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『キム・フィルビー ―かくも親密な裏切り』(ベン・マッキンタイアー/中央公論新社)

*こういうのもネタバレ注意っていうのかな?
ノンフィクションものだけど。具体的内容について触れて感想書いてます。


『キム・フィルビー ―かくも親密な裏切り』(ベン・マッキンタイアー/中央公論新社)


A SPY AMONG FRIENDS:Kim Philby and the Great Betrayal

という原題みたいで、「かくも親密な裏切り」となっているのがもうたまんないです。
英国よ。なんて素晴らしい。

「あとがき」ジョン・ル・カレ とあってびっくりした。著者じゃないよね?
それでも「あとがき」なのか?
ル・カレはニコラス・エリオットと実際知り合いだったようで二人で交わした
会話の覚書なんかがあった。というか。その、ほんとにMI6にいて知り合いで、
って、あー。なんかもうそれだけでドラマチックすぎる。けど、MI6も公務員
なんだよねえ。まあねえ。そうなんだけど。すごい。
TTSSはこのキム・フィルビーとか、ケンブリッジ5とかだっけ、その紳士たちの
裏切り、スパイをモデルに書かれたわけで。凄い。

キム・フィルビーはケンブリッジ大学在学時からひそかに共産主義を信奉して、
MI6に入り込み、戦時下、冷戦時、30年以上にわたって二重スパイだった。
エリート紳士として出世を重ね、同じような経歴のニコラス・エリオットと
強い友情を結び、誰からも気持ちよい愛すべき男として社交をそつなくこなし、
どの地へ赴任しても親しみやすいイギリス紳士としてふるまい、多くの友人を
もてなしもてなされ、仕事の成果をあげ、それ以上にせっせとソ連へ情報を流した。
妻子を持ち、パーティ三昧。
愛される男でありながら、もう一人の自分の姿を誰にも見せず裏切り続ける。

一体何者なんだろう。
ノンフィクションスタイルなので、様々な情報、フィルビーの各地での仕事、
暮らしぶり、友情の数々が丁寧に紹介されていて、すごく面白いんだけれども、
その心情なんかは控え目に推しはかるばかりで、それはやっぱりわからない。
誰にもわからない。
フィルビー自身にだってわからないことになってしまっているのかもしれない。
スパイは嘘をつく。
何かがバレたら、それを押し隠すために言いつくろうために、自分すら騙して
嘘をつくものなのだろう。

二重生活。
秘密。
自分の中だけの信仰。共産主義への傾倒とはいえ、冷静でいたならこうまで
いかないんじゃないの、と思うもんね。フィルビー自身の中だけで完結している
静かな狂信だからこそ終わりのない盲信だったのだろう。

本当にほんとうのことなんて、当人たちにもわからなくなってしまう。
後から、実はあやしいと思っていた、って、もうほんっと、誰でもそういう
嘘、思い込みは後からならいくらでも語ってしまうんだろう
どうしてそんなに、って、今からいくら探ってもわからないんだろうなあ。
時代の空気とか肌感覚とか、すぎてしまえばわからないもんねえ。

この中で知るスパイたちの様子が、もーほんとドラマかよ映画かよって感じで
ほんとすごい。パーティ三昧。
社交。
食事。
そしてもちろん大量に飲み続けること。
ジェントルマンの暮らしってこんなだったの? こんなだったのかなあ。
ダウントン・アビーでも上流階級の人の主な仕事は社交って感じだもんなあ。
まああれもドラマだけど~。でも~。嗚呼英国紳士って。素晴らしい。

パブリックスクールから名門大学へ。その経歴、人脈だけですべておっけーな
感じも最高。紳士たちだけのクラブ。名門クラブに入ることが信用の全て。
ああ、知り合いだよ、彼の父上も知り合いだよ。という口コミ世界。嗚呼~
上流階級~~。
ほんとすごいなあ。小説とか映画で見たわ、みたいなことが概ね事実なわけで、
ノンフィクションを読んでいるはずなのにドラマチックすぎてくらくらする。

イアン・フレミングの名前も出てくるし。007の世界にも事実は紛れてると
いうことがすごすぎてくらくらする。英国よ。。。すごいなあ。

ってもう大体凄いなとしか言えないんだけれども。かっこよすぎるわ。

ニコラス・エリオットが、フィルビーを信じてかばって、だけど最後に
尋問にいくのはエリオットで、フィルビーもそうだろうと思っていたよ、とか
最高でしょ。30年来親友と信じてきた男が裏切り者だったと。く~~~。

尋問して、だけど亡命できるように自由に泳がせる数日をつくっていたとか。
それは明確には断言できないけれど、英国で裁判沙汰になるより亡命して消えて
くれたほうが上層部にとって都合がいいんだ、とかってね~~。ドラマだろ。。。
そしてその後のフィルビーにインタビューとかあったわけでしょう。
映画だろ。。。。
すごい。

CIAのアングルトンは1987年没。
フィルビーは1988年、モスクワで没。
エリオットは1994年に没。

私の感覚では最近、ま、最近でもないけどでも、自分も生きて知ってる時代よ。
彼らが生きていて、それは映画とかドラマの中のことではなくて、スパイで、
裏切り者で。そして友情の中にあった、ということがとてつもなく不思議で
凄いと思う。
本の始めにはたっぷり写真があって、本人たち、かっこいいし。
そう。こう写真がたっぷり残っている、近い世界なんだよねえ。凄い。
読めてよかった。

 「エリオットがフィルビーの友となり、彼から騙されるようになったのは、
 ちょうどバジル・フィッシャーの死を悲しんでいた二四歳のときだった。
 以来彼は成人期の大半を、フィルビーを信頼し、尊敬し、支持して過ごして
 きた。二人の人生は、パブリック・スクールからケンブリッジを経てMI6に
 至るまで、仕事においても教養においても、また住む所においても、互いに
 重なり合いながら相前後して進んでいるように見えた」
 「二人の関係は、二〇世紀半ばの上流階級出身で同性愛者ではないイギリス人
 男性二名としては、これ以上ないほど親密だった」  (p351)

 「一月一二日の四時、フィルビーはまだ頭に包帯を巻いた姿で、やや
 覚束なげな足取りで階段を上がり、アパートのドアをノックした。
  ドアを開けたのはニコラス・エリオットだったが、フィルビーはなぜか
 驚いた様子を見せず、ただ一言、こう言った。「きっと君だろうと思って
 いたよ」」                     (p360)

 「私はいつも、個人的レベルと政治的レベルという二つのレベルで活動して
 いた。この二つが衝突したとき、私は政治を優先させなくてはならなかった。
 その衝突が非常につらいこともある。人を騙すのは好きではないし、それが
 友人となればなおさらで、私は皆が考えているのとは違い、それについて
 ひどくすまないと思っている」。しかし、すまなく思っているからといって
 騙すのをやめたわけではなかった」           (p403)

 「エリオットが一九九四年に亡くなったとき、彼は短い回顧録を残していた。
 内容は下品な話が多いが、この本には何かを悔やむような自嘲的なタイトルが
 付けられていた。いわく、『人を持っている傘で判断してはいけない
(Never Judge a Man by his Umbrella)』。
  このタイトルは内輪ジョークで、その真意を完全に理解できる者は二人
 しかいなかった。一人はニコラス・エリオット。そしてもう一人は
 キム・フィルビーであった」              
                              (p414)

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