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『無伴奏ソナタ』(オースン・スコット・カード/ハヤカワ文庫)

*具体的内容に触れています。

『無伴奏ソナタ』(オースン・スコット・カード/ハヤカワ文庫)
 

 
 エンダーのゲーム
 王の肉食
 呼吸の問題
 時蓋(タイムリッド)をとざせ
 憂鬱な遺伝子(ブルー・ジーンズ)を身につけて
 四階共同便所の怨霊
 死すべき神々
 解放の時
 猿たちはすべてが冗談なんだと思いこんでいた
 磁器のサラマンダー
 無伴奏ソナタ
 

 
短編集。
 

「エンダーのゲーム」はこの短編が最初に発表されたのですね。いきなり
エンダーはもうバトル・ゲームを率いる指揮官になっていて訓練中。
ピーターやヴァレンタインのことはなし。バガーのこともほとんど言及は
なし。長編を読んだあとだとあらすじっぽい~と思ってしまうかな。でも
そっけないラストはいい感じかも。戦争が終わってグラッフとアンダーソン
が地上で雑談をして別れる。終わったあとの日常って、平和って、どこか
寂しいものかと思う。

全部がSFというわけではない短編たち。ファンタジーのような、世にも
奇妙な物語のような。

「猿たちはすべてが冗談なんだと思いこんでいた」
が一番わからない感じだったなあ。
アグネスという女性パイロットが、地球のあふれる人間を移住させるのに
ぴったりの謎の空間(星、ではないような、何かの人工物)を探査する。
何層にもなった閉鎖空間。豊かな大地、やさしい環境。人を移住させる船
を作るよう周りを動かした。
ヘクトル、という集団意識があって。それがその風船の意識?
ヘクトルが語る昔話はなんだろう。別の人類?うーん。
最後には破滅しちゃうんだけど、うーん。核を早く壊しておけばよかった?
すっきりしなかった。

「磁器のサラマンダー」
は、童話めいていて可愛かった。動き回る磁器のトカゲ。楽しい思い出の
ままで止まってしまうのが幸せ、かなー。

「無伴奏ソナタ」
は美しかった。
音楽を作る才能がある少年。彼は一切の音楽を聴くことを禁じられ、森の
奥深く、自然の音だけしかない世界で暮らし、自分の音楽を作り出す。
だが、禁じられていたほかの音楽を聞いてしまい、その後一切の音楽の
創造をやめるよう命じられる。それでも、音楽をやめることができない。
さまよい、自分の歌の幻をきく。
創作者である作者自身のことだったりするんだろうなあ。
創作をやめられない、という業。うつくしかった。

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映画「エンダーのゲーム」

*結末まで触れています。


映画「エンダーのゲーム」
  

 
選ばれた少年、エンダー。異星人の攻撃に備えて次世代の戦闘司令官を育てる
バトル・スクールへ進んだエンダーは、そこで次々に好成績を修め昇進する。
スクールでの少年同士の軋轢。友情。
成長著しいエンダーは、戦いを望むわけではなかったが、指揮官としての最終
テストのシュミレーションゲームを、仲間を指揮して戦うことになった。
 

 
予告でもエンダー少年がなんだかいい感じ、と思って期待して見に行った。
エイサ・バターフィールド。「ヒューゴの不思議な発明」って映画に出てた
子、ああ~見てないけどあの映画の頃よりはまたちょっと育ってるね。
きれいで凛々しくて繊細そうで、とてもよかった。何度もアップで、青い目が
長い睫がきれいで。美少年のままうまく育ってほしい。
  


本を先に読んたので結末に驚くってことはなくて、あーあらすじっぽいよなあ、
と物足りなさを感じてしまった。ちょっと残念。本を後にするべきだったか。
でも見に行ってよかったなという満足はしてる。
あらすじっぽいーとはいえ、ちゃんとまとめていると思った。でも、最後は、
ナレーションでいいからさくっと時間経過をさせてほしかったなあ。あんな
すぐ、翌日か?みたいな勢いで女王の卵を見つけにいってしまっても。。。

