌集を手渡された気がしました。ありがとうございました。

 

 

 

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