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『ジャコメッティ』(矢内原伊作/みすず書房 1996年刊)


『ジャコメッティ』(矢内原伊作/みすず書房 1996年刊)


ジャコメッティの、あの細くひょろ~~~っと長い彫刻は印象的で、何も知らない
ながらも好きなだなあという思いはある。
ジャコメッティ展やるらしいと先日知って、せっかくなのでちょっと予習して
みようかなあと、読んでみた。
矢内原伊作のことはもっと何も知らないんだけれども、何度もモデルをした
日本人、ってくらいの感じで読み始めたのです。が。
すっごい!これめっちゃ面白い!!!!!

「ジャコメッティとともに」
「その後のジャコメッティ」
「ジャコメッティからの手紙」
「ジャコメッティについての日記・手帖」

写真もいくつかあり。矢内原、こんな顔なのかあと思う。ジャコメッティが
描き出そう作り出そうと苦悩した顔。

パリに留学していてもうすぐ帰国、帰国の前にはかねて憧れの中東旅行しよう、
エジプトにはぜひ行かねばと計画している矢内原。肖像画を描いてくれるなら
ありがたいなあ、ってくらいの軽い気持ちでモデルを引き受けたものの、
ジャコメッティはヤナイハラの顔を描き出すことに尋常じゃない情熱を傾け、
苦悩しながら描き続けるその執着にひきずられて、旅行の計画はずるずると
伸ばし、中東戦争勃発でさらに帰国は伸び、結局数日のつもりのモデルを
二か月以上も続けることに。

途中出てくる交友関係もなんだがゴージャスで、サルトルとかジャン・ジュネとか。
1956年ごろのパリって、こんな感じだったのかなあというのを知るのも楽しい。

で、帰国してからも夏休みの旅に出かけていって、ポーズする矢内原。
この二人の蜜月の記録、すごい。

芸術家はモデルを捉えて作品にしようと苦悩しながら芸術を高めていく。
モデルは囚われながらも超然とポーズし続けて、見つめられながらも芸術家の
苦悩を見つめ返している。
互いが互いの王であり奴隷であるという、この、称賛と絶望の振れ幅の激しさ、
執着、尊敬と愛情。
この素晴らしい二人の世界は、恋と呼ぶしかないでしょう。らぶらぶキスして
だとかいうのとは違うけれども、こんな風な二人の絆に名前をつけるなら、
それは恋でしょう。

芸術家と、哲学者と。すごい二人の世界をこうして書き記し残してくれてよかった。
矢内原さんありがとう;;

あまりに素晴らしくて、感動して、もえころげて、嗚呼~今まで読んだこと
なかったなんて自分の馬鹿っと思い、でも今これを読むことができてしあわせっ、
と感激し。最高の読書体験しました。
好きだーって付箋つけまくって、書き写してたら一万字くらいになったよ。
好き。好き。素晴らしい。面白かった。

少し、書き写した一部。胸きゅんすぎるでしょ。


 「「写生からやり直さなければならない、私はこういう風景が描きたい、
 それはどんなにすばらしい仕事になるだろう。ああ、したいことが多すぎる。
 彫刻もしなければならないし、きみの顔も描きたいし。」
  アトリエの前まで来てぼくは別れた。別れるとき彼は、「数日中に来てくれ
 ないか、きみの顔が描きたいから」と言った。」(p14)


 「はじめてモデルになるぼくは緊張し、かたくなっていた。自分の首がどちらに
 傾いているのかわからない。「そうだ、それでまっすぐだ。動かないで。」
 やっと彼はそう言い、すぐ鉛筆を動かしだした。「美しい」とか「すばらしい」
 とか嘆声を発しながら。それが何を意味するのか、はじめぼくはわからなかったが、
 それは僕の顔のことなのだった。「デッサンするにはあまりに美しすぎる。」」(p22)


 「「いや光のせいではない、自分にはよく見える、見えるがそこに達しないのだ。
 見えないのはヤナイハラではない、ヤナイハラをとらえる方法だ。」それからまた
 しばらく仕事を続けたあとで、「美しい、すばらしく美しい。」「ワグナーが?」
 と訊く奥さんにジャコメッティは少しおどけた調子で、「ヤ・ナ・イ・ハ・ラ」
 と一言ずつ切って答えた。ぼくはこんなふうに言われるのはむろん初めてだから、
 なんとも妙な気持ちだが、ひたすら無念無想を念じ、表情を少しも変えないように
 努めた。」(p23) 


