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洞田明子歌集『洞田』批評会

洞田明子歌集『洞田』批評会

   2月25日(土)@中野サンプラザ研修室13:30~

先日土曜日行ってきました。
単なる私個人の主観よる覚書メモ。発言や内容に勘違いがあるかもしれません。

司会:斉藤斎藤 パネリスト 大辻隆弘、花山周子、阿波野巧也

最初に阿波野さん。
章立てそれぞれについて読み解き。「駅」という題選びのよかったこと。
発言のわりと最初から、この「歌集」をどう読むのか迷う、悩むということが
あった。批評のレベル。太朗というユニットが「洞田明子」をつくり、洞田明子が
歌集「洞田」を作りその中に「戸綿」の歌があり、戸綿を作ったのは洞田明子
なのか太朗なのか、どのレベルへ話をするのかわからない。
ストーリーよりはプロットが大事で、一首一首についてやっても意味がない。
「洞田明子」という人物像は見えるけれどもはりぼて的である。

次に大辻さん。
全体的な印象としては近代短歌の「私」への検証、挑戦か。生々しい「洞田明子」
のイメージは感じとれない。読みやすく、生々しさを感じたのはⅢ章。
一人の人物というよりは、トポス、場所が重要な感じ。「ドキュメント72時間」
みたいなとおっしゃってましたが、なるほど。
「私性」を編集で作り上げようとすればするほどはりぼてめいている。
個人データの集積が「私」ではなく、修辞や文体から「私性」を感じるのでは
ないか。

手紙魔まみみたいなコンセプトかなとおっしゃっていて、まみを私も連想してた
ので、うむ、そーだなーと思ったり。

三番目に花山さん。
洞田明子はいないと思った。どこに向かって批評するのかわからない気持ち悪さ。
いい歌がない。洞田明子、この歌集といえばこの歌、というのが挙げられない。
Ⅲ章「富士」になると読みやすくなった。短歌らしい短歌の章。
「私性」は個性ではなく、「短歌的私」という共有されているものなのではないか。
それは共犯的なのではないか。

司会の斎藤さんから。一人の人間ぽくない。歌のうまさがバラバラで、一人の人
としてのバラつきの滑らかさを超えてるほどのバラバラさ。Ⅲ章が読みやすいのは
バラつきが比較的なだらか、おおむね揃ってみえるので一人の人間ぽい。

とかなんとか、その後もいろいろ話は出つつ、やっぱり架空の一人の人物として
洞田明子があり「洞田」というこの歌集があり、というのを批評するって
どうすればいいのか、という迷い、気持ち悪さみたいな所がありました。
「駅」というアンソロジーであるなら、一首一首のいい歌とか見つけたりして
いくけど、この場合は洞田明子の歌集、ということで見る、と、すると、歌が
まとまりなさすぎて一首のよさを殺すようになっていて、いい歌が見つけ出せ
ない。
この実験、「私性」への挑戦なのか実験なのか、この歌集が何なのか見えて
こない。沢山の作者の沢山の歌を集めてるのに多様性がない。ステレオタイプに
落としこんでいるのが残念。
等々。

私はこの歌集の名前程度は聞いたことあるものの、この歌集が何なのかはよく
知らず、批評会の参加も直前に申し込んで歌集読んだのもその場でだったりで、
ほんとに何にも知らずよくわからずで参加しちゃったので、ほんとなんだか
よくわからないなあ、と思いました。そんななのに参加してごめんなさい。
わからないのは自分が悪いんですが。
なんだか豪華なパネリストだし、「私性」の話とかいろいろされるだろうなと
いうのに期待して参加しました。

この歌集はTwitterで募集した短歌を太朗というユニットが一冊にまとめたと
いうもの、らしい。集まった短歌全てを収録、短歌そのものには手を加えて
ません、というものらしい。
詞書は編集がつけたのかな?
奥付の編集には「土岐友浩」の名前もあるけどどういう関わりなのか。
なんかこう、全体がもやっとしてわからず、説明もなく。
歌集は歌集の体裁をとってるけども、成り立ちはこういうものですとか
はっきりしたことがわからないままで、わかんなかったなあ。

これは、Twitterで短歌な仲間たちが参加してつくったお祭り文集ですよー、
みたいな、強烈な内輪ノリなものっていう感じがして、参加してない私には
いやあ、なんか、わからないのに批評会きちゃってごめんなさいという気がして
しょうがなかった。
Twitterでちらほら見かけた「私も洞田明子なのです」みたいなツイートも
なんかわからないので気持ち悪く思ってたりして。内輪の中に入れないからさー。

