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『ジャコメッティの肖像』(ジェイムズ・ロード/みすず書房)


『ジャコメッティの肖像』(ジェイムズ・ロード/みすず書房)


2003年8月刊。

先日映画の「ジャコメッティ 最後の肖像」の映画を見てすごく楽しんで、
このモデルのジェイムズ・ロードくんの本を読みたいと思って。翻訳ある
かなあと思ったけどやっぱりありました。

映画の中でも写真撮ってた、あれがきっと、あるはず!と期待して、ちゃんと
写真沢山入っててよかった。絵の変化を見られてすごく嬉しい。
まあ、ジェイムズ・ロード、カメラマンというわけではなく、たぶん映画の
中であったように、パチパチっとスナップ写真のように撮ったものでしょう、
ざっくりキャンバス撮ったもので、ほんとざっくり大まかな感じしか
わからないけど。まあ、素描ですし。仕方ない。それでも十分、とにかく
異様に顔、顔、顔に集中してる筆致が見えて、面白い。黒い塊の中に顔だちが
浮かび上がってきたり消されたりまた浮かんだり。
身体はほんどにざっくり輪郭だけなんだなあ。
顔。
顔かあ。

著者ご本人、モデルしてる姿の写真もあって、これほんと映画の中のアミハマ
ちゃんすごい、再現してるんだな~ってわかって感動です。身長までは
わからないし顔も違うけど、座ってポーズしてる感じが、まんまです。素敵。
恋愛関連のあれこれ的なのはこの本にはなくて、あれは映画の脚色なのか
なんか当時のエピソードみたいなのが後々わかってのことなのか、わからない
けども、まあ、それはそれで、ま、いっかと。


ジェイムズ・ロードは1922年、ニュージャージー州イングルウッドの生まれ。
美術評論家、エッセイストだそうです。第二次世界大戦中、兵士としてパリに
滞在、ピカソと親交を持ち、パリの芸術家たちとの交流をエッセイとかで
発表したみたい。翻訳もある、『ピカソと恋人ドラ』。いずれ、ピカソに
興味持ったら、読む、かなあ。んー。どうかな。

このモデルを務めた期間は1964年9月12日から10月1日までの18日間。
まあでもさっくり短い方なのではないのかなあ、ジャコメッティ的には。
最初は一日で終わるってことだったのにと思うと辛いね、と思う。
ジャコメッティのモデルをしながらの会話等が読めてすごく面白い。
ジャコメッティ、やっぱり何かと苦悩して、出来ない、描けない、って
言っては、でもこんなに上手くいったのは人生で初めてだ、とかも言い、
二人の仕事、をどこまでいけるかやってみよう、っていうのを目の当たりに
してしまうと、やっぱりつきあっちゃうものなんだろうなあ。
勿論ジャコメッティの芸術家っぷりをもともと好きで交流してたのだろうし。

以前読んだ矢内原伊作の話の方がすごく、すっごく、もえるんだけれども、
ジェイムズくんの距離感もいい。最初は単純に嬉しそう、のめりこんで
共犯関係のようになり、でももう帰国したい、終りがないものに終りを
もたらしたい、という、ちょっと、たぶん、逃げたい感じとか、面白く
読めた。
矢内原くんはもうどっぷりって感じがもっと強くあったよなあ。時期の
違いとかかな。
この1964年にはジャコメッティ63歳だって。この前の年、1963年に胃癌の
摘出手術を受けているそうだ。1995年の12月に心臓発作で倒れ、66年の1月、
急逝、とのこと。


いくつか、好きな所引用させてもらう。


 「金曜日にはパリに戻って来る。帰ったらすぐに、私は彼のためにポーズ
 すると約束していた。カンヴァスに簡単な肖像スケッチを描くだけ、という
 のが彼の考えだった。それはほんの一時間か二時間、かかったとしても
 午後いっぱいですむはずだった。
  土曜日は九月十二日だった。私は三時ごろアトリエに行った。彼が戻って
 いなかったとしても、驚くには当たらなかったろう。彼の計画はしばしば
 突然変更されるのだ。しかし、私は彼が電話のある部屋に座って床を見つ
 めているのを見つけた。ロンドンはどうでしたかと尋ねると、「万事問題
 ない」と答えた。それから私をしばらく不思議そうに見つめ、そして「少し
 ぼくたちの仕事をしようか」と言った。」 (p5)


 「彼は描き始める前にしばらく私を見ていた。それから、「きみは野獣の
 頭をもっている」と言った。
  私は驚いたが、楽しくなって、「ほんとうにそう思いますか?」と尋ねた。
  「もちろんさ!」と彼は大声で言った。「きみはほんものの殺し屋の
 ようにみえる。もしぼくが見えるとおりにきみを描くことができたら、
 そしてその絵を警官が見たら、きみはただちに逮捕されるだろう!」
  私は笑ったが、しかし彼は言った。「笑わないでくれ。ぼくはモデルを
 笑わせてはならないんだ。」」 (p9)


 「何時間も前に起きてからというもの、コーヒーを飲んだほかにはなにも
 食べていないので空腹だ、と彼は何度も言った。私はもう一度、おしまいに
 しましょう、と促したが彼は拒んだ。
  「ぼくたちはいまはやめられない。うまくいっているときにやめようと
 思った。しかし、いまはとても悪くなっている。遅すぎた。ぼくたちはいまは
 やめられない。」 (p11)


 「私たちが仕事を始めることができるようになったときにはもう四時半を
 すぎていた。描き始めると彼は言った。「気付いたのだが、きみは正面から
 見た顔が野獣に見えるだけでなく、横顔は少々変質者のようだ。」彼は
 にっこりと笑い、こう付け加えた。「正面の顔は牢屋に行かねばならないし、
 横顔は精神病院に行かねばならない。」
  私たち二人は笑った。彼は冗談を言えたが、同時に着手しているまったく
 楽しみのない仕事のあまりの大きさに意気阻喪しているようにも見えた。彼
 は半ば自分自身に、半ば私にたいし、この仕事がどれほど不可能であるかを
 つぶやき続けた。
  「ぼくは自分の時間を三十年も無駄にしてきた」と彼は言った。「鼻の
 付け根ですら、ぼくがなんとか描けると思える大きさをこえているんだ。」」
 (p27)


 「私は自分が中国人のことも日本人のこともまったくよく知らないという
 ことを認めたが、これに対して彼は数年間にわたって日本人の大学教授、
 矢内原伊作と極めて親しかった。この日本人はその間多くの油彩と彫刻の
 モデルをつとめた。私は彼が彼自身と矢内原とのあいだになんらかの相違
 を自覚しなかったかどうか疑問に思った。二人のあいだの本能的な態度や
 反応になんらかの基本的不一致を、異なる背景や国民性や人種により生じる
 かもしれない不一致を感じなかったか。
  「まったくなかった」と彼は言った。「彼はまさにぼくのようだった。
 それどころか、あまりにも長く一緒にいたので、僕は彼を基準とみなす
 ようになった。ぼくたちはいつも一緒だった。アトリエで、カフェで、
 ドームやクーポールで、ナイトクラブで。ぼくたちはあまりにも長く一緒に
 いたので、そためにある日ぼくは奇妙な経験をした。矢内原がぼくのために
 ポーズをしていると、突然アトリエにジュネが入ってきた。ジュネが非常に
 変に見えた。とても丸い、非常に赤い顔で、膨らんだ唇をしていた。しかし、
 ぼくはこのことについてなにも言わなかった。それからディエゴがアトリエ
 に入ってきた。ぼくは同じ感じがした。彼の顔も非常に赤く、そして丸く
 見え、彼の唇は非常に膨れて見えた。どうしてそう感じるのかぼくには理解
 できなかった。まもなく、突然、自分がディエゴとジュネとを、矢内原の
 目に映ったにちがいないような有様で見ていることに気付いた。ぼくは
 あまりにも長時間あまりにも熱心に矢内原の顔に集中していたので、彼の
 顔がぼくにとって基準になってしまったのだ。ほんの一瞬の間――非常に
 短いあいだしか続かない印象だったが――ぼくは白人を、白人でない人たち
 に見えているにちがいないような見方で見ることができた。」 (p46)

(視覚まで共有するかのように二人はひとつ、ってなっちゃってっ。ジャコ
メッティと伊作くん~。それを言わずにいて、ジェイムズくんに話すとか~。
たまんねえな)


 「ジャコメッティはモデルとのあいだに情緒的な関係を作り出す傾向があり、
 それはモデルに対するほとんどロマンチックな感情となる、とジャン・ジュネ
 は書いている。これはある程度はジュネの独特な主観の投影であるかも
 しれないが、しかしいくらかの真実も含んでいると私は思う。少なくとも
 私の場合、感情は相互的だった。そのような感情が存在することは驚くには
 あたらない。ジャコメッティはとりわけ激しく全身全霊をかけて仕事に
 うちこむ。」 (p47)


 「ジャコメッティのためにポーズするという経験はきわめて個人的なものだ。
 たとえば、彼は作品のことだけでなく、自分自身のことや彼の人間関係の
 ことについてもあまりにもいろいろ話すので、モデルのほうも当然同じ
 ように話さなければならなくなる。このような話は、ポーズすることと
 描くことという行為に固有な持ちつ持たれつのほとんど超自然的雰囲気の
 なかに、特別な親密さの感じを容易に作り出す。相互関係はときにほとんど
 耐えきれないものとなる。モデルと芸術家との一体化ということがあるのだ。」
 (p48)


