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『岸』(岩尾淳子/ながらみ書房)

『岸』(岩尾淳子/ながらみ書房)


岩尾淳子第二歌集。

今月出たばかりの歌集。
ていねいな、うつくしいゆったりと優しい韻律の歌が並んでいて、とても心地よく
読めた。教師の仕事、街を眺め歩きあちこちを訪れること、身近な家族、誰か
との小さな触れあい。何気ない日々の中に作者が見出す瞬間の鋭さが詩になって
歌い止められている。はっきりいって全部がいいので、どれに付箋つけるか
やめるかわからなくなってしまった。私ではこの歌集読み切れてないと思うけど
全部いいですさすがです。

いくつか、なんとか選んだ好きな歌のこと。


  校舎から小さくみえる朝の海からっぽの男の子たち、おはよう(p11)

歌集の最初の歌。海が見える心地よい景色を遠目に、目の前にいるのは多分
生徒である男の子たち。その男の子たちを「からっぽ」と見ているのがすごく
不思議であり面白かった。男の子が光にとけてしまうみたいに感じる。


  忘れられ誰のものでもなくなった傘りんりんと夜に光れり(p14)

学校の傘立てにぽつんと残った傘があったのだろう。夜にはその傘がりんりんと
光る。蛍のように青白く仄かに光るのではないかと私は思った。誰のものでも
なくなって傘自身が息づきはじめるようなイメージがとても素敵だ。


  制服を着るのを忘れて来たというおおかた忘れていいことばかり(p16)

これは面白くて。制服がある学校なのだと思うんだけど、登校してきたのに
制服忘れて来るか???とうっかりにもほどがあると思うと同時に、わざとなの
だろうか、むっと黙り込む思春期反抗期な子どもの姿なのだろうか、と思う。
それとも普段は私服オッケーで、なにかしら行事のある日だけ制服、みたいな
所なんだろうか。わからないんだけれども。でもそれを「おおかた忘れていい
ことばかり」とゆったりと一旦受け止めている感じがほわっとしてよかった。


  おとうとにやさしくするよ七夕の電車の窓に平仮名を読む(p23)

電車の窓にはあっと息をかけて、「おとうとにやさしくするよ」と淡く書き
残されていたのだろうかと思う。弟がいるお兄ちゃんもまだ子どもなのだ。
お兄ちゃんなんだからやさしくしなきゃ、って、ぎゅっと我慢してる気持ちを
言わずにやさしくするっていう決意を書く、可愛い兄弟の姿を思った。七夕の
日ということで、願いでもあるのかなあ。すごく物語な世界が広がる歌で
とっても可愛くて好きです。


   「声」米口實先生ご逝去
  死んだのですねどうやって死んだのですか脳とか肺とか声とかは(p47)

師への挽歌の一連。一首目のこの、知らせを聞いても受け入れがたい感じがとても
迫ってくる。声、に焦点を絞っていくのも作者のリアルを感じた。


  うつむいて胸の釦を嵌めてゆく身体がなければもういない人(p61)

釦を嵌めて体を確かめて、服に包むことで身体を辛うじて保っているかのようで。
身体をなくした人のことを思い、今身体がある自分のことを思う歌だと思う。
しずかに寂しい。


  少年はあかんかったとのみ言いき動かぬ影をわれに重ねて(p76)

野球部の生徒の少年なのかなと思う。鮮明に光景が浮かぶ。「あかんかった」と
いう生の言葉、声が聞こえてくる。何も言えないけれど少年よ、頑張ったんだな。


  輪廻してゆく人たちが乗り合えるバスにちいさな運賃の箱(p118)

バスの乗客を「輪廻してゆく人たち」と捉えた瞬間に詩になり歌になっている。
バスが三途の川へ向かうようになってしまうし運賃の箱には六文銭を入れるの
だろうか。バスに乗ってどこかへ行くなんてほんとうに何でもない日常なのに
ぐにゃっと異世界に変わるのが凄い。


  筆先が紙にひらいてゆくように思いを声にすればよかった(p162)

筆で紙に文字を書いてる書道の時、と最初思ったけれど、絵を描いている所かも
しれないなあ。どっちにせよ、静かに筆を使っているときに不意に思う、ちゃんと
声にすればよかったのに、という言えなかった事。こういう感じ、わかる、と
思わせてくれる。


  それぞれの暮れゆく海に触れぬよう離れぬようにあたなと歩く(p80)
  自転車を水辺の柵に凭れさせ二人はちがう島を見ていた(p178)
  「少し呑む?」「ああ少し呑む」あてどなき心だけれどひとりでもない(p191)
  わたくしに弔う人のあることの沖に届いているひつじ雲(p196)
  いつかあの岬へ行こうと君はまた思い出みたいに「いつか」と告げる(p209)

誰かと二人でいるふわりと甘い気配のある歌。相手は家族だったり誰かだったり、
明確に私にわかる人物ではないのだけれども、大事な人なのだろうなと感じさせて
くれる。側にいて、一緒にいて、それでも互いに別々であることが歌われている。
こういう距離感いいなあと思った。

あとがきに、神戸の街をよく歩くようになり、と書いてあって、そして阪神淡路の
震災のことを思う歌もあった。私は当事者というわけではないが、切々と感じる
ものはあって、大きな災害の巨大な喪失を思う。
穏やかにうつくしい歌集でした。

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