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映画「Mommy」

*結末まで触れています。


映画「Mommy」


シングル・マザーであるダイアン。一人息子のスティーヴはADHDと診断されていた。
架空のカナダでは、問題ある子どもを法的手続きなしに強制入院させることが
認められた。やがて16歳になるスティーヴのキレた時の暴力性は手が付けられず
かつていた施設では放火事件を起こし追い出された。
向かいに住むカイラは、言葉がうまく出なくなり休職中の元教師。ダイアン達と
知り合いつきあうようになり、ダイアンが家をあけるときにはカイラがスティーヴ
の勉強をみることにした。
つかの間3人家族のようにうまくいくかに思えたが、スティーヴが訴えられてしまう。
ダイアンの言う事を素直に聞きいれることのできないスティーヴを抱えて途方に
暮れたダイアン。


グザビエ・ドラン監督。
ミニドキュメンタリー・フィルム「グザヴィエ・ドランのスタイル」(11分)
というのが作品始まる前に上映されてた。
人物の視線を外すスタイル、後ろ姿を追いかけるショット、扉や廊下からひいて
人物たちを切り取るスタイル、みたいなグザビエ・ドランの特徴の解説みたいな
紹介があって、なるほどーと思う。

で。
「マミー」では画面のサイズが基本的に1:1だった。インスタグラムを連想
させる、とかいうらしいけど、私はインスタグラムはやってないからー。
iPhoneの画面、を連想でした。
途中、夢のようなシーンとか、解放された自由を感じるような時に、すーっと
スクリーンいっぱいに広がって印象的。世界は本当は広い、のか。世界が広い
と思うのは夢なのか。切ない。

スティーヴが問題児であるのはそうなんだけど、母親であるダイアンも、あまり
常識的とかまとも、という感じではないような描かれ方。でも何が常識的でまとも
なのかと考えだすと、何とも言えないんだけれどもねえ。
仕事を無くして、なんとか繋ぎの仕事を探そうとしたり。地道に掃除婦をやろう
としてたり。
でもスティーヴと激しく怒鳴り合うシーンいっぱいで、見ていて本当に辛い。
スティーヴのキレる衝動も、病気、ととらえるべきなのか、思春期の青年には
あり、というあたりなのか。私には正直よくわからないんだけれども、母息子の
格闘は本当に辛かった。
べったりとした愛情は確かにある。だが、その愛情は正しいのか。
でも正しい愛情ってあるのか? まともな愛情って何?

もう手におえない、となって、ダイアンはスティーヴを入院させることを決意する。
カイラも一緒に行く。
いざ施設にあずけるとなると抵抗するスティーヴと引き離されたくなくて
泣きわめくダイアン。どうすることもできないカイラ。
カイラは引っ越しすることになる。たぶん、逃げ出したくて。
いいのよ、と明るく言うダイアンだけど、その痛々しさは耐え難い。
ダイアンは一人で希望を待つ。
病院からまた逃げ出そうとするスティーヴ。拘束具が外れて走り出したスティーヴ、
のシーンでラスト。スティーヴはでも逃げきれないだろう。あるいは身を投げて
死んでしまうのか? ひょっとして脱出してしまうのか? 結末はわからない。

どうしようもなく苦しかった。
カイラも辛いし。ダイアンももっとちゃんと母親らしくしろよー、と思うけど、
でもじゃあ母親らしくってどうすればいいのか。スティーヴは。希望があるのか。
カイラ、息子を亡くしてるのかなあ。
スティーヴがふざけてロケットペンダントとった時の怒りの迫力が凄まじかった。

つかのまの穏やかな母親二人と息子一人、三人家族めいた時間がとても美しくて
でももうずっと、破滅の予感しなかない二時間あまり。
世界は広いのか。そんなものは夢なのか。優しいのか。残酷なのか。
引き裂かれる映画でした。

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