「私性」をつくってみる実験作品なのかなあ。批評会するとしたら、編集に
対してのレベルしかないだろうなと思ってたけど、編集も太朗というユニット
ですとかだし、ほんと、批評したとして誰に向かって語るのかわからないぐにゃ
ぐにゃ感が。
「私性」についてのことも、まあ、なんか、さほど斬新で印象に残るような話に
なるでもなくてわりとこう、まあそうですねみたいな感じだったような。
前で話すみなさんが、誰を殴っていいのかわからないとか、貴族の遊びか?
みたいなこと言ったりだったのがなかなか、ああ、大変だなあと思いました。
このパネリストや司会引き受けて凄いなあと思いました。

いい歌がない、というのも、多分、たぶんですが、やっぱり参加者の人が、
へー、そういう企画があるのかあ、一首出してみるか、くらいなノリで出した
歌が多かったのでは、という気がする。まあそれは私の勝手な想像なので違う
かもしれないけど、でも、すごく考えて頑張ってすっごくいい歌が出来たら、
こういう企画に出すんじゃなくて自分の名前つけて自分の作品として出すんじゃ
ないのかなあ。
そういうそれぞれのほどほどないい感じの歌が集まって、編集は歌に手を加える
ことなく、ほどほどいい感じになんとかまとめて、となると。たぶん、いい歌集
になるのは厳しいんじゃないかなあ。
そこそこ理解しやすいように男女の物語にしたり。
参加者に女性が多かったんだろうけれども、まあ、それでかどうかわざわざ
「明子」という概ね「女性」と認識されそうな名前つけて。その中でまた別に
「男性」作って。
性別曖昧にさせるような名前つけるんじゃ駄目だったんだろうか。

まあ、Twitterで歌募って、予想以上にいっぱい集まってしまって、でもその歌
には手を加えずに全部使って一冊、一個人風にまとめるって、そりゃあもう
すっごく大変だったろうと思うし、まとめ上げただけでも凄いなあと思うけど。

なんでこんなガチめなパネリストメンツ揃えて批評会やったんだろう?
私みたいに「洞田」をよく知らないわかってない人でも参加オッケーな批評会
やったんだろう?
この企画に参加したみんなで打ち上げ~ってやったり、内輪で読書会やったり
するんじゃなくて、歌集批評会、というのをやったのはなんでだろう。
この「歌集」というのについて真面目に考えようとすればするほどはぐらか
されてこっちがバカをみるような気になるばかり。
参加して実験してみた人達にとっては面白い企画だったのかなあと思う。
でも開いた批評会やるんだったら、この歌集の成り立ちとか編集の経緯とかを
丁寧に説明するペーパーでも配って欲しかったなあ。
まあ、この歌集やTwitterの短歌界隈のことをなにも知らないのに行ってしまった
私がダメなんだよな。

パネリストの困惑とか、会場発言のいろいろとか、沢山話を聞けたのはよかったし
面白かったです。
最後の挨拶のところで、太朗のユニットのお二人が、言い訳になるので何も
言えませんみたいな感じだったんだけど、いやそこはたっぷり言い訳して
なんもわかんないこっちに説明してくれ、と思ったけど。
もっと、怒られるかと。叱って下さい、みたいなこと言ったのもね。なんだか。
かまってちゃんの甘えんぼ中学生かよ。
その後の懇親会でもっと、いやあぶっちゃけ、みたいな話したりしてたのかなあ。
まあでも懇親会に参加しないのでやっぱり全くわからないのでした。
こういうのやってるのかあ、というのは面白かった。

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映画「ナイスガイズ!」

*ネタバレ、結末まで触れています。

映画「ナイスガイズ!」


これも22日(水曜日)に見ました。

ライアン・ゴズリングとラッセル・クロウのバディムービー。かなりコミカルな
感じの予告ですごく楽しみにしてました。

バディになっていくお話。シリーズになるといいのになあ。二人はこうして
相棒になりましたそして、って感じでナイスガイズがダメダメな感じで頑張ったり
だらけたりしていくのをもっと見たい~。

