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映画 「アベンジャーズ エンドゲーム」(二回目)

*ネタバレしています。シリーズのあれこれにも多分なんとなくネタバレしています。ぐしゃぐしゃの自分のためのメモ。


映画 「アベンジャーズ エンドゲーム」(二回目)

 今日は3D字幕、IMAXで見に行きました。綺麗~。音いい~。宇宙の広がりとか迫力~。それに決戦の迫力~~~っ、堪能した。

 二回目なんだから少しは落ち着いて。と思いつつ、もう終盤はずっと、涙がとまらなかった。ストレンジ先生のくるくるが開いて、みんながやってきて。立ち上がり、戦う、キャプテン・アメリカ。「アベンジャーズ、アッセンブル」の声からあとずっとずっと涙ぼろぼろで見てた。かっこいいよ。凄いよ。みんなーーっ;;

 以下いろいろ個人的思うことつらつらと。

 ・トニー・スタークのこと 
私はトニー・スタークさんが好きだ;; アイアンマンが好きだ;; 大好きだ。トニー・スタークは、スーパーパワーを与えられたヒーローではなくて、自分でスーツを作って、自分がヒーローになる。
 兵器開発担当と戦うヒーローと、両方を兼ね備えてる。
 自分がヒーローになることを選び続けてきたのだ。周囲の期待も恨みも一身に引き受けて。スーパーパワーを何か、だれか、から与えられたヒーローじゃない。自分が目の当たりにした事を自分でなんとかしようとして、それが結果的にヒーローになっていく男。
 わりとこう、ガジェット担当とか情報担当とか、戦うヒーロー本人とは別で、相棒とかになったりするものじゃない? けど、トニーは全部が自分担当なんだよなー。タイヘン。誰よりも金持ち。誰よりも天才。普通に人間。実業家。でも、アイアンマンスーツを作り、自分で身にまとい、自分で戦い続けてきた。孤独。

 で、少しずつ、友達ができてポッツとの仲もあれこれしつつ深まって、チームができて、仲間ができる。どっちかというと、嫌な男として登場し、けれどこのマーベルシネマティックユニバースを率いた男。彼が、戦い続け、成長して、だれよりもヒーローとして幕を閉じたのは、とても悲しいけれど、とても、とてもとても、感動して納得の、終わりだった。
 そして、新たなヒーロー譚は続いていく。おしまいの、ハンマーでたたくような音って、アイアンマンの最初に、トニーが急ごしらえアイアンマンスーツ作り出すときの音なんだね。

・スパイダーマン。ピーター・パーカー。
 スパイダーマンファーフロムホーム、が、このフェイズのラストっていうのわかる。これまで予告では楽しい仲間と楽しく旅~って感じだったけど、このエンドからのピーターくんなわけか。目の前でピーターを失ったトニーと対称のように、目の前でトニーを失ったピーターくんなわけだ。
 エンドゲームの終わりの中でも、友達と再会、ハグしてたけど、泣きそうだったものね。再会の感激だけじゃなくて、大事な人を亡くした、少年。あれ、消えてた人たちの体感ってアントマンと同じく、量子世界にいってた感じで、5時間くらいだよってことなのかなあ。戻ってきたとき、ピーターくん、あんまり消えてた時の記憶とかなさそうで、混乱してたらドクターに、おい、5年たったぞって言われた、みたいな感じだった。だから、5年間、消えた人々を思っての時間、っていうのはたぶん彼にはなくて、宇宙いって、うわーってなって、次気づいたら、また大決戦で、スタークさんに再会できた! やった!って感じだったところ、とにかく一生懸命戦って、戦って、けれど、スタークさんが犠牲になってしまった。最後にあいむそーりーって言って涙ながらにトニーを見つめていた。

 ピーターくんは、親もおじさんもなくしてるわけだよねえ。
 健やかホランドくんになってうっかり忘れそうだけど、ピーター・パーカーは辛い過去を持つ孤独な少年、でもある。
 今のシリーズになってちゃんと友達いるしメイおばさんも素敵パワフルだし本人も明るめキャラ、でもちょっとギークとしてイケてないいじめられそうキャラでもある。
 スタークさん大好きっこだもの。
 ショックだよなあ。

 けど、ピーターは若い。ヤング。未来がある。まだ柔軟な心。それに、トニーの意思も犠牲の意味も、何より勝ったということを、受け止め、落ち込むばかりじゃないはず。悲しみを乗り越えられるはず。
 ファーフロムは、ピーターくんがちゃんと悲しみを乗り越えてヒーローとしてさらに生きるという作品になるのかな。がんばれピーター;;

