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『ドクター・スリープ』 (スティーヴン・キング/文藝春秋)

*ネタバレ、結末まで触れています。


『ドクター・スリープ』 (スティーヴン・キング/文藝春秋)


 ダン・トランスは“かがやき”を持つ少年だった。閉ざされた冬のホテルでの恐ろしい出来事から30年。大人になったダニーは放浪していた。だが小さな町でようやく落ち着く。自身のアルコール中毒に向き合い、ホスピスで眠りにつく人の助けをしていた。
 アブラ・ストーンもまた“かがやき”を持つ少女だった。しかもとびっきり強い力を。ダンと実際に出会う前、アブラが赤ん坊の頃から、ダンとの心の接触はあった。
 <真結族(トゥルーノット)>は“かがやき”を持つ人間の「命気(スチーム」」生命力のようなもの?を吸ってはるばるとした長寿を得ている者たち。そのリーダーであるローズは、衰えゆく<真結族>のためにも強い「命気」を持つアブラを知り、狙う。ダンはアブラのよき教師となり守ることができるのか。


 ユアン・マクレガー主演で映画化になるらしい、というのを知って、え、『シャイニング』の続編か、というのを知って、読んでみた。2015年刊ですね。
 『シャイニング』多分映画を見たことが、ある、多分。で、本を読んだ。読んだな、かなり昔に、と思う。キングも一時すごくハマって読んでいたけれども、だいぶ遠ざかっていて、物凄く久しぶりに読んでみた。キングの世界観は実は繋がっていてとか、なんかそういうのはうっすら聞いたことはあるけど、あんまりもう、そういうのおっかけたりは私は出来ない。最近映画で「IT」や「ダーク・タワー」見たけど、ん~、まあ、もう私はあんまりそこを求めないというか。
 で。ともあれ、久しぶりに読んでみた。

 あんまり、ホラーではないですね。そもそもホラーではないんだっけ、シャイニング。。。わからない。。。最初の頃の、ダンがまだ子どもで、あのホテルのお化けが追ってくる、って感じはホラーっぽい感じだけれども、それを金庫に封じる、という方法を教わってなんとか対処。生き延びていく。
 でもアルコールでボロボロになり、“かがやき”もかつてほどはなくなり。それはいいことかもしれないけど。普通にまっとうに、生きるということが難しい中年となったダンが、まだ幼い少女を守って、<真結族>と戦い、滅ぼす、という。冒険活劇?
 
 二段組上下巻でたっぷりなんだけれども、さすが面白くて読み易くて、なんかいろいろ荒唐無稽な超能力な感じと、現実感と、うまいよなあと思う。
 まだ子どものアブラを守ろうとするまともな大人、の話でよかった。アブラは誰よりも強い力を持っているけれども、12歳くらいなので、あぶなっかしい。親とか助けになってくれる同僚なんかが普通に良い人で助け合って、という感じの中での超能力戦っていう、すごいバランス。
 <真結族>はでも全滅したわけじゃなくて、ローズから離れてひっそり逃げた面々もいるわけで、こう、世界の展開の余地も残している感じはさすがベテランなのかなあ。書きたくなったら書くのかな。そもそも『シャイニング』からはるばる時間がたって、続編書いたのも凄いことで。

 あ、ル・カレもだったな。
 作家生命を長く長く続けているという、凄味、強み、かなあ。

 面白く読んだ、けれども、まあ、そりゃ最後にはローズに勝つだろう、勝ってくれなきゃ困る、という安心の結末で。アブラも成長し。ダンも心の重荷をなんとかおろし、断酒の積み重ねは続く。めでたしめでたしな所かな。
 気が向けばまたアブラの物語も書けるだろうし、世界は広がっていく。

 私個人の好みでいうと、まー、面白かったけど、面白さ、そこそこ。正直あまりアブラやローズたちに興味持てず。ダンがぼろぼろだったところからなんとか立ち直り、働き、というのを一番面白く読んだ。それにしても、実はアブラの母ルーシーと腹違いの兄妹ですよとか、実際アブラのおじさんなんだよとか、それ、そういう設定はいるのか?? “かがやき”は必ずしも遺伝ではないってことだと思うんだけど。殊更強い力の二人だから、実は、ってことにしたのかなあ。でもなー。それはどうかと私は思った。
ダンを脳内キャスティング、ユアンくんで読めてすごくよかったけど。映画で見るの楽しみだなあ。どんな映画になるのかなあ。多分、映画では派手めになるのではないかな~。映画にほんとになって、日本で公開、公開になるよねきっと。その頃には多分いい塩梅に忘れてるかなあ。楽しみです。

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映画 「君の名前で僕を呼んで」 (4回目)

*映画、本のネタバレ、結末まで触れています。


映画 「君の名前で僕を呼んで」


 昨日、4回目見にいってきた。近くにきたので、また。一応、これで最後にする。早くブルーレイ出てほしい。見たい。何回でも見たい。

 で、もうどうでもいい心のままの好きを書いておく。見ればみるほどエリオとオリヴァーの世界にただただうっとりしてハマる、溺れるなんだよ。何回見ても満足感最高だし、そしてまたすぐに見たいとも思う。ことに、夏真っ盛りになりつつある青い空のこの頃になってきて、いっそう。
 昨日は映画の後、暑い~と思いながらも歩いて歩いて、伊勢佐木町モールから関内へ、馬車道いってちょっと一休みして桜木町から帰ってきた。暑かったよ、バカ。で、その勢いで本屋に寄ったので、こう、積んである英語のペーパーバックもつい、買ってしまった。1398円+税、ってお手頃価格。ま~そんなもんか~。洋書ってなんかもっと高いイメージだったけど、ほぼ買ったことないから意識してみたことなかった。絶対読めない読まない、と、思うのに、なんか。眺めようかな、って思ってしまった。ぱらっと見たら、一度翻訳読んでるから、なんとなく、わかるところもなくはない、感じ。時々眺めよう……。

