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『天国でまた会おう』上下(ピエール・ルメートル/ハヤカワ文庫)

*ネタバレ、結末まで触れています。


『天国でまた会おう』上下(ピエール・ルメートル/ハヤカワ文庫)


 1918年、11月。もうじき終戦になるという噂の駆け巡る最前線。兵士たちの戦意は落ちていたが、アンリ・ドルネー=プラデル中尉はもう少し昇進したかった。偵察に出した二人の兵士がドイツ軍に撃ち殺されたのをきっかけに、部隊は突撃した。
 アルベール・マイヤールは共に前進しながら、倒れている、最初に撃たれた偵察の兵士の死体を見つける。撃たれていたのは、後ろから。その意味に気づいてしまったことをプラデルに見つかる。その時、爆撃に吹きあがった土砂にアルベールは生き埋めにされてしまった。
 エドゥアール・ペリクールは金持ちの息子で絵の才能にもつきにも恵まれた男だった。突撃のさなか、不自然に立ち止まるプラデル中尉に気づき、その足元に注意を向けた。自分も足を怪我している。撤退するべきだったが、気になってその場所を掘り返してみた。そして、生き埋めのアルベールを見つけて助け出す。だがその時、砲弾の欠片が、エドゥアールの顔半分をえぐった。

 と、こんなどろどろの戦場の場面から始まる。これは、歴史小説? 冒険小説? 詐欺師小説、かなあ。戦場で酷い目にあって、虐げられ生き残った兵士が企む詐欺事件。わかりやすい悪役としてはプラデル。顔に穴があいて、モルヒネ中毒になってしまったエドゥアールと、彼に命を助けられ、プラデルから逃げたいアルベールとが織りなす物語。

 戦争記念碑詐欺はフィクションのようだけど、プラデルがやらかした、戦地で仮に埋葬された兵士を掘り出してきちんと葬る、という事業で差額を儲けようとする事件は史実で似た物があるらしい。第一次世界大戦直後の混乱や暮らしという歴史背景と、エドゥアールの苦悩、奇抜な思いつき、華麗な仮面、そして翻弄される生真面目なアルベールという人物たちの魅力、すごく面白かった。

 上巻の間は、かなり辛い。酷いグロテスクさとか悪臭とかが厳しく生々しく感じられて、うまいことやってるプラデルがますます憎らしくて。でも後半になって詐欺計画が動き出し、エドゥアールの父の改心とか、しょぼい役人メルランが思いがけない硬派でプラデルが追いつめられていったりするのとか、俄然面白くなる。
 終りのほうには、ああああ~~~このまま二人は逃げ切れるの? どうなの? 間にあう??? 逃げて~早く逃げて~~、と、ドキドキが高まっていったん本を閉じてしまう。緊張感がすごい。面白かった。

 エドゥアールの天才肌な感じ、もう生きてられない感じは、終わってみればもう、逃げるつもりはなくて、麻薬なしではいられなくて、アルベールに面倒をかけ続けるつもりもなくて、かなあと思う。死ぬ気で車の前に飛び出したのだろうし、それがたまたま父の車だったことは、ドラマチック。というかそうだこれ小説だし、と思う。
 戦争で死ぬのも悲惨。生き残るのも悲惨。まして酷い怪我を負い、それでも生きるって。
 それでも、二人で、まあポリーヌも参加してでもいいけど、三人で、逃げ延びて欲しかったしエドゥアールの幸せがあればよかったのに。泣いてしまった。
 エドゥアールがゲイであるのも、ね。そのことがどうこうって書かれてたわけじゃないのだけれども、その時代、生きづらさみたいなのことの重荷の一つではあったろうし。
 
 詐欺の企みとしての鮮やかさみたいな痛快さはある。けど、騙すのはやはり戦争で大事な人を失った人からなのか、という気持ちにもなる。エドゥアールは戦争を引き起こした国家を騙してやる、って感じなんだけど。税金も国民からだものなー。けどなー。

 映画化されて、日本公開も来年3月に決まってるみたい。映画の予告を見て、仮面姿の数々に惹かれて読んでみた。すっごくそそられる予告。読んでみて、あ~これ映像映えしそう~と納得。ルメートル、この前『その女アレックス』とかのカミーユ警部のシリーズ読んで面白かったし。
 今作も面白かった。本国では2013年刊行、私が読んだ文庫本は2015年刊行。これも三部作構想? 続編『炎の色』がもう出てる。と、読み終わってから認識した。三部目はまだらしい。
 今作はお話としては終わってる。エピローグでは父ペリクール氏もなくなり、メルランは引退後墓地の管理人になりました、という感じ。エドゥアールの姉、マドレーヌが次の話の主役になるらしい? プラデルとの子どもとかのことなのかなあ。読むか。
 三部作書くのが好きな作家さんなのでしょうか。時代が展開していくみたいなので、読むの楽しみだな。

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映画 「マイ・サンシャイン」

*ネタバレ、結末まで触れています。


映画 「マイ・サンシャイン」

 
 これも昨日19日(水)に見てきた。

 1992年、ロサンゼルス暴動。その、数週間前からのお話。
 ミリーの家には沢山の子供たちがいる。家庭に事情があって行き場のない子を預かり育てている。どんな子も放っておけない愛情深いミリー。ケーキを焼く仕事をしているけれども、育児に追われまくりでお金にも苦労している。
 子供たちの中でビッグブラザーであるジェシーは母を手伝って下の子たちの世話をするけれど、本人だってまだ学生。10代だよね? 中学生くらいか。
 黒人の女の子が店で万引きと間違えられて撃たれ殺された。無抵抗になっているのに白人警官に囲まれて殴られ続けたロドニー・キング。街には黒人たちの怒りが渦巻き、白人警官は警戒し、誰もが苛立ち、不穏な空気が満ちている。
 そんな中、変わらず子供たちを愛し守ろうとするミリー。
 隣人のオビーはキレやすい嫌なおっさんのようでもあるが、ミリーに叱られて家から閉め出された子どもたち3人をかくまって一緒に遊んでやったりもした、実は悪い人じゃないんだなって人物。ミリーとお互い文句いいつつも、ちょっと仲よくなった。
 街でついに暴動が起き始めた日、学校にいってないというジェシーを探すミリー。
 ジェシーはニコールという威勢のいい、家出中らしい女の子をかくまっていて、彼女が別の男になびいていくのに傷ついて、彷徨っていた。

 1992年か。このニュースなんかを見てた記憶はあるし、差別問題のこともなんとなくは知っているつもり。それでも、映画の中でも実際登場人物たちがすぐにかっとなるとか、兆発しまくるとかのシーンを見ると、ああ~なんでそういうことするの~、と思ってしまう。もっと、落ち着いて。もっと冷静に。もっと話し合えば。って思う。
 でも落ち着いて冷静に、話をすることなんてなく一方的に殴られ続けるような日々があってのことなんだよなあ。裁判で冷静な正義の裁きがあるはずと思っていたのに、無罪判決とか嘘だろってことなんだよね。

 街で暴動が始まって、テレビ見て無邪気に店から盗む行動に加わっちゃう子どもたち。そうなっちゃうか、という気持ち。そうなっちゃダメだ、という気持ち。あんな風な喧騒の中に巻き込まれて、まともでいるとかまともとか正義とか、何だよ!?? という気持ち。わからなくなりそうだし流されるかもしれないし、だけど暴力の暴発とか本当に怖い。すごく辛い気持ちになる映画だった。

 そんな時に比較的まとも、な感じのオビーがいてささやかな救いになってくれてよかった。ダニエル・クレイグが普通のおっさんであるということ。街灯に繋がれてしまった手錠をなんとかすることがなかなかできないダニクレ。全然ボンド的にかっこよくないダニクレ。でも頑張ってなんとかしてくれるダニクレ。大丈夫、って安心させようとしてくれるダニクレ。出番はほどほどだったけど、隣人にダニクレって最高だな~~。美味しいキャラだった。
 