戦闘シュミレーションや最後の戦いシュミレーションの映像をもっと見たかっ
たなあ。かなりかっこよくて迫力で凄くて、あーもっと見たい!と思った。
あと、エンダーがわりと最初からいい指揮官、みたいに描かれているのも
ちょっと物足りない。自分の中のピーターに似ているところに怯えたり葛藤
したりして見せてほしかった。苦悩するエンダー、追い込まれていくエンダー
をもっと見たい。という、S気分としては物足りない。

ピーターがどうか、というのはほとんど切り捨てられてて、まあ仕方ないか。
敵、バガーって小説では読んでたと思ったのに、映画ではフォーミックって
言ってた。バガーってのは虫けら野郎みたいなことなんだっけ。まあいっか。
そしてアリみたいなものということだった。蜂だと思ってた。イメージ変更?
やっぱり全体的に小説よりはお話ソフト表現になってるかなーという印象。
実際エンダーがいじめの反撃で実は殺してしまったとかはショックかなあ。
でもなあ。

物足りない。とはいえ、悪くない映画化だったのかなと思う。
ハリソン・フォードがグラッフで、でもとっても地味だった。まあ大人が
大人としてどうなんだよあんたたち、という作品だしねえ。メイザー・ラッ
カムが顔に刺青模様の人物造形だったのは面白かった。
ちょっと宗教じみていくというか哲学的というかのラストへ行くのがなんか
わかる感じ。あのへんもうちょっと時間かけて、というか、時間経過かけて
ほしかったなあ。でも最後までエンダー役のあの少年でいきたかったという
ことで、いいのかなあ。いやせめて半年後とかでもいいから。うーん。
もうちょっと、もうちょっとが惜しい!という気分。でもよかったです。

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『妖琦庵夜話 空蝉の少年』(榎田ユウリ/角川ホラー文庫)

*具体的内容、結末まで触れています。


『妖琦庵夜話 空蝉の少年』(榎田ユウリ/角川ホラー文庫)

「件」の血をひくと自称する占い師が、人の不幸に付け込んで暴利を得て
いるらしい。 
「いるんですか? 件」
新人刑事脇坂が見るだけで妖人かどうかわかる妖琦庵の先生に助けを求め
てきたのだった。

てことで第二弾。表紙の究極超人あ~るっぽさは最初のよりは減ってる(笑
第二弾が続いてすぐに出ていたのに気づいてなかった。
一応美青年とか美形とかいうことらしいけど読んでいる最中にはあんまり
美形っぽく脳内再生されないなあ。たいへんコミカルなのでこれは漫画化
されればいいのではないだろうか。もちろん小説としてもすいすい読める
面白さで安心。

今回メインはマメくんかな。野良猫に餌やりしていた仲間の少年テルに
出会い、そのトラブルに関わり助けていく。
ま、野良猫みたいだった少年テルくんは実は女の子!というのが後には
わかる。件の母の双子娘の一人なのね。心の闇は救われました。めでたし
めでたし。

しかし榎田さんは猫にデレデレになって作品の中でも基本的に猫が出て
きてデレデレに可愛がってるなーという印象。最近は作品全部追ってる
わけじゃないのでたまたま私が近頃読んだのがそうだというだけかも
しれないけどー。私ももちろん猫デレデレなのでわかるというかニヤニヤ
して読んじゃうんだけど、でも、もーええやろ、と思わなくもない(^^;

青目が最後にちょっと絡んできて、んー。伊織と何らかの決着はつける
んだろうか。
でもこれ、眠る探偵のシリーズのセルフリメイクなのか? という気が
してしょうがない。京極堂とエノキヅさんと混ぜたよーなキャラと話も
眠る探偵の時も思ったよーな気がする。(けど、読み直したわけじゃ
ないのでぼんやりしたイメージ)うーんー。結局青目と伊織は相いれない
だろうし、どっちかが死んだか、となって終わるしかないと思うんだけど、
それじゃおんなじで、それ、どう決着つけるのかなあ。