・キャプテンとトニー
 キャプテンとトニーは、時を隔てた双子、というか、兄弟というか。
 キャップを作りだしたのはハワード一人ではなく、国家みたいなこと(なんだよね? あんまキャプテンアメリカをちゃんと把握してない)だけど、ハワードが大きく関わった人物で、トニーは父を奪われたと感じていて。
 立派な優等生、リーダーたる兄と、その兄にかなわない、父の愛を奪い合うかのように我が道をいく弟的なトニー、という気がする。

 スティーブとバッキーは親友。けどスティーブにとってトニーは目覚めた後になるまでかかわりない感じだったんだよね。
 その辺の対立のシビル・ウォーが、あったのだと。思う。トニーのほうがスティーブに対してこじらせる思いが重い、深い。
 それにトニーはあくまで戦後の子だし。兵士じゃないし。実業家だし。キャップはなんだかんだ軍隊育ちみたいな所があり。それも、国家に利用され失望し自由のために戦う、っていう感じかなあ。
 トニーはありえない金持ちだし天才だし、一般人っていうのはなんか違う気がするけど、それでもやはり兵士じゃなく、自由の国アメリカの自由な人間の権利を当たり前に手にしていた。
 兵士として国家のために身を捧げる、みたいな感じだったのだろう、ね、キャプテンアメリカ、スティーブは。そういう自由気ままなトニーと、そりゃ合わないんだろう。
 その二人が、共闘し、信頼を築き、でも信念の違いから決別し。
 そして信頼を取り戻した。その歳月もほんっとぐっとくる。長いシリーズで積み重ねてきたという、二人の生き様なー。泣くやろ。泣くしかないでしょ。


 ヒーローの物語だけどやっぱり家族の物語だ。世界の危機って、大事な人の危機なんだよね。だから、守る。だから、犠牲を出しなくない。自分も生きて帰る。かえってくると信じる。
 単純な自己犠牲はなかった。ヒロイックなナルシズムはなかった。本当に大事な、大切な大切な本当に心から自分の命かけて大切なもののために、どうしてもどうしようもないから、自分より大事な人を選ぶ。その結果としての、犠牲。それは死だけれども、自分の心をまっとうすることなんだと思う。あまりにも悲しいけれど、それが大切なことだから。

 トニーは「アイアンマン」登場時にはナルシストで、自己中で、自慢がすべてホントのことだから余計むかつく、みたいなキャラだった。
 けれど、トニーにも自分よりも本当に大事、という存在ができて、こその、あの選択だったと思う。アイアンマン一作目でした宣言は、みんながアイアンマンって呼んでるのは俺だよ、という宣言だったけど、エンドゲームの最後に名乗ったのは、アイアンマンというヒーローは自分だ。自分が選び、戦い、世界を、自分よりも大事な家族を守るヒーローなんだという名乗りだった。
 トニーは、自分の力でヒーローになった男だ。

 メッセージビデオの録画。映画冒頭ではボロボロのマスクに、宇宙船の中で。最後にはぴかぴかのマスクにくつろいだ姿で。あれは、タイムトラベル決行前夜ってことですね。世界を取り戻す。けれど、失敗できないその作戦の前に、あんな恐怖をやっぱり抱えていたんだな。きっと大丈夫。けれど、それでも、メッセージを残したいってことですね。そして念のため、ね、インフィニティ・ストーンをアイアンマンのスーツにも装着できるように仕掛け作ってたのかーと、思うと、ほんっと、トニーってば;; どこまでも天才。恐怖があるから、万が一までも考え抜いていたんだと思う。

 メッセージビデオ。冒頭のボロボロな時と、終わりのゆったりした時との対称も、トニーの覚悟の最後は、決して悲しみだけではないとう感じがある。絶望ではなく、という意味があると思う。もしも自分が命を落としても、このメッセージが再生される世界は平和になっていて欲しい、平和になっているはずだ、きっと自分たちがそうするんだ、という、希望のメッセージだ。

・5年後、という重みを思う。
 私たち観客はインフィニティ・ウォーから一年待ったわけだけど。でも次の映画できっと世界は救われると信じて、待った一年だった。
でもあの世界では5年。そしてきっと世界は救われるかどうか、なんて、わからない中での、悲しみと喪失の中の5年。
 前を向いて生きねば。という人もいる。そんな世界にも子どもは生まれているし、小さな日々の幸せはあったろう。けれど、深い深い悲しみと喪失の中での、5年。