 ダニクレとハル・ベリーという、ボンドとボンドガールというサービスなのかなんなのか、ミリーの夢としてラブシーン?があって、急に裸の男が天井からおりてくる感じっつーかなんつーか、何あれ? 笑ってしまった。まあ、ん~、いつもパワフルママとしてがんばってるミリーも女なんです、ってこと??? まあ。いいけどさー。

 ジェシーは暴力の熱気にあてられたのか、暴動に行こうとするウィリアムを刺してしまう。ジェラシーもあって、ってことなんだろう。ニコールと止めようとしてたのに。つい、みたいな。こういうのが怖い……暴力がむき出しになってる所に巻き込まれたら、自分の理性とか簡単に混乱しそう。
 助けを、病院を求めて彷徨うまだ子どもなジェシーやニコールの不安で苦しい夜の描写が本当に辛かった。

 1992年。
 26年前か。あれから、少しは社会はよい方に変った、だろうか。よくなってると信じたい。よりよい社会に、進めると願う。何もかもがすっかりめでたしめでたしって解決する映画じゃなかった。あの夜の一コマ、という映画だった。忘れないで、ずっと考えて、もっと知って、いきたい。


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映画 「メアリーの総て」

*ネタバレ、結末まで触れています。


映画 「メアリーの総て」

昨日19日(水)に見に行きました。
 近くでイビキかいて寝てたジジイがいて、ぐぬぬ最悪、来るなよ……という酷い中での鑑賞になってしまったけど、面白かった。

 メアリーは自分で物語を書こうとしている16歳。母は彼女を産んだ時に亡くなった。父は書店経営をしているけれども、儲かってはいない。家賃の催促から弟の目をそらすようにゴーストのお話を語ってあげる。
 父も母も思想家だった、のかな。そんな血を受け継いでメアリーも書くことを目指している。本を読んだり書いたりって、そもそも教育がすごいってことなんだろうなあ。
継母がいるようだけどメアリーとは折り合いが悪く、父は知り合いの家へメアリーを預ける。そこは文学サロンのようになっていて、詩人が作品を披露しあう夜もあった。
 メアリーはパーシー・シェリーと出会い、互いにひかれあう。
 妹が病気という知らせがきて、家に戻るメアリー。でもそれはクレアの仮病だった。退屈で死にそうって。
 もう会えないと思っていたパーシー・シェリーが、父に教えを乞いたいと訪ねてきた。そして、パーシーに妻と子がいるとわかっても自由恋愛を謳歌したい二人は、駆け落ちをする。クレアもついてくる。

 そんなこんなで、メアリー16歳から、「フランケンシュタイン」書き上げる18歳までのお話。若い~。パーシーも21だというし、若い~~。でも19世紀って、まあ、そうなのか。そのくらいでももう大人よ、というか子どもも産めるわ、みたいなことでいいのか。寿命みたいなのも長くはない時代なんだよなあ。
 めちゃめちゃ人生凝縮の2年ほどなんですね。家を出たものの、早々にパーシーは出版もうまくいかない家から勘当って、貧しくなる。けどなんかまたリッチにもなる。けどまた借金取りに追われて逃げる。雨の夜に逃げるその時に、赤ん坊を死なせてしまう。自由恋愛だろ、って、パーシーは友達がメアリーに迫るのをとめようともしないし、メアリーにももっと他の男ともつきあえば? とか言っちゃう。メアリーはパーシーしか見てないのに。
 んも~~~。詩人なんてクズ~~、と、おばちゃん目線でメアリーにやめときなさいよといいたい気持ちになってしまう~~~。甘いクズだよね~ステキなのはわかる。きゅん。
 
 妹クレアちゃんがついてくる駆け落ちってのもすごいなと思ったけど、なんか、まあ、そういうものなのか。不思議。仲良し姉妹だからいいのか。んでも三角関係になりそうかもどうなの、って感じのハラハラもある。
 クレアもそれなりに野心家らしく、バイロン卿にとりいってうまいことやって、スイスの別荘? に招待されたの、と嘘をついてみんなで出かけて行ったりする。
 そこで、退屈しのぎにみんなでゴーストストーリーを作ろう、ってもちかけるのがきっかけ、ってやつですね。

 これまでの経験、思いを小説に描き切るメアリー。そんでまた若い女だからって出版がなかなか決まらない、やっと決めたのは、作者名なし、パーシーの序文つきで、という条件だった。

 虐げられる女、それでも負けなかった女、という、今時なテーマのある映画ですね。パーシーともわかりあえるようになり、結婚したようです。その後、って感じの文字説明で、でもパーシーとかみんな20代で亡くなってるのな。「吸血鬼」を書いてバイロンに横取りされたようになった医者くんとか。メアリーは53歳まで生きたらしい。当時としては天寿って感じなのかな。再版の時にはちゃんと作者名入りで本が出たようで、よかった。

 エル・ファニング主演。実際今二十歳くらいなのかな。綺麗だし可愛いし19世紀か~ドレス~可愛い~って、貧しい時にも衣装もステキだった。悲しみや苦しみの中でも、何も言わなくても、佇まい、表情や姿そのもので強くうつくしくあって、見惚れてしまう。
 パーシー役はダグラス・ブース。なんとなく見たことある、と思う。「ライオットクラブ」とかかなあ。甘いハンサム、そしてクズ、なのがとってもよくって、二人の恋におちていくロマンチックな画面にはうっとり。みんな衣装可愛かった。いろいろありつつも、愛、にまとめられてたな~。総て、といいつつ、メアリーのその時、2年ほどの映画。でも、ああいう本を書いた、書ききった、という所でいいのか。映画になるならこうなんだろう。面白く見られました。

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映画 特捜部Q 三本立て

*ネタバレ、結末まで触れています。


映画 「特捜部Q 檻の中の女」(製作年2013年 製作国デンマーク)
   「特捜部Q キジ殺し」(製作年2014年 製作国デンマーク・ドイツ・スウェーデン合作)
   「特捜部Q Pからのメッセージ」(製作年2016年 製作国デンマーク・ドイツ・スウェーデン・ノルウェー合作)


 キネカ大森で三本立てやってくれていたので、11日(火)に張り切って行ってきた。三本立ててつまり初回1300円払うだけで3本みれちゃうってことなんですね。そうだったそうだよね。この所入れ替え制しか行ってなかったから3000円、4000円?払おうとして窓口の人に説明されてしまった。すみません。すごいありがとう~!

 さて特捜部Q。小説ずっと好きで読んでるし、映画化気になっていたけれども、これまで未体験ゾーンだとかでしかやってなくて見に行くことができなかった。配信にもきた!って思いつつ、ということはまあそのうち、と思ってまだ見てませんでした。スクリーンで見る機会がくるとは。嬉しい~ありがとう~!


「特捜部Q 檻の中の女」
カールはある捜査で応援を待ち切れず乗り込んだ先で死んでいる男を見つける。誰もいないはずだった。だが、突然の銃声。カールも撃たれ、もう一人は死亡。もう一人は重傷を負った。
 警察へ復帰したものの、部署を移動するよう命令される。地下室での未解決事件資料整理。アサドという男と二人。アサドのやる気に引っ張られて、古い事件の捜査に手をつける。

 てことで、あの閉じ込められた女性議員が、実は生きてるんだよ、早く、早く~~捜査してよ~~~カール~アサド~間に合って!!! というハラハラドキドキの終盤の緊迫感はやっぱり凄かった。映像で見せられる、北欧の寒々しくて重い、暗い、でも最高にうつくしくかっこいい景色や人物たち。素晴らしかった。
 小説読んだのは結構前だなあと思うけれども、それでもまあまあ今作は記憶はある方、かな。登場人物とか日常的な所がずいぶんさっぱり落とされていて、カールとアサド二人きり、ぎりぎりの捜査って感じで、辛さが増す……。上映時間97分って。あの小説が随分コンパクトにまとまってるなあと思った。すごい上手い。
 特に女優さん。凄まじいよね。加圧室に閉じ込められ。どんどんぼろぼろになっていく。本読んでた時の延延と、延延と苦しい息詰まるもう嫌だ、という感じも凄かったけど、映像でこうばしっと見せられるのも、辛い。すごい。面白かった~!


