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『ピース降る』(田丸まひる/書肆侃侃房)


『ピース降る』(田丸まひる/書肆侃侃房)


田丸まひる、第三歌集、かな。
花の妖精のような女の子の絵の表紙が印象的な本。
とてもとても切実な、窒息しそうな世界に生きる、祈りの一冊だ。

まひるさんも、私が一方的に長年見てる歌人。短歌に興味もったばかりの頃、
題詠マラソンに参加してた頃に知って、まひるさんの歌はずば抜けて可愛くて
上手くて同じ題で同じ定型で作っているはずなのにどうしてこんなに違うのか。
学生さんみたいだ。すげええ~って思ってた。時々題詠マラソンの歌をとりあげて
読む日記をよく見にいっていた。読みもすっごく面白くて好きだな~~と思ってた。
まあずっと見ていたわけではないし、時は流れ学生さんはお医者さんになり
お会いしたことはあるけれどもやっぱり実際何がどうだかなどは知らないし
わからない。
ので、また念のため言うと作者田丸まひるという記号として読みます。現実の
人と直結させてみることはできない。

もくじに並ぶ小見出しがもういちいち可愛くて最初からやられてしまう。
「ピース降る」「可愛くて申し訳ない」「ロッキンホースバレリーナ」
「空がほつれる」「わたしの果てにわたしはいない」「ぼろぼろになればよかった」
「目覚めたらそこにいてほしかった」等々どれもこれも素晴らしい。
活字、フォント? も、これはなんていうの。明朝じゃない可愛い文字。

最初。「ピース降る」
*の記号が降るように散らばったレイアウトが可愛いなあ。

  感情を言い表せる言葉より花の名前の方が多いね

  雪のような夜の春だねいつまでもきみは無料の音楽を聴く

一連どれもすごく素敵なんだけれども、ステキすぎて、言葉や道具立てが
慎重にきれいすぎて、こう、*を散らしているのも、ちょっと私の個人的好み
でいうと、やりすぎな気がする。でも歌集の冒頭なのでこんなにとびっきりに
飾っているのかな。

「可愛くて申し訳ない」

  可愛くて申し訳ない ふみづきの帽子に深くしずむそらみみ
  ゆるされることよりずっと快感と知ってゆるしたことがあります
  こいびとの名前はわたしが呼ぶための詩(だったらいいな)西日の隙間

これはもう「可愛くて申し訳ない」というフレーズが最高すぎて参る。甘い
けれどもとてつもなく繊細な甘さ。
ゆるされる、ゆるす、の関係にぞくぞくする。関係ない妄想繰り広げてしまう。
こいびとの名前は詩だよね。好き。

  塩漬けの花をくずしてでもあれは嗤われたって知っていたよね(p21)
  あやめあやめたぶんこれから繰り返すあやまちさえもわたしのものだ(p28)

こういう自覚の在り方が凄い。声高な主張とかではなく、少し凍るこころを
自分で知っている。表現している。受け止めて突き放す。わりとこう、実は
許さないよね、って感じが凄い。

  跳ねあがるような癖字を書いていたきみがきみにだけ向けた暴力(p34)
  
  明日も目が覚めてうれしい うれしいと発音すればうれしい限り(p44)

中盤にきて、ぐっと鋭くえぐられる。多分突然の死。多分、医師と患者、かと
思って読んだけれども、その関係性は多分読み方次第。恋人でも友達でも
きみとわたし、誰かと誰かの別れ。それは多分、突然のやりきれなさ。
取り残された時、何を思っても後悔にしかならず、感情にどんな名前をつけよう
としても、どうしようもない。「花の名前」より言い表せる言葉は少ない。

明日も目が覚めるって、本当は決まってないのに、うれしいとあらかじめ言う
ことを決めている、かきむしるような切実さが苦しい歌だ。三回も「うれしい」
と書いている。うれしいと発音してうれしいと書きとめなくては明日生きて
いくことができない切実な必死な一首で泣いてしまった。

「あすを生きるための歌」は、詩、かな。詩と歌と。4頁に渡る言葉。
切迫した過剰な言葉。飛躍もイメージの奔流も迫力ありました。

  意思のあるスプーンになり金色のゼリー舌から舌へと運ぶ(p60)

これは自分がスプーンになって舌のゼリーを口移ししあうセクシーな歌~と
思って読んだ。喩とみてもほんとにゼリーを食べるとしても、いい。好き。


  またねは祈り暗喩ではなくまたあした昼夜逆転していても来て(p67)

これはまた随分直球な。でもこの本気の祈りであることがぐっとくる。


  透きとおる傘をわずかに傾けてわたしは色をこらえきれない(p83)

これはちょっと救いを感じた。こらえなくてもいい色がこぼれてしまえば
いいと思うよ。


  借りていた傘を返しに行くときの時雨『カフェー小品集』を鞄に(p91)

お。これは野ばらさまの本。と思って目に留まった。こういう本はお守りだから。


  泣きながらうつむく時の首のほね なんて小さな獣だろうか(p97)

これは目の前で泣く子どもの姿を思って読んだ。愛しさを感じる。でも、獣
なのね。なんて小さな、という存在でありながら、絶望的に獣なのかなあ。
通じないんだろうか。首の骨そのものを獣みたいだ、と見ているのかも。

「きみの花冷え」も、詩、かな。
これはとても許しているように思った。許す快感なのかなあと。「あすを
生きるための歌」の時のような緊迫感よりは少しゆったりしてる。
とはいえ重い苦い辛い感じはありつつ、イメージのひらひらくるくるゆれて
変化して広がっていく感じは少し、余裕があるかなあ。きれいに完成してる。

  若いひとと軽くくくられクロッカスわたしはわたしのために笑った(p113)

これ、とっても自覚の歌。「くくく」「クロッカス」という軽やかさ。
「若いひと」ってまだまだ当分作者は言われ続けるでしょう。そういうのに
こういう距離をとるんだなというのが凄い。かっこいいです。

一冊全部素敵だ、という本で、とてつもなく大事なものを渡されたと思う本で、
こんなに可愛くてこんなに辛い、詰め込まれた生身を見た気がした。
私は私で、もちろんこの歌集全部がわかるわけではないし共感できるものでは
ない。けれど、しあわせになろう。生きましょう。
この本がひつような「あなた」に届きますように。


一つ前の『硝子のボレット』の批評会行った時の日記を書いてたのをちょっと
読みかえした。
http://to-jin.cocolog-nifty.com/tojinntannka/2015/05/post-0b0e.html
ボレットに関しては私はちょっと乗り切れないところが多かったんだな。
「若い女」として見られることをとても自覚的にセルフプロデュースしていた
歌集だったんだっけかな。今歌集そのものを読みかえしたわけではないのだけど、
多分、その後もう少し表現して見せるやり方を変えた、か、変わった、か、
ん~。
私は『ピース降る』が好きなんだな。


と、ここまで書いて「『ピース降る』のあとがきのあとがきという戯言」を
読んだ。
https://note.mu/tamarumahiru/n/n0751e4128c28

これもとても素敵なあとがきのあとがきで、なるほどー。
私が歌集読めてたなというところも、あれ、って感じも、でもまあ、私は私で
勝手な感想を持つのでした。
読んでよかった。ありがとうございます。

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