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『はだかの太陽』(新訳版/アイザック・アシモフ/ハヤカワ文庫)

*ネタバレ、結末まで触れています。


『はだかの太陽』(新訳版/アイザック・アシモフ/ハヤカワ文庫)


2015年刊の新訳版だそうで、前に『鋼鉄都市』読んだ時よりは随分読みやすく感じた。本国で出たのは1957年。で、この続編が1983年『夜明けのロボット』として出ているらしい。その間26年? タイヘンだ。そしてさらに『ロボットと帝国』というのもあるらしい。ええ~と~。まあ、一応、シリーズとのことで、読む。読むよ順次。

 イライジャ・ベイリは司法次官に呼ばれて、飛行機に乗るという恐怖に耐えてワシントンへ出かけていった。そこで与えられた任務は、宇宙国家ソラリアでの殺人事件の捜査。別の星へ行けという指令に逆らう事は出来なかった。

 というわけで、ベイリは宇宙旅行へ。都市が丸ごとドームで覆われた世界に暮らしているこの作中での地球人はとにかく広い場所、囲いのない場所が苦手。そして宇宙国家からは地球人というのは宇宙の片隅の星の引き籠り、後進国で劣った存在とみなされている。
 ソラリアへ到着すると、そこにいたのはかつて一緒に捜査を担当した、オーロラのロボット、ダニール・オリヴォーだった。ダニールはロボットであることを隠し、人間として共に捜査にあたるという。
 慣れない環境、直接人が接近接触することのないソラリアの社会に悩まされながら、ライジはなんとか主導権をとって殺人事件の捜査を進める。

 ベイリはこの作中で43歳らしい。いい年した立派な大人なのに、ダニールにめちゃめちゃ過保護に守られてるのがすごい可愛い~。
 ロボットは人間を守らなくてはならない。
 ロボット三原則。
 ソラリアは、人口二万人、と、星ひとつに対してあまりに少ない人間しかいない。一人一人が広大な領地に棲み、そしてあらゆる仕事、実務はロボットがこなしている。人間同士は映像対面しかしない。夫婦は遺伝上問題ない組み合わせで割り当てで決まり、夫婦でなら直接会う機会も少しは持つ。子どもは妊娠一ヵ月でとりだされてファームで集中管理で育てられる。ケアする、責任者こそ人間だけれどもそこでもほぼ全てはロボットが仕事をする。
 とにかく人との接触は忌み嫌われ、親子関係ももたない。広大な星、広大な領地に人間は一人だけ、というのが当たり前の社会。ロボット産業の大国として地位を得ている星。
 そんな場所で起きた殺人事件。
 直接接近する機会があるとすれば妻だけ。ロボットは人間を傷つけることはできない。
 だが、本当に?

 そんなこんなで、ベイリが慣れない星で戸惑いながらも、自分のペースに持ち込んで推理していくのを見守るダニールがまたくそ真面目で可愛いな~。
 ソラリアの社会は他の星でも辿る未来なのではないか、とか、ロボットが本当に完全に人間に危害与えることはないのか、とか、いろいろと示唆に富んでいて面白い。うまく命令を使いわけてこなせば、ロボットにも殺人はできる、とか。
 
 結局、実際に手を下した犯人としては、妻、グレディアってことだよねえ。逆上し何も覚えていないの、っていってたけど。でもそうなるようにロボットの手、腕? が外れるようなタイプのものを送り込んでいてグレディアがその腕を使って殴るように仕向けたのは、デルマー博士と仕事をしていたロボット工学博士のリービック。恋愛とかの概念がなさそうなソラリアで、でも結局恋めいたものの嫉妬が動機の一つになりうる。
 ロボットを使っての他国への攻撃みたいな計画もあり。そういう、ロボットが人間を殺せるようになるのか、できるのか、というのはなかなか。その後には殺人ロボットつーかアンドロイドっつーか、SFでばんばん出てきてるよねえ。ターミネーターとか。アシモフの世界ではどうなってくの。

 ダニールがロボットであるといことをソラリアでは隠している。でもそのことがリービックの自殺まで引き起こしてしまう。ダニールの存在も難しいものだなあ。目の前で人間が死に、それを止められなかった、ということは、あのあとダニール大丈夫だったのか……。死体を抱くダニールのシーンとても美しかった。
 続編ではベイリはオーロラへ行くことになるようだから、その辺も描かれたりするんだろうか。ダニールが心配だよ。


 「ベイリは息を呑んだ。もしダニールが、リービックを殺したのは、人間そっくりの自分の姿形だと気づいたら、第一条に縛られた彼の頭脳は強烈なダメージを受けるかもしれない。
 だが、ダニールは、膝をつき、その繊細な指でリービックのあちこちに触れただけだった。そして、自分にとってとても大切なものだとでもいうように、リービックの頭をもちあげ、それをそっと抱きかかえ、やさしく愛撫した。
 彼の端正な顔がほかのひとたちを凝視し、彼は小声で言った。「人間が死にました!」」(p388)


 それとベイリが思いがけずダニールと再会したシーンもすっごくよくってもえころげた……。


 「「きみを忘れるなんてことがあるものか、ダニール」
「それはうれしいことです」ダニールは言って、重々しくうなずいた。「あなたもご承知のことですが、わたしは、正常に作動しているあいだは、あなたを忘れることはまったく不可能なのです。あなたにまたお会いできてよかった」
 ダニールはベイリの手をとり、それをひんやりした自分の手で握った。相手の指は、心地よい、決して痛くはない握力をくわえ、そしてはなした。
 この創造物の判読しがたい目が、ベイリの心を貫き、ベイリの全身がほとんど愛にも等しい熱烈な友情に浸りきったこの狂おしい瞬間、いまだ醒めやらぬその瞬間を見透かされないようにと、ベイリはひたすら祈った。
 けっきょく、ひとは、このダニール・オリヴォー友人として愛することはできないのだ。人間ではない、ロボットにすぎないものを。」(p51)


 ベイリってばさー。ダニールを友達として思いたいのにロボットだから嫌だみたいな葛藤抱えまくってるの可愛い。ダニールに過保護に守られるのに反抗したりするのも可愛いんだよ……。ほんといいキャラ。続き読むのが楽しみだ。


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映画 「2001年宇宙の旅」 IMAX上映

*ネタバレ、結末まで触れています。


映画 「2001年宇宙の旅」


22日(月)に見に行きました。IMAX上映、期間限定2週間とのことで。製作50周年記念だそうですね。1968年。50年前の映画かあ。凄い。


 人類の夜明け。まだ類人猿とも言えないくらい、猿の群れがサバンナにいる。少ない食べ物や水場を奪い合う毎日。ある時、黒い巨大な石板のようなものが現れた。それに触れた猿は、物を持つ、手を使うことを覚え、骨を拾って武器とし、敵を打倒す。
 投げ上げられた骨。そして宇宙空間を進むシャトルへと転換する。

 昔々にレンタルビデオで見たことある気がするけれども、その時の記憶は曖昧。眠くなった寝たかもと思う。それでも、あーそうだ猿から始まって、あれ???とか思ったのだったとか、いろいろ見てると多分見たことあるよなあ、と思う。
 しかし今回IMAX。70ミリ、ニュープリント版というなんか凄いらしいものが国立映画アーカイブとかで上映されたのは見に行けなかったけど、IMAXだってすごく鮮やかだし音響もいい、と、思う。んで、その鮮やかさ、巨大なスクリーン、映画館で集中して見ると、断然面白かった。正直、気持ちよくなって眠気が……って思ったりもしたけど、でも、今見るからこそ、って面白さを感じられた。コンピューターは本当に身近にあり、人工知能の研究がどんどん進んでるらしいな、とか。HALに話しかけてあれこれやってもらうのって、スマートスピーカーの感じが近いのではないか。ま、私はスマートスピーカー使ったことないし、イメージだけど。