 「私は路地に出て、ディエゴのアトリエのほうに戻った。「あまりうまく
 いってないです」と私は彼に語った。
  「明日はよくなるだろう」と彼は冷静に答えた。
  私たちはほかのことを話していた。突然、私はアルベルトの叫ぶ声を 
 聞いた。「ロード! ロード!」私は彼のアトリエに通じる路地のほうに
 戻った。「もう少し仕事をしよう」と彼は言った。「これをこんなふうに
 放置しておくことはできない。」
  「わかりました」と私は言って、腰を下ろした。「ですけど、すぐ暗く
 なりますよ」
  「きみはいらいらし始めているのか?」とかれは尋ねた。
  「いいえ」と私は言った。
  「きみはきっとぼくのことを憎んでいるにちがいない。」
  「そんなこと、ばかばかしい。どうして私が?」
  「こうしたすべてのことをきみに強いるからだ。」
  「ばかなことを言わないで下さい」と私は言った。
  こう言ったものの、絵を描くこととポーズすることという特別な行為と
 して表現されたかぎりでは、そのときの私たちの関係にはサドマゾ的な
 要素があった。進行中の私たちの共通の仕事を取り囲む苦悶の雰囲気の
 原因が二人のうちのどちらにあるのかということは、ときとして決定し
 がたく思われた。私は、モデルとして、偶然的な要素ではあるが、それ
 にもかかわらず、仕事を続けていくためには欠くことのできない要素では
 ある。その結果として、彼の意気阻喪の原因は私の見かけなのに、それを
 私の人格のせいであると取り違えることも、ときに容易に起こった。他方、
 たとえ彼が私なしに仕事ができないとしても、絵は彼なしには存在しえ
 ないだろう。彼は絵を絶対的に支配していた。これを――絵の本性、彼
 への私の賛嘆、完成した作品を所有したいという私の願望、そして私が
 ポーズをするためだけにパリにとどまっているという事実、これらを考慮
 に入れて――拡大解釈すれば、彼は私をも支配していたのだ。絵はどうか
 すると物理的にも想像上にも私たちのあいだに束縛でもあり障壁でもある
 ものとして存在するように感じられた。しかしながら、その成り行きが、
 曖昧とは言えないものの、不可避的に複雑なものとなる状況ではどんな
 行為が彼と私とのどちらの側で、どうしてサディスティックであり、
 そして/あるいは、マゾヒスティックであるかを正確に決定することは
 困難だったろう。」 (p83-84)


 「彼は疲れと寒気を訴えた。ロンドンに行く直前に風邪に罹っていたのだ。
 私は彼にしばらく横になって休むように言った。一時間後、彼のベッドに
 行った。彼は服を着たままベッドのなかにいて、『寒い国から帰ってきた
 スパイ』を読んでいた。」 (p92)

(ル・カレ! 映画でもいってたけどほんとだったのね。この時流行ってた
ってことかなあ。いいよねえ)


 「アトリエのなかの光はしだいに暮れていった。だか彼は仕事を続けた。
 私たちは二人きりでそこに永遠に取り残されてしまったように思えた。
 まるで絶滅した針葉樹の樹脂でできた琥珀のなかに閉じ込められた先史時代
 の昆虫のように。「ぼくはきみをつかまえた」と彼は言った。「きみは
 もうぼくから逃げられない」彼の言おうとする真意がどういうことなのか
 私は自問した。しかし、それはどうでもよいことだった。彼の真意がなん
 であれ、事実としてそれは真実だった。」 (p99)


 「「じゃあ私が関わることはなんらかの意味で積極的なものだったと感じて
 いいんですね。私は自分のことを、セザンヌ夫人のように、ただのリンゴ
 だとは感じていませんでした。
  「もちろん、そんなことはない。モデルはとても重要なんだ。矢内原と
 カロリーヌじゃきみがポーズするときしてきたのと同じように、ポーズする
 ことはこの仕事に積極的に関わることだと自覚していた。といっても、
 それは簡単なことではない。ぼくはそのことを承知している。だが、ジュネ
 は、ポーズすることは完全に受動的なことだ、と感じていたね。彼は自分
 が物に変えられていると感じて、それでポーズするのをやめたんだ。それは
 まさに文学的な態度だとぼくは思った。」」 (p105)


 「次の日はゴゴ二時半ごろに、私はタクシーでアトリエに行った。
 アルベルトはそこにいたが、絵はすでに、まだ乾いていないまま、輸送用
 に梱包され、胸像とともに運び去られていた。
  「あれは行ってしまったよ」と彼は言った。
  「私が行ってしまいました」と応えた。「出発します。とても妙な感じ
 がします。」
  「とても残念だ。ぼくたちはようやく一歩を踏み出したところなのに。
 これからずっと続けられたのに。」
  「わかっています」と私は言った。「私がこの数週間のあいだほかの
 とこよりも長い時間をすごしたこの場所にいること、そしてこれが最後
 だと承知していることは、とても妙なことです。」
  「きみは行ったきりじゃないんだろ」と彼は言った。「戻ってきたら、
 また始めよう。ぼくたちはもっと遠くまで進もう。」
  「そうですね」と私は言った。」 (p153)


 「私は彼に手紙を書いた。その返事に、彼はこう書いてきた。「ぼくは
 いまスタンパに来て一週間になる。ぼくはたくさん仕事をしている。
 たくさん寝てもいる。同じものを続けている。いつもあの頭たちだ! 
 いつの日にか、きっときみの頭をもう一度やりたいものだ。きみがぼくの
 ためにポーズしてくれてたとき、いつでもぼくはとても楽しかった。」
  私もだ。」  (p155)


あとがきの前↑これで終り。完結で素晴らしい。
すごく、画家とモデルという、特別な、物凄く特別な関係がある。
美しいなあ。
いっぱい書き写したけど、たくさんもっといい所ある。読んでよかったです。
  

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映画 「リメンバー・ミー」


*ネタバレしてます。


映画 「リメンバー・ミー」

24日(土曜日)に見てきました。字幕、IMAXで。

原題は「Coco」ね。おばあちゃんの名前なの。


ミゲルは音楽大好き。憧れの国民的スター、今は亡きデラクルスのビデオを
何度も何度も見て、ギターをこっそり練習している日々。ミゲルの一家は
かつて音楽家目指してふらっと家を出て行ってしまった先祖がいて、以来
音楽は禁止!な一族なのだ。
でもどうしても音楽が好きなミゲル。死者の日のイベントで、広場で音楽
コンテストがある、それに出てみたい、音楽をやりたい、と、家族と喧嘩
してこっそりデラクルスのギターを盗み出そうとしてしまう。
昔、家を出て行った音楽家になろうとしたおじいちゃんはきっとデラクルス
なんだ、僕はおじいちゃんに似たんだ、と信じて。
だが、そのギターをかき鳴らすと、ミゲルは、死者の国へ迷い込んで
しまった。夜明けまでに生者の世界へ戻らないと、ミゲルはほんとうに
消えてしまう。家族の許しを得るため、ミゲルはそこで出会ったヘクターと
一緒にデラクルスを探し始めた。


あ、始めにアナ雪の短編があって、クリスマスのお話。オラフが姉妹の
ために頑張るけどドジっこだから、みたいな。まあ、綺麗でした。
でも、あんまり、別に、そんなにアナ雪が好きでもないので、ぼんやりと
眺める。
正直「リメンバー・ミー」もすごく見たくて待ってたわけでもなくて、
なんとなく時間あるし今週も映画行こうか、って行ったのでした。
あんまり家族の話とか、そんな、好きなわけでもない。
だけど!
これ凄く良かった。結局泣いてしまった。素晴らしい。そう、家族が大事、
という本当に王道な話なんだけれども、驚き、面白さたっぷりで、思ってた
よりずっとずっとずっとよかった。面白かった!

人は、二度死ぬ、というのはよく聞く。肉体的な死と、その人のことを誰も
覚えていなくなったとき。誰の胸からも消えてしまう時。
そんな、死者の国での二度目の死の恐怖。死者の国から消えると、どう
なるのかはわからない。無、に、なるのかな。
それは、でも、それはそういうものだと私は思って、別に肉体的な死で
すべて終りっていうのでいいけどなーと思うのだけれども。
この映画で繰り返し語られる、家族のつながり、家族の思い出の中に生き
続けること、という願いは、私個人の想いとは違う。けれども、家族、と
いうのに限らず、自分を愛してくれる人、自分が愛している人、を、大切に
思い、ずっと忘れないと思うことは、素直に共感できる。

なんといってもさっすがアニメ!ピクサー!ディズニー!
メキシコについて私は何も知らないけれども、この色鮮やかさ、色使い、
デザイン、メキシコって感じなんだろうなーって思わせてくれる。
素晴らしく綺麗でポップで、骸骨たちもおしゃれで表情豊か!さすが!!

そしてメキシコの街にあふれる音楽。芸術。フリーダ・カーロとか~
まああんまり知らないけど、でも、あ~~メキシコ~こういう感じなのか
な~~ってすごく楽しめる親しめる世界を見せてくれるんだなあ。

ミゲルは先祖であると信じてるデラクルスに会いにいって音楽家になる
家族の許しが欲しい。ヘクターは生者の国へ帰るミゲルに写真持って帰って
もらって、一年に一度の死者の日にあっちへ渡れるようにしてほしい。
最初は互いの利益のための交渉だったけれども、一緒に音楽を奏で歌い
踊って仲良くなっていく様は見事~。

そしてミゲルの憧れ、メキシコの国民的大スター、デラクルスが、実は
ミゲルの先祖ではなく本当の先祖から音楽を盗み殺した悪人だったって、
そんなー!?とびっくり。しかし、死後にそんな、そんなことがわかるって。
でもそれわかって、どうなるんだろうと思ったら、ちゃんと後々に、
デラクルスが歌を盗んだ、というようなことは明らかになって、誤りは
正されたって感じになっててすごい。
こういう作りの誠実さ、上手さ。さすが~。

ほんとうはイメルダだって歌が大好き。ヘクター、ヘクトルっていってたと
おもうんだけど、ヘクトルが家族を捨てて出て行ってしまった、と思った
からこそ、愛が憎しみにーって極端にはしってしまったけれど、ミゲルが
やってきたドタバタで、真相がわかって、ミゲルは家族の許しを得ることが
できる。

ヘクトルのことを生きて覚えているのは、ひいおばあちゃんだけになって、
その記憶は薄れつつあって。ヘクトルが死者の国からも消えてしまう。
その前に、なんとか、間に合って、ミゲル、ミゲル、おばあちゃんの記憶を
呼び起こしてあげてっ。と、ラストのほうでは心の中でミゲルへの大声援
あげまくり。すっかり映画に引き込まれたねえ。

