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『鳥類学者無謀にも恐竜を語る』(川上和人/技術評論社)


『鳥類学者無謀にも恐竜を語る』(川上和人/技術評論社)

2013年刊行。
この著者の新刊が今出てるらしく、すごく面白そうな評判。そっちの前にこれを
読んでみようかなと。

生物ミステリーだとかのシリーズ?
著者は鳥類学者。「普段は小笠原諸島にくらす鳥類を中心に研究している」そうです。
鳥類は恐竜の子孫なので、恐竜のことをいろいろ考えちゃいます、って感じ。
まあものすごくざっくり言うと(^^;

ちょいちょいふざけた感じでゆるーく軽~く読み易くて面白い。
けど、まずは恐竜とは、とか、鳥とは、みたいな言葉の認識を共通させていく
ようにしてたり、鳥類はこう、というきちんとしたことと、恐竜に関しては
わからないことがこう、わかってることはこう、と、丁寧に線引きしつつの
妄想語り(笑)で、そういう考え方をするのかあ、というのがわかってとても
面白かった。

恐竜学って、ほんと不思議だし大変すぎるよね。
発掘された化石は、元がなんなのかわからない。それがどの一部なのかも
確実なわけではない。当初は別物と考えられていたものが、後に同じ種のもの
とわかったり、いややっぱり違うとなったり。
絶滅、というドラマチックな出来事。
いやでもその子孫が鳥類なんだったら絶滅ってわけではないのでは。
そんなこんな、ほんと、化石にベースを置くしかない恐竜学って、凄いな。
ロマンの塊と見るか、曖昧すぎて妄想じゃねーか、と見るか。

ものすごく端的に言えば、すべて妄想かもしれない。でも化石という事物から
出来得る限り科学的に妄想を働かせて事実を推察していく、って、ほんと、
タイヘン。。。

恐竜にも羽毛があった、とか、色はそんなカラフルか? とか。
そういう推察を経てそーいうのかあ、という過程を読ませてくれて面白かった。
イラストも可愛かった。

恐竜たちの時代、っていうのはどういうものだったのか。
今とは遙か遠い時代、遠い時間というものをちゃんと認識して考えていくこと。
当たり前だけど、時間、時代って、それもやっぱり今のところからは想像し、
読み取れる事実からできるだけ科学的に推察し、ということしかないわけで。
絶滅、というか、今はいないものを骨格から組たててるって、ほんと凄いなあ。
そういうことを、しばしばなんでやねん、とツッコミたいようなボケをかましつつ
ちゃんと書いてる面白さでした。
新刊のほうもそのうち読みたい。


 はじめに
 序章  恐竜が世界に産声をあげる
 第1章 恐竜はやがて鳥になった
 第2章 鳥は大空の覇者となった
 第3章 無謀にも鳥から恐竜を考える
 第4章 恐竜は無邪気に生態系を構築する
 あとがき


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映画「T2 トレインスポッティング」(2回目)

*ネタバレ、結末まで触れています。


映画「T2 トレインスポッティング」


先日、最初のやつを見直して、今日二回目見に行きました。
最初のを見直してても、ああ、こいつら20年後に、って思いながら見てしまう
ので、なんかやたらうるっときて仕方なかった。初見の時には、なんかとにかく
圧倒されてて、最後レントンは新たな旅立ちをして、どーなるのかなあって
ふわああーっと、あんなぐっちゃぐちゃながらも爽快感があった、気がする。
今見ると、あーー20年たっても君たち、クズだぞ、と、思う。
クズだよ。
でも、愛しいやつらで、もうベグビーさえも愛しくて、はあ、生きてるんだな。

二回目なので、話の展開とかはわかってるわけで。
レントンが戻ってきて、サイモンの所へ行って、最初、結婚してて子どもは二人、
って子どもの名前まで言っちゃうあたりでもう、うう、もう~~~~ってなる。
ボコボコに喧嘩しても。
その後一緒に昔話ばっかりして盛り上がっても。
融資申し込みに行こうぜ、って真面目そうに話してるのも。
カード泥棒したり、稼いだお金あるだけ使っちゃったり。
もう~。君たちクズだな~~。

ベグビーがさ、脱走して、息子とまた泥棒して、ってはしゃごうとしてるのも
ほんと、うう、ぐさぐさくる。
子どもがいて育ってるのはベグビーんところろスパッドで、なんか、妻と子は
かなりまっとうに暮らして育ってるんだよなあ。父が反面教師なのかな。
父親だけが家庭に入れない。

ベグビーは実はレントンが好きなんだけども、そんな自分に自分で気付く
ことができず、むしろホモフォビアになり暴力的になり、みたいな感想を
ネットのどこかで見かけた。あっ、と思う。
彼ら四人ともの関係、以前のトミーも含めての関係、彼女がいたりもあったけど
基本的には男だけのぐずぐずの関係で、まー実際のせっくすこそしないとしても
下ネタの共有はもちろんあって、なーんか、そーだなという気はする。
ベグビーがレントンに絡むのは確かにひと際ねちっこいかも。
前作見ても思う。いっそせっくすする関係ならもっとすっきりするのに。

レントンは、なんだかんだいろいろと愛されている。
一応はまともそうな両親いたし、今作で母は亡くなっているけど、父はいるし、
子どもの頃からの自分の部屋をそのままにしてとっておいてくれている。
サイモンが俺の女だ、って執着してるベロニカは、レントンのことを好きよと
言って早々に寝る関係になる。サイモンとは仕事のつきあいで一回やっただけ
みたいだったのに。サイモン気の毒だ。
ベグビーには殺されかねない勢いだったけれども、あれはどうなのかなあ。
ほんとの本気で殺したかったのか。愛情の裏返しの憎しみの深さなのか。