 ナターシャはそんな中何か方法がないか、と、あの指令室?のチャンネルをいつもあけておく、と、模索し続けていたんだよね。
 5年。
 観客が待つ一年は、わずかながらもその重みを体感するものだった気がする。
 この映画を、リアルタイムで見ることができて幸運だ;;

・ペッパー・ポッツ。
 最初はトニーの秘書だっけか。トニーのパートナー。最初はデキる女、けど結構きゃーきゃーいったりもする感じだったけれども、どんどん女神になっていったなあ。エンドゲームでもまさに女神だったのでは。ありえないほどできた妻~と思うけど、でも、あのトニー・スタークと人生ともにすると腹をくくることができる、それかなり超人的かも。
 トニーの戦いを知っていて、傷つき苦しみ眠れない日々のことをわかっていて。子どもを産んで育てて。トニーがヒーローであることを、もしかしたらトニー本人よりも受け入れているんだろうなあ。死にそうなトニーに涙を見せない。フライデーに生命の状態を聞いて、確かめて。そして、ゆっくり眠ってね、と言えるポッツ、すごい。トニーが眠れない日々を超えてきたことを知っているから。行かないで、って言わない。すごい、強い。女神だよなあ。


 キャプテンが、すべてを終えて、過去へ石を戻しに行く。あの時、ツイッターで見た誰かのツイートに納得した。バッキーは、多分わかっていてあそこで別れたんだ。さびしくなるな、相棒、みたいな感じで送り出してたし、スティーブも、俺がいない間、ばかなことするなよ、っていってたものな。こっちの世界じゃ5秒だか10秒だかで戻ってくるはずだったんだから、俺がいない間、って、その10秒で何するっていうんだよ。
 年老いて戻ってきて。そして多分バッキーより先に死ぬ。残されていくバッキーに馬鹿な事しないで生きろ、ということなんだろうと思う。
 湖畔の後ろ姿を、サムに示して、サムだけに、行けよ、っていうの、もうそれはスティーブなんだっていうことわかってるからとしか思えないよね。
 
 タイムトラベルのタイムパラドックスみたいなこと、は、どうなのかっていうのは。正直あんま細々つじつまとかわかんないし、なんかまあそういうもんなんでしょ、って私は気にならないんだけど。エイシェント・ワンとバナーハルクくんがしゃべってた感じだと、ストーンをもってったままにすると、時間軸が分岐してしまってたいへんだけど、ストーンを使ったあとに、持ち去った直後の時点に戻して分岐をなくす、と、それで元通りです、ってな感じだったので。

 過去は変わらない。それぞれの戦いは起きるし、サノスに奪われるし、また指パッチンされて苦しむ5年間がある、けれども、それに勝利するんだ、ということで落ち着くのかなと。

 スティーブが過去の時間に存在し続けることが、できちゃう、だろうなあ。結構みんな過去の自分に会ってたし、ネビュラは2014年からやってきて二人相対して、自分を殺す、とかまでやってたもの。
 スティーブは過去に戻って、キャプテンのいる世界で、自分はただのスティーブとして彼女と生きていくんだろう。恐ろしい戦いも、サノスの恐怖も、それがなんとか終わる、とわかっていれば、ただ耐える、ということができるのかも。そして、一人戦いの結末を知り、
見届けて、あの時まで生きて戻ってきた、の、だと、思う。盾を次のヒーローに託すために。キャップが消えた!? ってバナーたちが混乱したりしないように。穏やかなしわしわの顔を見せにきたんだろう。キャプテンアメリカ。自分の人生犠牲にして戦い続けた彼が、自分の幸せをつかむことができて、すごい、よかった。泣くわ。
 最後には、ペギーとスティーブのキスで終わるでしょ。どんだけベタな終わりなんですかーって感じだけど、エンドゲームって、そういうレトロな感じがすごくあった。70年代だとか、だよね。スタン・リーのカメオもその時だった。戦争より、ラブ&ピース。
 王道だった。ヒーローは戦い、負けても立ち上がり、最後には大きな犠牲を払っても、勝つ。愛と、希望だ。