 見ればみるほど、どんどんオリヴァーにはまってしまう。本も読んだことだし、エリオ視点を強く思うから、オリヴァーに恋してしまうのは仕方ない。アミハマちゃんだし~~。
 
 オリヴァーの方が、苦しさはある、と、思うんだ。エリオは、真っ直ぐに恋して愛して、別れて、という、苦しさ切なさたまんないんだけれども、あの環境、まさに理想郷なあの家庭で、パパもママも、友達も、エリオを愛してる。エリオは恋の傷は受けたものの、生きることには傷つかないと思うんだ。
 オリヴァーは、エリオよりは大人で、ずるい大人であると思う。実はなんだかんだ二年続いている彼女が本国にはいるんだ、とか、結婚するんだ、とか、そういうの、何もないふり、ふりというか、そういう本国でのこと、自分のことは何も言わないで、あの夏のバカンスにいた。キアラとひと夏あそんじゃう、みたいなこともやっただろうなと思う。
 エリオと恋におちてしまわなければ。ちょっとしたお楽しみのひと夏の旅行、って感じのつもりでイタリアにきたのだろう。もちろん教授のアシスタントをして。自分の論文、本、のアドバイス受けて、ちゃんと勉強も重ねて。
 オリヴァーはとてもインテリジェンス。スマート。賢い以上の人だよ、と、パパもエリオも言ってる。本当に、頭良くて、自分を律して、羽目を外す分にもこのくらい、という風に、生きてきたのだろうなあと思う。父に知られたら矯正施設行きだ、と最後にちょっといってたように、親の期待とか世間の期待とか、相手や世の中にちゃんと自分を合わせることが出来るし、その中で適度に自分も楽しんできたのだろうなあと、思う。それでちゃんとうまくやってきた。きっと、このまま人生うまく乗り切っていける。
 ただ、エリオと恋におちてしまった……。

 本によると、あの夏の後、オリヴァーはちゃんと人生うまくやっていって、はた目にはたぶん何一つ不満のない素晴らしい人生を築いていってるみたい。ちょっとした愚痴や喧嘩や悩みはあるだろうけれどもそれはもちろん、誰にでもあるような、こと。
 あのイタリアの夏の思い出、も、それって人生の宝、みたいな、切なくも甘い思い出ってことで自分の心の中だけに大切に秘めていることとして、人生うまくいってる、って感じかなあ。ほんとずるい大人。

 でもそんな風に、ずるい大人として生きるしかない、というのも、たまらなく切ないことである。賢いから、自分の心のままに生きるなんてしない。
 だってエリオのようには恵まれてない。夢のように美しい景色、両親の中で育っていない。
 本当に本当に、オリヴァーにとってもあの夏はあまりにも特別でかけがえのないものだったんだと思う。うまくやっていかなきゃいけない本国から離れて、やってきたら思いがけない理想郷だった。エリオと出会った。互いに恋におちた。

 映画の中で何度か、オリヴァーは立ち止まり、振り返って、あたりのを見回す、というシーンがあるなあと、昨日は心に残った。この旅を、この夏を、この世界を、何一つ忘れない、という風に、オリヴァーは周りを見る。エリオは別にそんなことしないんだよねー。エリオはそこに暮らしてる男の子だし。見つめるのはオリヴァーのことばかりで、オリヴァーしか見てなくて。オリヴァーは初めて自分の心のままに踊ったり恋したりできたこの場所、この瞬間を、心に焼き付けているんだろう。
 終りがくることはわかっている。エリオも最初からわかってるとはいえ、オリヴァーのほうがもっとずっとわかってる。ずるい大人だものな~~~。

 後悔して欲しくない、苦しめたくないんだ、ってオリヴァーはエリオに言う。エリオは、うん、誰にも言わないしって答えて、そんなことじゃない、ってオリヴァーは返すんだけど。あれって、エリオは、なんでそんなこと言われるんだろう、あ、同性愛ってバレたくないんだよな、って感じなんだと思うけど、オリヴァーが言ってるのはこのかけがえのない恋を自分がどんなに大事に思ってるか、この恋そのものが奇跡のような幸せなんだっていうことをエリオにもわかって欲しい、んじゃないかな。だからエリオが望まないなら自分はすぐに身を引くし、という感じ。初めてセックスしたあと、オリヴァーのほうがめちゃめちゃ不安そうで、可愛くて可哀想。
 エリオも、やってしまったけどどうしよう、って混乱しちゃうのもわかるし。それでオリヴァーが本当によかったのか?って確かめたくなっちゃうのもわかる。やりたい、って勢いだけじゃなくて、心から望んでのことか、という。
 それを何度も確かめるようにゆっくり進めていくのもよかったし、欲望のままに!って勢いもよかったしーっ。ときめきすぎて見ててしにそうになる。何度も見てるわかってるのに、あの初めての夜、その、朝のメモの交換からの一日中、見てるこっちがドキドキしすぎてたまんねーわ~~。

 あの秘密の泉、泉かな? あそこへエリオがオリヴァーを僕の特別な場所に案内して、とかもう可愛くてたまんないし。草原で初めてのキス、からの、エリオの勢いと、それを受け止めながらダメ、って止めるオリヴァーの、余裕ありそうででも絶対内心無理―ってなってるだろーって自制が、ほんっと、すごい。
 オリヴァー、エリオよりはずっとずるい大人とはいえ24歳よ。若僧よ。ダメだよ、って、よく何回もとめられたなあ。えらいなあ。さすがスマート。
 でも~あんなにエリオがぐいぐい、ぐいぐいぐいぐい、あなたが好きだあなたに恋してるキスしたいキスして、今すぐやりたい、って、言葉はなくても目で、態度で、ぐいぐいぐいぐい、あんなに美青年にせまられて、耐えられるわけないよねーっ。

 君の名前で僕を呼んで という、オリヴァーの願いはエリオの願いにもなって。オリヴァーにとってエリオって、かくありたい子ども時代、青年時代、って感じだったのかなあと思う。うまく賢く、自分を律しながら振舞ってうまく生きてきた自分だけど、エリオのように心のままに愛されてただ愛されて育ってきたかった、という、感じかなあ。エリオにとっても最初癪に障るって思ったけどそれって最初から気になる存在あまりにも完璧に見える眩しいオリヴァー、って感じ、かなあ。最初は、多分オリヴァーにそう言われて、単に二人の秘密って感じのうれしさだったと思うけど。
 でも二人ともにとって、あまりにもかけがえのない恋だった。それは、その後の長い時間を経てもなお、あまりにも特別な。完璧な、夏だった。

 本のラストもね、この「君の名前で僕を呼んで」で締めくくられていて、本当に素晴らしいの。この、二人にとって、互いが互いでなくてはならないという、心からの恋。

 夢で、理想の世界だった。完璧な夏の恋だった。早くブルーレイとか出てくれ。見たい。まだ永遠に何回でも見たい。エリオとオリヴァーの永遠が、映画の光と影に閉じ込められている。映画って最高ですね;;

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『寒い国から帰ってきたスパイ』(ジョン・ル・カレ/ハヤカワ文庫)