サイモンは、親友だよなって。実際特別仲良かった二人で、薬打つのに一つの
注射器使いまわしてたりしたらしい。一本の針でさ、みたいに言ってたけど
それもやはりもはやせっくす。。。の代理か。
ともあれ、息苦しいほどに狭い世界でのうんざりする濃密な絆。
お互いにぐずぐずと、なあ俺達一緒だよな同じだよな、どうせ世の中クソだ、
って感じのクズ同士。

前作でレントンは一度は抜け出して不動産会社の営業としてちょっとうまく
いきかけてたんだけど、サイモンシックボーイやベグビーにまたつるまれて
それを拒むこともできず。
で、裏切り、金持っての逃走になった。

今、戻ってきたのは、15年真面目にやろうとしてきたんだろうけど結局
うまくいかなくて、病気して気弱になったし離婚になるし子どもはいないし
部屋も元妻のものだし居場所なんてない。
と、なった時に、故郷に戻るっていうのは実に苦しく切ないんだよなあ。

スパッドを助けて、一緒に走ったり、トミーを偲んだり。薬はやめたはずなのに
またサイモンとぐずぐずになって。

スパッドが、今度こそ薬絶つことができたかなあ。
一人で耐えて、紛らわせるように自分の今を書き記して、ベロニカのすすめも
あって、自分たちのことを書いて。書くことで立ち直るっていう地味な感じが
ぐっときた。

その言葉でベグビーも自分を振り返ったし。
スパッドの書いた小説なんて誰が読むんだろ、って、レントンもサイモンも
ぼーっとして終わる。レントンは自分の部屋で音楽にのって踊る。

嗚呼。この世界は小説で、映画で、それを見ているよ私。と、メタな入れ子の
中に入り込むように終わる。
自伝、とはいえ、小説だーって作中でメタレベルになるんだけれども、20年
前と同じキャストで、そこに確かに歳月は流れていて、観客である私も、
20年前大好きだったーという所から今、確かに20年の歳月は流れていて。
こういう体験をするって凄いなと、やっぱり思う。

この頃、リバイバルというかリメイクというか、長い年月を経ての続編とか
できてきてるのを、自分も長い年月を経てまた知る、見る、体験するって、
あ~年をとったなあという切なさと、年取ったのにまた大好きだった世界を
見ることができるっていう幸福と、複雑になる。
続編の出来がちゃんとよければ、なんだけど。

T2は私にとっては大成功の続編で、幸福な体験だった。
キャストみんなを今見てもやっぱり好きになった。今見たほうが好きになった。
生きてきたんだなあと思った。
ユアンくん可愛いよおお~~。好きだ。

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『子規と漱石』(小森陽一/集英社新書)


『子規と漱石』(小森陽一/集英社新書)

友情が育んだ写実の近代

2016年10月刊。
先日「正岡子規展」に行ってきて改めて子規と漱石いいよな~と思ってたところ、
まさにぴったりな本だ思って読みました。こういうの出てたの知らなかった。

二人の友情、という焦点で、手紙のやりとりを主に、いろいろな文章をとても
丁寧に読み解いている。
子規の書いた文章に込められている重層的な時間や漱石に想起して欲しいこと
みたいなことを、いちいちこうなっているこう読める、と細々と言語化して
みせてくれていて、なるほど、こんなにもたくさんのことがこの短い文章の
中に織り込まれていて、それを読む方は感じいるんだなあと思う。

一応私は、二人の友情についてとか、子規さんの本とかそれなりに読んでて
二人の友情もえる~って思いながらなので、ふむふむと納得、確認だった。
二人の友情とかについてあまり知らないという人にもきっとよくわかる丁寧な
本だと思う。
二人の手紙や雑誌でのやりとりが、そのまま近代文学の始まりの、描写とか
写実の実験実践になってるのが凄い。なんなんだよこの二人。

と、後世の今となっては、巨人二人が仲良しですげーってなるけど、二人に
とってはお互い学生時代からの付き合い。まだ何者でもなかった頃に認め合って
仲良くなって、励まし合い、それぞれに仕事頑張ってきたって所なんだよなあ。
二人とも生きてるうちからそれなりに偉くなっちゃったから、余計に、
なんでもないただの男二人っていう気楽気さくな関係でいられるのって、
貴重な存在なんだよなあ。うるる。

「僕ハモーダメニナッテシマッタ」のことも丁寧に書いてて、でももうほんと
この手紙だけで泣いてしまって。

読みやすく面白くて、手紙の引用いっぱいで、とてもよかった。好きだなあ。


 はじめに
 第一章 子規、漱石に出会う
 第二章 俳句と若の革新へ
 第三章 従軍体験と俳句の「写実」
 第四章 『歌よみに与ふる書』と「デモクラティック」な言説空間
 第五章 「写生文」における空間と時間
 第六章 「写生文」としての『叙事文』
 第七章 病床生活を写生する『明治三十三年十月十五日記事』
 第八章 生き抜くための「活字メディア」
 終章  僕ハモーダメニナッテシマッタ
 おわりに

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映画「美女と野獣」


*ネタバレ、結末まで触れています。


映画「美女と野獣」

昨日、22日(土)に見に行きました。3D、字幕、IMAXで。
私はもとのアニメのを見たことがなくて、特に思い入れもないのだけれども、
豪華キャストだな~というのと、予告からしてとてもゴージャスうつくしい、と
そそられてました。ものすごい、最上の実写化なのでは。

おそらくフランスのとある地方。王子様は見た目に美しい人やものばかり集めて
贅沢三昧の日々。
ある日パーティに助けを求めてやってきた老婆を冷たく追い払おうとします。
しかし彼女は魔女でした。魔女は見た目ばかりでなく本当の美しさ、愛を知るまで
解けない呪いをかけました。王子様は恐ろしい野獣の姿となり、その場にいた
召使たちまで家具等に姿を代えられ、城のことは人々の記憶から消されました。