たぶんまだ続く、だよね? 楽しみに待ちます。

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岸原さや第1歌集『声、あるいは音のような』批評会

25日の土曜日。岸原さや第1歌集『声、あるいは音のような』批評会に
行ってきました。
個人メモ、覚書。記録ではありません。発言を私が間違って認識して
いることがあるかもしれません。あくまで私個人の主観メモです。

パネリストは、遠藤由季、鈴木博太、高木佳子、光森裕樹。
司会、中島裕介。司会は急遽交代になったようです。でも全然問題なく
安心して見られました。

最初に遠藤由希さん。歌集の根底をなすものとして「懐かしさ」という
キーワードを挙げられました。一章二章三章と、痛みとの向き合い方の
変化を指摘されたのに納得。始めはぼんやりとしていたいのちや痛みへ
最後には一歩踏み出していくように読める歌になっていく変化。
ほぼ編年で編まれた歌集だから、こういう流れがわかるんだなあ。

次に高木佳子さん。まずは文体について。言葉の並置が、近いところの
言葉の歌、逆にあたる言葉の歌、オノマトペで、ハ行、マ行の柔らかい
暖かいイメージをもつ歌、と分けて提示されたのがわかりやすかった。
主題についてはやや時間が足りない感じでしたが、横向きの歌の逃避
の感じ、受動的他力的なのから少し自力的になるということ。やはり
変化の流れというのが見えて面白い。

次に光森裕樹さん。歌集の特徴として「一般的な短歌」と「岸原さや歌集」
との違いを図解でレジュメに載せてて見やすい。岸原さんのは「日常」と
いう部分が歌集にあまり表れていなくて、非日常の出来事との軋轢がよく
見えず、物足りないという指摘。
表現においては、オノマトペやリフレインがちょっと多すぎるかも、と。

短歌的に、オノマトペはがんばりどころ、というゲタをはいてるもの
だから、とか、人の死、というのもゲタをはいてるものだから、という
話が後にあって、とても納得しました。そーだねえ。

次に鈴木博太さん。「心の容れ物としてのわたくし」という紹介。
これはとても同意しました。器、というそのものの歌もある。
岸原さん自身が消えてしましそうだねと、私も思う。やさしく綺麗で
繊細でうつくしい歌集です。
あと、東京での震災、原発事故の捉え方だなという話。もちろん非難
ではなく、東京での切迫感が歌われていることのお話などなど。

全体としてとてもきれいでやさしい歌集。でもオノマトペなど表現や
主題の現れ方にまだ物足りなさがある、という感じかな。やはり二つの
死を詠んだ二章は読ませるところ。

休憩を挟んで後半。
会場からの発言。うつくしさとか純度とかそういうことへの共感や、
やはりオノマトペのあり方が気になる、などなど。江田さんはこれは
全然ダメだ、という厳しいダメ出し発言があったり。
槐さんからモロボシ・ダンの一連のことで、実は岸原さんは特撮オタク
といっていいくらいの人らしい、と聞いたりしてなんか腑に落ちる気が
した。
私も、あの一連はなんか浮いてる一連で、なんかヘンな感じがして、
歌集読んだときになんか読み切れないなあと思ったのでした。
うまくできているとは言えないかもしれないけれど、でもあれを歌集に
いれるああいうの作ってる岸原さん、というのが、そっかあ好きなのか、
というシンプルなところを聞いてよかった。
沢山の人の沢山の発言を聞けて面白かった。
参加できてよかったです。

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『声、あるいは音のような』(岸原さや/書肆侃侃房)

『声、あるいは音のような』(岸原さや/書肆侃侃房)

著者第一歌集。新鋭短歌シリーズの中の一つ。

ちょっと不思議なタイトルだと思った。声、音のような、でも、そうでは
ないかもしれないもの。そういう名づけられない震えのようなものを歌に
しているのだ。
きれいで静かな世界。だからこそそういう微かな震えを捉えられるのだろう。