*ネタバレ、結末まで触れています。


『寒い国から帰ってきたスパイ』(ジョン・ル・カレ/ハヤカワ文庫)


 先日、『スパイたちの遺産』を読んで、寒い国かよーって思って再読してみました。気になるもん、やっぱり。
 「訳者あとがき」によると、1963年末にロンドン、1964年にアメリカで出版、たちまち世界規模でベストセラーのトップに躍り出た、ようです。この文庫翻訳は1978年だ。
 で、ちょうど昨日、「ジャコメッティ 最後の肖像」のブルーレイ見てたら、ディエゴが読んでる本としてタイトル出てたんだよね。そうだよ映画見に行った時にも、あっ、って思ってた。1964年の頃らしいので、まさにベストセラーになってる本ってことなんだな。
 本出した三作目のこの作品で作家一本になったらしいル・カレ。本人にとっても大事な作品だったのだね。そして、この、これ、に、ある決着をつける、『スパイたちの遺産』を今書いたのか、と、感慨深い。最初世に出てから50年あまり? そんで続編というか、その後、が、新作で出るって、物凄いよなあ。


 この中にもちろんスマイリーは出てくるし、ピーター・ギラムの名前も何度が出てくる。『スパイたちの遺産』と突きあわせてって思うと、なんかちょっと違う感じかなと思うんだけど。リズにギラムさんがあらかじめ会ってたとは思えないけど。まあ、別に突きあわせて考えなくてもいいか。。。スマイリーやギラム、管理官のシーンは本当にごくわずかで、アレックス・リーマスの物語。
 リズもただ巻き込まれてしまった女。
 二重スパイを取り込むために極秘任務を追って東ドイツへ潜入、というはずが、実は二重スパイ、ムントと守るために、リーマス本人も騙した上での二重の複雑な計画が描かれていた、と。
 再読なんだけれども、ほんとうに、終盤まで何がおこなわれているのか、もやもやと疑いと不安の中にずーっと引きずり回されて、ほんっと、毎度、ル・カレの作品を読むって何が何だかわからない。そして、あ、あ、あ、……終盤になって事の真相、というか、終りが来た所で、一気に盛り上がりの頂点、で、その頂点で放り出される。登ってきた梯子がぽいっと外されて消えて、なんかもう重力も半減して、ゆっくり理解というか、結末が自分の中に沁み込んできながら落ちていく感じ。辛い……。

 アレックスを、スマイリーたちは迎えに来ていたし、脱出させる計画はあった。あと一歩でできるはずだった。けれど、リーマスはリズを見殺しにはできず、壁をこえずに戻ってしまう。組織の、国家の、捨て駒に使われたことを自覚して、それでもそういうものだと呑みこもうとしていたスパイ。でもリズにそんなのおかしい、そんなの悪い、と、責められた後に、死んだ彼女から離れられなかったスパイ。
 寒い国から、帰ってこられるはずだった。けれど、帰れなかった。帰らなかった。あの壁の上で、自国の方へ飛び降りれば、逃げられたはず。けれど、生きられないって思ったのかな。もう、生きられない、のか。スパイの心って。
 
 再読してよかった。めちゃくちゃよかった。ル・カレを追い続けてきてよかった。本当によかった。時を経るということをこんな風に噛みしめることができるなんて凄い。
 生きてるって凄い。


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映画 「ALONE アローン」

*ネタバレ、結末まで触れています。


映画 「ALONE アローン」


 昨日、20日(水)に見に行きました。アーミー・ハマー主演。
 砂漠で任務遂行中の兵士二人。しかしターゲットを狙撃することができず、任務失敗。徒歩で近くの村まで6時間。歩いているうちに、地雷原に入り込んでしまう。
 わずかに先を行っていた相棒は地雷を踏み抜き、両足を吹き飛ばされる。駆け寄ろうとしたマイクもまた、地雷を踏んだ。脚を動かせば爆発する。動けなくなったマイクは救援を要請するが、一番近くで任務中の部隊は戦闘中。救援が来るのは52時間後と告げられる。
 52時間。脚を動かすことなく耐え続けられるのか。


 と、これって予告見た時から出落ちな感じで、その特殊状況でのひとり、を、いかに見せるかってことなんだろうなあと思って。アーミー・ハマーにかなりはまっているので新宿まで見に行った。公開が少ないよ~。
 上映時間106分。90分くらいにもっとぎゅっとしてもよかったかも。
 
 予想してたのは、一人耐えて救援を待つ間にこれまでの半生を振り返って、悟りの境地みたいになって、救援が間に合うのかどうか、みたいなことなんだろうなあという映画。で、まあ大体そんな感じかな。
 動けないし眠れないし、朦朧として幻覚とか見ちゃって過去のトラウマとか? 父との確執、恋人とうまくやっていけるのか自信がないみたいな感じとか。

 ちょっと意外だったのは、最初にふっとばされる同僚くん。さっくり死ぬのかと思っていたら、足なくなって、でも生きてて、彼が無線機もってて、マイクが必死で、がんばれ!モルヒネだ!無線の電源入れろ!がんばれ! みたいになるシーン。ううう怖い。痛そうすぎる。辛い。
 任務失敗っていうのも、マイクは狙撃手なんだけれども、ターゲットをようやくやれる、という時に、結婚式にやってきたんだ、新郎新婦にあたりそうでダメだ、みたいな感じで失敗するんだよな。マイク、あんま凄腕っていうわけじゃなかった。いや凄腕なんだろうけど、プロの軍人、非情に任務遂行、っていうタイプではないのね。メンタルぐにゃぐにゃ。
 救援を求めるのも、なんとかしてくれよ、って頼るばかり。
 でもそういう、別に超人じゃないそれなりに訓練積んでるけど普通の男、であるところの彼が、生きのびることができるのか、という。

 まー結局は、ボロボロと朦朧としながら一歩踏み出したら、地雷と思ってたのは地雷の代わりに空き缶埋めてたの、っていう。幻覚とかいろいろに何度も、動け、って励まされてたのって、さっさと動けばよかったのでは、という感じかなあ。でも半生振り返って生まれ変わるって感じとしては、死に直面した時間が必要、という感じでもあり。生まれ変わった自分として、ラスト、恋人に跪いて、あの地雷踏んでた時と同じポーズね、そうして、きっとプロポーズですねという結末に至る、と。