小さな村で暮らすベル。村一番の美しい娘でありながら、本を読んで別の世界に
憧れるベルは変わり者として噂の種でした。それでもベルは本を読むことを
やめません。父とのつつましい二人暮らし。オルゴール職人である父が町へ行く
帰りのお土産には薔薇をお願いします。
ある時、父モーリスは夜道で狼に襲われて荒れた城へ迷い込みます。そこだけは
冬の城。誰もいないのに不思議なことが起こる城。モーリスは逃げかえる途中、
薔薇が咲いているのを見てベルのために一輪摘み取ります。
すると、恐ろしい野獣が姿を現し、盗人め!と捕まえてしまいました。
父の馬だけが戻ってきたのでベルは助けに行きます。道を覚えていた馬は冬の城へ
たどり着き、ベルは囚われた父を見つけました。野獣にも恐れず、ベルは父の
身代わりに自分が城へ残ります。
でもそこで、お喋りな家具たちにもてなされて、次第に野獣の見た目の恐ろしさ
だけでない内面を知り、二人の距離は近づくのでした。

みたいな。
ベルを妻にしたい!ってナルシストハンサムなガストンが父を酷い目に合わせたり
村人先導して野獣を殺しにきたりする、彼が悪役ってことですね。
でもガストン、戦争がなくなってつまらない、みたいなことで、ちょっとだけ
気の毒な部分もあるような。まー卑怯者で酷いんだけれども。ルーク・エヴァンス
ですよ。強いぞガストンの歌とか、褒め称えているようでセコい、ヒドイww
って感じなんだけども、ルーク・エヴァンスですよ。歌声も素晴らしい。
そりゃ村一番のハンサム、もてもて、みんなついてっちゃうわ。かっこよすぎるわ~。

従者のル・フウが、ガストンに憧れ、同性愛的愛情持ってるっていうキャラに
描かれてるらしいと公開前から話題だったけれど、それはそういう強い憧れ、
な感じはあったけれども、ことさらな感じはなくて私はよかったなあ。
ガストンがさー、微妙にわかってるんだかわかってないんだか、まあ、がさつな
奴ってベルに嫌われる性格なんで、わかってないんだろうけれども、ル・フウの
恋心を無自覚に利用しコケにしてるのがさー。も~。ル・フウ頑張ってるなあ。
ル・フウなりに一生懸命ガストンをたしなめようとしたり最後にはガストンの
やり方が間違ってるって感じになったりしてて、いいキャラだったなあ。
別の恋人ができるかも?ってちらっと見せるラストでよかったし。

城へみんなで乗り込んでって、マッチョな感じの三銃士が箪笥さんに女装させ
られて撃退されるところで、一人が女装まんざらでもない、うふん、ってなって
好きなようにすればいいのよ、みたいなことがあって、なるほどこういうのにも
細やかな配慮が、って思いました。
ユーモラスだったりちょっとあざといなあって感じではあるけど、多様性な。
冒頭の美しい人ばかり集めてのパーティでも肌の色も様々って感じにしてたし。

ベルが野獣と心が近づくきっかけも、シェイクスピアの一節を一緒に言うこと
だったりして。ベルはドレスをもらうよりなにより、壁いっぱいに本のある
書斎を見せられた時に最高に喜ぶの。本が好きな女の子ってことで変わり者扱い
で馬鹿にされてきたのに、野獣の城では本が大好きなことを当たり前のように
好ましいことのように受け入れられたのが嬉しくて、というプリンセスなのね。
エマ・ワトソンにあてがきしたんでしょうかねえ。ほんと、ぴったりなキャラで
おとぎ話な世界でありながらまさに今の映画化、実写化であるという作り方。

それでも、ベル、そんな、薄着で寒くないのかしら、って心配しちゃうw
野獣の時には唇にキスしないのかよーって。でもまあそれはやっぱ最後にとって
おくものか、って、まあ、なるか。
んん~もうちょっと、って思わなくもないけれども、でも、これはやっぱり
今の時点て到達できる最高級の夢の映画だと思う。
キャストのすばらしさも舞台や衣装ののキラキラも最高に素敵で、まさに夢。
この物語で、今を取り入れて、こうまで美しく華麗に夢に仕上げてるの凄い。
ディズニーのマーケティング、エンタテイメント、ほんっっっと凄い。

アニメを見てないながらも、音楽素晴らしいって評判はきいてて、実際見たら
もうほんと、一回で虜になる~。かっこいい。すごい。一日ずっと頭の中で
歌が流れてたわ。サントラ欲しい。

で。
ユアン・マクレガーがルミエール。燭台。燭台かあ。
人間の姿で登場するのはラストだけ。どういう役なのかわくわくして見にいって、
おお~いっぱい出番ある~~歌ってる~はしゃいでる~~って凄く楽しかった。
ベルにディナーをどうぞってシーン、歌ってショータイムで、なんか、全然、
ベルあれはご飯食べられたんでしょうかw ルミエール、気配りしてるようで
いて全然してないw
家令の時計がイアン・マッケランですってよ。ルミエールとはいいコンビで。
な、な、なんという贅沢なんだよおお。凄い。こわいほど凄い。これもかなり
ユーモアあるキャラで、結構おろおろしてるばかりのおじいちゃん可愛い。
人間の姿に戻ったら、村にいたちょっとこわいおばちゃんと夫婦だったみたいで、
彼だけは、ヤダ時計に戻りたいとか言ってて可笑しかった。これも多様性かなあ。
向いてない結婚っていうのもありますよねw

