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映画「シビル・ウォー キャプテン・アメリカ」

*ネタバレ、結末まで触れています。


映画「シビル・ウォー キャプテン・アメリカ」

IMAX、3Dで、29日に見てきた。

キャプテン・アメリカのシリーズ3作目。
「アベンジャーズ エイジ・オブ・ウルトロン」後の物語、とのこと。

アベンジャーズたちの戦いは、ヒーローの戦いである。だが、誰にもコントロール
されない強すぎる力は、普通の市民に被害恐怖を与える力でもある。
国連の管理下に入るよう要請する協定にサインするよう求められるヒーロー。
アイアンマンことトニー・スタークは受け入れるが、自分で考え行動を決める
べきとするキャプテン・アメリカはサインを拒む。
かつての親友、ウィンターソルジャーことバッキーにテロリストの疑いが
かけられて、それを救おうとするキャップとアイアンマンの対立が深まる。
それぞれの信念の下二つに分かれたアベンジャーズヒーローたち。


そんなこんなで、MCU、マーベルシネマティイクユニバース、ということに、
なっているらしいな、と。
全然わかっていないのについ見に行ってしまった「シビル・ウォー」。
私は、アイアンマンは3まで一応見てる。スパイダーマンは、トビー・マグワイア
の頃から映画館で全部見てる。アントマンは見逃した。ソーとかはちらっとテレビ
で見た気がする。エージェントシールドは3話くらいは見たかなあ。鷹とかスパイ
とか見てない。ガーディアンズ・オブ・ギャラクシーは見た。(今回関係ない)
で、肝心のキャプテン・アメリカを見てない。アベンジャーズ見てない。
そんなまったくの予習不足で見に行ってしまったので、キャラがわからない。。。
話、そこわかんない、っていう所もあった。一応多少の説明というか、話の流れ
から察して、という感じでなんとなく推しはかったくらい。でもわかってない
違ってるかも。

でも、そんな状態で見ても、すっっっっっっっっっごい!!!最高!!!!!
目茶苦茶凄かった!!!
すっっっごい面白いかっこいいううわあああ~~~~好き~~~~~!!!!!
何これ!!!

詳しくはわかんないこと多かったけれども、とにかく面白かった。

まー私は個人的には、やっぱり一応見てるし、ダウニー好きだし、どうしても
トニー・スタークが、好きで。大好きで。特に前日にアイアンマン3を見たし、
やっぱりチームアイアンマンに肩入れしちゃうよ~。
キャップなんて、アメリカの理想、アメリカの正義、みんなの憧れ!でみんなに
自動的に好かれ愛されているじゃない。トニーは、社長としてがんばり、
技術者としてがんばり、反省してお金使って頑張ってるのに~!
いやでも、キャプテンアメリカとして愛され背負わされてるもの、より、人間
スティーブとして戦い生きる道をゆく、って、感じの、キャプテンアメリカ三部
作、なのかなと、思う。

いろいろわかって、バッキーへの疑いそのものが罠で、アベンジャーズの被害に
あった男が復讐としてアベンジャーズ内部崩壊、殺し合わせることを企んだ、
ということなんだけど。

それにしてもっっっ。
キャップは、バッキー大事、大好き俺に残された世界にたった一人の親友、
世界中を敵に回しても俺はお前を信じる守る助ける側にいるってゆー、ね!
なんなの、きみたちなんなの、最高大好き!!!ってなっちゃうよねー。

だけどだけど、洗脳されていたせいとはいえ、ウインターソルジャーバッキーは
実はトニーの両親を殺していた、ということが、わかって。
それをあんな形で知らされて、トニーが怒り狂うの当然だし。
そこをバッキーとキャップと二人ががりで戦ってボコるのとかもう、ほんと、
酷い。辛い。
キャップ、本気でバッキーのためならトニーを殺す、のかと思った。
予告で散々、バッキーが友達だから、というキャップに、僕もだったろ?って
言うシーンが流れていて。
トニーとしては、アベンジャーズを仲間と思い、キャップのことを信頼して、
友達だと思い、ってところだったろうにと、辛い。
映画冒頭で、トニーの思い出的に、両親が家を出る前にちゃんと見送る、って
いう、こんなだったらいいのになのシーンがあって、トニーにとって両親の死、
また父親がキャップを大事に言ってたっていうのが結構重大なことであるのは
わかってて。
それなのにその死の原因であるのがバッキーで。いくら操られていたことで
とか、理屈はわかっても簡単に納得できるわけないんだよーー。
そしてキャップはバッキーを選び。盾を捨てていく。
トニーを置いていく。
トニー、悲しすぎる。ズタボロでしょー。トニーの側には誰もいない。
キャップは、王様に匿われて、バッキーは納得の上でもう一度眠り、という
ことになって、キャップまた一人に、とはいえ、バッキーは死んでないし、
キャップを慕う仲間は沢山いる。
トニーは。
トニー・スタークをちゃんと抱きしめてよー。
ほんと辛い。

でも仲間がいてキャプテンアメリカと慕う人が山ほどいて、それでも時を超えて
正義のために戦ってきた、って感じのキャップの孤独もとてつもなくて。
一人の男スティーブにバッキーが大事ってゆーのも、も~~~っ、わかる。辛い。

凄かった。こんな壮絶に孤独と愛の物語なんだね。

そして!もちろん!アクション!!!
超人ヒーローたちのバトル!!!!!