 死んだはずの同僚に励まされたり。現地の村人のおっさんが通りかかってくれたり。おっさんは、一応リアルな人間、だよな。その娘が水をくれたのは、幻覚か。
 夜になると狼みたいなのに襲われたり。砂漠みたいな所だけど狼とかいるのかなあ? 襲ってくる獣、というのも幻覚かなと思ったけど、怪我したり朝になったらやっつけた獣の死体があったりした、あったよな? なんか、そんなこんなの、幻覚なんだかこの映画の中のリアリティラインなんだか、曖昧な感じが不思議で。面白いようなつまらないような。どうなの、と、迷いながら見た。

 とにかくアーミー・ハマーが! ぼろぼろになっていくのを見つめることが出来る映画。かっこいい~。可愛い~~。アーミー・ハマーを坊主頭にしてくれてありがとう。可愛い。ベイビー。で、そんななのに帽子かぶらなくていいの?って心配しちゃったわ。まあ帽子どころじゃなくなるんですけど。
 手足が長くて素晴らしいスタイルなので、片膝ついてじっとしてる姿も素晴らしく見栄えがいい。顔のアップがどんなにドアップになっても耐える顔のよさ。ボロボロになって唇かっさかさになって、痛ましい。すごいげっそりやつれていってたけど、リアルにキツイ時間過ごしたんだろうかねえ。画像いじってるってこと? なんにせよほんとボロボロになっていくのたまんないわ~好き。
 兵士なのに、どんどん無防備になっていって、なんか水だかなんだかよくわからないもの飲まされるのも無抵抗だったりして、ハラハラしちゃう。可愛い。べいべー。
 フラッシュバックではきれいなアミハマちゃんも見られるし。
 見に行けてよかった。

 で、これを見て、砂漠辛い、ってかさかさに疲れた後、続けて「君の名前で僕を呼んで」を見ました。勝手にアミハマちゃん二本立て~。北イタリアで潤った。何度見ても、見ればみるほど、素晴らしい;; 
 そして今日は「ジャコメッティ 最後の肖像」のブルーレイ買ったのでまた見た。これもほんっと、芸術とロマン、で、さらっと軽やかで素晴らしい。個人的アミハマづくしで幸せです。

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『スパイたちの遺産』(ジョン・ル/早川書房)

*ネタバレ、結末まで触れています。


『スパイたちの遺産』(ジョン・ル・カレ/早川書房)


 今はフランスで引退生活をしているピーター・ギラム。ある日、呼び出しを受けた。かつての職場、英国の秘密情報部からの手紙。

 てことで、今になって、新刊(出たのは去年だけど。2017年11月刊)しかもギラムさんが主役!? って買ってドキドキしてて、ゆっくりじっくり読もう、と置いてたのをようやく読みました。
 老人になってるギラムさんか~。補聴器をつけてたりするよ。老人なのかあ。スマイリーは? と読み進める。スマイリーがほんっと最後の最後まで出てこないの。じらされる。死んでるのかと思ったけど生きてたわ。

 過去の作戦、<ウィンドフォール>で命を落としたスパイ、の、遺族が訴えるという。その作戦とはどういうものだったのか。何故失敗したのか。ギラムは弁護士たちに話を聞き出されるが、極めて限られたものしか知らない極秘作戦のことを、今もどの程度話すべきか、隠すべきか、悩んだ。

 基本的に「わたし」ギラムさんが語り手というか手記、ってスタイルだね。その過去の作戦の頃のギラムさんたちの回想と記録、弁護士たちの追求。次第に明らかになってくる<ウィンドフォール>。
 と、読み進めながら、あれ、これって『寒い国から帰ってきたスパイ』なんじゃないかな? と思う。読んだことはある。けど、名前とか詳細はもう覚えてないなあ。訳者あとがきを読むとやっぱり『寒い国から帰ってきたスパイ』のことなんだな。あー。
 
 すごく、はるばるした気持ちになる。
 私はル・カレ読んで日は浅くて、2012年か、映画の「裏切りのサーカス」を最初見て、あんまりよくわからなくて、でもすっごい好きではあって、それから本を順に一通り読んで、二回目見に行って、感激感動、そしてその後もいくつか作品読んで、という感じ。まだ全部読破しているわけではない。けれど、ギラムさんや特にスマイリーには、彼の半生に付き合ったような気分でいる。

 そして今、新刊が出るのか、と感慨深く、それがこういう、過去の作戦を別角度から描くという、こんな話になるのかと。コントロールやビル・ヘイドンたちもいた頃だよ。そして、ジム・ブリトーが今も、いるよ。学校の先生やってるよ。偏屈な先生を。ジム、生きてる。それだけで泣いちゃう。
そしてスマイリー。最後の最後に登場のスマイリー。生きてた。相変わらず穏やかで、紳士的で。ギラムとの再会を懐かしんで。そして静かに怒る。
 ギラムさんがあんなに極秘をどうするかって悩んでたのに、スマイリーはあっさり資料全部出すっていうんだよねえ。嗚呼。スマイリーかっこいい。

 この頃の翻訳は随分読みやすくわかり易くなってるなあと思うのだけれども、これも随分読みやすいなと思ったけれど、やっぱり、地味、地道で、終盤までは、なんだろうなんなんだろうとわからなくて、心がしーんとして。でもやっぱり読み終わるとじわっと目の奥に涙が熱い、という感じ。別に泣かせる感じではないのにね。でもやっぱ、うるっとくる。実際泣くまでには至らないほどの、じわじわと、沁みてくる感じ。好き。

 スマイリーは、ギラムさんは、ほんっとに作者に愛されてるキャラなんだなあ。スマイリーは作者の投影が大きいんだっけ。ル・カレの回想録『地下道の鳩』、買ってるけどこれも読みかけだ。読もう。ル・カレ伝も出るんじゃなかったっけ。どうしよう。それは、うーん、それはちょっと読むかどうかわからないけど。
 でもそれよりまずは『寒い国から帰ってきたスパイ』をもう一回読もう。
 ほんと、まんまと、ル・カレに惑わされる感じ。ほんと好き。読もう。

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『ずっとやりたかったことを、やりなさい。』(ジュリア・キャメロン/サンマーク出版)

『ずっとやりたかったことを、やりなさい。』(ジュリア・キャメロン/サンマーク出版)


 2001年初版。
 これは、自己啓発本、ということになるのかなあ。クリエイティブ、創造的なことをやりたいのにやれない、自分には無理、という人に向けての本。
とはいえ、クリエイティブというか、自己肯定とか人生を豊かに、というためにも読んでみてよかったなあと思った。

