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『人魚』(染野太朗/角川書店)


『人魚』(染野太朗/角川書店)


染野太朗第二歌集。

ずっしりと重い歌集だ。端的に物量的に重い。ハードカバーで277頁。
そして中に描かれている人生のようなものも、ずっしりくる世界だった。

あとがきがなく、わかるのは著者の生年くらい。一冊読み通してみると
30代の男性、両親がいて妻がいて、教師をしていて。仕事、日常。離婚。
引っ越し、たぶん実家に帰ってまた両親と暮らし始めているのかな。
という姿が浮かび上がる。それがどの程度事実なのかは知らない。
東京で、少し離れて、の暮らし。人との関わり。鬱々とした苦しさのリアル。
コーヒーで生き延びているような感じがする。
それが、短歌という器で描き出される、うつくしさの現れ方が凄い。


  父の揚げた茗荷の天麩羅さくさくと旨しも父よ長生きするな(p13)

  紫陽花の毬の重みをなお増して雨 少しずつ妻を消しゆく(p42)

親のこと、妻のこと。家族とは近しいがゆえにままならなさがとてつもなく
苦しいと思う。激しい何事かがあるのだろうけれども、具体的なことはわからない。
わからないけれども、関わりの重苦しさはどうしようもなくある。


  被曝だ、と笑い男らが吉祥寺PARCOを出でて夕立の中へ(p49)

2011年の夏らしい。3月の地震よりは少し時間は経って。あの地震の頃の
どうしようもなく塞がれた気分を思う。不謹慎だとか言うのは単純すぎる話で
私は本当にどういえばいいのかわからない。けれどこの感じ、というのは凄くある。
被曝だ、と、そんな言葉が日常の冗談としてある世界。
吉祥寺のパルコとか、わかる、この場所の感じ。
そしてこれを歌に書き留めている感じが作者の感じなんだと思う。

  手袋が手袋のまま落ちていた校門を出て右に曲がれば(p27)
  教壇に立つたび翅をつままれてとんぼがもがくこの肺の奥(p81)
  教室に静寂ふかきひとところありてときおりしねとし聞こゆ(p167)
  たまにとても恥ずかしくなり教室の後ろに行って音読はする(p203)
  なんと濃い夕陽だろうか教室でしずかにめくるエロ本の上に(p235、上に「え」ルビ)

教師であること、学校での歌も読んで辛くなるのが多かった。
「手袋が」の歌はかなり好き。夕陽の中に落ちている手袋、というイメージを
持った。でも黒い手が落ちているような不気味さも仄かにある。最初ノスタルジー
な印象だったけれども、もう少し怖いようにも思う。それは歌集全体の持つ
息苦しさであると思う。

教壇に立ちながらトンボが翅をつかまれてもがく様であるとか、静けさの中に
「しね」と聞くとか。生徒のことをよく見ているなとか生徒と冗談言い合う感じ
もあるのだけれども、私が強く印象に残ってきたのは、苦しい歌だった。

引用の後ろ二首、恥ずかしくなって、でもちゃんと音読する先生とか、教室で
エロ本をめくっている先生とかの姿は、ちょっと可愛げがあった。しかしその
エロ本、生徒から没収したのだろうか。濃い夕陽の中でしずかにいる先生、
もしかしたら生徒と向き合って、とも思えて、シュールな可笑しさとどんより
嫌な気持ちと、両方湧いてきてしまう歌だ。

  水死した前世のせいで足先が冷えるのですと告げられて冬(p21)
  尾鰭つかみ人魚を掲ぐ 死ののちも眼は濡れながらぼくを映さず(p91、眼に「め」ルビ)
  叫び声をあげないためにこの蛇は君の不在を銜えつづける(p95)
  ぼくの汗をとんぼが舐める舐めながら白い卵をなお産みつづく(p110)

歌集のタイトル『人魚』に全体が統べられているのかもしれない。童話の中の
可愛い人魚というよりは、人を惑わせ水に引きずり込む恐ろしいものとしての
人魚。冷たい水、湿気。出てくる生き物は昆虫や爬虫類で冷たくぬめりを帯びて
不気味なような感じがする。ふわふわもふもふあたたかい猫とかいればいいのに、
いない。
蝶の翅をむしったり蜻蛉に苛まれたり、人魚を殺すイメージの数々は、悪夢だ。
こわくて苦しい歌で、それに掴まれてしまってとても魅力的だった。

  君の手に触れたすべてに触れたあとこの手で君を殴りつづける(p129)

  感情がなければいいなひとりだな便器を摑んで吐くこの朝も(p149)

時に爆発する暴力的な衝動が、自分を責めている痛々しさが歌として表現されて
きれいだと思う。
ひどくボロボロになって、そのままで歌を作っているんだなあと圧倒される
一冊だった。

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