 原始時代に始まって、宇宙開発時代に飛んで、そして月の地中でも謎の物体が掘り出される。それはあの黒い石板のようなもの。強力な磁力を発している。宇宙評議会のメンバーはその存在を極秘扱いとして、調べようとしているところ。高温が鳴り響き、ハレーションが起こる。
 と、木製探査の船が出発している。乗組員は6名。半分はコールドスリープ状態。木星に実際に近づくまで仕事のない科学者たち。起きている二名は人間。もう一人、として乗組員扱いされているのは船内の全てを制御し、会話もゲームも楽しめる人工知能、コンピューター、HAL。ある時、HALはこの航海、任務に疑問がある、とデイブに語りかける。
 故障個所を発見、という報告をしたHAL。だか取り外し、交換したユニットは故障していない。HALが間違えたのか。これまで一度もミスのないコンピューターが。
 デイブたちが、もし故障しているのがHALだとしたら、電源切るしかない、とこっそり相談しているのを、HALは見ていた。そして、自分を守るため、人間のほうを抹殺しようとする。眠っているクルーはそのまま生存機能停止され、船外活動中のクルーを殺す。
 一人残ったデイブはなんとか、HALを停止させる。
 
 この、自我に目覚めたというのかなんているのかHALの暴走と停止、つまり殺されるシークエンスは一番わかり易くてドキドキする。デイジー、デイジー、という人工知能が最初に覚えた歌、かな? を、歌う声が歪み、消されるHAL。ここ、泣く……。

 そして木星へたどり着いたディスカバリー号。この探査の本当の目的はそこから呼んでいるもの? か、なんかに? 会いに行くこと、だっけか。なんか、その、サイケな光を超えていくと超次元みたいな感じか、デイブが一気に年取ってるのか、転生してるのか。
 わかんないけど。
 なんか、謎の胎児として地球を見つめる、みたいな感じで終り。

 なんとなく、その、あの、知恵を授けるっていうかの黒い四角がモノリスだ~とか、最後の胎児はスターチャイルドだっけ、とか、なんとなくの、説明ないところの知識、まー知識っていえるほどのものじゃないけど、まあ、なんとな~く、知ってるというか、ああ、こんなだっけという感じを思いつつも、やはり実際映画館で見る体験というのは凄くて、圧倒された。
 客入れ、客出しの音楽かあ、と思ったり、「インターミッション 休憩」が入るんだ、ってびっくりしたし。
 とにかく画面の隅々までことごとく美しく、優雅。クラシック音楽が鳴り響くっていうのもあるけど、なんかあのゆったりとした宇宙空間のテンポなー。ワルツのリズムでシャトルは舞う。
 宇宙船とかほとんど白。宇宙の闇。星の光。月面のグレイ。遠い地球の青。宇宙服が赤や黄色や緑で不思議な感じがした。あれは、見やすさのため? 人間に関するものはカラフルなのかな。
 特に、赤い色が不安になる。白の中に鮮やかだし。
 何より、HALの目。目というかね。カメラ。ただの赤いランプ。なのにあの赤いランプに感情があるように見えてくるし、じっと何度もアップになるただの赤いランプが、ほんとうに怖くなる。凄いよなあ。どうして。

 50年を経て、今見てなお圧倒的に凄いと思えるし、多分より面白く見られると思う。CGが実用じゃない時代になんであんな映画が撮れるんだか。わからない……。いろいろ解説みたいなのを読んだことはある気がするけど、説明されてもわからないし、成立させてるのがまず信じられないほど凄い。
 後続のSFとか宇宙関連の作品に影響与えまくってみんなこういうのやってみたいって思ったのだろうなあという感じがひしひしとわかる。何が凄いか私には何も説明できないけれども、圧倒的、というのはどうしたってわかる。凄いねえ。
 今見に行けてよかった。映画館で見る経験が出来て良かった。満足です。


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映画 「テルマ」

*ネタバレ、結末まで触れています。


映画 「テルマ」


 凍った湖の上を歩く親子。小さな娘と父親。氷の下で泳ぐ魚。やがて森の中で鹿を見つけ、父親はライフルを構える。鹿を狙い、だが次に狙ったのは自分の少し前にいる娘の頭だった。緊張の一瞬の後、だが銃を撃つことはなく、鹿も逃げ出す。
 女の子の名前はテルマ。大学生になり、都会でひとり暮らしを始める。だが母からは毎日電話がかかってきて、様子を確認される。
 なかなか友達が出来なかったテルマ。図書館で癲癇のような発作が起きる。原因は不明。その時居合わせたアンニャという同級生と親しくなっていく。そして次第にテルマはアンニャに恋をして、その自分の思いに戸惑い傷つく。

 ノルウェーの映画ってことでいいのかな。ホラー、といわれてて、怖いの嫌だ、と思ってたけど、でもこれは死霊がどうこう的なものではなく、超能力というか、んーと、テルマの周りで不思議なことが起き始めるとか、力が目覚めるとか、そういう感じ。あまりびっくりさせられるような怖さはない。
 じわじわと幻想の中に引きこまれるようで、女の子二人の恋がうつくしくて、でも痛々しくて、思春期の女の子だなあという感じがひりひりと伝わってくる。

 テルマの育った家庭は厳格なキリスト教徒だそうで、お酒はダメとか同性愛を罪と思っている感じとか、テルマが自分で自分を追い込むような辛さも多々。水とか炎とか、多分キリスト教的モチーフがある、のだろう、と、思うけど、その辺に関して私はわからないので、なんとなくそういうのあるのかもなあと思う感じ。ないのかもしれない。
 水が、本当に冷たく寒そうで、何度も水に落ちて苦しい。恐怖。

 テルマは幼少期のことを覚えていない。でも明らかになってくると、赤ちゃんである弟を邪魔、と、おそらく感じたのであろう小さなテルマは、消してしまう。はっきりとした自覚はないままに、消して、殺してしまう。
 その、目覚めてはならない力を封じるように、医者である父は強すぎる薬を使った。なんだろうな、精神安定剤みたいな感じなんだろうか。よくわかんないんだけど。
 で、癲癇の発作らしきものは心因性であろう、遺伝かも、みたいなこともあって、死んだと聞かされていた祖母が実は生きていて、祖母もまた痴呆というよりは薬で意識を抑えられているような感じみたい。
 祖母も魔女だったのかな。
 テルマの力、は、父によると、何かを強く強く願うと、その願いを叶えてしまう力、だという。邪魔な人間を消す、というようなことも。
 アンニャとの恋、気持ちを消したい、と強く願ってしまったテルマは、アンニャを消してしまった、と思い、家へ帰る。
 そこで、父にまた薬を与えられるテルマ。でも彼女は父を燃やして消し、家を離れて大学へ戻る。そこにはアンニャの姿があり、二人は仲良く歩き出す。

 って感じで、なんとなく、テルマにとっては自立してハッピーみたいな感じに思えるような終りなんだけれども、でも、何がどこまで本当なのか、幻想のうつくしさの中にのみこまれて冷たい気持ちで見終わった。

 強く願ったら、叶えてしまう力。
 友達が欲しい。アンニャと仲良くなりたい。アンニャが側にいて欲しい。恋、かもしれない。そのテルマの願いがかなってしまう力、で、アンニャの心の本心っていうのは、アンニャの気持ちなんて捻じ曲げられてしまったのでは。それは本当に二人の恋、なのか。テルマだけの思いの押しつけなのでは。
 そう、思ってしまったら、どんな恋も、愛も、ただただ恐ろしい孤独と絶望のような気がしてとてもこわい。力のせいで得た恋なのか、どうか。それはわからないのでは。ただ、恋がかなったと信じて喜びを得る、ことが、できるのか。
 
 赤ちゃんであった弟を失った母が自殺を図ったのか、飛び降りて怪我して足が動かなくなって車いす生活だったのだけど。テルマが家を出る時に、母の足を治して出ていった。母のことは殺さないのか~。動かなくなった足を治せる。それは天使の力のようでもある。
 強い願いの力。
 天使の力なのか、悪魔、魔女の力なのか。テルマの力の使い方次第、かなあ。

 テルマを演じている女優、エイリ・ハーボー。とても綺麗だった。清らかさのままに力を持っている感じ、すごくうつくしかった。
 ホラーで怖かったらこわい、と思って見るかどうか迷ったけれども、大丈夫だった。見に行っておいてよかった。

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 桂文珍独演会 一期一笑

 
 桂文珍独演会 一期一笑
 関内ホール 3:00p.m

 聞きに行ってきました。落語は、これまで一回、か、二回、生で聞きに行ったことあるけど、こんなにじっくりと独演会っていうのは初めて。上方落語、も初めてかな。以前見たことがあるのは何人かが噺を一つずつという感じだった。

