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『君の名前で僕を呼んで』(アンドレ・アシマン/マグノリアブックス)

*ネタバレ、結末まで触れています。

『君の名前で僕を呼んで』(アンドレ・アシマン/マグノリアブックス)


今日は映画の「君の名前で僕を呼んで」二回目見てきました。本を読んで、また見てきたの。映画と本と両方の内容に触れて感想メモします。


小説の方は、回想スタイルなんだ、というのにまずびっくりした。
私には映画が完璧に大好きなので、原作本の翻訳が出ると知ったけれども、読まなくていいかと思っていた。けれど、本だと、映画のその先まであるらしい。
映画と小説は別物。というのは鉄板のセオリーだけれども、でも、あの二人のその先が描かれているものがあると、いうと、それはやっぱり、読みたい。
てことで、読みました。

 第一部 あとでなければ、いつ?
 第二部 モネの段丘
 第三部 サン・クレメンテ症候群
 第四部 ゴーストスポット

しかしこの文庫、主な登場人物があるけど目次がないのは何故。目次欲しい。

基本的には映画と同じ、というのは当たり前だけれども、オリヴァーがやってくる前から、彼をこの夏のゲストに迎える選考をする時から、エリオは彼が気になってた。彼がやってきたその時から、もう彼が気になっていた。彼と仲良くなりたい、でも彼はそっけない、彼が気になる、けど彼の視線が冷たい。ぐずぐずともだもだと、彼の一挙一動にかき乱されている感じは映画よりもっとずっとわかりやすく描かれていて、ああ~この、どうしようもなく些細なことに一喜一憂、自分自身の感情のアップダウン、好きも嫌いもくるくる変わる混乱って感じを、延々と読むのはもう~~~甘酸っぱいの極み!

 小説だと、オリヴァーはエリオんちのお隣さんだかの、ヴェミニという女の子と仲良くなる。小さい女の子。病気で長くは生きられないと、本人もみんなも知ってる女の子。切なかった。でもこの子は映画には入れられない、というのもわかる。映画はやっぱだいぶすっきりさせていて、焦点は二人に絞っていたんだなあと思う。
わりと最初から桃、というかアプリコットってオリヴァーのお尻ですね。きゃ。
 「あとで!」がぶっきらぼうで乱暴って感じなのか。朝食の卵を上手に上だけ割って食べられないってアメリカ人だからって感じなのか。そっかあ、ヨーロッパなスタイルの感じとアメリカ人って感じの違いみたいなことがあるのかあ。
 あとユダヤ人同士だ、っていう親近感の持ち方の感じが私にはよくわからないんだけれども、そういう民族的なこととか意識したりするのも、ヨーロッパ的っていう感じ、なのかな。迫害の歴史とかある、あった、のがリアル? 私がなにかと無知で、その辺の感覚とかよくわからない。
 でもそう、そういう、ハンサムでスマートで気さくなアメリカ人、映画スターみたい、ってたちまちみんなの人気者になる感じのオリヴァー。アーミー・ハマーでとても納得。一目見ただけで、ああ映画スターみたい、ってうっとりできるもんね。

 映画ならではの印象的な、エリオの父は美術研究者っぽいんだけど、小説だと文学者?哲学者なのかな。ビジュアル的に映画的に結構アレンジしてるんだなという違いも納得した。
 映画の中のほうがエリオの家庭、環境は夢のようだ。言葉だけだと映画を見たあとだと物足りない気がする。小説はエリオの回想だしずっとエリオ視点のモノローグみたいなものだから、エリオの行為、心情、揺れ動きくるくる変わる気分はすごくくっきりわかるけれども、その分私の解釈とは違うなあ、と、思ってしまう。まあ、先に映画見てめちゃめちゃ妄想したからな。

 エリオとオリヴァーがリバだな、って確信したのは嬉しかったっ。二人が関係を持ったあと、一度きりではなくて何度もやるんだな~やるよねそりゃねうんうん。
  「今朝はあらゆるものからオリヴァーを守りたかった」
  「平凡な幸せ。昨夜彼が僕を上にならせてくれたという、それだけの理由で」(p212)

