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『羅針盤』(本川克幸/砂子屋書房)


『羅針盤』(本川克幸/砂子屋書房)


2017年11月刊。遺歌集。

遺歌集なのだ。
本川さんというほどの接点があったわけではない。同じ結社で、同じ時に
未来年間賞を貰った。それ以前にも未来賞で注目があったので、未来の
誌上で歌を拝見していたばかりである。
訃報を知った時の事を覚えている。嘘でしょ、と、思って、しばらく嘘かと
間違いかと思っていた。享年51歳だそうだ。

歌集として改めて歌を読んで、控え目に秘めた思いの強さのある、歌として
よく言葉を選んで作り上げている作品だと感じた。
佐伯裕子さんの解説や奥様の「あとがきに代えて」で、お仕事は海上保安官
であったと知る。北国の海での厳しい日々があったのだと思う。そういう
背景を知って、雪の実感が増す。今、横浜にいても寒い。先週、今週も
雪のある厳しい冷え込みの冬である。勿論北国と比べるべくもないけれども、
寒さの実感を思って読んだ。

歌、よくってあれもこれもと付箋だらけになりそうな中、いくつか。


  秋の日の言葉を包む封筒に百舌の切手を貼る「飛んでゆけ」 (p16)

これは未来へ詠草を送る時の歌かなと想像。とはいえそうでなくても、秋の
日に大事な言葉を手紙にして送るときめきが伝わってきて素直にいいなあと
思える歌。最初の頃は詠草を送る封筒、切手、ポスト、全部にお願いします、
って感じで祈りをこめて出してました。今は最初ほどじゃない、けど、やっぱ
今でも毎度切手貼って出しに行くのは格別な気持ちがあるなーと自分のこと
を思った。


  一さいは過ぎて行きます一さいは過ぎてゆきます がらんどうなり (p37)

「一さい」という表記が、最初は一歳? んん? という感じがして、でも
何もかも全てが過ぎてゆくどうしようもなさが伝わってきて、その最初の
ゆらぎを呼ぶのも、うまいなと思う。がらんどう なんだな。


  こわれても修理をすればよい船とこわれたままで働く心 (p59)

  君のいる街が遠くに見えている雪のなか君の街がとおくに (p60)

  右腿のケースに銃を差し入れて「彼ら」と呼ばれているそのひとり (p61)

これらは仕事柄、現場、という重みを感じる。船は壊れても修理をすれば
直る。こころは、修理するのは難しいというか出来ないというか。それでも
そのまま働くのはとてつもなく切ない。
君がいる街を、海から眺めているのかなと思う。雪の中、君、とおく という
繰り返しが心からの祈りのようで切なくて寒さと涙に街の明かりが滲んで
いるのではないかと思う。
「銃」があるのは現代の日本では尋常なことではない。でも、作者の世界
には時に現れるものなのかと思う。その厳しさを思う。「彼ら」という
存在を思う。私に明確にわかるものではないけれど、このリアルが歌で
伝わってくるって凄い。


  夕焼けがこわいのですか夕焼けを見ていることがこわいのですか (p70)

これも繰り返し、少しずらした繰り返しが切実さを伝えてくる歌。こわい、
悲しい寂しいを含んで、一日の終りがこわい、のかなあ。問いかけは誰か
に向けたものというより自分自身のものだと思う。私、上手くとりきれ
ないけれども、好きだ。


  体内は古き公園 誰もいないベンチに春の雪積もらせて (p117)

体内が古い公園、という初句のインパクトが凄い。公園だけど誰もいない。
ベンチには雪が積もる。けれどそれは春の雪。かすかな希望がある。
うつくしい一首。


  救えない命を乗せて走る船 分かっているが陸地はとおい (p137)

淡々とした事実の一首なのだろう。「とおい」ということのやりきれなさ、
苦しさをこういう一首にしているのがとても切ない。「海に死ぬ」という
一連。こういう出来事に向き合う仕事だったのか。


  冬の波に吸わるるために降りてくる雪を吸わるるまで見届けぬ (p144)

自分も海上にいて、雪が降ってきて、果てしなくあてどなく雪が空から海へ
消えていくのを見ている、という一首だと思う。この厳しい冷気、無限の
儚さ、うつくしさが描き出されている歌、美しいと思った。

読めてよかったです。

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