ダメダメパパ私立探偵のゴズリング、しっかり者の13歳の娘ちゃん、パパ最低、
っていったりもするけどやっぱパパのこと大好きな生意気強気ガール。そこに
加わる、なんだろう、揉め事引き受けます屋的なヒーリー、ラッセル・クロウ。
ハードボイルドではないしクールでもない、でもなんかかっこいいコンビで
すごくよかった。
舞台は1977年のロス。
ポルノ女優が事故で死亡。家出娘を探して、という依頼。よくあるささいな
揉め事、それがだんだんきな臭くなり司法省だとか街をゆるがす陰謀を秘めて
いるとわかってきて、チンピラから凄腕の殺し屋も登場。
いろいろコテコテにベタな王道~。絶妙に情けないマーチと、もっさり熊さん
みたいで、かつ渋いヒーリーコンビのあほっぽい軽さとかあいまって、
さくさくテンポもよくて、面白かった。小説読んでるみたいな気分だった。
謎解きがハマってわかっていく感じ。

肝心の家出娘アメリアが、おお、意外といい子、へー、とか思ってたら凄い
さくっと殺されたりしてびっくり。
その殺し屋がション・ボーイをやってるのがマット・ボマーで、かっこいい!!
マットは絵に描いたような素敵ハンサムで、好青年役が多いような気がする
けれども、殺し屋ジョンボーイはかなりサイコ的非情ささくさく人殺しで
かっこよかった~! 出番少ないよもっと見たいよーっと思うけど、でも
すごくかっこよかった~。好き。

自動車産業とお偉いさんたちとの癒着つーか不正があって、というのを、
暴こうとする娘たちと、そんなの暴こうとしたって無駄無駄、って感じと。
巨大な敵に立ち向かう小さな個人、という図なんだけど、それが結局は
解決には至らないやれやれな感じ、よかったなあ。
できるだけがんばっちゃったよ! でもなあ、っていうリアル。
正義は勝つ、みたいな単純な解決はなくてスカッと爽快ってわけにはいなかい
けれども、なんとかそんな中でも駄目だめパパは娘の前でまっとうであろうと
頑張った。ヒーリーは殺して解決、っていう方法をやめた。
ささやかなまっとうさ、というのが素敵だったなあ。
見に行けてよかった。満足^^

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映画「たかが世界の終わり」

*ネタバレ、結末まで触れています。

映画「たかが世界の終わり」


22日(水曜日)に見に行った。
グザビエ・ドラン監督だしカンヌでグランプリとったし、見たい!!!
と期待してました。キャストも豪華。ギャスパー・ウリエル、レア・セドゥー、
マリオン・コティヤール、バンサン・カッセル、って。ママの人は知らなかった
けれども、ほんと、みんな、すごい。この家族5人だけの物語。
もとは舞台劇らしい。なるほどこの5人だけ、ほぼ家だけ、という世界。

ルイは12年ぶりに家へ帰る。
母と妹は再会を楽しみにしているが、兄はそっけなく、兄嫁は初対面。
精一杯穏やかに会話しようとしているのに、兄アントワーヌはなにかと皮肉を
言い、家族をバカにするかと思えば卑屈になってみたりもする。
食事。家族の思い出話。何度も同じ話をする母。素晴らしい日曜日の思い出。
ラジオから流れる音楽でおどけて踊ったりもして。
家族の楽しい時間を過ごそうとする人、それをぶち壊す人。
ルイは、自分がもうすぐ死ぬ、と話に帰ったのだったが、それを言い出すことが
できなかった。

映画だからこそなのか、ずーーーーっとアップで人を撮っている。
またみんなそれぞれに素晴らしい見応えのある顔でうつくしいから、飽きない。
戸惑い、不安、怒りや焦り苛立ち、希望や思いやり、悲しみ。
光に透ける淡い瞳のうつくしいことといったらもう。見続けていたい。

フランス語、私にはさっぱり全然まったくわからなくて、ひたすらうっとり
音を聞いた。素敵だ。大好き。

家族だから、と、期待を持ってしまう。家族だから、と、なんだかなあなあで
流してしまう。
大事な話とか、大事な話であればあるほどできなくなってしまういたたまれなさ。
おにーちゃん、なんだよもうちょっと落ち着いてちゃんと家族大事に話を
させてくれよ~~と思うんだけれども。アントワーヌはああいう風にしかなれ
なかった事情があるんだろう、なあたぶん。

ほんとに、ルイが帰ってきて、ご飯食べて、っていうその一日だけの話で、
家族の過去とか事情とか、ルイのことだって、背景はわからない。わずかに
言葉の端々で察するだけ。家族なのに。家族だから。
家族って、難しいんだよね。。。

