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『遠くの敵や硝子を』 (服部真里子/書肆侃侃房)

 『遠くの敵や硝子を』 (服部真里子/書肆侃侃房)


 2018年10月17日刊。第二歌集。
 2014年7月から2018年3月までに作った歌から291首集めたものとのこと。

 前の『行け広野へと』の時もすごいなあと思ったけれど、今作でもいっそう、凄い。強い。戦ってる、きっぱりと一人で立つという印象があった。
 言葉が強いんだよね。強いというか、えーと以前穂村さんが言ってたレートが高いという感じ。そういう言葉を使って負けてないのが凄い。
 さらっとご近所感覚で宇宙までいっちゃうような大滝和子さんの歌がすごくて好きなんですけど、服部さんの歌の言葉は、宇宙には行ってないと思うけど、ガッとはるか彼方の詩的な所を掴んできて自分の歌にしてる感がすごい。レートが高い言葉をレートが高いままで使って高みを見せてくれる。よくこんな言葉の組み合わせになるなとびっくりする。とてつもなくうつくしいと思うけれどきれいにパッケージしましたということがなくて、むき出し。
 むき出しという感じがする。「愛のむきだし」という映画があって、私は見てなくてなんとも言えないのだけれども、このタイトルのインパクトが強くて、以来時々、あ~むきだしだなあ、と思うことが自分の中であり、服部さんの歌もかなりむき出しなのでは。と、思った。
 全然説明できず自分の中だけでのひとりごとの感想を書いてしまってすまない。

 いいなと思う歌に付箋をつけつつ読むのですが、二度三度読んでいると、前はなんでこの歌に付箋したのか自分でわからないなって思う。別の歌に付箋をし、付箋だらけになり、つまり全部の歌がすごいなあと思って、んでまあ付箋を付けようとするとあれになったりこれになったり何でなんだろうって自分がわからなくなったりします。
 上手いとかすごいとかは言うまでもなくみんな知ってる。で、個人的好みしか書けないのですが、あんまちょっと好きでもないっていうのもけっこうある。そして結構意味はわからない。私が無知すぎだし、ポエジーの飛躍についていけてないのだろう。詩歌苦手だし……。そうではあるけど、圧倒されてなんか、うん、って思ったりです。レートの高さにやられるのか。

 あとがきに「私は勇気の人でありたい」とあり。嗚呼あなたの勇気が私には眩しすぎて、そうですね暴力を受けているように私の中で勝手に感じる。あなたの勇気はささやかではないと思うし、とてもすごい。第三、第四の歌集でもなんでも今後ももっとずっと沢山の服部真里子の歌を読みたいと思う。


 いくつか、今、好きな歌。


  わたくしが復讐と呼ぶきらめきが通り雨くぐり抜けて翡翠 (p6 ルビ「翡翠 かわせみ」)
  海鳴り そして死の日の近づいた君がふたたび出会う翡翠 (p15)

 「愛には自己愛しかない」という最初の一連のはじめとおわりの二首。翡翠は何の象徴なのだろう。復讐? 父が病み、死が近いという一連のようで、死の気配が非常に硬質に描かれている。壊れるとか憎悪とか、こういう風に描かれるものか、と、冷え冷えした一連でこわい。翡翠の色鮮やかさ、鋭さが額縁となっていてとても綺麗です。


  誰を呼んでもカラスアゲハが来てしまうようなあなたの声が聴きたい (p18)

 これはすんなり優しい歌だと受け取った。あなたの声は蝶を呼ぶ声。でもカラスアゲハ、真っ黒な大きな蝶。魂みたいなことかなあ。死神みたい。でも優しい歌だと受け取った。


  水仙と盗聴、わたしが傾くとわたしを巡るわずかなる水 (p44)

 これは発表当時なんだか議論を呼んでいたような。私は追いきれてなくてその辺の事はわからないのですが。「盗聴」という言葉の不穏さに引き付けられる。盗聴、スパイ?裏切り、きゃ~、と、自分の中で連想してもえる。傾いて私の中の水が動く、というのは、思想が傾いていくようでもあって、やっぱり裏切り?きゃ~ともえる。水仙という清らかなイメージの花の冷たさも好きです。