すっごかった~。面白かった~~!!!
それぞれのヒーローのそれぞれの戦い方、見せ方!!!
私がキャラをあんまりわかってなくって、それぞれの背景をよく知らなくて、
それでもこんなにもすっごい面白い!って大興奮わくわくで見られるの凄い。
知っててファンな人が見たらもっともっと面白いんだろうなあ。いいなあ。
アントマン、ちっちゃくなるだけじゃなくて巨大にもなるのね!びっくり!

そしてスパイダーマン!
いや~も~~ほんっとティーンエイジャーだね!可愛いっ!!!!
トニーが見つけ出してスカウトに行くんだけど、トニーとの会話も楽しかった。
バトルでしっかり活躍してたし、ひとしきり終わったあとに、トニーに
よくやった子どもはもう帰れ!って言われるのがね~~可愛い~~!

さすが超人たちのバトルだから、空中戦あるし肉弾戦もあるし、武器とかも
面白いし、ちっちゃくなったりでっかくなったりもあるしw
凄いよー。なんだこの迫力と勢い。かっこいいよおお。

予習不足で大丈夫かな私、と思ってたけど、まあわかんないなってことが
ありつつも、楽しむのは十分、いや圧倒的にすごく面白くてよかった。
よく知らなくても、こんな全方位完璧にすっごい面白いってすごい。
しょーもない笑いもあるしー。
ハリウッドの本気というか。あらゆる計算配慮知力総動員、なおかつ本気の
遊びで面白いぞ!っていうわくわく。感動した。なにこれ。
さしあたってキャプテンアメリカのシリーズを見なくては。
後何を見ればいいんだ。アベンジャーズかな。あ~。ハマるわ。こわいわ。
マーベルおそろしい。楽しい。凄い。

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映画「アイヒマン・ショー 歴史を映した男たち」

*ネタバレ、結末まで触れています。


映画「アイヒマン・ショー 歴史を映した男たち」

27日に見に行った。

1961年が舞台。
ナチス、アウシュビッツで行われたという虐殺の責任者の一人、アイヒマンが
逮捕され、その裁判がエルサレムで行われる。その様子を、世界中へ中継すべく、
プロデューサー、ミルトンは準備を進め、ドキュメンタリー監督のレオを呼び
よせた。
裁判所の要求、妨害がありつつも裁判所にカメラが入ることが出来、裁判が始まる。


マーティン・フリーマンが主演。
小柄ながらも誰よりもタフに、しぶとく諦めず、家族への脅迫にも負けず、
この裁判を撮ることに静かな情熱をかける男だった。
監督のレオは、アイヒマンの反応や変化を撮ることに次第に執着していく。
恐ろしい残虐行為の証言が続き、見ているだけでダメージを受ける人が多く出る中、
当事者であるはずのアイヒマンは淡淡と無反応にただ聞いている。
アイヒマンは何を考えているのか。
そこに執着するあまり、裁判全体を撮ることがおそろかになり、ミルトンと
諍いにもなる。

劇中にアウシュビッツの映像も出てくる。あれはたぶん、本物、なんだよな?
今、ある程度そういう非道があったということを私はなんとなく知っている。
それは、こういう裁判での証言とか、戦後いろいろな資料なんかが明らかに
なってきてのことで、この裁判当時としては明らかになりつつあるところ、で
あって、しかもそれをテレビで中継って、物凄いことだったのだろう。
直接かかわった人がまだ大勢いる時代。
狂信者にミルトンが脅迫されるとかも、なんで、って思うけど、そういう
リアルがあったのか、と、知る。
今、も、どーなんだろ。ネオナチみたいなのってやっぱいろいろあるのかなあ。
あんまり私はよくわからないんだけども。

ドキュメンタリーを撮った男たち、の映画で、この映画自体も大袈裟な盛り上げ
は少なくて、じっくりその姿を描き出すという感じ。
戦争の狂気ってのは。こう離れてみるとどうしてそんなことが、と、思う。
けれどきっともしも自分が渦中にあれば流されて何もできすもしかしたら非道な
行為のほうに逃げることもあるだろうし、と、ずっしり気持ちが重くなる。
せめて、いろんなものをよく見て、知って、考えたい。

結果、ミルトンはこのドキュメンタリーで賞をとったりしたらしい。
レオも監督を続けて。
プロフェッショナルなんだな。とてもよかったです。


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映画「アイアムアヒーロー」

*ネタバレ、結末まで触れています。


映画「アイアムアヒーロー」


24日に見に行ってきた。

鈴木英雄。35歳、漫画アシスタント。15年前にちょっとした賞をとったこと
があるが、今はずっと冴えない単なるアシスタント。人と違う趣味は射撃。
同棲している彼女にも愛想をつかされる。何者でもない凡人な自分。
だがある日、謎のウィルスで人がZQNと呼ばれる奇病にかかり人を襲い、
大パニックが起こる。
わけもわからずとにかく逃げるヒデオ。たまたまタクシーに乗り合わせたヒロミ
という女子高生と、標高が高いところは安全らしいという噂を頼って富士山を
目指す。

日本映画でこんなに本格的ゾンビ映画!? 海外の映画賞数々受賞、みたいな
鳴り物入りで公開。予告をずっと見ていて、かなり面白そうな感じだったので
楽しみに見に行った。

私はゾンビものとか詳しいわけじゃないんだけれども、おお~確かに本格的に
ゾンビパニックムービー! な気がする。血みどろどろどろブッシャーと
飛び散る頭も内臓もね!特に終盤、ショッピングモールでの対決は惜しみない
血みどろばしゃぐしゃで素晴らしい。