 ちょっと、その、用語というか霊的、スピリチュアル的要素を信じられる、という感じはちょっと、自分はあんまり、と思うけれども、シンクロニシティっていうか、なんか繋がりができて運が繋がって続きて、みたいなことがあったりすることあるよね、という感じはわかる。人生の波っていうか、運気みたいなの引き寄せる感じかなあ。
 かなり前に、「掃除力」みたいなのが流行った時に、なんか、鬱々としてた時期に掃除しようとかちょっとだけハマったことあったかなあ。それはまあ別に、本当に単純に、それまでよりはもうちょっとマメに掃除をした、ってことで、それはそれで、単純に部屋が綺麗になって気分がいい、みたいなことからよかったなあと思う。今はまた怠惰な生活で、掃除もほどほどですが。いかんね。掃除、もっとしようか。。。

 この本を読んでみようかなと思ったのは、去年の秋に引っ越しをして、その時、断捨離とかおうちの片付けとか、シンプルライフに憧れて、で、いろいろなブログを読んでみたりしまくったことがあって。シンプルライフとか、気持ちいい暮らしの感じの中に、モーニング・ページということがあったのに興味を持ったことがきっかけ。
 手帳術とかそういう流れかな。書くことで暮らしをきちんとしよう、ということをしようと思ったのかな。クリエイティブになりたいという欲望もあり。
 で、この本のことを知って、そのうち読んでみようと思ったのでした。

 著者は脚本書いたりとか映画製作等、そういう世界に身を置いた経験とか自分の人生とかから、創造的になるためのヒント、エクササイズを教える講座を持つようになり、それを本に書きました、ということらしい。
 なので、まあやっぱ生活に役立てるというよりは、何か自分でも創造してみたい、というためのエクササイズですね。誰にでも創造性はある。自分が自分で自分の可能性を阻んでいるだけなのですよ、という。

 基本的にはモーニング・ノートとアーティスト・デート。
 朝起きて、何かごちゃごちゃと仕事を始める前に、ノートを開いてただただ何でもいいから3ページ書きましょう、ということ。内容は本当にただどうでもいいことでもなんでもいい、って。何にも書くこと思いつかないよ~とだらだら書いてもいいらしい。ただ、書く。毎朝書き続けていると、自分の中が見えてくる、という感じ。読みかえしたり反省したりするのはずっと書き続けたあと、少なくとも二か月くらいは読み返さない。

 これ、私も始めてみてて、まーなんかもう毎日めんどくさいとかそういう、自分の言い訳みたいなことをだらだらと書いてる。まだ読み返さない時期だけど。ノート術というか、言霊的なことでポジティブな言葉しかあんまり書かない方がいいのでは、という気もしてたけど、まー愚痴吐きもしなくちゃねって感じでだらだら、ポジティブネガティブ関係なく、ぐにゃぐにゃと書いてみている。それでとことんダウナーになった翌日ふっとポジティブになったりもして。でもまたメンドクサイのやだーとか。そんなこんなの、ぐにゃぐにゃでも、なんか、いい。私はもともと書くの好きだし、ほんとに飽きるまでは多分続けると思う。

 アーティスト・デートというのは、自分の中のアーティストチャイルドとの時間、デート、だそうで。創造性の子どもが自分の中にいるのだ、その自分の中の声を解放するように、ちょっとした気晴らしのように、ゆっくり散歩をしたり好きな音楽にひたったり、という時間を持つこと。
 毎日、何かやらなきゃ、って追い立てられることからちょっとだけ一息つく、という感じかなあと思う。これは、まあ、私は無職だし、まあ、いろいろ雑事はあるけれども、好きな事する時間は持ってる、かなと、思う。ちょっと意識して、アーティスト・デートだぞ、って思うと、散歩する気分もよくなるかもね、と思って、そう思うようにした。

 本来は三カ月、毎週行う講座、エクササイズなので、一章ごとに、今週のチェックがある。けど、数日で読んで、紹介されてるエクササイズも、いやあ、それメンドクサイ~と思って多分今後もやらないかなあ。でもやってみたいと思ったことは、ちょこっとやってみようかなって思えた。
 ネット依存でツイッターばっかり見てるとか、テレビを意味なくだらだらつけっぱなしにしてるとか、ほんと私の生活超ダメダメじゃーん、って、自分でも思うんだよね。それ、もうちょっと、そういう自分に大事じゃないことをもう少しやめる。自分が好きなこと、やりたいことの方に、心をむける。

 どうせダメだから。どうせ私には才能がない。何かを始めるにはもう年寄りすぎる。そういう自分の中の言い訳、「どうせ」って、すっごく思うんだよねー。それ、その言葉よくない、って思って、思わないようにしようって思ってるのに、っていう、この、この、自分で自分を疎外する、自分のやりたいことに自分でブレーキをかける、それな、っていうことの指摘がされていて、ああ~そうですね~って思いました。本という形で読んでみてよかった。
 これで明日からポジティブに! やりたかったことが全部できる! 成功する! というわけではないんだけれども。
 エクササイズも全部やるのはめんどくさすぎる。。。と、ほんっと私って、と思うけれども、まあ、でも、やってみたいところもあって、この通りには出来ないけれども、自分が楽しくなるように考えてみるといいよな、と、思う。時間はかかる。「どうせ私なんかダメ。無理」って思わないようになりたいけどなかなか、ねー。時間かけていこう。


 序文 私自身の旅
 基本ツール モーニング・ページ アーティスト・デート
 第一週 安心感を取り戻す
 第二週 アイデンティティを取り戻す
 第三週 パワーの感覚を取り戻す
 第四週 本来の自分を取り戻す
 第五週 できるという感覚を取り戻す
 第六週 豊かさの感覚を取り戻す
 第七週 つながりの感覚を取り戻す
 第八週 芯の強さを取り戻す
 第九週 思いやりの心を取り戻す
 第十週 守られているという感覚を取り戻す
 第十一週 自立の感覚を取り戻す
 第十二週 信じる心を取り戻す

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映画 「ゆれる人魚」

*ネタバレ、結末まで触れています。


映画 「ゆれる人魚」


 近くにきてくれるの待ってました。昨日、6日に行ってきた。
 2015年、ポーランドの映画。日本公開は2月だったか。

 舞台は1980年代のポーランド。
 水辺で遊んでいたバンドマンたちが人魚の姉妹を見つけて、(人魚たちに見つけられて、かな)自分たちが出演しているナイトクラブへ連れてきたところから始まる。
 クラブのオーナーはシルバーとゴールデンという人魚少女姉妹を出演させてショーの目玉にする。たちまち人気者になる姉妹。
 人魚たちは人間を食べる。人間界にいるために、それを我慢していたゴールデンだったが、男を食い殺してしまう。
 バンドマンの青年のひとりと恋におちてしまうシルバー。でも彼は彼女を魚としか見てくれない。彼のために、下半身を切って人間の下半身とくっつける手術を受けるシルバー。でもセックスはうまくいかない。
 青年は別の女性と恋をして、結婚してしまう。
 結婚式の夜。朝までに、青年を食べなくては海の泡になって消えてしまう運命のシルバー。でも、彼女は彼を殺すことができなかった。
 泡と消えたシルバーを哀しみ青年をかみ殺すゴールデン。彼女は水の中へ帰っていった。


