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『弓なりの海』 (北野幸子/青磁社)

『弓なりの海』 (北野幸子/青磁社)


2018年8月31日刊。第一歌集。

 未来入会から30年という中での第一歌集という。本そのものも、細い糸のような曲線が表紙から中まで彩り、くっきり横縞模様があり、優美な金箔のタイトルの文字があり、とてもきれいなもので、手にして柔らかく馴染むものだった。弓なり、とは、天の橋立、若狭湾をいうようだ。私は見に行ったことはないのだけれども、著者には身近なこの景色、自然が歌集の中に表れていて、心地よく読ませてもらった。

 基本的には、個人の穏やかな暮らしの歌で、親しみを覚える。特別な殊更な劇的な出来事でなくても歌は歌としてうつくしくある。暮らしていて、そうそう日々ドラマチックでもないけど、楽しさも悲しさもほんのりとあるよねえという自分の実感を思う。そんな中でも歌をよみつづける確かさを感じられて、いいなあと思ったし大切なことだなあと思う。


 いくつか、好きな歌。


  しなやかに伸びるセーター被りつつ赦されるボーダーラインを探る (p17)

 肌触りのいいセーターなんだろうな。「赦されるボーダーライン」とは具体的に何とはわからないながらも、なにがしかの罪を思い、赦す、赦さないということを考えるふとした瞬間の機微がある感触にひかれた一首。


  透明な玉かんざしが徐々に吸ふ祭りの果ての闇のうすあゐ (p24)

 お祭りがあって、着物、というか多分浴衣かな、そして玉かんざしを飾る装いをしていて。宵の果ての闇を透明な玉かんざしが吸う、というイメージの美しさがとっても素敵だ。妖しさがあって好きでした。


  冬の陽に投げ出すこころ葉ぼたんのやはらかき渦に巻かれてゆきぬ (p47)

 なんかこうやるせなくて投げ出してしまったりするこころが、葉ぼたんに包まれてくれれば、それは寂しくも安らぎのような気がする。こんな風におさめられるのは素敵だ。


  カーテンに抽象の花は連なりて春と思へば春の花咲く (p92)

 カーテンに花模様があるのかな。それは多分具体的な何の花という絵ではなくてシンプルな線画のような模様なのだろう、と想像した。それを見るものの思いによって春の花に見える。夏には夏の、秋にも冬にも、どんな花にも思い描けるのだろう。すごくいいカーテンのように思える。すごく自由なものなんだと思えて、いい歌だと思う。


  点滴につながれし母につながれて黄砂のつづく日々を籠れり (p122)

 母を見舞い、つきそっている情景がよくわかる。黄砂にふさがれている感覚と病室に籠る感じの気分が重なって、読んで小さな溜息をつくしかない気持ちになる。なんていうか全然私にはうまく言えないけれども、すごく伝わってくる感覚があって、沁みる一首。


  どの道を辿りてもここに着くやうな縁側の隅の一脚の椅子 (p158)

 人生のどんな道を経たとしても、とまで思うのは大仰だろうか。歳月を重ねてきていて、そして多分毎日のいろんなことがあって、でも縁側にお気に入りの椅子があるというほっとする気分だと思う。ささやかな、けれど確かな場所があってよかったような。縁側の隅の、けれど日当たりはよくて落ち着ける場所なんじゃないかな。そういう椅子が欲しいです。


  しらさぎをゆめの浅瀬に飛び立たすふるさとは円き弓なりの海 (p161)

 歌集の終りの一首。ふるさとをうつくしく愛しく歌っているとてもきれいな一首。

 全体的に歌のことばが柔らかく、リズムもよく、気持ちよく読ませてくれる歌集で好きでした。歌は調べだ、ということを改めて思いました。


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