  ふみふみと泣く子の夢を今日も見たふみふみとただふみふみと泣く

この歌が象徴的だ。ただ「ふみふみ」というリフレインがやわらかく切ない。
歌ならではだなあと思う。泣いている子の夢を何度も見る。それだけの
切なさで一首成立している。この歌を何度も思い出してふみふみと泣く子の
夢を読者である私が見てしまう。もう泣かないで。
 
「七日間」という連作は胸に迫るものがあった。笹井宏之さんの死の後、
偲ぶ会のスタッフとなった岸原さん。そこに、こころを病んでいた母の死
の知らせが重なる。そんな七日間だったのですね。
笹井さんの訃報を知ったリアルタイムな感触も、偲ぶ会に参加したあの情景
を私も経験していて、でもどこか夢の中の出来事のような感触でもあって。
さらに肉親の死が重なった岸原さんはどれほどの思いだったのかと思うと、
私には言葉が見つからない。
しかしその七日間をこうして作品にされていることが凄い。歌のことばに
大袈裟なことはなく、静かで哀しい。震えていると思う。
歌を引用することはしない。丸ごと読むしかないと思う。

2011年の震災後の歌もあり、そこでもやはり大袈裟に何かを構える
ことなく、静かな気配がある。嘆いたり、憤ったりできなくて、切実に
祈るしかできない時というのがあるよね。
 
微かなものへの優しく確かな視線の歌。静かで凛とした歌。そんな歌集
だった。祈りを感じる歌集でした。
 
いくつか好きな歌。

 
  薄闇に(ほんとはね)って言いかけて、ふっと(ほんとう)わからなくなる
 
 
  雪を待つ。駅で誰かを待つように。胸にくちばしうずめて鳥は
 
 
  いのちってこんなにかるい水鳥の羽毛の下でまぶた閉じれば
 
  おびただしい読点として降る花をタイヤの黒がいま踏んでゆく
 
 
  うをんうをんと耳鳴りがする耳の奥に哭いてるひとがきっといるのだ
 
 
  どこまでも走った日々の思い出をいだいてねむる放置自転車
 
 
  陽ざらしの鉄路に立てる夏草が六分おきにあびる烈風
 
 
  春よ春よ氷の雨のふりしぶくむこうに髪を馨らせていよ
 


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『エンダーのゲーム』上下(オースン・スコット・カード/ハヤカワ文庫)

*結末まで触れています。


『エンダーのゲーム』上下(オースン・スコット・カード/ハヤカワ文庫)
 
サードの子ども、エンダーは、モニターを外された。ということは、候補から
外れたのだ。
そう思ったのもつかの間、迎えがくる。地球は、バガーという異星人の二度に
わたる侵略をなんとか退けたものの、次の襲撃に備えてる危機の只中にあった。
バガーを再度打ち破る艦隊指揮官の養成が急務である。そのために選ばれた
子どもたち。エンダーは将来の指揮官の有力な候補として、訓練学校にゆき、
何度も何度もバトル・ゲームで学ぶことになる。
 
映画化の宣伝をたびたび見るようになり、前々からすごく面白いらしいという
評判は知ってたので読んでみた。新訳になって上下巻になってた。もとは、
1977年に同じタイトルの短編でデビュー、85年に長編としてこれが出た、
という経緯らしい。そして、シリーズとしてずっと続くのね。エンダーは伝説
の少年となって。

すごく面白かった!