 と、そんなこんなで、基本的には人魚姫。大人のおとぎ話。ゴールデンとシルバーの二人の感じがなんだかとってもt.A.T.u.を連想させる~と思った。私がt.A.T.u.好きだったからかなあ。あの、ロシアの二人組少女歌手。いっときのあだ花だったなあ。でもすごく、よかったんだよ楽曲。
 それはともかく。
 少女期ならではの、美しさ残酷さ、ピュアでエロス。そんな耽美的映画かと思っていたけれど、なんか、すごく、歌う。ポップというかロックというか。ミュージカル??? と思うほどに、いっぱい歌ってた。耽美的だけれども、思ってたほどではなかったねえ。
 バンドマンたち、歌手、オーナーも、なんか、人魚であることは、びっくりはするけど別にそれはそれとしてあっさり受け入れて商売ネタにしたりしてて、人魚とは? と、思ってしまったり。

 魚な下半身切って、あれ、死体の女の子の下半身切ってってことかなあ。入れ替えくっつけ手術も、すごい、雑にざっくり上手くいくの。あの医者とか、何者よ。すごい。
 くっつけたものの、もう大丈夫かとセックスしたらまた下半身血塗れになっちゃうって青年はひいてしまうーとか。あれって処女の象徴? うーん。まあ、単純にグロテスク感かな。
 人魚、の、下半身魚部分の造形が、なんていうかこう、きれいな魚じゃなくて、ウナギ?ウツボ?ナマズ? なんかそう、ぬるっと円筒形な、なんか、ほんと、ぬるっとじめっとして魚臭くて気持ち悪いんだろうな~ってすごく伝わってくるの。グロテスクさが、おとぎ話じゃない~。綺麗で可愛い少女たち、の、下半身。ほんと奇妙なバランス。

 人を食べる、ということも、もっともったいぶるというか、もっと禁断のって感じかと勝手に思っていたけれども、わりとあっさりめに、あ、喰うね、って感じ。血塗れグロテスクさはあるけれども、そういうもの、という。
 いろいろと、んん~? 思ってたのと違うな~~? って不思議だったけれども、気になっていたし、こういう感触の映画なのか、と、見にいけたのはよかった。満足。

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現代短歌シンポジウム ニューウェーブ30年   「ニューウェーブは何を企てたか」 に行ってきた。

 6月2日(土)名古屋へ行ってきました。

 現代短歌シンポジウム ニューウェーブ30年 
 「ニューウェーブは何を企てたか」
https://wave20180602.wixsite.com/wave20180602

 というイベントへ。
 これは私の個人的主観的メモ、覚書日記で、私の勘違いや思い込みがきっとあって、間違いが多いかもしれない、ただの感想です。

 朝、新横浜から名古屋へ向かう。ランチに味噌煮込みうどんを食べて満足。迷子になる~と思いつつも一応迷子ってほどにはならずに会場到着。

 受付が13:10~ということだったけれども、到着したらもう開場されていた。160名?もっとかな? とにかく沢山の参加者がいるらしい。受付してもらって、なるべく前の方へ、っと端っこながらも席を確保。机がある所に座れてよかった。後ろ半分くらいは椅子のみのようで、すごい、大盛況ですね。企画、スタッフの皆さまさぞ大変だったでしょう。お疲れ様です。ありがとうございます。

 で。
 上記のサイトであらかじめ資料、参考資料をプリントしていきました。行きの新幹線でざっくり読んでにわか勉強。2001年の「未来」の特集?「場のニューウェーブ」という、荻原裕幸さんと加藤治郎さんのメール対談、面白かった。この時点での、現代短歌、80年代90年代振り返りですね。オンデマンド出版への夢と希望、「電脳短歌」だとかの言葉がすごい懐かしい感いっぱい。今これを読むと、ああ、まだインターネットの世界が自由で希望と可能性に満ちている感じだなあ、って感慨深い。オンデマンド出版も別に絶版なしの永遠なものではないし、「電脳」ってあっという間にレトロワードになったし、インターネットは小宇宙化の一途で広がりよりは今気の合う限られた人達同士のミニマムに閉じる方向になってる、と、思う。
 「レ・パピエ・シアン」2003年の大辻隆弘さんの「ニューウェーブ、やや回顧的に」という文章も面白かった。やっぱ大辻さんの言ってることはよくわかる。気がする。多分私には。(いやわかってないかもだけど)大辻さんは同時代で、近い所で「ニューウェーブ」を見てきた、けど当事者ってわけではないかなという感じかな。同時代わかってる感と一歩ひいた観察者感と両方あってわかりやすい、気がする。


 前には四人。加藤治郎、穂村弘、西田政史、荻原裕幸。
 追加資料、「ニューウェーブ関連年表」。荻原さん作。これはこの企画のためのざっくりしたものです、とのこと。1984年~現在まで。

 「ニューウェーブの30年」て、同人誌フォルテから数えるとちょうどそのくらいですね、みたいな感じで始まる。ふぉるて??何それ、という感じで、当事者が語る、自分は全然知らないその頃、という話を聞けたのは面白かったなあ。「ニューウェーブ」を語るイベントだと思ってたけど、始まりの加藤治郎sなんのお話から、ほんとにニューウェーブは存在したのか、という根本的疑問からだったので、えっ? という風に聞き入りました。

 でもそれは参考資料なんかでのにわか勉強でも感じたことで、なんかニューウェーブだとかいって、近代短歌的主体というものからのずれ、口語、記号多用の短歌、みたいなざっくりしたのが、主に加藤、荻原、穂村の一時の短歌の感じをさして言われたりしてるなあ、そういえば、みたいな感触なんですね。

 荻原さんが1991年に新聞のコラムのタイトルとして「現代短歌のニューウェーブ」としたのが、名称としての始まり、ということらしいです。が。それは特に意図的な我々の短歌革新運動を名付けるってものでもなくて、この頃の短歌はこんなのがありますよ、という紹介みたいなんですね。岩波の現代短歌辞典には「ニューウェーブ」の項目があるけれど、三省堂の現代短歌大事典にはその項目はない、と。1999年、2000年と、ほぼ同時期に出てるものでも違う、と。編集委員の考えの違いとからしい。辞典作るの大変そう~。編集委員でもめたよね、みたいな話もちらっと聞けて面白かった。