 前座、桂文五郎さん。途中で三味線、おんな道楽というの? をやっている内海英華さん。それぞれ面白かったです。都都逸うたってるの聞けたの面白かったなあ。話す言葉のリズムもなんともいえない色気、華やかさがあってなんだかさすがって思う。

 桂文珍さん、テレビで見たことある~くらいのミーハー気分で聞きに行きましたが、すっごいすっごく面白くて笑った笑った~。あ~なんだかこのライブな場でこその笑いの体験って感じ、すごい。ほんとに客席との掛け合いみたいな感じなんだなあ。客席からは笑いという反応返すだけなんだけれども、舞台から本当に客席の空気というか反応、客の心の動きまでくみ取ってくすぐって笑わせてくれる。落語完全に初心者でなんもわからない私でもわかる、すっごいこの場を転がす上手さ。
 噺の枕っていうの? 雑談みたいに時事ネタをバンバンガンガンどんどんバシバシ繰り広げてくるのね~~。まさに今朝みたテレビで見た話がネタになってる。ジュリーのコンサートドタキャンだとかダンパー改ざんだとか。すごい。こんなに~?こんなに鮮度キレキレ~??? 文珍さんだからこそなのかどうか、私は他の経験がなくてわからないけど、ほんっと、「今」の話がめちゃめちゃ取り入れられてるのね。舞台ごとに変ってくのかなあ。勿論全部が全部ではないんだろうけど、それにしても凄い。

 噺は「持参金」か。(ぐぐった)急に20円を返すよう催促された男が、わけありの女の持参金がちょうど20円という縁談に飛びついたら、その女と20円と言うのは実は。って感じ。ちょっといい話というか、お前なあ、番頭さん? あんたダメ男だな~ってのを思いつつ、面白かった。
 それから「地獄八景」、長い噺らしいけれど、ダイジェストというか、おいしいとこぎゅっとコンパクトにして、の噺でした。サバに当たった男が三途の川いく途中でご隠居? この前葬式に出た相手に会って一緒に旅していく、と。あと金持ちの若旦那が遊び飽きてちょっと死んでみるか、ってフグの肝食べて賑やかに一同引き連れて三途の川渡るとか。噺の中にも今の時事ネタ入るんだね~。すごい面白かった!
 私は全然落語知らないけど、ふら~っといってこんなにも笑わせてもらって、いい時間過ごしたな~といい気分で、とってもよかった。楽しかった~!

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「世界と<私>の関係を言葉にする」


 昨日、夕学五十講 というのに行ってきました。丸ビル入るの初めてだったー。

講師、穂村弘さん。「世界と<私>の関係を言葉にする」 講義90分、質疑応答30分かな。18:30~20:30でした。
 久しぶりに穂村さんのお話聞きにいって面白かった~という個人的覚書メモ。私個人の主観思い込みの感想で発言など勘違いがあるかもです。記録ではありません。

 最初は「●言葉からわかること」 で、ご自身のお話で、結婚した後、それまで居なかった自分の妻という存在を人に紹介なり話なりするときに、その人をどう呼ぶか、ということに戸惑ったお話。「妻、女房、奥さん、嫁、家内、家人、パートナー、つれあい、細君、相方、ワイフ、うちのやつ、配偶者、山の神、大蔵省、敵」等、妻を表す言葉が列記されており、どれを選んで言ったとしても、自分はそれを選んで言う人だ、と相手に認識される、自分の中の何かをさらけ出すことになる。その言葉の中で、多分一番ニュートラルであろう「妻」という風に言うけれど、それもつまり「妻」が意味合いニュートラルだと思ってその言葉を使う人、ということをさらけ出している。女性が夫を呼ぶ言葉としてもいろいろあって、その中から何かを使う人、になる。
自分の一人称に、「小生」って使っちゃう場合とか、言葉には、人それぞれに、その言葉がイメージさせる人物像や物の在り方のイメージの蓄積がある。
 「小生」って自分のこと書いちゃうおじさん、まあ、おじさんに限ったものではないけれども、それを使って書いちゃうこと自体が発するメッセージというか、イメージ力って。強いよね。私は無理~って思うけど、まあ、うん。そう使いたい人がいるんだなあというのは、まあ、なるほど。

 電車や商品、物のネーミング、ラベリングの変化の話。特急「つばめ」かつては実体のある、速そうなかっこよさそうなネーミング。→「こだま」「ひかり」という夢の超特急には、目には見えない、触れない、けれど聞こえる、見える(光のあるなしはわかる)ものになり。その次はどうなるんだ? と不安に思っていたら→「のぞみ」。これはもうすっかりイメージ。思念だとかの世界になる。
 昭和的、実体→イメージ、限界がないものへの変化。イメージ化しやすいのは、生活必需品よりは嗜好品、レベルがちょっと違うもの。

 言葉の含むイメージ自体の変化。「科学」って、かつては良いもの、未来への希望、憧れだった。万能感。ユートピアのイメージ。電気、電子、原子、等「ピカピカギラギラ 憧れだ」というもの。けれど、近年だとむしろディストピア。
 
 特にもう今の日本だと震災、原発事故を経ているからなあ。原子力だとか無邪気に凄いパワーだとか言えないよな、と思う。アトムがラララ科学の子で、妹だとかがウランちゃんとかコバルトとか、そのネーミング、今、ちょっともう以前みたいには見られない。世界は変わるよね……。

 短歌の紹介。子供、青春、中年、老年が見える短歌。
 子供の短歌は世界への知識の蓄積が少なくて、ガードも緩くて遠慮少なくて、新鮮な驚きや発見がぐっとくる。
 青春の恋はほんの些細なことにも集中度が高くて眩しい。童貞感だとかいい変態の歌とか面白かった。短歌ってもう一度プリミティブに、一言で言える名前がついているような物事を解体して表現をするもの。
 中年期ってぼんやりしている。
 老年の歌は、いつか自分がそういう所へ行くのか、と思う。そこで愛の歌がある、精神レベルの高い歌をうたうひとがいる。それって、憧れられるからいいなあと思う。

 夫が妻を歌った歌、妻が夫を歌った歌の温度差みたいな話。
 夫の方が概ねロマンチストなままだったりするのねえ。妻の側の冷え冷え具合は、何故そうなったか、みたいなわけが垣間見えるのも引用があったりして、ねー。わかる。
 でも多分今後、本当にちゃんと家事育児分担をするとか、夫側がリアルな毎日の生活や暮らしに本当に関わる人が増えてくる、きてる? そうなってきたとしたら、温度差も傾向として捉えられるほどにはなくなるのかもしれないなあ。どうなんだろうね。

 イメージ化の方が私も好きだし、実体のリアルからは私も逃げたい、現に今も逃げている。フリスク食べることを選ぶ方でありたい。けどまあ、そっちへばかり逃げ切れるかどうか、わからない。
 私はバブル期のスタイリッシュな幻想を学生の頃に垣間見た気はするけれどもその場にはいなかったしその幻想は目の前で暗転した気がするし社会は景気悪くなってくばかりな気がするし、その後、これから、日本が持ち直して行ける気は、あんまりしない。
 逃げたい。逃げ切りたい。
 けど、そういうわけにはいかないのか、なあ。どうかなあ。けど逃げたい……。
 ここんとこ毎年、新年の抱負というかなんというかで、全力で現実逃避、と自分の中で掲げている。実際今自分は社会的に何か責任ある立場とか重要な仕事があるわけではなく、つるっと何もない毎日をぼんやり生きている。
 言葉に耽溺して世界と私の関係を言葉の中だけで築いていたいな。どんな言葉を使うか、選ぶか、出来る限り繊細でありたい。

 いろんな認識を考えることが出来て面白かったです。なんかあの「場」も面白かったな~。

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映画 「アンダー・ザ・シルバーレイク」


*ネタバレ、結末まで触れています。


映画 「アンダー・ザ・シルバーレイク」

 17日(水)に見に行きました。

 「「イット・フォローズ」で世界的に注目を集めたデビッド・ロバート・ミッチェル監督」の注目作!とのことですが、私その「イット・フェローズ」を見てないので、どういうものか、よくわからないながら。リンチやヒッチコックなどの引用だかオマージュだか、悪夢版「ラ・ラ・ランド」だ!みたいな煽り文句に釣られて見ました。主演、アンドリュー・ガーフィールドっていうのも勿論目当て。