とはいえ、終盤に至るまでが結構長くは感じる。
始まりは、冴えない、30代男女のリアルなどうしようもなさで、ぐっとくる。
確かに日本映画だな~、と。こういう、リアルなところがリアルに身につまさ
れてくる感じ。ツライ。
舞台が日本だな~と感じるのは、オタク的要素とか、ネット2ちゃん風なの
とか小道具もだけど、やはりヒデオが唯一銃を持っているところ。
アメリカだと銃を持ってる人間が一人っきり、珍しい、という風にはあんまり
ならない気がする。軍隊上がりだのなんかタフガイとかよくいる感じ、のような
気がする。
でも日本で銃を所持しているというのはなかなかの珍しさ。
そして終盤のショッピングモールに行ってから、そのたった一丁の銃を巡って
の争いとか。ヒデオが銃を人に向けられない。危機にも撃てない、その逡巡。
すごいうまくドラマになってたと思う。

途中出会う女子高生ヒロミちゃん。赤ちゃんZQNに噛まれた、とのことで、
本格的にZOQ化しないで、半分だけ、というのが。超人的に強くもあるけど
あんまり意識を保てないようで眠ってばかりで、足手まといにもなる。
彼女を守る、という決意が最初のヒデオのヒーローへの一歩。
なんだかんだありつつ最後には彼女を、自分をもう一人やぶちゃんを、
守る!
と、ついに銃を使ってZQNをぶっ飛ばす。
いや~~~~。
銃、弾は? って思ってたら、実は100発あったのねー。いや~それにしても。
ぶっぱなす!ぶっ殺す!のは素晴らしかった。

途中スマホの充電がもつ限り見たネットでのわずかな情報以外、わけがわからず
でもとにかく逃げろ、生きろ。って駆け回るの面白い。
そしてやっぱりショッピングモールに立てこもり、キター!
そしてやっぱり小さなコミュニティとはいえ威張りだす奴、バカに力もたせる
と危険、とか、もういろいろ定番しっかりありつつ、なんか、日本的リアルな
気もして、すげーこわい。嫌だああああ~。

ZQNの動きとか反応とか、気持ち悪くて素晴らしかった。
この映画の中でのラスボス的、体育会系ZQNくんも、ビジュアルも動きも
気持ち悪くて怖くて速いとかヤダもうこわい~~っとハラハラドキドキで
すごくよかった。

予告では、ヒロミちゃんももうちょっとアクションするのかと思ってたけど、
そこはそれほどでもなかった。
長澤まさみはすっごいがんばっててよかった。やぶちゃん。長澤まさみだって
ほっそり美女なのに、有村架純背負ってがしがし走り回ってた。ゾンビも
ざっくざっくやっちゃってた。素晴らしい。
大泉洋はさすがのキャラで。冴えないダメ中年男が必死に戦い始めるまでの
成長、変化、納得~。びびりまくりで、ああ~がんばれ~っ!て思わせよね。

原作漫画はまだ続いているそうで、段々ZQNのこととか、なんか訳ありそう
なヒロミちゃんとか明らかになっていくのかなあ。
続編あればまた見たいし、じわじわ怖い心霊的日本ホラーは私は苦手すぎる
けども、こういうがっつりやっちゃうやつは好きだ。あんまり期待しちゃった
ほどではない、気がする、けども、見てよかったよー。十分面白かった。

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映画「レヴェナント 蘇えりし者」

*ネタバレ、結末まで触れています。


映画「レヴェナント 蘇えりし者」


23日に見に行ってきた。

開拓時代。ヒュー・グラスは毛皮を獲る一団のガイドとして深い森の中にいた。
そこへネイティブアメリカンの一族が襲ってくる。
せっかくの毛皮もわずかしか持てず川へ逃げる一行。そして砦へ戻るために
さらに襲われる危険の高い川を離れて森の中をゆく。
偵察に一人先を行ったグラスはグリズリーに襲われ、戦いなんとか一命はとり
とめたが、身動きできない重症を負った。
グラスを応急手当し、連れてゆく隊長だったが、山を越えることは無理だと
苦渋の決断。そして息を引き取るまで、息子と付き添うように二人残れと命じる。
グラスや隊長のやり方に反発してきたフィッツジェラルドが、ボーナス目当てに
残ると申し出る。
自分が生き残るため、グラスにさっさと死ねと囁くフィッツジェラルドだった。

ディカプリオがやっと、やっとオスカーをとった! と、今年のアカデミー賞
目玉の作品ですね。やっと日本にもきたー。
目の前で騒ぎ出す息子を殺されたディカプリオの目をむく唸り声の迫力。
一度死んだ身になって、息子を奪われた復讐に生き延びる為なんでも喰う、
なんでもやるディカプリオ迫力ありすぎる熱演でした。
もちろんスタントさんがいてどのくらい代わってやってるのかはわかんないけど
ディカプリオもスタントさんもほんっと大変だったろう。あんなどろどろ無茶苦茶
やるのか~。こわい~。

復讐劇、だけれども、大半は、大自然大自然圧倒的大自然の中、グラスの呼吸を
きく映画だった。
自然の音。水の音。グラスの息。唸り。サバイバルする独りっきりのグラスの
シーンが大半なので、セリフは少ない。
フィッツジェラルドとか隊長たちのシーンくらいしか会話ないもんねえ。

一度は息子が生き延びる為に、と、自分が死んでもいいと、フィッツジェラルド
に頷いてしまったグラス。
でも映画冒頭から、息をしろ。生き続けろ。息をしろ、と繰り返されてきた。
先住民との間に生まれた息子を抱いて守って生きろと育ててきたグラス。
息をしろ。
息をしろ。
生きろ。
ずっとグラスの息を聞いて、時にはカメラを曇らせる息を見て。
カメラ近いんだよね。近い。ぐるっとまとわりついてグラスの姿を見せる。
観客である私もこう近づいて密着してく。だから息が聞こえる。ずっと。
物凄い大自然と物凄いディカプリオを堪能でした。