ルイの感傷とかがアントワーヌには耐えられない、のかなあ。家から自由に
なっている、と、そういう風に見ちゃうんだろうなあ。それにしても、さ、
お兄ちゃん、もうちょっと、ちゃんと話を、しようよ、と思うんだけど。
どっちもどっちで辛いかなあ。

ルイを演じるギャスパー・ウリエルが、かなり普通っぽいんだけどもやっぱり
はっとする美しさの瞬間があって、ほんっと素晴らしい。かっこいい。うっとり。

そしてルイは言い出せないまま家族の家を離れる。
そして、亡くなった、んだろう。妹ちゃんはあれからルイの所へ遊びにくる
時間はあったのだろうか。なかったのかなあ。家族の交流って、あれっきり
だったのかなあ。どうにもままならず、それぞれの期待の敗れたあの日の
ままだったのかなあ。
家族って。
家族ってほんと、やりきれない。

すごく美しかった。辛い気分が残る。でも映画体験としてはしあわせだった。


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『臨床の詩学』(春日武彦/医学書院)

『臨床の詩学』(春日武彦/医学書院)


医療当事者として、患者との面接の時のなんでもないように思える会話、言葉の
エピソード交えての、言葉が詩の力を持つ不思議、みたいなことを書いてる、
エッセイ、かなあ。

こんなにも沢山の本を読んでいて覚えていて適切にというかなんというか、
エピソードと作品の引用と、書けるんだなあ、と感心。そんなにちゃんと沢山の
本の内容を、覚えてるんだなあ。
私、記憶力が、ないから。。。
まあ、自分と比べても仕方ないわ頭の出来が違いすぎるわ。

精神が大変になっちゃう人達とこんなやり取りしてて大変だなあと思ったり、
人はなんだかいろんな、ほんっといろんな風になっちゃったりするんだなあと
思ったり、でもそれでも回復したり、折り合いつける方法を見つけたり、
単純に年をとってパワーがなくなるとか、あ~狂気に陥るにもパワーがいる、
と思ったり。
ほんとにいろんなことがあるなあって思う。
なんかもう、いろいろあって仕方ないんだなって思う。

言葉の力というか、詩的な力というのはあると思う。
でもそれって簡単には操れなくて、まあ、だから素晴らしいでもなり尊いでもなり。
たくさんの言葉とか、たくさんの在り様を、知って自分の中でふっとした時に
力にできるといいな。

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NODA・MAP「足跡姫」

*ネタバレ、結末まで触れています。

NODA・MAP 第21回公演
「足跡姫」~時代錯誤冬幽霊(ときあやまってふゆのゆうれい)~

東京芸術劇場。15日(水)の昼を見に行きました。

今回の舞台は江戸。中村勘三郎へのオマージュ、とのこと。

キャストは宮沢りえ、妻夫木聡、古田新太、佐藤隆太、鈴木杏、池田のぶえ、
中村扇雀、野田秀樹。

女歌舞伎は取り締まり厳しい中、お役人がやってくると、男ですよ~と誤魔化して
いる旅一座。いずこのお国、三、四代目が看板踊り子をつとめている。
穴を掘るのが趣味、というかやめられないお国の弟。その穴から出てくる志士。
こっそり腑分けを試みようとしていた蘭学医の下へ届けられた死体。
彼らがそれぞれに入り乱れていく。
新作歌舞伎、「足跡姫」という筋を弟君と生き返った死体とがかき上げて評判を
呼び、お城の殿さまに呼ばれそこで演じることを夢見る。
さて死体は由比正雪であるらしい。お国にはタタラ場の足跡姫がとりついたらしい。
舞台の中の舞台。
舞台からはみ出すリアル。
死体は生きているのか死んでいるのか。
舞台にあく穴。
舞台から伸びる花道。
はだけて肌を見せるだけでない、舞台を演じたい熱。

これは、歌舞伎のはじまり? 舞台のはじまり。

生の舞台をみるのは前の「逆鱗」以来になる。やっぱりやっぱり生のエネルギー
は物凄くて圧倒される。正直、衝撃とか物語の見えてきた時の打ちのめされっぷり
とかは「逆鱗」が私にはあまりにも凄くて、今回は前よりはまあ比較的冷静に
見た。まあもちろん全然違う舞台なわけですし。
それでもやっぱりカーテンコールの時にはぼろぼろ泣く。
これを書いて演じる野田秀樹を想う。