 ハリウッド。シルバーレイクって地名なんだ。その街で特に何をするでもなく暮らしてるサム。ゲームをし、陰謀論だとかオカルト、暗号大好きダメダメ青年。部屋の家賃を滞納中で追い出されそうな所。アパートの中庭(かな?)にはプールがあって、下の階の住人、若くて綺麗でセクシーな女の子が小さい犬を連れて泳ぎにくる。望遠鏡でベランダからそれを覗いて楽しむサム。セックスする相手はいるものの、その彼女とはマンネリという感じ。
 サラ、というプールで見かけた女の子と仲良くなり、部屋でいちゃつこうとしていた所に同居人たちか帰ってきて、また明日きて、と約束をして別れる。しかし翌日、サムが行くと、その部屋は引っ越しされた後だった。一枚見つけたサラの写真をもとに、消えた彼女を探し始めるサム。奇妙な暗号やパーティでサラの消息を追って、見つけたのは、カルト的な思想だった。地中に埋まって享楽を尽くし、死ぬという金持ち男と共にサラはいる。消えたのは迷いがあるとはいえ、彼女の意志でもあった。

 そんなこんなで、一応、サラを探す話、ではあるけれども、サムの妄想だかなんだか、出会っていく人とかサムが見つけた真実と思うものとか、何もかも全部が妄想ですよ~というようでもあり、まあそういうこともあるのかも、とか、なんとも判断つかない映画。
 ソングライターという謎の老人が、かっこいいヒットソングの数々を実はわしがかいたのじゃ、みたいなのとかさー。歌詞の暗号を解いたら秘密のシェルターに案内してくれるホームレスキングに会えるとか。何? 何のための暗号? サムのため? いつか気づく誰かのため? 別に意味のない気まぐれな遊び、ってことで、でもな~。まあな~。いやサムの妄想なのか。
 と、何もかもに、意味深さがあるのかどうか、ないよ別に、って感じでもあるし、さあこの作品の謎を解け、みたいなものでもあり。
 んでも、リンチほどの凄味は感じないというか、やはり、今の映画って感じなのか、オシャレ悪夢もふんわり軽い、乾ききった空虚な感じ。プールとか海? とか、何度も水に落ちるけど、湿度はあまりない。カリフォルニアって感じなのかな~ハリウッドって感じなのかなあ。
 
 アンドリュー・ガーフィールドにひたすら寄り添うカメラで、アンドリュー・ガーフィールドが普通にダメなだらしなさで、よれよれな感じのもっさり感がだらーんとした気分にさせる。脱いでお尻たっぷり鑑賞させてくれてありがとう(*ノωノ)可愛いよ~。全裸もあるよ~。別にだいじなところは映らないから大丈夫だよ~。もっさりしつつも、やっぱ可愛いし、やっぱスタイルいいし、普通っぽさがとっても魅力でした。好き。
 
 犬殺しって何だったんだ。正直途中眠くなり多分何度か瞬間うたた寝した。私はもうあんまりこういう謎めいたものを深堀するぞーって気力はないので、なんだろうこれ、とぼんやり思いつつ、わかんないけど見てよかったな、ってふんわり楽しかった。リンチに夢中になってた頃とは違うしリンチではないし。
 気になってたので見に行けてよかった。大好き~っていえるほどではないけれども、アンドリュー・ガーフィールドの細やかな演技やお尻を見られてよかったよ。


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『グッド・オーメンズ』上・下(ニール・ゲイマン/テリー・プラチット/角川書店)


*ネタバレ、結末まで触れています。


『グッド・オーメンズ』上・下(ニール・ゲイマン/テリー・プラチット/角川書店)


 1990年刊の作品、で、この翻訳2007年刊。来年、2019年にアマゾンプライムでドラマ化らしく、その天使と悪魔のおっさんたち(?)のビジュアルが素敵で、どんななんだろう?と思って読んでみた。世紀末ものなんだなあ。そっか1990年刊か。2000年問題どうなるんだとかいろいろあったな~と思う。

 グッド・オーメンズ―よき兆し。
 人間界に天使のアジラフェール、人間の姿としては古書店経営、と、悪魔クロウリー、人間としてはベントレーが愛車、オシャレマンションに住んでいる二人がいた。六千年もともにいれば天使と悪魔といえども仲良くなろうというもの。しかしついに、反キリストとなる赤ん坊が使わされ、クロウリーは人間の赤ん坊と取りかえて地上で育てさせる。
 しかし取りかえる家庭を間違えるというミスが発生。反キリスト、世界を終わらせ天使と悪魔の戦いを始めさせるはずの子どもは、極めて普通の男の子として11歳になる。ついに世界を滅亡させる時、彼の本性は目覚めるのか。天使と悪魔はどうする?

 これは、コメディ、ってことか。ドタバタ劇か。世紀末で、終末戦争で、世界滅亡しそうなんだけれども、軽やか。というか、11歳の男の子アダムくんが、友達同士で悪だくみ、くらいのノリに世界存亡の危機が~。天使と悪魔もなんだか人間界に情がうつって、なんとなく仲間気分で。ド派手なことになりそうなんだけれども、軽くかわしてる感じ。楽しかった。でも多分これイギリスの地理感覚とかあるほうがもっと楽しそう。まー仕方ないけどな。脚注も沢山ついているんだけれども、その脚注ネタの面白さがいまいちピンとこない。ま~~仕方ない。
 子どもたちパート、天使悪魔パートが終盤にはクロスして魔王だとか神そのものとかすこ~しチラ見せされてる感じ。結局神のてのひらの上なのか。ま~いっか。

 で、アダムくんが子どもらしく自分の世界は自分の身の回りのこの世界で、このままでいいから、って言うわけで、世界は現状維持。魔女や魔女退治軍もみんな、ほどほどに良い関係、いい感じにめでたしめでたしでした。アダムが普通に男の子して地獄の犬も普通に犬で、ちょっとほろっとなってしまった。全然そんなでもないのに、うまいバランスなんだなと思う。楽しみました。

 あと、この、ニール・ゲイマンて、『アメリカン・ゴッズ』書いた人なんだと後で知る。アマゾンプライムのドラマ見たよ~。あれもなんだか凄かった。というかそれは翻訳まだなのか。ちょっと、他の著作も読もうかどうしようか迷うなあ。うーん。

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映画 「イコライザー2」


*ネタバレ、結末まで触れています。


映画 「イコライザー2」


前作はチェック出来てなくてテレビで見たのですが、なんか不思議な面白さ。本が好きなセンチメンタル几帳面おじさんが凄腕、という感じで、ヒーロー。でもスーパーヒーローじゃなくて、いや超人的に凄腕なんだけど、でもスーパーヒーローってわけじゃなくて、身近に出会った人のために悪い奴をやっつける、という感じがしっとり良い感じ。
 そんな印象で、2、どうなってるのかなと楽しみに見に行きました。

 マッコール、今はタクシードライバー。タクシーというか、配車アプリサービスメイン? 乗客たちの話にひと時それぞれの人生を垣間見ている日々。アパートではご近所づきあいもしている感じ。前作よりは人間らしい暮らしている感がある。けれども、読むべき本リストにとりくんでいるのは相変わらず。最後の一冊を詠み始めようとしているところ。『失われた時を求めて』。分厚いハードカバーだった。一冊ものかあ。私のイメージだと文庫で何巻にもなってる気が。
 古くからの友人スーザンと久しぶりに会う。かつてCIAで同僚だったのかな。再会を懐かしんだばかりだというのに、スーザンが殺された知らせを受ける。
 マッコールは一人、調査を始めた。

 そんなこんなで、最初から、トルコ行きの列車でのアクション、子どもを取り戻す、なんて派手に始まりつつも、なんだかしみじみと、マッコールさんのこの頃の暮らし、って感じのしみじみした感じが心に残った。ご近所のいいおじさんって感じで暮らしているマッコール。マイルズっていう近所の学生くんと仲良くなったり。タクシードライバーをしつつ世虐げられたものを助ける、正義を実行するって感じ。けどもまあそれ死刑だしリンチだよねえという。