フィッツジェラルドのトム・ハーディも、姑息な自己中な悪人なんだけど、
あの状況で、わが身可愛いになっちゃうのは仕方ないという気もする。
息子が騒ぎ出すから殺すとかもうほんと酷いんだけど。
あの時クマに襲撃されていなければ、なんだかんだいいつつ一行はなんとか
砦へ帰りつけて。別にフィッツジェラルドが人殺しにまでなることはなかった
だろう。うーん。厳しい。

あんな中でも隊長はいい人で、まっとうに規律を守ろうとする。
あんな中だからこそ規律というもので統制するようにしなくちゃダメかな。
でもラスト隊長自ら捜索に行かなくてもいいのでは、と。隊長やられちゃうし。
自分がした決断、自分が残れと言ってしまったフィッツジェラルドを絶対に
許せない、ということなんだろうけど。嗚呼。

先住民族のことも、大自然、神秘の存在のように描いているなあと思った。
攫われた娘を探して彷徨い追ってくるんだけど、ラストにグラスも神に委ねる、
みたいにフィッツジェラルドを彼らのいる川へ流してしまう。
そして死の裁きが下る。
なんとなく娘を助けていたおかげで、グラスは死神の手を逃れた、という感じ
がした。
復讐劇、だけれども、ひたすらに、グラスという男の死と再生の物語だったか。
グラスと自然。白人社会において先住民と子どもをもうけた異質なものとなった
グラスが、死に大自然と対峙し神に身をゆだねるという感じ。
極めて個人的な物語。
とてつもなく厳しく、だけど美しい世界だった。
IMAXで見たの。巨大スクリーンといい音で見られてしあわせだった。


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映画「獣は月夜に夢を見る」

*ネタバレ、結末まで触れています。


映画「獣は月夜に夢を見る」


20日に見に行った。

北欧、海辺の町。マリーは病気の母と、父と三人でつつましく暮らしていた。
魚をさばき、加工する仕事につく。新入りの彼女をからかう同僚たち。だが
出入り業者のダニエルと視線を交わし合う。
母を診てくれる医者にマリーもまた検査を受けている。父は何も教えてくれない。
だが、母の病気や遠巻きにする町の人の密かな悪意嫌悪を感じる中で、過去に
何か恐ろしいことがあったことを探り出すマリー。そして、マリー自身の身体にも
異変が起こり始めた。

デンマーク、フランス合作とのこと。舞台はデンマークと思っていいのかな。
19歳という設定のマリーが、ほっそりとしたクールビューティで、まさに
その思春期の少女って感じで、危うくて綺麗で素晴らしかった。
北欧らしいというかデンマークらしいというか、っていうほどそんなに知ってる
でも詳しいでもないけれど、セリフも説明も少なくて、誰も表情を大きく変える
でもなくて、視線を交わすとか、ほんのわずかに微笑するとか、じっと目を
見つめるとか、なんかこう、ほんの少しの変化なのにひしっと空気が変わって
伝わってくる感じがすごく素敵。

始まりの、海辺の町、風、曇り空。滲んだような映像の冷たい空気の感触から
して素晴らしく綺麗な映像世界。
仕事場とか町の人たちのもっさりした感じと、マリー一家のすっと綺麗な感じの
違いが、異質さを現している。
マリーたち、というか、病気で車椅子生活、自分で動くのもままならず食事も
娘に食べさせてもらうしかない母が、怖れられているのは何故なのか。
その辺の恐怖の見せ方もとても美しい。

これって端的に言うと狼男みたいなこと、かなあ。
獣になる。獣毛が生えて骨格も変わる。人を襲う。でもたぶんめったやたらに
襲うというよりは自分に害をなすもの、と、みなしたものを襲った、という
ことなんだろう。
そんな獣に変わる母を、父は愛して守っている。薬で大人しくさせている?
だけど娘にもその血は伝わっていて、大人になり始めた今、娘も獣に変わる
日がくる。
攻撃してくる町の人を殺し、町から出て行く娘を、父は止めることができない。
マリーにも恋人ができた。
ダニエルは多分善良な若者で、マリーを愛して、きっと父のように、マリーを
守って二人でひっそり生きていくんだろう。
獣になる宿命のマリーの、美しさ、怯え、獣となって人を殺す恐怖、全部綺麗
だった。

父を演じているのはラース・ミケルセン。お兄ちゃん目当てで見に行ったの。
実に、実に優しい目をして、悲しい目をして、じっと愛する妻や娘を見つめる、
見つめるしかない不器用な普通の父親だった。素晴らしい。
妻が暴走して医者を殺した時には仕方なく埋めちゃう。たぶん過去にもこうして
妻の凶行を隠して守ったのだろう。
どうしてやることもできない。一種超人である妻や娘に対して無力なんだよ、
父よ。無力さが切ない。

理屈とか何がどうとか明確にわからないんだけれども、マリーの変化、この時を
切り取った美しい作品でした。好きだ。

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中家菜津子『うずく、まる』批評会


中家菜津子『うずく、まる』批評会(2016/4/17@中野サンプラザ)