ダン・スティーヴンスの野獣も、人間の姿になるのは最後だけ。イケメンが、
ずっと毛むくじゃらの中で綺麗なお顔を見られるのがほんっと少しで~。
始まる時には人間の王子なんだけど、どぎつい化粧してかつらをしての貴族
スタイルだから。ほんとイケメン姿を見られた時間はちょびっとだった。
でも、野獣くん。愛を知らない野獣くん。幼い頃に母を亡くして、こわい父と
我儘放題を見てるだけの召使たちしかいなくて。父も早くに亡くなったんだっけ。
ベルがやってきて、召使たちが彼女とこそ愛を!って盛り上がっても、僕なんか
ダメだよ、ってなっちゃう、可愛い。姿が醜いから、って、かつて自分が姿の
美醜でしか判断したことなかったから、内面の美しさとかどう表現していいのか
わからない。
はい、笑顔~って言われても、ひきつりかけの笑顔で、あかんってなるのね。
まあ、野獣の顔だからね。難しいよね笑顔。
はい食事に誘って~優しく感じよく、って励まされてベルの部屋へ行っても、
ベルに断られてすぐキレる野獣。あかんて。
召使たちに恋のアドバイスしてもらいまくりの、お坊ちゃまなのが可愛い~。
も~。甘やかされのダメお坊ちゃま。野獣の姿なのに。可愛い。

ベルと、本の話をしてちょっとずつ喋れるようになったり。食事を共にして
本読みながらとかわざとマナー無視の食べ方一緒にしてみたりとか。
雪遊びも。
あ、ベルが逃げ出して狼に襲われた時に助けにいって怪我したりしてたの。
逃げ出した時、狼に襲われた時、ベルはきゃーとか悲鳴あげるとかではなくて、
なんとか一人ででも戦おうとしてたりね。そういうのも細かいなーと思った。
それでも無理って時に野獣に助けられて。でも一度はほっといて逃げようか、
と考えためらうの。でもやっぱり、自分を助けてくれた野獣をほっとけない。
囚われたことを簡単には許さない感じのベルのキャラなんだよね。

仲良くなって、二人の舞踏会。予告でも散々流れてた、黄色いドレスのベルね。
ほんっと綺麗なシーンだった。
そして野獣と愛し合う、と思いきや、自由がなくてはしあわせじゃないと
ベルは言う。簡単にはいかないの~。

二人でベルの母のことを知ったり、野獣はベルの意志を尊重して、父のために
行け、と送りだしたり。
きちんと本当に二人の気持ち、二人の自由な心で距離が近づいていくんだという
描写を丁寧にしていると思った。
召使たちも、野獣にはアドバイスやせっつきはするけど、ベルには、魔法がとける
方法について喋らないんだよね。ベルが義務感にとらわれたりすることがない
ようにしてる。

王子様である野獣の方が、白馬にのったプリンセスを待つ、という状況になる。
もうダメだって、ベルに愛されることをひっそり諦めようとする。
でも、ベルはちゃんと戻ってきてくれて、野獣はガストンを怒りにまかせて
殺したりはしなくて。ガストンは卑怯で自業自得で転落死って感じ。
薔薇は散り、全てが遅かった、のかと思いきや、ベルが愛してる、って言うと
村で物乞いをしてたアガットが実は魔女でした~ってことで、呪いの魔法は
といてもらってお城は復活。ベルは王子様としあわせに、ってなる。
結末としては、優しく気高くうつくしい娘は王子様とめでたしめでたし、と、
基本的なとこなんだけれども、そこに至る過程は慎重に丁寧に、娘と王子と、
それぞれの気持ちというのを描いている。
見た目の美しさではなく、ってことだけども、でもさ~、やっぱベルって
美しい娘である、っていう前提があるのね。ベルの意味は美しい、ってこと
だよーって最初の紹介の歌でもあるし。村一番の美しい娘なのに本ばっかり
読んで変わり者、っていう。美しいからこそガストンに言い寄られまくって
迷惑してるので、まあ、そもそも美人じゃなきゃ話が始まらない感じか。
ま~でも、美女と野獣ですから。そしてやっぱベルとしては野獣の内面に
ひかれましたということだからいっか。

いろいろ行き届いてるなあとは思いつつ。んも~なんも考えなくてもただただ
ゴージャス素晴らしい。歌、音楽最高。は~~~うっとり。楽しい~~~って
夢心地に浸れる映画で満足感いっぱい。
楽しみにしてた期待以上の大満足でした!

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「特別展 生誕150年 正岡子規展―病床六尺の宇宙」

13日の木曜日に、神奈川近代文学館へ行きました。
桜は散り始めていて、その降る桜がまたとてもうつくしかった。
港のみえる丘公園にも花の庭きれいに作られていて、たくさんの花花とても
綺麗だった。春だねえ。


「特別展 生誕150年 正岡子規展―病床六尺の宇宙」

病床のショウは今私出せない字だけど。

正岡子規の生涯をじっくり展示で見せてくれていて、手紙や原稿等々たっぷり
あって、ざっくり見るつもりがじっくりたっぷり見てしまうことになって、
二時間半あまり見入ってしまいました。

私は松山出身なこともあって、子規さんには親しみがあり、子規記念博物館や
子規庵にも何度か行ったことはあり、まあその生涯については大体知っているの
だけれども、それでも、何度見ても何度読んでも、子規さんの手紙魅力的。
手紙よりは原稿なんかはわりと読めるので、開いてあるページを見てしまう。
可愛い。
これも何度も言ってるけど、ほんと子規さんのリアルな言葉は、今であれば
ブログ、毎日更新って感じだし、実際新聞へ毎日連載掲載ってことはそういう
もので、今回展示の始めとかに長谷川櫂さんがちょっとした解説みたいなのを
よせているのが、子規さんの病状が日々実況されているようなものだ、みたいに
書いてあったのがとても納得いく。
ほんとそーなんだよ。

漱石先生との交流も丁寧に取り上げられていてもえる。
漱石が子規へ自分の写真送ってるの~。裏書があって、思わず手帳にメモる。
 「御粗末ながら呈上/正岡常規様/夏目金之助/明治廿五年六月十四日」
ですってよー。
写真をさあ、わざわざ贈って。持っててねってことでしょう? 仲良し。。。
ほんともえる。たまんね~。

