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映画 「アメリカン・アニマルズ」

*ネタバレしてます。

映画 「アメリカン・アニマルズ」


 2004年。大学生のスペンサー。悪友ウォーレン。殊更なことはなにもない、ごく平凡な、だけど何か凄い特別なことが起こらないかな、と日々思っている若者。「普通の大学生が起こした普通じゃない強盗事件」というコピーがついていたけど、普通とは、というのはともかく、本当に、そこそこ恵まれた暮らしの中のいい若者たちが、一線を越えてしまった実話ベース。
 事実をもとにしたストーリー、というよくある惹句が、真実の物語、みたいに変化して、始まる。

 特殊メイクで老人に変装して、図書館へ向かう四人の姿。そして、遡ること一年八ヵ月、だっけかな。
 スペンサーは図書館案内の際に、特別コレクションとして、1200万ドルだかの、古い貴重な本を見る。アメリカの動物たちを描いた大きな図版の本。他に、ダーウィンの『種の起源』の初版だとか、貴重で高価な本がある特別コレクションの部屋。
 そのことを、悪友ウォーレンに話すと、それを盗み出して売って大金持ちになろう!みたいなノリになる。
 バイト先のスーパーみたいな所から肉やジュースを盗んで一緒に走って逃げる。そんな悪友との雑談が、やがてだんだん本気の盗みの計画へと変わる。

 このままただ平凡な人生のままでいたくない。何か特別な出来事を経験したい。何か、大きな経験を超えて、すごい人間になりたい。そんな思いを抱くのは、若者なら誰だって、いや若者じゃなくても、多分、大多数の平凡な人々が感じることだ。すっごい高い本がある、その警備といえるのはおばさん司書一人だけ。簡単に盗めるんじゃないか? 売りさばくルートだってなんとかなるかも? そんな計画を立ててるうちは、まだ単にわくわくした青春物語。参考にするのは映画。華麗にスマートに、誰も傷つけずにやってのける、かっこいい夢物語の主人公になる自分たちの姿を思い描く計画。
 なんだか怪しげなメールのやりとりで販売ルートに目途をつけ、二人だけじゃ人数足りないから、あと二人仲間が増えて。変装するなら老人だ。老人は無害とみなされてるもんね、みたいに、計画が本格的になっていく。

 監督、バート・レイトンという方はドキュメンタリーを撮って名を挙げた人、なのかな。私は知らなくてなのですが、それでというかなんというか、この、四人本人と、その家族までインタビューで答えてるのが、映画の俳優たちが演じてる所にするっとくるんだよ。うわ、って、ぎょっとする。
 事件が起きて、7年服役して、だからつまり今の彼らは一般市民なわけだけれども、なんか、でもやっぱり、マジかー、と、複雑な思いを、映画見て、俳優の演技と物語の中でドキドキハラハラしてる中に突き付けられる。う、うう。マジかー。

 事実をもとにした物語。本人たちが回想語ってる、それはドキュメンタリーで事実、のはず。だけど、記憶があいまいになっていたり、自分が見てない時の相手の行動はわからないわけで、泥棒仲間として信じあってるってことでもなく、うーん。もちろん、泥棒仲間で信じあい、なんてのもフィクショナルな幻想だよなあ。
 彼らが、今はまた普通に、別に凶悪な顔してるでもなんでもなく、なんならちょっと苦笑とかしてみせたり、で、事件のころを語る。家族は涙ちょっと浮かべたり、でも本当にいい子だったんですよ、みたいな感じだったり。

 ウォーレンの家庭こそ、両親が喧嘩多くて離婚だ!みたいな感じだったけど、それでもずっとスポーツ優等生してきたらしく、大学にはスポーツ推薦で入ったらしい。けど、試合に出ないでいて大学から叱られるみたいな感じではあった。
 スペンサーんちはとてもよい家庭って感じ。家族に心配かけられない、って、途中で降りる、って悩みなくったりもしてた。心配かけたくない、よい家庭だったんだよ。自分は絵の道にすすみたくて、芸術家には何か大いなる苦悩みたいなのが必要だ、みたいに思ってたりする、でもそれもすごいよくある若者の焦り~って感じ。
 チャド、Mrピンクくんは明らかにエリート家庭。金持ち。自分も10代のうちに起業して自分の金も持ってるって感じ。登場の時、ボート漕ぎのトレーニングしてて、あ~これ「ソーシャルネットワーク」の双子、アーミー・ハマーがやってた感じのやつー。アメリカでもっとも成功してるイメージの役柄~って思いました。
 エリックは真面目で頭よくて、会計の授業とってたり。FBIをめざしてるんだっけ。いろいろ計画の不備を指摘、計画がいっそう具体的になっていく力になった。

