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『午後四時の蝉』 (竹内文子/砂子屋書房)

『午後四時の蝉』 (竹内文子/砂子屋書房)


 2018年7月8日刊。ほんとはタイトルの「蝉」は正字ですね。すみません。
 第四歌集。2007年から2017年の期間をほぼ年代順に編集したもの。

 著者のことはわからないなりに、読んでいくと浮かび上がる日常があって面白い。
 いろいろな国や地方に出かけているみたい。旅がお好きななのかなあと思う。海外も国内も、いろんな地名が出てくる。多趣味、教養人という感じがする。それをはっきり理解できなダメ読者な私という感じ。わからないなりにも、ほわんとイメージが膨らんで、軽やかさのある歌にくすっとなったり、楽しませてもらった。


 いくつか、好きな歌。


  ほらは吹く嘘はつくとふ秋の夜はほんにをとこの背のうつくし (p17)

 一首目がこれで、なんだかとってもいいなあと思った。ほらは「吹く」で、嘘は「つく」だなという、何やらその違いについて思う事ある秋の夜だったのか。そして眺める男の背中がうつくしい、って、誰の? なんで? とわからないのだけれども、なんだかほら吹きな愛しい男が目の前にいるようで、とても愛嬌があるように思えた。


  きさらぎの分厚き雲をしたがへて絶対君主のやうな落日 (p41)

 「絶対君主のような」という喩にとてもひかれた。とても赤々と見事な夕陽だったのだろうと目に浮かぶ。きさらぎということで、ひりひりと冷たい空気も感じる。かっこいい一首。


  一兵を見れば背後に百匹のゴキブリ兵が出陣待つとふ (p52)

 ぎゃー、って思ってしまった。ゴキブリ退治の一連のしめの一首。まだまだ続く戦いの予感がこわいながらもユーモアがあって面白かった。


  どこまでも落ちこむ国の蜘蛛の糸にぶらさがつてるわれら老い人 (p105)

 シニカルで、けれどじわじわと読んた私がどこまでも落ち込む気がする歌でした。仲良くぶら下がっていたらお釈迦さまが助けてくれるんだろうか。けれどきっとどこかで糸は切れて、天上のお方はやれやれとため息をついて見捨てるんだろう。やれやれ……。


  遅れたる「ひかり」の窓ゆきさらぎの横に吹かるる雪みつつゆく (p145)

 新幹線、ひかりによく乗っているみたい。新幹線から見る富士山の歌もたくさんあった。雪で遅れた新幹線が動き出し、しかしなお雪が横にくるという。列車の速度と雪の降りようで、冷え冷えとした気持ちがした。


  思ひ出を掬へばほろりと消えさうで もう帰らうといふこゑのする (p152)

思い出を思い出す時、思い出があるというのはそれがもう遠い過去でどうしたってどうしようもないもので。そういう切なさを感じた歌。その声は誰の声なのだろう。愛しく思う。


  くじ運は縁なきものと、でもさあと年末ジャンボの列に混じりぬ (p167)
  何もかもうまくゆかぬ日 三色のボールペンさへわれを嫌ひぬ (p168)

 「でもさあ」というタイトルです。あ~わかる~って一緒に言いたい感じ。でもさあ、当たるかもしれないし買わないと絶対当たらないし、年末ジャンボね~。そして何もかもうまくいかなくてボールペンにさえ、お前私が嫌いなのか、と語りかけたくなるような気分。「でもさあ」って、すごくいい。好きでした。


  降り初めばいざ帰らなむ雨の子がちりちり走る「のぞみ」の窓に (p244)

 お。のぞみに乗るようになったのですか、と思った。雨粒が窓にあたって、ちりちりとあとひいて横に流れていく感じですね。よく見えてくる歌。


  そりやあねえ骨折だつていろいろな場合があつてもとにかく痛い (p273)

 これすっごく率直な歌で、くすってなってしまう。大変なことなのですけれども。骨折を何度かなさっているようで、どうぞお大事にと思う。ほんと、とにかく痛いだろうなあ。私はまだ骨折したことがなくて。できればずっと経験はしたくない。とにかく痛いんだろうなあ。

 ずっしりたっぷりな歌集で読み応えありました。


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