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『花桃の木だから』(中川佐和子/角川書店)


『花桃の木だから』(中川佐和子/角川書店)


2017年7月刊。第六歌集。

今、暮らしている日常の中でのひとつひとつを詠んでいる歌集で、すんなりと、
とても率直な歌として受け止めた。
旅行、お仕事かなんか、いろんな所へ行っているなあとか、お子さんが仕事
してるんだなあとか結婚するんだなあとか、お母様のこともご心配ですねとか、
読みながら一つの家族の物語、世界を眺める気がする。

普通の暮らし、といってしまってもいいような世界なのだけれども、しかし
むしろ今「普通の暮らし」って実はものすごくミラクル、ということはわかって
いる。親がいて、子がいて、働いて、結婚して、孫ができて、って。そうそう
順調にいくものばかりじゃない社会になってると思うんだよねえ。少子化とか
晩婚化とかニートとか引き籠りとか。ここに歌われているのが単純に普通に
幸せばかりではないということはもちろんなのだけれども、なんだかとても、
ああこういう普通で、でも普通じゃない大切な日々という感じが素晴らしいなあ
と、ちょっと感動的だった。


いくつか、惹かれた歌。


  炎昼に下草刈りし青年の放心の貌も薔薇園のなか (p39)

お。耽美的雰囲気。多分写実的光景だと思うけれど「青年」「薔薇園」マジック。
素敵です。


  生き延びし恐竜を異なる思いにて勤め人の子と観ておりわれは (p74)

  然(しか)れども家族の靴を玄関に揃えて置けば明日あるごとし (p76)

親子、家族の在り方も子どもの成長によって変化してくるのだろうとわかる。
それでも玄関に靴を揃えておくというささやかなありふれた毎日の行為で、明日
という、本当はあるかどうかなんてわからないものを繋ぐことができるような、
そういう感触が一首になっていてぐっときた。


  地下鉄は退屈である わたくしに宝物ひとつふえる夏日に (p101)

  玄関でおかあさあんとわれを呼ぶ給食袋を忘れたように (p106)

  プーさんを好きであった子どっしりと共に生きると言うひと現る (p109)

  ドアのまえ秘書が社長を待つに似る電子レンジの前にわが夫 (p125)

  育んだわたしに別れる ウエディングケーキに今日はナイフが入って (p142)

子どもが育ち、わが子であることには変わりなくても、別の家庭に、別の立場、
妻とか母とかになっていくことを喜び、そして寂しむ感じがよく伝わってくる。
夫の姿がちょっとコミカルで、でもこんな風になんだかダメなのうちの人って
微笑ましく描かれてる感じはいいなあと思う。料理とか不慣れだけど始めてみた
ってことなのかなあ。


  方代をかたよとルビ振る人のいて方代の歌つくづくと見つ (p180)

山崎方代、ホウダイだよね。なんか不安になって調べちゃった。でもこれやっぱ
知らないとわからないし、まあそもそも人の名前って知らないとわからないし。
でもこういう、自分にとってはとか自分の世界ではあまりにも当たり前だけど
当たり前じゃない、ということを改めて感じる、ふっと立ち止まる瞬間という
のを忘れないことは大事だなあと思う。方代の歌っていうのがまたふわっと
しつつしんみりくる、よく似合う感じだ。


  花桃の木だから母をわれへ子へ次へ百年(ももとせ)継ぎてゆくべし (p202)

歌集のタイトルになっている歌。百年継いでいける木、百年継いで行ける親子、
血筋。「だから」という接続はなんの説明でもないけど、花咲き誇る感じが
明るくて、いいなあと羨ましく素直に降参~って思った歌でした。

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