行きました。さっさと日記書かなかったから曖昧になっちゃった。

*私個人の主観による個人的覚書メモです。私の勝手な思い込みや勘違いが
あるかと思います。

批評会の第一部 野村喜和夫さんに聞く「詩型は越えられるか」
                  (聞き手)加藤治郎

まずは野村さんの紹介等。野村さんから見た短歌の印象など。参加申し込み受付
で、質問も受け付けていたそうで、その質問いくつか。
詩型を超える、融合とかについて、詩や短歌に限らず、他者に開かれていない
ジャンルは弱くなってしまう。でも一つのジャンルの絶対化も必要。詩なり短歌
なりを信頼、極めようという感じ。でも外に開くことも必要。

「詩型融合のクロニクル」という資料。近代の詩歌作品集をずらっと一覧に
したもの。自由詩や短歌、旋頭歌、俳句、散文、など複数の詩型を一冊に入れて
いるもの。まあそれは、沢山あるねというか、ん~、うん、と、思う。
近代、複数の詩型を作るのがスタンダードだったのでは、ということですが、
そうだと思う。まー当然詩人であろうが歌人俳人であろうが散文は普通に書くし
両方やってみている人も別に珍しい感じはしない。
ただ両方やっていて両方がよい、というのはちょっと難しくなるのかなあ。

縁語、言葉の自走性が面白い、という感じ。
中家さんの「うずく、まる」はまさにそう、「うずくまる」の一つの言葉から
連なり広がる言葉の作品。
散緒の一連。「ば」と「ら」の音韻から連なる広がる言葉の作品。
これがとても勢いも完成度も高い、というのはわかる。
「せんせい」(p111)の一連、自由詩と短歌。傑作。密度の高い優れたレベル
の高い詩です、とのこと。「折る」「祈る」という字面、視覚からの連想も。
言葉の自走は音韻のみならず広がりのあるもの。
というような評価。

お二人の話を聞いていて、なんかこう、うーんと、わかる、し、言ってることは
わかるけれど、なんの評価なのか基準がわからないと私は思った。
何を言ってるんだろう。やっぱり私は詩歌のことが全然わかんなくて向いてない
無理なんだ、と、けっこうポカンとしてしまった。それはまそうで、私は詩歌が
わからない人間で難しいんだろうなーと自分のことを思う。
けど、会が進んで、他のパネリストの話を聞いたりもして、なんとなく、こう、
この、詩型を超えて融合して、というものの評価そのものが、かなり、恣意的な
もののように思った。
多分一般化はされてない。途中なのかなと個人的には思う。

珈琲にこだわる人、ミルクにこだわる人それぞれが集まって、究極のカフェオレ
を求めて、みたいなことを言ってもなかなか難しいんだろうなというような。
カフェオレをきわめている人が足りてないとゆーか。

「うずく、まる」のような試みを、新しい素晴らしい、と積極的に評価している
んだなあということはわかって、なるほど、と思いました


第二部 パネルディスカッション『うずく、まる』をめぐって
    石川美南、遠藤由季、染野太朗、藪内亮輔 (司会)中島裕介

遠藤由季さんから。
中家作品との出会いの一首は「うずく、まる」。最初はツイッターで見たと
おっしゃってたと思う。その後一連見て、詩の分も見て短歌からこぼれおちた
背景が詩になって出てきてよかった、という感じ。
連作、短歌はどちらかというと詩によりかかっていて短歌単体だと弱い。
言葉、名詞で広げていくイメージ。

染野太朗さん
頭韻、脚韻などのこだわり、意味の方が後ろに下がっていく。
「きみ」が私に奉仕している、特に誰、という「きみ」ではなく単なる他者で
ある「きみ」や「あなた」。
ややステレオタイプに偏りすぎのような、ナルシシズムな「女」。

最初の発言の時にはやや厳しめな感じになっちゃったかなと、後からいろいろ
追加でお話されてて、とてもよくわかる感じだった。

石川美南さん
「ひかり」よきもの、詩の本質としてある言葉。冷たさ、温度差は、作者の
バックボーンとして雪国、北海道で過ごした思春期(?)があるもの。
「女性として生きることの自覚、あるいは無自覚」ステレオタイプの女性性、
むしろ一周回ってこの頃珍しいかな、と。
言葉の自走で、作者自身さえ驚いたのではないかという言葉の発展。
「はるじおん はるじおん はるじおんの字は咲き乱れ、銃声がなる」
よくない歌は、短歌ってこういうものだよねというところに落とし込みすぎて
いるのではないか。

藪内亮輔さん
「うずく、まる」重なりと螺旋的文体。縁語的とか自走性というもの。
言葉の重なり、表記での視覚的効果への指摘など。
一冊の本全体をまとまりとして捉えた読み解きで、短歌詩融合である本書を
見るのはこう、こんなにも全体的に見るのかなあ、と不思議で面白かった。

それぞれの発言や司会者ともどもの会話を聞いて、一部でなんだか不思議に
奇妙に、言ってることはわかるけど何が何だかわからないと思っていたのが
なんとなく私の中で解体できたような気がした。
パネリストの方みんな歌人なので、やはり短歌的なことの話のほうが多くて、
私が言ってることがよりわかりやすく感じたのかな。
まー私短歌もわかんないけど。

染野さんや石川さんが指摘された短歌としての弱さのようなところは私も
読んで思ったところ。女性性みたいなところも。

この本を読んで思ったのは「おんなです」というところを強くまっすぐ主張
してくるんだなあということ。
「うずく、まる」の一連がこの本の中心であって、それは自分の、産む性と
しての「女性」を強くテーマに持ち表現してるもの。
性別から自由になりたい、性別を超えたい、という方が今は主流なのでは、
ないか、と、思うんだけど、そうでもないのかな。全体的なことは私は見識が
足りなさすぎるので、あくまで私が知るたぶん狭い範囲内では、だけど。
私自身の好みも、あんまり女性性とか読みたいとは思わないので、好きになる
本ではなかった。
「うずく、まる」は凄くて、作品としてとても力があると思ったけれど、
他のは私にはあんまり読み切れない感じ。
詩型の融合とかにもあんまり個人的に興味は薄いので、そこをうまく読めて
いないと思う。