「特捜部Q キジ殺し」

学園の中でのヒエラルヒ―。いじめっ子、というにはあまりな非道を行い人を殺すという秘密を持った彼らが大人になり。秘密の結束は続いていた。告発しようとしたキミー。殺された子どもの父だった警官が、カールに事件を託して、自殺。
 前回事件解決で注目を浴びている特捜部Qには秘書もやってきて、それでも暗い地下室から事件捜査に乗り出したカールとアサド。

 てことで二作目。これもまあまあ小説の記憶がある方。過去と今との交錯、学生だった酷いあいつらの感じは映画で見るほうがえぐい気がする。キミー自身もひどい女の子なんだけどさあ。それでもあいつが好きなのか、っていう、切なさもあって、悲しかった。
 ローセが登場したなあと思うけど、ちょっと、ん~?こんな感じ?? と、思う。
 キミー役の人がまた凄くて、女優さん凄まじいな。かっこいい。激しい。強い。カール、弱い~。いや、弱くはないんだけど。アサド~カールを助けてあげて~~と、心の中で応援しながら見ました。つらい。


「特捜部Q Pからのメッセージ」

海から流れ着いたメッセージが特捜部に届けられる。文字は色褪せ滲み、判読できる部分をつなぎあわせると、差出人、Pから始まる名前の人物が、誘拐され助けを求めていたようだ。
 アサドとローセは仲良くなり。カールはますます生きづらそう。
 犯人はエホバの証人の神父? かなんか。宗教を中心にしたコミュニティでの事件で、子どもが攫われたことをそもそも警察に届けないという事件だった。

 これ、冒頭のボトルメッセージが届くんだよね、というのは小説読んだ気がするけど、事件展開とか、こんなだっけか?? ともう記憶がない感じだった。
 列車での身代金受け渡しドキドキとか、映像的派手さが増している気がする。映画化人気シリーズってことだよね。もう4作目も出来てるようで、見たいな~。
 アサドの信仰をあまり理解しようとしないカールとか。ローセはしかし全くの脇役って感じで、なんか~。もちろん映画化でいろいろ変わるのはいいんだけど、ローセの扱いだけがどうにも納得いかない。重要キャラじゃん。今後映画化していくのか、だとしたらローセの扱いどうするのか、どーなの。
 ま、それはいいか。
 カールが囚われてしまい、アサド~早く助けにきて~!というドキドキがまた最高でした。海辺の景色すごいよかった。
 デンマークとか、北欧、の、ほっこりきれいオシャレとは違う、凍るような景色が本当に素晴らしくて、かっこいい。寒そう;;
子どもたちが助かってよかった。今、この時に流れ着いて届けられたPからのメッセージこそが神の救い、というかどうか。そんな思いも考えさせられてよかったなー。


 と、一気に3本、映画館で見られて幸せでした。ありがとう~。面白かった~! けど体はやっぱ結構疲れたよ~。じっとしてるだけでも辛いお年頃だよ……。体力づくりがんばろー。


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映画 「ゴッズ・オウン・カントリー」

*ネタバレ、結末まで触れています。


映画 「ゴッズ・オウン・カントリー」


17日(月)に、シネマート新宿へ見に行きました。のむコレという企画、か。レインボーリールでやってたと思うけどその時には行けず。評判良くて気になってたのでがんばってチケットとった。実はブルーレイを買っていた。英語わかんないけど眺めるだけでも、って思って、でもな~とまだ見ないでいたので、日本語字幕で見られたの有難かった。

2017年、製作国イギリス。
 ヨークシャーの牧場。家族で、というか一人息子ジョニーが頑張ってなんとかしている牧場。父はしばらく前に倒れた? 卒中かなんか? で、体の自由がきかない。祖母が家事をこなす。
 クソみたいな所だ、と、この暮らしにうんざりしているジョニーは、夜は酒を飲み、飲み過ぎて吐いて憂さ晴らし。辛うじて牛や羊の世話をしている。
 羊の出産シーズンのために、人を雇った。ひとりだけ応募してきたのはルーマニア人のゲオルゲ。牧場の仕事には慣れているという彼に、最初は侮蔑的に接していたジョニー。だが、一緒に働き、彼に反撃されたりもして、打ち解けていく。

 始まりが嘔吐シーン。その後も、泥まみれの牛とかぬかるんだ牧場とか。牛を売りにいって、どうでもいい相手とただの性欲処理のセックス。多分幼馴染かなんかの女の子は大学行ってるってことだから、ジョニーもまだ多分二十歳前後って感じだよな。ジョニーの鬱屈、嫌だこんなところ厭だ最低だ最悪だクソが、っていうのががっつり伝わってくる。こんな暮らし、嫌だ。
 でも父はもう体の動きが不自由。祖母はもちろん老人。嫌々でも牧場の仕事を自分がなんとかやるしかない。出産間近な牛に声をかける感じはけっこう優しかったりして、ジョニー、いい子なんだよね、という感じもちゃんと伝わる。
 セリフは少なくて、でもすごく描写は丁寧だなあと思った。人となりというか、暮らしとかそこで生きてる感じとか、すっごく伝わる。
 
 そこにやってきたゲオルゲ。ジョニーが迎えに行くんだけど、お前パキか? ってなことを言う。あ~「ボヘミアン・ラプソディ」でも出てきてたセリフ~。移民差別感情みたいなの、あるんだよなあ。今も。良識ある公の場みたいな感じでは言わないだろうけど、そういうこと言っちゃう感じの、ジョニー。ジプシーかよ、とか。そういう風に呼ぶな、とゲオルゲはきっぱり拒否する、その言い方も、ゲオルゲがまっとうな人物って感じがする。チョコレート菓子をこっそり頂戴して食べたりするのも可愛げを感じる~。
 ゲオルゲは母が英語の教師ですってことで、彼の喋る英語が一番わかる気がした。いや私英語わかんないんだけど。ジョニーの喋り方とかはほんとだるそうだったりもごもごだったり、多分なまりとか? 英語のそういう感じわかんないけど、私には全然聞こえない。ゲオルゲくんが喋ってるのはたまにわかる。多分学習しましたって感じだから、なのだろう。

 で、羊の出産のためにしばらく丘の小屋みたいなところに二人で泊まり込みに出かけるのね。寝袋とカップ麺みたいなの持って。小屋といってもかなり崩れかけだったりして、寒そう。そして、またゲオルゲをからかうようなことを言うジョニーを突き飛ばし押し倒し、二度とそんな口をきくな!みたいに怒るゲオルゲ。ジョニーくんてば弱い~。喧嘩とかまともに出来るタイプじゃないんだね~。ヘタレ馬鹿息子~~。
 そして、それきっかけ? その前から気になってる感じ? 何も言わずに欲望ぶつけるだけの勢い、強引さで、やる。ジョニーがキスをしたがらないのがきゅんとくるよな~。ジョニー、適当にやったりしてても初心な感じがして、心配になっちゃう。

 お互い意地っ張りつつも、穏やかに抱き合うようになる。この、それまでは泥とかぐちゃぐちゃで、汚い辛いって画面が、二人が向き合うようになると、とても優しい綺麗なトーンに変るの。ああ~恋か恋だね好きになっちゃったんだね、って、すっごいわかる。
 二人で仕事すれば楽しい。二人でならやる気出る。ジョニーが生き生きしてくるのがわかる。

 羊の出産とか、あれはリアルに撮ってるんでしょうか。生々しい。それを助けながら、ゲオルゲは弱った赤ちゃん羊を助かるかも、と大事に温めたりする。その一方、完全に死んた赤ちゃん羊は、足先を切り落とし、皮をはぐ。その皮を守ってきた赤ちゃん羊にかぶせて、母羊のところへやる。おかーさん、匂いとかで誤魔化される感じ? なんか、そういう、牧場の仕事のリアルっていうのか、優しいけど甘くない感じとか、凄い。
 そりゃそうなんだけど。牛や羊の肉を食べる。赤ちゃん羊は可愛いけれど、ずっとずっと抱いて育てるわけにはいかないし、死んだ命を蘇らせることは出来ない。淡々とそういうことをやれるゲオルグと、まだそこまで出来ないジョニーと。