エンダーはたった6歳で訓練に連れていかれる。子どもたちが集められた中で
も最年少。小さい。けれど、優秀。
大人たちはエンダーを鍛え、孤独にさせ、追い込み、プレッシャーをかけ続け、
最高の指揮官に育てようとする。延々と続くシュミレーションゲーム。戦闘に
次ぐ戦闘訓練。子どもたちの中で起こるいじめや孤立をあえて見過ごし、
エンダーがどう対処するか見極める。
エンダーが、可哀想。でも、地球の危機とあっては、エンダー個人の人権がー
とか子どもを守るーとか言ってられない、という状況設定なんだねえ。
とっても、エヴァっぽい、というか、エヴァのみならず、後のSFアニメなんか
に影響を与えまくったのかなと思った。
小さな子どもが地球を救う。物語の終わりでエンダーはまだ12歳くらいだ。

大人たちは、エンダーを騙していた。
シュミレーション、訓練だと思っていた最後のゲームは実は全部本物の戦闘
だった。バガーとの戦いのゲームと思っていたのは、実戦だった。
エンダーは、シュミレーションゲームのつもりで、バガーを滅ぼしていた。

結構ショックだった。ページが残り少なくなっていくのに、延々とゲームで、
これは実はバガーなんて敵はいなかったんだ!みたいな騙しかと思ったりした
けど、ゲームがゲームじゃなかったのかーと、素直にびっくりしました。
そして、本当にエンダーが可哀想。
ゲームで滅ぼした星が、本物で、敵とはいえバガーという種族を滅ぼす、
虐殺者になってしまった。エンダーは優しい子。誰も殺したいなんて思った
ことはなくて。なのに、学校での喧嘩でもそうだったけれど、結局大人に
追い込まれて殺人者になってしまった。
バガーを滅ぼしたのは、英雄となった行為だけれど、エンダーの背負って
しまったものは重すぎるだろ。。。

まだシリーズが続くようで、子どもから大人へと成長してゆくエンダーの
姿がこれからあるのかあというのは救いのようにも思う。シリーズ続けて
読むかどうか悩むなあ。どうなんだろう。

唯一愛した家族、姉のヴァレンタインも優秀な子どもで。恐ろしい兄の
ピーターも優秀。子どもながらに世の中を動かすような影響力をネットの
言論の場で得るようになる。恐るべき子供たち。。。
訓練を重ねるうちに信頼関係を結ぶ仲間ができたのもわずかな救いかなあ。
アーライとは愛なんじゃないの、きゃ// とちょっともえた。
それでも果てしなく孤独で辛い。誰かの犠牲なしには、勝利というのはない
ものなのか。戦いは勝っても辛い。

ラスト、ゲームの中のシーンが遠いバガーの星の辺境で実現されていて、
バガーの女王の繭を救うエンダー。バガーの、唯一のメッセージ。バガーが
唯一のメッセージを伝えられる相手が、バガーを滅ぼすために追い込まれて
いたエンダーしかいなかったという悲しさ。バガーは昆虫っぽいとのことで、
イメージは蜂なのかな。地球での休暇中、ヴァレンタインの前で蜂を潰す
エンダー、というシーンがあった、と思い出す。
バガーの女王をいつかエンダーはよみがえらせるのだろうか。
許す。許される時がくるのだろうか。

名作って言われてるだけのことはあるなあと納得でした。

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映画「トリック劇場版 ラストステージ」

*がっつりネタバレあり。


映画「トリック劇場版 ラストステージ」

赤道直下の島国で、レアアースを発見した日本の企業、村上商事。
だが現地の人は、呪術師を信奉し、立ち退きに応じようとしない。
上田のもとへ加賀美という社員がやってきて、呪術師のインチキを見破り現地の
人々の目を覚まさせてやってほしいと頼み込む。
自称美人売れっ子マジシャン山田を助手として、上田たちは秘境の地へとやって
きた。

てことで、ついに、トリックが最後だという。
ずーーーーっと見てきたし、先日のスペシャルドラマも楽しかったので、やっぱり
映画館に行かねば、と、見に行ってきました。

ドラマというか、お話としてはいつもの感じ(笑)なんでやねん、と、真面目に考え
ようとするとおかしなことばかりで、小ネタ満載で、くすくす笑いながら見るもんで。
映画だけどテレビドラマ。予算が大がかりで海外ロケやりました、という感じかなあ。
今回も上田はほとんど何もしてないじゃないか。まだ先日のスペシャルでのほうが
活躍していたよーな(笑)