リメンバー・ミー。それは、ヘクトルが愛する娘、ココに歌いきかせて
いた、二人の大切な歌。ココ、それがミゲルのひいおばあちゃんなんだけど、
ミゲルが家に戻れた時、ココおばあちゃんになんとかヘクトルのことを
思い出させようとして、そして、リメンバー・ミーを歌う。
も~~っミゲル、そこで、ほら、早く歌って!!って、もう、そりゃもう
ラスト歌って思い出してってことになるんだろうなってわかってても、
ハラハラドキドキしたし、おばあちゃんが思い出して一緒に歌った時には
もう、もう、涙だーだーにならざるを得ない。
素晴らしかった。

おばあちゃん、ちょっともう認知症きちゃってるかな~みたいな、こう、
ほんとうにしわくちゃながっつりおばあちゃんな顔してたの。アニメで
こんなにもおばあちゃんな描写ってすごいかもと思った。そして、その
おばあちゃんの目に、歌によって表情がひかる、その、その瞬間。
本当に素晴らしかった。
リメンバー・ミー。ココのとパパの大事な大事な歌。大切な思い出。
リメンバー・ミー。パパは家族を捨てたんじゃない。うちに帰ろうと
していたんだよ。
忘れないで。愛しい娘。
原題の「Coco」ってね。ほんと、ほんとそうだね。納得です。

リメンバー・ミーが、アカデミーで主題歌賞とった時には、まだ映画公開に
なってなかったし、私としてはグレイテストショーマンのディスイズミー
なんじゃないの~って思ったんだけれど、リメンバー・ミー、凄い名曲。
ほんっと素晴らしい、映画を見て、映画の中で、もっと最高になる主題歌
だったよ。映画を見に行ってよかった。映画の中でこの曲が歌われていく
変化を見ることができてよかった。
愛しい。


ミゲルの相棒っていうか、懐いてる野良犬、ダンテ。非常に、こいつ~
バカわんこ!ってダメさが可愛いタイプで、魂の案内犬になっちゃってた
けれども、あれってどうなの。ダンテ、死者の国にいっちゃった?
しんじゃった?? ちょっとその辺よくわからない。ん~。
魂の案内のものが、ほんとカラフルでかっこよくていろいろで、ああいう
精霊みたいな感じってどの世界にもいるものなのかねえ。神話的な感じかな。

劇中、メキシコ~な音楽たっぷりですごく楽しかった。
ミュージカルというわけじゃないけど、音楽の力も漫喫。
何もかもが鮮やかでステキだった。見逃さなくてよかった~。


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映画 「トゥームレイダー ファースト・ミッション」


*ネタバレしてます。


映画 「トゥームレイダー ファースト・ミッション」

3月21日(水曜日)に見に行きました。IMAXで。

ファースト・ミッション、というとおり、今作ではララは豪邸に住むお嬢様
ではなく、街で自転車かっとばし、格闘技ジムの謝礼すら払ってないかつかつ
な暮らし中。元気な女の子ってとことから始まる。

大好きな父が失踪して7年。父の会社を引き継ぐサインをするよう会社を
預かっているアナ・ミラーに求められている。だが、サインしてしまえば
父の死を認めることになるのが嫌なララ。
だが、父が残したものを全て売り払ってしまうことになるよりは、と、
ついに考えを変えて弁護士に会う。父が残したパズル。そこから見つけ
出した屋敷の父の秘密の研究室。そこにあったビデオメッセージから、ララは
父が古代の日本の女王、卑弥呼の謎を追っていたことを知る。


てことで、卑弥呼かよー!?とびっくり。でもまあ、そこはあんまり日本の
歴史とか深く考えずに、なんか遠い異国の古代の女王の秘密~ってことで
楽しい。
インディ・ジョーンズだな~ハムナプトラだな~という、冒険活劇として
単純に楽しめる。前作とかゲームとか知らなくても問題ない。これが始まり。

とにかく!アリシア・ヴィキャンデル最高に可愛くてかっこいい!
元々好きな女優さんで、で、今度はがっつりアクションの娯楽大作って
どういう感じかなあと思ってた。
ほんっとに、すごい鍛えてる身体だし、でも印象としてはほっそりしてて、
しなやかな筋肉って感じで素晴らしい。自転車かっとばすのが似合う!
落っこちる~っていうピンチとかいっぱいあるわけで、フンッ!って気合
いれてジャンプしたりするかけ声が可愛い~。基本的にハスキーな声だけど
そういう時ちょっと高くて割れた声になるのね、可愛い。
諦めない。ジャングルで弓矢で戦っちゃったりするのもめっちゃかっこいい。
最初はちょっとタフな、でも普通に暮らしてる女の子、から、ぐーんと
冒険に立ち向かうの、すごいかっこいい。可愛い。アリシアちゃんの魅力に
改めて参りました。

謎の邪馬台国に上陸して、父との再会を果たすララ。しかしとーちゃん、
いろいろダメだろ~。も~~。再会して感動、だったけどちょっとコミカル
さもあって、すごいわ。

ララのドラマ部分な感じも、さすがはアリシア・ヴィキャンデルで、
襲われて殺されかけて反撃、初めて人を殺してしまった時のやりきれない
感じとか、父との関係とか、微妙な複雑さをふっと感じさせてくれるのが
上手い。

なんだかんだで謎を解いて卑弥呼を再び封じ込め、父を亡くしたけれど
いっそう逞しく生還して。実は巨大カンパニーである父の残したものの
中に、あの敵の組織もある? アナ・ミラーがなんか黒幕?? と、余韻を
残し、ちょっと情けなさそう、胡散臭そうな質屋兼武器屋の知り合いできて、
2丁拳銃構えて、って所で終り。
続編できるかなあ。またあれば見たい。楽しかった。


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『去年ルノアールで』(せきしろ/マガジンハウス)


『去年ルノアールで』(せきしろ/マガジンハウス)


2006年に出た本。
「無気力派文士せきしろの初エッセイ集」だって。
雑誌連載2000年~2004年のエッセイをまとめ、加筆修正一部書下ろし、
だそうです。
2000年て。それもなんか思えば昔だなあ。せきしろさんは1970年生まれの
ようなので、30代前半って感じか。私ほぼ同じ年だなあ。
書いてることの感じがわかる、って気がする。けど、ほんとは全然わからない。
東京暮らしなんて夢にも思ったことない頃だなー。

と、そんなこんな、読みながら自分のことのように思ったり。
いやあそんな毎日ルノアールに通うとかできないしたことないけど。
そしてルノアールって、喫茶店、うん、関東来てから何回か行ったことは
あるけど、こう、こんな、なんか、その、そういうたまり場みたいな感じ?
この当時はそうだった、この街ではそうだった、っていうことなのか?
西荻、なー。
いやわたしは中央線沿線に住んだことはないしわからない、けど、まあ
イメージはある。あーなんか私も関東きてそろそろ10年近いんだっけ。
うわ。
最初杉並区で、井の頭線沿線で。吉祥寺ぶらぶら遊びにいってってしてた。

と、なんかこう自分の事思い返してしまうな。

雑誌連載でこのエッセイあったら毎月楽しみに、脱力しながら読んだだろう。
面白い。
毎日ぶらぶら特に生産性のあることをするでもなく日課としてルノアールに
いって、しょうもなくちょっと奇妙な人や出来事があってしかし何でもない、
という感じ。
もちろん事実、の要素も多少はあるんだろうけれども、いやあ。
妄想? なにその妄想? なにその展開???
と、読んで、ふふっとして、あーなんだかなあって思って。

月日は流れ、って思うのは、2003年1月、「例えば“いいとも”が最終回
を迎えたとする」という始まりの文章とか。
「いいとも」ほんとに最終回がきたねえ。2014年だったらしいぞ。と、
今ぐぐってみたよ。もう、年月を覚えていないワタシ。。。
2004年10月、小室、KEIKOの名前が。小室さん、引退するってねえ。と、
あれは去年のことだっけ。みたいなことを思ったり。

ふわふわ読んで面白かった。

  
  

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『カキフライが無いなら来なかった』(せきしろ×又吉直樹/幻冬舎)


『カキフライが無いなら来なかった』(せきしろ×又吉直樹/幻冬舎)


せきしろさんの本を読んでみよう第二弾。(個人的に)

これ2009年刊行。これ、出た時、お笑いの又吉さんの本、って感じで
ものすごく面陳されまくってたのを見たけどその時は手にとらなかった。
何の本なんだかわからない。
自由律俳句、らしい。無季自由律俳句? かな? よくわからない。
俳句のことはもっとわからないし。

で、中を読んでも、なんの説明も解説もなくて、わからない……と思いつつ
どんどん読んだ。
これを俳句と名づけたいのは何故なんだろう。そのー、自由律したい人が、
俳句とか短歌とかの枠をつけて外れて、っていうのが私にはわからなくて、
そういう名前の枠なしで、一行詩、ってことにすればいいのでは??と思う。
けどまあ、何かしらの名前の枠があるほうが親しみやすい? いや、詩って
ことだけで良くない?? と、思う。ん~。

でも読むとこれ面白いなーってずずーっと読みました。
こういうのこそ、才能の世界なのか。
詩だなあという感じはする。
もちろん、いや? なんで? 全然わからない?? ってのもたくさん。
でも分量多いんだよな。この畳みかけてくる感じのじわーっと迫力あるの、
おされて、うう、面白い、と思ってしまう。うーん。
ページの右がせきしろさん。左が又吉さん。この、どっちがどっちなのか
よくわからない感じ。呼応してる、わけでもない、なんか、その配置とか
そういうのもよくわからない、ような。わかる、ような。
そして時々挟まれるエッセイ? 文章、も、面白くてとてもいい。
まあやっぱり私は散文が好き。文章がいいと好きになれる。

