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『小川佳世子歌集』 (小川佳世子/現代短歌文庫 砂子屋書房)

 『小川佳世子歌集』 (小川佳世子/現代短歌文庫 砂子屋書房)


 2018年11月21日刊。歌集『ゆきふる』(全篇)と『水が見ていた』(抄)自選と歌論、エッセイと書評などの解説が入っている。

 京都の方で、能の研究者で、という背景もありつつ、難しそうだったりエラソウだったりすることのない歌たちで、すいすいと引き込まれて読むことができる。『ゆきふる』は読んでいたが、『水が見ていた』は未読なので、今回こういうまとめによって知ることができてありがたいと思う。

 歌論、エッセイも丁寧で、何より書いている対象への熱意がしっかりあることがよくわかって面白かった。凄いなあ。評論にもこういう熱をこめて、でもクールにこめて、書き上げることができるんですねと思う。


いくつか好きな歌。というかあれもこれもって思っちゃって書ききれないのでがんばって減らしてみた。


  病棟の廊下にひとすじさすひかりたぶんなれてはいけないところ (p12)

 最初の歌。『ゆきふる』には病の中にある歌がいくつもある。病院や検査や。病院に親しみを、持ってはいけない、という気持ち。少し悲しくて、でも強い意志だと思う。病棟の廊下にもちゃんとひとすじ光がある。それを見つめる作者の視線の確かさを思う。清らかさを感じる一首で始まっていいなと思いました。


  ゆきふるという名前持つ男の子わたしの奥のお座敷にいる (p15)

 歌集タイトルにもなった一首ですね。弟なのかな? はっきりとはわかりません。が。自分の中にそんな名前を持つ男の子がいるという、優しさ。お座敷、という言葉もちょっと古風でしっとりした気配を感じる。心の中に雪が降ってくるみたいな気持ちになってすごく惹かれる歌。好き。


  屈託があるのではなく屈託がわたくしであるだから今いる (p30)

 屈託があるとかないとかじゃなくて、わたしそのものが屈託なの。というちょっとユーモアにも思える言い方。けれどそこまで言わなくちゃいられない苦しさ。しかし屈託って何、と思って改めて辞書ひくと、心配したりくよくよしたりすること、らしい。くよくよしまくってもそれが私、というの、それでもだから今も生きてるの、という感じか。「今いる」と言い切る結句が魅力です。


  ブロッコリーゆでつつ人を待つことなく誰かにゆでてもらった緑 (p39)

 上句と下句で違ってきているような不思議な一首。ブロッコリーを茹でながら人を待つでもない、で、誰かにゆでてもらった緑。ブロッコリーをゆでているのは私では? けど、誰かにゆでてもらった緑、ってブロッコリーのことなのでは? 上句と下句で時が違っているのかな。その飛躍がちょっとわからない。わからないんだけれども、すうっと変化というかずれというかがすらりと一首になっているのが気になる魅力に思えた。ゆでたブロッコリーの鮮やかな緑がきいてると思う。


  勝ちに行く帰るところがなくっても内臓写真のような夕焼け (p62)

 「内臓写真のような」という比喩が凄くて惹かれた。夕焼けを見てそういう比喩をするって。内臓写真なんてそんなに見慣れて連想するものじゃないと思うけれども、作者にとっては喩となりうるのだ、というのが重く、すごい。帰る所がなくても「勝ちに行く」という上句の強さもすごい。夕焼けと、長く伸びる影と、戦う姿とが見えるような一首で凄い。


  「お互いのファンでいましょうこれからも」と言い別れたなんか最低 (p81)

 これと以下は『水は見ていた』(抄)から。社交辞令のようなファンでいましょう、からの内心の「なんか最低」という言い方がすごくいい。あ~最低だったんだな~と思う。このきっぱりとした感じ、こうして切り替えていくしかないなという感じ、いいなと思った。


  女ではまして春ではなき五月さらに夏でもなしと思いぬ (p83)

 五月は私の誕生日がある月。小川さんもそうだった気がする。五月。そうか、春ではなく、夏でもなく、という時なのか。で、女ではない、と。なにか自分を問い直すようなことがあったのかなと想像する。「女では」で始めなくてはならないような何かが。それが何かはともかく、なんかこう違う、という感じはわかる気がする。わかってないのだろうけど、わかる気がする、と思った歌。それでも五月はいい季節だよ。


  雨音を聞く仕事ならしてもいい何処か遠くの緑の窓で (p90)

 私もそんな仕事ならしてもいいな。でも本当はどんな仕事もしたくないんだ。どこか遠くの緑の窓で、雨音を聞くだけでいさせてほしいと思う。やわらかく爽やかさのある歌だけれども切なさを多いに含んでいると思う。

 歌のリズムのやわらかさ、綺麗な響きの中に心情がちゃんと表現されていて、短歌、うつくしいなあと実感できる。現代短歌文庫という形で手にしやすくなって、改めて読めてとてもよかったです。
いくつかあった阪神タイガースの歌にもにっこりしちゃった。これからもお歌、楽しみに拝読します。


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