私は中村勘三郎は、勘九郎の頃に2回くらいは見に行ったかなあ。地方にきて
くれたことあったんだよね。あとはテレビの番組を多少見た程度。ファンで
あるとは言えない。それでも好きはもちろん好きで。早すぎる死に驚いた思いは
はっきりある。
野田秀樹がこうも、オマージュですと言葉にして舞台作ったのか、と思う。
その、盟友の死を見送った思いを思う。

一応自分も中高年となった今、生きるとは、生き残るとは、先に逝く大事な人の
死を見ることだな、と、実感を持ってくる。
表現者は、それを表現するのだな、と思う。

宮沢りえ熱演~。
はだけるセクシー。
そして演じているのを演じる、さらに途中からは足跡姫にもなる、がっつり
ずっと舞台引っ張ってって、凄い。
妻夫木くんは微妙に情けないまさに弟で、でも体しっかりしてて、かっこいい。
見られてしあわせだったなあ
そして古田新太~~~っ。へにゃっとした笑わせはもちろん達者だし。びっと
決める時の姿のかっこよさったらもうううう~~。かっこいい。ほんとに
舞台で決め姿の古田新太は最高かっこいい。堪能しました。
中村扇雀はちょこまかちょこまか出たり入ったり、役もいーーーっぱいやる。
あれはなんだろうなあ。あの個人としての存在感凄いわ。面白かった。
野田秀樹はまあもうもちろん、よく動く。緩急の、ちょっとゆったりめの方が
多かったかなあ。相変わらずすごい。

相変わらずの沢山たっくさんの言葉遊びの連なりから話が入り乱れ繋がってく
アクロバットすごい。
タタラ場の、ってあたりは、もうちょっとなんかあるのかと思ったけど、そこは
わりとあっさりで、勝手におお?と勘繰ろうとした私の勘違いだったか。

舞台って、生身のエネルギーだから。死んじゃうと消えてしまう。
一回一回、終わるたびに消えてしまう。
でも、その儚さもうつくしい。でも、それはどうしようもなく悔しい。哀しい。
見えない姫の足跡だけが、残り、消える。
ラスト、鮮やかな一面の桜。とてつもなく美しかった。

見に行けてよかったです。

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映画「アダムズ・アップル」

*ネタバレ、結末まで触れています。


映画「アダムズ・アップル」

(2005年 デンマーク・ドイツ合作 監督アナス・トーマス・イェンセン)

トーキョーノーザンライツフェスティバルで上映。12年前の映画ってことだけど
日本初上映なのかな。日本語字幕のソフトもないようで、見に行けてよかった。
ありがとうノーザンライツフェスティバル! 
お願い日本でもブルーレイとかで発売してください。とてもよかった。
(去年は「メン&チキン」見たのだった。これも円盤発売してください;;)


アダムは刑務所から出たばかり。田舎の教会へ世話になることになる。
神父(?)はイヴァン。何事にも明るくポジティブ、でもどんなつまらないこと
でも議論を始めて相手を言い負かす。
教会には他にも前科者が二人いる。パキスタン人。元テニスプレイヤー。
(名前覚えてないごめん)
アダムは教会で暮らすにあたって、何か目標を見つけるように、とイヴァンに
求められる。庭にあった立派なリンゴの木。アダムはケーキを焼きたい、リンゴの
ケーキを焼くんだ、ということを目標にする。


不条理劇なのか? なんだかシュールなコメディなのか?? え? ええっ??
って何回もびっくりして笑っちゃっうんだけど。さらっと凄いことが言われたり
行われたりしてそうそう笑ってもいられない。

アダムはネオナチ、ってことで頭スキンヘッド。部屋にはヒトラーの写真を
飾り、イヴァンに渡された聖書も放置。教会の鐘が鳴る朝にその振動で目覚め
たり、写真落っこちたり聖書落っこちたり。
聖書が落っこちると必ず「ヨブ記」のところが開いて落ちる。
ある時それを読んでみて、神様に嫌われてるんだよ、ってイヴァンを追いつめ
たりしちゃうんだよね。
アダムは自分を悪だという。
イヴァンのポジティブなクレイジーさとか、なあなあでなんとなくやり過ごして
いる四人の教会の暮らしをおかしいと追及する。
そうやって表面上の取り繕いを暴くのは確かに波風立てる悪でもあるんだけど。
なんだかんだ結局アダムが一番まともなんだなーという感じ。
アダムが来たことによってあの教会の世界は変わり時間が動き、変化は結局は
一応はいい方に働いたのだ、と、思う。
途中辛くもあったけれども、とてもうつくしいラストだった。
四人のうち二人は教会を出ていくけれどとイヴァンと共に残ったのはアダム。
もうスキンヘッドじゃない。そしてまた次の刑務所から出た男たちを迎える。
車の中で音楽をかける。
これ、それまで何回も、イヴァンがかけてはアダムが消す、ってしてきたもので、
一緒に音楽を聴く、穏やかさが救いだと思った。

イヴァン。
マッツ・ミケルセンが演じてます。
半ズボンでさ~~~。なんて美しい膝剥き出しの足!膝下長い~かっこいい~!