 手伝いに雇った期間は一週間かな。しかし父が発作を起こして倒れてしまう。命はとりとめたものの、事態はさらに深刻。ゲオルグは父が戻るまで残ろうか、と、二人で過ごす。
一緒に飲みに行って、ジョニーはもっと長く残らないか?と話をもちかける。

んでさー、この、だからって求婚したわけじゃないぞとかでもずっと残るってことはわかってるのか、家族に話せるのか? とか、うまくいかない長続きしないよもう辛い思いをするのは嫌だとか、二人の会話が、ね。ああ、現代なんだ。同性愛や同性婚、今でも差別されたり嫌悪されたりはあるけれども、それがありえないとか絶対許されないとかではない。結婚というか、二人でずっと、というのも、あり、になっている今の世の中なんだって、すごい。

でもそこでジョニーは真面目に考えたりするのが面倒になっちゃうタイプなのかまた酔った勢いなのかなんか、酒場のトイレでつい、他の男とやっちゃう。ゲオルゲにバレる。バレたことに気付かないジョニー、アホか~~。
 ゲオルゲは出ていく。
 しょげかえるジョニー。

 そして悩んで、ジョニーはゲオルゲを迎えにいく。祖母や父にも話して、ちゃんと戻ってくるから、といって。父もさー、祖母も、別にすごく理解があるってわけじゃないけれども、ここに彼が必要だとか、ジョニーが彼といると楽しそうだ、とか、そういうことわかるんだよね。彼といるのがジョニーの幸せなのか、と。だから、止めない。

 この、このね~~堅物そうな父や祖母も、同性愛ってありなんだ、という認識持ってる世界なんだよね。現代だ。
 切実なこと言えば、父はもう車椅子じゃないと動けないし祖母は老いていくばかりだし、もう一人男手が増えるかも、しかも牧場の仕事をよくわかってる、という、これって願ってもないチャンスって感じ。実利~~~って思ったけど、けど、なんかこう、この家の苦しみ、絶望的な状況に、希望を見出せるかも、というゲオルゲの存在って、救いなんだ。それしかないという感じの救い。神よ、という気持ちになった……。

 ゲオルゲが働いてる農場、かなりでっかい。あそこは企業って感じなんだろうな。そこに行ったはいいものの、全然うまく喋れないし、怒ってるゲオルゲにちゃんと謝るとかもしない、不器用くんジョニー。もおお~~~もどかしいったら。
 あげくに、逆キレ気味に、「やり直そうとしてんだよ」わかってくれよって涙目になっちゃうの。可愛い~~。馬鹿息子~~。一緒にいたい、って素直に言ったのはよかった;;
 あんなんで許しちゃうゲオルゲ優しい;;
 ゲオルゲとしても、故郷の国は死んでるとか言ってたし、どこかへ行きたいという気持ちは強かったんだろうと思う。牧場の仕事は好きみたいだし、ジョニーはアホだけどいい子で可愛いって好きなのはほんとだろうし、も~優しい。
 お互いの都合も合致する。
 んでも何よりも、二人で一緒にいたい、という、シンプルな思いなんだよねえ。すごいよかった;;

 ちょっと「スター・ウォーズ」を思い出した。ルークがさ、田舎の星でおじさん手伝って農業、だっけなんかこう、家の仕事手伝えってなってて。でもある日レイア姫のメッセージを受け取って宇宙へ飛び出して大冒険! あれは田舎でくさってる若者みんなの希望で夢でわくわくものなんだけど。もちろん夢なので。どんなにうんざりするような場所でも、離れるわけにいかない事情ってものがあったりするわけで。
ジョニーはうんざりしつつも、やっぱ牧場をやっていくことそのものは、やらなきゃな、って思ってたんだろう。母は多分小さい頃に出て行った。多分あまり恵まれてない中で育ってきたんだろう。おばあちゃんいい人そうだったけど、大変だったろうし。堅物でぶっきらぼうそうな父は多分仕事ばかりしてて子どもを優しく教育とかはしてない。でもそんな父にも優しくできる子なんだよ。
 そして、ゲオルグと一緒になら、仕事やるのイヤじゃない、楽しい、くらいになっていく。
 一緒にいたい、一緒にいて楽しい、一緒に生きていきたい。単純な、でもそれって愛だ。シンプルで強い愛だなあ。

 遠くへ、遠い宇宙へ、別の世界の夢へ、旅立つことは凄いけど、自分のいる場所、足元、家、そこで生きていくのも凄いこと。そこで、一緒にいたい思う相手と生きること。きらきらしたロマンチックではないけれど、とてもとても優しい夢で希望だった。
 お父さんの状態もいいわけでもないし、おばあちゃんは遠からず逝くだろう。問題解決めでたしめでたしってわけじゃないけど、とても優しくて救いのある映画だった。帰りのバスで二人して居眠りしてた顔のなんてうつくしくて優しかったことか。

 ゲオルゲがきたときに宿泊させてたトレーラーハウスはラストでは売ったのか廃棄だかわかんないけど運ばれていってた。多分時々短期の手伝いの人を雇って、その仮住まいのためのものだったんだろうなと思う。でも、これからはジョニーとゲオルゲの二人でやってく。ゲオルゲは一緒に家に住む。そういうことなんだろうなと思う。

 今をうつしたゲイムービーなんだよね。好きな人と一緒にいる、それを選べる世界になって、よかった。世界は少しずつよくなってきていると思う。思いたい。信じたい。よくなっていくように、優しくなれるように、生きていけるように。どんな命も尊かった。見に行けてよかった。

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『リトルガールズ』(錦見映理子/筑摩書房)

*ネタバレ、結末まで触れています。


『リトルガールズ』(錦見映理子/筑摩書房)


 第34回太宰治賞受賞作、とのことで。受賞決まった時に出てたムックでも読んだのですが、単行本出たので感想メモ。

 大崎雅子は中学の家庭科の教師。今は非常勤。55歳の今、もう誰に何を遠慮するでもなく一人暮らしで、好きな服、綺麗なピンク色の服ばかりを着ている。仕事はきちんとやっているのだから、生徒たちにピンクババアだとか酷いあだ名で呼ばれていても気にしない。ある日やってきた産休中の教師の代理でやってきた、美術の猿渡という男にモデルになってくれ、と頼み込まれる。何をバカなことを、とムッとしてとりあわない雅子を諦めない猿渡に、少しだけならいいか、と、つい、気持ちを乱されて雅子は変わる。

 中学生の女の子、桃香や小夜とか、友達たちの世界と、桃香の母、父とか。中学が舞台の中心だけど、そこにいる様々な登場人物の季節が描かれている。

 説明は難しいなあ。主人公、というか、メインは大崎先生と猿渡の美術モデルになるかどうか、と、桃香と小夜の友達以上、思春期~みたいな感じかな。桃香の家庭の複雑な、でもシンプルな、好きな人が好き、みたいな所とか。
 多分世間体がとか、なんとなくぼんやりとある世の中の普通とか、先生とは、子どもとは親とはこうあるべき、みたいな形とは違う、本当にそれぞれの登場人物たち一人一人が、ああこういう風にこのひと時、生きているんだなあと感じられる。
 殺人事件が起きるとか地球が滅亡するとかいうことはない、普通の日常が、ちょっとだけ非日常になる、いやこんなのないよ、って感じと、でもなんかあるなあわかるなあって思う感じ、両方思って面白かった。

 場面はあちこちうつるし、それぞれの人物によっていって短い断片が積み上げられていくんだけれども、すごく読み易くて面白くて、すーっと一気読みしちゃった。全然混乱せずに読ませられるのすごい。