 かつての相棒だった、デイブとの再会。マッコールって死んだことになってたのか。その死(の偽装)によって、チームは解散、それから裏稼業に手をだすようになってとか云々。
 スーザンの死を巡って、最初は安楽椅子探偵かのように、ハッキングだとか残された資料とかから推理していくマッコール。デイブに実働してもらおうとしてたら、実は、デイブが犯人だったのだー。という。
 まあ、ある意味ベタかなあ。マイルズくんと仲良くなったばっかりに、人質にとられるとか。嵐がくる海岸の街で、西部劇の決闘的対決とか。かっこいい。素晴らしくかっこいい。あんまり冷静な理屈とかはかっとばす。

 マイルズくんに説教したり、ちょっとずつ仲良くなるとか、老人の戦争でなくしたと思ってる姉、姉の肖像画、とか取り戻す話を真面目にとりあうとか、マッコールの細やかな優しさがねえ。とても渋くて、なおかつお節介おばちゃん味があって、いいキャラだなあと思う。
ちょっと高倉健みたいなイメージ。昭和レトロな任侠映画みたい。子どもやおばちゃんに優しく、友人を大事にし、敵は殺す。まあ、任侠映画まったく詳しくはないので、なんとなくの個人のイメージなんだけれども。
 
 アクションはもちろん最高にかっこよく、殺しややっつけることの手際のよさはさっすがで凄い。もう、とにかく、デンゼル・ワシントンがいる場面ことごとく全部かっこいい。街も部屋も車の中も、とにかく画面隅々まですべてかっこよく撮られてる。かっこいいの塊で、かっこいいの嵐がくるんだよ。すげえ。マッコールさんがちょっとおちゃらけたりするのも可愛くってかっこいいという。
 デイブんちに乗り込んで、あの幸せそうな平和な家庭、可愛い可愛い娘二人を見て、下の娘の相手をしてにこやかに、去る、去るけどあの恐怖ったらないよねえ。凄い。デイブへの何も言葉にはしてないけれども凄まじい脅しじゃん。でもいい人であるんだよな~~~怖い。すごい。デイブは彼は彼で可哀想だもんなあ。まあ、酷いけど。

 マッコールさんはまたこれからも街の小さな平和を守るのか。守り、殺すのか。新しく本のリストをつくるのか。本を読んで、孤独を抱えてくのか。
 かっこよさに痺れる。しみじみとする。見に行ってよかった。

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映画 「チューリップ・フィーバー 肖像画に秘めた愛」


*ネタバレ、結末まで触れています。


映画 「チューリップ・フィーバー 肖像画に秘めた愛」


 舞台はアムステルダム。まだ珍しい、うつくしい花、チューリップが大人気で、球根を先物取引? かなんだか、とにかく投機しまくっているチューリップバブルの熱狂がある時代。
 ソフィアは修道院で育った。コルネリスという夫を得て、奥様として暮らしている。だが、やや老いた夫は毎晩積極的ではあるものの、子どもには恵まれない。スパイス商売で裕福であるサンツフォールト家。コルネリスは肖像画を描かせることを思いたち、若い、才気の見込まれる画家、ヤンがやってくる。
 ソフィアを描くうちに恋してしまうヤン。見つめられているうちに恋してしまうソフィア。二人は密会を重ねるようになった。

 画面がほんとうにすっかり絵画の世界で、フェルメールだとか、デルフト派だとか? そういう美術展覧会を眺めているような気分。素晴らしくみんな絵の中の人物みたいで見惚れる。肖像画のモデルをしている時のソフィアの青いドレス。真珠の飾り。日常の時のスタイル、レースなんかも、こういう絵見たことあるような、という気持ちになる。アリシア・ヴィキャンデル、(ヴィカンダー?名前がなんか安定しない)ほんっと絵に描いたように綺麗で可愛くて、あ~夫も若い画家も夢中になっちゃうよねえと納得する~。無垢なる少女のよう。でも大胆にもなれる。目が可愛いし目で語れる顔。声もすごく好き。落ち着いて少し低くて掠れがあって、聞いていたい声。好きだなあ。

 クリストフ・ヴァルツなんですねえ、夫よ。妻よりずっと年上。でも過去には、子どもと妻を亡くした辛い思いがあって、今、ソフィアを大事に思っている気持ちは本当で、悪人ではないんだよなあ。妻に裏切られて、悲しい。

 ソフィアは三年たっても子どもが出来なくて悩んでた所。ヤンとの逢瀬が侍女のマリアにバレて、マリアの恋人はなんか酒場でせっかくチューリップ投機で儲けたお金をとられてやけ酒の喧嘩のあげく、海軍に連れていかれる。海軍??? あんな風にマジで軍人徴兵したりするものなのかなあ。まあ全然わかんないけど。
 で、マリアは妊娠してて、仕事をクビにするならバラす、って言われて。ソフィアは自分が妊娠したことにして、赤ちゃんを産ませる。自分は死んだことにして、この家にはマリアと赤ちゃんを残していく、という計画を思いついて、実行する。
 実行しちゃうんだよ。医者とか産婆さんとか、いろいろ手配よくて、ソフィア、か弱い奥様ってわけじゃないんだな、すごい。まあ元々は修道院育ちで、マリアに代わって家事やったりするのもできないわけないかって思うけど。いろいろどうにか都合よく進んで、マリアは出産。ソフィアは柩に入って家を出る。
 
 そこで残されてた夫が、切なかった。マリアの恋人が帰ってきて、事情を説明してるのを聞いてしまって、怒るでもなくただただ、佇むんだよ。その、姿が、さすがヴァルツさん。とてもとても切なく、よかった。
 
 一度は逃げ出したものの、ようやく、そこまでやっておきながら、ようやく、ソフィアは酷いことをしてしまった、と、思い直して、家に戻りかけるけどもう戻れない。ヤンの所へも行かない。行けない。
 ヤンは、チューリップの球根でいろんな借金チャラにしようとしていたけど、友達? のヘマで球根はなくなり、(玉ねぎと間違えて食べるか??そんなんありかよ~)インドへ旅立つはずがどうしようもなくなり、ソフィアとも会えず。彼女は死んだと思う。

 そして8年後。修道院でシスターになっているソフィア。修道院の絵を直しにきたヤンと、再会。けどまあその後どうしたかはわかりません、って感じ。
 マリアは、コルネリスに家をもらってて、無事子だくさんな幸せな家庭を持っている。このマリアの回想の語りの映画でした。
 コルネリスもインドに旅立って、新たな家庭を得た、みたいな感じ。

 ラストはみんな、いろいろあったけど今はなんとかやってます、という感じで、優しい映画だった。とにかくフェルメール的な絵の世界を映画にしたよって感じかなあ。ベストセラーな原作小説があるらしい。『チューリップ熱』(デボラ・モガー/白水社)か。2001年刊行ですね。ん~ま~本は読まない。
 予告が過激でどーのこーのって評判があった気がする。まあ確かにせっくすシーンはそこそこがっつりありました~。いろいろバリエーションあってよかった。

 デイン・デハーンの目こそがウルトラマリン最高に高価で美しい宝石だよ~と思う。アホ可愛い役だったなあ。可愛かった、けども、けども、けどなんかもったいない感じ。もうちょっと何かくせがあってもいいのでは。けどまああの役柄としてはああいうものか。うん。相変わらず綺麗な目を見られてよかった。

 しかしチューリップバブルみたいなの凄まじい。ああいう感じってリアルなのかなあ。まあ今でもいろいろ品を変えてあるもの、なのかなあ。縁遠過ぎてわからない。そういう歴史の感じもちょっと面白かった。

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『鋼鉄都市』(アイザック・アシモフ/早川書房)

*ネタバレ、結末まで触れています。


『鋼鉄都市』(アイザック・アシモフ/早川書房)


 これは今日読み終わり。
 刑事とロボット、ハンサムなアンドロイド?のバディもの、とかいう感じの煽りがツイッターに流れてきて、それにまんまとつられて読んでみた。「世界SF全集 14」という1978年の本で。この小説が出たのは1954年らしい。64年前か? すごい。
 アシモフ、有名だよねーと思うものの、私は多分読んできてない気がする。ロボット三原則なんかは勿論きいたことはある。