 二人の関係は始まってしまえば情熱的。ローマへの二人の旅のシーンは、オリヴァーが本を出すための準備、で、書店でパーティとか、詩人の延々とした語りとか、その辺はあんまり私は、ピンとこないし、二人がもっといちゃいちゃしてるのを、読ませてくれよ~せっかくの二人きりの最後の旅なのでは~ともどかしかった。
 でも、そして、別れはやってくる。
 小説のほうがあっさりはしてたかなあ。別にママに迎えにきてとか頼んだりしてなかった。

 ハヌカの祭り、光の祭りってユダヤ教のお祭りなんだ。クリスマスの頃の。映画だと電話だけだったけれども、小説だとオリヴァーがきて、婚約の知らせは直接話していた。
 でももう、二人は抱き合わない。夏の情熱は消えてしまった。ほんと、ほんと、切ない。
 映画の感じだと、その後の再会って、また切なくハグして、という感じだと思っていたのに、まさかの、リアルに目を覚ました感じ。辛い。。。それから時間は流れ、エリオはアメリカの大学に進学するけどオリヴァーに会いにいったりはなく、他の出会いはあり、みたいに、まあ、さくさくと回想は進み、15年も過ぎて、20年も過ぎてから、やっと、オリヴァーがイタリアへ一泊戻ってくる。エリオの父が亡くなって、それを偲ぶ、という感じかな。その前に再会はしていたものの、オリヴァーはあの情熱はすっかり過去の事にしていて、また恋愛するでもなく。
 それでも、本当は忘れてなんかいない。エリオの部屋からこっそり持ち出していた絵葉書はずっと大切にされていて、エリオへのメッセージも一言記されているのだ。「心の中の心」。
わりと最初の頃、エリオがオリヴァーに初めて告白めいたことを話した時の雑談で出た言葉。大事なことを知らないんだ。君はわかってるくせに。君に知って欲しいんだ、と、二人の気持ちを見せ合う始まりの時の、言葉。

 小説の結びの一文も、完璧だった。別れの朝の予感。これしかないって思う。

  「そしてあの頃みたいに僕の顔をまっすぐに見て、視線をとらえ、そして、僕を君の名前で呼んで。」


 今日、本を読んでの、映画、二回目を見て、やっぱりとてつもなく切なく美しく、完璧な映画化だと思った。小説のほうがかなり即物的に思春期男子~って感じに何もかも全部って感じに言葉になっててすごかったけど。(スカトロ風味までもありか~ってびっくりした)
 映画は、映画だからこそ、うつくしいものだけでできていた。
 理想的な家族。理想的な夏。夢のような恋。恋する人とのキス。セックス。
 鼻血出ちゃった、って時にオリヴァーがエリオの足をマッサージして、思わずって感じで足の甲にキスするの、アドリブだったらしい。マジか。アミハマちゃん天才か。いやほんとかどうか知らないけど。
 初めての恋におちたとき、世界がこんな風だったらいいのに。という、理想を見せてくれる映画。本当になにもかもが美しい。
 
 エリオがオリヴァーに、こつん、て、頭、額をぶつけてく感じが好き。猫みたい。抱きしめる距離をつめるのにためらって、手も足も出せなくて頭ぶつける感じ。めちゃくちゃ可愛い。猫みたいに、という描写は小説にもあって、嗚呼~わかる。と、思う。
 マルツィアとの恋、というか、恋、友情とセックス、も、同時進行しちゃう感じもわかる、いや、わからないけども、エリオにとってはそうなんだ、って、わかる。
 やっぱり映画のほうが好きだなあ。大好きだ。とはいえ、小説も読んでみてとてもよかった。面白かったしこっちでもめちゃめちゃ胸きゅんだしこの小説がああいう風に映画になるのかあって面白かった。
 エリオ。オリヴァー。二人の名前がずっと、この先もずっとずっと、私の中に甘く切なく棲みつく。エリオ。オリヴァー。イタリアの夏。眩しくて優しくて切なくて、かけがえなく愛しい。大好きです。


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