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映画「誰よりも狙われた男」

*結末まで触れています。


映画「誰よりも狙われた男」

ギュンター・バッハマンは、ドイツのハンブルグで、テロ対策の諜報活動チーム
を率いていた。密入国したイッサという青年は、イスラム過激派だと思われる。
ブルーという銀行家を探してやってきたらしい。
バッハマンは彼を泳がせ、より大物への接点を作ろうと画策し始めた。

ル・カレの原作は読んでる。けど、あんまり覚えてないなあと思ったけれど、
映画を見ながら、ええと、こんなだったっけ。ああこんなだったかな。等々
思い出したようなそうでもないような。
小説の印象は、ブルーとかイッサとか、人権活動家の弁護士アナベルとか、
そっちのほうがあって、諜報部のほうはどうだったっけ、と思ったんだけど。
映画ははっきりと、バッハマンが主役。
バッハマンを演じるフィリップ・シーモア・ホフマンの最期の映画だ。
今年の二月か。享年46歳。オーバードーズでの訃報を知った時には驚いたな。

説明は少ないながらも、バッハマンはかつてヘマをしてとばされてきた、と
いうのはわかる。でっぷりもっさりしたフィリップ・シーモア・ホフマン。
特に何も言わなくても、その佇まいだけで、疲れ果てうんざりして、酒と煙草
をひっきりになしに口にしながら地道な活動を続けている閉塞感がひしひしと
伝わる。
テロとの戦いというわけで、CIAと共同作戦みたいなことになりそうだけど、
自分がやりたい、と言い張るバッハマン。手柄をたてたい、ということでも
あるんだろうけど、かつて失った情報網の痛手をここでなんとか取り返したい、
という心の抵抗のように思う。
前の時もCIAが邪魔して情報提供者の命を失ってるみたい。
それなのにしれっとしてるCIA。アメリカ人め。

ベルリンの本部とか、CIAの連中とかは、綺麗でバシッとしてるけど、
ハンブルグのバッハマンたちは、微妙に使ってる道具にしても建物にしても
綺麗ってわけじゃなくて、あー現場はつらいよ、みたいに思う。そういう細部
もよくうつされていた。ハンブルグの街も、きれいなヨーロッパの街並み、
ではなくて、ゴミ袋が回収待ちで道端につみあがっているようなところを
映していて。生々しく地味な生活の現場。

ジャマーンという青年を情報提供者として利用しているんだけど、彼がもう
やめたいとか言い出したら、強制はしてない、っていうの。でも、君が必要だ、
みたいに優しくして、ああーもー。スパイって。情報提供者を上手く手なずけ、
抱き込む感じがたまんねーなー。でも、バッハマンが彼を大事にしてるのも
本当の気持ちでもあるんだろう。難しい。

イッサは謎めいた青年のままで、攫われてしまった。
今度こそは保護したいと願ったバッハマンの努力は虚しく、作戦が成功したと
いう瞬間にガツンと叩きのめされて成果は攫われてしまった。
CIAめ。上層部同士の打ち合わせみたいなことはあったんだろうけど、でも
現場には何も知らされてなかったのか。酷い。

スパイは孤独で虚しさとの戦いなのか。現場の下っ端は特に。バッハマンの心
の虚無を思う。誰が敵なのか。何と戦うのか。なんのために。
世界の平和のために?
何のために?
現代だなあと思う。

ル・カレ原作らしい突き放された終わり方だった。酷い。虚しい。
んでも、原作であとがきだっけ、なんか読むと、イッサのモデルだった青年は
生きてるらしいし、ただただなんの救いもないってわけではない、んだと、
思う。たぶん。たぶん。
フィリップ・シーモア・ホフマンが凄かったのはもちろんながら。他のどの
人物も抑制きいてて素晴らしかった。セリフなくてもいいのが凄い。
「裏切りのサーカス」の時も思ったけど、よくあの小説をうまく映画にしてる
なあと思う。小説は小説。映画は映画。見に行ってよかった。

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