 1.ロボットは人間に危害を加えてはならない。
 2.ロボットは人間に与えられた命令に服従しなければならない。
 3.ロボットは第一条、第二条に反するおそれのない限り自己を守らなければならない。

 ざっくりとこういうやつですね。この小説の中でもこの原則を守っているのかどうか、ロボット、っつてもほぼ人間と見分けがつかないほどの、アンドロイド? ヒューマノイド? そういうタイプと人間との、付き合いってできるのかどうか、という所が突き詰められていく。
 まだこの頃ってアンドロイドって言わないのかな。ロボットだったな。R(アール)と呼んでる世界。
 地球から宇宙へ移民していって、宇宙でそれなりに繁栄して地球へまた戻ってきた人類を宇宙人と言ってる世界。地球にも人間型のロボットはいて、それに仕事奪われる、みたいな嫌悪とか不気味の谷的嫌悪とかあるような世界。宇宙人のテクノロジーの方が進んでる感じで、人間と見分けがつかないタイプのロボット、R・ダニール・オリヴァーが宇宙人を代表して、地球人のベイリとコンビになって、宇宙人の博士が殺された事件の捜査をすることになる。

 ミステリかな?って思ったけれども、それよりはSF色の方が強いか。ロボットのダニールをベイリが(イライジャとかライジとか呼ばれてて紛らわしい……イライジャ・ベイリがフルネーム。地の文ではベイリ。上司で友達の警視総監からはライジと呼ばれ、ロボットからは丁寧にパートナー、イライジャと呼ばれてる)嫌悪したり犯人扱いしたり、でも段々対等に思うようになっていく。その途中で、地球の事とか宇宙人の世界の事ととか、行き詰まりそうな地球のドームの世界からもう一度宇宙へ飛び出さねばならないみたいな、社会問題とか哲学とか語られていく話。
 
 一緒に食事を出来るのか、とか。家につれていくと妻が怯えるとか、息子がいるのに近づけたくないとか。ベイリはちょっと頑固でちょっと頑なで、でもちゃんと柔軟性のある思考が出来る優秀な刑事。ダニールは人間と見た目はほとんど同じ。けど人間と実際に接するのは不慣れで、生真面目な感じがちょっと面白い。見た目はハンサムらしいので妄想は楽しい。
 事件の捜査はなんとなくな感じだったかなあ。まあでも推理はいろいろしてて、その感じも結構面白かった。

 パソコンって感じの世界ではなくて、電子計算機的な感じ。んでも64年も昔なわけで、まーそうですよねと思う。高速路で移動とか、ちょっと不思議なレトロフューチャーな感じ。んでも宇宙へ移民ってテクノロジーな世界でもある。しかし宇宙と地球と分断されてて、地球は人口爆発中で都市はドームの中で、自然とか隔絶してて、イースト菌が大事でなんか、食糧難をいろいろ合成食品でなんとか賄ってる感じとか、あ~こういう感じ~ディストピアみたいな? 世界観が面白くて、こういうのがSFのベースなんだなあと思う。
 で、これ、2020年くらいの時代設定みたいなんだよねえ。ベイリの妻との出会いが2002年で、それから結婚18年目、ってことなので。今じゃーん。そうかそうだよなあ。2000年代ってすごく未来って感じだったものなあ。でももう違うんだよなあ。

 結局、宇宙へもう一度新天地を求めていくべきだ、という方向へ社会を向けようって感じで、そのためにベイリは観察されていたとか。殺人事件そのものは、計画的なものではなく、警視総監がつい、はずみで、って感じ。懐古趣味が悪、悪というか、引き籠りになってくのはダメってことですね。過去を懐かしんでも駄目だ、という未来志向。
 
 続編があるようなので、読んでみるか。ベイリとダニールが仲良くなってよかったね、という続きかなあ。どうなってるんだろう。楽しみ。

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舞台 「贋作 桜の森の満開の下」 NODA MAP 第22回公演

9月に見たもののこと全然書いてなかった。遅ればせながら順次メモっとく。

*ネタバレ、結末まで触れています。


舞台 「贋作 桜の森の満開の下」 NODA MAP 第22回公演

9/12(水)に見に行った。東京芸術劇場。

耳男 妻夫木聡
夜長姫 深津絵里
オオアマ 天海祐希
マナコ 古田新太
ヒダの王 野田秀樹

最初の東京公演終りの日だった。どうりで平日の昼間なのに当日券にもすごく人が並んでいると思った。豪華キャストだし、名作という評判、は、なんか聞いたことがあると思いつつ、見たことはない。坂口安吾の本はあまり沢山読んでなくて、「桜の森の満開の下」は大好き、「夜長姫と耳男」は知らなかったので、舞台見終わってから読みました。知らなかったもので、夜長姫と早寝姫って、岩長姫と木花咲耶姫ってことか? なんて思いながら見てました。無知ですまん……。いやでもほら古事記だとかその辺の感じ混ぜてる舞台みたいだから。

 つまり「桜の森の満開の下」のイメージ以外には何も知らずに見に行きました。
 相変わらず言葉の応酬が凄い。遊びも。動きも。舞台の縦横無尽さも。大きな桜の木。うつくしい花の世界。消えそうな記憶。巧みの技。鬼の世界。
 国を作るお話。

 なんか全然、きちんとした説明も感想も書けないなあ。見てからかなり時間たってしまったし。かといって見てすぐには全然何にも何を見てきたのか書く気にもなれず、落ち着いたら書こう、と思って、時間たちすぎちゃった。

 当然キャストみんな、みーんなすっごく凄くて、舞台からエネルギー浴びて終わった時には滂沱の涙。本当に、ナマの舞台を見るって凄い。キャストの、別世界のエネルギーを浴びる感覚は他にない。生身の迫力を感じられるしあわせ。

 可愛い女の子~って感じで始まる、早寝姫の門脇麦と夜長姫の深津絵里。きゃっきゃした女の子~の感じが舞台が進むにつれて物凄い迫力に。途中で儚く死んでしまう早寝姫の無垢さがむしろこわいし。無邪気なままに、でも同時に邪悪さを滴らせて人が死ぬのを楽しむ夜長姫の異様さ、うつくしさ。最高だった……。
 オオアマ天海祐希は、男役、とはいえ、あんまりそれがどうこうってわけじゃないんだけれども、二幕目になって王となる迫力も見栄えも最高すぎて、かっこよくってかっこよくってかっこよくてかっこよくって~~~~たまんねえ。さすがすぎた。素晴らしい……。
 当然舞台での古田新太のセクシーさったらもう痺れるしかないし、野田秀樹もまだまだ全然軽やかで凄い。みんなどういうことなんだ……。

 巨大な桜の樹が、大仏になって、そしてまた桜になって。舞台セットとしてはその巨大な一つで、あとは紐、ゴム紐? でどんどん空間が生まれて開いていくの、すごく面白かった。どういうアイデアなんだ。凄い。
 圧倒され、うつくしくて。だめだ私はああいう生身の迫力になんか言葉を書くことができないんだなあ。見にいけてよかった。ただただ溺れてきました。

 で、カーテンコールもいっぱいあった。いっぱいあるな、と思って、帰ってみたら、あ、今日が一旦最終日だったのか、と納得。ほんとにほんとに、見に行けてよかった。

「シネマ歌舞伎最新作、『野田版 桜の森の満開の下 』を2019年4月5日(金)に全国公開することが決定致しました!」てなニュースもあった。中村勘九郎さんが耳男の。2017年の上演作らしい。これもぜひ見に行きたいな。


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映画 「スターリンの葬送狂騒曲」

9月に見たもののこと全然書いてなかった。遅ればせながら順次メモっとく。

*ネタバレ、結末まで触れています。


映画 「スターリンの葬送狂騒曲」

9/26(水)に見に行きました。

 1953年、ソ連。スターリンが急死した。その後継をめぐって、俺だ俺だ俺が俺が、と、男たちが張りあうドタバタブラックコメディ。製作国イギリスですね。英国様さすが……。

 ソ連の歴史については遙か昔に世界史で少しくらいは習った気がする……うーん。って程度ですが、まあ、ドタバタしてる中ではフルシチョフが最終的に勝つんでしょ、と、思いつつ見て、あ、マレンコフ? とか、まあ、まあ、それは、まあ、ね。
 ベリヤになんとなく感情移入しちゃって、ベリヤがんばれ~って思うんだけれども、処刑……。そ、そうか~。