仕事頼みにくる加賀美さんが東。いきなりの阿部ちゃん上田との筋トレ対決笑った。
シリアスに自白するのかっこよかった。
同行する医者に北村一輝。濃い(笑)濃いおかまキャラ(笑)北村さん絶対楽しんで
遊んでやってるだろ~~~。素敵。上田に一目ぼれっぽいのが素敵。濃い(笑)
 
山田が巫女の血をひいていて、という設定をこの最後で使ってくるか、と感心した。
山田はねえ。そうなんだよね。がめつくて情けなくて生真面目で、
悲しみを背負ってて健気なんだよねえ。
上田は非常に変人で、変人のままで、変人だから、本心を自分でもわからなくて、
というかもう本心なんてわからなくていい。

山田は、いつも自分を犠牲にすることを選ぶ。
悲しいんだけど、自分の命よりも上田に生きててほしいんだろー。もーっ。
愛だろっ愛。
一言も、好きだとかあいしてるとかなくて、なのにいつも山田は上田を助ける。
バカ。二人ともが不器用でまったく素直じゃない。だからこそのコンビ。
大好きこの二人。
上田は山田を信じるし待つんだよね。

最後、上田の研究室。始まりのあの研究室。お母さんがきて話して、「月光」が
かかって。もー、涙をとめられませんでした。数多の回想。やっぱ名曲。
やっぱトリックはこの曲。
そして、山田が現れて、物語の始まりをなぞる。
「You、本物?」
「わたしは本物です」
という上田と山田。
バカ。相変わらずの二人。そして、パンと暗転「完」になっちゃった。
こーゆー二人なんだなあ。何にも言わないんだなあ。上田の少しうるんだ
目だけでいいんだなあ。二人とも素敵だよー。

ファンのための、キャストのための、スタッフのための、打ち上げみたいな映画
だと思った。別にテレビでのスペシャルでもいいよーな話だけど、でも、
こういうのやってラスト、ってやってくれて、嬉しい。
そうはいってもほんとにラストかよ? という余韻も残しててズルい(笑)

シリーズ始まって13年半、だそうで。矢部警部補も含めて私ずっと見続けて
きたなあと感慨にふける。好き。
なんだかおかしなふざけたような深夜ドラマで始まって、二十歳だったのね、
仲間由紀恵。
阿部ちゃんもまだ三枚目確立してたわけでもなく。その二人が、その後しっかり
飛躍して二人ともが凄い役者になって、そして13年半、続いて、こうして見せて
くれるって、ものすごいことだと思う。
楽しかった。泣いた泣いた。
阿部ちゃん上田教授大好き!! 山田可愛い!
ありがとう楽しかった~!

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『サラマンダーは炎のなかに』上下(ジョン・ル・カレ/光文社文庫)

*結末まで触れています。


『サラマンダーは炎のなかに』上下(ジョン・ル・カレ/光文社文庫)

マンディはインド生まれ、イギリス軍人の息子。オクスフォードで学ぶ途中、
学生運動に関わる。ドイツへ渡り、サーシャという小柄なカリスマに出会う。
騒動の最中、身を挺してサーシャを助け、不滅の友情を築く。

そして。
人生の寄り道の挙句、文化振興の仕事で東側に渡った時、サーシャと再会。
裏切りと秘密、情報提供の駆け引きに巻き込まれる。長年の情報部での仕事。
冷戦の終結。
語学学校経営をしていたが、また落ちぶれ、ドイツでルートヴィヒの城のひとつ
でツアーガイドの仕事にありつく。トルコ人の女性と息子と愛情を分かち合い、
小さな幸せに満足していたところに、またしても現れたサーシャ。
再び、世界を変える活動へ誘われる。
 
