« 『ネトウヨ化する日本』(村上裕一/角川EPUB選書) | Main | 映画「トランセンデンス」 »

『男同士の絆』(イヴ・K・セジウィック/名古屋大学出版会)

『男同士の絆』(イヴ・K・セジウィック/名古屋大学出版会)

イギリス文学とホモソーシャルな欲望

この本の出版は2001年。本国の出版は1985年だそうです。
翻訳までに時間かかってるんだね。みんなは翻訳じゃなくて原典読んでたのかな?
でも2001年っていってももう13年前かー。

フェミニズム、社会史を踏まえての、イギリス文学の読み直し、かな。
レヴィ=ストロースの「女性の交換」論を踏まえ、そうして女性を交換して
男同士は絆を強固にする、という形。物語の中で一人の女性と二人の男という
三角形を取りながら、異性愛の様相で女性をとりあうとか、女性を差し出すとか
しながら、実は二人の男が強い関係を築いていく。
そう見るととっても納得!な感じの読みが、あったあった。『男たちの絆、
アジア映画』で納得したし。漱石先生の「こころ」ってその図式のまんまだと
思った。さすが英国文学者漱石先生。
著者がとりあげているのは英国文学で、その中での読みなんだけれども、それが
アジアでも使えるのは、近代に向かう社会は基本的に英米の輸出品ってことかなあ。
もっと別の社会だと違うのかな。あーでも「女性の交換」って近代社会に限った
ことじゃないもんねえ。男性社会だとどこでもこうなのか。女性社会だと
「男性の交換」をして女性同士が絆を深めるのかしら。婚姻関係ってそういうもの
なんだろうか。

しかし読みづらかった。
とりあげられている英国文学作品知りませんしー。多少紹介はされているけど
やっぱりちらっとも知らなかった読んだことないのばっかりで私には察するに
限界が。シェイクスピアのソネットは少しは知ってる。うつくしいよねえ。
翻訳だしー。まわりくどいしー。何度も中断して休みながら読んだ。
でも楽しかったけどね。なんてステキな英国文学。読んでみたいなあと思った。
この本は基本フェミニズムの立場なんだけど、そこはおいといて、まったく~
男同士で!こいつらは!^^というもえもえで読んでごめんなさい。

いくつか、印象的だったところメモ。(改行は私の都合です)

 「セクシャリティもイデオロギーと同じく、通時的・共時的レヴェルの双方
 から再定義されて形成されるものである」(P23)

 「ルネ・ジラールの初期の著作『欲望の現象学』は、性愛の三角形という
 通俗的な知恵を図式化したものである。ジラールは、性愛の三角形を積極的
 に構成するふたりのライヴァルに注目し、そのライヴァル関係が形成する
 権力の演算法を、主要なヨーロッパ小説の読解を通して明らかにした」
 「人が愛の対象を選ぶ際、まず決め手となるのはその対象の資質ではなく、
 ライヴァルがその対象をすでに選択しているかどうかである、と」 (P32)

 「繰り返しておくが私が言いたいのは、同性愛がここに描かれているという
 ことではもちろんない(同性愛という概念自体が時代錯誤だろう)。むしろ
 (時代錯誤の危険を敢えて冒して言えば)、ここに描かれているのは男性の
 異性愛的な欲望なのである。それは、女性の体内や身体を通して権威のある
 男性と連帯したいというかたちの異性愛的欲望である」 (P58、恋する白鳥)

 「「人妻を寝とる」とは定義すると実は、男が男に対してしかける性的行為
 である。それが劇の中心にあるということは、この劇が異性愛を、ホモソー
 シャルな欲望を満たすための手段としてしかほとんど見ていないことを意味する」
 (P75-76 『田舎女房』)

 「『我らが共通の友』は少なくとも主題だけを見ても『男同士の絆』の執筆
 にとって大きな励みだった。なぜならこの小説には、男性のホモフォビアおよび
 同性愛に関連する主題が非常に色濃く描かれているからである。何はともあれ、
 『我らが共通の友』は「肛門愛を主題にしたイギリス小説」と言われて誰もが
 まっさきに思い浮かべる、そんな小説である」 (P247-248)

えっ、そうなの(゚Д゚) なんかこのへんやたら肛門愛とか糞とか出てきてて、
素晴らしき変態大国英国と思っちゃった(笑)

 「ディケンズは、消化機能や肛門を調節する力の中に、経済活動における
 個人主義という幻想の決定的イメージを見ていた。その点で、彼はフロイト
 やフェレンツィ、ノーマン・О・ブラウン、ドゥールーズ/ガタリやその他
 の人々に先んじていたと言えよう―」 (P259)

なんで消化機能と経済活動が結びつくのかわからない。。。ディケンズ読む
べきなのか。。。フロイトとかなのか。

貴族階級にはわりと昔から同性愛、女性化する男性、みたいなことはあった
らしい。あとパブリック・スクールで一時の欲望の嵐として同性愛行為は
あったらしい。
知的中産階級が力をつけるにつれ、男性のホモソーシャルな絆の在り方に
「女らしい」要素は極力排除され、一層男性性を強めていったらしい。
19世紀くらいかな。
セクシャリティって政治的なこと、イデオロギーなこと、社会の変化に
大きく左右されるんだね。

最近だとどうなんだろう。今、セクシャリティというよりはもっとシンプルに
愛だろっ愛、って問題として同性愛は認識されつつある、だろうか。

この本読んだからってあんまりわかったような気にはなれないけど、こういう
読みの在り方を知ったのはとても面白かった。
ホモソーシャルっていうのも前よりはもう少しはわかる気がする。まあ、もや
もやもやもやーとしてたのがぼんやり輪郭が見えそう、くらいに。
久しぶりにメンドクサイ本読んだわー。

 序章
 第1章 ジェンダーの非対称性と性愛の三角形
 第2章 恋する白鳥―シェイクスピア『ソネット集』の例―
 第3章 『田舎女房』―男性のホモソーシャルな欲望のモデル―
 第4章 『センチメンタル・ジャーニー』―セクシュアリズムと世界市民―
 第5章 ゴシック小説に向けて―テロリズムとホモセクシュアル・パニック―
 第6章 代行された殺人―『義とされた罪人の手記と告白』―
 第7章 テニスンの『王女』―七人兄弟にひとりの花嫁―
 第8章 『アダム・ビート』と『ヘンリー・エズモンド』
             ―ホモソーシャルな欲望と女性の歴史性―
 第9章 ホモフォビア・女性嫌悪・資本―『我らが共通の友』の例―
 第10章 後門から階段を上がって
          ―『エドウィン・ドルートの謎』と帝国のホモフォビア―
 結び 二〇世紀に向けて―ホイットマンのイギリス人読者たち―

|

« 『ネトウヨ化する日本』(村上裕一/角川EPUB選書) | Main | 映画「トランセンデンス」 »

「書籍・雑誌」カテゴリの記事