 ナターシャの死が、なんとかならなかったのか、と、辛いけど、あれが彼女の選んだ犠牲、彼女が家族を守る方法なのだ、と思うしかない。彼女があきらめずに、5年、ずっと方法を探し続けていたことが、この方法ならなんとなる希望が見えたわけで。
 ソウル・ストーンを手にしてる以上、生き返らせることを試してもダメだったみたいな感じだったよね? ソウル・ストーン戻した、ら、またそれを手にするためには愛する人を手放さなくてはみたいなことになって、どうしても犠牲なしには手にできないのが、ソウル・ストーンてことなのか。その犠牲は戻らない。
 あれってでも、たとえばクリント一人でとりに行ってたら、どーなのか? 愛する人連れてこなきゃダメーみたいに追い返されちゃっておしまいなのか。ん~。
 ほんと、ナターシャが初期からの大事な仲間だったから、ほんと、最終決戦の時にいなかったの、切ない。

・ドクターストレンジ
 1400万通りだかなんだっけ、いっぱいの可能性探っての、サノスに勝つ一つの可能性が、トニーが死ぬ未来ということを、知って、選んだんだよねえ。そりゃ生命の半分より一人の犠牲、というのは、仕方ないというか、わかるというか、なんというかなんだけど。それを、知って、見て、そして、その未来へと、タイムストーンを手放すんだよねえ。

 もともとドクターは超優秀な、合理主義的な、外科医ってことがあるのかなと思う。命を救うためです、とかって腕とか足とか切り落としちゃったり、する選択とか、するかもしれない。もしかして大規模災害とかあれば、もう死ぬからこの人には治療しない、とか、そういうのある。命の選択、というと怖いし高慢のようにも思えるけれども、時に残酷な決断でも、しなくてはならない時には、やる。やるしかない、みたいな。
 トニーが、決戦の時、これが勝つための決戦なのか? とドクターに聞いたら、言ってしまっては可能性がなくなる、みたいに答えたと思う。それは、トニーに、お前が死ね、とは言えない、わけで。ってことかなあ。あの、サノスの手からグローブを奪わねば、という時、トニーはドクターを見て、ドクターはただ一つの方法だ、というように、指一本たてて見せた。その顔も、それを見たトニーも、やるしかない死ぬしかないんだな、って、そういうアイコンタクトに見えた。
 トニーがあのグローブ作ったし。念のためとか万が一のため、とかでアイアンマンスーツの手にもストーンを取り付けられるようにしていたこと。それは誰に頼まれたでもなくトニーがそういうことをする男だった、ということ。そうなるであろうと、ストレンジ先生は見て、信じた。二人の対面はわずかなものだったけれども、深かったんだなあ。
 ドクター・ストレンジ、最高の魔術師。始まりの映画では、ひよっこちゃんでベネたんとても可愛かったけれども、今後はますますクールになっていくんだろうな~。どうなんだろう。また主演作品作られるのか。いろんな作品に切り札的に出てきたりするのか。楽しみだ。

 なんか。
 考えても考えても、まだ延々妄想膨らむ。わかんないこともいっぱい。わかんなくてもいいんだけど。ロキはあれ、あの時消えたけど、どうなの。石戻しにいったから戻ったのかな。キューブの力だからなんかまた別の法則とかあって消えたままだったりする?? うーん。
 あとガモーラ、は。タイムストーンの犠牲だから、戻ってくることはない、んだろうか。2014年から来た方が、生き延びていくんだろうか。最後の、クイルたちの船、少なくともコックピットに姿はなかったけど。ソーと一緒の旅が次の映画になるのかな? ガモーラも仲間になってついてきてる? どーなんだろう。。。

 でも何はともあれ。ロバート・ダウニー・jrのトニー・スタークさんは幕を閉じた。ジャービスとかフライデーみたいなAIに思考コピーさせてたりするのかな?? わかんないけど。けど。スタークさんがほんっと大好きだ~~。ともに生きてきたかのような時間をありがとう。こんな壮大な物語をありがとう。凄いよMCU。ほんっとすごいよ。

 エンドロール。キャストの姿、名前。そして、最初のアベンジャーズのみんなは、キャストのサインが描かれていて、また泣いた。ありがとう。キャストみんな最高だ。みんながこんなにも一つの役を生きて演じ続けてきてくれて、そしてこの物語のいったんの区切りを届けてくれて。すごい、すごく、よかった。みんなうつくしかった。みんな最高だった。最高にかっこいいヒーローたち。大好き。大好き~。ほんとに、見に行けてよかった。二回目見たけどまた見に行きたいなあ。面白かった!!!!!

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