あと会場発言など。

批評会に行って、沢山の人の話を聞けてよかった。個人の中でもやっと思った
ことが少しは整理できたような気がする。面白かったです。


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映画「スポットライト 世紀のスクープ」

*ネタバレ、結末まで触れています。


映画「スポットライト 世紀のスクープ」


16日に見てきた。

ボストングローブに新しい編集長がきた。彼は、神父による子どもへの性的虐待
事件を報じた短い記事の続報を追うよう、スポットライトチームに指示する。
最初はさほど気のりしない、スクープを追うはずの精鋭チームだったが、取材を
進めるうちに、単なる一人の問題ある神父、というのみではない、もっと多くの
組織的問題であると手ごたえをつかむ。


5年前にも訴えたのに、という被害者代表とか、弁護士とかに、もう一度粘り強く
取材を重ねる記者たち。
地下資料室から何年分もの神父名鑑みたいなのをあつめ地道に名前を拾って
統計的には、という数字と照らし合わせる作業。
世紀のスクープをものにするまでの、ほんとに地道な作業の積み重ねが丁寧に
描かれていた。
教会という絶対的権威との対立になる、とはいえ、なんかこうヒーロー映画的に
巨悪と戦いドンパチやるというものではない。
記録、資料、証言にあたる。
そして、じわじわとくる、周囲からの圧力に負けないこと。

被害者の声を聞くことが、本当に辛くて映画見てるだけのこっちにもぐさぐさくる。
家庭環境に問題あるまだ子どもだった彼ら。
そんな時、神父さまに優しくされ認められ特別な秘密だと言いくるめられて
抵抗できなかった。ゲイの男性が、ゲイであることを認められてその時少し
嬉しく感じたことを否定することはできない。
保守的なボストンという地域で、大切な地域のつながりの拠点である教会や神父を
非難告発することを諦めるよう周囲からのプレッシャーがある。
訴えたとしても教会上部に握りつぶされ神父が転属になっておしまい。

私は信仰とか、アメリカ社会において教会がどれほどの絶対的権威なのかは、
実感としてはわからなくて、見たり読んだりでうっすら理解するしかないけれど
それでもこの重苦しいプレッシャー、押しつぶされる被害者という感じは
ものすごく刺さってきた。

記者たちは実態を知るにつれてしばらく無言になる。
そこまでとは知らなかった。我が身に降りかからなかった悲劇、でもそれは
ほんとうにたまたま運よく被害者にはならなかったというだけで。近所で、
学校で、ひっそりとそんな出来事があったことを知る。

大きくなってなんとなく教会には行かなくなったけど、そのうちまた行くように
なるんだろうなと、思っていたんだ。
というようなセリフがあった。
ずっと毎週日曜日に教会へ行くような信者ではなくても、たぶん多くの人に
とってはそういう感じであるんだろう。普段はそう意識することもない信仰。
でも何かあればまた神様の下へ。
そういう感じかなあと想像する。
でも知ってしまった。
その、いつか何かあれば縋ることができるはずの教会によって、性的虐待を受け
信仰そのものを奪われてしまう被害者。
もちろんどんな虐待も酷くてどんな虐待ならより軽いというものではない。
だけど、神父からの性的虐待なんて、奪うものがあまりにも。

途中、神父に話を聞けたシーンもあって、でもその神父もかつて虐待を受けて、
心がどこか壊れている感じが、わずかなシーンながらうかがえた。
虐待の連鎖。
加害者も被害者。

編集長は単純なスクープではなくて、神父たち個人より教会組織そのものを
告発する記事にするようにもっていく。

途中、9.11が起こる。
新聞は当然そっちにかかりっきりになる。
もうすぐ記事に出来るという時に、もうしばらく待って、と言わなくちゃならない
記者も、待たされる被害者も、辛かった。
あの事件で世界の軸がずれたような気がしたけど、もう本当に、いろんな影響が
あったんだよなあ。改めて思い知る。

ついに記事を出した後、新聞社にきっと反響の電話がくるぞ、っていうラスト。
最初は電話番じゃなかったチームの二人も、日曜の朝にやっぱり出社する。
そしてひっそり静かな新聞社受付に怪訝な顔をしながら、受付の人に、
あなたたちの方に人員貸し出したわよ、と言われて、自分たちの部屋へ向かうと、
鳴り続ける電話。電話を受けてメモをとる人たち。
反響は、今まで誰にも声を聞いて貰えなかった被害者たちである、という、ね。
押さえつけられ、なかったことにされて、奪われてきた被害者の声。
声。

アカデミーで作品賞をとった。作業としてはとてつもなく地味な堅実なことを
殊更に大袈裟にではなく、それでもまったく飽きさせず引き込み、他人事に
しない感じがして凄かった。余計な説明ではなく作業やシーンの積み重ねで
しっかり伝わってくる。
重くて辛いけど、見てよかったです。

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『模倣犯』犯罪心理捜査官セバスチャン(M・ヨート&H・ローセンフェルト/創元推理文庫)

*ネタバレ、結末まで触れています。


『模倣犯』犯罪心理捜査官セバスチャン(M・ヨート&H・ローセンフェルト/創元推理文庫)