 私が一番共感というか、近しく思って好きなのはやっぱり大崎先生だなあ。好きな服着ていこう、っていうのすごくいい。
 ちょっと違うけれど、私、今年から髪を染めるのをやめて、すっかり真っ白な前髪とか丸出しにしてる。グレイヘアが注目~みたいなことあるみたいだけれども、なんかその、オシャレ的な意味あいではなくて、本当に、染めてる髪が伸びて白いのがすぐ目立つという、別に誰も私の髪なんて見てないし気にしないだろうけど自分にとっては、あーもう、って気になってしまうのが心底めんどくさくなって、もうどんなに老けて見られてもいいや、染めるのやめる、って決めたのでした。大袈裟に言えば若々しくあらねば、という価値観からの解放~。やめたらすごく気持ちが楽になって、よかった。

 年をとってよかった、好きな服着て好きな家具や小物に囲まれて生きる、という大崎先生の自由が描かれてるのがすごくいいな~。で、他人に迷惑かけるわけじゃないし、と、つつましく謙虚な風でありながら、大崎先生の内心が、結構ばんばん毒づくというか、あんたちゃんとしなさいよ、でもまあふーん勝手にすれば、みたいにさっくりざっくりしてるのが面白かった。ねちっこくない性格の悪さみたいなのが魅力的で、大崎先生の内心の描写の口調っていうのかなあ、文章、すごい好き。

 もう一人の中心人物、桃香。友達たちが好きな人で盛り上がったりするのにいまいちついていけない。まだ恋を知らない、とかいうとロマンチックにすぎるけど、そういうまだもうちょっと、いろいろわかんない、と思っている女の子。先輩に告白されて、拒否も出来ない。といっても気が弱いとか情に厚いとかでもなく、は? 意味わかんない、みたいな感じのリアル。小夜というクラスメイトに好かれちゃう。桃香も小夜のことが気になってて、絵のモデルになってもらったりする。初恋なのか、なんなのか。思春期ならではーってことなのか。初恋って恋って。何? という、もわもわと曖昧な切なさ。抱きしめたりキスしたり、全然落ち着きなく突拍子もない行動しちゃったりプールに飛び込んじゃったり。この全然意味わかんないって感じ面白かった。ダメでしょ、プールに飛び込んじゃ。大会に大迷惑だったんだろうなあ大変だ~、と思いつつ、なんかもうそうしちゃうしかなかったのかそうかそうか、と、二人可愛いなあと思った。
 ムックの時とちゃんと読み比べたわけじゃないけれど、小夜と桃香の関係の感じが丁寧に書き直されてるのかな。他にもなおされているんだろうけど、私が一番感じたのはそれかなあ。んー。読み比べてないけど、印象。
 小夜ちゃん~もうちょっと待ってあげてよ~と思うけど、小夜ちゃんも同い年なのだった。子どもだなあ。だけどほんっとキラキラしてるよなあ。未来ある子供たちよ、と、眩しい気持ちになって読みました。

 大崎先生は、猿渡先生にもその彼女にも、モデルになってくれ、あなたこそミューズ、って扱いになってモテモテに。全然すらりとしてなんかない、顔も全然美人じゃない、けれど大迫力の女神のように作品に作られる。そんな奇跡すごい素敵。こんなに自由になれたらいいなあ。

 この学校、この小説の世界、みんなそこに生きている人だから当たり前みたいに描かれてるけれども、すっごいハイソな世界だなあってのも面白かった。それが、いろいろ大変だったり切なかったり辛かったりがあっても、うっすらと余裕ある世界な感じがして、ゆったり読めたのかも。中学校が舞台の中心ってなると、なんだか息苦しくなりそうなのに、学校だけではない所、もっと外が、もっと別の、世界があるというのが見えてよかったな。ストレスが少なかった。

 全てが、めでたしめでたしと解決しました、ってわけではないよねえ? と思うけれども、いろいろあったしこれからもいろいろあるかもだけれど、なんか、いいじゃん。美味しいお茶とケーキがあるし。ほっとして緑はきらきらしていて、って、気持ちいい終りだった。あんまりいつもなら自分は読まないかなあという感じの小説だけど、ちゃんと読んでみてよかった。自由になりたいな~、なんとかちょっとずつ、なれるかも、って思えた。


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映画 「くるみ割り人形と秘密の王国」

*ネタバレ、結末まで触れています。


映画 「くるみ割り人形と秘密の王国」


 クララは母を亡くして悲しみの中にいた。父や姉や弟、家族の慰めにも耳をかさない。クリスマス・イブ。母が残してくれたプレゼントを受け取った。クララには細やかな細工の卵型のケース。鍵がかかっていて開かない。このケースを作ったのはおじ様だ、と気づいて、気の進まないパーティへ出かける。秘密の鍵がプレゼントとして隠されている先には、不思議な国が広がっていた。母はその王女だったのだ。
 クララはプリンセスとして歓迎される。そして、四つの王国のうちの一つ、この国を壊そうとしているという第四の国との戦争から助けて欲しいと頼まれる。

 くるみ割り人形、って、バレエだっけ、名前は聞いたことある、と思ってたけどそもそも物語を私は知らないなあと思いつつ、特に何にも予習なく見に行きました。
 とっても綺麗、ゴージャスな衣装やお屋敷、王国。登場人物たちもみんなお人形さんのよう。この不思議な国を作ったのは母で、みんながクララと共に悲しんでくれる。第四の国は他の三つの国と仲良くなくて、荒廃している。なんとかして、と頼まれて、あの秘密の鍵はこの王国の、命を生み出す機械の鍵でもあると知るクララ。

 ってことで、賢く勇敢な戦うプリンセスですねえ。母は偉大な発明家で、クララも機械とか物理とかが得意というかなんていうか、エンジニア的? そういうキャラ設定は今時だなあと思う。王国に迷い込んで最初に出会うくるみ割り人形の兵士、大尉に協力は求めるものの、王子様に助けてっていって守ってもらうプリンセスではないんだよね。自分が動く。クララ自身が頭脳で、技術で、戦い守る王女になれるという。

 クララ役のマッケンジー・フォイですか。とっても、すっごい、美少女。本当に絵に描いたよりも綺麗で可愛くて、悲しみに目を伏せるときの憂いとか、きりっとした時の凛々しさとか、ほんっと綺麗。彼女の姿をこんなにも華麗に留めるってだけでもう十分に素晴らしい価値がある~と思う。映画の中でこの美少女姿は永遠ですね……。

 しかし~。クララ以外って、まあその、個性あるキャストだったけど、別に、正直誰がやってもいいっていうか一緒っていうか、威厳とお茶目あるおじ様とか、一見チャーミングな味方と思ってたスイーツの王女様が実は本当は王国を支配しようとしていたとか、恐ろしい敵と思っていたジンジャーの方が王国を憂いていたとか。過剰なメイク衣装で、キャラ的にも、なんかああそういう感じねあるある、という風で、ま~、ほんと玩具のお人形たちだなあと思う。お話の展開としても、特にびっくりとかはないよねえ。沢山兵士が欲しいのとか、ヤバいねって最初から感じるでしょー。まあ。ん~。まあ。気楽に、とっても綺麗なクリスマス映画、やっぱり家族の愛が大事、みたいな肩の凝らない感じで、ふんわりしてて、そういうものかな~と思う。

 バレエシーンに力入ってるのかしら、って期待していったのだけれども。確かにバレエシーンあって、綺麗で、映画マジカルで、とっても素敵だったけれども、物足りなーい~もっと踊ってるところもっともっと見たかった。
 けど、バレエ映画じゃないんだし、私が期待して行ったのが間違いかー。セルゲイ・ポルーニンも出てるってよ、って見るぞ!と思ったけど、ど、どれ、誰なの?? と、あんまりわからなかった。。。。予習していくべきだった。ええっと~。スイーツの人らしい。いっぱいジャンプしてた、あれ? しかしよくわからない。。。ん~。反省。

