« 『ピース降る』(田丸まひる/書肆侃侃房) | Main | 『いちまいの羊歯』(國森晴野/書肆侃侃房) »

『風のアンダースタディ』(鈴木美紀子/書肆侃侃房)


『風のアンダースタディ』(鈴木美紀子/書肆侃侃房)


鈴木美紀子第一歌集。

アンダースタディというのは控えの役者。代役、かな。知らなかった。
あとがきにもあるように、自分、ではない誰かが演じる自分、というような
印象のある歌がたくさんある歌集だった。
映画や舞台がお好きなのでしょうか。自分のような自分ではない、自分とは
距離がある世界、を言葉でひきよせてきて歌にしているみたい。
ふわりときれいな世界でした。

 
  傘の中ふたりの会話はどこまでも定員割れのようなさびしさ(p9)

傘の中のふたりの会話、という甘い世界ように思ったところで、定員割れ、
という比喩がさくっと無機質に冷たい感じがして驚きがあった。


  ガリガリくん冷凍庫のなか生き延びて目が合う度に老け込んでゆく(p11)

あの坊主頭のガリガリくんを買って冷凍庫の中に入れていて、食べずにいて、
冷凍庫をあける度に目があって。季節は変わり老け込んでいくのはガリガリくんも
私も、ということなのでしょう。じわりと冷たい嫌な感じがすごい。


 きみはまたわたしの角を折り曲げるそこまで読んだ物語として(p17)

このきみに無造作に扱われるのだ、という切なさ。でも私は物語として表現
されていて、ナルシスティックだなあ。好きといいたくないけど好きな歌です。


  どちらかが間違っている 夕闇の反対車線、あんなに空いてる(p36)

理屈を考えれば上り下りで渋滞に差が出るのは当たり前なんだけれども、始めの
断言とか渋滞のいらいらがつのる感じとか、世界の理不尽な怒りがぐつぐつと
こみ上げているような根深い暗い強さがあって迫力ある歌。


  異国にてリメイクされた映画では失われているわたくしの役(p33)
  過るのは再現フィルムでわたくしを演じてくれたひとの眼差し(p43)

「わたし」は誰かに演じられている感じ。私が映画の中にいるというナルシストな
感じと、でもそこにいない、どこにもいない、という不安と。寂しい。


  待ってても「何階ですか」と訊かれない見知らぬひとと落下してゆく(p53)

受け身でいて、沈黙の中、落下していく不安、不穏な歌。こわいのに、ただ
黙って受け入れているどうしようもない感じが読むほどにますます怖かった。


  旧姓で今でも届くDMは捨てないでおく雨に濡れても(p66)
  この指環はずしてミンチをこねるときわたしに出来ないことなんてない(p67)
  しゅわしゅわとバイキンの死ぬ音が好き漂白剤にこころを浸す(p69)

これはちゃんと「私」の歌のような気がする。生活があるけれども別に楽しく
ない感じの生活。リアル、だけれども詩的に歌えているのがすごい。


  カラコロと返却口へ落ちてゆくコインの気持ちをつかみかけてた(p73)
  路地裏でひっそり月を待っている<刃物研ぎます>という看板は(p74)

そんなものに共感、感情移入して歌にしてるのかと思う。不如意なもの。そこに
こころを寄せる作者のやるせなさを思う。しかも美しい。


  本心が読み取れなくて何回もバーコードリーダー擦り付けてた(p82)
  二人用の柩はないと知ったときあなたに少しやさしくなれる(p88)
  自販機に<なまぬるい>のボタン見つけたらわたしはきっと次の階段(ステージ)(p103)

この、なんか、なんかちょっと違う、間違ってるけどそうなんだろうなあという
ずれた感覚が詩的なような気がする。こわい、し、不思議、だし、きれいだけど
嫌な感じがするあたりの微妙なゆらぐ感覚がすごい。


  自らのいのちをそっと手放して水を産みたりあわれ淡雪(p114)
  この部屋にわたしがいないときに来て誰かが飾ってくれる白菊(p114)

もうすでに自分がいない世界という感じがする。とてもきれいな歌で、少し
こわい静けさ。

タイトルに「風の」とあるように、全体にふわりとしている。そして不穏。
不安とか切なさとかが淡く滲んで、別の世界でしかないような感覚がある。
これが鈴木美紀子さんの世界なのだなというのを見せてもらった一冊でした。

|

« 『ピース降る』(田丸まひる/書肆侃侃房) | Main | 『いちまいの羊歯』(國森晴野/書肆侃侃房) »

「書籍・雑誌」カテゴリの記事