上下巻。
シリーズ二作目。

女性が家で一人、殺されているのが発見される。三件目だった。
共通の犯行手口。マスコミにはまだ気づかれていないが連続殺人だった。
そして模倣犯だ。
かつての犯人、ヒンデは刑務所で厳重に監視されている。
トルケルたち殺人捜査特別班はいまだ手がかりを掴めずにいた。被害者は同年代の
女性であるという以外の共通点はない。

もう一人の娘を取り返せるかもしれないと妄執にかられているセバスチャンは
なんとかしてヴァニヤに近づこうとしていた。
殺人事件の捜査に加わろうとする。そして、新たな四人目の犠牲者が出た時、
被害者の共通点がわかった。かつてセバスチャンが寝たことのある女たちだった。

事件そのものは一応決着つくものの、シリーズとしてメインの登場人物は
繋がって人間関係の変化とかあるし、前作を踏まえて、ということなので
これはシリーズ順番に読まないと。そしてっ、すっごい気になるところで
終わってるっ。続き! 早く翻訳してください~~~出してください~~。
続き早く読みたいよ~~~。

セバスチャンの弱さにするりと漬け込む、ストーカー気質のエリノールが、
せっかくセバスチャンがヴァニヤとの関わりに距離をおかねば、って決意した
のに。どーするんだよ~あの書類。ヴァニヤの父の不正の証拠?? ほんとに?
どーするの~ど~なるの~~。気になるっ。

このエリノールといい、前作では撃たれて怪我してざまあ、って感じだった
ハラルドソンが、刑務所所長におさまってて、余計なことを!また!しまくり!
自分の保身、自分の名声。野心というほど向上心があるものでなく、たんに
目立ちたいちやほやされたいっていうだけのアホ馬鹿男が~余計なことばかり。
イライラするぜ~~。

こういう、人それぞれがそれぞれの思いで勝手に余計なことや愚かなふるまいを
するのが凄い。
今回は、きちんと有能な特別班でも、ヴァニヤたちに雑用係りみたいに使われて
ばかりなのは嫌だ、と、ビリーが頑張り始めてチームの空気が悪くなるとか。
それぞれ、個人、自分の考えて動く人間なんだよな~とリアル。
ビリーはミィという彼女が出来て、彼女が、ビリーに向上を促す。
ビリーが成長していくのはもちろんいいことなんだけど、なんとなーく、ミィが
嫌な子っていう、気がしてしまう。うーん。ビリーに対してヴァニヤは酷いと
思うけどさ。ん~。

サイコパス連続殺人犯、ってことで、セバスチャンとヒンデという男が対峙する。
やっぱこういうのはレクター博士な印象がついて回るよねえ。仕方ない。
囚われの身でありながら他人を操って事件をなぞらせる。脱獄の手配をつける。
天才サイコパス。
だけどかつてセバスチャンが捕まえた。
ってことで、セバスチャンへの恨みと、セバスチャンがお気に入りってことで
セバスチャンとヴァニヤの関係に気づく。バラされるのか??ああ~、と、
めっちゃめちゃハラハラドキドキで面白かった。
ヴァニヤがつんつんしすぎなんだよねー。
事件のストレスとかとにかくセバスチャンにムカつくとかだとしても、もう
ちょっと落ち着け大人になれ、って思ったけど。

残りページが少なくなってるのに、ヒンデの脱獄、ヴァニヤ誘拐されるで、
え? 事件解決するのか? と心配したけど、一応は解決。ヒンデは間一髪
踏み込んできたビリーに射殺される。ビリーがこれで人を殺してしまったと
悩んじゃいそう。
ヴァニヤは助かって、助けにかけつけたセバスチャンのことを見直して、素直に
感謝する。だけど、だけど~~。
エリノールが余計なことをするのでは~~。
ああ~。続きをっ。
気になります。

セバスチャンは相変わらず性格最悪の壊滅的ダメ人間だけど、ヴァニヤのこと、
自分と寝たばっかりに殺された女性たちのことで、今度こそは立ち直り、に、
向かうのかなあ。女遊びは減るのかなあ。エリノールとどうなる?
最低人間な感じだけど読者としては、妻子を亡くした津波の記憶に囚われ、
苦しんでいるセバスチャンへの同情をすごくしちゃうけど。
これ、マッツがキャスティングされたらどうだろう、って妄想してしまう。
女がほいほい簡単につれちゃうのは納得だ^^ やさぐれて意地悪するのも
似合う気がする。北欧の夢とロマンだ。。。

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映画「あやしい彼女」

*ネタバレ、結末まで触れています。


映画「あやしい彼女」

73歳のカツは、戦後苦しい中、女手一つで娘を育てあげ、その娘が今は立派に
好きな仕事をして成功していることが何よりの自慢の強烈おばあちゃん。
だが娘も職場で難しい立場になり、孫はバンド活動に浮かれ余裕はなかった。
ある夜、喧嘩して家を出たカツは不思議な写真館で写真をとってもらった後、
二十歳の頃の自分に若返っていることに気づく。
青春を取り戻し大好きな歌を歌って、だが改めて家族との幸せに気づくのだった。

9日の土曜日に見に行った。
韓国の映画のリメイクなんですね。それは知らなかった。
多部ちゃんがなんだかとにかく可愛いらしい、というのと、ちょうど近くで
舞台挨拶付き上映というので、それはどんなものなの、とそそられて見に行った。
孫のバンドマン、翼くん役の男の子が来てくれてて、慣れないタキシード姿です、
と、緊張感があって可愛かった。映画のあと10分くらいかな。ちょこっと
おしゃべりがあって、花束をお一人にプレゼント、とかあって、ファンの子に
あたったようでよかったよかった。随分あっさりさっくり終わりました。へー。

