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『瀬戸際レモン』(蒼井杏/書肆侃侃房)


『瀬戸際レモン』(蒼井杏/書肆侃侃房)

蒼井杏第一歌集。2016年6月刊。

ですます口調というのか、丁寧語というか、そっと書いて置いたみたいな歌が
多いなあという印象の残った歌集です。
世界に居場所がなくてごめんなさいここはどこですかここにいてもいいですかと
小さくなったりしてるんじゃないかなあという姿を思った。
いいよいいよ、別に大丈夫だよ、と、私が思うのは全く無関係で無神経なこと
なんだけど、大丈夫なんだよとこの歌集の中の子に伝えたくなる。

  わたくしを全消去する はい/いいえ 夢の中までカーソルまみれ (p16)
  なにをしてもおこられるときわたくしは夢の中でもプリンをこぼす (p37)
  目のふちにびっしり鳥のとまる夢わたし行けないあらゆるいけない (p47)
  申し訳ございませんと繰り返す夢を見た日の、はやいなあ、雲 (p54)
  (なんでわたしこんなところにいるんだろ)って夢からはやく覚めたらいいのに (p89)

夢の歌。物凄い悪夢というわけではないけれども、じんわりと窒息しそうで、
夢から覚めたいという願いは、夢の中だけじゃなくて起きてても、で、ちゃんと
時々空も見上げるといいねと思う。

  このひとはもういないのだと思いつつあとがき読めば縦書きは、雨。 (p27)
  あたしもうだめかも なんて かめパンの首・尾・手・足 じゅんばんにもぐ (p34)
  夏草に影を落としてぼうと立つ指切りしたのにね ゆび きり (p41)
  百円のレインコートをもとどおりたためるつもりでいたのでしたよ (p45)
  ほらできない ご自愛だとか じゃがいもがうっすらみどりになってゆきます (p50)

どうしようもなくやるせなくさびしくちょっとうつむいている感じの歌。
かめパン、亀の形のパンですね。その細部をもぎとって、食べる。ちょっとずつ
損なわれ傷つけられもうだめかもしれない「あたし」がかめパンなんだよねえ。


  拝啓のつづきをひねもす考えて潮騒になる窓辺のラジオ (p19)

春の海ひねもすのたりのたりかな(蕪村)っていうのを連想するので、平和な
気分を味わいつつでも手紙に何をどう書けばいいのか思いつくことができない感じ。
実際に海辺にいるわけではないのだろうと思うんだけど、明るい海辺の窓際という
感じがする。好きだなあと思った歌。


  ともかくも今の幸せ享受するレジ袋代五円を払って (p66)

レジ袋代五円を払って享受できる幸せ、かなあ。たぶんとてもささやかな幸せ。
スーパーで買えるくらいの小さなこと。でも大事なこと。今生きてくってこれ
くらいかなという実感を思う。


  そうですね ちょうどことりの首ほどの苺をまみずであらうくるくる (p82)
  そうでした 秘すれば花で物干しに首のないシャツきちんとならべて (p84)

苺が小鳥の首になる。洗濯物のシャツは首なし。なんでもないことが喩によって
不気味な気配を帯びるのが素敵でした。


  ものさしを落としてしまってフロアーにさかさの数字がはねたのでした (p96)
  それはそれはよかったでした夕刊をつばさのようにばさばさたたむ (p111)
  スポンジにふくませたみず はなびらの切手をまっすぐはるのでしたよ (p128)


この歌集の中で特徴的に感じた、丁寧語がなんだかヘンに使われて印象に残る感んじ。
ふわりとやさしい手応えを感じるんだけど、その中に小石がひっかかるような。

落っことしたものさしが跳ねたのを「さかさの数字」と捉えたり、多分いいニュース
を読んた夕刊を「よかったでした」とちょっと突き放す感じ、ことさら慎重に
切手をまっすぐ貼ろうとしたこと。

ほんとうに、この歌集の中に描かれる、なんでもないことがなんだか大変になる
感覚が、かなり辛い、だけど辛くて当たり前、みたいなのが、よく伝わってきた。
私はもうこういう感じでずっといるのは通り過ぎたと思うけど、どうかなあ。
自らのことを考えてしまう歌集でした。

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