あづま菊の、手紙とか絵とかの軸ね、あれもねえ。何度見てもあの前では
マジ泣きしそうになって困る。今回も涙が出そうになるのを必死に我慢。
「僕ハモーダメニナッテシマッタ」の手紙たまらん。泣く。

そんなこんなのメモをとりつつ堪能しました。
やっぱ子規さんは愛されキャラだし、その命が短かったこと、その病が苦し
かったこと、それをあんなにも率直に言葉に書き記し、残していったこと、
全てが物凄くて、わかっていてもいつもびっくりするし感動する。大好き。
その命の中で出来る限りの仕事をして成果を残していったこと。
面白かったです。

講演会にもできれば行きたいけどどーかな。都合つけば行かねば。

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映画「グレートウォール」

*ネタバレ、結末まで触れています。


映画「グレートウォール」


15日土曜日に見にいってきた。3D字幕、IMAXで。

中国、万里の長城が舞台。最初公開を知った頃には歴史ものかと思っていたけど
予告を見るようになって、なんだか違う? なんか怪物がいる? と気になって
きて見に行きました。

西方から黒色火薬を求めて旅してきた一行は馬賊や謎の化け物に襲われ数を
減らしてしまう。
ウィリアムとトバールの二人は長城に達したがそこを守る軍に囚われた。
ウィリアムが倒した化け物の腕を見た軍に問いただされて、馬で二日の距離で
襲われたことを話す。その話を聞いて軍は騒然となった。
まもなく、壁に向かって化け物の大群が襲い掛かる。かねてその用心をしてきた
軍は、様々な武器や戦い方を持って化け物たちを迎え撃つ。
ウィリアムたちも成り行き上一緒に戦うことになり、武功を上げた彼らは客と
して軍へ受け入れられた。

って感じで、万里の長城は何故築かれたのか、という理由のうちに、伝説として
なんか60年に一度怪物が襲ってくるみたいなのがあるらしく。
歴史ものじゃなくてファンタジー映画なんですね。なるほど。
てことで、すっごくすっごくすっごくかっこいいビジュアルはキラキラしく、
色分けされた各隊それぞれにすっごいステキ衣装だし、鶴軍だとか太鼓隊だとか、
火球投げるとか弓矢隊とか、巨大ハサミでチョキチョキとか、果ては不安定な
気球っぽいもので都まで飛んでいくぞとか、見栄えすることこの上ない。
襲い掛かってくる怪物、(名前忘れた。漢字難しいやつ)物凄い大群で、壁に
わらわら向かってくる様は、こんなん絶対無理でしょ、という感じ。
ワールドウォーZを一番連想したかなあ。ゾンビの大群が壁にとりついて
乗り越えてこようとするシーンあったよねえ。そんな感じ。

しかし戦ううちに、ウィリアムがたまたま持っていた磁石が、怪物を眠らせる
力があるとわかったり。というか、怪物は女王一匹の命令に従って動くみたいで、
女王との交信ができなくなると眠ってしまうって感じかなー。磁石で交信が
妨害されるらしいよ。
見た目は恐竜っぽいというか獰猛肉食獣みたいだけど昆虫的な集団なのかな、
怪物。
で、磁石で怪物捕まえて研究してみるとか、えーと、なんかいつのまにか壁の
下に穴掘って怪物たち都へ向かってるとか、怪物賢い!って感じで、決戦は
都で! とにかく女王さえ倒せばなんとかなる!ってことで。
女王に餌運んで、女王が腹いっぱいになったら繁殖し始めるってことらしいよ。
たぶん。

まーなんかそうして後手後手ながらも、戦いにはなんとか勝利したのでした。
ホントに女王一匹がやられたら怪物の大群全滅した。びっくり。

マット・デイモンは傭兵っぽく、戦いに大儀とかどーでもええわ、金欲しい
火薬持って帰ればいい、て感じだったのが、軍の中で育ち、戦いに倒れた将軍に
あとを託された可憐で強く凛々しいリン司令官と戦いを共にするうちに、なんか
いいやつになってた。
リン将軍がほんと美人でかっこよくて絵に描いたようです。それのみならず
ほんっと禁軍のみなさん美形揃い、見栄え最高です。アクションもかっこいい。

まーそんなこんなで、ほんっと見栄え最高なかっこよさ、お金かかってる~って
感じなのに、なのに、見終わって、すごい安っぽい映画見た気分になるんだよ。
どうした。
まあなあ。
なんだろうなあ。
ビジュアル以外に見どころない感じがしたかなあ。でもビジュアルは綺麗だし
太鼓舞台ドンドコも満喫したしで、IMAXで見てよかったなという満足感はあり。
ウィリアムは友達と帰ることになり、化け物は退治され、めでたしめでたしかな~。
目が楽しい映画としてはよかったかな~。

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映画「T2 トレインスポッティング」

*ネタバレ、結末まで触れています。


映画「T2 トレインスポッティング」


前作から20年。同じ俳優。同じ監督での続編。作中でも同じく20年。
レントンが街へ帰ってきた。
家を訪ねると父は言葉少なに迎えてくれる。母は亡くなり、それでもかつての
自分の部屋は昔と変わらずに残されていた。
スパッドを訪ねていくと、まさに自殺しようとしている所だった。助けるレントン。
人生を台無しにしやがって!死までも台無しにしやがって!と怒るスバッド。
それから、シックボーイ、今はサイモンといってる親友とも再会。いきなり
殴り合った。サイモンはレントンを許さない、というが、また一緒に仕事しよう、
と、金儲けの算段を一緒に始める。
刑務所から脱走したフランクも街へ帰ってきた。成長した息子と共に強盗を
しようとするが、息子に拒まれる。
レントンを許さないフランク。再会、追っかけ、ぶちのめしあい。
ベロニカという、サイモンと組んで美人局みたいのをしてる女の子がいる。
スパッドから聞いた彼らの若い頃の話を、自伝みたいに書いてみれば? 読んで
みたい、と何気なく言う。そして、スパッドは書く。
最初にチャンスがあった。そして裏切りがあった。