 「「この顔は充実性と重さをもっています」と言うと、「そして同時に軽さもだ。
 頭ほど重く、そして同時に軽いものはない。それは山のように重く、それでいて
 船のように軽々と空中に浮いている。どうしたらそれが描けるか。」そう言って
 彼はぼくの顔をまじまじと凝視し、まるでぼくにたいして怒ってでもいるかの
 ような声で、「きみは私に恐怖を与える」とつぶやいた。」(p51)


 「「あなたはあまりにもペシミストでありすぎる。」とぼくは少し怒ったような
 声をだした。「毎日進歩している癖に駄目だ駄目だと悲観ばかりしているでは
 ありませんか。あなたが自分の仕事を駄目だということはポーズするぼくの努力が
 無駄だということですか、ぼくはそうは思いません。第一、今日のタブローは
 昨日よりも進歩しているではありませんか。」「昨日にくらべれば無論遙かに
 進歩している」ジャコメッティはぼくの見幕に驚いて言う。(p74-75)

 そして哀願するように、「きみは、いつでもポーズをやめる自由をもっている。
 しかし明日もう一日だけ続けさせてくれ、明日もしもうまく行かなければ私は
 もう二度と絵を描かない。」「明日も明後日も来ますよ」とぼくは答えた。
 「ぼくがポーズするのは、あなたに依頼されたからでも肖像画が欲しいからでも
 なく、ポーズしたいからするだけです。肖像画ができなくてもかまいません。」
 「きみはかまわなくても、私はかまう。どんなことがあっても明日はきみの鼻を
 つかまえなければならない。ああこの鼻。」そう言って彼は腕をのばし、
 その太い指でぼくの鼻を強く突いた。」(p75)


 「ぶつぶつ言っているジャコメッティを奥さんがなだめ、三人で会場に着くと、
 いろいろの人がジャコメッティに、「この頃はどこにも姿を見せないが一体
 どうしたのだ、もうスイスに出かけたのかと思っていたが」と言う。そのたびに
 彼はぼくを顧みて答えた。「この日本人につかまっているのでどこにも出かけ
 ない、自分は今ムッシュー・ヤナイハラの奴隷なのだ」と。「とんでもない、
 ぼくのほうこそ奴隷ですよ」とぼくは笑う。そんなジャコメッティとぼくを見て
 人々は怪訝な顔をしたり微笑したりした。」(p101-102)


 「なおも休みなく描き続けながら、「ああ、せめて一年間こうしてきみの顔を
 描き続けることができたらいいのに」と彼は嘆息する。そして、「私はルネッ
 サンスや近世初頭の宮廷のお抱え画家が羨ましい。もしもきみが王様だったら、
 私は一生傭われて王様の肖像画を幾つも幾つも描くのだが。」「召使いのように
 傭われて王様の顔ばかり描かされるのはむしろ悲惨ではありませんか。」
 「悲惨どころか、それこそ最も理想的な境遇だ。」「報酬はひどく悪いですよ。」
 「報酬などはいらない、台所の隅で下男と一緒に食べさせて貰うだけで沢山だ。
 もしも王様がポーズするのにあきたら、家来にポーズさせて顔の描き方を研究
 させたらいい。他の何ものにも煩わされずに一つの顔を一生描き続けることが
 出来るということ、これ以上の境遇は望めない。」」(p125)


 「時間がたつにつれてジャコメッティの仕事ぶりは殺気だってくる。身をよじり、
 叫び、地団太をふむ。「これ以上この不条理な仕事を続けることは狂気の沙汰だ。
 そうだ、これは確かに狂人の仕事だ、王様は御用画家を変えたほうがよくは
 ないか」と彼は言う。「私が王様だとしたら」とぼくは言った。「この仕事を
 続けることを命令します。」「そうか、それで安心した。王様の命令ならば
 仕方ない、もう私はきみに同情したりはしない。私は王様の命令に服従する
 奴隷にすぎず、仕事の結果がどうであろうと、その責任は王様にあるのだから。」
 「いやいや、私のほうが奴隷ですよ、毎日ポーズをさせられて。」こう言って
 しまってから、これは失言だったな、とぼくは気がついた。人を強制して何かを
 させるということほどジャコメッティの嫌いなものはないからである。案の定、
 彼は幾分むきになって、「私はきみを強制したりはしない、きみはポーズを
 やめたければいつでもやめられる。私の運命はきみの掌中に握られているの
 だから、やはりきみのほうが王様だ」と言い張った。王様はジャコメッティが
 描こうとするぼくの顔そのものであり、彼とぼくは共にその奴隷、ただし自由な
 意志でこの王様に仕えることを選んだ奴隷なのだった。」(p127)