 くるみ割り人形大尉とは共に戦う同士、って感じで、王子様はいなかったですねえ。王国に平和を取り戻し、クララは家へ帰っていく。家族愛の物語。
 しかし、母が、あまりにもすっごい発明家すぎるのでは。魔法も使える発明家、って、すごいね。家族にも王国のみんなにも愛されまくりの素晴らしい母上。というかもう、発明家とかじゃなくて魔女だったのでは。良い魔女ね。母上の物語を妄想するとものすごく楽しそう。始まった時には亡くなっているのに、存在感ある母上でした。

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『ジュリアス・シーザー』(シェイクスピア/光文社古典新訳文庫)

*ネタバレ、結末まで触れています。


『ジュリアス・シーザー』(シェイクスピア/光文社古典新訳文庫)


 先日舞台の映画館上映を見たので、本も読んでみた。
 新訳、2007年刊の文庫。訳者で解題も書いてる安西徹雄さんという方、実際上演も手掛ける方らしい。自分で上演した時は、みたいな解題つき。シェイクスピアの年譜つき。しかしさすがというか、研究が詳しいのねという感触。

 読みながら舞台が甦る。やっぱりあの舞台、演出はばりばり現在って感じだけれどもセリフとか場面、ほんとシェイクスピアまんまなんだ。群衆とかメイン以外のキャストとか多少違う感じがあるとは思ったけど、けど、物凄く原作まんま。そうだろうとは思いました。読みながらほんっと舞台がまざまざと見える。セリフが。セリフ凄いもんね。モノローグの長さ、演説。文庫数ページみっしりとかあったりするよ。たいへん。
 生身のキャストが演じ切るんだもんなあ。これ。「ジュリアス・シーザー」年譜によると1599年の作品みたい。こんなクラッシック。400年以上昔? その作品が今も新作として舞台にかかるの、すっごいな。

 あ、キャスト、やはり原作は妻以外は男性ばっかり。んでも女性がやってても別に問題感じなかった。なんかやっぱ、ぎりぎりとテンション上げていく人間の悲劇、か。こわい。正義というかなんというか。大儀? 何だろうなあ。

 ほんとは予習というか、本読んでから見にいったほうがよかったのかな。でも見てから読んでまた舞台蘇るっていうのすごいよかった。本も読んでみてよかったー。面白かった。

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ナショナル・シアター・ライヴ 2018 「ジュリアス・シーザー」

*ネタバレ、結末まで触れています。


ナショナル・シアター・ライヴ 2018 「ジュリアス・シーザー」


 イギリス、ブリッジ・シアターで上映されたシェイクスピア悲劇。
 昨日、5日に見に行きました。正直シェイクスピアについて詳しくもなく、ブルータス、お前もか、ってセリフは知ってる気がするけど、この舞台の他の上演を見たことあるでもなく、本も読んでない。と、無知な状態で、ベン・ウィショー目当て~ってふら~っと行きました。

 しかし、何も知らなくてもわかる、この、舞台とアリーナ席?だかなんだか、観客が舞台まんま地続きで立ったまま右往左往させられてローマ市民、群衆扱いで舞台の中の人になるこの感じ、凄いんじゃないのー、という感じ。場面展開で舞台がせり上がったり下りたりして、あれどうなってんだか。凄いな。
 キャストにかぶりつき、なんなら一緒にいる中で演じられていく、シーザー暗殺劇。これは生観劇した人がめちゃめちゃ羨ましいやつ~。
 ナマの舞台を映像で見るってやっぱちょっと違うし、ちょっと遠くでしかやってないし、夜一回だけだし、見たいけどどうしようかなあと迷っていたけれども、見に行ってよかった。スクリーン越しでもめっちゃめちゃ圧倒されまくってきました。凄いわ。何なんだあれ。


 始まりはロックフェスのように。バンド演奏しているのを飲み物片手にとか自由に見ている観客。最初は、あの舞台?あのあたりにいるみんな、何? これも出演者? 客? 何だろう何がどう始まるんだろうと不思議に眺めていた。ナショナル・ライブ・シアター作ってるスタッフ?アナウンサー? な、人が、これから始まりますどうぞよろしく、みたいにマイク持ってカメラに向かって言ったりして、ますます、何が始まるんだろう??? と不思議だった。
 ビジュアルは完全に現代。今。その辺の人々。ジュリアス・シーザーが凱旋するぞ~という始まりらしい。後でアメリカの大統領選挙で楽しく集会していたりするイメージ、って感想見かけて、あ~なるほどと思った。
シーザーが出てきても、ん?大リーグの監督かな? って風情でジャンパーとか着ている。アントニーも。ブルータス、ベン・ウィショーくんもいる~。グレイのツイードのコート、マフラーって、普通のオシャレなスタイル。
 やあやあ、って群衆、観客に手を振るシーザーたち。

 しかし実際メインキャストが舞台に上がって喋りだすと、物凄かった。セリフの圧が凄い。劇場の空気がぎゅっとなる。お~なんだ~?ってぼんやり見ていた私の脳もがっと掴まれた感じ。声。佇まい。感情の凝縮、ぶつけ合い、高まる緊張感の波のようなリズム。すっごい。
 ステージ、客席、と別れている舞台じゃないから、観客の只中に上がる舞台で、全方向から見られてる中で、ビジュアルもすっかり今の世界と地続きの中で、しかしシェイクスピアのジュリアス・シーザーが演じられているんだ、ってひしひしと伝わってくる。何で。何だろうこれ? この圧倒的なパワー。すっごい。

 シーザーの横暴に我慢ならない、と、キャシアスがブルータスをたきつけて事を起こそうとするんだけど、何だよ~キャシアスお前がやれよもう~っとか思う。けどブルータスも真面目にローマ市民のために、とかって心を決める。
 この辺の感じって、歴史を私がもっとわかってたらいいんだけども、えーとー、シーザーってなんかそんな暴君だっけ、まあ、まあいっか、そうなんだな、と、そのまま飲み込む。やっぱ本を読もうと思う。
 キャスト、キャシアスとか仲間になる人とか、女性キャストと男性キャストと半々って感じ(人種もいろいろって感じ)だったけれども、多分元々はブルータスの妻以外は男ばっかなんじゃない、かな。たぶん、だよね。女性キャストだからどうこうって感じは全然なくて、そういう人物なんだということになんの違和感もない。どうなんだろう、これまでの感じを知ってたら違う風に見えるんだろうか。わからないけど。

 ブルータス、お前もか、の殺害場面とか、その後の演説、さらにアントニーの演説、ぞくぞくわくわくですっごい面白かった。最高だ……。
 そして戦い。追いつめられて、死んでいく人々。そんな~諦めるなよ~とも思うけど、あー死んじゃうよね君たち死んじゃうよね、という感じもすごい、いい。

 緊迫の中、笑いのあるシーンもあったりして、その感じもすごいなあ。ブルータスの従者、ルーシウスだっけなんか、彼がいろいろ無茶ぶりされてたり、オトボケキャラだったりで可愛かった。

 そしてブルータスたちは破れ、新時代になる、のか。
 演劇ならでは。今死んだキャストが並んで深々とお辞儀、で挨拶。はー。すっごい面白かった。すっごいよかった。見に行けてよかった。めちゃめちゃかっこよかった。ウィショーくんの印象ってわりとふんわり優しくソフトに喋るって感じなんだけど、舞台に立つとあんなにも凄くてあんなにも迫力あって、声、パワー、佇まい、ほんっと素晴らしい。シャツを腕まくりして血まみれの手になってたり、もう~~~っ……最高でした。大満足。見せてくれてありがとう。見に行けてよかった。ありがとう~~っ。

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『トム・ハザードの止まらない時間』(マット・ヘイグ/早川書房)

*ネタバレ、結末まで触れています。


『トム・ハザードの止まらない時間』(マット・ヘイグ/早川書房)