自由律俳句、なのか、どうか、わからないけど、好きだなと思ったのに
付箋つけたらすごくいっぱいつけまくりになってしまう。
好き、と思える瞬間と、それで付箋つけまくりになって、いやちょっと待て、
と思って見直すと別にそんなよくもない、と、外しちゃう感じと、
すごく揺れ動く。なんだろうなあ。詩ってそういうものかなあ。まあ、
なかなか簡単にはこれだってゆるぎないものに出会うことは、少ないから。

読んで読んで、うーん、ってなったり面白かったしハッとしたり。
なんかすごくじわ~~っとわかる~って思ったり。わからないけど好きとか。
読んでみてよかった。言葉、言葉なあ。言葉の力を思う。

いくつか、好きなもの。


  不法投棄されたゴミ達にも夕立  又吉直樹

  玩具で子供に撃たれる何度も  せきしろ

  どれも全巻ないあなたの家で  せきしろ

  あの猫は撥ねられるかもしれない  せきしろ

  花束でドーナツ店の席を確保している  せきしろ

  空車タクシーの連なりが獣みたい  又吉直樹

  耳鼻咽喉の看板が阿鼻叫喚に見えた夜  又吉直樹

  結婚式の写真を見なければいけない流れ  せきしろ

  スズメが何か小さいものを食べている  せきしろ

  手で触れられた所が熱いのだが  又吉直樹

  いると思って話していた  せきしろ

  あの娘も僕も市外局番は同じ  又吉直樹

  古本屋の店主が同い年  又吉直樹

  不機嫌なのが伝わってなくて驚いた  せきしろ

  誘われるまで帰るふりをする普通に普通に  又吉直樹

  潰れた店の中造花だけ生きている  せきしろ

  文房具売り場で試し書きされた蛍光のバカ  せきしろ

  部屋に蜂が入ってきたもうだめだ  せきしろ

  雪が静かにしてくれている  せきしろ (これはエッセイつきのやつ。病室にお見舞いに行って、見舞い相手は寝ていて。ものすごく好きだった)

  まだ何かに選ばれることを期待している  又吉直樹


又吉さんは芥川賞作家になったもんねえ。小説も、いつか読むかなあ。

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『ダイオウイカは知らないでしょう』(西加奈子/せきしろ/文春文庫)


『ダイオウイカは知らないでしょう』(西加奈子/せきしろ/文春文庫)


この前トークイベントへ行ったきっかけで、お名前だけは見たことある、
だったせきしろさんの本を何か読んでみようと、まずはこちら。短歌だし。
西加奈子さんもお名前だけは知ってるけど、初読み。

基本的に二人とゲスト、三人で短歌作ってみようそれを読んでみよう、
そして雑談のするする~っと読めてちょっと短歌に親しむ感じがして
楽しい本だった。

単行本は2010年刊行らしい。で、この文庫は2015年刊行。
ダイオウイカというタイトルが、そうそう深海のダイオウイカブーム
みたいなのとちょっとかぶったりなんとかの偶然もあったりだったなあ。
小説家、西加奈子さん、文筆家、せきしろさん、という肩書なのね。
西さんが、ダ・ヴィンチの企画で歌会に参加して、短歌にちょっと興味
持った、んで、これはananで編集者さんが連載企画やりましょうって
始まったものらしい。

せきしろさん、最初は俳句と短歌間違えてるとかいう所からのスタートで、
すごいな~。

初回はそのスジの人、穂村弘さんがゲスト。次は東直子さん。
まーそうですね。短歌でっていったらこの二人、それに俵万智さんだね。
他にもゲストいろいろな人で、お喋りしてるな~って感じが、ちょっと
ぎこちなさそうとかすごく楽しそうとか伝わってきて、面白かった。
歌人の人がきてるときはともかく、別に短歌の話してないじゃん!な時も。
でも歌つくってみてそれをもとにお喋りっていうの楽しいね。

歌は、最初は、いや、あの、まずは57577定型のくらいは、あの、その、
意識してほしい、と思ったけど、なんだろうねえ、さすが二人とも文学と
いうか、言葉の使い手っていうか。
西さんはドラマチック、一首の中に外に物語を広げる感じ。
せきしろさんはふざけているようなのにハッとする詩的さ、落差、を
ぽいっと書きなぐってるような感じで、うう~これは凄い、という感じが。
こわいわ。
才能。

一年半続いた企画でまとめで、まあ、私が何がわかるってものでもない
けれども。終りの、西さんせきしろさんが互いの短歌によせた文章、の
ところ、心底しみじみ面白かった。短歌とエッセイ。こういうのすごく
いいなあ。さすが上手い。楽しかった。


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映画 「ジャコメッティ 最後の肖像」

*ネタバレしています。


映画 「ジャコメッティ 最後の肖像」


ほんとは1月に公開になっていましたが、近くにくるのを待ってました。
監督のスタンリー・トゥッチって俳優さんで、これは監督初なのかな?
上映時間90分。結構淡淡としてて、凄く好き。とても好き。とてもよかった。

1964年。ジャコメッティに肖像画のモデルを頼まれたジェイムズ・ロード。
美術ライター。作家か? パリに滞在していて、帰国予定は3日後くらい。
モデルは半日で終わるから、と頼まれて快く引き受けたが。

終わらない。描きおわらない。ジェイムズを見つめ、描いて描いて、描けない
と苦悩するジャコメッティを無下にはできなくて、2,3日なら帰国を
伸ばしてもいい、と、飛行機の予定を変更。
だが、終わらない。
1週間なら。
そして、描き終わらない。描いて描いて、消して、描いて、完成はない。


ジャコメッティ~。
ジャコメッティ展を去年だっけ、見に行ったし、矢内原伊作の本にも
もえくるったので、映画が公開になると知った時にはすっごい嬉しくて、
しかもアーミー・ハマーがモデルのアメリカ人青年、ってことで、すごく
楽しみにしてました。
すっごくよかった! 大好き!

ジャコメッティのモデルを引き受けるってタイヘンだよねえって、そう、
犠牲者ね、って最初アトリエに行った時に妻に言われちゃうんだけど、
犠牲者だよねえ。美術ライターらしいのに知らなかったのかジェイムズよ。
描けない。もう少し。予定を変更してもらえると助かる。って、それ、
すっごい矢内原伊作も言われまくってたよね。
しかし伊作くんには「美しい」とか褒め言葉いっぱいだったみたいなのに、
ジェイムズくんには、凶悪犯の顔だなとか横顔は精神異常者、みたいな
こと言ってて、ジャコメッティーひどいじゃないの~~って思う。
アーミー・ハマーの顔だよ。アトリエにあるどの彫像よりも完成してる
彫像みたいな綺麗なかっこいい可愛いかわいいかわいい姿形を捕まえて、
ジャコメッティってば~~~。
まあ、本物のジェイムズ・ロードという人のことは知らないのだけども。
今度本を読んでみようと思う。

ともあれ、モデルとして振り回されちゃうジェイムズを演じるあみはまちゃん
素晴らしかった。とても上品、誠実だけどユーモアもある、あくまで
受け身な演技なんだね。美術ライターってよく知らないけどなんかそう
なのかも、って思える。素敵なハンサム、ほんのり高慢。すごいよかった。
ジャコメッティの描きおわらない肖像モデルに、最初は光栄ですって
いってたけど、もうヤダ無理、描いたの消さないでヤダもう無理、って
参ってくのがめちゃめちゃ可愛い。予定の変更続きでNYの恋人だろう相手
との電話で喧嘩になりそうだったり。飛行機キャンセル代もかさむって。
わかる。わかるぞ。
こういうの矢内原くんの本で読んだやつ。

そう、その、矢内原伊作もちょこっとだけ登場してた。遊びにきてた感じ? 
妻アネットの浮気相手っぽかった。ええええ~そうなのかなあ。
まあわかんないしどっちでもいいけど。伊作~っていってもジャコメッティ
がまったくそっけなくて、えええ~~~あれ~~???って思ったり。
ほんのちょこっとのシーンだったけど私の心では大騒ぎだった。

ジャコメッティも娼婦に入れあげてるしアネットにも浮気相手がいるぞって
感じってことかなあ。

自由奔放、芸術とかどうでもよさそうな娼婦カロリーヌにハラハラしたり
うんざりしたり。でも彼女が今ミューズなんだなあっていうのもすごく、
よかった。

ジャコメッティについて何を知ってるでもないけど、わかんないけど、
演じているジェフリー・ラッシュ、凄い。これ完全にジャコメッティだろ
ってそっくり、な、気がする。写真とかしか知らないわけだけれども。
そういう、ジャコメッティ、生きているうちに成功してる芸術家、
その人物ってほんとうにはわかんないんだけれども、でもなんか、こう
だったのかなあ。なんかつい人が引き込まれちゃってたらされちゃうのか。
風邪ひいたかなんかで弱った時のしょぼんとしたおじいちゃんっぷりとか、
絵に、芸術に、完成はないって苛立ってたり苦悩してたり、無茶苦茶で
いや~~実際もしも身近だったらタイヘンすぎると思うのに、でも、
魅せられちゃうのかなあって。つくづく映画に見惚れた。

ジャコメッティが描き出したかった、本物って、ジャコメッティが見てる
世界って、どんな風だったのかなあ。完成させられない作品。描けない
と繰り返す目の前のモデルの姿、どう、見ていたのか。
彼の残した作品ほんと好きだけれども、これじゃなかったのか、どう
なのか。不思議だし魅力的だ。大好き。

ジャコメッティが駄目だって、描き直したいって完成に近づいてる絵を
消す前に、塗りつぶすのを阻止しよう、ってジェイムズはがんばって、
なんとか絵を描くことを終わらせる。それがまたチャーミングだった。
塗りつぶしそう、って所で、すっと立ち上がってちょっと体を伸ばしたい、
って、ジャコメッティの方へいって、絵、いいですね~とか言うの。
弟(だっけ)ディエゴも巻き込んで、いいね、いいね、よく描けてる、
って言って、なんか、ジャコメッティもそうかな?ってなって。
可愛い。
なんだよ君たち、すっごい可愛い。いいなあ。すごくすごくよかった。