ル・カレはイラク戦争への怒りがかなりあるそうだ。この文庫は2008年、
実際書かれたのは2003年。解説には新聞に怒りの論文出したみたいなこと
があったりして、へーそうだったのか、と思った。
この小説でも、マンディは政治への怒りみたいなのをあらわにしている。
学生運動への関わりは、女性きっかけだったりして、へなちょこ学生な感じが
するんだけれどもね。でもその後またサーシャと情報部で関わり働き活躍して、
その気力というか、その力はどういうことなんだろうと思う。
相変わらずのル・カレでとっても淡々とそっけなく書かれているんだけど、
実はものすごい、という感じがとってもたまんない。何がなんなんだかわかんない、
つまんない、それなのに、凄いぞくぞくわくわくする。

テディ(毎度ながら外国小説のわかんないところだけど、エドワードでテディで
基本マンディって書いてあるのね名前)とサーシャの深い長年の友情のお話、と
いうことでドキドキして読んだわけです。
サーシャという名前でどうしても五條さんの革命シリーズを連想するんだけど、
まあ、カリスマ、という点では同じだけど、こっちのサーシャは別にハンサムで
なく小柄で足がちょっと不自由で、という男。情熱の男。世界の革命を夢見る男、
というのは同じかな。

テディに命を救われた時から、テディに対して絶対の信頼を寄せている。その信頼
っぷりは見ているとハラハラしてしまう。革命や活動で何故そんなに夢を見て
ばかりいられるんだ。純粋。純真。セカイにかかわろうとしているくせに、何故。
サーシャを見ているのが危うくて仕方ない。それはテディがいろいろ大人になり
ながらもサーシャを思う気持ちというのに私も同調してみているからかなあ。
最後まで、疑いながら駄目だとわかっていながら、サーシャを思う気持ち。

怒涛の終章ではもうずっと、泣きそうになりながら読んだ。別になにも感動を
かきたてるような描き方をしてるでもないと思うのに、淡々とそっけないのに、
ル・カレの小説には掴まれてしまう。目の奥が熱くなって、テディとサーシャが
可哀想で、辛くて。
学校が囲まれて、無防備な彼らに撃ち込まれるおびただしい銃弾。
最後までサーシャを助けに行くと叫んだテディ。
参った。

テロの制圧、とでっちあげの報道がなされ、真実は誰も知らない。知りようがない。
そんな事件として処理され消されたサーシャとテディ。
凄い。
参った。
 
もうさー。サーシャとテディはいっそ愛し合って二人で暮らす、ということに
なったほうがずっと簡単で二人の世界は平和で幸せになるんだよね。
もちろんそうじゃなくてそれぞれに色恋のいろいろはあるんだけど。
でも誰よりも何よりも、大切なかけがえのない相手。それを愛というんじゃないの。
それが愛なんじゃないの。君たち素直に愛し合いなさいよ。と、何度思ったことか。
でもそうじゃないんだよねえ。
出会ってから20年?30年? 学生運動に始まり、冷戦、スパイ。ともに戦った
二人。どうしようもなく純情だと思った。二人が愛しくて悲しくてたまらなかった。
やっぱ面白いなあ。すごいなあ。大好きだなあ。

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2013年のまとめ。

2013年のまとめ。

本は115冊、映画は33本の感想をこの日記に書いてました。
11月12月が、引っ越しのバタバタで、何にも読んでないなんにも見てない、
と思ってて、もっと少ないかなあと思ったけど、大体いつもの感じの数でした。
月に10冊読んでれば多いなあくらいの感じ。

見直してみて、久しぶりにBLを読んだ一年だったのねと思いました。だから
冊数が多いね。
他は海外もののほうが多かった。苦手だったなあという日々は遠くなりにけり。
映画の「アウトロー」きっかけで、リー・チャイルドを読んだのが面白かった。

他はなあ。とくにこれといって特徴のない一年でした。
2012年がね、「探偵はBARにいる」とか、ル・カレにはまったとかで幸せ
な読書の日々だった、という印象がまだ強くて、そういうことはやっぱりそう
頻繁にはないんだよねーと思う。

今年ものんびりと、面白い本、映画と出会っていきたいです。

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