あれから20年なのかあ。
この続編のニュースを知ってからほんとしみじみとつくづくと、私はこの20年、
何をしていただろうかと思ってしまう。
何も。
何もしてない。何も成し遂げていない。20年前とは立場も居場所も変わった
けれども、何も。特に何もしてない。
ただ年はとった。ただ生きてきた。
ため息をつくしかない。
20年かあ。

この映画、同窓会映画というかなんというか。まさに、20年たった彼らの
物語で、それはメタ的に、俳優たち監督の20年たったな俺達、という映画だ。
ほんとは最初のを見直して見に行こうかと思ってたけれども、もういろいろ
すっかり忘れている前作のこと、でも、漠然としか覚えてない、ただ凄く
かっこよくて圧倒されて痺れて好きだったという気持ちだけ覚えているこの
ぼんやりした感じで見に行けばいいかと思った。
観客である私も20年たったのだという実感。

前作をふまえて、ということはもちろんあって、あーなんか前作で何かあった
感じ、を、忘れてるなあ私と思うことはあった。でもそれはそれでいいかと。
ちょいちょい前作の映像が挟まれる。
若い。
わっかいよみんな~~。
ひょろっとしてるし。ほんと青年の体つきだ。
今も別にみんな太ってないしスパッドなんて相変わらずのガリガリだけども、
まあやっぱり若者っていう体つきではないよねえ。

それでもとてもとてもかっこいいよみんな。凄いよ。
ユアンくんが~~。可愛くて可愛くてやっぱすごい素敵でどうしてくれようかと
思っちゃうなあ。マークはセリフいっぱいある。いっぱい喋ってくれて聞きほれた。
エディンバラな感じの喋り方なの? みんなそれぞれの癖のある喋り方とか
もえる。

やっぱり映像がおっしゃれ~だし音楽の感じも最高にかっこいい。
でも、昔を懐かしむ、という感じでもあって。
途中ベロニカに、マークとサイモンと延々昔話で盛り上がってるところ、
あなたたちは過去を懐かしんでばっかり、みたいにバサっと切られる。
二人仲良しすぎだろ私の入る隙ないじゃん遠慮なく二人でやっちゃえば、みたいな
ことも言うベロニカちゃん。
結局最後に大金掴んでその街を出ていくのはベロニカちゃんだった。
ああ。いいなあと思う。
ベロニカちゃん、最初はちょっとダメな子かと思いきや、ちゃんと強く生きる
ことを考え狙ってたんだなあ。

人生を選べ。
前作で流行ったセリフをセルフパロディで、マークがベロニカにまくしたてて
いろいろいっぱい言ってた。ベロニカちゃんは彼女なりの選択をしたのだ。

私はなんかもう、自分の人生とか振り返っちゃったりするノスタルジーに
やられちゃって、これを思い入れなく見にいったとしたら客観的にどうなのか
わからない。
レントンと同い年なんだよ。他に何一つ共通点なんてないけど、ただ、20年
たってこんな年になって、っていう、歳月の感覚だけはリアルにあるなあ。
たぶんこれは、こういう風に20年かあ、って思う観客のために。多分監督と
キャスト自身らのために作った映画のような気がする。
多分前作同様、ハマル人にはハマルというもの。

結局彼らの人生、ぐずぐずで仕方ない。この先にあんまり明るい未来がある
わけじゃない。そしてもう若くもない。
思えば20年前だって、すごく若いわけじゃない。20代も後半にさしかかり、
焦燥感はつのり、でも出口なんて見えなくて。
大人になり中年になり、そしてやっぱり確かな希望なんてなくて、それでも、
生きる。生きていくんだなあ。

スパッドが自伝的小説を書く。と、それがこの物語という映画なんだなあ。
こう、フィクションとして着地して、それが優しいなと思った。

20年前に見て、衝撃だ、って感じて、それから今こういう続編がきて、
見ることが出来てるの、物凄く幸せな映画体験をしてると思う。よかったよ。


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映画「ゴースト・イン・ザ・シェル」

*ネタバレ、結末まで触れています。


映画「ゴースト・イン・ザ・シェル」


8日(土曜日)に見に行きました。3D字幕、IMAXで。
私は攻殻機動隊、アニメは見たことあるけどあんまり細かくは覚えてないなあ、
漫画もちょっとは読んだことあるけどちゃんと覚えてないなあ、という程度。
好きだけど特別な思い入れとかはない。

少佐、と呼ばれるけれども、草薙素子ではないみたい?
と思っていたら、後で彼女が義体の中に入った経緯とか明らかになって、お話が
随分わかりやすくなってるなあと思いました。一本の映画としてこれはこれで
まとまってる。

機械化文明にむしろ反対派な感じで街を離れた人間だったころの彼女と、その
恋人が、機械の体や肉体を亡くしたネットワークの中で再会する皮肉。
過去の記憶の断片をバグとしていたり、素子の母と再会があったりと、随分、
わかりやすくウエットな感じになってる~。原作をあまり覚えてないけれども、
これは、かなり、別物、と思った。
でもほんと、一本の映画として見るとそういうものかなというまとまりだと思う。

スカーレット・ヨハンソンが、ほんっとに美しい。
光学迷彩を纏う裸の義体、あんなん一歩間違えると裸全身タイツじゃーん、と
思うけど、でもちゃんとあれでアクションこなしてかっこいい方向にキメてるの
凄い。あの美貌とスタイルだからこそだと思う。

