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『いちまいの羊歯』(國森晴野/書肆侃侃房)


『いちまいの羊歯』(國森晴野/書肆侃侃房)


國森晴野第一歌集。

とても可愛い、といっても落ち着いた色合いの可愛い兎の絵が表紙の一冊。
しずかに植物を食みながらひっそり実験してみているような印象の歌集でした。

理系の人なのか、というのがまず印象に残る。始めのほうにはえーと、なんだろう、
実験みたいなことをしているんだな、という言葉がたくさん並ぶ歌が続く。
東直子さんの解説によると作者は今水質検査等の仕事に携わっている、との
ことなので、そういう感じかーと思う。私にとっては見慣れないわからない知らない
言葉が多いので、それだけでなんだかとても素敵なものに思える。ちょっと
無機質で冷たい言葉のように思ってしまう、理科実験室みたいな感じ。って、
自分の理系っぽさのイメージが貧弱すぎて申し訳ない。お恥ずかしい限り。

きれいな言葉。きれいなイメージ。相聞の甘さ、でもべったりした甘さではなく
少し離れて少しかなしんでいるような甘さ。植物に同化していくイメージ。
個人的勝手なイメージだけど『慣用少女(プランツドール)』という漫画を連想した。
観葉植物のような少女人形を育てる。ミルクやお砂糖だけできれいに愛でる。
昔読んだ記憶のイメージだけなので全然違うかもと思うのだけれども、大事に
きれいに、そっと、清らかな世界でありたい、でもそんなわけない、という感じ。
どーかなあ。


  コロニーと呼べばいとしい移民たち生まれた星を数える真昼(p12)

これは培地になんかを培養してみてる。のを、移民のイメージに重ねている、
のかな。生まれた星はここではないどこかなのですね。数えるほどにたくさんの
生まれた星、でもここではない別の星、というイメージかな。目の前の培地と
いう小さな世界から宇宙へ、SFになる飛躍が美しい。


  椎茸はふくふく満ちるとりもどせない夕暮れをかんがえている(p28)

私は実は椎茸が嫌いで。でもこの歌みたいにおいしそうに詠めるんだなあと
印象に残った。干し椎茸を戻して煮て、という感じなのかなあ。その間に思うこと。
とりもどしたいのはよいものだったのだろうなと感じられる。


  いっしんにみどりを釣りあげるひとのうなじの斜面を這いのぼる蔦(p35)
  絶え間なく嘘をつきつづけています袖口からは蔦のみどりが(p45)
  待つことの嘘とさみしい幸福を誰かのために抱く蔦の町(p80)
  ゆうぐれの水面に映る蔓草はしずかに彩る街の亡骸(p98)

蔦、蔓草。まきついてきてからまって覆い尽くしていく蔦が好きなのかな。
閉塞感でもあるような。苦しいのに繁るみどりは美しい。


  順序など知らない僕はゆきのなか経口感染した恋を抱く(p73)

うっかりキスしてしまったから始まった恋、という感じかな~。素敵かわいい。


「かたおもい」は折句を集めた一連。どれも折句なのに普通にちゃんと一首で
すごいと思った。

  (答えなら、いらない)雪のごときみの声は真冬に濾過されてゆく こいごころ
  ことごとく濡らしたままで重ねれば朝をしらずに眼をとじている こぬかあめ
  (p88)
中でもこの二首が特に好きでした。きれいでセクシー。


  (そんなにも綺麗なものが)抜け殻の鴉はそっとおしえてくれる(p107)

抜け殻の鴉、というのは、剥製なのかなと思って読んだ。聞こえるはずのない
鴉の声をきいて、綺麗なものを教えてもらうイメージ、とても素敵です。

なんだか途中で、一頁に二首、一頁に三首、とレイアウトが増えたり減ったり
してて、それはなんで?? と、たぶん、多分どうでもいいことが気になったり
して、うーん。まあ、それはそんなこと気にするな俺、と思いました。じっくり
見比べると意味があるのかしら? でもまあ、いっか。
読み終わってまた表紙の兎をじっと見てしまう。兎と、花と。きれいです。

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