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映画「さらば、わが愛 覇王別姫」

*具体的内容、結末まで触れています。

映画「さらば、わが愛 覇王別姫」

もう遊郭では育てられない。と、幼い小豆は京劇の劇団に預けられる。
厳しい訓練の中、自分を助けてくれる兄貴分の石頭。二人はやがて最高の
役者として覇王と姫の舞台をつとめるようになる。
しかし、中国は、戦争、社会改革など政情が目まぐるしく変わりゆく時代。
華やかな京劇役者として成功をおさめていた二人はどう生きるのか。

1993年の映画なんですねえ。午前十時の映画祭やってたので見に行って
きました。多分公開当時以来なんじゃないかな、ちゃんと見るのは。
完全版? 172分だそうで、がっつり3時間、時代の奔流と蝶衣たちの
人生につきあった感じ。
昔の公開の時ってもうちょっと短かったのかなあ。こんなシーンあったかな
と思ったところも。単に私が忘れているだけかもしれないけど。
あのー、初めて舞台で覇王別姫を演じて、少年小豆くんが爺さんに呼ばれて、
おしっこ、ここにしろ、って、ガラスの器にさせるのね。衝撃。きらきら。
この変態爺!素晴らしい。

最初の子どもの頃、少し成長した少年時代。小豆くんをやってる子が凄まじい
美少年でくらくらした。これは。もう、レスリー・チャンになっちゃうよね。
どんな耽美漫画で描くよりもうつくしいと思った。無垢なる妖艶。彼らの姿
をスクリーンに残してくれてありがとう監督! 「ヴェニスに死す」でも
ビョルン・アンドレセンの姿を残してくれているだけでも素晴らしすぎると
いうものですが、こういう奇跡の作品にはやっぱり奇跡のキャスティングが
必至なのね。たまんねえわ。

あの幼い日。あの時に出会ってしまったのが石頭だから。石頭くんは気のいい
愛すべきバカで、兄貴分で。つくづく普通の男なんだよなあ。流されやすいし
狡いし逃げる。覇王じゃない。覇王じゃないじゃないかー。馬鹿っ。
なのに、あの辛い子ども時代に出会って助けられて一緒に学び大きくなって、
それはもう運命の男なんだよなあ。どんなに馬鹿で全然いい男じゃなくても、
かけがえのない男なんだよなあ。蝶衣にとって、他の誰もない、彼こそが
蝶衣の覇王。かなしい。切ない。苦しい。

菊仙も、なんでかなあと思うけど。まあ出会ったときには人気の羽振りのいい
役者で、華やかで男気あって、って感じの小楼だったから、遊女から普通の
結婚生活を手に入れるチャンス、と賭けてみたんだろう。
昔見たころはただ邪魔な女っ、って思っただけだけど、今見直すと、実に
したたかに、でも必死に、遊女だった頃から人生変えてやる、と、彼女なりに
強く生きようとしているのもわかる。
ダメ男小楼に執着してるだけじゃなく支えにもなってる。蝶衣にも意外と
心尽くしているようになってたと思ったなー関係長くなってくると。

とにかくヘタレ男な小楼に、どうしてそんなに執着するんだよ二人とも!
と言いたいけど、でも、運命なんだなあというのもひしひしとわかる。
そして、ただ昔はただバカな男とだけ思ってたけど、今見直すと、石頭も
実は苦しんでいたんだろう、か。と、思えなくもない。

小豆があの爺にやられちゃったこと。たぶんその後もいろいろあっただろう
こと。それをどうにもできない石頭。そこで、蝶衣を受け入れる度量も、
連れて逃げる力も、何もない哀しいくらいただの男だった小楼。憂さ晴らし
で遊郭で遊んでたのかなー。菊仙とのことも勢いがほとんど、みたいなとこ
あったし。それでも一緒に暮らして情も愛もあっただろうに、裏切る。
誰もが風木のセルジュになれるわけじゃない。
本当は小楼が蝶衣のことをどう思っていたのかはっきりとはわからない。
本人にもはっきりとはわかってないんだろう。
あの共産党(?)に責め立てられての自白的裏切りで、「あの男とっ」
って蝶衣の身売りを責めた小楼の心は、嫉妬なのかなんなのか。
二人で愛し合えればよかったのか。
蝶衣がどんなに求めてもそれはしなかった、できなかったであろう小楼。

虞や虞や汝を如何せん

って詩の言葉だけど。石頭はバカで。ただ舞台で覇王を演じるだけで自分は
覇王じゃなくて。如何せん。如何せん、って、いくら思っても自分ではどう
にもできなくて。
蝶衣は自分で自分を処するしかなかった。
狡い男。覇王もまた狡い男。自刃させるんだよ、虞に。

姫を演じて、舞台でも舞台以外でも、姫であった蝶衣。
でも女になりたかったわけでもなりきれたわけでもない。何回も間違えた、
「男と生まれ」と歌ってしまうこと。「女」と言って演じはじめた時から
姫になったけれども、男なんだよなあ。
丸ごと全部演じたままでいられたらよかったのか。
どうすれば。蝶衣のしあわせはどこにあるんだろう。

レスリー・チャンがもう、素晴らしく凄まじく妖艶で、うつくしすぎて
涙が出てしまう。「この僕を、裏切ったな」って狂って叫んだり。ベッドで
戯れてたり。キラキラの飾りを磨いていたり。化粧しててもしてなくても
凄い。今見てもやっぱり凄くて。最後のあの青いひかりの中での姿。
終わって泣いて泣いて泣いて、映画館で困るくらい泣いて、うつくしくて
凄くて泣いてしまった。


中国の近代史というのが改めて凄まじいなと思った。
あんなに目まぐるしく社会体制が変わる中で、生き延びるのは至難の業だろ。
まだ若いやつらはころころ変わり身できるのかもしれないけど。
こわかった。

小四くんね。
あの時小豆が拾った赤ちゃんだよね。若い彼を再会後育てようとしたのに
手ひどい裏切りをする。黙って殴られて修行するというような世代ではない
ということかなあ。若いがゆえの残酷な彼の行動に胸をえぐられましたよ。
中国の社会変化の象徴みたいに、小楼と蝶衣を責めるのね。
でも彼なりにも思うところはいろいろあるだろーと今見ると思えて、苦しい。
一世代違うわけで、若い彼なりに時代に染まってしまうのもねえ。嗚呼。

21年前の映画。ひょっとして私、21年ぶりに見る?って映画。
ただただうつくしいというだけでも凄くて、さらに今見ると、という
いろいろ考えさせられるところも凄くて、見に行ってよかった。運命だ。

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