彼女が美しいということが、義体化を進めた博士が執着をもつ原点でもあるし、
やはり何より自分の手で救い作った命、という感じでよかったなあ。やはり
美しいことは力があるよー。そう思わせる美貌ですよー。素晴らしい。

未来の街並みのクレイジーさ、かっこよさががっちり隅々まで描きこんでいる
漫画みたいで凄かった。雑然とした街。高層ビルの隙間を這う地面の闇。
巨大なホログラムな立体広告の乱立。
ブレードランナーめいているのがさらに漫画っぽくハイテクっぽくなってる。
そんな中を動く人間。
実写化ってこういうことだよなと感心する。実写だけどガチガチにCGで、でも
人間の俳優が中で演じて動いている。すごい。次元の壁が融合してるよーな。
そんな中の歪んだ日本っぽさデザインとかが出てくるとワクワクがとまらない。
ゲイシャロボのインパクト強い。顔が日の丸。その顔の下は機械。蜘蛛っぽくも
なる。
あれだ。文楽の人形っぽいところからきてるのかな。
不思議な和服デザインもステキだった。

結局クゼは素子を取り戻したかったのかなあ。それでも素子はかつての恋人と
行くことは断って、街に属する、という答えを選ぶ。
そして、ビルから飛び降りながら光学迷彩で消える。

アニメや漫画のテイストをすごく丁寧に盛り込みながら、ハリウッド映画と
して成立させてるなあと、面白かった。
私はこれでも十分満足した。

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『猫に知られるなかれ』(深町秋生/角川春樹事務所)


『猫に知られるなかれ』(深町秋生/角川春樹事務所)


戦後の日本が舞台の短編集。あ、一章二章ってなってるから短編集とは言わない
のかな。共通する登場人物、組織が関わる一話完結もの、っていうか。
四章で一冊になっている。

元軍人、そして諜報活動をしていた永倉一馬、藤江忠吾がメインキャストって
感じ。敗戦国日本の中で、GHQと密かに手を結びつつ、いつか復興する日本の
為に、武力を捨てた日本はどの国よりも情報を握って身を守る術を持たねば
ならない、という大儀を持ってCATと名づけた組織が作られた。そこに誘われた
永倉。始めは断ろうとしたが、やはり、大儀を持って戦うことに生きる場所を
求めて、加わることになる。

諜報戦とかわくわく~と思って読んでみた。
それぞれにキャラ造形されてて、これはテレビドラマ化とか映画化を狙っての
感じなのかなあ。それともアニメ化? 動の永倉、静の藤江、秘めた情熱持つ
大物の緒方竹虎、一見無害なおじいちゃんに見えて凄腕運転手、狙撃も得意だよ、
って感じ。

それぞれ面白く読んだ。
けどちょっと私の好みとしては、この、序盤って感じの一冊では惚れ込むほど
には至らなかった。重苦しい長編のがこういうのだと好きなんだよ。
でも序盤だからこそ一話完結って感じで読みやすく整えているのかな。

舞台が戦後日本ということで、なんか、こう、微妙に辛い。フィクションとして
割り切るにはなんか、考えてしまうことが多すぎる。うーん。
あと懐メロというか歌謡曲のタイトルが、なんかこう時代を表すものとしてだか
イメージを誘うためだか、歌詞とともに書いてあるんだけど、私にはなんだか
それがすごい雑音に思えてしまって嫌だった。うーん。

藤江くんの方がハンサムらしいけれども、あんまりピンと来ないし。これは
もしかして映像化になってすごい好みの顔!ってなったらハマるのかもしれない。
ということで、面白さ満足感、私にはほどほどでした。


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映画「ムーンライト」

*ネタバレ、結末まで触れています

映画「ムーンライト」


昨日、3日に見にいった。

アカデミー賞の作品賞受賞。「ラ・ラ・ランド」とどっちになるか、と注目の的
だった中、発表時最初はララランド、かと思いきや。間違いだった! という
騒動が注目度さらにアップさせて、日本公開早まったという映画。アカデミーの
時、私は見られないからTwitterのツイートを眺めていたんだけど、何が起こった
んだか、すごくびっくりしたざわざわが面白かった。
ともあれその騒ぎあってもなくても、受賞してもしなくても見ようと思っていた。
それでも、受賞は本当に素晴らしくよかったなあと思う。
監督や脚本の人の半生をこめたような作品であるようだし、黒人の物語で、
ゲイの物語で、ことさらな大袈裟な歴史的出来事でもないこういう一人の物語が
評価されてよかったなあと思う。
ド迫力とか夢のようなとか、楽しくしあわせだったり恐ろしい悲劇や史実や、
どっかーんとした映画も最高なら、こう、わたしやあなた、隣の誰か、そういう
ちいさなひと時を描くのも映画。あらゆる多様性が世界にはあることを、
知りたい。知って欲しいと思う。

さて。

明るい真昼間。ドラッグを売る男たち。おそらく貧しい黒人たちの住む地域の
中でも、ことさら治安が悪いらしい街角に、いじめから逃げてひとりの男の子が
駆けこむ。それを見かけたフアンは、男の子を連れて帰る。
ほどんど口をきかない少年。フアンの妻、妻かな、彼女、か、の、テレサが食事を
出してようやく名前を聞き出すことができた。

シャロン。みんなにはリトルと呼ばれている。

翌朝、フアンは母親の所へシャロンを送る。母親もまたドラッグをやる。
居場所のないシャロンは時々フアンの家へ助けを求めるようになった。

という始まりで、リトルくんはいじめにあってるし母親は一応の心配はしてるし
面倒みてはいるようなんだけど、いまいちあぶなっかしい。愛情ある家庭とは
言えない。フアンに泳ぎを教えてもらったり話を聞いたり、だんだん懐いていく
んだけれども、母親にドラッグ売ってるのはフアンなんだよな。
どうしようもない。