ポケットブック判、SFシリーズ。これSFなのかあ。

 トム・ハザードが生まれたのは今から四百年以上前、1581年3月3日。フランス生まれ。エチエンヌという名前だった。故郷を離れ、イギリスで隠れ住むようになった。トムというのはその時つけた名前。
 遅老症(アナジェリア)という病気みたいなもの、が、体質で、トムのような人間はそこそこいる。不老不死なわけではない。トムは今、外見上は40歳くらい。8年ごとに引っ越しをし、別の暮らしを始める。組織、ヘンドリックというとてつもなく長命なリーダーが彼らを守る組織を作っていて、その保護を受ける代わりに時々組織のための仕事をする。自分たちのことをアルバトロス(長命と考えられているペリカンのこと)呼び、普通の人間のことをカゲロウと呼ぶ。
 トムはロンドンに戻って歴史教師になり、誰とも深い付き合いをしないよう慎重に暮らそうとしていた。頭痛に悩まされ、行方不明の自分と同じ症状を持っているはずの娘のことを思いながら。しかし、同じ学校のフランス語の教師、カミーユに心惹かれてしまう。


 そんなこんなで、超人的に、ただただ長生きしていて憂鬱を抱えた一人の男の物語という感じ。母が魔女扱いされて目の前で殺される、僕のせいで、とか、心から愛したローズと娘と、流れる時間が違うせいで別れなくてはならない、とか。勿論とてもドラマチックではあるものの、全体の印象としてはとても抑えた静かさの中で語られていて淡々と読んだ。もう四百年を超えて生きていて、感情を排するように生きていて、という感じかなと納得する。

 時系列は短く入れ替わる。現在、ロンドンの暮らしの中で、過去がさまざ差に思い出される、蘇る。最初の頃は誰? 何? と思うけど読み進めるうちにすっかりトムと同調する気がして、しみじみはるばるとした気分になりました。
 シェイクスピアも登場するよ。彼の劇団でしばらくリュート奏者として雇われ助けられる。
 別の時にはフィッツジェラルドに会ったり。クック船長に雇われたり? そんな有名人にちょいちょい会うわけ~? と笑っちゃうけど、まあ、楽しい。
 トムはリュートを奏で、ピアノを弾いて、と、音楽を友としている感じ、救いになっていいなあ。現代では、保護施設から犬をひきとって、エイブラハムと名づけて友としてるの、いい。
 
 普通の人間はトムよりはるかに早く死ぬから。恋をしてはいけない。けれど、数百年ぶりに恋をしてしまって、いけないと思いながらも秘密を話してしまって。危険を招きそうになる。守ってくれていると思っていた組織、ヘンドリックが、信じられるものではないとわかってしまう。サーフィンやってるオマイに会って、自然に触れて、ありのままに生きる、というような、こう、言ってしまえばシンプルで陳腐なことが、いい、ってなるの。
 探していた娘、マリオンとの再会。マリオンは組織に、トムが娘を殺そうとしていると嘘を吹きこまれてた。けど、これもわりとすんなり、話せばわかるってなって、ふむふむなるほど、長老たちの理性ってなんとなく納得した。大仰にならないのがよかったなあ。

 カミーユと無事仲直りして、カミーユは妊娠してる。その子は普通の人間になるのか、長命になってしまうのか、わからない。それでも、不安より希望を抱いているトムたちが、よかったなあ。トムたちを狙う敵対秘密組織みたいなのってヘンドリックの妄想なのかな? 今でももし、そういう人が公に発見されたら、人体実験される、ってことはないかなあ。魔女狩りの時代とは違うのだ、と。でもほんとかな。違うのだと信じていいのかなあ。わからない……。かつての魔女狩りとは違う意味で血祭りにされそうな気もするし、けど、ちゃんと理性理解あるはずだ、と、思いたいけど。どうなんだろうね。

 ベネディクト・カンバーバッチが映画化の可能性、みたいに謝辞で書いてあった。映画化、決まってるのか? どうなんだろう。確かにベネたんすごく似合いそうだし映画化なったらぜひ見たい。いつになるのかなあ。

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11月30日(金)に、東京コミコン2018 行ってきました

11月30日(金)に、東京コミコン2018 行ってきました。

 個人的覚書メモ。
 2017にはマッツがゲストで、チケットとれなくて死にそうって思いながらもなんとか、撮影はとれて、サインは譲っていただけて、二日間参加。めちゃめちゃ幸せで最高すぎたのだけれども、やはり、すごい人だし並ぶし、人が多いのこわいって思うので、今回は行くつもりではなかった。
 ゲスト発表があって、トムヒが!??あああ~~~、とぐらぐらきたけど、やはりさすがチケットもお高い。(28000円だっけ)それに、うん、いや、まて自分、と思って、やはり行かないと思ってた。

 しかし、エズラ・ミラーが来る、と、いうのが発表されたのが11/18だか19、19日だったかなあ。んでチケット発売が21日だと。21日、水曜日の昼からって。そ、そんな急に!???? ええええ……。と、無茶苦茶動揺したけれども、でもダメ元でチケットとれるかどうかチャレンジしようと思いました。
 なんか、マッツの時のチケットとれない、という精神ぐらんぐらんになるキツさがもう厭で辛くて、チケットゲットにチャレンジするのさえなんか辛い、って思いながらだったんだけど、なんかわりとあっさりゲットできてしまった。30日に、撮影とサイン各一枚。各17000円。+手数料的なものとかで、トータル35020円のお会計ですねー。
 個人的には物凄く大金。だけどエズラ・ミラーくんに、こ、これで合法的に接近できるわですね……。海外旅行にチャレンジする気はない自分にとっては残りの人生一度あるかないかとチャンス、と、思う。すごい。わああああ。

 とはいえ、発表されたゲストがわりと直前でキャンセルみたいなこともありえるので、当日まで信じられない思いと緊張で時々意味なく胸が苦しい、とかなったり。はー。現実こわい。

 で、無事当日。
 グッズ販売みたいなので欲しいものはないので、最低限撮影の14時までに入ればいいんだ、と思っていたけれども、なんとなくそわそわ。ツイッターで入場待ち大行列みたいなのを眺めてしまい、うう~ん~どうしよう。と思いつつもまあ焦っても仕方ないだろ、と、当日になるとむしろ虚無の気持ちで、家を出る。
 幕張メッセに到着は10時半すぎ。ハリコンサイトでチケット買ったので、ウィルコールという所で注文ナンバー伝えて実物を手にしました。入場券はぴあで買っておいてもっていきました。

 さて。オープニングセレモニーのステージが12時から。しかし開場時間も12時なんだよね。そしてすでに入場待機の列がずら~~~~~~~っとできている。オープニングは見られないかなあと諦めモードで、一応並ぶかな、と列に入ったのが11時すぎ。ぼっち参加なので黙々とスマホ見たりゲームしたり。去年の時は、隣に並んだ人がフレンドリーでお喋りできて、楽しく待っていたなあ、と思ったり。でも自分から隣の人に話しかけてみるとかは出来ないよ……。
 開場時間が少し早まって、多分11時40分ぐらいに開いたのではないか。ゆっくり列が動いて、12時くらいに入場できました。
 先にトイレいってきた。それから無理かな~と思いつつステージへ。正面は到底無理だったけれども、かなり端っこのほうから、一応はステージ目視できる、ってところで眺められました。
 大きいスクリーンがあるから目視する実物ゲスト、スクリーンに映る表情って、遠目からでも十分楽しめた。
 エズラくんも~いる~~~!!!真っ赤なお洋服。マントっぽいような?ああああ~~。ヤバ~い、って言ってた。そういう日本語覚えてるわけですか。可愛い。トムヒとか~~。トムヒの挨拶の日本語は丁寧で、すごいさすが~と納得。なんてゴージャスな。遠くから拝む気持ち。すごい。実物。本物がいる。
 で、ステージは最後にプレスへの記念写真みたいなのばしばしとって終り。前の方の席に入れていたら、写真撮り放題ですごいいいと思う。私は間に合わず見られないだろうと思っていたので、遠目からでも大満足した~~~。