そうしてなんとか肖像画を描きおわり、ということにして絵はアメリカへ。
個展とかするんだっけ、よくわかんないけど。
ジェイムズもやっと帰国することができる。
また来てくれ、また描きたい、というジャコメッティの手紙?があり、
でも、ジェイムズはもう行かなかった。それが、ジャコメッティが描いた
最後の肖像画となった。


愛人に車買ってやったり、札束、というか金の塊あるのを見せつけたり、
まあ、見せつけるっていうつもりがあるのかないのか、ジャコメッティって。
なんかえげつない感じもあるような。でも天然なのかなあ?
ほんと、わからない。
自殺願望はありまくり~みたいな、でも冗談なのか本気なのかって感じだし。
弟ディエゴとか妻アネットとか、彼を支える人はいて、でもそういう人たちに
たいしてジャコメッティひどいんじゃないの、って感じだったり。
でも、絆があるんだろうなあ。

ジャコメッティの世界をたまたま訪れ関わり垣間見たアメリカ人青年、
という視点の映画で、観客である私も、なんか、なんだこの世界、という
感じを深く味わうことができた。
アトリエの再現とか、もう、ほんと、ジャコメッティって~こんな感じかあ、
って思ってしまう。
なんだか無茶苦茶な世界を、心酔するでもなく非難でもなく、見つめる
ジェイムズのクールさ、素敵。いい距離感だった。

アーミー・ハマーの、毛穴まで映すぞっていうドアップがいっぱいで、
すごい、かっこよくて、綺麗で可愛くて。アーミー・ハマーの魅力を堪能。
ジェイムズはゲイなんだねというのがさらっとわかるんだけれども、
きちんと丁寧にいつも身だしなみ整えてる感じとか、が、そうかなあって
ニュアンスがあるといえばあるかな。
そんなこんなもとにかく、ほんと、アーミー・ハマーとてもよかった。
モデルするのに疲れてちょっと逃げ出すのを見つかって手をひいて連れ
戻されるのとかすんごい可愛かった~。ジャコメッティとの身長差~~。
散歩してお喋りとか、いつものカフェでいつものメニュー、に、カフェの
人達が慣れ切ってる感じとか。リアル「ボナペティ」を聞いた^^素敵。
そういう街や景色の中の、ジャコメッティとジェイムズ。
最高です。

思い返しても隅々まで、なんだろうすごく、噛みしめたい良さに満ちて
いた。ジャコメッティというキャラクターの良さ。美術の良さ。演じる
俳優たちの良さ。大袈裟さのない映画全部の良さ。
見に行けてよかった。大好き。こんな風にいろいろと自分の興味が繋がるの
すごい楽しい。
あ、そうだ、ディエゴとジェイムズが雑談してる中で、今本読んでるんだ、って
ディエゴが読んでる本が『寒い国から帰ってきたスパイ』だってよー。きゃ~。
君はスパイかも、って言われて僕はスパイです、みたいに言ってた、ジェイムズ。
あみはまちゃん~~~コードネームアンクルもかけてる小ネタなのかなあ~
わかんないけど~~。なんかそういうちらっとしたシーンにも萌えた。素敵。
今この映画があって見に行けて、幸せです。

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映画 「15時17分、パリ行き」


*ネタバレしています。


映画 「15時17分、パリ行き」


クリント・イーストウッド監督作品。
ッツても別に私監督ファンってわけじゃないんだけどな。でも、なんか、
この老年の俳優にして監督の名前にはもう否応なく迫力がついてるよね。


アメリカ人の若者三人。アンソニー、アレク、スペンサー。三人は幼馴染。
アレクとスペンサーは今は軍人。アンソニーは民間人。
彼らは、パリ行きの列車がテロリストの銃弾にさらされる危機を防いだと
いう勇敢な行動をとったのだ。

そんな彼らの幼馴染時代から、軍人への憧れとか、その後も友情は続き、とか、
ごくごく普通に成長していった姿が描かれる。そして列車での出来事が
時折フラッシュバックのように挟まれる。

子どもの頃のアンソニーとアレクは、ADDだっけ、なんか、落ち着きのない
子どもみたいな、学校生活をきちんとできない、みたいにされてたりした。
シングルマザーということで偏見もあったような。
アンソニーと出会って、三人でサバイバルゲームごっこに熱中していたり。
軍人かっこいい~っていう憧れが子どものころからあったのね、みたいな。
三人ずっと一緒ってわけにはいかなくて、転校や引っ越しがあってそれぞれ
別になる。
そして、大人になって、軍隊に入った二人と、そしてやっぱり仲良しな一人と。

スペンサーくんが多分一番活躍した人で、人を救うパラシュート部隊?
になりたい、って、ぽっちゃり体型を変えるべく頑張ったり体力アップに
励んだりして軍隊へ入るんだけど、視力的な問題っつーか、奥行認知?
に問題があるとかで、希望の部隊には入れない。
人を救う、ってことで、戦闘部隊じゃなくて守備的な訓練をいろいろ受けて、
でもいまいちそれってモチベーション上がらないな~みたいな。

アレクは前線に出るけど、まあ警備員みたいなもんだよ、退屈~って
言ってる感じ。
とはいえ、戦場の緊張感はあるよねえ。

そんな彼らが休暇でヨーロッパ旅行しよ~ぜ~って、イタリア行って、
ドイツ、アムステルダム、って行って。パリはやめとけとかかなり言われて
たけれどもも、まあやっぱせっかくだしパリにも行こうぜ、って、乗った
列車に、テロリストが乗ってきた。という。

この事件そのものは2015年か。その事件のニュースを覚えてる。
映画かよ、映画化決定だな、って感じは聞いた時からあったし、それが
ほんと実際、出演者も本人で、ほんとに映画になったのかーってびっくり
するね。しかもクリント・イーストウッド監督よ。

これが、ほんとに、すごく、淡々と普通の男の子たちの成長の姿だった。
子役こそ使ってるものの、今の彼ら本人が、演じてる、いってみれば再現
ビデオなんだけれど。
子ども時代とか、かつての祈りの言葉とか。
充分にドラマチックに演出はついているし、やっぱこれは映画だなあって
思うけれども、事件の本人がやってて、ほんっとその事件に遭遇するまでは
ただ単に軍人になってる幼馴染みとの休暇旅行っていう、観光~とか
旅先で女の子とご飯食べた~とか、クラブで弾けて二日酔い~~~とか、
ほんっと普通なんだよねえ。

でも、テロリストという異物が乗り込んできて、銃が発射されて。
撃たれた人がいて、それに遭遇した、スペンサーくんたち。

そこで、行動するかどうか。
彼らは、行動できた。

テロリストは一人だった。
でも銃を持ってた。弾薬はたっぷりあった。
たまたまジャムったけど、ほんと、銃持った相手にいくら軍人とはいえ
丸腰でつっこんでいけるかっていうと。
本当に本当に、物凄い勇気だし、彼らはそこで、行動するしかない、って
さくっと、本当にただ、GO!って行ったんだけど。

一人、撃たれてしまって、スペンサーくんも怪我をして、だけれども、
列車丸ごと殺戮の場になっていたかもしれない危機を、防いだんだよねえ。
本当に。

本当に、本当に、これは凄くて、映画かよってニュースを見て思ったことが
映画になって、それがこんな風に描かれる映画になって。
ラストにはフランスから勲章をうけて、地元ではヒーロー的に微笑ましい
パレードがあって。そういう、この、リアル。
この、リアル。

これが、リアルで、映画、な、こういう世界が地続きな所に生きているのか、
わたしたちは。
と思う。

物凄いことじゃない? 観光旅行してたらテロリストが銃持って殺戮しよう
かというところに遭遇するって。
最初になんかおかしい、って気づいた人が撃たれた人なんだけど、それ、
そういう、疑い持つ世界軸って、すごく、凄い、物凄いことじゃない?

ヨーロッパで、テロが起きてた時期なんだよね。パリとか。ロンドンとか。
そういう、危ない、日常にテロが隣接してた時。
そこで、行動できた、彼らの物語。

スペンサーくんが訓練してくれててよかったなっと。

殊更な盛り上げとかなくて、ほんとふつ~に観光旅行しててみたいな、
ほんとうに今、この世界、の、地続き、世界の中、ってう、淡々とした
描き方、でもすっごくドラマチック、な。
こういう映画になったんだなあって、すごかった。
本当に本人たちっていうのもすごい。乗客のみなさんとかもだいぶご本人
たちらしい、って。すごいなあ。

みんなが携帯、スマホのカメラで撮って撮られてみたいな、今、って感じ
があるのかなあ。しょっちゅう自撮り棒で写真撮ってる旅行だったよねえ。
そういうほんと、「今」な感じ、すごい。

これ、今私は実際の事件の一報があった時をリアルに覚えてての、この映画
鑑賞だったけれども。この映画、10年後20年後、50年後に見られる
時にはどういう感慨をよぶんだろう。
こんなことが本当にあったの??? って、びっくりされるような平和の
中なのか。まだまだこんなもんか、っていうような、殺伐としてるのか。
平和な世界で、あって欲しい。。。

あとどーでもいい感想として、あの列車って新幹線みたいなもの?
そんな気軽に席変わっていいの?? っていうのがちょっと気になったわ~。
席変わってまた別料金払ったのかな、一等車。まあいいんだけどw

ともあれこれ、見に行ってよかった。こういう映画になってよかったなあ。

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映画 「聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア」


*ネタバレしています。


映画 「聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア」


3/7(水)に見に行きました。


外科医、スティーブンはマーティンという少年と親しくしていた。親しい、
というよりは少しぎこちない。食事を共にしたし、高価な時計をプレゼント
したり。自宅へも招待する。妻アナ、娘キム、息子ボブ。豪華な家、幸せな
家族。スティーブンの暮らしは素晴らしい日々のはずだった。
マーティンの父親を手術中のミスで死なせてしまったという秘密さえなければ。


