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 『冷えたひだまり』 (梶黎子/六花書林)

 『冷えたひだまり』 (梶黎子/六花書林)


 2018年9月13日刊。第一歌集。
 2003年から2016年までの未來誌掲載の中から、製作年にはこだわらず編集の338首をまとめたもの、とのこと。

 社会詠がけっこうある。えらそうにかまえるのではなく、当然のようにそれもまた大事な作者の思いという感じが伝わってきてすんなり読める。正直私自身は社会詠を読むのが苦手だけれども、この歌集の中ではあまり苦手って感じはなかった。

 父、母のこと、介護や看取り。大変なことではあるけれど、歌に表現されるとき、作品に昇華している透明感があるようで、少し冷えたその思いを受け取るように読んだ。時々ちょっと私にはわかりにくいと思ったりしつつ、どの歌からも情景が広がるようで、面白く読ませてもらった。


 いくつか、好きな歌


  聴くかたち欲しがるかたち泣くかたち 冬月ふかく空に悩める (p35)

 父の死の場面の一連の中にある一首。「かたち」は父の姿かなと思う。違うかな。自分たちの姿かなあ。「かたち」として、概念が人のかたちをしているように思った。なんの説明ではなくただそこにある「かたち」の人。そして思う冬の月。うまく読み解けていないと思うけれども、惹かれた一首だった。


  吐くものは魂の他なにもなしひと日うすうすと眠りいる犬 (p64)

 これは、犬の最期ということでいいかな。もう多分何も食べなくなっている老いた犬の眠る息は魂を吐いているという命の果ての感じがすごいと思う。魂を吐ききってしまったらおわりなのだ。


  きさらぎと弥生をつなぐ糊代に冬を閉じゆく閏日にして (p121)

 閏日を冬を閉じる糊代、と表現しているのが面白くていい。これから閏の年にはこの歌を思い出すことになるだろうなって思う。三月になってもたぶんまだ寒いけれど、早春の寒さなんだなあ。


  いのちを刻む音にも聞こえ雫するカランをしばしそのままにせり (p134)

 ぽたぽたと落ちる水の音。母の死が近いことをわかっている時で、なんでもないそんな音が命を刻む音にも聞こえるという切々としたものが伝わってくる。じっと、ぼうっと、鬱々と、ただその雫の音を聞くひとときの言いようのない重さがずっしりとくる。でもしばらくたったら立ち上がり、蛇口をキュッと閉めていくのだと思う。このひとときが歌になったことがとても沁みた。


  歪なるりんごを卓にならべれば傾くというちから満ちたり (p149)

 歪であっても林檎はりんごで、赤くつやつやと美味しそうなのではないか。「傾くというちから」という表現がとってもよくて、このりんごをいいなあと思った。


  寒の朝ふたつ並べたドーナツの穴にもあわく粉雪のふる (p203)

 ドーナツに粉砂糖がかかっていて、穴にも、というか穴の下のお皿かなんかにもかかっていて、というのが目に浮かぶ。寒の朝なのでお砂糖の雪、という素直な見立てがとっても可愛いし、ドーナツが二つならんでいる幸せににっこりしてしまった。寒の朝、というつめたい空気感があるので甘すぎない。ドーナツの穴とは、なんて哲学考えてみてもいい。けどとにかくドーナツ食べたいな~。すごく好きな歌です。


  図書館の開館時間にまだはやく花掃くひとを眺めていたり (p211)

 開館前の図書館の入口近くに、作者一人、か、あるいは多分何人か、図書館にきている人がいて、まだはやくて、掃除をしている人の動きを見ている。花が散っているんだなあ。この情景の清潔さが心地よくて、私も図書館好きですし、すごく共感しました。

 歌集タイトルの「冷えたひだまり」という語感が持ち味なのだなあとわかる。このバランスが素敵な歌集でした。


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