 「 疑いもなく、彼の名前と作品は、二十世紀の輝かしい記念として後代に
 のこるだろう。だがそれが何になるか。「もう少しの勇気を!」その絶叫は
 彼の彫像のように、凍りついて宙に浮かんだままだ。こんなバカなことが
 あるだろうか。重い気持ちでこの原稿を書いているとき、夫人のアネットさん
 から長文の電報がとどいた。ではやはり彼は本当に死んだのか、私のアルベルトは。
 私は私自身が死んだように感じる。」(p172)


 手紙
 「 きみは知っていない、私の極めて親愛なヤナイハラよ、私のためにきみが
 どれだけのことをしてくれたのかを。われわれのすばらしいアヴァンチュールは、
 一昨日以来、われわれはあくまで自由であって欲する時にまた会うことができる
 ことを知っているということだ。しかしいまは、まだきみがここにいるかの
 ように思われる。今日はこれのみ、近いうちにまた書こう。   
  きみの アルベルト・ジャコメッティ 」  (p178)


 手帖
 「九月八日 木曜日
  午後五時、胸像。
 呻きながら仕事を続け、時に叫ぶ。
 G「オー! ヤナイハラ、ヤナイハラ……」
 しばらくして、
 G「キリストは十字架の上で何と叫んだか、エリ、エリ、レマ、サバクタニ
 {わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てですか}、私はヤナイハラに助けを
 求める、助けてくれ!と」
 Y「ぼくは何もすることができません」
 G「私を助けるのはきみだけだ、きみを除いてはだれもいない」」 (p247)


  愛の話。
 「G「私はヤナイハラを熱愛している」
 Y「仕事のゆえです」
 G「いや、そうではない」 (p259)

 きょうは早くやめると言っていたが、「あと五分」と言いながら、結局午前
 一時近くまでやる。
 ジャコメッティのモデルをすることは、戦慄、眩暈、驚愕、感嘆の連続だ。」
 (p259-260)


 「 タクシーの中でも彼は仕事のことで興奮して喋る。あまり彼が絶望して
 いるので、こちらもイライラして、とうとう大きな声で怒鳴ってしまう。
  食事の終り頃に宇佐見来る。
 G「絶望だ、悲しい、無念だ。私は眠りたい、しかし同時にそれを嫌悪している」
 Y「ぼくにどうしろ言うのですか。悲しい人を見るのは悲しい。あなたは無念で
 ある筈がない。きょう、あなたは仕事をした。明日もするだろう。何が悲しい
 のですか」
 (ぼく、興奮する。)
 G「そう怒るな。むろん明日がある。私は今晩のことを言っているのだ。それに
 私の言ったことは、全部が嘘なのだ。それはこの前も言った通りだ。私は満足
 していると同時に不満足なのだ。それに、頭の中に浮かぶことを口に出しては
 いけないのか」
 Y「いや、口に出して言う権利があります。ぼくが大声を出したのは、あなたを
 勇気づけるためです」
 G「私は愚かだ、いつも軽はずみなことを言う。ヤナイハラは正しい」
  ぼくらは疲れていた。感じやすく興奮しやすくなっていた。午前三時、
 疲れて外に出ると、暗い舗道は雨に濡れ、冷たい雨が降っていた。その雨の中
 に二人、しばらく立ちつくす。
 別れ際にGは、ぼくの頬をなで、「われわれがきょう敗北したことを忘れては
 ならない。ワーテルローの戦いで敗北したとき、ナポレオンは悲しかった
 だろうか」と言った。ぼくは感動し、何も言えなかった。「ぼくらは敗北したの
 ではない、むしろ勝ったのではないか。少なくとも戦いはまだ終わらない」と
 考えたのは、Gが雨の中に消えて行くのを見送ったときであった。ぼくは
 ホテルに帰った。なぜかセンチメンタルな夜だった。帰国の日が迫っている
 せいもあるかもしれない。」 (p263-264)

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