 登壇者それぞれの話、それからみんなで対談、という感じだけど、まあ、みなさん付き合い長い友人たちということなんですね、雑談風な感じで、このメンバーでこういう場ならではの空気が面白かったです。
 「ニューウェーブ」がもてはやされた、というか話題にされたのって、前衛短歌への二重写しの期待の評価、という話もなるほどと思った。みんな前衛短歌に憧れたんだよねえ、それで、その後の世代でもなんか面白いことないかなっていう期待感の俎上にのせられたのがニューウェーブの三人、という感じか。

 「ライトヴァ―ス」っていう言葉の方が当時強かったね、という話。口語で、都市部の感じとか、軽やかに、とかいう感じ、かな。俵万智さんがな~もう圧倒的にそこは強い感じ。「ライトヴァース」の方がその、80年代90年代の現代短歌としては包括的に示す言葉で、「ニューウェーブ」っていうのは、加藤、荻原、穂村、西田と、この3、4人のことなのです、という定義づけ。
 「ニューウェーブ」みたいに成功するには三つの条件があって、と加藤治郎さんが教授してました。
 ・人がはっきりしていること。人数があんまり多くても駄目で、3,4人がちょうどいい。
 ・作品に明確な共通性、文体があること。これは記号短歌、みたいなことかな。他と識別性があること。
 ・共通の場があること。出発点に「フォルテ」があり、S2プロジェクトやラエティティア(メーリングリスト)という場を作っていた。

 これはこれで、後から会場発言とか参加者的にも、ニューウェーブってそんな、3人だけ、4人だけのことかよ~という驚きがあがってた感じ。
 でもまあ、それはそういう風にしか語られてこなかった、という事実、事実かな、私はちゃんと知らないのだけれども、まあ、ニューウェーブを語る時にはその3、4人の名前で語られてきたのでしょうねっていうのはわかる。だから、女性歌人とか他の人は入らないのですか? という質問に、入らないですねという返しでおしまいになったのもわかる。

 東直子さんが観客(?)でいらしてて、会場質問で話してたの面白かった。
 今後の見直しとか、語りなおしで、いや東直子さんだってそうだろう、みたいになるのかもしれないし、わかんないけども、それは今後の話で、これまでは結局その目立って活動活躍してた三人がニューウェーブ、って感じなんだろう。今回の企画としてこの4人の活動中心に年表ざっくりと作ってみました、というのもわかる。そもそも「ニューウェーブ」なんてあるのか? という話になるんだなーというのも、なるほどと思った。
 ニューウェーブって、今回前に出てた3、4人が、短歌面白いよ、なんかもっと面白いのやろうよ、やってみようよって感じでいろいろ活動したことが、目立って人気出て、そんでまた彼らが何かときちんと記録したり発表したり、今回だってこうして企画して人集めて、ってやってきてる、そういうことなのかなあと思う。同調したりしなかったり、同時代のいろいろな人のそれぞれの活躍はあるのだろうけれども、まあ、表立って仲間って目立ってやってきた3人、みたいなことでまとめてなんとなく呼ばれる、他の人はなんか個々に、かなあ。

 それから主体の話とか。近代的主体、「私」とは違う感じになってる、けど。これはちょっと全然語りきれない感じだった。この対談とかは記録でまとめられて本?ムック? が書肆侃侃房から出るみたいだし、その時に全対談が読める、のかな。違うかな。まあいろいろまとめられてくでしょう。

 インターネットという場が始まって広まったの、が、ニューウェーブなのだろうなあという感じ。記号使ってみたとか、加藤さんがデジタル化で文字が動く、カット&ペーストとかおっしゃってたけど、そういう、手書きとは違う遊びみたいな変化で短歌つくってみたとかもあるのかなあと。荻原さんはワープロで、画面とか二行くらいしかなくて、かな、そう言ってたのもすごいわかるw。ワープロ、表示画面ちっさかったねーと、思う。別にモニター上で作ったわけではない、と。
 まあ、それでも、自宅ですぐに活字、プリントを出せるという感じは、原稿用紙に手書きとはちょっと違う、のではないかな、と、思う。コンピューターとかインターネットとかがきらきらしい未来と夢と希望、ロマンな感じなー。その過渡期の実感みたいな所もあるんじゃないか。

 あと、時代はバブルで、なんか浮かれてお金あって、みたいに言われるけれども、それがすごく嘘なんじゃないか、っていう違和感はすごくあって、という風なお話とか。
そーはいってもあんたらバブルじゃん、って思うけどね。もちろん、その、嘘っぽさを感じてというの、すごくそうなんだろうなあって思うけど。
 私はバブルが目の前で弾けて放り出された感の世代なので(ロスジェネとか? 今はひきこもり高齢化問題とかいわれる、40代後半さ)なんだかんだちょっと上の人々のいやバブルっていっても恩恵なんかなかったよ的言説には超ムカつく、ぼんやりと怨恨抱くよ、個人的にw

 あと、穂村さんがちょっと愚痴めいた感じで言った本音っぽいようなこととか。短歌は他ジャンルの人には知られてないとか、フィクション、ノンフィクションのこと、差異、異化とか圧倒的散文的社会には通じないしあっちにはどうでもいいんだよ、という苛立ちとか絶望めいたこととか。若い人が正しいと思ってるけど、苦しい、とか。
与謝野晶子がいればいいんじゃない、とか俵万智一人でいいんじゃない、とか。

 いろいろな質問に答えてたり、加藤治郎さんが岡井隆らぶなんだなーっ、岡井隆の存在感、と思ったり。
 この30年を振り返る、かなり誠実に簡単にまとめずに、なんか面白いことやりたいっていろいろやってたらなんとなくニューウェーブって言われてて、でもその実態とか特にはない、みたいな感触を語ってるなあ、と、眺められて面白かった。

 今後は、でも、男友達同士で内輪でやるよ~って時に、そこで女性を無視するのか? という視点がくるよね、と、思う。ほんとは理想は、性別がどうこうっていう話をしなくてよくなることなんだけれども、まだまだ、女性は、ということを指摘しないと悪意なく自然に無視されがち、ということがあるかなあ。それは自分自身でもあって、私個人的には女性がいることが苦手で、勿論これは完全に個人的問題。女性として声を出すことが苦手、というか。うーん。まあ、いろいろ、自分自身の内面の問題も考えたりでちょっとしんどい。