ケヴィンという友達がいて、いじめにあって逃げるばかりのリトルに、もっと
タフになれよ、って取っ組み合いしたりして、唯一、仲良しっていう感じ。
リトルくんの周りは絶望的なようでもあり、でも、フアンやテレサと出会う
ことができたり、たった一人でも友達がいて、真っ暗ってわけでもない。

そしてシャロン自身に自覚はないのに、なんだかオカマっぽい、みたいなことを
母親に気持ち悪いというように言われる。
いじめやののしりとしてのファグ、って酷い言葉投げつけられて、わからなくても
傷ついてしまうリトル。
フアンが、まともに受け止めてくれて、他人に人生を決めつけさせるなと
教えてくれたのはよかった。

黒人の子が月の夜にはブルーに見えるよ、という話を教えてくれたのもフアン。
といって、だからどう、ってことが何かはっきり語られるわけではない。
この映画全編にわたって、月夜の青とか、うつくしいブルーのただよう画面
づくりで、そこに沈むような黒人の少年、青年である彼らの姿が本当に綺麗。
その中でひかる目がまた、とても、綺麗。
3人の俳優がそれぞれに、子ども、少年、青年と演じているんだけれども、
同じ目を持つキャスティングをしたよ、ということらしく、ほんと、ポスター
でも三人で一つの顔になっている通り、成長していって見た目が変わっても、
しっかりひとりのシャロンという男の子だった。うつむきがちだったり、
無口で周りに壁を作っている感じだったり、でも目がうるんではにかんだり。
シャロンが生きていると思った。

少年期、シャロンはやはりまだ学校でいじめにあう。
ドレッドヘアにしててやたらとシャロンに絡む同級生がいるんだよ。あいつめ。
ケヴィンはモテモテらしく女の子といちゃつきすぎて学校に怒られたりしてる。
それでも、シャロンはケヴィンが気になるという思いを少し自覚してきて。
ケヴィンもある夜、海辺で、シャロンにキスをする。
あれはなあ。いい雰囲気になっちゃったから、という若さゆえの勢いで
手でやっちゃってたけど、ケヴィンの気持ち的にはどーだったのかなあ。
あの切ない雰囲気~~~。もちろんシャロンのことは好きなんだろうけれど、
まあ、ゲイではないというか。ケヴィン、まあまだ少年期だし。性別気にしない
タイプって感じなのかなあ。

そして、そんな風に二人の距離が近づいたのに、学校で、誰か殴ろうぜ、みたいな
勢いに流されて、ケヴィンはシャロンを殴ることになる。
どうしようもなく二人ともが辛かった。

我慢の限界をこえたシャロンはドレッドヘアやろーの同級生を椅子でぶちのめす。
一発逮捕になってしまう。
辛い。
酷いいじめにあっていたシャロンは被害者なのに、強烈すぎた反撃で捕まって
しまったのはシャロンの方で。

そして青年期。ブラック。
最初これがシャロンなのかな??? と迷ってしまうほどに、筋肉つきまくり、
金歯して麻薬売人の元締めっぽいのをしてる青年になっててびっくり。
金のネックレスはともかく、金歯はなんでなんだよ。ダイヤのピアスとか、
なんか、フアンみたいになろうとしているのか、という感じのシャロン。
もう弱々しくいじめにあっていた頃のシャロンではない。

ある夜電話がかかってくる。ケヴィンだった。
ケヴィンも刑務所へ入っていた。だがそこで割り当てられた調理の仕事が面白く
なり、今は料理を仕事にしているという。
ケヴィンのいる店へ行くシャロン。
ジュークボックスのある小さなダイナー。シェフのおすすめを食べさせてやるよ、
と、再会を懐かしむケヴィン。

と、この3部はさあ、マッチョな見た目になっているのにやっぱりシャロンは
シャロンで、ケヴィンへの思いをひっそり大事に心の中にしまっていたんだなあ。
かといってそれでどうこうしようって思ってなかったのに、ケヴィンの方から
連絡がくるんだよー。ああ~~。
そして、ケヴィンは、実は子どもがいる、けどもう離婚してるとかわかって。
刑務所入ったけども更生して、安い仕事でも真面目に働き始めている。
シャロンは、刑務所で売人の仕事にツテを得て、そのまま売人の道にはまっている。
母親は、ドラッグの更生施設に入ってるのかなあ。ともあれ、今は反省して
いるらしい母親との和解はなってるみたいだった。
そして。
でも。
結局貧しい前歴のある黒人の辿る道ってこんなもんか、って所を淡々と描きながら
ケヴィンとの再会で、ケヴィンについに胸の内をひらくことができて。
他人と触れ合ったのはあの一度きりだ、という告白をするシャロンの緊張と
切なさに胸が苦しかった。
ケヴィンが、なんて、答えるのっ。
と、最高にぎゅーっとなったところで暗転して、でも、裸で寄り添ってる二人の
姿があって。あああああ;;
ケヴィンはシャロンをちゃんと受け止めたのだろうと信じるよ。
二人で末永く幸せに、なんてなるかどうかはわからない。それでも、ケヴィンの
更生した姿に触発されてシャロンもまっとうな仕事をみつけるかもしれない。
二人で生きる道を探すかもしれない。
何も答えが示されたわけじゃないけれども、これはハッピーエンドへのひかりが
ある映画だったと思う。

月の夜。海辺。小さな男の子が、生きている物語。

この映画が作品賞をとったこと。監督からのメッセージ。
それこそが、この映画の答えになるのかと思う。生きていく希望はあるということ。
酷いことがいっぱいあって何もかも最悪だって思っても、出会いやめぐりあわせで、
変わることもある。希望はある。ひかりはある。
月のひかりはある。ブルーは、うつくしいよ。

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