 基本的には、ブラックコメディ、コメディなんだけども、まあまあそこそこ実話入ってるんだよねえ。粛清の嵐……いや~マジかーいや~~~あああ~うーん~、こ、怖い。
 全然楽しく笑うことはできなくて、ま~ブラックコメディって、こういうこと?? とかわかんないな。ほんとわかんないな。

 けど、すっごい上手くて面白かったのは確か。面白い。面白かったんだけど、なんか、これ、どういっていいのかわからない。どんな気持ちで見れば?? って思ってしまう。別にどんな気持ちも何も、うーん、映画は映画だから、あ~ブラックコメディだな~って笑えばいいのかなあ。まあそうだよね。すっとぼけで可笑しい可愛いシーンもいっぱいあって、おっさんたちが奔走してるの面白いし可愛かった。英語なんだけどそれぞれの喋ってる感じもすごい面白かった。ドタバタだけど画面は重厚で完璧な絵画みたいな図もたくさんあって、さすがの見応え。上手いんだよねえ。

 社会って変わるんだよねえ。ソ連ではなく今はロシア。教科書に載ってる歴史がリアルタイムで変化してる、っていうのを、ベルリンの壁の崩壊とかで目の当たりに(テレビとかでだけど)したので、なんかこう、ゆらがないはずの社会が権力がぐらぐらする感じが、とても、面白い。変化って、良い方にも悪い方にもゆらぐわけで、本当は毎日がこわい。メンドクサイし怖いから目をそらしているけどね。なるべくちゃんと、目をあけておこうと思う。こういう映画もに行って、なんだかどういうことよ、って思ったりするのもよかったな。面白かった。


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映画 「プーと大人になった僕」

9月に見たもののこと全然書いてなかった。遅ればせながら順次メモっとく。

*ネタバレ、結末まで触れています。


映画 「プーと大人になった僕」


9/19(水)に見に行きました。字幕。

 クリストファー・ロビンは森の仲間に別れを告げた。寄宿学校へ行くからもう森へ遊びにくることは出来ない。プーとずっと忘れないと約束をして、森から離れる。
 寄宿学校へ行き、父を亡くし、母を支えて大人にならなくては、と頑張るクリストファー・ロビン。愛する人と出会い、戦争へ行き、生き延びた。子どももいるし、会社勤めに励む。立派な大人として。責任ある大人として。だが、家族のために仕事をしているはずなのに、業績不振の会社の経費削減に悩み、家族と過ごす時間を持てないほどになってしまう。家族との関係がうまくいかなくなり、会社では勝手な上司に責任押し付けられて悩まされる。へとへとになっているクリストファーの所へ、プーがやってきた。森の仲間を探して欲しいと。

 てことで、大人になったクリストファー・ロビンを演じているのはユアン・マクレガー。楽しみにしてた~!
 私は、でも、原作読んでないしディズニーのアニメも見てないので、プーさんは黄色いクマで蜂蜜が好き、程度のことしか知らない。思い入れもゼロ。ぬいぐるみなキャラクターたちがほんとにふわふわした感じで、そのままに動いていて、めちゃめちゃ可愛い。
 でもこれ、「大人になった僕」のお話なんだよねえ。ファミリー映画ではあるけれども、一番響くのは仕事に疲れてる「大人」の方だろうなあと思う。

 プーは無邪気なまま。少年の頃のクリストファーがとっても美少年ですっごいよかった。そしてそんなクリストファーに、おバカさんって可愛がられてたのね、プー。そのままに、大人になったクリストファーのことを、同じ目をしてる、って一目会った時から間違いなく見つめるの。森の仲間がいない、って困って、森を探して、もうずっと森へこないクリストファーの家? 家じゃないか? なんか、扉くぐってきちゃうと、ロンドンに繋がってた。
 クリストファーとしては今、仕事タイヘンだし家族問題も抱えてるし、っていっぱいいっぱいなんだけれども。もうプーのことなんて忘れてたし知らない、って、でもそんなことは決して言わないんだな~クリストファー・ロビン。
 プーの無邪気さが厄介でしかないのに、世話しちゃうんだな~。蜂蜜ベタベタにされて、ああ~っても~、私ならやめてくれってなるところ、ああ~~ってなりつつもプーを大事にしちゃうんだなああ~~。めっちゃ可愛い。そんなにも二人は特別な友達だったのか!と、もえころげました。。。可愛い。こんなに可愛いとは。クリストファーもプーのことめっちゃ大事にして取り返したりして。そっかそっか英国男子は大人もテディベア持ってて出張にも連れてくとかなんだっけ、と、納得。

 結局100エーカーの森へ送り届けて、なんかそこで久しぶりに心から笑ったりして、仲間たちも見つかって、謎のお化けめいた音とも戦って、あ~クリストファー・ロビンてみんなのヒーローだったんだなあと、感動。
 そして、森で寝過ごしちゃって、慌ててロンドンへ帰ったクリストファーの大事な書類をプーたちが届けに行くことになる。娘ちゃんと一緒に。
 で、家族が大事とかに気づいて、仕事の問題も解決策見出して、クリストファーはまともな休暇を過ごす。プーと赤い風船と、100エーカーの森で。

 もちろんファンタジーで優しい童話。でも忙しいとか大人として頑張ろうって心すり減らしてるのは、ほんとに大事なことをないがしろにしてしまう。人生それでいいの? っていう問いかけは、リアルなんだよなあ。立派な大人として生産性大事っていうのは、まあ、勿論大事だけれども、それは風船より大事? って問われて、あ、って思っちゃうかどうか。
 自分が何を大事にしたいのか、を、自分に誤魔化さずにいたいよなあ。
 端的に言えばよくあるファンタジーだしよくある人生訓みたいになりそうな所、プーさんたちのキャラクターがやっぱほんととってもいいし、ユアンくん~のクリストファー・ロビンがやっぱりとってもとってもよくって、大好きだった。見に行ってよかった!

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映画「ザ・プレデター」

9月に見たもののこと全然書いてなかった。遅ればせながら順次メモっとく。

*ネタバレ、結末まで触れています。


映画「ザ・プレデター」


9/16(日)に見に行きました。

 クインは作戦遂行中に宇宙船、宇宙人が墜落してきたのに遭遇。宇宙人の装備を証拠に、と持ち帰り、アメリカの自分の私書箱に送った。だが、私書箱の料金未納のせいで荷物は自宅に届いてしまう。クインの息子、ローリーは発達障害がありいじめられていたが、一種天才的な頭脳の持ち主でもあった。宇宙からのその機械を起動させてしまう。
 軍に戻ったクインは狂人扱い。尋問の後、いずれも狂人扱いのはみ出し者軍人たちと施設へ送られるトラックに乗せられる。
 軍はしかし密かにプレデターの襲来に備えていた。かつて2度、地球に来たことのある彼ら。科学者であるケイシーは、プレデターを調べる研究所に呼ばれる。瀕死かと思われていたプレデターは、目覚めた。逃げたプレデターが暴れ、クインたち、ケイシーはなりゆきで合流、ともに戦い始める。

 シュワちゃんがジャングルで戦ってたやつ、顔が醜い、透明になる。くらいが私のプレデターに関する知識。で、あれは怖かったな、という印象と、でもその後エイリアンと戦ったりしててわりとトンデモ枠な感じになってるのかな~というくらいの感じで見に行った。単純に面白いのではないかという期待。

 クインたち、はみ出し者軍人たちが、最初はみんななんかトンデモない感じだったのが、だんだん仲間になる、チームになるって感じがすごく、すっごく面白かった!みんないいキャラだった~!
 プレデターとの戦いで、絶望的なんだけれども、クインたちがかなりふざけたチャラっぽさで、でもみんな、実は凄腕軍人たちなんだよな~。それぞれ過去にトラウマがあり、そのせいで心が壊れかけてしまっている。なのに、なんか軽い感じに仕上げてて、この、意外にも切なさ苦しさ辛さと、プレデターとドンドンバリバリ戦うぜ~って勢いの軽さが、凄く絶妙だった。戦場からなんとか生き延びて帰ってきて、でも戦場ではない日常ではまともではなくて生きづらくて、でもまたそこに敵、プレデターがいて、戦いで。