 みんな何が特別な人に、他の人とは違う何者かになりたかった。
 その計画が強盗っていうもので、でもそれはきっと失敗すると思っていて、計画立てても、どこかで、何かで、誰かが、ストップさせるんじゃないか、って思ってた。
 実行するなんて。成功するなんて、思ってなかった。
 なのに、実行してしまったー。

 途中でやめることになるきっかけは何度もあった。人数が足りないとか、金が足りないとか、時間があわないとか、警備でひっかかるとか。一度は図書館までいっちゃったけど、その時は司書が4人もいて無理だーって引き返した時とか。あの時、あの時、あの時、やっぱりダメだやめようって。誰かがちゃんと言えばよかったのに。

 実行に移ってしまってからは、ぐだぐだのぼろぼろ。司書をスマートに気絶させるなんてことはできなくて、彼女を傷つけていることに、手を下してから気づくウォーレンたち。せっかく盗み出した一番大きな本は途中でとりおとし、小さいのを二つ、か、なんとか手に入れて逃げ出す。売りさばくための鑑定書をもらうためにNYへ。しかし簡単にはいかない。

 結局、当初の計画なんて崩れまくり。思い返せばミスばかり。自分たちが捕まるのは時間の問題。パニックの喧騒をすぎて、悪夢ばかりの数日、ってことかな。そして、捕まる日がくる。

 かろうじて救いは、本は無傷で司書の女性が今も仕事を続けていること。本人がインタビューに答えていた。ショックは測り知れないだろうけれども。

 失敗の物語だった。
 事実に基づく物語。とはいえ、たいてい、映画になる時には実話ベースのフィクションとして見るものだけれども、この映画は、本人登場してのインタビューがぐいぐい入るので、フィクションとして面白い、という楽しみを覚まさせる。
 映画なら。フィクションなら。何かしら犯行をしても相手がなんかしら悪い奴だったり、犯人側に何かのっぴきならない事情だとか、なんかこう、観客のストレスをそらす仕掛けがしてあると思うんだ。
 でもこの映画の事件は事実よりが大きくて。
 普通の若者たち。普通に仕事をしている被害者。それはあまりにも無謀で愚かで身勝手な犯行だった。若者の悪ふざけというには度がすぎているし、被害者は本当にただ被害者で、災難でしかない。
 ドキュメンタリーと映画の融合って、こんななのかー。面白かった、というにはためらってしまうような、飲み込みづらい映画だったー。

 スペンサーやってるバリー・コーガン。「ダンケルク」で覚えてから鹿殺しにつづいて二つ目、見るの。なんか、ハンサムじゃないけど、印象的な顔、表情で。今作もすごくよかった。普通にさえない若者って感じ、で、でもなんか狂気にも豹変できそうな。すごい。彼のことはできれば追っかけてみたい感じ。

 現在の本人たちは、それぞれに普通に、暮らしているらしい。スペンサーは鳥を専門に絵を描いている。フィクション的な所で、夜道で鳥、何か大きな鳥を見てたよなあ。なんか、ああいう時、動物を見てしまう、啓示的に、って感じは。「スリービルボード」で鹿ちゃんだったり。なんかそういうもの? キリスト教的なもの? わかんないけど。今回はまあ、鳥、フラミンゴ? なんかそう、象徴的なものがあったかなあ。
 あと、回顧録書こうとしてるとか映画監督になりたいとか。地味にジムインストラクターしつつ筋トレ本書こうとしているとか?

 けれど、この映画で、こんな風に出て、それってなんかとても残酷だと思った。
 彼らはもう、きっとこの先、何者にもなれないのでは。
 見ながら、すっごく、きっと何者にもなれないお前たちに告げる、ピングドラムを探すのだ、という声が私の中でぐるぐるしまくったわ。
 もう彼らは何者にもなれないと告げられてしまった。
 絵は、まあ、絵のことは私わかんないけど、この映画であんな風に出て、彼の絵は盗めなかったあの本の絵の代償のように見える。
 回顧録を書こうが映画監督めざそうが、この「アメリカン・アニマルズ」を超えるものには、ちょっと、なれないんじゃないの。

 もう何者にもなれない。
 映画に出ることは何かスペシャルな感じがちょっとするんだけれども。でも。
 ただの、元、若さと無謀の愚かな犯罪者、にしかなれない。
 映画に出ることを最初は嫌がったけれど、監督との交流と信頼の上、出演したそうだけど。なんか、愚かさの果てに何者にもなれない呪いがさらに深まったように見える。怖いよこの映画監督。すごい。
 司書さんにとっては、いい映画だったかもなあ。

 こんな、事実とフィクションとのゆらぎのあわいでよく映画作り上げたなあ。すっごい。面白かった。見に行ってよかった。


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