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映画「未来を花束にして」

*ネタバレ、結末まで触れています。


映画「未来を花束にして」

サフラジェット。
女性の参政権を求める運動が、過激化していく。
公聴会で劣悪な労働環境を訴えても、どんな言葉をつくそうとしても、とりあげ
られることがない。ならば。政府への反抗を、言葉のみならず行動で示そうとする。

イギリスの実話をベースにした映画だそう。
1912年。工場で洗濯女として子供の頃から働いてきたモード。同じ工場勤めの
夫、サニーと、息子ジョージとつつましく暮らしている。
同じ工場に勤めるヴァイオレットに誘われて女性の権利を求める運動に興味を
持ち、最初は演説を聞くだけ、といった関わりだったのが、デモ騒ぎに巻き込まれ
投獄され、夫にはまるで理解してもらえず、それでも活動へのめりこんでいく。


ベン・ウィショーが出るのか、と、そこきっかで知った作品。
モードの夫サニーを演じていた。サニーは悪人っていうわけではないんだけど、
ザ・一般人みたいな。「世間」ってものを代表するかのような、女性の権利とか
何言ってんだ、妻は妻らしくしろ母親らしくしろ、揉め事はごめんだ、っていう
男。当時としてはごく普通。あまりにも悲しいほどに普通。モードの考えや
苦しみに向き合おうとすることはない夫。はー。辛い。。。
でもウィショーくんのあの柔らかな声質もあって、無理解なのにどこか、微かな
ゆらぎがあったように思う。妻を理解できない。しようとはしない。だけど、
家族を彼なりに愛してはいたんだろうなあ。でもなあ。
モードはもうそのままではいられなかったんだよ。

見ている最初は、あーそんな過激な運動に参加したり巻き込まれたりして、
今の貧しくてきつくても夫と子どもがいる暮らしを台無しにするようなこと
しなくてもいいじゃない。と、ハラハラした思いで見ていた。
でも、あるきっかけがある。
工場長がまだ若い、幼いといってもいいくらいの従業員の娘をいたぶろうと
していたのだ。今なら即刻セクハラ案件。でも、立場の弱い、弱いどころか
立場なんてない女性は、逆らうことができない。
モードも、かつてそうされてきたのだ。なんの説明もされなかったけどそれは
わかる。彼女は耐えて、我慢して、やり過ごして、気づかない見ないふりして、
働いてきたんだ。
でも、もっと若い女の子にまで。次の世代にまで。もしも娘がいたとしたら、
娘にまで、こんな嫌な思いをただ飲み込んで黙るしかないっていう、そんなの、
そんなのもううんざりで、心底嫌になったんだろう。
今のままじゃ嫌だ。
女だというだけでこんなにも不当な目にあうなんて嫌だ。
その声が、どうしてこんなにも届かないのか。

活動かのイーディスの夫、ヒューはちょっと理解ある感じ。妻に協力的。
それでも、妻の体を気遣って最後には家から出さないように閉じ込めてしまう。
でもそれは本当に妻への気遣いでもあるみたいで、うーん。

国王も隣席する競馬、ダービーの場で、訴えよう、と出かけていくモードと
エミリー。思いつめたエミリーは疾走する馬の前に飛び出してぶつかり命を
落とす。
殉教者的に運動のシンボルとなるエミリー。

こんなに、こんなに、本当に命をかけるまでしなくては、声が届かないのか。

女性も男性も同じく人間で。人としての権利を平等に、という願いがどうして
こんなにも虐げられてきたのか。
辛かった。

夫には家を追い出され、息子は面倒みきれないと養子に出され。モードは
家族を失ってしまって。それでも、一人の女の子は助けた。
イギリスで女性の参政権が認められたのは1928年だという。

いろんな過激な活動や、ハンストに対して強制的にチューブでミルクだとかを
流しこまれるだとか、こういう戦いがあったことを私は知らなかった。
なんか、自分の人生振り返れば、楽な方、安易な方、無難な方に流されるばかり、
困難があれば逃げる一択、みたいなヘタレ人生なので、女性の権利のために
こんなにも戦う日々があったのか、その恩恵で今があるのか、ということを
改めて知って、落ち込んだ。
まあだからって私が今すぐ何かに立ち向かうようにはできないんだけど。

人としての権利に性別は関係ないでしょう、ということ。
建前上は今そうなっている、はず、だけども、未だにそれは実現していないこと。
せめて、目を背けずにいる。自分なりに考えていこうと思う。

過激な活動の映画で辛かったんだけれども、印象としては静かにひたむきに、と
いう感じ。こういう感触はイギリス映画~という感じかなあ。たぶん。
見に行って本当によかった。

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