またコリン・ファレルとニコール・キッドマンの共演を見てしまった。
二人ともさすが凄い上手いですし全然別人なので混乱はしません。
素晴らしくかっこいいし綺麗~。ニコール・キッドマンほんと綺麗~。

マーティン役は「ダンケルク」でジョージだったバリー・コーガン。
今作では、なんか、最初はちょっとなんだろうこの子、って感じで、それが
だんだん不気味で、おかしい、狂ってる、の、か?? え? 何??
という風になってきて、すごいわけがわからず、こわかった。スパゲティ
食べてるのがあんな不気味になれるなんて。怖いよ。凄いな。

鹿殺し、は、なんか、ギリシア悲劇?アウリスのイピゲネイアとかが元ネタ、
らしい、とか。生贄にされそうな娘の身代わりに鹿が殺されて救われた、
みたいな感じ、らしい。ちょっとぐぐった感じだとそういうのがあるらしい。
知らなかった。

しかしそれも知らずに見まして。いろいろとモチーフはキリスト教的な
感じがするなあ、というのは感じたものの、キリスト教も詳しくはない、
ので、まあ、ん~そういう感じがする、っていう。。。
韓国映画の「哭声(コクソン)」を連想。あれも、なんか、ええ??わから
ないけど、えっと、ええーっとー宗教的モチーフがいっぱいあるような
気がする、って、見て思ったのだった。
なんかこう不条理な死とか神なのか悪魔なのか、ってわからない感じ。

スティーブンは、マーティンに、父を殺した代りにあなたも家族を失う。
あなたは生き残る。誰か一人犠牲を選ばなくちゃいけない。でないと、三人
とも失う、と告げられる。
信じようとしないスティーブンだったが、まずは息子が、そして娘が、
マーティンの予言通りまず歩けなくなり、どんなに医学的検査をしても
原因不明。やがて息子が血の涙を流し始めると、もう時間がない、と、
目隠しをしたスティーブンは猟銃を構え、縛り付けた家族たちへぐるぐると
回って銃を発射するのだった。

なんか、この。
不条理、っていうのかなんなのか。なんか笑っちゃう、そんなやり方で
死ぬ一人を決めるのか。サイコロとかにした方がまだしも、って思う、けど、
あれ結局目隠ししてるとはいえ、スティーブンが選んで息子殺したって
感じでもあるのかなあ。全くの偶然ってわけでもない、ような。
娘は出来がよくて、妻との会話でも一人選ぶなら息子だ、みたいに
言ってた。夫婦でまだ子どもは持てるから、みたいな。その、最初は全く
マーティンのいう事なんてとりあってないのに、その、呪いみたいなことに
囚われてくるっていく感じが凄い。

夫婦二人とも医者で、冷静で、優秀で成功者で、って感じなのに。
スティーブンはマーティンを攫ってきて監禁、殴りつけたりするけど無駄で。
娘も妻も自分さえ助かれば、みたいになっていって。
一番弱きもの、ボブ。。。。でも犠牲になるならその子しかないな、って、
見てて私も思ってしまうのがほんと怖い。

最後には家族三人でいて、始まりの頃にマーティンとスティーブンといた
ダイナーで、家族、マーティンとすれ違って、終り。
ボブが身代わりの鹿になったのか、と。
リアリティの軸をどう捉えていいのかわからず。
まあ見終わってもわからなかったな。。。こわいわ。面白かった。
ほんっと、バリー・コーガンすごくよかった。

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『特捜部Q ―自撮りする女たち―』(ユッシ・エーズラ・オールスン/ハヤカワポケットミステリ)


*ネタバレしています。


『特捜部Q ―自撮りする女たち―』(ユッシ・エーズラ・オールスン/ハヤカワポケットミステリ)


シリーズ7作目。

失業中で保護を受ける為、社会福祉事務所で知り合った女たち。デニス、
ジャズミン、ミッシェル。彼女たちはまともに働く気はない。彼女らの担当官
アネリはソーシャルワーカーとしてアドバイスをしているのに立ち直ろうと
しない彼女たちのような受給者にうんざりしていた。

後頭部を殴られて死亡、という事件が過去に女性教師殺害と共通点が多い、
と気づいた退官した刑事。古い事件を取り扱う特捜部のカールに話が
持ち込まれる。しかし現在進行中と思われる事件に特捜部は関わらないよう
煙たがられている。

そして、特捜部のメンバーであるローセは、かつてないほどに精神が参って
いた。限界を超えた彼女にカールたちが気づいたのはローセが姿を消して
悲鳴のような言葉がみっしり殴り書きされた壁やノートを見てからだった。


そんなこんなの、今回もいろんな要素、事件が盛り沢山。
デンマークは福祉国家として世界でもしあわせな国、って感じだけれども、
まあそりゃもちろんこういう不正受給でのらくらしようって人達もいるんだ
ろうねえ。ほんと、特捜部読むようになってから、まあ、そっかそうだよね、
どんな国も社会も理想郷ってわけじゃない、って思う。
それでもいろんな社会のしくみがあること、考え、みたいな所、あんまり
ちゃんとわかるわけじゃないけれども、いいなって所も感じたりする。

ハーディの介護士のモーデンは今作の中では恋人ミカと別れちゃって
泣いてるけど、終りの方ではちょっと断絶からは回復してるっぽい。
というか、ハーディが少しずつ体が回復するかもしれない、という希望が
出てきた、と、思っていいのかなあ。感覚がほんのちょっと戻ってきそう、
かも。てこともで、どーなんだろう。カールのトラウマ、ハーディが死に
かけた一番最初の所の、事件が描かれるかなあ。その前にアサドかな。
これシリーズ10作の予定だったはずだから、ん~、先にアサドかな。
そしてカールたちかなあ。
なんにせよ続きを早く読みたいすぐ読みたいとまた思わせてくれた。

デニス=ドリトたちみたいに、やっぱ女の子は若くて綺麗じゃなきゃいけない、
という強迫観念的なものは、まーそっかデンマークでもそういうのは
あるか~と思ったり。
福祉のために働く人が虚しくなっちゃったりやけになっての正義感に
かられたり、っていうのもあるかーと思ったり。
母と娘のなんか、呪いの連鎖みたいなのも思ったり。ちょっとナチス絡みな
要素もあったりして、ほんと、みっしりあれこれありながら、怒涛の終盤で
繋がり解決、というか、ともあれ決着つけるの相変わらず凄いわ。
ちょっとシリーズ、ダレたな~とか前思った気もするけど、今作はまた
面白く、読み出すとぐいぐいいけた。読みやすくなってきてるかなあ。
作者も翻訳も読者もこなれてきたって感じなのかもしれない。

で。
今作ではなんといってもローセの心の危機が、限界崩壊をしてしまって、
それをカールたちが救えるのか、というのがいっちばんハラハラドキドキ
した。自殺とか、たまたま巻き込まれての拘束監禁で、もしかしてほんとに
間に合わなくて死んじゃうかも、と、思ってしまった。Qの主要キャラだし
大丈夫でしょうと思いつつも、でもシリーズも終盤だしと思ったりして。
一度はカール達が近づくけど気づかなくて、あああああっも~~~っ、
カール!アサド!気づいてよっ早くローセを助けてよーーって焦らされる。
結局間に合って、多分ローセは回復するはず。
ローセが、子どもの頃から父親に虐待、モラハラ的な酷い虐待にあって
きながら、ローセ一人が盾になって妹たちを守ってきたこと。
父が工場の事故で巨大な鉄の塊に潰されて亡くなったのを目の当たりにした
こと。それが、本当にただの事故だったのかどうか、と。
みんなに嫌な奴だと思われ、煙たがられ、彼さえいなければ、と、工場の
トラブルでみんなが迷惑こうむりそうだったこと、で、計画された事故。
ローセもほんの僅かに、その計画の一端を知らされぬまま担ったこと。
ローセの心の負担を、真相と当時の工場にいた人達の苦しみと謝罪で、
少しでも減らせたんだと思う。ローセには回復してほしい。次作で、は、
無理かどうかわかんないけど、ローセにちゃんと戻ってきて欲しいよ。
始めは別にただの奇抜キャラかと思ってて、こんなにもシリアスに辛い
ことになるとは思ってなかったわ。ローセのこと、ほんと、私もすごく
好きになってるなあ。
ゴードンくん、若僧くんな、ローセと向き合えるのかなあ。わかんないけど
なんか、ゴードンくんもがんばれ。

カールとアサドもますます息ぴったりというか、すっかり相棒。
アサドの物語もきっと描かれるはずだと思ってるけど、どういうものに
なるかなあ。その時カールはどうするんだろう。早く読みたい。

モーナとは別れてたけどカールはまだまだ未練たっぷりで、モーナと、
またちょっと近づくかな、って感じ。
このシリーズの中ですっかりキャラが生き続けててそれぞれの人生
いろいろあるよね、生きるって大変って思う。早く次が読みたいよ~。

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映画 「ブラックパンサー」

*ネタバレしています。


映画 「ブラックパンサー」

3日土曜日に、IMAX、3Dで見てきた!
予告を見るたびかっこいい~すごくかっこよさそう!って期待してたの。
実際見て、うっわーすごく期待してたのにさらに期待以上にかっこいい!
感激感動だった~。


1992年、だっけ。ワカンダからアメリカにスパイにきていた弟に会いに
きた国王、ティ・チャカ。だがそれは弟の裏切りを確かめ捕らえるため
だった。

そして現代。
敬愛していた父王を亡くし、ワカンダの新たな王になるティ・チャラ。
王になる儀式に出席してほしいと、かつての彼女ナキアをつれにきた。
王になる儀式とは、ワカンダの部族一同に認められること。
遠く岩地に住むエムバクに挑戦を受けて戦い、倒して王座につく。

英国の博物館で、古いワカンダの品が盗まれる事件が起きた。ワカンダの秘密、
ヴィブラニウムで作られた物。それを盗んだ奴は父王を殺した犯人。
クロウを追うため、ティ・チャラは自ら盗品で取引するらしい韓国へ飛ぶ。


って、えーとあらすじ書いていくのも大変。みっしり物語も濃厚だった。
でもざっくり言えば、新たな王となる試練。王座を継ぎ国を治め、国を
変えるためには、戦い抜かなくては。
新たな王が自らの国を取り戻し、正義を行おうとする物語。

指輪物語みたいって感じあったなあ。
マーティン・フリーマンも出てるしね。ホビットだけど。
ロスってこれまではちょこっとだけの出番で、サラリーマンかよ、みたいな
感じだったけど、今作ではかなりの活躍!元空軍で腕利きのエージェント
なんだねえ。その、元空軍っていうのを活かしての空中戦とかあって、凄く
かっこよかった!渋い~。自分に危機が迫る中でも仕事やり遂げる!

