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『去年マリエンバートで』(林和清/書肆侃侃房)


『去年マリエンバートで』(林和清/書肆侃侃房)


2017年10月刊。第四歌集。


タイトルはこれ、映画だよね? と思ってあとがきを見るとやはり映画から
もらったようで、曖昧な記憶、みたいな。歌集は特に映画絡みというものでは
なかった気がします。が。わからない。
正直私がこの歌集の世界に乗りきれないというか、読み切れない合わない
すみません私がバカで、という気がして難しかった。
京都の生まれ、今も京都です、というテイストがあるのと、塚本邦雄の名前が
しばしばあったり。「玲瓏」所属の方なのですね。
雑誌掲載などの依頼で短歌とエッセイという感じのもいくつか。様々な趣向を
凝らすことができ、確固とした美意識、歌の世界を作られているんだなあと、
あー、ほんと私の語彙では無理ーみたいなことをひしひしと感じました。

むつかしーと思いつつ、いくつか好きな歌。


  庭先のまるい日向にまどろめる明治を知つてゐるやうな猫 (p13)

これは素直に可愛いと思いました。猫、明治といえば漱石って連想もあるし納得。

  運河から上がりそのまま人の間へまぎれしものの暗い足跡 (p18)

これはクトゥルーみたいだなあ。それはともかく、暗い足跡だけ残した何かが、
人の間に紛れているというのはひやりと怖くて好き。東京の歌一連の中の一首で、
何かそういう暗いものが居る、ある、という社会詠的要素もあるのかも。


  さくらばなひとつびとつは蔵でありむかしのひとの名前を蔵(しま)ふ (p36)

桜といういかにも儚いものが名前をしまう蔵であるという見立てが面白いと思った。
春、桜、散りおしむものだけれども、桜は繰り返し咲くもので、儚くも永遠を
内包してるかもしれない。美しいです。


  足音に呼応して寄る鯉たちの水面にぶらさがるくちくち (p61)

池の鯉が餌をもらいなれていて、ぱくぱくと群れてくるのは不気味で怖いと思う。
そういうのがすごくよく見える一首で、「水面にぶらさがるくちくち」という
表現が面白いし上手い。


  ブランコを漕ぐといふ語のさみしくてどこの岸へもたどりつけぬ (p104)

ああ、漕ぐというと、船を漕ぐとか自転車を漕ぐとかということがあるけど、
ブランコは何処へも行かず同じ場所にいるんだなあと、改めて思わせられた歌。
ブランコ、鞦韆というもののさびしさのわけを一つ教えてもらった気がする。

そんなこんなも全然歌集として読みこなせなくて私ダメだなあ。うーん。
まあ合わないんだなあ。

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