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『かぎしっぽ ふれふれ』(茂木敏江/私家版)

『かぎしっぽ ふれふれ』(茂木敏江/私家版)


茂木敏江第一歌集。
二五年間、続けてきた短歌を選びまとめたものだそうです。
表紙からしてとても可愛い猫の写真、猫の足跡のイラスト等で手にした時から
にこにこしてしまう。


  舞えよ舞え車道に舞えよ桜花モヤモヤさんを散らしておくれ(p10)

歌集の最初の歌。「モヤモヤさんを散らしておくれ」という表現に、作者の
人柄に触れる気がした。もやもやした心地を憂鬱に歌うのではなく、ユーモアに
呼びかけるように表していて好感が持てる。


  蜘蛛助の語源を語りタクシーの運転手らと乗客を待つ(p18)
  料金を払わずに降りし乗客の残しし住所は偽物だった(p23)
  くしゃくしゃの千円札を投げよこす乗客なりし着飾る女(p23)
  暗闇のタクシープールに客を待つ計画停電に大き月あり(p27)
  横断に笑顔で手を振る幼女なり停車の吾も手を振り返す(p35)

作者はタクシー乗務員であると序文で紹介されている。その仕事の毎日の様々な
出来事が歌われているのが面白かった。震災の頃の歌もある。街を走りまわり、
いろんな人を運んでゆく。時に踏み倒しにあったり身の危険のようなこともある。
切実なリアルが見える歌には強い力があった。

蜘蛛助って私はいまいちピンとこなかったのでぐぐってみると

「くも‐すけ【雲助/蜘=蛛助】 の意味 出典:デジタル大辞泉
《浮雲の行方定めぬところからとも、また、客を取ろうとクモのように巣を張って
いるところからとも》
1 江戸時代、街道の宿駅や渡し場などで、荷物の運搬や駕籠 (かご) かきなどを
仕事としていた無宿の者。
2 人の弱みにつけ込んだり、法外な金銭を取ったりする者を、ののしっていう語。」

ということで、タクシー運転手のことを悪く言う言葉でもあるらしい。
こういうことが雑談に出たりするんだなあ。それを作者は歌にするのはやはり
言葉に敏感だからかなあと思った。

  「困ったことあれば言えよ」と父は言う鼻から腸に管を入れつつ(p41)
  弟は家内安全の吾が札に猫しかいないではないかと言う(p50)
  冬物の衣類それぞれに名前書く施設に入る母の持ち物(p61)

家族の歌。父はこんなにも父なのだなあというのが切々と伝わってくる。
弟とのやりとりは大変だったり面白かったり。母の老いを見つめて心を寄せて
いる様はかなしくもやさしい。持ち物に名前を書く、という行為はたぶん子ども
の頃には母からしてもらったことなのではないか。それを自分が母にこうして
いるということは、今、とてもよくわかると思う。


  バス亭に何度もバスを見送りて今日も老女は誰を待ちいむ(p78)

バス停に今日も老女がいることを、バスには乗らずにいることを、作者は見て、
心をよせている。何もわからないけれども過不足は感じない。切なさの情景
が見えてくる。


  花粉症の猫のノンノと吾なりき小さなクシャミと大きなクシャミ(p108)
  硬直し初めて吾に触れさせし野良猫レオを葬る朝(p121)

猫を飼っていて、猫が可愛い歌。私も猫大好きなので、にこにこして読ませて
もらった。猫も花粉症になるかなあ。一緒にクシャミをしているのがとても
可愛かった。
作者は野良猫のことも気にかけている。やっと触ったその猫の身体は冷たく
なっていたのだろう。小さな命の儚さを思う。

家族や猫や絵や思い出の写真もつまった大切なものがとてもよく伝わってくる
歌集でした。

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