 クインが、夫としてはダメだけれども父としてはローリーくんの憧れの父でかっこよくて。妻も夫としては嫌いだけど優秀な軍人としては信頼してて、とか、すごくこういう感じ、今時な感じ、って気がする。ケイシー博士も、学者だよね? けど自分で銃持って戦える女だよー。彼女を助け、仲間になっていく軍人チームたちの、へらっとしつつもジェントルマンな感じとか。彼女も全く負けてないし。まともに人間関係が出来ていくんだなあ。

 プレデターの方は、究極のプレデターとかいう、でっかい新種が、地球、人間が絶滅危惧種だから、人間の中でも優秀なやつを採取っていうか、自分たちの進化に役立てようって狩りにくる感じなんだね。最初に落ちてきたプレデターは、それを警告にきてくれたのかな??? あんまりちゃんとはわかんなかったけど。まあ、悪い奴はでっかいプレデターの方みたい。猟犬みたいな、プレデタードッグ連れてきてて、そいつが結構愛嬌ある感じだったりして、犬はやっぱいいよね可愛いよね。

 で、まあ、なんだかんだで、やっぱプレデターの方が凶悪に強いわけで。仲間はだんだんやられていく。死に様がまたなんかそれぞれにちゃんとドラマチックで、かっこよかった。
 そして、クインが、ローリーを守ろうと自分から出ていくけれども、実はローリーこそがプレデターが狙う優秀な人類、ってことで、攫われてしまう。

 人間側も、これまでのプレデターの襲撃から、次に備えて言語を解析してたりしてた、の、かな。クインが最初宇宙人が落ちてきたとか言ってたのは狂人扱いしてたのに、秘密裡に研究進んでるんだなあというのが、プレデターのリブートとかじゃなくて、正統な続編、ってことなんですね。シュワちゃんの時と、その次、っていうのが正統な流れ? 2番目を見てないのか、ちらっとくらい見たことあるのか、私の記憶が定かではないけれども。今回この映画を見たので、最初から通して見てみたい気になる。

 怪物との戦いという一方で、かなりがっつり人間ドラマ、チームドラマだった。見に行ってよかったよ。ツッコミどころたっぷりだし、都合よくぽいぽいいったりだけれども、すごく面白かった。満足。

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映画「MEG ザ・モンスター」

9月に見たもののこと全然書いてなかった。遅ればせながら順次メモっとく。

*ネタバレ、結末まで触れています。


映画「MEG ザ・モンスター」


 9/15(土)に見に行った。
 サメ映画の荒唐無稽さに目覚めたのは午後のロードショー、通称午後ローを見るようになったおかげです。とはいえ、サメ映画だ~見るぞ~!とちゃんと映画館へロードショーを見に行くのはあまり覚えがない。
 何はともあれジェイソン・ステイサムと巨大ザメ、というインパクトに期待大で見に行きました。

 原子力潜水艦の事故。救助に向かったジョナスたちは、だが限界状況の中、何か得体のしれないものに襲われる気配を感じ、仲間を置き去り、見殺しにするしかなかった。
それから数年後。深海の、さらに底に、別世界があるはず、という研究をすすめていた、海上の研究所が中国沖にある。そこから、ついに実際の深海へ探査に向かう潜水艇。だが、事故で潜水艇の操縦がきかなくなり、救助が必要になった。そんな深い場所へ救助に行けるのはジョナスしかいない。潜水艇にはジョナスの元妻も乗っている。渋るジョナスを連れてきて、なんとか救助はできたものの、深海の底から、巨大なサメ、メガロドン、メグと呼ぶそれを、誘い出すことになってしまった。

 そんなこんなで、ジョナス、ステイサムが中国の研究所員、のお嬢様? でもバリバリ強気で優秀なスーインたち仲間と、今度こそみんな助けようと、巨大なサメと戦うお話。かな。
 なんかお嬢様絡みになるとひどくレトロな感じになったり、まあそもそもあんまり理屈とかはあってないような、というか、原作があるのかな? そこではもうちょっとちゃんと理屈があるのかもしれないけど、なんかまあともかく巨大ザメがきたぞー、いるぞー、がんばれステイサム! って感じ。楽しかった。
 巨大ザメ相手でも負ける気がしないステイサム。さすが。

 そういえばステイサムってハンサム俳優って感じなんだっけか~、と、今更ながら思ったり。いやもちろんかっこいいけど、なんか、こう、モテとかそういう方面というよりアクション!肉弾戦!ってイメージだったので、ああ~そっかモテ役、と、なんとなく新鮮な気がしました。サメ映画は豪快に見よう。見に行ってよかった~。

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映画「アントマン&ワスプ」

9月に見たもののこと全然書いてなかった。遅ればせながら順次メモっとく。

*追記、この映画についてはもう前に書いてた~~。すっかり忘れてた……。けどまあ、せっかくなのでこれはこのまま置いておく……。どうなってんの自分の記憶力……。

*ネタバレ、結末まで触れています。


映画「アントマン&ワスプ」


9月1日に見ました。

 「アントマン」を見てないのに、インフィニティ・ウォーの関係でやっぱ見ないとと思って。これを見た後に「アントマン」はhuluで見ました。元泥棒だったのね。んで、いろいろピム博士に見込まれてアントマンになるスーツを着ることになったスコット・ラング。可愛い娘のためまっとうになろうとしてるのに、タイヘンだった。

 で、「アントマン&ワスプ」は、間に「シビル・ウォー」があっての、後。自宅謹慎二年の刑だったのね。あと数日で、その二年が終わる。せっかく大人しく、文字通り家から一歩も出ないように暮らしているスコット。

 ピム博士は、だが、かつて量子の世界に消えてしまった妻を、取り戻す研究を進めていた。ってことでなんだかんだとスコットも協力することになり。ホープもスーツ着て戦うことになってて、二人はパートナーに。って感じ。
 いきなり続編を見たなーとは思ったものの、シビル・ウォーは見てるのでアベンジャーズシリーズでの時系列はなんとなく把握。出来上がってるキャラクタの関係がいまいちわかんないなあとは思いつつ、それぞれのキャラはちゃんと面白く、いいなあって好きになれて、細かいことは気にしないぜ~と、十分面白かった。

 量子世界の妻がスコットの体を借りて博士に語りかけるシーンとか、スコットがめちゃめちゃ可愛くてよかった!「アントマン」が公開になった頃、アントマンは癒し、とか言われてた感じがわかった~。スコット・ラング、すごいいいキャラ。愛されマン。これは好きになる。

 でっかくなったりちっちゃくなったりの技術をいかしての戦い方とか移動の変化とかも面白かった。アイデアだなあ。
 敵、というか、むしろ被害者なゴースト、不安定な量子のゆらぎで、常に全身引き裂かれるような痛みを抱えてるらしい、エイヴァは、まあ、敵キャラだけど、可哀想で。一応ママが帰って来たことで救いになった。かな。
 で、まあなんだかんだありながら、無事に妻を、母を取り戻すことができました。めでたしめでたし。

 なんだけれども、エンディングが。マーベルのおまけが。めでたしめでたしだったのに。最後、もう一度量子の世界にいって、なんだっけ、なんかエネルギーとってくるみたいにスコットが行くんだけど。彼を送り出した後、あの、サノスの、指パッチンのタイミングがきたのだ……。塵になっていく博士たち。アントマン、あれ、あの、あそこから、どうやって戻ってこれる????? どうなるのーっわあああああーっ。と。
 またしてもインフィニティ・ウォーショックに襲われた……。
 蟻、働き蟻とか? でっかくなってた蟻が残ってたから蟻さんに助けてもらうのかなあ……。量子世界は時間が意味ないみたいな感じみたいだから、その辺なんか、次へのキーポイントになるのかなあ。あの世界、なんかサイケで、ドクターストレンジがドゥーマムーと対決してたサイケワールドと似てる気がしたけど、どうかなあ。関係ないか。うーん。いやでも、うーん。やっぱストレンジ先生のタイムストーンっつーか、やっぱ、時間がキーになるのか。どうなのか。うう~ん~わからないけど。

 てことで、やっぱ見にいっておいてよかった。ついでに「アントマン」もちゃんと見たからよかった。はー。インフィニティ・ウォーの、続き、早く;;

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