  冬の空すなわち無惨あなたが向こうの方で塩買っている (p45)

 これは「無惨」という言葉がとても強くてひきつけられる。「むざんやなあ甲の下のきりぎりす」というのは芭蕉の句か。横溝正史の『獄門島』のイメージがあって、私の中で「無惨」というとあれの感じ。こわい。と、その言葉に目がいくのだけど。一首の意味は、ちゃんとわからないのだけれど、これはやっぱ単純に塩を買い物してるわけじゃなくてキリスト教的モチーフなの、かな。冬空の無惨な中少し遠くにいるあなたの行為を見ている感じ。無惨って。無惨な中ってどうなんだろう。どうしようもなくとりかえしのつかないことみたいな感じがして困る。


  夜の雨 人の心を折るときは百合の花首ほど深く折る (p62)

 これが一番強く印象に残った歌でした。人の心を折ることをわかっていながら深く折っている強さと悲しさがすごい。百合の花首ほど、って、きれいな表現されてるけど。花が開ききって大きく重たく垂れたくらい、と思う。相当深く折る。そのくらいがっくり人の心を折るんだね。でもあくまでうつくしく。この歌読んで折られて泣いた……。


  図書館の窓の並びを眼にうつし私こそ街 人に会いに行く (p101)

 「私こそ街」という言いきりがこわいほど強くてすごい。図書館の窓、は、激しくはないけれど世界のあらゆる知の集積。で「街」、は、どうだろう。人の集まりとして? なんか、わからないけれど、こんな自覚持って会う人はどういう相手なのか。大変だなと思った。


  金雀枝の花見てすぐに気がふれる おめでとうっていつでも言える (p107 ルビ「金雀枝 えにしだ」)

 上句と下句のつながりはわからないのだけれども、「すぐに気がふれる」というただならぬ感じに惹かれる。黄色く明るい花。気がふれておめでとうって言うのって、何故。おめでとう、という言葉がこんなにも狂気のからっぽさに見える歌、すごいなあ。


  春よお前 頭にかすんだ空載せて大きな身体で悲しむお前 (p140)

 春、が自分の名前と思って犬がくる歌が前にあり、(春だねと言えば名前を呼ばれたと思った犬が近寄ってくる)なんとなくこの歌も大きな犬に呼びかけるようなイメージを持った。「春」という季節への呼びかけとも勿論読める。春霞の薄青い空。春の憂鬱。悲しみ。春だなあと思う。


  遠雷とひとが思想に死ねないということと海が暮れてゆくこと (p149)

 三つ並列されていて、それは並列するようなことなのかと思うけれどもこの歌を読むとなんだかそうだなという気になった。歌の力を思う。


  神を信じずましてあなたを信じずにいくらでも雪を殺せる右手 (p157)

 全体に何か喩となっていると思うんだけれども私にはわからない。わからないのだけれども、神を信じないの? あなたを信じないの? 雪を殺すの? と、すごく気になった一首。とても苦しい気がする。殺さなくていいものを殺すような。殺さなくてはいけないのか? わからないけれどすごく立ち止まった一首でした。


  地下鉄のホームに風を浴びながら遠くの敵や硝子を愛す (p163)

 歌集タイトルの一首。歌集のタイトルだけを知った時、「遠くの敵や硝子を」に続く言葉として私が思ったのは殺すとかぶっ壊す、とかだったのだけれども、愛するのですね。申し訳ないお恥ずかしい。あとがきによると家族が話していて知った言葉からとったとのことです。概念として遠くの敵を愛するのはたやすい、のか。あなたの敵を愛しなさい、みたいなことなのか。地下鉄のホームの風をあびるという日常の中で、具体的な誰かではない遠くの敵や、壊れやすい硝子を、愛する、赦すということを考えている感じかな。結局は自問自答のような気がする。自分を許せるか、ということのように、私は思ってしまう、のは、私はいつも自分のことしか考えてないからかなあ。だからこの歌が読めてないかも。「愛す」と言える作者の凛々しさを思います。

 読むたびに見方が変わるような気がします。いつかもっと読めるようになるかもしれないし無理かもしれない。きれいな歌集ですごくよかったです。

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