デンマーク語なんで何にも一言も私にはわからないんだけれども。
イヴァンはすごくよく喋る。相手を言い負かす。都合の悪いことは見えないふり。
イヴァンと議論するのはメンドクサイ、とみんなわかっててイヴァンの思う善が
全てって感じ。
そこにアダムが異をとなえていくわけだけど。
この、イヴァンの、キャラというか、負わされている運命が物凄い過酷。
イヴァンが生まれた時に母は死亡。
姉がいたらしいけどそれはどーなのかわからなかった。
父に立てなくなるほどレイプされてたらしい。父は逮捕された。
妻がいて妊娠した時に障害のある子になるかもしれないと言われてた。
息子が元気でいるのを見るとただの統計に負けなくてよかった、みたいに言って
たのだけど、実はクリストファーくんは脳性麻痺。動けない。
妻はそれを苦に自殺したらしい。
でも、イヴァンは、あれは事故だったんだ、という。お菓子の入れ物に薬を
間違えて入れちゃってたから、つい飲み過ぎてしまっただけだ、って。
そしてイヴァンは癌。頭にバレーボール大の腫瘍がある、って言われてる。
そんな大きくはないだろ?? と思うんだけども、まあ、そういわれてる。
追いつめられると耳から血が流れる。

イヴァンは、そう、都合の悪いことは見ない。認識しない。よくないことが
起きると悪魔に試されているんだ、と思う。打ち勝っていかねば。神様は味方、
って思ってる。イヴァンの世界には善しかない。
狂ってる。ポジティブにクレイジー。

でもさあ、その、イヴァンに盛られてる設定が物凄いことじゃない? あっさり
あいつオカシイけど大変だから仕方ないみたいに医者が軽く言うんだけど。
そんな中で優しいあいつが今生きる術として見つけたんだ、って。明るさを。
いろいろおかしいし、笑っちゃうんだけど、でも、イヴァンの世界を思うと
ぐっさりぐさぐさ深く突き刺さるもので、このバランスは何なんだ。凄い。

イヴァンは、神様の言葉を伝える。つまらない説教をする。
神様を頼ってきた悩める妊婦にもかける言葉はなんだか心無い。それでもイヴァン
なりに大真面目ではある。その奇妙な感じすごい。
ヨブ記は読んでないという。無礼なやつには厳しい。うまくいかないことには
悪魔に試されているから負けないようにしなくちゃって感じ。
その、アダムたちとかみあわない会話とか強引さとかイヴァンの中だけの正義とか
おかしいんだけど物凄く哀しい。ものすごくかなしい。とてつもなく哀しい。

アダムはイヴァンに苛立って悪魔に試されてるんじゃない。神様に憎まれてる
んだ、って追求する。突きつける。イヴァンの人生の不幸を突きつける。
アダムは悪だから、という対立。アダムはイヴァンを殴るしボコボコにする。
でも、イヴァンはめげないんだよーー。すごい。
ボコボコ血まみれの顔で元気に歩き回ったりして笑っちゃうんだけど、何?
何なんだろうあのバランス。すごい映画。

アダムのネオナチ仲間みたいなやつらが来るんだけど、だんだんアダムは
そこからは離れてようとしてくるんだよね。
パキスタン人の報復をなんとかうまいことそらせようとしたり。

鳥とか害虫に荒らされ、ついには落雷で焼け落ちるリンゴの木。
辛うじて一つだけ無事だったリンゴで、ついにアダムはケーキを焼く。

もう死ぬところだったはずのイヴァン。癌の進行もあったんだけど、ネオナチが
襲撃にきたところ強引に割って入ってとばっちりで左目から頭撃たれて倒れて
いたイヴァン。
なんと。
まさかの奇跡で、脳の腫瘍を銃弾がぶっとばしていて、回復してたー。
なんだってーっ。

