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『ネトウヨ化する日本』(村上裕一/角川EPUB選書)

『ネトウヨ化する日本』(村上裕一/角川EPUB選書)

暴走する共感とネット時代の「新中間大衆(フロート)」

ネトウヨってよく聞くけど、具体的にはどーなんだろうね、と思っていて、
丁度よく教えてくれるんじゃないかと思って読みました。
ネトウヨってすぐ言うとか、ヘイトスピーチとか、炎上炎上また炎上とか。
アングラ的だった初期のネットの雰囲気が薄まりつつもヘンに広まっている
ような感じがします。私が見ているネットっていうのはごく一部だろうし、
世の中の人が見ているネットっていうのもそれぞれのごく一部で、ツイッター
のTLを言うまでもなく、一人ひとりが見ているネットはその人だけのもので、
マスメディアとはなんか違う。けれども、ネットの中でも声の大きさっていうの
はあって、ブクマ集めるとかリツイート数が莫大とか、炎上が広がるとか、
個々のネットが個々じゃなくなる時って、結局炎上っていうのが一番大きいの
かなあと思う。

この本ではネトウヨとは誰か、ネットの「共感」、ネトウヨとオタクと政治、
在特会やロマン主義の解説などなど、わかりやすくて面白かった。
セカイ系と決断主義とかもわかる。んが、最後のカゲロウデイズの話のところ
は、私がそれをまったく知らないということもあって、かなり大量に書かれている
けれども全然ピンとこない話だった。なんでそんなにカゲロウデイズの話を
この本の中でしなくちゃいけなかったの?
アイロニーからヒューモア、ということなのかと思うけど、うーん~。
カゲロウデイズの話をそんなにされてもわかんない、と、私がついていけなかった。
私が見ているネットの中にそのあたりが全然ないからなあ。
ニコ動を全然見てない。pixivとかも。その辺にもう全然ついていけてないので
今のネットっていうのがわかんなくなってるかなあ。そしてわかんなくても
もういいや、って思っちゃってるからなあ。

ネトウヨにいつの間にか染まる一般大衆、みたいなのを「新中間大衆」、
「フロート」と名付けている。選挙での無党派層。とりわけ個人的に主義主張
があるわけでなく、共感から動くもの。
スマホの広がりというのが、タッチパネルで情報に触れるというのが、
今までと違ってより親密に感じているのではないかというのは面白かった。
そうかなあ?
まあ確かに画面の情報を手で触りながら見るけどさ。スマホは眼鏡や補聴器の
ように、ちょっとした感覚サポートのデバイスくらいに身近になっているの
ではないかというの、面白かった。デジタルネイティブだともうそのくらいの
感覚なのかな。

(以下引用の改行は私の都合でやってます)

 「ここで今一度、フロートの定義を確認しておいてもいいかもしれません。
 フロートとは、ネット時代の新中間大衆として、情報と共感的に触れ合う
 存在です。そのような人たちにとって、ネトウヨ化とは、いわばネトウヨ
 的情報を素直に受け取ってしまったがゆえの右傾化状態と言えます」(P186)

 「これまで政治的な活動をしたこともなければ、政治的な主張も持っていな
 かったにもかかわらず、日常的にスマホなどでネットを利用している中で、
 自然さを装った様々な情報に触れているうちに、右翼的、保守的、反・反日的
 な情報・思想バイアスを受けてしまった人たちのこと」(P187)

私、どっぷりネット依存だけど、なんとなく右翼的になってるかなあ。
あんまり自覚はないけど、そうかもしれない、けど、うーん。自覚はできない
ものなのかなあ。

 「ネットの存在しなかった世界では、いかなる思想・文学運動も旗を振るのは
 人間でなければなりませんでした。しかしながら、今やその旗振りは「匿名の
 誰か」ないしはネットの無意識が担うようになったのです。それは、イロニー
 を担うイデオローグの必然的・構造的不在を意味しています。
  (中略)
 ネット時代のロマン主義は、ただその結果としての過激さだけを産出する自動的
 な機構になりつつあります」 (P244-245)

そんなこんなで、文学の復活が必要だ、みたいな話。純文学とかいうわけじゃ
なくて、ゼロ年代のセカイ系の流れからの、セカイ系決断主義、という話に
なっていくんだけど。

 「アイロニー、あるいはアイロニカルな没入に対する抵抗としてのヒューモア
 は、まさにここに書かれている通り、抵抗の身振りです」 (P324)

というのはわかるとして、そのカゲロウプロジェクトの話がなー。わかんない。
「進撃の巨人」も私見てないしなー。それにどっちも完結してなくて完成してない
状況で、あれこれ言われてもちょっと、そうなの?どうなの? と思った。
でも全体面白く読みました。

 目次 
 はじめに
 序章 暴走するネット社会とセカイ系決断主義
 第一章 ネトウヨとは誰なのか
 第二章 ネット上の「共感」はいかにつくられるのか
 第三章 ネトウヨとオタクの政治的親和性
 第四章 ネトウヨの精神的起源としてのロマン主義
 第五章 コンテンツに現れた共感的共同体の可能性
 おわりに
 主要参考文献

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