映画は、最初のおばあちゃん時代の倍賞美津子さんがまず強烈で、無神経ばーさん
で、ああ~やだ~って思いつつ、でもどこか寂しい、こう生きるしかなかったと
いうのはわかって、娘との喧嘩ではぎゅんと辛かったねー。
娘、小林聡美もリアルな感じで。さらっとしてるのがステキだった。
お話としてはまさに王道で、離れてわかる家族とのしあわせ、みたいなことで、
んも~ベタだけどこういうの泣かされるってわかっててやっぱり泣いたよね。
懐メロ歌謡曲がまたもう。

多部ちゃんが可愛い。ほんと評判通り可愛い。歌もまっすぐ。
あんまり私は歌の上手さとか良し悪しとかわかるわけじゃないけど、たぶん、
多部ちゃんは歌手的に上手いというのは全然違って、この映画の中の人物で、
おばあちゃんが若返って、まっすぐに歌う、という強さがとてもあると思った。
映像としての強さもあって多部ちゃんが歌ってるシーンはもう全部、ぐぐっと
ささってきて泣いちゃった。

まー、基本不思議だし、血を抜いたら若さが消えて元に戻るとか、なんでしょう
それは、と気にしてもしかたないトンデモ設定だけど。
翼くんよ、車と事故ってさらに走ってきたとかなんでやねん、とか、まあ、
つっこみはなしですかね。
それで、輸血で若さを諦めるというところにもってく。いや、それでその場は
どうだったの、と気にならなくもないけど、まあうまくカットして細かいことは
別にいいでしょ、という作りは私は好きだった。
登場人物みんなのこと好きになれた。

始まりのほうに、若さ至上主義なこの世の中、みたいな悲哀なところがあって、
でも若返った彼女にみんな惹かれる、やっぱ若くて可愛い女の子がみんな
好きなんだろ~が~、と思うけど、そりゃ若くて可愛い子が私も好きだけど。
でもやっぱりそれを超えて、一生懸命生きてる素晴らしさみたいなところを
描いてたかなあ。
強く生きるって大変よ。
気持ちいい映画でした。

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映画「ロブスター」

*ネタバレ、結末まで触れています。


映画「ロブスター」


おそらくは近未来。あるいは平行世界?
パートナーがいないとホテルに軟禁されて、45日以内に相手を見つけなければ
動物にされてしまう世界。
妻に別れを切り出されたデビッドは、犬になっている兄と共にホテルへ連れて
行かれる。次の相手を見つけられるのか。動物になるならロブスターになるつもり
のデビッドは恋の相手を探す。


ベン・ウィショーが出るのか、見たいなと思って待ってました。
しかし、お話は、なんか、なんか、なんていうか。
事前にあまり調べたりはしないほうだけれども、それにしてもよくわからない
ような感じの感想を見かけるなあとは思っていたけれど、実際見てみて、あー。。。
わからない、と、私もどう言っていいのか言葉にならない映画だった。

理屈の説明などは一切ない。独り者は森に逃げ隠れ棲み、時々狩られる。
ホテルにいる期間にカップリングが成立しないと、動物にされる。動物は何が
いいかは本人の希望次第。
カップルになるのは共通点があることが大事。
それはもうそういうもの、としてあって、なんで、どうして、何それは? と
いう見ている私の疑問への明確な答えはない。
ブラックコメディ? 恋愛資本主義みたいなことへの風刺? 皮肉? 妥協か
究極の愛か。愛? 恋愛? 愛???

デビッドは一度は無理して非情な女と同じように非情な男として付き合おうと
するけれども、彼女が兄(犬)を蹴り殺したことを受け入れられず、逃げ出す。
森へ逃げると、独り者たちが独り者なりにコミュニティを形成していて、独り
ひとりで暮らしている。逆にこちらでは情愛は禁止。ダンスパーティでも
独りで踊る。

デビッドはそこで、視力が弱い女と出会って、共通点を感じて愛しあうように
なり。でもリーダーにバレて、彼女は盲目にさせられる。彼女と逃げ出した
デビッドは、町で自分も目を潰して、盲目のカップルになる決意をする。

というところで暗転。終り。デビッドは結局視力を亡くしたのか。二人は
無事町で暮らせるようになったのか、不明。えー。どうなの。。。

ウィショーくんは足の悪い男で、でも鼻血が出やすい女の子とカップルになる
ために、こっそりわざと顔を壁や机にぶつけたりして、自分も鼻血が出やすい
男なんだよ、ってカップルになる。
淡淡と積極的なヘンさが、でもステキ。

レア・セドゥーが独り者のリーダーだった。冷たいカリスマって感じ。
でもこっそり両親に会いにいったりする。
家族愛はいいのか?

なんだか、なんだろう? 考えるな。感じろ、みたいな映画なのか。
真面目にやってるのが可笑しいというか、そこそこクスクス笑ったりしたけど
わかったとはまったく言えない映画体験だった。
でもなんだか登場人物のことを好きになったな、という思いが残る。
こわいしオカシイし。だけど、なんだろーこれ。
冒頭のロバ? を突然撃ち殺す、とかも。どういうことだったのか不明。。。
足の悪い男とかホテルの経営者とか? を、襲うというか、欺瞞を暴くみたいな
ことも、なんでなの。欺瞞の愛より独り者でいろ、ってことなのかな。

楽しみにして見に行ったけど、???の記号が頭ぐるぐる。だけど見終わって
みんなのこと好きだなあと思ったよ。わからない。。。見られてよかった。

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