と、そんなこんなの無茶苦茶な、ってことなんだけども、アダムのリンゴの
ケーキを二人で味わってるシーン、素晴らしくうつくしかった。
頭顔半分包帯に覆われて、あんなにいつも強引なお喋りばかりしていたイヴァンが
アダムとただ静かにケーキを食べる。
うつくしかった。
神様に、憎まれてなんかいない。

そして、イヴァンはアダムとともに教会を運営していくのだ。
また誰かを救うのかもしれないし、相変わらずおかしなことになっていくのかも
しれないけど、アダムがいるから大丈夫だろうと思う。
アダムとイブなんじゃないの、と思う。二人でリンゴを食べたんだ。

私がキリスト教的なこと詳しくないのでピンときてないだけでたぶん沢山の
宗教的啓示っぽいことはあるんだろうなあと思う。
なんといってもリンゴの木だし。雷だし。主人公の名前アダムだし。
でもそういうことぼんやりしかわかんなくても、というか、デンマークのことも
詳しいわけじゃないし、デンマーク映画にも詳しいわけじゃないし、でもまあ、
ほんとうに、素敵な映画を見られてよかったと、満足した。
暴力も流血もあるのに、おとぎ話みたいでもあって。すごいバランス。面白いなあ。

イヴァンちゃんやってるマッツさいこうに可愛いしかっこいいしたまんねーわー。
ボコボコうつくしい顔が歪まされていくんだけど、んも~それも最高。
お姫様だっこされちゃうの最高~。好き。
マッツはマッツだけれどもホント役柄によって全然違ってて、見るたびにますます
好きになってしまう。こわい。好き。ステキ。かっこいい。
ほんとこれ、ブルーレイ出して欲しい;; マッツ映画全部欲しい。大好きです。

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映画「未来を花束にして」

*ネタバレ、結末まで触れています。


映画「未来を花束にして」

サフラジェット。
女性の参政権を求める運動が、過激化していく。
公聴会で劣悪な労働環境を訴えても、どんな言葉をつくそうとしても、とりあげ
られることがない。ならば。政府への反抗を、言葉のみならず行動で示そうとする。

イギリスの実話をベースにした映画だそう。
1912年。工場で洗濯女として子供の頃から働いてきたモード。同じ工場勤めの
夫、サニーと、息子ジョージとつつましく暮らしている。
同じ工場に勤めるヴァイオレットに誘われて女性の権利を求める運動に興味を
持ち、最初は演説を聞くだけ、といった関わりだったのが、デモ騒ぎに巻き込まれ
投獄され、夫にはまるで理解してもらえず、それでも活動へのめりこんでいく。


ベン・ウィショーが出るのか、と、そこきっかで知った作品。
モードの夫サニーを演じていた。サニーは悪人っていうわけではないんだけど、
ザ・一般人みたいな。「世間」ってものを代表するかのような、女性の権利とか
何言ってんだ、妻は妻らしくしろ母親らしくしろ、揉め事はごめんだ、っていう
男。当時としてはごく普通。あまりにも悲しいほどに普通。モードの考えや
苦しみに向き合おうとすることはない夫。はー。辛い。。。
でもウィショーくんのあの柔らかな声質もあって、無理解なのにどこか、微かな
ゆらぎがあったように思う。妻を理解できない。しようとはしない。だけど、
家族を彼なりに愛してはいたんだろうなあ。でもなあ。
モードはもうそのままではいられなかったんだよ。

見ている最初は、あーそんな過激な運動に参加したり巻き込まれたりして、
今の貧しくてきつくても夫と子どもがいる暮らしを台無しにするようなこと
しなくてもいいじゃない。と、ハラハラした思いで見ていた。
でも、あるきっかけがある。
工場長がまだ若い、幼いといってもいいくらいの従業員の娘をいたぶろうと
していたのだ。今なら即刻セクハラ案件。でも、立場の弱い、弱いどころか
立場なんてない女性は、逆らうことができない。
モードも、かつてそうされてきたのだ。なんの説明もされなかったけどそれは
わかる。彼女は耐えて、我慢して、やり過ごして、気づかない見ないふりして、
働いてきたんだ。
でも、もっと若い女の子にまで。次の世代にまで。もしも娘がいたとしたら、
娘にまで、こんな嫌な思いをただ飲み込んで黙るしかないっていう、そんなの、
そんなのもううんざりで、心底嫌になったんだろう。
今のままじゃ嫌だ。
女だというだけでこんなにも不当な目にあうなんて嫌だ。
その声が、どうしてこんなにも届かないのか。