予告の頃から、衣装とかデザイン何もかもがかっこいいなあと思ってたけど、
実際ほんっと、あの世界、ハイテク未来~な感じの中のアフリカの意匠が
沢山。カラフルでかっこよくってすっごい。何なんだあの完成度。凄い。
いや~ま~もちろん、マーベルの大作だし、あらゆる一流クリエイターが
ありったけめいっぱい本気で隅々まで作り上げていってるんだよなあ。
それにしても、それにしても凄い。ものすごいかっこよさの塊!

バーフバリの時もかっこよさが物凄すぎてしぬ、って思ったけど、こっちも
今度はアフリカンなかっこよさの塊がどかどかきて、やられる。凄い。
もー、すごいよ。綺麗かっこいい鮮やかで細やかで。

キャラもみんなみんなすっごく強くてかっこよくて素晴らしかった。
近衛兵? オコエがまず強い!かっこいいでしょ。ナキアも強い!かっこいい。
妹ちゃんは天才科学者か~。女王もさっすが肝が据わってる。女性キャラが
のきなみ素晴らしくかっこよくって素晴らしい。もちろん男性キャラもさー。
部族の長であることとか、なんか、こう、豊かな国ワカンダ、その豊かさ
強さっていうのはこういう理想の世界なのかなあ。
一番弱いのは陛下なのでは~~。
突然父を亡くし、新たな王となる不安。時代の変化の中、何を行うのが
正しいのか。国の外、世界から目をそむけワカンダさえよければいい、
ヴィブラニウムの秘密を知られてはいけない、という大義名分で国を
閉ざし隠したままでいいのか、どうか。

アメコミって読んだことないのだけれども、これ、こんなにも政治とか
統治者たる苦悩とか、描かれるものなんだろうか。もちろんとても単純化は
されてると思うけど、この映画って、ほんっと、今の「世界」の中で、
ヒーローたるには、ということを問いかけ作品なりの答えを出して示して
いるものだと思う。
理想の国、ワカンダ。でも、自分たちだけが豊かであればそれでいいのか。
自分たちの国は大事。でも、外の世界にも仲間はいて、その窮状を知りながら
目をそむけていていいのか。ワカンダが素晴らしい国であることが空虚で
あるという風に見え方が変わってくるんだよなあ。

最後、少年の前に現れたティ・チャカは確かにヒーローだった。
少年の目にかっこいい大人であるということ。少年の目に、希望として
うつること。
自分より弱い者を守ろうとすること。
希望。
未来。
そういうものを体現していく、ヒーロー映画。凄い。

敵、も、また、実は虐げられていた少年だった、えーと、従弟かな。父王の
弟の子ども。王位継承権があるのに、外で孤独に生きて復讐心を育てるしか
なかったキルモンガー。父王の過ちを知り、ショックだったがゆえに、
弱くなってしまうティ・チャカ。
豊かで美しいワカンダの話を少年の頃聞かされていたのに、その祖国に父を
殺され奪われ、恨みを支えに生きてきたキルモンガー。悲しい。
ブラックパンサー同士な二人の戦いもかっこよかった。そして、最後に夕陽を
見せることしかできなかったティ・チャカ。キルモンガーのように武器を
じゃかじゃか表に出して黒人同士で決起しようってわけにはいかなくても、
なんとか、ワカンダの力を世界へ開くことをしなくてはならない、って、
陛下もそりゃ思っちゃうよなあ。


韓国でのカジノシーンとか007っぽさがあったなあ。
カーチェイスもすっごかった。かっこいい~!
妹ちゃんの天才科学者って感じも007のQ風味だったね。

ワカンダ内部での反乱というか、内部抗争も。戦う部族ごとの特色が
あって、カラフルでかっこいいんだ~~!
王の近衛兵、もちろん強いし。
オコエがさ~~~、もう、ほんっと。近衛兵として王座に尽くす、とか。
戦う女戦士たち、ほんっとかっこいいんだから~。

映画一本だけれどもね、スパイ映画とか国を治めるとか動かすとかの政治
の話とか、新たな王となる、王として奪われた王座を取り戻す古典的神話的
お話だったりとか、旅をする仲間とか、なんかこう、すっごくいろんな
世界がつまってて、でもそれですべて、ティ・チャラという新たな王の誕生
の物語としてがっしり組み上がっていて、ほんと凄い。
アクション映画かっこいい~!って単純に楽しくもあるし、リアルに今の
世界を憂い、希望を描くヒーロー映画であるし。
私にはうまくまとめられないけど、ほんっと、素晴らしくかっこよくって
大満足でした。音楽もいい~~。

アベンジャーズつながりの感じが、えっと、ええとー父王が亡くなった
テロだとかは前のアベンジャーズだっけ、と、思いつつ、それちゃんと
覚えてないなあと思ったけどまあ、そこは深く気にせずに見た。見直して
なかったけどまあ、大体大丈夫。
そしてエンドロール後では、バッキーが冬眠から蘇ってましたね。
そしてインフィニティ・ウォーへ、ってことなんだよねえ。
あ~~ど~~なるのかなあインフィニティ・ウォー。ヒーロー盛り沢山で
タイヘンそうなんだけど。キャプテンアメリカとアイアンマンはどうなるのっ。
ワカンダが国を開いたこととかも描かれてくんだろうか。
すごく、楽しみ。こわい。楽しみだ。


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映画 「シェイプ・オブ・ウォーター」

*ネタバレしています。


映画 「シェイプ・オブ・ウォーター」


昨日1日(木)に見に行きました。
パリ行きとブラックパンサーとどれにしようか迷ったけれども、まずこれを。

ギレルモ・デル・トロが監督・脚本・製作。
2017年・第74回ベネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞してるし、アカデミー賞
でもノミネート沢山されてますね。どうなるかな。


1960年代のアメリカ。宇宙開発の極秘研究所みたいな所。そこで清掃員
として働いているイライザ。映画館の上の部屋に住み、夜勤に備えて毎日
規則正しく暮らしている。お隣に住んでいるジャイルズはイラストレーター。
映画好きでテレビでやっている映画をずっとつけてる。しかし会社を首になり
ゲイでありささやかな楽しみとして不味いパイの店員に恋をしている。
イライザは喋れない。聞こえるけれど声帯がダメ。手話でジャイルズや、
清掃員仲間のゼルダとは会話できる。

ある日、研究所に南米から奇妙な生物が送られてきた。半魚人のような怪物。
宇宙は過酷な環境。そこで活動するために、この奇妙な生物の特性を活かして
ソ連に差をつけることができるのではないか。

イライザは最初こそ驚いていたが、やがてこの生物にひかれていく。いくつか
の手話。サンドイッチと卵のお弁当を生物の水槽のそばで食べるイライザ。
彼女との時間を生物も楽しみにしているようだった。音楽を共に聞き、共に
卵を食べる。

だが、警備主任のストリックランドは成果を急ぎ、生物の解剖を進言する。
殺される彼をイライザは救い出すことを決意する。
実はソ連のスパイである研究所のホフステトラー博士はなりゆき的に彼女に
協力して、生物は脱出できた。

ってことで始まる前の監督の宣伝なんかを見てると「美女と野獣」、でも
野獣は野獣のままでいいじゃないか、という大人のおとぎ話なのだろうなあ
と思ってました。
ほんと、大人のおとぎ話。
欲望を、隠さない。ごまかさない。ファンタジーだけれどもグロテスクさも
残虐さもあり。「パンズ・ラビリンス」の系譜だなあという納得感あり。
でも結構ユーモアもあって笑っちゃったりもしたし、すごくよかった~!!

イライザは喋れない。ゼルダは黒人女性。ジャイルズは写真に仕事を奪われた
イラストレーターで、ゲイであることにも悩みは尽きない。生物は怪物扱い。
もともといた南米では神のようだったそうだけれども、どんな手段で軍は
彼を手に入れたのかと思うと、辛い。
そういう、マイノリティ側に虐げられている人達の愛の物語だった。

政府施設。軍人。警備主任として威張り生物を虐待するストリックランドは
白人男性。マジョリティの権力を持つ側の醜悪さ、空虚さが淡淡と描かれる。

ホフトステラー博士はソ連のスパイで白人男性だけれども、本当は学ぶため
ここへきた、みたいなこともあるみたいで、そして下っ端スパイとして
権力に振り回される側で、イライザに、生物に生きて逃げるよう協力する。

連れ出した生物をお風呂場でとりあえず水につけて一安心~したものの、
生物はまあやっぱそれなりに怪物で、うっかり一人歩きしちゃうとジャイルズ
の猫ちゃんをバリバリ喰ってしまったりするんだよー。わあああ;;
でも悪気はないの。
そのあとはちゃんと話通じたみたいで、子ネコちゃんと遊んだりしてた;;
ジャイルズの禿げ頭や怪我した腕を生物がなでなでしてくれると翌朝には
毛が生え、傷はすっかり治っている。
彼は、ほんとうに神なのか。

イライザが生物に惹かれ、愛してる、の想いには肉体的なのも含む、で、
お風呂場をプールみたいにしちゃっての抱き合い愛し合いはとても美しい。
しょっぱなから、イライザはお出かけ前のお風呂で自慰をするシーンが
あって、ああこういう、こういうのもあり、全部あり、っていうんだなあ
というのがとても、いやらしさとかではなく、すべてあり、な、包容力と
なって感じられる映画で、ほんとすごい。

