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『感傷生活』 (佐伯裕子/砂子屋書房)

『感傷生活』 (佐伯裕子/砂子屋書房)


 2018年9月13日刊。第八歌集。

 感傷生活、という印象的なタイトル。きれいな本。
 2011年から2017年半ばまでの歌をまとめた歌集。

 感傷というと、感傷に浸るとか溺れるとかウエットな方向を思うけれども、歌集を読んだ印象は、感傷にひたりはしても静謐で凛々しいものだった。母との関わり、子どもとの関わり、作者の歌の率直なうつくしさに感動する。こういう柔らかな歌で、一首一首素晴らしく驚かされる凄さって、すごい。あ~も~私なんかが言うもおこがましい言うまでもなく上手くて、言葉が見つけられない。平易なようでこわい。なんていったらいいの、この、……生身の生々しさもある。歌の世界の美しさにも昇華されてる。凄いなあ……。


 なんもいえないので。いくつか好きな歌。


  ともに戦後を長く生ききて愛らしく小さくなりぬ東京タワー (p16)

 戦後、と言う重みがある。けれど東京タワーを愛しく眺めているかわいらしさのまさる歌で好きです。長く生きて、とか、単にかわいい以上の奥行を感じるけれど、すんなりと可愛いなと思わせてもくれる。


  あきらかに悲しむ心に驚きぬ日本晴れという語を見たるとき (p17)

 「日本晴れ」って快晴の青空で、あかるい言葉だと思うけれど、作者はこの言葉を見た時に悲しみ、悲しんだ自分の心に驚いた、ということだと思う。どうして、と立ち止まる。はっきりとは私にはわからないけれども、2011年頃の作品のようなので、やはり東日本大震災の頃の「日本」の複雑さなのだろうか。私にはたぶんちゃんと読み取れなくて、でも、すごく、立ち止まらせられた歌だった。


  歳月はふっと消え去りゆきしかば「ふっ」という息の妙なる香り (p35)

 ふっ、という言葉の息遣いをこんな風に感じさせてくれることができるんだ、と、ぐっときました。ふっ、と、この歌を読むとき息を吐いてしまうね。ふっ。ふっ。そして歳月が消え去ってゆく。力の抜き加減が絶妙だと思う。


  びっしりと芽吹く夜空のむず痒さわたくしにまだ母がいるから (p47)

 母と娘という関係の、それぞれの人のそれぞれの在り方。この歌では「びっしりと芽吹く」「むず痒さ」と表現されている、ああ、そういう感じなのか、と、そういうがどういうなのか私にはいいかえることは出来ない、ああでもそういう感じなのか、と、すっごく伝わってくるものがある。なんでしょうね、なんだか、ほんとうに。すごく伝わってくるすごい。


  炎天の電話ボックス 飴のように古い言葉が溶けているらし (p55)

 電話ボックスの数は減ってきている。炎天の中、取り残されたような電話ボックス。とけるような暑さ。かつてこの電話から交わされたたくさんの言葉はもう古い言葉としてしかなくて、飴のようにとけている、らしい。言葉が物質としてそこにあるようなのが面白い。うんざりする暑さと、寂寥とがあって、いいと思った。


  誰もだれも脆き内臓をもち歩く、と思えばやさしき街の景なり (p61)

 街の人混みで、そんな風に人間を見ていると思うと、とても怖い視線のように思う。とても優しいようにも思う。脆い内臓をもちあるいている脆い人間のあやうい皮膚いちまいの頼りなさを実感してしまった。それは無差別殺人で傷つけられてしまうかも。脆いからこそ互いに思いやらなくてはいけないものかも。内臓、という生生しさがむき出しになっているような、すごいものを突き付けられた気がした。


  隅に居るひんやりとした固まりは亡母ですからどうぞそのまま (p77)

 母はなくなり、そのことをいくつか歌にされていた。そして「隅に居るひんやりとした固まり」として、落ち着いたのかな。こういう風に思いは変化していゆくのだろうか、と、興味深く読みました。「ひんやりとした固まり」として亡母がそこにいるという認識はすごい。


  みんな風 名をもつ風ともたぬ風ひたすらにして吹きとおりゆく (p137)

 初句できっぱり言い切っているのが強くてかっこいい。どんな風だとしてもそれはみんな風。人生は風、という感じに私は惹かれるんだなあと思った。


  日の暮れは体が青くひかるのよ家の扉の前のところで (p143)

 水族館へいってきたり医療機器にかかったりして、体にいろいろなものを通してきた歌がある一連の中。「青くひかるのよ」と当たり前のように言われて、え、と思う。思うけれど、何かこう、体を通してきたものたちが、ひかる、のかな、となんとなく納得する。日暮れの薄闇せまる中、青くひかるわたし、というイメージがとても幻想的。家の扉の前、ということは、ひかる自分を家の中には持ち込まず、という感じかなあ。異界のものがすうっと紛れているようで、すごくきれいだと思って惹かれました。


  戸を開けると西陽がいきなりわれを呑むあらゆるものはみんないきなり (p155)

 今度は家の中から外へ。外の西陽にいきなりのまれてしまうわたし。いきなり、ということを、あらゆるものはいきなりだ、っていう改めての発見、夕陽の中の眩暈のような感じを読んで体感できるような気がした。あらゆるものはいきなりなんだよ。大変だよな。

 歌集の中のどの歌も、豊かなイメージを届けてくれる、読み応えある一冊でした。

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