活動かのイーディスの夫、ヒューはちょっと理解ある感じ。妻に協力的。
それでも、妻の体を気遣って最後には家から出さないように閉じ込めてしまう。
でもそれは本当に妻への気遣いでもあるみたいで、うーん。

国王も隣席する競馬、ダービーの場で、訴えよう、と出かけていくモードと
エミリー。思いつめたエミリーは疾走する馬の前に飛び出してぶつかり命を
落とす。
殉教者的に運動のシンボルとなるエミリー。

こんなに、こんなに、本当に命をかけるまでしなくては、声が届かないのか。

女性も男性も同じく人間で。人としての権利を平等に、という願いがどうして
こんなにも虐げられてきたのか。
辛かった。

夫には家を追い出され、息子は面倒みきれないと養子に出され。モードは
家族を失ってしまって。それでも、一人の女の子は助けた。
イギリスで女性の参政権が認められたのは1928年だという。

いろんな過激な活動や、ハンストに対して強制的にチューブでミルクだとかを
流しこまれるだとか、こういう戦いがあったことを私は知らなかった。
なんか、自分の人生振り返れば、楽な方、安易な方、無難な方に流されるばかり、
困難があれば逃げる一択、みたいなヘタレ人生なので、女性の権利のために
こんなにも戦う日々があったのか、その恩恵で今があるのか、ということを
改めて知って、落ち込んだ。
まあだからって私が今すぐ何かに立ち向かうようにはできないんだけど。

人としての権利に性別は関係ないでしょう、ということ。
建前上は今そうなっている、はず、だけども、未だにそれは実現していないこと。
せめて、目を背けずにいる。自分なりに考えていこうと思う。

過激な活動の映画で辛かったんだけれども、印象としては静かにひたむきに、と
いう感じ。こういう感触はイギリス映画~という感じかなあ。たぶん。
見に行って本当によかった。

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映画「スノーデン」

*ネタバレ、結末まで触れています。


映画「スノーデン」


2013年6月、元CIA職員だったエド・スノーデンは内部告発をしようとしていた。
香港のホテルの一室で記者たちに向かい合う。

スノーデンの内部告発、だか、ハッカーとしての犯罪なのか、このニュースは
もちろん記憶にある。ニュース見た時からこれは映画化だな~ってみんな思った
ことで、でももうこんな早速に映画化なんですねえ。

ジョセフ・ゴードン=レビットが演じるスノーデン、ご本人によく似てると思う。
彼女との出会いとか暮らしとか、まあ、こういうのも映画だし。
最初は軍隊で、でも体がもたなくてCIAへ。とびっきり優秀で、次々と仕事を
任されてこなしていって、機密に触れるようになって。

アメリカ中、世界中のコンピューターや携帯電話が監視されている。
違法なのに。
違法でも。
目的が正当なら手段は違法でもいいのか?
テロの恐怖やサイバー攻撃に対抗するには、いちいち裁判所命令だとか法整備を
待ってられない、という感じか。

淡々と静かに進む。大袈裟な煽りはなく、スノーデンが戸惑い、疑問を持ち、
国家のためにという重責と、一般人である彼女の感覚との違いに悩み、持病もあり、
同僚と「仕事」としてこなし、でも悩み。そんな物静かな時間が続く。
眠い、って一瞬がくっとなったりもした。
でもなあ。

密かに監視がダメならもう大っぴらに見るぞ、って、入国者のネット状況見せろ、
みたいに最近言われようとしてるんじゃないっけ。
オバマ政権が終り、トランプ大統領になって。今。うーん。
建前上のリベラルよりアメリカ第一入国規制国境に壁を。うーん。。。

最後のところでは、スノーデン本人が出てた、よね? あれ本人だよな?
彼としてはインターネットの自由を守らねば、という気持ち、率直な正義感なの
だろうなあ。

結局情報を握って、都合よく人を操るための弱点さがして潰して、みたいなことに
利用されてしまうとか。
「シャーロック」の恐喝王を連想したよねー。圧力点だ。

でも、私にはわからない。ネットを監視して秩序が守られるのならいい、のかも。
でも監視したとしても犯罪防ぐことは出来ない気がするし。
情報監視してるのはアメリカだけじゃないだろーしー。
わからない。
どんな答えを出せばいいのかわからない。
というかほんと、アメリカ、世界がどうなっていくのかわからないなあ。。。

あ、ジョセフ・ゴードン=レビットくん可愛くてよかった。
スノーデン、スノーホワイトとか呼ばれちゃってな。眼鏡男子、お似合いだった。

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