ストリックランドは素敵な家族、新しい車って手に入れてる男だけれど、
妻とのセックスでは妻を喜ばせるとかではなく、だまってろ、って口を
塞いじゃって自分勝手なやり方って感じ。思いやりとか愛とかなさそう。
口のきけないイライザを、好みのタイプだ、ってセクハラしかけたり。

そう、この映画の中で、人種差別や女性差別、暴力、と、酷いことを
するのはストリックランドばかり。彼さえいなければ、イライザの暮らし
は静かに普通に、あった。

けれども、半魚人な彼と出会ってしまった。
運命の出会いなのー。怪物と冴えない女性。
でも、生物との関係は、口のきけない可哀想な女と化け物、ではなくて、
ただありのままの自分、何も欠けたりしてない互いに満たされる関係なの。

野獣がハンサムな王子様にならなくてもいい。声をなくした人魚姫が
悲しく消え去らなくてもいい。

逃げ出した生物を追って、ついに追いつめられ、撃たれる生物とイライザ。
しかし生物は蘇り、ストリックランドを殺し、イライザを連れて海へ帰る。
水の中で、イライザの首の傷痕が、エラになってひらく。彼女もまた、
水の中で生きるものになる。

最後は泣いてしまって、泣いて泣いて泣いて。マスクしていたけどマスク
濡れてだめになるくらい泣いて、とても、とてもとてもよかった。

生物は神だったのだと思う。イライザもまた神だったのだと思う。
見捨てられて置き去りにされたのは人間なんだ。

最初、イライザにエラができて、人じゃなくなった、と思って、でも
人と半魚人と異種間でも愛が成り立つ、という物語じゃないのか、と、
思ったんだけれども、でも、これは、虐げられていたかのような彼女たち
こそが神々だった、という、神話、おとぎ話ということかなのかなあ。

そもそもがね、これ、残されたジャイルズが、おとぎ話のように語り
伝える物語、という風なスタイルなのね。だから、本当は、あの水の中の
生物とイライザの姿がどうなのか、ほんとうのほんとうはわからない。
これ、パンズ・ラビリンス的に、イライザの望んだ夢だったのかもしれない
とも思えるし、いやあのまま二人でめでたしめでたしなのだ、とも思える。
ジャイルズは水の中を知らないもの。

でも確かなものは一つある。生物とイライザがただありのままに、
愛し合った物語ということ。

全体的にみどりの、水の色や服や、いろいろそういう色合い、湿った世界
の中に、恋をして愛を得て、赤い靴やドレスという色がきて。
赤と緑って補色関係だよね。
そういう、画面の色合い、隅々の小道具も、全部、すごく、とっても、
とてもとてもよかった。
いつも流れる古い映画。音楽。モノクロの中でも楽しそうなタップダンス。
愛の高まりの時にイライザが歌い出すモノクロなステージ。

デル・トロ監督が本当に映画大好き、っていうのが物凄く伝わってくるし、
マイノリティの側であることにもそのままで肯定する愛があるし、
心から見てよかったと思える映画。素晴らしい。
映画って素敵だよねえ。本当にそう思える。映画、私も大好きです。


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横浜美術館 「石内 都 肌理と写真」


2/28(水)映画のあと、横浜美術館にも行きました。
3/4で終わっちゃうからあわてて。

「石内 都 肌理と写真」

正直私は全然知らず。でも美術館のお知らせとかポスターでひかれるものを
感じて、見ようかなあと思って。
写真、写真作家一人の作品をじっくりと眺めるのって私、初めてかもなあ。

最初はモノクロの、横須賀の街とか、廃墟だとか。
古くなった建物。塗装のひび割れ、剥がれ落ちていく鱗のような壁を撮って
いたり。
人物のヌード。老人の肌のたるみ、皺、しみ、女性の体の傷痕。ゆがみ。

「絹の夢」というコーナーでは鮮やかな着物の写真やカイコの繭だとか。

「遺されたもの」ではフリーダ・カーロ、えーとメキシコの女性画家、ね、
の、遺品や母の遺品の写真。着ている人を失った色鮮やかな洋服もまた
「肌」であるということ。
アクセサリーや、滑らかさを失った口紅とか、印象的だった。

「ひろしま」の洋服たちは、それを着ていた人が、誰なのかどう、亡くなった
のか、ということはわからなくて。でも、その虚ろを思うと、どうにも言葉が
ない。私には言葉が見つけられない。汚れ、破れ、でも可愛い模様のワンピース
があったりして、その、そう、こうして、服が残っているということは、
一瞬で影になってしまったのとは違う、その、こう……。

「肌理」という企画展のタイトルを思う。
こういう言葉を与えられて、こういう企画で年代追って見て行くと、
写真家のテーマの変遷、展開みたいなのが見えてわかりやすい気がするなあ。
私は写真とか全然わかるとは言えないんだけれども、こういう流れがある、
という企画は面白く見させてもらった。

コレクション展の方にもこの人の写真あって、「横須賀ストーリー」って
1976-1977の、街の写真があった。モノクロ。
これも、私は横須賀の街とかほとんど知らないしわからないんだけれども、
なんか、わかるって気にさせられる感じがあった。横須賀な~。米軍基地が
ある感じなあ。

コレクション展は「全部みせます!シュールな作品 シュルレアリスムの
美術と写真」というもの。
シュルレアリスム、面白いよね。見たことあるのいっぱいだけど何度見ても
楽しい。ベルメールの写真とかなあ。ほんと、なんか、うまく言えないけど
この人芸術家になってくれてよかった、と思う。
こっちも見応えたっぷり十分~~~で堪能して、すごいいろいろじっくり
見て、ものすごく疲れた。芸術と向き合うのはほんとこっちも気力がいる。


[特別展示]旅する根付 高円宮妃殿下写真展と現代根付コレクション
というのもあった。
これはミニコーナーって感じかな。
根付を、あちこちの景色の中において、根付くんたちが旅してる感じの
写真たくさん。で、本物の根付も。根付だから、ちっちゃくて可愛い~のが、
写真はおっきくて旅してる感じで、面白かった。
これって、お気に入りフィギュア連れて旅してお人形だけで写真とる、って
そういうのと同じ、と、思っていいのかしら。可愛いもの持ち歩きたいよね。
写真も撮りたいよね。
これも楽しかった。

たっぷり見てぐったり。でも見に行ってよかった。
次は「ヌード展」があるよね。すごく楽しみ。

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映画 「The Beguiled ビガイルド 欲望のめざめ」

*ネタバレしてます。


映画 「The Beguiled ビガイルド 欲望のめざめ」


2/28(水曜日)に見に行ってきました。
ソフィア・コッポラ監督作品。


南北戦争のさなか。森できのこを採っている少女は、敵である北軍の兵士
を見つけた。彼は怪我をしている。エミリーは学園へ彼を連れて帰った。
女子寄宿学園、今暮らしているのは5人の女の子と2人の先生。帰る場所の
ない彼女たちは戦火から隠れるように暮らしている。
女たちばかりの屋敷に一人の男。
軍に引き渡すと死んでしまうかも、キリスト教の慈愛の精神、ってことで、
彼の怪我がある程度よくなるまで休ませることにした。

そのジョン・マクバニー伍長がコリン・ファレルでさ~。最初はもじゃなのに
ちょっと身ぎれいにして髭をそったら、まあ、ハンサムなわけじゃん。
彼の治療をして体を拭いてあげるミス・マーサがちょっと大事なとこの時に
ためらったりする感じとか、もう、じつに、秘密が起きる、という感じ、
すごくいい~。ミス・マーサはニコール・キッドマン。

豪華キャスト、限られた場所。女たちの秘密。
すごく綺麗であやうくてとってもよかった~。
戦時下、という中のリアリティって感じは少ない。自分たちで畑仕事や
庭仕事してる、自給自足って感じではあるけれども、お洋服とかドレスとか、
綺麗なんだよねえ。
布地たっぷり使った襞のスカートやドレス。まあもちろん、時代がかった
洋服ってことかなあ。軍隊から脱落、怪我してた伍長が目覚めた時には
ここはパラダイスかなって思ったでしょう。女の子たちみんな素晴らしく綺麗
可愛い、清潔で静か。

しかし、欲望のめざめ、ね~。
また伍長がそれなりにきちんとジェントルマンだから、女たちがうきうき
しちゃうのもわかる~。

で、まあ、勘違いすれ違い欲望の渦巻きの果てに、また伍長階段から落ちて
酷い怪我をする。もともと痛めていた足がさらに複雑骨折。
もう脚を切り落とすしかないわ、と、ミス・マーサはばっさり外科手術。

ここでもう死んじゃった?? って思ってしまったけど一応、まだ大丈夫で
でも目覚めた伍長は錯乱する。まーそりゃやっと元気になってきたぞ、って
時に目覚めたら足切られたとか、パニックになるね。待って落ち着いて―、
って見てると思うんだけど、恐怖にかられた女たちは、彼を殺してしまおう、
という決意に至る。
毒キノコで。

死体を綺麗な布で包んで縫い閉じて、学園の門の所に放置する。味方の軍に
もって行ってもらうのだね、と、いう。

まあそりゃこれは、伍長殺されるな、と、途中でそれしかないなと思った
ものの、原作だとか昔の映画?なんかは私は知らないので、ドキドキして
面白かった。

それにやっぱり眼福。女たち~~。衣装も見た目もほんといろいろに素敵で
うっとりできる。
ああいう場でも、夕食にお招きしましょう、なんって夕食会ってやったり
するのねえ。お着替えシーン楽しい。

コリン・ファレルもとってもよかった。ワイルドハンサム~な感じと、
精一杯お行儀よくしてここで隠れ住ませてほしいって感じの、やさぐれ兵士
な感じと、パニックでモンスターになる感じとか、いろいろと凄く好き。
キャストみんな見応えあって、満足しました。


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