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『地方にこもる若者たち』(阿部真大/朝日新書)

『地方にこもる若者たち』(阿部真大/朝日新書)

都会と田舎の間に出現した新しい社会

2013年発行。
地方都市についての一冊。巨大イオンモールのようなほどほどになんでもある
地方都市の魅力とそこから生まれる新しいコミュニティの在り方など。

岡山近郊でのフィールドワークの結果が丁寧に紹介されている。
岡山ってほどよく地方都市なのでしょうねえ。新幹線とまるし中四国の交通
要所ではあると思うけど、どっちかといえば広島のがメジャーな感じ。観光地
はあるけれども中心街を離れればのどかな田舎である、という感じ。
巨大なイオンモール、ショッピングモールができて、若者の休日の余暇は
ドライブを兼ねてモールへ行く、というライフスタイル。
ドライブ、というのも結構ポイントのようで、やはり地方都市生活で車は
重要ですよね。モータライゼーションと聞くと「あまちゃん」で大吉さんが、
とか余計なネタを思い出して笑っちゃうけど、やっぱり大吉さんも車なしで
生活はしてなくってね。

地元愛着のヤンキー的な世界ではなく、暴走も反抗もしない、ごく一般的
と思われる若者への調査で、地元にこもりつつ、開いていくという新しい
ステージにあるのではないかというのは、うーん、わかるようなわからない
ような。
都会を目指す野心ある若者像がいいとはまったく思わない。モールでそこそこ
楽しめる地方都市の魅力というのはわかる。
そのほどよい暮らしで「分離」して、やがて「統合」の時代を迎える準備を
している、というのは、どーなのかなー。
コミュ力最重視な昨今、やかてこのハイパーギャル的存在みたいなのが
もっと広がってきて折り合いつけてってくれるのか。でもそもそも「統合」
していくもんなのか? でもしないと日本とかいう大きな社会が成り立たない
かなあ。ちょっと私の理解が追い付かない。

Jポップを通じての若者の変遷、というのはとってもわかりやすかった。
80年代、逃げろ!って「逃走論」ね。流行ったもんなあ。
反発する的が消えて、自分たちで努力、になって、関係性からの自分らしさ
というミスチル的世界へ。そして、関係性すらあいまいになって、その都度
の試行錯誤でつくる自分らしさ、か。ポストミスチルになってくると私が
わかんないところだ。

空気を読む、空気なんか読むな、という話。
空気なんか読むな、って言う世代は、ある程度決まった空気があるものと
して語るけど、そもそもその場での「ある程度決まった空気」なんてない
から、瞬間瞬間の空気を読まねばならないという感じはわかるなあ。
空気を読まない、としてコミュニケーションの場から下りてしまうか、
軽々と読めるコミュ力高い人についていくかしかないような気がする。
コミュ力高い人というのはやっぱりいて、それは空気読むとか意識しなくても
自然にできるか、空気を自分のものにして操れる人、とかだったりして、
それはやっぱり強者だよなあと思う。
画一的な巨大な敵とかいなくなって自由の裁量が増えたのはいいけど、みんな
一緒であることがなくなるっていうのはコミュニケーションとる方法が
一層微妙になってきてめんどくさいよね。
「笑っていいとも!」も終わったしね。みんなで一斉に語ることができる
事象っていうのなくなっていくんだろうなあ。でも多様性が広がるのはいい
ことだと思ってる。
と、無駄話。

地縁関係とか親族関係とか、強固と思われていたものがそれほどでもなく
なって、もちろんそういうのもありながら、友達という関係が大事になって、
そこそこ楽しめる地元の魅力があって、というのはいいね。
でもただ地元でこもるだけじゃなくてだなあ。うーん。これから本当に
開かれていくのか、社会の変遷を見ていたいです。


 はじめに
 現在篇 地元にこもる若者たち
 第一章 若者と余暇
 第二章 若者と人間関係
 第三章 若者と仕事
 現在篇のまとめ
 歴史篇 Jポップを通して見る若者の変容
 第四章 地元が若者に愛されるまで
 未来篇 地元を開く新しい公共性
 第五章 「ポスト地元の時代」のアーティスト
 第六章 新しい公共性のゆくえ
 歴史篇・未来篇のまとめ
 おわりに


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