 撮影時間まで会場のいろんなブースを、一応、ざっくり回る。けど、なんかもうとにかく全然落ち着かない目がすべる。14時からの撮影待機列に早めに並びに行きました。
 大体開始時間の30分前くらいから待ち列いけるみたい。誘導されてブースの方へ。荷物は並ぶカゴの中へ置いて、貴重品とチケットのみ持って行く。去年マッツに並んだ時、えっとえっと貴重品だけ持つってどうすれば、とパニックったので、今回は財布は小さいもの、ポケットある服で行った。手にはチケットのみ。ドキドキで待機。心臓吐く気分。

 始まれば早い~。とはいえ、エズラくんは、すごくすごくすごく優しくて、一人一人迎えるたびにハグして、撮影、そして握手、って感じで、にこやかでソフトな声で、英語が出来る人なら会話とかポーズお願いとかいける感じだった。ブースに入って待ってるだけで昇天しそうだった。
 自分の番になって、も、やっぱりすごく優しく迎えてくれてハグしてくれて、マントってわけじゃないけどその、真っ赤なお洋服と腕に包まれて、ほわああああああああいい匂いとか昇天する。当然なんもお願いとか言えない。しっかり両手で抱いてくれてて私もめいっぱい抱きついて、なんとかカメラの方をむいた、ら、パシャッと終りで、thank youとあいらぶゆーーーーー、は、言った、言ったと思う、言えた気がする。わからない。エズラくんはにこにこしてくれて優しくて光り輝いてた。光に包まれていたとしか思えない。

 ふ、震える死ぬ、と思いながら自分の荷物をとる。ようやく深呼吸~~あああ~~。
 去年、マッツの時にはとにかく早く早く早く、ってぐいぐい流された気がするけれど、それでもやっぱりマッツはあったかくて光り輝いていて昇天ものだったけれども、今回は近づいたらエズラくんからハグしてくれて声かけてくれて、体感時間としてはものすごくゆったり、って気分だった。まあそれでも一瞬の出来事で、でもでもこんなに丁寧に優しくされていいんだろうかと、物凄く有難くてわけがわからなかった。
 で、写真とりに行く。真っ赤な顔してテンパって超笑ってる自分はともかく、エズラくんが私の頭に頬を乗せてる感じでにこってしてて、両手でしっかり抱いてくれてて、あああ~~光に包まれている証拠写真、と、自分のフォトを直視できない尊さ。ヤバい。

 次はサイン。2時間くらい間があるので、なんか、ちょっとなんか食べるか? と思ったけどとてもそんな気にもならず、でも何か飲み物を飲まないとやばいのではないかと思って、屋外のフードエリアへ行ってみた。美味しそうなものもたくさんあったけど、お茶だけかった。ごめん。
 そこに、パトレイバーの実物大機? があり、ちょうど、ジャッキアップします!という所だったので眺める。かっこい~~~すごい^^ 私は写真だけばしゃばしゃ撮った。

 中に戻ってまたひとしきりいろんなブースを巡る。ファンタビのファンコほしい、とか思ったりだったけれども、うーん。お買い物はしなかった。ごめん。
 グッズを求める行列なんかも多々あり。うーん。私、もう無理。

 サブステージかな、バンザイステージって方で落語をやってるのに気づいて終りの方を少し聞きました。
 「カメラを止めるな!」の監督と女優さんがいらして、「ナポリタン」という短編のお話と上映があり、それを聞いて見た。座れたのが嬉しい。可愛い。「ナポリタン」人の言葉が全部ナポリタンとしか聞こえなくなった男の混乱、みたいなコメディで、ふふって面白かった。

 そんなこんなでまたサインの待機列に並びに行きました。
 16時半~だったけれども、時間押して、45分くらいから始まったかなあ。前の撮影が終わってなくてという感じらしい。そりゃあねえ、あんなにみんなに優しく丁寧にしてくれてるんだものなあと思う。あとツイッターに沢山流れてたの見たら、いろいろポーズとかとってくれてるのもいっぱいあった。凄いなあ。エズラくんほんっとにちゃんと一人一人にいろんな顔してくれてるの。ブースで待ってる時にも前の人それぞれと写るとき表情変わってたもの。すごい。どんだけ表情動くんだか。すごい。

 で、サイン始まったらこれもさっくり早い。私は、ファンタビのブルーレイにしてもらうか2のポストカードブックでクリーデンスくんのにしてもらうか、迷いつつ持っていってたのだけれども、やっぱり今日という日の、記念、この、フォトにしてもらうことに決めました。今度はテーブル越し。撮影よりは落ち着いて眺められ、る、って落ち着けるわけもなく。あああほんっとに綺麗な顔。色白い。鼻高い。髪つやつや。にこやかにうなずいてくれながらサラっとサイン。ううううう嬉しい。一応今度もあいらぶゆーーっとさんきゅーっは言えた、と、思う。多分。わからない。
 あまりに好きな人とあうその光り輝く瞬間の記憶って、記憶になってないんだよね……。もったいない;;残念な自分の脳よ;;
 だけどほんと、マッツの時も、エズラくんの時も、こう、終わってから思い出そうって思ってみて結局、ひかりだった……としか思えない。かみさまありがとうとしか思えない……。すごいよ……。
 ほんとにほんとに、地球に生きててくれてありがとう。きてくれてありがとう。こんなにも幸せな気持ちをくれてありがとう;;;; あなたが幸せでありますように;;

 で、もう、ふらふら。帰ることにしました。17時すぎくらい。
 一人でいっていろいろこわいな~とか思ってたけど何もかもふっとんでただただ幸せをもらってきた気分。会場はお祭り気分で楽しいし、サインや撮影したみんなのうきうきが満ちている気がしたし、あ~人混み辛い、と思いながらもやっぱり行けてよかった。

 その夜にはディオールのショーに参加したらしく、そのニュースも流れてきて参る。ディオールの春のお洋服なんでしょ~それ~。白くて花模様きれい~春の妖精だった。シャンパンペン??? グラスの軸がペンになってるよーなオモシログッズもってて、ボードになにか書き込み中、みたいな。ショーマネージャーが何かチェックしてるって感じだったのか。すごい。コミコンの時とか違う雰囲気のスタイルになってて美形っぷりがまた格段に上がってて、ほんっとすごい。あんなにもみんなにサービスしまくったあとにまたこんな麗しい姿になってお仕事できる。スターってすっごい。すっごい大変で、凄い素晴らしい。

 コミコンは三日間続く。今日もエズラくんは大サービス中みたい。みんなの幸せが流れてくる~。すごい。昼のステージでDCのコスプレの人たちとはしゃいだりしてたっぽい~すごい。そして演説っていうか、コミコンのみんな、単なるファンダムじゃない、ファミリーだ、って。コミックやゲームに夢中になる僕等、現実で退屈してるなんてうんざりだ、僕等をみくびるなよ!みたいな話しててそれもまた~素敵すぎる。かっこいいよぉ~。はー。すごい。

 三日間参加できたら凄いだろうなあと思うけど、自分にとっては一日だけでも消耗が、つらい、お年頃なので。一日だけでもすっごくよかったしほんっと感謝。
 でも本当に、心臓に悪いので。チケットとか。ゲストがキャンセルになるとか。ほんと、この、ドキドキさせられまくるよね東京コミコン。ほんとわからない。こわい。すごいねー。
 ここしばらく、コミコン行くと決めてからの、ずーっと上の空だった感じから、なんとか復帰しなくてはと、思う。

 ファンタビ、公開初日に行き、エズラくんのチケットとったあとにも行き、30日にはテレビで1をやってたのを見て、ああ~~この~~~クリーデンスくんに、中の人エズラくんに、会ったんだよな私~~ってなって、昨日、1日にもまた見に行ってきた。好き。ほんっと好き。こんな、映画大好きで、中の人に会えて、また映画見てってできるだなんて。凄いな。げんじつこわい……。
 これからも、退屈したくないし!楽しいフィクションに没頭するし! そして、エズラくんにあんなに優しくされたことを大事にして生きていけるなあ。ありがとう夢の世界よ。私もできるだけ、優しくなりたい。みんなしあわせになるといいのにね。


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