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中家菜津子『うずく、まる』批評会


中家菜津子『うずく、まる』批評会(2016/4/17@中野サンプラザ)


行きました。さっさと日記書かなかったから曖昧になっちゃった。

*私個人の主観による個人的覚書メモです。私の勝手な思い込みや勘違いが
あるかと思います。

批評会の第一部 野村喜和夫さんに聞く「詩型は越えられるか」
                  (聞き手)加藤治郎

まずは野村さんの紹介等。野村さんから見た短歌の印象など。参加申し込み受付
で、質問も受け付けていたそうで、その質問いくつか。
詩型を超える、融合とかについて、詩や短歌に限らず、他者に開かれていない
ジャンルは弱くなってしまう。でも一つのジャンルの絶対化も必要。詩なり短歌
なりを信頼、極めようという感じ。でも外に開くことも必要。

「詩型融合のクロニクル」という資料。近代の詩歌作品集をずらっと一覧に
したもの。自由詩や短歌、旋頭歌、俳句、散文、など複数の詩型を一冊に入れて
いるもの。まあそれは、沢山あるねというか、ん~、うん、と、思う。
近代、複数の詩型を作るのがスタンダードだったのでは、ということですが、
そうだと思う。まー当然詩人であろうが歌人俳人であろうが散文は普通に書くし
両方やってみている人も別に珍しい感じはしない。
ただ両方やっていて両方がよい、というのはちょっと難しくなるのかなあ。

縁語、言葉の自走性が面白い、という感じ。
中家さんの「うずく、まる」はまさにそう、「うずくまる」の一つの言葉から
連なり広がる言葉の作品。
散緒の一連。「ば」と「ら」の音韻から連なる広がる言葉の作品。
これがとても勢いも完成度も高い、というのはわかる。
「せんせい」(p111)の一連、自由詩と短歌。傑作。密度の高い優れたレベル
の高い詩です、とのこと。「折る」「祈る」という字面、視覚からの連想も。
言葉の自走は音韻のみならず広がりのあるもの。
というような評価。

お二人の話を聞いていて、なんかこう、うーんと、わかる、し、言ってることは
わかるけれど、なんの評価なのか基準がわからないと私は思った。
何を言ってるんだろう。やっぱり私は詩歌のことが全然わかんなくて向いてない
無理なんだ、と、けっこうポカンとしてしまった。それはまそうで、私は詩歌が
わからない人間で難しいんだろうなーと自分のことを思う。
けど、会が進んで、他のパネリストの話を聞いたりもして、なんとなく、こう、
この、詩型を超えて融合して、というものの評価そのものが、かなり、恣意的な
もののように思った。
多分一般化はされてない。途中なのかなと個人的には思う。

珈琲にこだわる人、ミルクにこだわる人それぞれが集まって、究極のカフェオレ
を求めて、みたいなことを言ってもなかなか難しいんだろうなというような。
カフェオレをきわめている人が足りてないとゆーか。

「うずく、まる」のような試みを、新しい素晴らしい、と積極的に評価している
んだなあということはわかって、なるほど、と思いました


第二部 パネルディスカッション『うずく、まる』をめぐって
    石川美南、遠藤由季、染野太朗、藪内亮輔 (司会)中島裕介

遠藤由季さんから。
中家作品との出会いの一首は「うずく、まる」。最初はツイッターで見たと
おっしゃってたと思う。その後一連見て、詩の分も見て短歌からこぼれおちた
背景が詩になって出てきてよかった、という感じ。
連作、短歌はどちらかというと詩によりかかっていて短歌単体だと弱い。
言葉、名詞で広げていくイメージ。

染野太朗さん
頭韻、脚韻などのこだわり、意味の方が後ろに下がっていく。
「きみ」が私に奉仕している、特に誰、という「きみ」ではなく単なる他者で
ある「きみ」や「あなた」。
ややステレオタイプに偏りすぎのような、ナルシシズムな「女」。

最初の発言の時にはやや厳しめな感じになっちゃったかなと、後からいろいろ
追加でお話されてて、とてもよくわかる感じだった。

石川美南さん
「ひかり」よきもの、詩の本質としてある言葉。冷たさ、温度差は、作者の
バックボーンとして雪国、北海道で過ごした思春期(?)があるもの。
「女性として生きることの自覚、あるいは無自覚」ステレオタイプの女性性、
むしろ一周回ってこの頃珍しいかな、と。
言葉の自走で、作者自身さえ驚いたのではないかという言葉の発展。
「はるじおん はるじおん はるじおんの字は咲き乱れ、銃声がなる」
よくない歌は、短歌ってこういうものだよねというところに落とし込みすぎて
いるのではないか。

藪内亮輔さん
「うずく、まる」重なりと螺旋的文体。縁語的とか自走性というもの。
言葉の重なり、表記での視覚的効果への指摘など。
一冊の本全体をまとまりとして捉えた読み解きで、短歌詩融合である本書を
見るのはこう、こんなにも全体的に見るのかなあ、と不思議で面白かった。

それぞれの発言や司会者ともどもの会話を聞いて、一部でなんだか不思議に
奇妙に、言ってることはわかるけど何が何だかわからないと思っていたのが
なんとなく私の中で解体できたような気がした。
パネリストの方みんな歌人なので、やはり短歌的なことの話のほうが多くて、
私が言ってることがよりわかりやすく感じたのかな。
まー私短歌もわかんないけど。

染野さんや石川さんが指摘された短歌としての弱さのようなところは私も
読んで思ったところ。女性性みたいなところも。

この本を読んで思ったのは「おんなです」というところを強くまっすぐ主張
してくるんだなあということ。
「うずく、まる」の一連がこの本の中心であって、それは自分の、産む性と
しての「女性」を強くテーマに持ち表現してるもの。
性別から自由になりたい、性別を超えたい、という方が今は主流なのでは、
ないか、と、思うんだけど、そうでもないのかな。全体的なことは私は見識が
足りなさすぎるので、あくまで私が知るたぶん狭い範囲内では、だけど。
私自身の好みも、あんまり女性性とか読みたいとは思わないので、好きになる
本ではなかった。
「うずく、まる」は凄くて、作品としてとても力があると思ったけれど、
他のは私にはあんまり読み切れない感じ。
詩型の融合とかにもあんまり個人的に興味は薄いので、そこをうまく読めて
いないと思う。

あと会場発言など。

批評会に行って、沢山の人の話を聞けてよかった。個人の中でもやっと思った
ことが少しは整理できたような気がする。面白かったです。


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