 パーティへ場所移動。そこもかなりの人数でほんと大賑わいでした。ポエトリーリーディングがあったり。四人へのプレゼントがあったり。私は飲んで食べて、多少はお喋りもできて、楽しい一日でした。このイベントの話を知った時、名古屋か~と思ってたけど、行けてよかった。皆様ありがとうございました。
 そして私はホテルへ戻り、部屋でもうちょっと飲んで、「おっさんずラブ」の最終回に一人盛り上がり、いやあ、よかった。
 翌日はもう観光とかの気力もなく、ホテルでだらけて、だらだらして後片付けを気にしなくていいって最高~とのんびりした~。コメダ行ってコーヒー。名古屋駅へ戻って自分お土産買って帰りました。新幹線あっという間だよ。いい週末でした。


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映画 「デッドプール2」

*ネタバレ、結末まで触れています。


映画 「デッドプール2」

1日(金)に見に行った。
ライアン・レイノルズが来日してのプロモしてくれたり、毎度ながら公式のツイッターアカウントも面白く、楽しみに待ってました^^

 さて、しょっぱなからクライマックスだった!
 適当な感じで悪い奴らやっつけたりしているデッドプール。しかしある時やっつけ損ねた奴が、ウェイドを襲いにきて、最愛の彼女、ヴァネッサがとばっちりで殺されてしまう。
 なんで!
 こんなヒドイことってある!?
 てな感じのオープニングが007風味で、えっ??? マジ??? 彼女こんないきなり死んじゃう??? つか007風味~きゃ~、ええええ??いやいやいや、こ、これ、どういうテンションで見ていいのかわからないっ。

 最初からカオスに放り込まれる。どうやら本当に彼女は死んじゃったみたい。二人でこれから子どもつくろう。きっといい人間になれる、っていってた矢先の事で、ウェイドの落ち込みは自殺試みるほど。でも不死身のスーパーパワーだから死なない。爆発でそーとーバラバラになってたっぽいけど、それでも死なないのかあ。どうなってるんだろう。
 まあ、そんなこんなで落ち込んでるんだけれども、Xメンな仲間にひっぱられたりで、ちょっと立ち直りかける。
 ミュータントな力を持つ少年が暴れる所を救いにいったり、な、所で、未来から腕が機械のゴツイ男がやってきて、少年を殺そうとする。ってこういう感じは「ターミネーター」ですかね。
 山ほどいろんな映画とかいろいろのネタがある、ありそう、だけど、私には到底全部はわかんない。わかるのはニヤっとするし、わかんないなりにも、なんか面白い。カメオ出演の豪華さとかもわかんないけど、まあ、なんか遊んでる感じはわかる。
 
 そんなこんなで、少年は何故狙われるのか。ウェイドはヴァネッサを失った傷心から、子どもを救わなくちゃって思ってがんばっちゃう。ヴァネッサに謎の壁越しに出会うあの感じは、「インターステラー」かな。
 本当に本当に、ウェイドは彼女が好きで、大事で、彼女と子どもつくろう~って言ってた言葉を頼りに、少年をなんとか救わなくちゃってなってて、健気なんだよなあ。
 しかし謎のマシンマンは強いから仲間集めよう~とか、まあ、何かとやっぱドタバタ。可笑しい。スーパーパワーのメンバーを集めてXフォース!ってあのポーズは「ブラックパンサー」だよねえ。そのパワーもなんか微妙~だったり、別にパワーはないただのおっさんとかも採用されてたり。あっという間にみんな雑に無駄死にしてたり。ビル・スカルスガルドがいるぞかっこいい~!って思ったら、ほんとダメ、さくっとゴミの中だった(泣)。可哀想可愛い。
 マシン男が少年を狙う理由は、今この時に人殺しを覚えてしまった彼が後々、なんの罪もない人、男の家族を殺したりするように暴走してしまうから。家族が大事。家族をつくろう。家族になろう、って、ほんと、これもファミリー映画だ。子どもには見せられないけどw

 相変わらず無駄にお喋り、無茶苦茶でひどかったりなんだけれども、俺ちゃんなりの筋は通すっていうか、俺ちゃんの善良さみたいな所がちゃんとあるので、無茶苦茶なりに感動するんだよなー。
 スーパーパワーが無効化される首輪みたいなのがあって、それはめて収容所送りになると、ウェイドは癌患者でしかない、という切なさ。自分でもヴァネッサがいない世界なら死んじゃってもいいって思ってる。そういう、純情さみたいなのもなあ。可愛い。

 なんかあの、巨大な悪い強いヤツ、みたいなキャラが私はわからなくって、でも原作から知ってる人には人気なのか。マシン男は敵じゃなくなり、なんとか少年を救いたい側になる。
ウェイドの願いはなんとか叶って、少年は自分を虐待していた施設の校長を殺しはしなかった。
 でもタクシードライバーのドーピンガーくんがさくっとひき殺してたw まあ、悪いヤツは報いを受けます、か。

 タイムマシンのおかげで死ななかったデップ―ちゃん。デップ―を助けて自分は未来へ帰れなくなったマシン男。ケーブル、ね。彼は、どうなの。今後仲間になるのかな? 原作は知らないもので。。。
 ネガソニックちゃん、ユキオちゃんのビアンカップル、公開前にやっぱ日本では話題だったけども出番はちょっぴりだったねえ。でもまあ可愛かった。ネガソニックちゃんは天才なんだっけ、タイムマシンを直してくれたし。
 そして、過去の過ちを正す! ってデップ―はもちろんヴァネッサが死んだ所へ戻って彼女を助けるよねえー。ついで、って感じでグリーンランタンに主演しようとしてるライアン・レイノルズを殺すw グリーンランタンを私は見たことないんだけど、こんなにもネタにされまくりで、むしろ今見たくてしょうがないわ~。どんだけひどいんだろう。。。
 そして! ヒュー・ジャックマンのウルヴァリンもちらっと登場! その昔のXメンの時のデップ―を見た記憶がないので、それも見直したいよな~。俺ちゃんにつられまくるわ。

 公開になるぞーっていう盛り上がりから、期待して、期待通りしっかり面白くて、すごい。
 楽しかった。感動もしちゃうし、アホらしくもある。ライアン・レイノルズがんばって、そして楽しんでるんだろうな~って思う。この、メタになる感じ、まさにデップ―なんだろうと思う。観客巻き込みまくり。これからも楽しませて欲しい!

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